高嶺の華と路傍の花   作:山本イツキ

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第35輪 バーデンベルキア 〜奇跡的な再会〜

 夏休み。それは、神からの褒美。

 『何か行動を起こせ』と言わんばかりに与えられた長い連休のことだ。

 去年のこの時期、オレはバイクの免許を取り友達と昼夜問わずツーリングに出かけたものだが今年は違う。

 

 

 「おお……………なんだ、このデカさは!?」

 

 

 オレは今、アイドル事務所のビルの高さに驚愕し立ち尽くしている。

 

 

 「おはよう。月島くん」

 

 

 正面の玄関から白鷺が軽く手を振りながら姿を現れた。

 

 

 「流石、テレビにも出演しているアイドルグループの大元だ。その辺のとじゃあ規模が違うな」

 

 「別に私たちだけじゃないのよ?他にも沢山のアイドルや女優がこの事務所に所属しているの」

 

 

 まさに女の園、といったところか。

 これを取り仕切る社長はさぞかし贅沢な暮らしをしているんだろうな。

 

 

 「それで月島くん。これから社長に会うわけだけど………………その、ちゃんとしてね?」

 

 「ああ。わかってる」

 

 「本当かしら」

 

 

 有り余った休日を得たオレの元に白鷺からある仕事話が舞い込んできた。

 それが、アイドルのマネージャー、つまり、白鷺の下僕になれとのことだった。

 もちろんオレはそんな仕事お断りだとパスしようとしたが、雇用されれば普通の高校生では稼げそうにない報酬金額を提示され、喜んで承諾した。

 今日はそのための面接を受けに事務所まで来たと言うわけだ。

 

 将来二度と入ることはないであろう芸能事務所に第一歩を踏み締める。

 

 

 「やっぱ、中も広いなァ!」

 

 

 全面ガラス張りのロビーに、巨人も見上げれるであろう高い天井。

 中にはいかにも高そうなソファがいくつも配備されており、そこにはスーツを着た大人たちが何やら話している様子が見える。

 ロビーでこの規模なのだから上層が一体どうなっているかなんて想像もつかない。

 まさに選ばれし人間が立ち入る場所と言えるだろう。

 

 しかし──────。

 

 

 (……………んっ!?な、なんだ。この淀んだ空気は…………?)

 

 

 ここへきてから少し経つと何やら息苦しさのようなものを感じた。

 誰もが憧れる芸能人がいる場所のはずなのになぜ…………。

 

 

 「何をしているの?」

 

 「……………いや、なんでもねぇよ」

 

 

 恐らく気のせいだろう。

 オレは深く考えることなくエレベーターに乗った後、社長がいる階層まで上がり長い廊下を二人並んで歩く。

 

 

 「なあ、女のオレがもしアイドルのオーディションを受けたらどうなると思う?」

 

 

 モヤモヤした気持ちを振り払うように、バカのような話題を振る。

 

 

 「性格診断で落選間違いなしよ」

 

 「そんな診断ねぇだろ」

 

 「あなたは顔に出やすいもの。どうせすぐにバレるわ…………こんにちは」

 

 「……………ッ!」

 

 (………………?)

 

 

 白鷺の挨拶にアイドルらしきフリフリとした服を見に纏う女は肩をビクつかせ頭を下げた後足速に廊下をかける。

 

 

 「だがまあ、スタイルだけは良かったと思うけどなぁ。少なくとも、オマエよりは」

 

 「はぁ、あなたは本当に何もわかっていないのね」

 

 

 白鷺は呆れるようにため息をつく。

 

 

 「何がだよ。一番重要なのはそこじゃねぇの?」

 

 「いい?芸能界で生き抜くためにはそれ以外にもっと重要なことがあるの!」

 

 

 白鷺はそう強くいい、指を一つずつ立てながら説明する。

 

 

 「まずは礼儀作法。挨拶はもちろん、笑顔を絶やしてはいけないわ。その次にトーク力。司会者から何か話題を振られたら期待以上のことを話さなくてはならないの。その次には──────」

 

 

 芸能界に対して興味もないから、ペラペラと饒舌に話す白鷺の言葉を右から左に聞き流す。

 しかし、この事務所に入った時から感じる違和感は一体何なんだろうか。

 すれ違う人間は皆一切の笑みを浮かべず何かにずっと怯えているかのように縮こまっている。

 まるで圧政でも強いられているような。

 テレビの前ではニコニコと煌びやかな芸能人が、裏では仕事を勝ち取るために手段を選ばずなんでもやってる──────いや、やらされているとでも言うつもりじゃないよな?

