蒼き鋼と迷い猫   作:イザナギ

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「――よし」

 

 自己診断プログラムによって発見した異常個所に対する処置を終わらせ、銀髪の少年は額を(ぬぐ)った。

 再びプログラムを起動して機体(からだ)を検査する。

 ――異常無し。

 しかし万全ではない。戦闘行動を可能とするだけの最低限の状態を、現状で満たしているに過ぎないだけだ。

 しかしイ401はストレイドの母艦ではあれど、ストレイドを運用するためだけに存在する訳ではない。むしろストレイドはイ401に付随する“おまけ”といえ、イ401の作戦行動を阻害しないだけの物資しか積みこむことを許されていない。許可されたところでセレンