蒼き鋼と迷い猫   作:イザナギ

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長ーくなりました。いろんな意味で。
17000字もあるので、読みつかれた方は『疲れた』と言っていただければ、再度、分割投稿します。

筆者も書いてて頭痛くなったです……あとあとダイエットさせるかも。


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 光の無い、暗い格納庫の中に、ストレイドは静かに佇む。

 その姿は無機物の塊であり命無きモノであることを示すかのように、微動だにしない。

 しかし先ほど出て行った少年は、まるでこのストレイドが生きているかのような、そんな口ぶりで話していた。先ほどの女性も、そのことに欠片の疑問も持たなかったようだ。

 子供が話すことであるのだからスルーした、といえばそう見えるかもしれないが、実はそうではない。

 現に“ストレイド”は()()()いる。厳密にはストレイドそのものではないが、“生きている”存在を鋼鉄の殻の内に持っていた。

 

 ――それが、()だ。

 オーバード・ブーストさえ永遠に続けられるような出力を生み出すジェネレーター。そこに、()がいる。

 超々高出力ジェネレーター試作第一号『XUG-1』。これが私の正式名称……らしい。

 なぜジェネレーター如きに意志があるのかといえば、(XUG-1)がこちらの世界でいう“ユニオンコア”と同じものを搭載しているから、と言える。

 “ユニオンコア”とは“霧の艦艇”が持つ超高度な演算装置の事であり、つまりこの“ストレイド”は“霧”と同じ機関を動力源とすることで無限の動力を得ていたことになる。

 

 まぁ、かといって“私”自身はそれ一つで世界の戦局を左右するような、たいそうな代物というわけでもない。

 人類に(くみ)する霧の艦艇であり、我がストレイドの母艦でもあるこの“イ401”に存在する“メンタルモデル”と呼ばれる少女型の対外インターフェース、通称を『イオナ』と称する“彼女”の見立てによれば、『私』のコアの演算能力は“霧”の駆逐艦にも及ばない程度しか無いらしい。

 これでは、攻撃を受けるなどの受動的な事象をきっかけ(トリガー)として特定の行動パターンに移ったり、上位の指揮系統からの命令に従う以外に自主的な思考、行動を行うことはできないと言う。

 なるほどそれならば私は、確かに駆逐艦にも及ばないコアであるようだ。なにせ、なんの補助も無ければ今このように思考を巡らすことは出来そうにない。

 現状はこうやってイ401に繋がれている間は“イオナ”に、数値換算で一%程度の演算能力を分けてもらい、発艦後はストレイドの搭乗者の演算装置、つまり人間の脳と処理能力を共有――いわゆる脳のシンクロを行うことで思考を停止させずに済んでいる。別に“私”が望んでそうしているわけではない。成り行きと情けで思考を維持させてもらっているだけだ。

 だが、そんな矮小な存在であることを自身で自覚しながら、なぜかイオナには首を捻られた。何故だ。

 

『――XUG-1の思考回路が、“演算能力を僅かに分け与えた程度”で形成できるものではないから。それが“何故”の理由』

 

 “私”に体が存在していれば「脳内に直接響いた」と形容できるような感覚で、感情の無い声が聞こえてきた。“イオナ”と呼ばれている少女の声だ。

 ――しかし、意味が分からない。私の演算能力の限界なのだろうか。

 

『冗談のつもりかな? 人はそれを“とぼけている”と言う、と聞いたよ』

 失敬な。可能性の一つを提示しただけだというのに。

『その可能性の一つとして提示した内容があり得ないと思えるから“冗談か?”と言っただけ。巡航潜水艦の演算能力を甘く見ないでほしいね。コア部分や通信周り以外でナノマテリアルを必要としないコアに一%も分けてやってるわけなんだから』

 む……。

 

 ――霧の艦艇はその艦体がナノマテリアルという未知の粒子素材で構成されているらしく、それをユニオンコアがコントロールすることで形状を維持しているそうだ。

 艦体を維持するだけでかなりの演算能力を要するらしく、彼女の言うとおり“私”だけでも量子通信装置を構成するナノマテリアルを維持するのは、確かに容易い事だろう。

 だが、だからと言って搭乗者からも母艦からも補助が無い外部干渉無し(スタンドアローン)の状態になってしまっては、何の思考も起こすことはできない。やはり理論に無理があるように感じる。

 

『XUG-1の思考回路は“演算能力に余剰が出来、余裕を得られたから思考回路を形成した”ものじゃない。“こちら”に来て初めて思考回路を形成した、と話していたが、それにしては思考が成熟し過ぎている』

 

 ……やはり、何を言いたいのかが分からない。

 

『簡単に言えば、XUG-1の持つ思考回路は『人間くさい』ということ。以前、群像にそのことを話したら「つまり本来は演算能力の上で持ち得ない思考回路を、自己を自覚した瞬間から持っていたわけか」と言っていた。それがXUG-1を的確に表現している例だと思われる』

 

 ……確かにイ401艦長の言葉は的を射ているのだろうが、まだ不明瞭に感じる。

 ――ふむ。ストレイドに備えられたレーダーを例えた、この艦の副長は何と表現するだろうか。

 

 

『えっ、ストレイドの現状を表せ、ですか?』

『うん。判断材料はさっき伝えたこと全部』

『大喜利みたいですねぇ。ふむ……』

 

 “私”がそれに思いついて伝えた途端に、イオナは行動に移していた。

 イオナの指定席であるブリッジ中央のすぐ右隣りにある副長席に座っていた、蒼き鋼イ401の副長、織部(おりべ) (そう)に話しかけたのだ。私はこの通り言葉も話せないので、伝えたいことがあればイオナに通訳してもらう形になる。

