花音さんが大学生になるなんてほんと信じられん笑
「お疲れ様です!姉御!」
「姉御!どうかお気をつけて!」
放課後を迎え、帰ろうとする生徒たちを押し退けて柄の悪い不良どもが列を作ってオレを出迎える。
まるでドラマでよく見るヤクザの行動そのものだ。
「おー。ご苦労ご苦労」
そんな不良どもをオレは適当に遇らう。
女の姿になってから1週間ほど経つが、なんの進展もなく停滞した状態が続いている。
学内外問わず、オレに言い寄ってくる野郎があまりにも多くオレはうんざりしていたその時一つの案を出した。
それは、『オレを打ちのめすことができれば付き合ってやる』というものだ。
街の片隅にある空き地で参加者を募り全員と拳を交えたが結局、誰一人として指一本触れさせることなくノックアウトした。
打ちのめした男が100人を超え、両手が返り血で真っ赤になったところを見てある言葉が囁かれた。
『鬼だ…………花咲川に、
挑戦者の一人が名付けたその名は一気に広がり、翌日からオレに挑むものは一人もいなくなった。
もちろん、"
「すみません。お待たせしました」
オレにとって鬼、氷川が声をかけてきた。
「おー。それじゃあ行くか」
「ええ」
今日は久々の風紀委員の活動で、校外のパトロールを行う。
学園長の命令でこうなった原因は全て、この街で犯罪が多発しているからだということに他ならない。
最近は強盗や強姦などの犯罪に加え、ニュースでも取り上げられた殺人未遂事件までこの町で起こっている。
更には空き地で未成年の男子生徒が多数暴行を受けた事件が────あっ、この犯人はオレか。
ともかく、校内が平和になりつつあると思った途端にこれだ。
学園長の生徒たちを守りたいという気持ちは風紀委員「俺たち」をこき使っていることでよーく伝わっている。
校門を出てオレたちは横並びに歩く。
「教師陣と風紀委員が共同でパトロールを行い生徒たちの安全を守る、か。まるでオレたちが警察官みたいな役回りだな」
「仕方ありませんね。こうも事件が多ければ警察の方々も捜査で手一杯でしょうし、自分たちの身は自分たちで守らなければいけない。私はそう思います」
「さすが、優等生。言うことが違うな」
「揶揄わないでください」
悪戯に笑いながらおちょくってみたものの、氷川は冷たく返す。
「他の班の人たちが事件に巻き込まれなかったらいいのですが…………」
「安心しろ。教師を一人含めた5人1組で構成した班編成に加えて防犯ブザーも常備させているし、万が一巻き込まれてもそのブザーのボタンを押したら携帯に通知がいくようになっているからな」
「何かあってからでは遅いのことは身に染みて理解してるつもりですから」
「まあ、そのブザーが間違って押されたことを願うだけだな」
「ところで…………私たちは二人だけなんですけどいいんですか?」
「ああ?そんなもん、オレ一人いればどうとでもなる」
「すごい自信ですね」
「おうよ。野郎の10人や20人なんて余裕で────」
「おいっ!そこのメッシュ!!」
オレと氷川の会話を遮り現れたのは、トップクを着たいかにも柄の悪い不良の女。
どうやら今回の相手は野郎ではなかったようだ。
「アンタが噂の "赤鬼“ かい?」
「そうだと言ったら?」
「アンタを、うちのチーム "
まるで猗○座の勧誘のようにオレに問い詰める女。
答えるまでにも道の影からゾロゾロと不良たちが出てきて、あっという間にオレたちは囲まれてしまった。
「月島くん……………!」
氷川は即座に防犯ブザーに手をかける。
だが、オレは腕を横に広げそれを止める。
「その必要はねェ」
相手が噂の犯罪者ならまだしも相手はただのチンピラだ。
それにオレに用があるらしいから他人を巻き込むのも気が引けるからな。
「こんなに寄って集って威圧して、オレに拒否権なんてねぇんだろ?」
「その通りだ」
「残念だが、どんだけ頼まれようがその誘いを受ける気はねぇよ。オレはもう "鬼" なんだからな」
「はあ?何を訳のわからないことを言ってんだコラ!」
「冗談が通じないか。みんな大好き鬼○の刃ネタだったんだがな」
「テメェ舐めてんじゃねぇぞ!!」
ため息混じりにそう嘆くと、俺たちを囲っていた一人の女が背後から殴りかかってきた。
オレは体を反転させながら足を振り上げ、女の顎に目がけて踵を強振する。
他の女もろともガードレールに体をぶつけその場に蹲った。
「やめときな。強硬策はオレには通じねぇぞ」
「くっ……………!」
「こちとら "
「い、いくぞお前ら!!」
蹲る女たちを抱え、レディースは去っていく。
オレは、ふぅっと息を吐き何事もなかったかのように平然と道を歩く。
氷川も遅れながらついてくる。
その顔はどこか驚いているような、しかし呆れてすらいそうなものだった。
「本当にあなたは問題ごとしか起こしませんね」
「ああ?好きでやってるわけじゃねぇよボケッ。正当防衛だ正当防衛!」
「ひとつ聞きたいのですが…………あなたが言っていた "青鬼" というのは、私のことでいいんですね?」
「あ、あれはあれだ。ものの例えだ。オマエはオレを捕まえる時は鬼の形相で捕まえてくるからよ。それに、髪も青いしちょうどいいじゃねぇか」
「はぁ、誤魔化すならもっと上手くやってください」
「全くだ。我ながら語彙力に欠けた言い分だったな」
「しかし、私が鬼ですか、そうですか……………」
「ひ、氷川?」
いかん。ベラベラと喋りすぎた。
氷川の顰蹙を買っちまったか?
