蒼き鋼と迷い猫   作:イザナギ

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「――ジェネレーター起動、プライマル・フィールド展開。フィールドパターン『スーパーキャビテーション』。

 武装確認。右腕『KRSW-X01』、異常なし。左腕『Moon-Slayer』、異常なし。肩部グレネード、背部レーダー、起動確認。異常なし。

 機体各部、オールグリーン。イナーシャ・レジスト・システム、正常。

 ――“ストレイド”、スタンバイ」

『了解、AMSの値も良好だ。

 作戦を確認する。事前のブリーフィング通り、今回の任務は宇宙センターで行われるSSTO打ち上げの援護。現在、宇宙センターでは“霧の艦艇”と思われる艦船と交戦中とのこと』

「“思われる”?」

『一応、人類側も艦船が無いわけではないぞ。宇宙センター護衛のために展開していた何隻かの護衛艦が“霧の艦艇”との交戦に入った』

「……無駄」

『ああ、すでに壊滅状態のようだ。霧の艦艇の前に、障害物はもはや無い。

 そこで我々の出番となる。残存している護衛艦の撤退、海域離脱を援護し、霧の艦艇に関する情報を収集しろ。

 ようは偵察機の真似事をやれ、ということだ』

「もう慣れた」

『驕るな。慣れはお前を殺すぞ』

『――格納庫内、注水完了。ハッチを解放します』

「了解。発艦体勢に移行。カタパルト接続確認、良し。『スーパーキャビテーション・フィールド』、発動確認」

『通信リンク確認。発艦準備完了しました。タイミングを“ストレイド”に譲渡します。

 ――幸運を(Good Luck)

You too(そちらこそ)

 

 ――前方からのGを感知した。カタパルトから撃ち出されたのだろう。

 周囲は『スーパーキャビテーション・フィールド』によって作られた気泡で何も“見えない”ようになってしまうが、ここは海の底だ。気泡があろうと無かろうと一寸先は闇に違いないのだから、見えないところで何の支障もない。

 頼りは母艦“イ401”から送られてくる地形情報程度。といっても、ずっと海の中に潜り続けるわけでもないのだが。

 ブースターを吹かし、機体のセンサーから送られてくる情報を元に“ストレイド”は浮上する。水中では電波式のレーダーはほぼ役に立たないため、背面に装備した特別製のレーダーで水面までの距離を測る。

 といっても、実は詳しいことはよく分からない。作った奴が言うには『どうせ水中にいる時間は長くないんだから無駄なものは付けずに、電波式レーダーを基本に高周波エコー式のアクティブソナーを増設して一定間隔で高周波音波を発信、反射してきたエコーからプロットを作成するようプログラムを組んだ』らしい。

 とある人物は『レーダーと魚群探知機を組み合わせたようなものですね』と評していたが、その“魚群探知機”とやらは何なのだろう。

 それはともかく、その特別製のレーダーで見る限り、もうすぐ海面だ。スーパーキャビテーションという、水中での抵抗を軽減する機能を使っていたとしても、やはり水中は動きづらい。いくら水中に対応できたとしても、こいつ(ストレイド)の居場所は海の上なのだから。

 浮上を続け、もう少しで海面といったところで、警告(WARNING)

 ――“狙われている”。

 気付かれたか。もう少し奇襲のような形にしたかったが仕方ない。

 

 海面を割って空へと飛びあがる。即座に右へブースト。瞬きする間もなく、さっきまでストレイドがいた空間を、太いレーザーが貫いていた。

 間一髪といったところか。

 背面のレーダーを水上用に切り替える。

 その間も、母艦からの位置情報は途切れない。海の中では電波も届かないのにどうやって通信しているのか疑問になるが、それには“量子通信装置”なるものを使用しているらしい。

 原理はよく知らないが、従来使用していた無線機よりも大量の情報を、障害も無視してラグ無く送受信するこの通信装置を装備しているからこそ、ストレイドは母艦が潜水艦でありながら水中への通信装備を持たなくても偵察機の真似事が出来るのだ。

 “偵察対象”の情報収集を開始する。

 望遠カメラのズームで拡大。まだ小さいが、対象の姿を確認できた。

 全長は港で見た“護衛艦”という戦闘艦とほぼ同等か、若干小さい。艦橋や上部構造物は霧の艦艇の方が物が少なく小さい為、すっきりしているように見える。さらなる詳細を把握するために接近する必要がありそうだ。

 機体の高度を下げる。つま先が海面に触れるほどの高度に達した時点で、ブーストを吹かして機体速度を上げた。“プライマル・フィールド”のパターンを『コンバット・マニューバ』に。空気抵抗を減らすように“プライマル・フィールド”を形成する。

 

「――“オーバード・ブースト”」

 

 ストレイドの機体が、蹴飛ばされるように加速した。

 ジェネレーターが生成するエネルギーのほぼ全てをブースターに送り、爆発的な加速と速度を得る“オーバード・ブースト”。

 その代償に、蓄えていたエネルギーは回復も追いつかずに食いつぶされ、ストレイドのような“アーマードコア・ネクスト”の最大の盾である“プライマル・アーマー”も消えてしまう、ネクストにとっての諸刃の剣。

 だが、“今の”ストレイドにそのような足枷は無い。無尽蔵ともいえるエネルギーが、ブースターが食い尽くすよりもはるかに大量にジェネレーターから吐き出され続けているからだ。

 

 オーバード・ブーストによる超加速と速度で、ストレイドは“目標”のすぐ傍にまで接近していた。

 ストレイドへ向けての対空砲火が厳しい。一つ一つの攻撃は通常のプライマル・アーマーでも防ぎきれるものもあるが、それも一発が限度だろう。

 しかもあの“霧の艦艇”の武装は、プライマル・アーマーの天敵であるレーザー兵器が主体だ。通常のネクストであれば、もうすでにハチの巣になっているだろう。

 だが、この“ストレイド”は特別製(スペシャル)だ。視界の端で羽虫のように叩き落とされるだけの無人戦闘機共とは違う。

 何度も細かくクイックブーストを吹かして、変則的で戦闘機よりも激しく複雑な軌道を描いく。こちらも命がけなのだ、簡単には当たってやれない。

 右に持つレーザーライフル『KRSW-X01』を、あの“霧の艦艇”へと向ける。まだ少し遠いが、対象の真横から突撃しているので的としては当てやすい方だ。こちらが動き回っているとはいえ、当てるのは容易い。

 ストレイドの指が引き金を絞る。だが、レーザーは即座には放たれない。そのかわり、銃口に光が溢れはじめた。

 光の塊が弾けんばかりに膨れ上がりきった瞬間を見計らい、指を放す。

 途端に一瞬の煌きが弾けたかと思うと、銃口から光の奔流が吐き出された。

 鋼鉄の巨人ストレイドの右手に握られている大型レーザーライフル『KRSW-X01』の特殊機構、“チャージショット”。射撃に使用するエネルギーを溜め込み、解き放つもの。攻撃できない時間と引き換えに、通常の威力を遥かに凌ぐ破壊力を得た光の渦は、一直線に“標的”――ナガラへと向かっていく。

 ナガラに命中したと思ったその時。急に“何か”に遮られたらしい光の束は、結束を(ほど)かれて何処かへ消えてしまった。

 

「……面倒臭い」

 

 だが、“あれ”を使うために多少手間取ったのだろう。一瞬だけ、ストレイドへの対空砲火が止んだ。

 そんな好機は逃さない。“目標”の情報を把握するため、高度を上げる。

 

「――スキャン開始」

 

 ストレイドに装備されたレーダーやセンサーを全てアクティブに。カメラが捉えた映像や“特別”なセンサーなどで収集したすべての情報を、母艦に送信する。

 そうする間にも、“目標”からの対空砲火が再び始まった。今度は牽制射としてチャージもそこそこのKRSW-X01からレーザーを放ちつつ、回避行動をとる。

 

『――受信した。距離をとれ』

 

 任務(ミッション)の確認を行ったときに聞こえた、女の声。言われるまでも無い。

 