 そんなの、奴隷と同じじゃねぇか。

 夢のために辞めることもできず、社長の作り出した "蜘蛛の巣" に絡まり抜け出せない蝶がすれ違った女たちなんだろう。

 

 救い出してやりたいのは山々だが…………オレの妄想が間違っている可能性もある。

 それは、社長と話さないとわからないだろうな。

 

 

 「その次に……………ちょっと月島くん?ちゃんと聞いてるの?」

 

 「んー?あー、オマエも苦労してるんだな」

 

 「わかったならそれでいいわ。スタイルさえ良ければいいなんて考えがいかに愚かだったかちゃんと理解できたかしら?」

 

 「へーへー。さーせんした」

 

 

 二人でそう話していると社長室の前にたどり着いた。

 コンコン、と白鷺はノックする。

 

 

 「入りたまえ」

 

 

 中から誰かの声がしてオレたちは部屋に入室する。

 

 

 「失礼します。社長」

 

 「……………どーも」

 

 

 深々と頭を下げる白鷺とポケットに手を突っ込み適当に挨拶するオレの目の前に映るのは黒髪の後ろ姿の男。

 社長室とネームプレートが記されていた部屋に一人いるこの男が社長なんだろう。

 男は後ろを向いたまま口を開く。

 

 

 「おはよう。諸君」

 

 「おはようございます」

 

 「白鷺、少し喉の調子が良くないようだね」

 

 「そ、そうでしょうか?」

 

 「ここ最近は忙しかっただろう。体のケアは怠らず、休みの日はゆっくりと羽を伸ばすといい」

 

 「はい。是非そうさせて頂きます」

 

 

 社長と言うもんだから歳老いたじじいを想像していたが、現実は違いとても若々しく渋い声をしている。

 

 

 「月島くん。この方が─────」

 

 「随分と、大きくなったな」

 

 

 白鷺の紹介を遮った男は立ち上がり、オレたちの正面を向き、全身真っ黒のスーツを纏ったその男の目線はオレを見ていた。

 さっきのセリフもどうやらオレに対して言ったものらしい。

 男はツカツカとゆっくり歩み寄る。

 

 

 「大きくなると顔つきも変わるものだが、目元はやはり母親似だな」

 

 

 他人とは思えないほど親しげに話すこの男はオレの頭から爪先まで凝視したあとそう口にした後、衝撃的な言葉を発した。

 

 

 「十数年ぶりか。()()()()()()()

 

 

 まるで呼び慣れているかのような口ぶりでオレの名前を言い放ったこの男の顔に心当たりがあった。

 それが、家の写真立てに飾られた写真だ。

 家族3人で移った唯一の一枚の中にこの男はいた。

 少し老けてはいるが、その余裕のある表情やすらっとした体型は今も変わらない。

 そう、コイツは──────。

 

 

 「……………そっちは随分と、偉くなったもんだな」

 

 「月島くん…………?」

 

 「元気そうでなによりだぜ。()()()()

 

 「えっ!?」

 

 「ほぉ、俺のことを覚えていたのか」

 

 「ああ。何せおふくろから散々愚痴を聞かされたものでな。金の使い方が荒いことも酒癖や女癖が悪いことも、ありとあらゆることを知ってるぜ?もちろん、離婚の理由もな」 

 

 「くくくっ。まあ、酒癖が悪いのはお互い様なんだがな。奏もよく知っているはずだろ」

 

 「当然」

 

 

 普段は控えているらしいが、翌日が休日ならおふくろはかなりの量の酒を飲む。

 ビールにウィスキー、日本酒に焼酎…………まるで居酒屋のようなラインナップだ。

 たいして強くもないくせに飲むもんだからすぐに酔い潰れ机の上で寝ることなんてしょっちゅうである。

 

 まあ、酔って手足を出さないからマシだと言うべきか。

 

 

 「しゃ、社長!そろそろ本題に入った方がいいかと思いますよ」

 

 

 オレたちの間に白鷺が割って入ってきた。

 クソ親父と話していてすっかり存在を忘れていたところだ。

 

 

 「おっと、この後レッスンがあるのにすまないね、白鷺。立ち話もなんだからそこの椅子にかけなさい」

 

 

 クソ親父に勧められオレと白鷺は黒のソファに腰をおろす。

 

