高嶺の華と路傍の花   作:山本イツキ

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久しぶりにこちらの作品を

楽しみながら執筆できました


やはり野に置け蓮華草

 20歳も半ばを超え三十路間近となった今現在。

 高校を卒業して10年ほどが経過し、オレ達は社会の厳しさや辛さを数多く経験してきた。

 警察官となったオレは警部補に、氷川は警部へそれぞれ昇級し責任ある立場となっている。

 

 仕事の話はここまでにして、オレの私生活にも変化が起きている。

 

 それは────

 

 

 「おーい。帰ったぞー」

 

 

 19時を回った頃、帰宅するや否や小さなシルエットが扉のガラス越しに薄らと映り、短い腕を必死に伸ばしてドアノブを下げるとゆっくりとその扉が開き、小さな愛娘がオレを出迎える。

 

 

 「ぱぱ〜!」

 

 

 渡り廊下を元気よく駆け、しゃがんだオレの胸元に勢いよく飛び込んだ。

 

 

 「美柚〜!ただいま〜♡」

 

 

 出迎えてくれた愛娘の頭をヨシヨシと撫でると、美柚はニコッと嬉しそうに笑顔を浮かべた。

 

 オレには二人の愛する、大切な家族がいる。

 そのうちの一人である最愛の子、月島 美柚は今年で4歳になる自慢の娘だ。

 妻と同じ水色の髪をした天真爛漫な女の子である。

 

 

 「おしごとおつかれさま!」

 

 「おお〜!そんな労いの言葉がいえるなんて天才だな〜!ありがとなぁ♪」

 

 

 オレはそのまま娘を抱き抱え、もう一人の大切な家族である最愛の妻、花音の元へ向かう。

 

 

 「おかえりなさい」

 

 「おう。いつも迷惑かけてすまんな」

 

 

 エプロン姿の妻の頭を空いた片方の手で撫でてやると、嬉しそうに小さく笑みを浮かべた。

 

 

 「迷惑だなんて思ってないよ。パパはいつもお仕事頑張ってるの知ってるから」

 

 「ホントっ、よく出来た嫁だ」

 

 

 昂った感情のままキスしてやりたいのは山々だが、今はまだ流行病が蔓延っている。

 キチンと消毒してからしてやろう。

 

 

 「ぱぱ〜、みゅーお腹すいたー!」

 

 「おぉそうか。それじゃあ急いで準備するから少しだけ待っててくれ」

 

 「40びょうでしたくしてね!」

 

 「任せろ!」

 

 

 とあるアニメーション映画に出てくるセリフを言い、愛娘はリビングへと戻る。

 

 

 「子供は何かとすぐ影響を受けるよな」

 

 「保育園でも友達と楽しそうに遊んでるみたいだよ」

 

 「そうかそうか。社交的なのはいい事だ」

 

 

 交友関係で苦労した身からすればこれ以上に嬉しいことはない。

 娘には、たくさん友達を作って青春を謳歌してほしいな。

 

 

 「ぱぱ〜!はーやーくー!」

 

 「もうすぐだから待ってろー」

 

 

 リビングから催促する声が飛び、オレは急いで洗面所へと向かった。

 娘の尻に敷かれている様子を花音は微笑ましそうに笑い、リビングへと向かった。

 美柚との約束はきっちり守り、席に着くとすでに晩飯の用意ができていてすぐさま飯にありつく。

 

 

 「……お、この唐揚げ美味いな」

 

 「ふふっ、だってみゆちゃんが手伝ってくれたもんね♪」

 

 「うん!ままといっしょにつくったのー!」

 

 「そうかそうか!みゆも将来素敵なママになれるぞ〜!」

 

 「えへへ〜」

 

 

 この歳になると悪い意味での自己主張が出てくると同僚に聞いたが、美柚にはそれが全くない。

 寧ろ家事を進んでこなそうとするし、やれることは全て自分でやろうとする自主性すら兼ね備えている。

 正直、子供としては出来すぎていて怖いぐらいだ。

 間違いなく、中身は花音を色濃く継いでいる。

 

 

 「今度、パパの大好きなカレーを一緒に作るって約束したもんね」

 

 「うんっ!みゅーひとりでつくるんだ!」

 

 「まだ一人だと危ないからママと一緒に作ろうな」

 

 「はーい」

 

 

 向上心があるのは素晴らしいが、まだまだ包丁を持たせるには危険すぎる。

 花音には悪いが、ちゃんと見てやって欲しい。

 

 

 「パパは美柚とママが一緒に作ったカレーを食べれるのを楽しみにしてるからな」

 

 「うんっ!ぜったいおいしいっていわせるからね!」

 

 

 こんな純粋無垢な笑顔を後何回見られるのだろうか。

 花音だけならまだしも、危険な遺伝子も含まれているのだから将来が不安で仕方がない。

 反抗期なんてすぐ訪れる。

 願わくば、このまま何事もなく平穏無事に育って欲しいものだな。

 

 

 夕食、そして身支度を済ませ眠りについた美柚を他所に、オレたち夫婦は二人だけの時間を満喫していた。

 

 

 「うふふ、寝顔はパパそっくり」

 

 「そうかぁ?」

 

 

 すやすやと寝息を立てて眠っているのは天使(みゆ)であり、悪魔(オレ)と比べるなんてもってのほかだ。

 

 

 「写真あるけど見比べてみる?」

 

 「おい待て。いつ撮った」

 

 

 別に寝顔を撮られることに不快感はない。

 だが、それを氷川や白鷺に流出されるのだけは絶対に嫌だ。

 やたらと揶揄われる様子が目に浮かぶ。

 

 

 「大丈夫。誰にも見せないよ」

 

 

 オレの苦い表情を察した花音は和やかな笑みを浮かべそう告げた。

 さすが、よくわかってる。

 

 

 「これは私だけの宝物だからね」

 

 「宝物って、オマエなぁ……」

 

 

 こうも純粋だとこっちが照れるし反応も困る。

 まあ、そういうところに惚れたんだけどな。

 

 

 「みゆちゃん起きちゃうから、扉閉めるね」

 

 「ああ」

 

 

 また後で、と言い残し寝室の扉を閉めた。

 基本的には花音、美柚、そしてオレが川の字で眠りにつくが、美柚は21時ごろになったら自発的に寝る。

 曰く、『21時が活動限界』らしくなんとも可愛らしい理由だ。

 

 オレたちは寝室を後にするとそのままリビングにあるソファに向かい、横並びで腰を下ろす。

 

 

 「それにしても、美柚も4歳か。年々時間が経つのが早く感じる」

 

 「私たちももうすぐで30歳───」

 

 「言うな」

 

 

 正直受け入れ難くはある。

 怪我が治りづらい、腰が痛え、視力の低下などそういった症状に襲われ始めている。

 おふくろも昔から口癖のように言っていたが、歳はとりたくないものだ。

 

 そっぽを向いていると、隣から手を伸ばした花音は優しくオレの頭を撫で始めた。

 

 

 「今も昔も、ずっとかっこいいよ」

 

 「…‥そうか」

 

 「ふふ、かっこいいかっこいい♪」

 

 

 子供扱いされてるように思えてこれはこれでどうかと感じるが、花音相手だと悪い気はしない。

 

 

 「…………っ」

 

 「ひゃあっ!ど、どこ触ってるの!?」

 

 

 空いた手で無防備な花音の脇腹を突いてやると体をビクッと振るわせ面白い反応を見せた。

 それと同時にオレは寝室の方を指さすと、花音はそれを察し自らの手で口を塞ぐ。

 あまり大きな声を出すと美柚を起こしてしまう。

 今度は先ほどより小さめの声で会話を再開した。

 

 

 「もう!急に触らないでよ!」

 

 「嫌なのか?」

 

 「嫌、じゃないけど……」

 

 「じゃあ別にいいだろ」

 

 「いいけど……もう!」

 

 

 花音も、仕返しと言わんばかりにオレの脇腹を突くも、不意打ちだったオレの突きとは違い全くその効力を発揮しなかった。

 余裕の笑みを浮かべて見せると、今度は花音がそっぽを向いてしまった。

 