『――“目標”は、ナガラ型軽巡洋艦、ナガラ。排水量6010トン――』

 

 感情の籠っていない、少女のような声が聞こえてくる。

 その後もつらつらと上がってくる情報は、さきほどまでストレイドが集めていた情報より詳しかった。まるで、ついさっき最新のスペック表を得たかのように。

 

『――標準的な“霧”の軽巡洋艦(ライト・クルーザー)

『了解した』

 

 無機質な少女の声で述べられた情報のあとに聞こえてきたのは、(すず)やかな青年の声。芯の通った強い意志に、理性的で冷静な思考を併せ持った声だ。

 何人か、そんな声の持ち主を知っている。いくつかの修羅場を潜り抜け、相当に鍛えられた古強者の声。

 

『ストレイド、聞こえるか』

Stand by.(待機中)

『現時点よりナガラからの攻撃の迎撃にシフト。SSTO発射及び残存艦艇の離脱を援護してくれ』

「了解。フィールドパターンを『クライン・シェル』に。迎撃開始。可能なら“ナガラ”への攻撃の援護を行う」

『ありがたい申し出だが――』

『――ナガラ転進。進路212』

『……どうやら感づかれたようだ』

「……水の中はジャミングできない」

 

 実は海面に躍り出た瞬間から、様々なレーダーに使用できる周波数対全域に渡って妨害電波を仕掛けていた。

 おかげで霧の艦艇に攻撃を繰り返していた無人機はまっすぐにしか飛べなくなって撃墜もしくは墜落しているし、護衛艦のレーダーも使い物になっていないはずだ。それに、このジャミング方法はこちらの位置を猛アピールしていることにもなる。SSTO打ち上げにも障害が出ているかもしれないな。

 まぁ、その間は攻撃にさらされる可能性が低くなるわけだから、人類側には工夫してもらうしかないが。

 

『いや、よくやってくれた。これでナガラは我々に集中するはずだ。本艦はこれより霧の艦艇、ナガラへ攻撃をかける。ストレイドは――』

「――“できるだけ目立て”」

『察しが良くて助かるよ。洋上の攻撃を、できるだけ引き付けてくれ』

 

 了解を返し、ストレイドはナガラへと再度、突撃する。

 今、あの(ふね)はレーダーが使えない状況であるのに、ストレイドへ向けての砲火は一向に止まない。艦に備えた光学機器を用いてストレイドを補足し続けているからだ。

 ここでストレイドが傍を離れてしまうと、撤退中の護衛艦や打ち上げ準備真っ最中のSSTOが捕捉され、攻撃を受けてしまう可能性がある。それは“依頼”の内容から、どうしても避けたかった。

 

 ――さて。

 いい加減、ジャミングをやめないとSSTOの発射にも差し支えそうだ。

 

「――グレネード」

 

 両肩に備えていたグレネードを起動させる。ナガラに狙いをつけて発射。放たれたグレネードがナガラの上空で炸裂すると、ひらひらと銀色の煌めきがナガラを覆った。

 “チャフグレネード”。レーダーの使用する電波の波長に合わせて切り揃えられたアルミニウム箔などの金属紙片にレーダー波を乱反射させ、レーダーを欺瞞する防御兵装“チャフ”を、グレネードに積めて炸裂させるものだ。

 攻撃力は無いに等しいが、影響される範囲をある程度指定することができ、今回のように敵のレーダーを潰すことも出来れば、逆にチャフの幕の中に逃げ込むことで敵のレーダー波からの隠れ蓑とすることもできる。

 難点は、電力が続く限り半永久的に使用できるジャミング装置と違い、物質を空中に撒くという性質上、使用時間が決まっているところ。実体弾を用いているので、弾数の制限もある。

 そもそもが敵のレーダー照射からの回避・欺瞞手段として遥か昔から存在していたものを応用したブツなのだが、それゆえの材料や構造の単純さから“こちら”でも簡単に入手できる点で心強い装備だ。