 頭部をすっぽりと覆うマスクを常時備える異色の男、織部僧は、イオナからの言葉に首を捻った。

 それはそうだ。休憩のタイミングを見計らったとはいえ、唐突な質問を吹っ掛けられてはすぐに答えられるはずもない。というか答える義務さえ無いともいえる。

 

『お、なんだなんだ? 僧に問答か? 俺もやろうか?』

『杏平には無理』

『即座に戦力外!?』

 

 イオナに共有させてもらった視界にゴーグルをかけたドレッドヘアの男が映ったが、即座に放たれたイオナの容赦のない言葉に情けない声を上げた。

 私としても彼には期待していない。

 この男、イ401の火器管制としての腕は優秀であるが、今回の事案の解消に求められる能力は有していないと推測している。

 

『XUG-1も役立たずだって』

『お前ら容赦ねぇなおい!』

 

 ……確かに私の考えは、そう取られてもおかしくない言葉の羅列だったと思うが、さすがにイオナの言葉は要約しすぎではないだろうか。私はこの事案を解消する可能性を、この橿原(かしはら) 杏平(きょうへい)に微塵も感じていないだけだと表現しただけなのだが。

 そう思考すると、イオナは私が紡いだ言葉をそのまま、目の前で落ち込むゴーグルをかけた男へ向けて言い放った。しっかり「XUG-1から」という言葉を添えて。

 すると橿原杏平はガックリと項垂れ、涙目で抗議の情けない声を上げてきた。

 ……私は何かおかしいことを言ったのだろうか。

 

『――ストレイドさんの言葉に悪意は無いのでしょうけれど、あまり先ほどの“要約”と内容は変わりませんね……』

 

 今度は、長いストレートヘアに眼鏡をかけヘッドフォンを被った少女がこちらに振り向いたのが見えた。顔に浮かぶのは苦笑。

 ソナー、各種センサーからの情報処理を担当する蒼き鋼の五感、八月一日(ほづみ) (しずか)。イ401の乗員の中では、私や“彼ら”といった“あちら”からの存在を含めても、搭乗期間が一番短い乗員だ。といっても“我々”よりも数ヶ月、蒼き鋼に加わるのが遅かった程度なのだが。

 

『けっきょく、杏平が火器管制以外に能の無いおバカだってみんな分かってるのさ』

『……へいへい。どーせ万年200位の落ちこぼれですよーだ』

 

 橿原杏平に(とど)めが刺された。もう彼は不貞腐れる事にしたらしい。

 止めを刺したのは、ツインテールにタンクトップ姿の少女。イ401の心臓部である機関部を任されている四月一日(わたぬき) いおり。人の悪い悪戯好きな笑顔を浮かべて、にやにやといじける橿原杏平に目線を送っていた。

 ……私はなにも、橿原杏平を全否定しているわけではない。イ401の艦長の指揮の下、砲雷撃術をもって『蒼き鋼』の道筋を切り開いてきたのは、他ならぬ彼なのだから。ただ、今回の件に関しては期待を持ち得ないと言うだけであって……。

 

『よく分かってるじゃないか』

 

 イオナに代弁してもらった言葉に応えるように響いた声。全員が顔を向ける。その目に映ったのは、優しげな風貌をした男。余裕を含んだ微笑で、こちらを――正確には私の言葉を代弁していたイオナを見ていた。

 『蒼き鋼』の創設者であり、指揮官であり、リーダーであり、そしてストレイドの母艦たるイ401の艦長である、千早(ちはや) 群像(ぐんぞう)。簡単に言えばこの艦の中で一番偉い人だ、と教えてくれたのは四月一日いおりだったか。

 だが、かといって今この場にいた全員が畏まった姿勢をとるのかと言えば、違う。たとえ自分たちのトップだとしても、元は同窓で学ぶ学友であったのだし、今も良き友人として手を貸してきた。

 鬱屈していた世界に風穴を開けてくれた英雄にして、もっとも気心の知れた親友。それ故に『艦長』と呼ぶことはあっても態度は友人のそれであったし、全員が気安い雰囲気をもって千早群像に接してた。千早群像もその雰囲気を是としている。

 私としても、この千早群像という男は嫌いではない。むしろ好ましい印象を持っている。一見はただの優男に見えながら、その根底に外の世界への渇望と情熱を隠し持っているのだ。それに気付けたのは、イオナを通しての交流や指揮下での戦闘を経験した事も要因の一つだった。

 

 

『――そうか。確かに、俺もあの表現だけだと不十分だと考えていたんだ』

 

 ブリッジにいるクルーの騒ぎの原因を聞き、千早群像も納得の頷きを返していた。

 

『駆逐艦以下の処理能力で、んな人間くさい頭を作るなんて不可能なんだよな』

 

 橿原杏平の声。それはイオナが提示した――私を含めた――全員に共通する前提条件。

 

『低スペックのパソコンで、スーパーコンピュータで動かさなければならないほどの複雑なプログラムを作って動かそうとしていた、と言うところでしょうか?』

 

 織部僧が、さっそく(たと)えを持ち出す。

 

『でもそれだと、作ろうとした時点で不完全なもので終わりそうじゃないですか?』

 

 八月一日静が反論を呈した。

 

『それに、もし出来るとしても短時間じゃ終わりそうもないね』

『それもそうですね』

 

 四月一日いおりが八月一日静の反論を後押しする。織部僧もその点に疑問があったのか、素直に持論を取り下げた。

 議論の焦点は『どうやって思考回路を形成したのか』という点と、『短時間で形成することは可能なのか』という点に絞られ始めたが、そこで行き詰ってしまう。

 私の持つ演算能力が駆逐艦にも満たない、という事実が最大の矛盾を呼んでいたのだ。

 思考回路を形成するためには、私の持つ演算能力では膨大な時間がかかり、自意識の無かった“向こう”から“こちら”に来た際に要した時間ではとても形成できない。

 それでも何かしらの情報が欲しいので、私と最も関係の深い人物たちも呼ぶことにした。

 

『……事情は分かった。だが、協力できるかは怪しいぞ』

『うん』

 

 呼び出しを受けてブリッジに顔を出したのは、長いストレートの髪を背中まで流した、眼光険しい女性と、“ストレイド”に乗っていた銀髪紅眼の少年。

 ただし女性の方は、顔にありありと困惑の表情を浮かべている。少年の方は変わらず無表情だが。

 

『セレンさんでもネクストの事で分からないことがあるんですね』

『名前こそ以前から使っている“ストレイド”で外見もそう変わっていないが、もはや別物と言っていいからな。特に組み込まれているジェネレーター、XUG-1については“向こう側”でも不明なことが多すぎたはずだ』

 

 腕を組み、昔を思い出すようにストレイドへのオペレートを担当する女性――セレン・ヘイズは語る。

 

『で、なんでそんな危険な代物の実機試験を請け負ったのかよ?』

『“政治的配慮”、という奴だよ』

 

 橿原杏平の発言に、皮肉な笑みを添えながらセレンヘイズは返した。

 

『良くも悪くも、活躍しすぎたからな』

 

 困ったような笑みで少年を見やるセレンヘイズだが、視線を向けられた少年は小首をかしげる。

 

『――何か、やった?』

『ORCAを潰した片割れだというのに、よく言う』

 

 愉快そうな感情と呆れの感情を混ぜた声を掛けながら、セレンヘイズはわしゃわしゃと少年の銀の髪をかき回した。

 少年は無表情を崩しはしないが、セレンヘイズになされるままだ。

 

『まぁ、その話はいずれで良いだろう。問題は、XUG-1が持つ思考回路がどうやって作られたのか、という話だったな』

『そうだ。本人(XUG-1)が言うには“こちら”に来た時に自我を認識したらしい』

『つまり、我々が“向こう側”から来た前後が怪しい、と』

『そういうことになる。何度か話は聞いたが、もう一度、“こちら”に来た経緯を話してくれないか』

『我々としても現状に対応しつつあるが、今一度、状況の再確認を行うのも悪くない』

 

 千早群像の要求を、セレンヘイズは快諾した。

 

 

『とはいっても我々も、まだ全容を把握しているわけじゃない』

 

 そう前置いて、セレンヘイズは語り始めた。

 

『周知の事とは思うが、我々は、いわゆる“異世界”からやってきた』

 

 どこぞの安っぽい二流小説の出だしかと思えるような、冗談としてはそれほど面白味のない言葉が、セレンヘイズの口から紡がれる。しかしその表情は、冗談を言ったにしては真面目にすぎた。

 

 何のことは無い。彼女や少年にとっては単なる事実を述べているだけなのだから。

 そしてそれを聞くイ401クルーの表情にも、冗談と受け取ったような表情の者はいない。当然だ。

 彼らにかつて話して聞かせた内容は、冗談にしてはよく作られ“過ぎた”設定であったし、何より彼らが持ってきた“ネクスト”という戦闘機械――あれが信用させるに足る材料となった。

 “霧”が現れる以前から、いわゆる軍事用ロボットは開発、運用をされてきた。しかしそれは爆発物処理や危険地帯への偵察など『直接的な戦闘行為以外における有人では危険な作業を代行させるための存在』が主であり、無人戦闘機が実用化されるまでの間、戦闘は兵士、もしくは兵士の搭乗する兵器によって行われるのが主流であった。

 その無人戦闘機についても自立戦闘については人間に遠く及ばず、地上での遠隔操作を受けるのがメインであり、“霧”が現れてもなお、人間という柔軟かつ繊細なソフトウェアは戦場からの距離を問わず戦闘の中心として存在していた。

 彼らの持ち込んだネクストは、そこを考えれば搭乗者(パイロット)を必要とする点で“この世界”の範疇を逸脱してはいないが、問題は、現在よりも遥かに高度で洗練された技術によって作り上げられた、という点だ。

 この人型の兵器であるネクストは、実は“この世界”でも存在する技術の延長線上にあった。つまりはこの世界でもいずれ作れるはずの兵器でだが、その出現は数十年の単位でも足りそうにないほどの未来まで待たなければならないそうだ。しかしネクストを構成する部品はまるで、ネクストのような人型兵器を、遥か昔から開発、製造してきたかのように、緻密でありながら簡素であり、また強力で頑丈だった。

 大量生産を前提としたかのような簡単な構造でありながら、芸術品とも呼べる精度と多大な荷重にも耐えれる堅牢さを併せ持つ、工業製品としては究極ともいえるパーツ郡。ここまで完璧な部品を、しかも大量生産を前提として製造した国や勢力はどこにもなく、近しい存在である多脚戦車が実用化されてはいるものの、使われている部品は複雑で耐久性もネクストほど持ち合わせてはいなかった。

 ゆえにネクストは“この世界”の基準に当てはめれば、異次元の域に存在する。

 しかし、ネクストは、彼らが“異世界”から訪れたという証拠の一つにすぎない。

 最大の証拠は、()()()()である。

 

『我々は“こちら”の国の名前を知らなかった。確かに数十年前、国家は存在していたが、その時の名前と、“こちら”の名前はだいぶ違う』

 

 なぜなら彼らの世界に、国家と呼べる存在が無かったからだ。

 

 ――国家解体戦争。

 

 簡単に言えば、絶大なる力を手に入れた『企業』の連合が世界の国々に対して反乱を起こし、勝者となって世界の(ことわり)を塗り替えた。

 国家が成立した以前にも『国家の無い時代』は長く存在するらしく、ある時は戦乱の果てに、ある時は地球規模の大災害から生き延びるために、国家という枠組みが捨てられたことは幾度となく存在する。