 

 「奏くんのいじわる……」

 

 「す(・)ま(・)ん(・)す(・)ま(・)ん(・)。ちょっと揶揄いすぎたな」

 

 

 その言葉に反応したのか、花音は顔をこちらに向けジト目になってオレを睨む。

 

 

 「………2回同じことを言うときは、全く反省してない時だってお義母さんが言ってた」

 

 「そんなことは、あるか」

 

 

 事実、悪いことをしたとは微塵も思ってない。

 ただの夫婦としてのスキンシップだ。

 だがオレの言葉が火に油を注ぐ形となり、頬を膨らませた花音は、背中を向け膝を立てて小さく丸くなった。

 

 結婚してわかったことだがこの状態になった花音はなかなか手強い。

 怒っているというより、どちらかというと拗ねているという本気の証だ。

 

 

 「悪かったよ。ママ」

 

 「………」

 

 

 そう訂正し、今度はオレが頭を撫でるも花音はこちらを見ようともしない。

 

 

 「………違う」

 

 「ん?何がだ」

 

 「呼び、方……」

 

 

 その瞬間、オレはハッとなる。

 美柚が生まれてからというものの、花音本人に対し名前で呼ぶことはめっきりなくなった。

 なぜならオレたちの生活の中心には必ず美柚がいるから。

 美柚がオレたちのことを『パパ』、『ママ』と呼べば必然的にオレもそう呼び始めるようになった。

 決して美柚が悪いわけではない。

 不満を抱いていたことに気づかないオレが100%悪い。

 

 

 「もう、下の名前で呼んでくれないの……?」

 

 

 チラリと顔を見せると花音は目に涙を浮かべている。

 ああ、ずるい。

 オレの嫁はずるすぎる。

 そんな顔をされたら応えたくなるだろうが。

 

 

 「すまなかったな。花音」

 

 

 今度はオレが優しく頭を撫でてやると花音は身体をこちら側に反転させ背中に手を伸ばすとギュッと抱きしめオレの胸元に顔を埋めた。

 オレも空いていた片方の腕を花音の背中に回しそっと抱く。

 子供の前では立派な母親として立ち振る舞い、家事もこなすというのだからその苦労は計り知れない。

 だからこそ、甘やかすときにはとことん甘やかす。

 花音からの頼みとあらばオレにできることならなんでもしてやりたい。

 

 

 「奏くん。大好き」

 

 「ああ。オレも大好きだ」

 

 

 互いに愛を囁き合い、どちらからともなく口づけを交わす。

 満足したのか花音は満足そうに笑みを浮かべた。

 

 

 「奏くん。その……」

 

 

 突如花音は恥ずかしそうに頬を赤く染め、オレの手の上に自らの手を重ね耳元でこう呟いた

 

 

 「そろそろ………二人目とか……どう、かな……?」

 

 

 それは俗にいう夜のお誘い。

 基本的にはオレからが多いのだが、花音からというのは実に珍しい。

 

 

 「いいのか?」

 

 「うん……なんだか、今日はそういう気分、かも………」

 

 

 頬をさらに赤くした花音は照れたように顔を手で覆い隠す。

 

 

 「で、でも!奏くんお仕事忙しいだろうし、無理にとは言わない、けど………」

 

 「無理なわけあるか。ある意味、オレはこういう展開をずっと待っていたのかもしれないな」

 

 「え?それってどういう───きゃっ」

 

 

 オレは花音を抱き上げるとそのまま膝の上に乗せた。

 歳をとったとはいえ筋力は未だ健在。

 花音自身も軽いから余裕で持ち上げられる。

 

 

 「は、恥ずかしいよぉ……」

 

 「何を今更。何度もしてきただろ」

 

 「そうだけど…………そうだけど………!もう………!」

 

 

 照れたところも怒ったところも可愛らしい。

 オレの最愛の嫁も天使の一人だ。

 オレたちは昂る熱の赴くままに再度熱い口付けと抱擁を交わす。

 

 