 チャフを再度バラ撒きつつ、牽制のレーザーを撃ち出す。回頭していたナガラは攻撃を受けつつも、毛ほどの痛痒も感じていないのか、舵を戻して直進を始めた。

 この方向は――

 

「……イ401」

『――どうした』

「ナガラの攻撃可能範囲を」

『わかった。“イオナ”』

『了解』

 

 “イオナ”と呼ばれた無機質な少女の声が聞こえてすぐに、レーダーマップに丸い円が表示された。これにストレイドが現在把握している地形情報と護衛艦や護衛対象を重ねる。

 ――円の縁はSSTOの発射施設に、僅かに届いていなかった。それどころか、ゆっくりと宇宙センターから離れていく。

 それを確認したらしく、 “イ401”から安堵の吐息が聞こえてきた。

 

『――まだ終わっていない。気を抜くな』

 

 鋭い叱咤の声が、緩みかけた空気を変える。

 

『ナガラがこちらへ転進したのは、我々に気づいたからだ。仕留めるぞ』

 

 涼やかながら強い意志の籠った青年の声に、気の入った返事が返ってくる。その返事と時を同じくして、ナガラが艦後方のVLSからミサイルを打ち上げた。

 

「――ナガラのミサイル発射を観測」

『了解。ストレイドは護衛艦離脱の援護。杏平。一番から四番、通常魚雷装填。続いて――』

 

 これ以上は、聞く必要もない。あとはイ401(母艦)の仕事だ。

 ストレイドがやるべき事は、別にある。

 

 

 

「レーダーは回復したか!?」

「はい! あの“人型”が原因のようでしたが、ジャミングをやめたようです!」

『CICより艦橋!』

 

 世界でも数少なくなった実動可能な艦船の一つ、あきさめ型護衛艦(D D)『しぐれⅢ』。その艦橋の一番高い席に座る、『艦長』の肩書を持つ男が一息つく暇も無く、C I C(戦術指揮所)から報告が飛んでくる。

 戦場では、一つの懸念事項が消えたとしても厄介事は次々に降りかかってくるもの。『しぐれⅢ』が新造艦の頃から士官として乗り続けている男は、それを身を持って経験してきた。

 一抹の不安を抱えながら、CICからの呼び出しに応える。

 

「こちら艦橋、どうした!」

『“蒼き鋼”の“人型”から打電!』

「なに……?」

 

 “蒼き鋼”――宇宙センター沖に侵攻してきた“霧の艦艇”を迎撃するために雇い入れた、現状では世界で唯一“人類”として“霧”に対抗できる戦力を有する組織。

 それもそのはずだ。なにせ、戦力として保有する唯一の艦船が“霧の艦艇”であるのだから。

 そしてほんの二年前。霧の艦艇を用いて霧の艦艇を攻撃するという、ある種の同士討ちにより、霧の大戦艦を撃沈せしめた。

 以来、『戦艦殺し』や『航路を持つもの』といった二つ名を囁かれるようになるのだが、彼らは正確には『人類側』にも属していないと目されている。最大の理由としては、彼らの目的が『人類の守護』ではないからだ。

 

 彼らが望むのは『自由』。誰にも拘束されずに海原をどこまでも進める自由(権利)を得ることこそが彼らの行動原理であり、報酬を条件に人類側へ味方するのも“自由”を得る一環でしかない。

 そんな彼らの装備の中に、今の世界の常識の範疇の外にあるものがあった。“霧の艦艇”ではない。そんなもの、すでに既存の常識を崩壊させられた人類にとっては新しい常識であるに過ぎない。

 蒼き鋼――かの組織が有する霧の艦艇“イ401”に搭載されている“人型高機動戦闘兵器”。

 これこそが世界の常識から外れた存在だ。

 詳しい事は分かっていない。どうやって“蒼き鋼”がこんなものを手に入れたのか、その経路さえ不明だ。人類の有するドックで、何度か整備という名目で調査してみたものの「現在の人類の技術では作成不可能なレベル」の技術で製造されたものだということしか分からなかったらしい。