 

 「それにしても、白鷺が推薦するマネージャーの名前を聞いたときは驚いたものだ。まさか俺の愛息だったなんてな」

 

 「この女から金になる仕事話を持ちかけられたから来ただけだ」

 

 「もちろん報酬は出す。だが、今日はあくまで面接をするために呼んだまでだと言うことを忘れるなよ?」

 

 「ああ。そうだったな」

 

 

 対面に座るクソ親父はオレの履歴書に目を通す。

 

 

 「花咲川では風紀委員長をしているんだったな」

 

 「ああ。学園長に強制的にな」

 

 「噂で耳にしたことだが、花咲川には "不死身の暴君(アンデッド)" などという男がいると聞いたんだが、それは奏で間違いないんだな?」

 

 「その通りだ。誰がつけたかもわからん名前でそう呼ばれてる」

 

 「カッコいいじゃないか。学生らしくて」

 

 「よせよ。そんなことで喜ぶのは厨二病ぐらいだ」

 

 「ククク。お前は大人だなぁ」

 

 

 久々の再会だからかクソ親父は楽しそうに話す。

 一方の白鷺はというと、オレの言葉遣いを直すことを諦め、ただジッと座っている。

 

 

 「面接のついでだ。逆にオレから一つ聞いてもいいか?」

 

 「なんだ?」

 

 「オレみたいな腕っ節だけのど素人をマネージャーとして雇おうとしてる理由を教えろ」

 

 「なんだ。白鷺から何も聞いていないのか」

 

 「()()()、彼にとって全く気にする必要のないものだと思ったからです」

 

 

 その理由とやらは白鷺が絡んでいるものらしい。

 クソ親父は立ち上がり自分の机に向かうと、その引き出しを開け一枚の封筒を取り出しオレに渡す。

 

 

 「これが、事務所宛に届いたものだ」

 

 

 封筒を開け中の文を見る。

 

 

 「………………そういうことか」

 

 

 概要はこうだ。

 

 『白鷺千聖さん。私はあなたのファンで、あなたが─────にお住みで花咲川高校に通っていることは知っています。私はあなたのことが大好きで、ぜひお付き合いしてほしいとも考えています。"みんなの白鷺千聖" ではなく "私だけの白鷺千聖" になってほしい。もしそれが叶わないとなれば私はあなたに強硬手段を取らなければならない。どうかそのことを考えた上でご返答ください』

 

 とどのつまり脅迫文ということだ。

 こういった内容の手紙が数枚に加え、花咲川高校と白鷺の家らしき写真が入っていてその言葉の重みが伝わってくる。

 

 

 「オレは金が欲しい、アンタは白鷺を守りたい。なるほど、利害は一致してるわけだな」

 

 「その通りだ。この依頼を引き受けてくれるか?」

 

 「引き受けるも何も、今日はオレの面接をしに来たんだろ?そっちから頼み込むなんておかしな話だと思わないのか?」

 

 「クククッ。奏がこの場に来てくれた時点で採用は決まっていたんだ。どうやら白鷺は来ないものだと考えていたようだが」

 

 「普段の彼を見ていれば予想できます。しかし、今回は私の思い違いだったようですね」

 

 「ハッ、残念だったな」

 

 

 皮肉混じりにそう言うと、白鷺はギロリと睨みつけてきたが特に口を開くこともなく再びクソ親父の方を向く。

 

 

 「万が一白鷺に危害が加わるようなことがあれば報酬は無し。そして、犯人諸共損害賠償を請求させてもらうつもりだが、いいな?」

 

 「この女がどうなろうがオレの知ったことじゃねぇが、高校で初めてできた友達が悲しむからなァ。いいだろう。だが、それならこっちも条件を出させてもらう」

 

 「なんだ?言ってみろ」

 

 「オレがその手紙の送り主をとっ捕まえることができれば報酬は倍もらうぜ?何せこっちも危険な橋を渡るわけだからな」

 

 「クククッ。抜け目がないな」

 

 「アンタの息子だからな」

 

 「いいだろう。例え犯人を捕まえなくても白鷺を守ることさえできれば報酬は弾んでやるぞ」

 

 「ククッ、太っ腹だな」

 

 「これでも社長だからな」

 

 

 クソ親父は書類とペンをオレに渡す。

 

 

 「ここに注意事項がすべて書かれてある。見通したらサインしてくれ」

 