 「次に生まれてくるのはオレに似たヤンチャ坊主かもしれないぞ」

 

 「大丈夫。きっと、奏くんみたいに素敵な人になるよ」

 

 

 オレが素敵かどうかはさておき、育てるのに苦労することは目に見えている。

 願わくば、花音や美柚のように純粋で優しい子に育って欲しいものだな。

 

 花音はそのままオレの服の裾に指をかけ脱がそうとする。

 

 

 「ちょっと待て。まさかソファ(ここ)でするつもりか」

 

 「でも、布団だとみゆちゃん起こしちゃうよ。それに───」

 

 「?」

 

 「───久しぶりだから、声……我慢できないかも……」

 

 

 恥ずかしさの中に垣間見える妖艶な上目遣いで話す花音。

 ダメだ。完全にやられた。

 これまで軽いスキンシップはあったものの、行為に及ぶことは決してなかったのだが今日は違う。

 花音から誘ってきたんだ。

 それに応えず何が旦那か。

 

 

 「わかった。久しぶりなのはお互い様だから、手加減しねェぞ」

 

 「………きて。奏くん」

 

 

 久しぶりに訪れた夜の営みは、眠りについた娘に見られることもなく、陽が登り始めた翌朝まで続くこととなった。

 美柚が目覚める頃にはシャワーを済ませると共に身だしなみを整え、多少の清掃を施し終えることができた。

 花音のお腹に二人目の命が宿ったか否か。

 それがわかるのはまだ少し先になるだろう。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 オレのじょうし「氷川紗夜」は堅物だ。

 生真面目で、自分にも他人にも厳しい。

 それがいいと思う反面、面倒だと思うこともある。

 高校からずっと仕事をしてきたからわかることなのだが、他のやつは違う。

 当然相手は人間だ。

 性格の合う合わないが出てくるのも必然だと言えるだろう。

 

 

 「○○さん。この資料、やり直しです」

 

 「ええ?ま、またですか!?」

 

 「当然です。見づらい、誤字がある、内容が簡潔にまとめられていないなどなど、他にも数点指摘箇所がありますが?」

 

 「い、いえ。すみませんでした……」

 

 「今日中に訂正してください」

 

 

 そう告げた氷川は資料を渡すと再びパソコンに向かって仕事を再開する。

 オレの隣に座る後輩は落ち込んだ様子でデスクに戻ってきた。

 

 

 「災難だったな」

 

 「そこまで悪くない出来だと思ったんですけどねぇ……」

 

 「どれどれ」

 

 

 氷川に提出した、とある事件に関する捜査資料。

 犯行日時やその犯行内容、目撃証言やらが記載されているが、確かに要点がまとめられていないという面では氷川に同意できる。

 

 

 「ま、経験を積むこった」

 

 「月島さんって見た目は完全にヤ○ザなのに仕事はバリバリ出来ますよね。本当に羨ましいです」

 

 「おいおい、褒め言葉の中にサラッと毒を混ぜてんじゃねェよ」

 

 「すんません」

 

 

 そう軽口を叩いていると上司「ひかわ」から鋭い視線が突き刺さった。

 『喋ってないで仕事しろ』とでも言わんばかりの圧力に、オレは謝る仕草をしてパソコンに向かう。

 

 

 定時には仕事を終えたオレはそそくさと部署を後にし、外で奴を待った。

 時計の針が19時を差した頃、仕事を終えた氷川が警察署から出てきた所を見計らい姿を見せると、オレを見るや否や驚いたように目を大きく見開く。

 

 

 「………珍しいですね。家族最優先のあなたが」

 

 「明日休みだろ。ちょっと付き合えよ」

 

 「何を企んでいるかは知りませんが、せっかくの機会ですし構いませんよ」

 

 

 渋々といった様子でオレからの誘いを受ける氷川。

 向かった先は駅近くにある居酒屋だ。

 20代も後半に差し掛かり酒の良さが分かる今だからこそ、こういう場所でしか話せないこともある。

 店に入り、店員にテーブル席に案内されるとオレ達はビールとそれに合いそうなつまみを注文してそれを待っている状態だ。

 

 

 「それで、今日はどういう風の吹き回しですか?」

 

 

 早速と言わんばかりに話しを切り出す氷川。

 

 

 「お子さんが生まれてからは初めてのお誘いなので、驚きました」

 

 「花音と美柚は実家に帰ったから、今日は一人だったんだよ。二人がいたら今頃家で飯食ってるっつーの」

 

 「なるほど、それでですか」

 

 

 独身時代は度々呑みに行ってはいたが、結婚、そして美柚が生まれてからは全くと言っていいほど行かなくなった。

 理由は単純。

 家族との時間が何よりも大切だからだ。

 

 

 「喧嘩でもしたんですか?」

 

 

 揶揄うように氷川はそう言い放つ。

 

 

 「違ェよ。月に一度の月島家恒例行事だ」

 

 

 実際、花音だって口にしないだけでどんなストレスを抱えてるか分からない。

 オレとの生活に疲れてるだろうし、たまに実家に帰すようにしている。

 義両親も孫の顔を見たいだろうし、一石二鳥だ。

 

 

 「まあ積もる話もあるだろうし、今日はお互い毒を抜こうや」

 

 「そうですね。そうしましょうか」

 

 

 上司と部下の板挟みにあっている氷川はストレスも相当抱えているはず。

 少しでも気が楽に慣ればいいと考えたのは、決して口にはしない。

 

 

 「氷川は普段呑むのか?」

 

 「いえ、あまり。日菜や友人達と嗜む程度に飲むぐらいです」

 

 「オマエらしいな。うちの花音なんて、度数3%の酎ハイを少し口にしただけで酔い潰れるから大変だ」

 

 「いいじゃないですか。彼女らしくて」

 

 「言えてるな」

 

 

 氷川の表情が少し和らいだ。

 

 

 「偏見ではありますが、あなたはお酒強そうですよね」

 

 「人並みにはな。その代わり家では全く呑まん」

 

 「そうなんですか……てっきり、家にとんでもないアルコール度数のお酒を常備してるのかと」

 

 「バカか。そんなもの、大事な愛娘や嫁が間違えて口にしたらどうする?」

 

 「大惨事になりますね」

 

 「それに『パパ、お酒くさい』なんて言われた日には、オレはオレをぶん殴る」

 

 「子供は素直ですからね」

 

 「だからこそ心に突き刺さるんだよ」

 

 

 純粋無垢な言葉には驚異的な力がある。

 それが愛娘となれば尚更だ。

 しばらくすると頼んだものが全て出揃い、互いの労いをこめグラスを合わせると、中に注がれていたビールを一気に飲み干した。

 

 

 「ふふっ。いい呑みっぷりですね」

 

 「やっぱ美味いな、ビールは」

 

 「わかります。大人になってこの美味しさが理解出来るようになりました」

 

 「なっ。初めは不味いのなんのって」

 

 

 昭和のようなアルコールハラスメントは決してないのだが、新人は上司から勧められた酒を断るわけにはいかない。

 こればっかりはどの時代においても言えることだろう。

 初めて呑んだビールは、オレの口に全くと言っていいほど合わず、『苦くて不味い』という印象が付いた。

 それから何度も呑むことでこの美味さに気づいた頃には、オレたちは30歳を目前にしていたわけだが……歳の話はこれ以上やめておこう。

 忘れるためにもオレは再度、ビールを注文する。

 

 

 「月島くんが家庭を持つようになって、なんと言いますか……少しあなたへの見方が変わった気がします」

 

 「なんだ突然」

 

 「これまで粗暴な面しか見てこなかったので、円満な家庭の話を聞いたら全然そのようなところは見受けられなくて、少々驚いているというか……」

 

 「ダメな父親を見て育ってきたからだろうなきっと」

 

 「もちろんお互い不満が一切ないということはないと思います。しかし、誰かと同じ時間を共有するというのは羨ましく思います。愛する人であるなら尚更」

 

 

 氷川は仕事一辺倒の女だ。

 浮いた話なんて聞いたことが一度たりともねェ。

 だからこそ出た本音なのだろう。

 気恥ずかしくなった影響か、赤く染まった頬を隠すかのように、グラスに残った酒を全て飲み干し同じ酒を注文する。

 