 そんな、ある意味“霧の艦艇”以上に謎に包まれている“人型”から『しぐれⅢ』宛に名指しでメッセージが来た。

 こちらとしては、あまり余裕がない。あの“霧の艦艇”の進路が宇宙センターから逸れた今、こちらは海域の離脱が最優先となる。“人型”からの打電の内容は分からないが、あまり長居もできない。

 手早く済ませなければ、とCICに打電の内容を問う。

 

「内容は!」

『読みます! 『敵艦ノ攻撃可能範囲、貴艦ヲ補足。早急ニ離脱セヨ』――』

「――転舵ァ! 面舵いっぱい!!」

 

 弾かれたように出された艦長の声に呼応して、操舵手が舵輪を右に回す。『しぐれⅢ』はすぐに反応を返し、男たちに左方向への慣性を与えた。

 回頭した瞬間、煌きが『しぐれⅢ』を襲う。

 一発目は『しぐれⅢ』の頭上を越えたが、すぐに放たれた二発目が『しぐれⅢ』の艦後方の上部構造物に直撃した。

 爆発。艦全体が、衝撃に揺さぶられる。

 

「――各部、状況報告!!」

「艦橋、機能異常なし、けが人数名!」

『CIC、モニターがいくつかダウンしましたが、復旧可能です。けが人もいません』

『機関室、全室異常なし! ただし排煙用の煙突が片方やられました! 状況が不明なので後方二発の主機と右舷推進軸は、現在使用不可です!』

『……こち、ら、……か、く……のう……ヴッ……ぜん、め…………』

「――くそっ!」

 

 最悪の状況だ。

 “霧”に捕捉され、攻撃も受けたのに沈んでいないのは運が良かったどころの話ではなかったが、そんな幸運を差し引いても最悪だった。

 直撃だったとはいえ物置も同然となっていた格納庫への命中だったお蔭で、今もまだ『しぐれⅢ』自体は健在だ。“霧”が存在する海域で浮かんでいられるのは、奇跡ともいえる。

 だが、“奇跡”はそこまでだ。攻撃を受けたということはこちらの位置を正確に把握し、射程内に捉えているということに他ならない。加えて攻撃を受けた際に巻き込まれた設備のせいで、こちらの船足は落ちる一方だ。それに、乗員たちに死傷者が出ている。今回で実戦を経験した人間も多い。士気の低下や錯乱を起こす可能性もあった。

 必然的に、艦全体の動きは鈍くなる。これでは、ただの良い的だ。

 

「――機関室、出せるだけで良い! 前進一杯!」

『前進一杯、ヨーソロ!』

「ダメコンはどうなっている!?」

「格納庫は火災が発生、消火活動中! 救護活動も展開中ですが、すでに医務室だけでは対応できていません!!」

「――くそったれ!」

 

 まったく、くそったれな状況だと艦長は毒づく。

 

「チャフを撒け、出し惜しみするな!」

 

 艦長の声に呼応してカプセルが打ち上げられ、『しぐれⅢ』の上空で炸裂した。舞い降りてきた銀箔の紙片が、偽りの霞みを電子の目(レーダー)に映らせる。

 続いて二つ目。

 三つ目。

 だが。

 

『――CIC! “人型”より再度入電! 『敵艦、貴艦ヘノ攻撃ノ予兆アリ』!』

 

 これで、『しぐれⅢ』の命運は尽きたらしかった。

 目視されているのならチャフの意味は無い。“霧”の主兵器はレーザーだ。光の速さで飛んでくる破壊に、この『しぐれⅢ』が止めらる術もない。

 

「――……ここまでか」

 