オレは咄嗟に
「ふふっ。何を怯えているんですか?」
「べ、別に怯えてねーよ。バーカ」
「次にもしあなたが抵抗するようなら金棒でも使って気絶させるのも悪くないって考えただけですよ」
「おいおい、シャレになってねぇよ」
「冗談です」
「それに、鬼と言ったら刀だろ。こう、首をぶった斬られるのが定番だろ」
「え?その方がよかったんですか?」
「真面目に受け取るな!」
氷川ならやりかねない恐ろしさがある。
下手をすりゃ本当に首を─────うっ、想像するだけで身震いするぜ。
これは、当分は大人しくした方が良さそうだな
◆◆◆
レディースと一悶着あった後はというと、たまたま見つけた強盗を即時捕まえ警察に引き渡すという出来事があった。
これでひとつ街の問題は消え去ったが、オレの抱えた問題が解決することは決してない。
全く、気が滅入っちまう。
こういう時、昔は派手に暴れ散らしていたのだが高校3年生にもなり大人になったオレは静かな空間でただボーッとすることを好んで行う。
風紀委員の仕事を終わらせ、学校内に唯一存在するその場所へと一目散に向かう。
「よおっ、邪魔するぜ」
そこは普段茶道部が活動で使う和室。
フローリングのうちの家にはないこの畳が敷かれた部屋と微かに香る抹茶の匂いがオレの心を落ち着かせてくれる。
屋上で仰向けになり青空を眺めるのもいいが、肌寒い今の季節は温いこの部屋で寛ぐのが好きだ。
「奏くん。いらっしゃい」
茶道部員の松原は和かな笑顔を見せ迎えてくれる。
「婆さんも、久しいな」
「…………………コクッ」
相変わらず口を開かないヨボヨボの婆さんもオレを迎えてくれているようだ。
それに加え─────
「カナデさん!押忍っ!」
「おお。今日はオマエもいたか、若宮将軍」
若宮将軍ことこの白髪の女、若宮イヴは幽霊部員がほとんどを占めるこの部活で唯一まともに来るひとつ下の後輩だ。
なぜオレがこの女を "将軍" と呼んでいるかというと、少し話は遡る。
氷川と学校内の見回りをしていると、体育館で剣道部が練習してる姿をたまたま目にしたことがあった。
その時練習相手に綺麗に面を喰らわせたのが若宮だったのだ。
その姿はまさに武士。
オレは面白半分で将軍と呼ぶも、本人もどうやら喜んでくれたようで今はその呼び方で通している。
「風紀委員の仕事はもう終わったの?」
「ああ。今日は近所の見回りをして終わりだ」
「お疲れ様です!」
「サンキュッ」
「よかったらお茶でもどうかな?和菓子も用意できるけど」
「いいのか?」
「うん!」
「なら、遠慮なくいただこう」
松原はお茶を点て始め、若宮将軍はそばに置いてあった紙袋から菓子を取り出し皿に盛る。
二人はずっと正座をしていたが、オレはそれに反し肘枕で寝転がった。
この数時間の間だけでもそれなりの距離を歩いた上に喧嘩までした。
今にもここで眠れそうなほど消耗しているのだ。
「悪いな。こんな無作法で」
「気にしないです!」
「私もだよ。奏くんの好きにしていいからね」
「………………コクッ」
「カナデさんにとってここは、『ヒーリングスポット』なんですね!」
「そうだな。ここにはうるせぇ奴がいなくて助かる」
「それって、紗夜ちゃんのことなんじゃ…………
「アイツはいちいち細けぇんだよ。多少なりとも、ルーズでいいこともあるだろうに」
「真面目なところがサヨさんのいいところです!」
「度が過ぎるんだよ」
「奏くん。お待たせ、完成だよ」
松原はオレの前にお茶と菓子を出し、そのままの体勢でそれらを食らう。
お茶は相変わらず苦いし美味いとは感じないが、この心の中まで穏やかになりそうな優しさを感じるのは何故だろうな。
この空間がそうしてくれているのか、はたまた松原が淹れてくれたおかげか…………オレにはよくわからん。
「どうかな?」
「まあまあだ」
「そっか、まあまあなんだ」
「オレにはまだこれが美味いと言えるほどの味覚がないだけだ。わかるやつが飲んだら、美味いって思うんじゃねぇの?」
「これは最大級の褒め言葉ですよ!カノンさん!」
「そ、そっか、えへへ」