 

 「氷川。家族はいいぞ」

 

 「あなたが言うと説得力がありますね」

 

 「当たり前だろ。家族の為と考えたら嫌な仕事だって頑張れる。結局は働かなくちゃ養ってはいけねェからな」

 

 

 花音からは甘やかしすぎるのを注意されてはいるが、可愛いんだから仕方ない。

 ねだられたらなんでも買ってやるし、やりたいことはなんでもやらせてやりたい。

 その為ならオレの小遣いがいくら減っても構わん。

 何せ、同年代の子供の中で美柚が一番可愛いくて天才だからな。

 

 日本一。いや、世界一の女の子だ。

 

 ……なーんて花音に言ったら『親バカも程々にね』とよく諭される。

 

 

 「羨ましい限りです」

 

 「オマエだってまだ若いんだから遅くはないだろ」

 

 「ですが、仕事との両立は厳しそうです」

 

 「まあこの仕事を選んだからには避けては通れねェ道だわな」

 

 「いいんです。私は今の生活に不満はありませんから」

 

 

 氷川の真っ直ぐな瞳は、後悔や邪念を一切感じさせないように感じた。

 

 

 「今の生活に不満はない、か………そうだな。オレも、美柚と花音との3人での生活にそんなものは微塵もねェよ」

 

 

 嘘偽りなどかけらもない本音。

 このまま何事もなくジジイになるまで家族仲が良好であり続ければそれでいい。

 

 

 「あらっ、そうなんですか?そろそろ二人目を設けられる頃かと思いましたが」

 

 「………ッ!?はあ!?」

 

 

 氷川から予想だにしない言葉が飛び出し、酒を少々吹いた。

 

 

 「まあ、子供は授かりものと言いますからね。タイミングや夫婦間の意識の違いもあるでしょうが、比較的忙しくない今がチャンスでは?」

 

 「………オマエとこんな会話するなんて予想してねえっつーの」

 

 「あらそうですか。別に嫌いではありませんよ、こういう話」

 

 

 意外と言うか何と言うか。

 万が一オレがこの話を切り出したら『セクハラです』なんて口にしそうではあったのだが、いやはやわからないものだな。

 

 

 「嫌だよ。オマエに夜の営みの話をするなんて」

 

 「セッ○スレスは離婚の原因になるので気をつけた方がいいですよ」

 

 「やめろ!ストレートに言うな!これ以上キャラ崩壊するんじゃねぇ!」

 

 「図星ですか?」

 

 「残念ながら年中熱々だよ!」

 

 「うふふ、それはよかった」

 

 

 我ながら何を言ってるんだ。

 これはあれだ、酒のせいで頭が回らねェんだ。

 久々に呑んだから仕方ない。

 

 

 それからも会話は続き1時間半経つ頃には互いにグラスが10個は空になる量を呑み、途中で日本酒やらウィスキーやら度数が高いのも注文したせいか、氷川は完全に酔い潰れた。

 今は机に突っ伏して眠りについている。

 正直、オレも氷川につられて飲んだからか酔いがかなり回っている。

 正常な判断はお互い難しそうだ。

 とりあえず会計を済ませ、店を出るとタクシーを捕まえオレの家へと向かう。

 

 もちろん、氷川も同伴で。

 

 このまま帰しても良かったのだが、起きる様子は微塵もないし、無事に辿り着く保証もない。

 これは仕方なく、というやつだ。

 愛する嫁と娘に誓って下心なんて一切持ち合わせていない。

 

 

 「着いたぞ氷川。起きろ」

 

 「うーん……」

 

 

 玄関まで担いできたが一向に起きる気配がない。

 

 

 「だいたい、全員仕事が雑すぎるんです……。自分のやった仕事の確認をするなんて、そんなこと、中学生でもできるというのに………ムニャムニャ………」

 

 