 諦めた。

 “大海戦”すらも生き残り、次々と僚艦が失われる中でどうにか今まで生き延びてきたこの歴戦の艦の、年貢の納め時になったと思ってしまった。

 未だに動かし続ける機関と推進軸が“霧”へ『しぐれⅢ』の右側面を晒す。良い的だ。

 ――右舷の水平線に、肉眼で“霧の艦艇”が見えた。双眼鏡を覗けば、空へ向けてしきりにレーザーを放っている。“人型”に向けてだろうか。だが“人型”の姿は見えない。

 しかし、主砲はこちらを向いている。もうすぐにでも撃ってくるはずだ。

 どこを撃たれるのか分からないが、撃たれるのならば艦長として、最後にやることがある。

 全艦放送に切り替え、マイクのスイッチを握りしめた。“霧”の主砲に光が集まっているのが見える。狙いは――まっすぐに艦橋か。

 恐怖に冷や汗をかくが、自分の指示が無ければ乗員は艦を離れられないのだ。恐怖が迫ろうとも、最期の指示を出さねばならなかった。

 光が弾けたのを確認した。マイクへ叫ぶ。

 

「総員、」

 

 間に合わない――そう思ったとき。

 

「たいか――」

 

 “誰か”が光を遮った。

 

 

 護衛艦の艦橋へ向けられた光――“ナガラ”の放ったレーザーを、割り込んだストレイドが“(はじ)いた”。逸らされたレーザーは海面に着弾し、護衛艦へ命中したものは無い。

 

「……『クライン・シェル』、ダメージ蓄積率68%」

 

 今ので、だいぶ蓄積したダメージが増えたな。あの程度のレーザーを真っ向から受けるとするなら、せいぜい一発か二発。ダメージが低いと甘く見て対空砲火を受け過ぎたツケか。

 あと少し溜めれば“奥の手”が使えるが、そこまでする必要はないだろう。

 

「――侵食魚雷、ナガラへの命中を確認」

 

 重力や磁場の急激な、且つ局部的な変化を、数瞬だけ観測した。発信源は“ナガラ”。

 少し遅れて、ナガラから派手な爆発が起こる。

 見れば艦体の中央に大穴を開けられ、まるで背骨をへし折られたがごとく真っ二つになりながら沈み始めた。

 そこから少し離れた海面が、不意に盛り上がる。海面を突き破るように姿を現したのは、海の底とも空の果てとも思える鮮やかな深い“蒼”の艦体。

 “蒼の鋼”を構成する唯一の艦艇、『イ401』。我らが母艦(ホーム)

 

『――こちらは日本統合海軍所属、護衛艦『しぐれⅢ』。“蒼き鋼”の“人型”、聞こえるか』

 

 通信が入った。発信元は、すぐ背後の護衛艦。

 “人型”というのは、確かストレイドのような“アーマードコア・ネクスト”を指すときに使われる言葉だったはずだ。ネクストの存在は彼ら『統合軍』では“機密”に指定されているが、“蒼き鋼”の艦載機として様々な戦場に姿を現しているので、半ば公然の秘密ではあったりする。

 だが、“機密”である故に名前さえ正式に知らされていないせいか、それほど機密に触れることの少ない立場である者たちからは、形状から“人型”というあだ名をつけられていた。

 

「……“ストレイド”より、『しぐれⅢ』。何か用か」

 

 ――だいぶ突き放したように聞こえるが、これでも精いっぱい配慮している方だ。もともと喋るのは得意な方じゃないからな。ヘタをしたら返事さえ返さなかったりする可能性もある。

 『しぐれⅢ』から話しかけてきた男は、こちらの事情は分からないだろうが気を悪くした様子も無く、こちらへと言葉を返す。

 

『“ストレイド”および“蒼き鋼”の支援、援護に感謝する。我々だけでは止められなかった』

「相手は“霧”。通常艦艇での対処は不可能。だから“蒼き鋼”を雇った。我々は依頼を遂行しただけ」

『それでも、助かった。ありがとう。イ401の人達にも、よろしく言っておいてくれ』

「……了解、受領した」

 頼んだ、と念を押されて、『しぐれⅢ』との交信は途切れた。『しぐれⅢ』は現時点で動けるだけ動きながら、母港への帰還の途につくらしい。

 傷ついたその艦体を傍目に見つつ、ストレイドは母艦へと飛んでゆく。

 