 かつては“こちら”の世界のような国も存在したようだが、それを今に残すのは、長く使われて定着した土地の名前ぐらいだった。

 

『地形自体はそれほど変わらんが、我々の知りうる歴史も食い違いが多い。というより――』

『――ほぼ別物、ですね。一年間、お二人と一緒に過ごしましたが、唯一話せる言語が英語だということぐらいしか分かりませんでした。素性も何もかも、調べ得る限りで今なお、まったくの不明です』

 

 織部僧がそう繋ぐ。コネを使って“異世界からの客”である二人への軍や政府の調査記録を閲覧したこともあったが、そのどれもが最後は『少なくとも日本国内には存在しない人物』という結論に達していた。

 陸続きならともかく海上封鎖をされた日本において、海の外からの人間が日本国内に侵入できる可能性は限りなくゼロであり、ゆえに他国の人間であるという可能性もゼロに近くなったが、政府や軍はそれで納得できないらしく、どうにか妨害されていない通信回線を用いて、通信できる国家に捜査を依頼しているらしい。『無駄でしょうが』と、織部僧は最後に毒づいた。

 

『セレンさんはすぐ日本語覚えたよねー。しかも一年で発音まで完璧に日本語になったし。山猫くんも、セレンさんが異常に早いだけでかなりの上達速度だよね』

 

 四月一日いおりが“山猫くん”と呼んだ自分より頭一つ低い身長しかない銀髪の少年の髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。“山猫くん”と呼ばれた少年は、またもやされるがままだ。

 この“山猫くん”というあだ名には、それなりの根拠があった。

 

『“リンクス”だから山猫くん、とは言っても、綴りは違いますよ』

『気にしないの。“向こう”でも響きが似てるってだけで“首輪付き(カラード)山猫(リンクス)”、なんて呼ばれてたんでしょ?』

『うん』

 

 八月一日静がちょっとした注意を投げかけるが、四月一日いおりは気にせず、“向こう”にいたころの少年のあだ名を持ち出した。

 少年は四月一日いおりの言葉に頷きを返し、そろそろやめてほしい、といった感情をこめた目線を四月一日いおりに送る。が、その目線を真向に受けながら四月一日いおりはにこにこと髪をかき混ぜる行為をやめようとはしない。

 “山猫”と呼ばれていた少年はため息を一つついて、彼女が飽きるまで我慢する方向で諦めることにした。

 

 空を駆る巨人(アーマードコア・ネクスト)――通称“ネクスト”を操る存在、リンクス。少年は“向こうの世界”に居た時、そう呼ばれる存在の一人に含まれていた。

 リンクスとは英語で『Links』と表記する。その名の通り、彼らは乗機であるネクストとリンク――繋がることであの鋼鉄の巨人を意のままに動かすことが出来る。そのために用いられている技術はAllegory Manipulate System――略してAMSと呼ばれ、そのAMSへの適性を持たなければ、ネクストの指の先すら動かすことはできない。

 この世界にとっては異物ともいえる“ネクスト”と言う存在は、“向こうの世界”ですら規格外だった。

 たった二十余機のネクストとその搭乗者たるリンクスを擁した企業の連合が当時の世界に存在した国家を相手取って戦争を起こした時、強大な力を持っているのは自分たちだと信じていた世界の人々――主に国家政府の高官たち――は嘲笑をもって、その行為を無為なものと断じた。企業風情の新兵器(オモチャ)が、我々に敵うと思っているのか、と。

 

 “ネクスト”が初陣を果たした最初の戦闘の結果を聞くまでは。

 戦闘に参加した国家側の師団規模の兵力が、たった一機のネクストによって壊滅に追い込まれたのだ。

 国家の有する兵器はネクスト相手に全く通用せず、ネクストの攻撃は国家側のアーマードコア・ノーマルを一撃のもとに大地へと叩き伏せ、斬り裂き、吹き飛ばした。その光景はすでに“戦闘”ではなく、単なる“掃討”だったという。

 たった一機で一戦闘をどころか戦局までをも左右しかねないネクストを企業は二十以上も有しており、最初の戦闘をもって『国家解体戦争は終わった』と後世の人々に言わしめたとおり、戦局の逆転など一度も起こることなく――ネクスト一機が国家側の周到な作戦のもと撃墜されかける、という“奇跡”が起きるものの――戦争の勝者、そして新たな世界の支配者は“企業”となった。

 

 ――そしてその数年後。企業の主導する新たな世界の秩序の中で過去の残滓と蔑まれてなお、ふたたび飛び立った(レイヴン)の羽ばたきは、後に『リンクス戦争』と呼ばれる企業同士の戦火を巻き起こす。

 『リンクス戦争』の果てにおいて貴重な戦力であるネクスト及び専用搭乗者であるリンクスを失った企業は脱落し、影響力を失って他企業の傘下に降るか滅びる以外の道を見つけることが出来なかった。それはネクスト及びリンクスこそが企業における最大戦力であり切り札であり、その喪失は企業の存亡に直接的に影響するという事実を示した形になる。

 ゆえに一人の人間への戦略的依存という不安定な状況を嫌った各企業は、その利害の一致の下、『リンクスすべてを“傭兵”として扱い、管理する機構』として、そして『リンクスという強力すぎる個人を監視するための組織』として傭兵組織“カラード”を設立する。

 “企業”はあまりにも代替部品の少なすぎる戦略兵器“リンクス”への依存からの脱却を目指し、リンクスの乗るネクストさえも圧倒できるような更なる戦略兵器を開発していくことになり、それが後のアームズフォートに繋がるのだが、さすがに話が変わってしまうだろう。

 