松原は照れるように顔を赤くする。
「ところで、カナデさんはどうして女の子になってしまったんですか?」
純粋な目をオレに向け問う若宮将軍。
その質問は正直されたくない。
「さあな。熱を出して、1日寝てたらこのザマだ」
オレは手を大きく横に広げ首を振る。
「私と千聖ちゃんがお見舞いに行った時は男の子だったんだけど…………夜に何かあったのかな?」
「まさか本当に毒を盛られてたりしてな。はははっ」
白鷺に揶揄われた時は反論したが、うちの古いアパートだとありえる話だ。
エレベーターなんてものはなく監視カメラだってアパートの入り口にある一つだけというあまりに欠けたセキュリティの低さがウリである。
監視カメラに映らない場所を通れば誰が犯人だなんてわかるわけもない。
真実はあるが、ないようなものだ。
「性別が変わるなんて、すごいですね!」
「そうだな。いい迷惑だ」
「私が男の子になったら、もっと筋肉をつけてカッチュウも似合う人になりたいです!」
「ふふっ。イヴちゃんは本当の将軍様になれるかもね」
「なりたいです!」
「そうだな、まずは高熱を出すところからスタートだ。その後に自分に恨みを持ってそうな奴に毒を盛られるように仕向けて…………」
「か、奏くん!イヴちゃんにそんな恨みを持つ人なんていないよ!」
フィンランドのハーフ、白髪の地毛、女の中では高身長、人気アイドル&モデルという、まるで二郎系ラーメンのトッピングのように盛られた個性を妬むやつなんてごまんといるだろう。
まあ、純粋無垢な若宮将軍ならそんなこと全く気にしなさそうだけどな。
「話を戻すが、本当に記憶がねぇんだよ。松原たちが帰ってからは窓も扉も閉めてたし、誰も入ってこれねぇはずだ。謎は深まるばかりだな」
「なんでかなぁ………」
「私もわかりません……………」
「……………ああ。そういえば、オレの机の上に置いてあった薬って松原が持ってきてくれたやつだよな?」
「うん。こころちゃんから風邪薬だよって言われて持ってきたものなんだけど」
「おい、その薬────変なもんが入ってたりしないよな?」
「そ、そんなまさか……………」
そんな時、この静かな空間に携帯の着信音が鳴り響く。
その音を発している携帯の持ち主は松原だ。
すぐにその電話に出る。
「はい、もしもし………………はい……………えっ!?………………はい、わかりました」
電話を切ると、松原が真っ青な表情を浮かべ呆然としていた。
「どうした?」
「さっき、こころちゃんの黒服さんから電話があったんだけど……………その……………」
言葉に詰まる松原の仕草を見てオレはなんとなくだが状況を察した。
「その薬──────
「う、うん……………じつは────」
松原は黒服とやらから聞いた話をわかりやすくまとめて説明してくれた。
要は、その薬は開発中の『性別を入れ替える薬』だったようでオレが飲んだものは試作品だったらしい。
その薬が何故か松原の友達(弦巻こころとかいうお嬢様」に渡り、友達から松原に渡り、最終的にオレへと渡ったという。
どうも信じ難いが、その薬の臨床試験とやらは成功しているらしい。
「それで、オレが元に戻る薬はあるんだろうな?」
「う、うん!誤って飲んでしまった時のために作ってたらしいんだけど……………それも効果がわからないらしいんだ…………」
「構わん。すぐにそれを寄越してくれ」
「わかった!すぐ連絡するね!」
松原はそう言い再び電話をかける。
それにしても、こうもあっさりと終わると気が抜けるな。
毒を持った犯人は、何の自覚もなく平然と持ち込んできやがったんだからタチが悪い。
しかも、それが松原ときたもんだ。
疑いの線から外れるのは仕方のないことだろう。
それにしても、今回のことどうも腑に落ちない点がある。
今更この出来事の真犯人を見つけるなんてことをするほど暇じゃないから見過ごすが、頭の片隅に入れておいた方が良さそうだ。
オレの野生の勘がいっている。
『オレの身に危険が迫っている』ってな。
と、言うわけで奏の女体化騒動は一件落着となりました。
次回から男の姿で暴れ回ります