 さっきからずっとこの調子だ。

 一人ブツブツと仕事に対する愚痴を溢し続けている。

 コイツがここまで酔い潰れるとは、相当ストレスが溜まってたってことだろう。

 泥酔する氷川をオレの布団へ導くとそのまま横にならせた。

 

 

 「とりあえずオレはソファで寝るから、オマエは───」

 

 

 言葉を遮るように氷川はオレの腕を掴む。

 

 

 「……ダメ」

 

 「何がだよ」

 

 「あなたも、ここへ」

 

 

 そして強引に布団へ引き寄せられるとそのまま腕を抱きしめられるような形になった。

 

 

 「オレは抱き枕か?」

 

 「……すごく、落ち着く」

 

 「ああそうかい。天下の鉄仮面様も人肌は恋しいってか」

 

 「………うん」

 

 

 いつもなら切れ味鋭いツッコミが飛んできそうではあるが、今日はやけに素直だ。

 それに、いつもの敬語ではなく少し砕けた口調になっているのも珍しい。

 

 

 「悪いことは言わん。このまま眠りにつけ」

 

 「もっと……あなたと───」

 

 

 言い切る前に氷川は力尽き夢の世界へ旅立った。

 さて、このまま離れようかと立ちあがろうとするがもれなく氷川が付いてくる。

 強引に振り払っても、無理やりひっぺがえそうとしても決してその手を離さない。

 コアラかコイツは。

 オレももう睡魔が限界に近い。

 とりあえず花音には氷川が泊まりに来ていることをメッセージして、オレも欲望のままに眠りについた。

 

 

 

 そして翌朝。

 目覚ましもかけずそのまま眠りについたせいで今の時間は朝の9時。

 昨夜隣で酔い潰れていたはずの氷川の姿がないく目が冴え始めた頃、リビングから何やら音が聞こえそこへ向かう。

 

 

 「おはようございます」

 

 「おぉ」

 

 

 花音のエプロンを身につけた氷川が何やら作っている最中だったようだ。

 

 

 「すみません、シャワーとキッチンお借りしました」

 

 「別に構わねぇよ。オレもシャワー浴びるとするかな」

 

 「どうぞごゆっくり」

 

 「オレの家だっつーの」

 

 

 イタズラな笑みを浮かべた氷川にそうツッコミ、脱衣所へ向かった。

 今オレの目の前にいるのは昨日のような様子は一切ない、いつもの氷川だ。

 いつもは和やかな笑顔を浮かべた花音が出迎えるのに慣れてるからか少し寂しく感じる。

 

 

 (……ま、仕方ないわな)

 

 

 花音にも花音だけの時間は必ず必要だ。

 オレと結婚したからというものの、花音には家事や育児で随分と苦労をかけている。

 友達とショッピングやランチ、大好きなカフェ巡りにだって行きたいはずだろう。

 今度は美柚をオレに預けて一人の時間を作ってやりたいな。

 

 シャワーを浴び終え、リビングへ向かうとテーブルには出来立ての朝食が並べられており、氷川は普段花音が座る席に腰を下ろしていた。

 

 

 「すまんな。わざわざ作ってもらって」

 

 「一晩泊めていただいたのでその恩を勝手に返してるだけです」

 

 「義理堅い人だこと」

 

 

 こういうところは昔から何も変わらない。

 オレは用意された朝飯のメニューの中からお椀に注がれた味噌汁を啜る。

 普段とは違う味に違和感はありながらもこれはこれで美味い。

 続いてサラダ、目玉焼き、焼き鮭と食べ進めていると氷川はどこか嬉しそうな表情を浮かべた。

 

 

 「お口に合いますか??」

 

 「ああ。どれも美味い」

 

 「それはよかった」

 

 

 氷川がそう微笑んだ瞬間、家の扉がガチャリと開く音がした。

 

 

 「ただいまあ!」

 

 

 娘の声がこだまする。

 それと同時にリビングの扉を開くと小さな天使と対面した。

 

 

 「美柚〜、おかえり〜♡」

 

 「あ!パパだー!」

 

 

 持っていた鞄を置き、一目散にオレの元へ駆け出しそのまま懐に飛び込んでくる美柚。

 そのまま抱き抱え玄関にいる花音の元へ歩み寄る。

 