 かくしてネクストは名義上、依頼内容と報酬と自らの技量と裁量によって仕事を遂行する傭兵になった……のだが、さすがに生きる戦略兵器をわざわざ手放すような愚を企業が冒すはずも無く、企業に所属していたリンクスはカラードの管理下となってもなお過去の主からの任務に従っているため、実質、専属と大差なかった。

 また『リンクス戦争』後、新たにリンクスとなった人間も大なり小なり企業の援助を受けていた者が多数なので、その“借り”を返すために援助を受けた企業の任務を中心的に受けることが多い。

 ある意味、真の意味で傭兵としてカラードに登録、所属していると言えるのは、企業から戦略的価値を見出されずに放置されている者か――貴重なケースだが――誰からの援助も受けずにリンクスになった者か、の二種類しか存在しない。

 そしてこの銀の髪の少年は大変珍しい後者の、つまり独力でリンクスになったという経歴の持ち主だった。その背後には彼のオペレーターを務めるセレンヘイズの存在があるが、それもまた別の話である。

 カラードに所属するリンクスの中において、唯一科せられた枷はカラードという名の監視の鈴のみ。企業が命令を下したところで彼に従う道理も無い。ゆえに彼は真の意味で“傭兵”だった。

 

 そんな彼を羨んだのだろうか。蔑んだのだろうか。音の響きから与えられた、国家解体戦争の頃の憎しみの蔑称を持ち出して、誰かがこう囁き始めた。

 ――『カラードのリンクス(首輪をつけられた山猫)』と。

 

 ……まぁ、事実、彼は首輪をしているのだが。

 ネクストの操縦系統であるAMSへの接続のために存在するこの首輪は、もちろん着脱が可能だ。

 この少年にはAMSを使用するために、電極が多数埋め込まれている。その電極は首のうなじあたりに外部との接続ポートを持っているが、皮膚が取り除かれてそこから電極が覗いている、といった一昔前のSFのような薄気味悪い方法はとられていない。

 接続ポート――と表現される電極――を皮膚の薄皮一枚挟んで、反対側にも電極を用意し、電位の変化を信号として出力させることで脳からの信号の入出力を可能としている……らしい。人体やそれに使われている技術は、説明されても正直よく分からない。

 とにかく、少年はネクスト操縦の為に特殊な人体改造手術を施術され、操縦を円滑に行う為に首輪を巻いている、ということになる。

 ちなみに最初期から活動するリンクスの中には、いまだにプラグとジャックによるAMS創成期に主流だった接続を行っている者もいるらしい。その際には頭を焼き切るような激痛が走るという。

 

『でもさー、皮肉を込めて“山猫”なんてあだ名を付けたんだろうけど、完璧に逆効果だよねー』

 

 私の過去のデータベースとセレンヘイズからの主観的な主張によって語られた“経緯”を聞き、四月一日いおりは少年の頭を未だに撫でながら口にした。

 

『こーんなかわいい子に山猫なんてあだ名、ピッタリじゃん』

『まぁな。私の知る限り、いつも女性リンクスに絡まれていた』

 

 セレンヘイズが四月一日いおりの言葉に、苦笑を浮かべながら肯定もしくは賛成と取れる言葉を返す。たしかに少年の細い外見は、ともすると華奢ともとられ、あどけなさの残る顔つきと相まって他人の庇護欲を買うには充分な恰好ではあった。

 しかし、得てして人の本性や才能は外側から見えない物でもあったりするものだ。

 

『こんな子が、そちらの世界を混乱させた“ORCA旅団”を壊滅させたなんて、俄かには信じられませんね』

 

 八月一日静の言葉に、四月一日いおりも頷きを返した。

 

『パッと見でコロッと騙されるだろーけど、よくよく見りゃしっかり筋肉ついてんだよな。この俺が組手で一度も勝てねぇしよ』

『それ杏平が弱いだけじゃん』

 

 したり顔で得意そうに自身の観察眼を誇り始めた橿原杏平に、四月一日いおりが容赦ない訂正(現実)を加える。……またいじけ始めたか。面倒臭い奴だ。

 

『――さて、続きを話そう。ここから先が、おそらく核心に近い部分だろうな』

 

 そう言葉を紡いで、セレンヘイズは、少年の軌跡を語り始めた。

 

『といっても、何度か話していることだ。突如として発生した“ORCA旅団”と名乗るネクストを有した武装集団の企業への蜂起、“ORCA事変”を、こいつともう一人のリンクス、ウィン・D・ファンションが解決した』

 

 

 “To Nobles.(高貴な人々よ) Welcome to the Earth.(ようこそ地上へ)

 ネクストを駆るリンクスを中心とした武装組織ORCA旅団が企業の支配する世界へと向けて発した、宣戦布告文だ。

 企業に敵対し、攻撃し、数多の命をその手に握る姿は、今の体勢への反抗を標榜するテロリストのそれであった。

 “そう見えた”。

 ただ体勢への反抗である“だけ”のテロリズムであればいくらネクストを有しているとしても、いや有しているからこそ脅威と認定して排除を行うはずの企業が、一時的にでも制圧の手を止めたのが、ただのテロリズムと異なっている点だろう。

 しかし企業は――少なくともその上層部は――己の保身さえ確保できれば如何なる損害が出ようと補填できるとして切り捨てられただろうが、切り捨てられる方――自らは罪なき無垢の民と考えている者たちにとっては、その決断は(たま)ったものではなかった。

 稀代のテロリスト集団が企業から奪い取ったのは、無実と信じる者たちの住まう揺り籠(クレイドル)の命綱、アルテリア。そこを失えば揺り籠は墜ち、人々は地獄のいくらか手前と化した大地に放り出されることになる。

 ORCA旅団の構成員にしてみれば“自業自得だ”と嘲った冷笑の的にしか過ぎない光景であったが、揺り籠に住まう民を無実と信じる一人の人間(リンクス)は、裏に存在する理由を知りながらもなおその光景を是としなかった。