 母艦イ401を目視で確認した。

 このストレイド、『潜水艦への搭載』という本来は想定されていない運用を行うために、ちょっとした変形機構を備えている。

 旧レイレナード社製『AALIYAH(アリーヤ)』をベースにした機体が、艦橋を背にしつつ『伊401』の格納庫ハッチ前に降り立った。

 ストレイドが“気を付け”の姿勢を取るように足の幅を狭め、肩を落とすようにして、ぴたりと機体の側面に腕を伸ばして肩幅を狭める。するとストレイドの足元が固定され、同時に“イ401”も変形を始めた。

 『元の艦』からしてこのような機体を格納させる機能などなく、ストレイドの変形にも限度があるため、イ401にも変形してもらわなければ格納できないのだ。

 イ401の艦橋が、ゆっくりと持ち上がる。ストレイドの背面レーダーが折り畳まれ、手に保持していた武器が艦橋から伸びてきたアームに取り上げられた。足元の固定具が動き始め、ストレイドの機体を前傾させつつ艦橋の下へと引き込んでいく。

 機体が入りきると艦橋が下へと降りてきて、ストレイドをイ401の艦内へと仕舞い込んだ。

 発艦する時はほぼ逆回しのような手順で準備し、甲板に備えたカタパルトで発進する。船体をナノマテリアルで構成する“霧の艦艇”ならではの、自由度の高い機能拡張力をフルに使った機構だった。

 

 その“イ401”の格納庫内。ライトで照らされたその中で、ストレイドのコックピットが開く。

 コックピットの箇所は胴体胸部なので、コックピットハッチに手をかけつつ、ぶら下がりながら“彼”は降りてきた。

 漆黒に染め上げられたストレイドとは相反するような銀の頭髪と、血の気の薄い白い肌、そして紅い瞳。機体色と同じパイロットスーツを身に纏い、左の手にはヘルメットを抱えていた。

 年の頃は十代半ば。まだ少年だが、幼さの残る顔には何の表情も浮かんでいない。

 

「……ただいま」

「……おかえり」

 

 少年が声をかけた先にいたのは、一人の女性。険しい顔をしながらも、どこか困惑したような表情を浮かべつつ、帰還を歓迎する言葉を投げる。

 

「ストレイドの調子は?」

「たぶん、良い。けど、今は、ちょっと、疲れてる」

「……そうか。ダメージは?」

「そっちで把握してるはず」

 

 女性に問われた質問に、少年は半目になりながら言葉を返した。

 

「ああ、分かっている。お前がちゃんと把握していたかを知りたいだけだ」

「……最大値で72%」

「被弾しすぎだな」

 

 しぶしぶ観念して少年が引きだした数値を、女性はにべも無くざっぱりと切り捨てた。

 

「『クライン・シェル』に頼りすぎだ。ストレイドの性能なら、被弾を避ければ半分に抑えられる」

 

 分かっている、とでも言いたげに少年はそっぽを向くが、何かを思い出したのか、すぐに女性に向き直る。

 

「……『しぐれⅢ』から、伝言」

「あぁ……聞いていた。クルーに報告するか?」

 

 女性の言葉に、少年は頷きを一つ返した。『よろしく』と頼まれたのだ。お世辞だろうとなんだろうと、それを無碍には出来ないのが、この少年だった。

 バカ正直に言葉を受け取っていた少年に一つ溜め息をつきながら、女性は小さな優しい笑みをこぼす。

 

「……よし。ならば、ブリッジに行こう」

 

 言うや否や振り返り、格納庫の壁にある扉へと歩いていく。その後ろを、出遅れた少年が小走りでついていった。

 少年は出入り口である扉の手前で立ち止まり、ストレイドへ振り向く。

 

「……お疲れ」

 

 俯せに横たわる機体にそう声をかけた少年が格納庫から出ると、扉が閉まって格納庫内の電灯が消えた。

 ――おつかれさん。

 

 




あい、一話です。ようやっとできました
基本的に原作に沿って話が進みますが、適宜、必要があると思ったら変更するかもしれないので、完全に同じ、というわけではありません。ご了承ください
“ストレイド”に関するいろいろなことは、次の話にていろいろ話す予定です。いつできるかなぁ(遠い目

しゃっくりとまんねぇ……
それではっ!

2022/1/18
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