 「ああ」

 

 

 細かな文字がズラリと並べられた書類を見て面倒だとは思ったが、一言一句見落とすことなく全てを見通す。

 万が一にもヤクザがやりそうな小さい字で有る事無い事書かれたらたまったもんじゃないからな。

 ところが奴はそんなセコイことをする器じゃなかったようだ。

 要約すると

 ・白鷺を絶対守り切ること

 ・白鷺が家を出てから家に着くまでが勤務時間とする

 ・学校でも常に一緒にいること

 ・期間は3ヶ月とする

 といったところだ。

 

 

 「なあ、なんで3ヶ月なんだ?」

 

 「10月に入れば大学受験に専念し、一時的に芸能活動を休止することになるからだ」

 

 「本当は3年になってからのはずだったんだけど、予定がどんどんずれてしまって今に至っているってわけなの」

 

 「なるほど、わかった」

 

 

 そこまでして大学に進学したいものなのか、甚だ疑問だ。

 もしオレが白鷺の立場なら迷うことなく高卒で女優業を続けるんだが、どうせ奴のことだから先を見据えてのことなんだろう。

 どーせ仕事をしてたら学校に通う余裕も無くなるだろうに、ホント馬鹿なやつ。

 

 

 「他に訊きたいことはあるか?」

 

 「今はねェ。訊きたくなったら訊くようにする」

 

 「いいだろう。さあ、サインしてくれ」

 

 

 クソ親父の言う通り、書類に名前を書く。

 これで契約成立。

 オレは晴れてこの社長と白鷺の下僕(イヌ)と成り果てたわけだ。

 

 

 「契約は明日からだ。10時に白鷺を撮影現場まで無事に送り届けてくれ」

 

 「言っておくがオレの交通手段はバイクだぜ?そっちで車とか出したりしねぇのかよ」

 

 「生憎人手不足でな。免許を持ってて、ある程度の信頼ができて、強い人間となるとなかなか見つからなかったのが本当の話だ」

 

 「電車は………………ああ、白鷺がダメか」

 

 「なっ、どう言う意味よ?」

 

 「万が一があったら、あんな人ごみの中を助けられる義理はねぇからな。それに、オレは電車が嫌いだ。ただでさえ狭い上にあんな密集されたら吐き気がする」

 

 「結局月島くんが嫌なだけじゃない」

 

 「うっせェ」

 

 「交通手段はキミたちに一任するよ」

 

 「まあ契約しちまったんだ。事故らないように気ぃつけねぇとな」

 

 「くれぐれも、よろしく頼んだぞ」

 

 

 長いようで短かった社長面談は終え、部屋を後にする。

 廊下をしばらく歩いたところで白鷺はようやく口を開いた。

 

 

 「それにしても驚いたわ。まさか社長があなたのお父様だったなんて」

 

 「父親じゃねぇ。()だ」

 

 「そ、そうね。ごめんなさい」

 

 「オマエはアイツのことどう思ってる?」

 

 「社長は………冷静沈着で人を見る目があると思うわ。これまで数多くのアイドルや女優を輩出してきたもの」

 

 「ホォ…………」

 

 「そう言うあなたはどうだったのかしら?久しぶりの会話は」

 

 「別に、今日話したから全てわかる訳じゃないからなぁ。おふくろからは "最低な男" と言う烙印を押されているから、オレにはそのイメージしかねぇよ」

 

 「正直、今の社長からはそんな想像はできないわね」

 

 「本性を隠すことなんて誰にだってできる。その気になればアイツを丸裸にだってしてやるぜ?」

 

 「別にその必要はないわ」

 

 「なぜだ」

 

 「する必要がないもの。あの人は私にとって "害" になっているわけじゃない。むしろ感謝しているのよ」

 

 「万が一、"害" になったとしたらどうする」

 

 「その時はその時になって考えるわ。今は私を守ることに尽力してほしいの。よろしくね、月島くん♪」

 

 「へーへー。好きにしやがれ、お姫様(ジュリエット)

 

 「も、もう!その言い方はやめなさい!」

 

 

 3ヶ月もこの女をマネージャー、基ボディーガードとして守らなくてはならない。

 金のため、初友のため。

 不純な動機と言われようが目的さえ達してしまえばそれでいい。

 

 オレの身体がどうなろうとも。




物語も佳境に入ってきました。


残りの高校生活は約半年。

平穏無事になんて、終われるわけないですよね…………。
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