 

 名は、ウィン・D・ファンション。企業に属していながら企業と袂を(わか)ち、僅かな仲間と共にORCA旅団へと立ち向かったリンクス。

 少年はその僅かな仲間の一人であり、そして仲間の中でもっとも戦果を挙げたリンクスだ。

 その結果、ORCAを壊滅させ全てが終わった時、少年は世界で最も強い独立傭兵として企業に認識されることになる。

 

『――それがどういう事かは、想像がつくだろう。誰もが報酬を出せば、そして我々がその報酬を妥当と判断すれば、企業の有するリンクスと同等以上かもしれない戦力を、容易に手にすることが出来るというわけだ』

 

 それは企業間の牽制と相互の注目、企業による少年への監視を呼んだ。

 いたずらに少年へと依頼を出せば猜疑の注目を生み、立場を危うくしかねない。そんな保身の思考の元に企業からの依頼は途絶え、企業と比肩できるほどの報酬を出す力があるような存在は既に数少なく企業に目をつけられるような行動をとるべきではないのは明白であり、つまり少年はORCA事変後、依頼不足による深刻な財政難に陥っていたのだ。

 一時期は乗機であるストレイドまで手放すことも考えていたらしい。

 

『戦争の主役をアームズフォートに移行させていた時期でもあったからな。今更ネクストの一機を手元に置けなくても何ら問題は無いだろう。“ただのネクスト”ならな』

 

 事実、企業が戦争の主役と目するアームズフォートは、企業やカラードに属する平均的なリンクスを遥かに凌ぐ戦闘力を有するものがほとんどだという。

 並のリンクスとネクストでは太刀打ちもできない。だが、少年は“平均的なリンクス”とは少し違った。

 

『こちらでも言うだろう。別格の相手を倒すことを巨人殺し(ジャイアントキリング)と。こいつは何度もそれを成し遂げてきた。だからこそ、依頼が舞い込んでこなかったのだろうさ』

 

 ただの有象無象のリンクスであれば適当に苛烈な、なおかつリンクスを喪失しても痛くもかゆくもない依頼を送ればそれで良かっただろう。

 だが、少年はアームズフォートを圧倒できる。それはすなわち一種の戦略兵器に相当することを意味した。そんな存在は企業やカラードを見渡しても、両手の指ほどもいない。

 誰の手綱もつけられていない、野放しの戦略兵器。

 遠巻きにされるのも当然だった。

 

『そんな状況下で、久しぶりに“企業連”から依頼が来た』

 

 内容は『各企業合同で開発した新型ジェネレーターのテストをしたい』というもの。

 “企業連”とは正式名称を“企業統治連合”といい、名の通り企業が立ち上げた統治のための連合組織だ。かつては発言力の強い単独の企業が大義名分のために利用するだけの形骸化した組織であったが、少年に依頼をわざわざ出す以上、少なくとも複数の企業の合意があったものと推測できた。

 たった一人の人間の為に再び企業が歩調を合わせるというのは、何かの皮肉なのだろうか。

 

『裏でどんな取引があったかは知らない。が、我々としては拒めなかった』

『金欠で金が欲しかったから?』

 

 橿原杏平が横槍を差した。彼らしい単純で明確な推測を披露する。

 対してセレンヘイズは、苦笑しながらも一部を肯定した。

 

『それもある。資金が無かったのは事実だからな。だが、それ以上に――』

『――依頼への拒否を理由に、実力でもって叩き潰される可能性があった』

 

 千早群像が先回りして話した言葉に、セレンヘイズは一つ頷いた。

 

『そうだ。アームズフォートを圧倒できると言っても、一度にいくつもの相手をしていたわけじゃない。それに戦略的価値は下がったとはいえ、企業側もネクストを有している。数の暴力で潰されるのは当然の結末だ』

 

 だから企業に理由を与えないために依頼を受けた、と結ぶ。

 

『ジェネレーターの出所についてはいくらか想像はつくが、そんなことをいま話しても仕方ないだろう。依頼を受けた我々は件の新型ジェネレーターに換装した後、とある試験場にて企業共の監視の中、試験を開始した』

 

 “私”の記憶――というより記録は、ここから始まる。換装された後、初めて起動したのだから、当たり前といえば当たり前だが。

 しかし、この時点では私に自我は生じていない。ただ“XUG-1が起動してどれだけ出力し、どれだけの時間、稼働していたか”という記録が残っているだけだ。

 

『――まだ、いなかった』

 

 少年が、そう口を開いた。

 少年と私がリンクしているとき、それぞれの自我を統合しつつ思考の方向を同一にすることで、一つの自我を形成している。

 そしてリンクが解除されると統合されていた自我は本来の自我に分割、統合され、本体に戻るという行程によって、我々は自我を保持していた。

 

『……つまり、どういうことだ?』

『リンク、すると、XUG-1の意識と、自分の意識が、一つになって、ストレイドの意識に、なる。リンク、やめると、XUG-1と、自分の意識が、ちゃんと、元の体に、戻って、“誰かと、リンク、していた”ことを、自覚できる』

『ふーむ、また難題が出てきましたか?』

 

 理解の追いついていないらしい橿原杏平が質問を上げ、それに対して少年が、彼には珍しく長文で回答する。

 しかし要領を得られないのか複雑な説明になったようで、織部僧が首をかしげてしまった。

 

『――つまり、最初にストレイドを起動したとき、まだXUG-1には自我と呼べるものさえなかった、ということだ。リンクについても、こいつとストレイドが共有する感覚が独特過ぎるからな。理解できなくて当然だ』