 

 「おかえり。メッセージは送ったんだが……」

 

 「紗夜ちゃんが来てるんでしょ?紗夜ちゃんからも聞いたから大丈夫だよ」

 

 「それはよかった」

 

 

 浮気を疑った様子もなく一安心だ。

 そしてすぐさまリビングにいた氷川もこちらへやってきた。

 

 

 「お久しぶりです、花音さん」

 

 「紗夜ちゃん久しぶり〜!会いたかったよ〜!」

 

 「唐突に来てしまって申し訳ございません」

 

 「ううん!むしろ来てくれてありがとう♪」

 

 

 2人の会話を和やかに傍観していると、オレに抱き抱えられている美柚だけは理解できないようで困惑している様子でこちらに顔を向ける。

 

 

 「ぱぱ、このひとだあれ?」

 

 「高校から付き合いのあるビジネスパートナーだ。紗夜(おばさん)って呼んでやりな♪」

 

 「奏くん……」

 

 「…………っ」

 

 

 キッ、とまるで刺し殺すかのような鋭い眼光がオレに向く。

 美柚を下ろしてやると紗夜の元へ近づきじーっと奴のことを凝視し出した。

 

 「…………」

 

 「………?」

 

 

 数秒の沈黙の後、とんでもないことを口にする。

 

 

 「ぱぱ───うわき?」

 

 「え?」

 

 「なっ!?」

 

 

 愛娘から聞こえるはずのない言葉に耳を疑った。

 

 

 「ど、どこでそんな言葉を!?」

 

 「昨日実家で見たドラマで覚えちゃったみたい……あはは」

 

 「タイミング良すぎだろ!!」

 

 

 この際ドラマのことは致し方ないにしても、こんな小さな愛娘から浮気を疑われるなんて父親の面子が丸潰れだ。

 

 だが、他人から見ればそう捉えられても不思議ではない。

 順応している花音がおかしいだけだ。

 

 なんとか弁明しようにも幼稚園に通い始めて間もない美柚に説明するとなると尚更難しい。

 

 

 「うわきするぱぱ、だいきらい!」

 

 「………ッ!?!?」

 

 

 つーん、とそっぽを向く傍らでオレは膝から崩れ落ちた。

 娘から嫌いと言われたのは初めてで、正直メンタルが崩壊寸前だ。

 ここまで精神的な負荷を負ったのは人生を通じて初めての経験かもしれない。

 

 まるでドラマのワンシーンかのような光景を見て氷川は大いに笑い、そっとオレの肩に手を置いた。

 

 「大事な娘さんに嫌われちゃいましたね」

 

 「冗談じゃねぇよ……オマエからも何か弁明してくれ……」

 

 「仕方ありませんね」

 

 

 氷川はやれやれと言った様子でため息をつき、その場でしゃがみ美柚と同じ目線で話を始める。

 

 

 「美柚ちゃん。私はあなたのパパの仕事仲間です」

 

 「おしごと?」

 

 「ええ。昨日パパは一晩中私の相談に乗ってくれただけで、浮気なんてしてません。パパは美柚ちゃんとママのことが大好きだってずーっと話していましたよ」

 

 

 小さい子供でもわかるようにゆっくりと話す氷川。

 美柚自身完全にオレが浮気したと思っていなかったようで、少し疑うような視線をオレに向ける。

 

 

 「そうなの………?パパ………?」

 

 「あ、当たり前だろ。パパはそんな嘘はつかん」

 

 「じゃあ、しんじる!」

 

 「ありがとうございます」

 

 

 満面の笑みを浮かべる美柚の頭を氷川は優しく撫でる。

 

 

 「素直な良い子じゃないですか。あなたに似なくて良かったですね」

 

 「花音がもう1人いるみたいだろ」

 

 「ちょ、ちょっと〜……」

 

 

 やっぱり家族はいいもんだ。

 これからも大切にしていこうと心底思う。




いかがだったでしょうか?

一応次で最終話にしようかと思っております。

メインは千聖さんです

乞うご期待
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