『自我は山猫くんが、感覚的にですけどちゃんと察知できてたようですし、ネクストの技術でさえ私たちには理解不能な部分が多いんです。ましてや“霧”の領域にさえ踏み込みかねない話題ですから、無理に理解する必要はないと思います』

 

 要約すればその件についての究明を棚上げする、その提案がセレンヘイズと八月一日静より出される。

 提案は受け入れられ、セレンヘイズはふたたび語り始めた。

 

『試験の内容はそう珍しいものじゃない。ジェネレーターを装備して、実際に動くこと。それだけだ』

 

 “動く”とは、そのままの意味でもあるし比喩的な意味でもある。

 ジェネレーター――つまり“私”から精製されたエネルギーによって手足を駆動させ、立ち上がる、腕を動かす、歩くと言った基本的な動作をまず行った。

 これが滞りなく成功したことを確認した後、武装を装備した状態でプライマル・アーマーを作動させての機動試験となった。

 ストレイドの現主武装である『KRSW-X01』及び『Moon-Slayer』は本来、その試験の際に貸し出された、これもまだ試作品段階の、XUG-1()を装備した機体に持たせるために作られた兵装である。

 しかし(XUG-1)の存在は、今の“こちら”の世界の数十年も先を行くという“向こう”でも不明な部分の多いものだったそうだ。それはそうだろう。いくらも劣るとはいえ、いわゆる“こちら”にとっての“霧”と同等の存在だったのだから。

 分かっていたことは、単体で膨大なエネルギーを過剰ともいえる速度で放出していたこと、エネルギーの放出の過程で『コジマ粒子』と似た、しかし人類にとって全く無害な粒子を発生させることといった程度だった。

 ネクストに携わるか否かに関わらず、この発見は様々な人々を驚かせた。なにせ今までエネルギー関係の主流と目されてきたコジマ技術の立場を揺るがしながら、その技術を応用させる程度で現状に対応できるという、夢のように都合の良い新エネルギーだったのだから。

 “私”の――いや“我々”の数には限りがある事が分かると、企業は各々で独占しようと動いた。新たな秩序をふたたび創りかねない“我々”の存在を掌握することでイニシアチブを握るためだ。

 ――そこまでは、セレンヘイズも耳に出来たらしい。彼女もかつては企業に所属していたので、そこで培われたパイプを伝って情報を得たそうだ。

 

『だが、そこから先は分からなかったな。どの企業がどれだけの、そちらでいう“コア”を取得できたかは分からなかった』

 

 しかし、こうやって“企業連”から依頼が来た。それだけではない。企業連からの依頼に合わせるように複数の他企業から(くだん)のジェネレーターの合同試験への参加要請の依頼が寄せられた。

 これは企業間の協調無くして、ありえない。

 

『つまりはこれが、我々への“過度に苛烈な”任務だったということだ』

 

 

 ――それは、事故だったのか。

 

『次の試験、アサルトアーマー発動の為にエネルギーを充填した直後だったな』

 

 突然、“私”が暴走を始めた。機体のキャパシティに収まりきらないほどのエネルギーを生成し始め、“こちら”の“霧”が備える“クラインフィールド”に似た、球形の力場を発生させたのだ。

 そのフィールドは不安定なものだったらしく、内外への強力な反発力を発生させていた。

 

『ちょうどストレイドの傍にいたからな。外にいるのは危険と判断して、無理やり同乗させてもらったよ』

『……きゅうくつ』

『うるさい』

『……うらやましいぜ』

 

 橿原杏平が、羨望の眼差しを自分より年若い少年へと向ける。

 ――セレンヘイズがストレイドに乗り込んで間もなくフィールドは縮小を始め、黒いネクストを包むほどの大きさになった瞬間――

 

『――平衡感覚を失ったと思ったら、目の前に巨大な構造物の塊が表れた』

『……大戦艦“ヒュウガ”。あの時のことは、よく覚えているよ』

『その時――』

 

 唐突に、少年が言葉をはさんだ。

 

『――そのとき、“ストレイド”が、生まれた』

 

 その言葉に察して口を開いたのは、織部僧だった。

 

『あなたと“XUG-1”の意識に分割される前の、一つになっている状態の事ですね』

『うん』

 

 少年が頷く。

 ――私の“感情”というプログラムが最初に導き出したモノは、“恐怖”だった。

 押し寄せてくる情報の波。処理しきれずに思考が止まりかける。その時、私は“こわい”と思った。

 

『自己を、一度、喪失した』

 

 少年の言葉。その時の自己確認のための自問自答は、私のログにも残っている。

 現状の確認の中で生まれる齟齬。自らの事を知らない人間の記憶が混在しているかのような、奇妙で気色の悪い感覚。

 押し問答にも等しい自問自答を切り上げ、混乱するなかで一応の共棲した自己を保ちえたのは、ひとえに眼前の脅威――霧の大戦艦“ヒュウガ”との戦闘状態に陥ったためだ。

 ヒュウガの放つ一発一発が高威力のレーザーやミサイルを躱すために、一時、自己を確定する作業を放棄し、ストレイドを動かすことのみに集中したのが功を奏した。

 といっても、対処自体は簡単に出来たことではない。ストレイドにはセレンヘイズが同乗していた。コックピットスペースは広く作られているものの複数人の同乗は考慮されていないため、このストレイドで無理な機動を行えば、内部は悲惨な光景となっていただろう。

 そのために自慢の機動力を削がれ、被弾が増えていく中で、その窮地を救ったのが“蒼き鋼”のイ401だった。

 

『我々としては、一種の共闘状態だと思っていたよ。君たちの出現は、我々や“霧”にとってイレギュラーなものだったのだから』

『確かに混乱はしましたが、こちらにとっては好都合な方向の混乱でしたからね。そこに乗じさせてもらいました』

 

 千早群像が放った言葉に、織部僧も同意する。

 こうして我々“ストレイド”と“蒼き鋼”は、邂逅した。

 

 しかして疑問は未だ解かれていない。

 

『いつ、XUG-1に自我が生まれたのか、ですね。山猫くんの言葉から“こちら”にやってきた時点で間違いないと思いますけど、じゃあどうやって自我を創ったのか、というのが分からずじまいです』

 

 八月一日静の言葉に、再びイ401のクルーたちは首を捻った。

 私も過去のログを遡ってみたが、“感情”を自覚したのは“こちら”に来た時点になっている。それを自我の発露であるとすれば、突如、前触れも無く自我は発生したということになる。

 

『では、パイロットの思考を雛形にして発生した、という可能性はありませんか?』

 

 織部僧が、自らの考えを述べた。

 しかし私の自我が少年を基にしているのなら、“ストレイド”の自我が私と少年とで最初に形成された時、一時的とはいえ自我の喪失を起こすものだろうか。

 私の返答と疑問に理があると思ったのだろうか、織部僧も同意を返した。

 ――ふと、ここまで目を白黒させながら会話についてきていた男が、どうにか隙を見つけたらしく、口を挟んでくる。

 

『そんじゃあ、どっかの誰かが乗り移ったんじゃないのか? “こっち”に来るときに誰かの魂がふわーっと……ん?』

 

 橿原杏平の言葉に、私も含めた全員が注目した。

 その視線の意味を悟ったらしい橿原杏平は、にわかに慌てはじめる。

 

『い、いやいやいやいや。単なる思い付きだぜ? 魂なんてのも適当に言っただけだしよ』

『いや、あり得る。なにも魂じゃなくても良い。“感情”を表現できるようになるソフトウェアをインストールされた、と考えれば自分の事に無知だったこと、最初のシンクロで自己の不覚に陥った事にも説明がつく』

 

 セレンヘイズが語った。

 

『なるほど。本体のスペックでは起動できないようなシステムを無理やりインストールされていた、と。そしてパイロットとシンクロする、もしくはイ401などに演算力を貸し与えられることによって、十全に性能を発揮できるようになった。そう考えるなら、あまり無理もありません』

 

 そう言った織部僧は私の状況を『PCに不釣合いなOSが組み込まれていた』と表現して、多数の支持を得ていた。

 永遠に終わらないかと思えた話題が、一つの流れへと収束しはじめていく。その流れを作り出した男はというと。

 

『……なぁ。俺ってすごい事やった?』

 

 自信無さげに、イオナと私へと話しかけていた。それぞれで『偉い偉い』と労いの言葉を掛けると、今度はどうだと少し胸を張る。

 なるほど“蒼き鋼”はそれぞれに個性のある人物ばかりではあるが、その個性の組み合わせは、時に興味深い反応を見せることがあるようだ。

 ……うまく表せている気がしない。もっと良い表現方法がある気がする。

 

 私は“こちら”に来てから、戦闘以外で船外に出たことが無い。メンタルモデルを持たないからだ。

 “こちら”の人類の文化や歴史などは、気まぐれにイオナや蒼き鋼の面々が更新してくれるアーカイヴ上でしか知らない。

 今まではそのような状態でも何ら問題は無かったが、これからは積極的に情報を集めるべきか、と検討を始めることにした。

 つまり人間の事、その文化や歴史について、もっと知りたくなったのだ。

 自己の無知ゆえの衝動なのか。それともこれが与えられた“ソフトウェア”の元来の性格なのか。そこすらも興味深い。人類についての知識を蓄えていけば、おのずと答えは出てくるはずだ。

 私は――体が欲しくなった。




実はこの小説、ストレイド(のジェネレーター)の一人称だったんだよ!

という設定に説得力を持たせようとした結果がこれ(17000字)だよ
無駄に長くなった。無駄に設定を凝るの大好きです。それを作中で発言させるのも大好きです。結果、本文がとっても長くなります。ごめんね

次は機体に関する設定のお話にしようかなって。前の話に出した『クライン・シェル』とか『プライマル・フィールド』とか、手持ちの武装とかそこらへんの設定をズラッと
まぁ察しの良い方やフロム脳豊かな方なら、もうだいたい察してるだろうかと思いますが


最後に、誰得『しぐれⅢ』の艦歴(脳内設定)

2038年:あきさめ型汎用護衛艦4番艦として竣工。なお『しぐれⅢ』の『Ⅲ』は、『あさなぎ型護衛艦しぐれ』、2018年竣工『さみだれ型護衛艦しぐれⅡ』から続く、戦後三代目の護衛艦であるという意味から。
2039年:『最終決戦艦隊』に参陣。『大海戦』勃発。惨敗の末、人類側の残存兵力30%に、からくも含まれる。
    『世界封鎖』完成の直前、分散首都となった長崎の佐世保港に寄港。以後、そこを活動拠点とする。
2039~2056年:外洋を“霧”の艦隊に抑えられ、何もできない日々が続く。
2056年:“霧”の軽巡洋艦“ナガラ”の進行阻止のため、第3護衛艦隊所属として出撃、展開する。

 そのあとは本文通りとなります。色んなところでオリジナル要素ちりばめてるし『第3護衛艦隊』ってなんだよって感じですけど、まぁ脳内設定ってことで一つ。
 艦齢は18年くらいだからちょっと若いかなーというか『しぐれⅡ』の退役が20年ってちょっと早いかなーって気はしますが、まぁそこら辺はみなさまの想像力にお任せします(責任放棄)
 霧と戦闘して、勇戦しつつも沈んだってことで武勇にあやかろうとしてつけた、とかそんな感じだと思います(適当)

 疲れた……次はまた半年後かもしれません。でも頑張って書いていきます。今後ともよろしくお願いいたします


2022/1/18
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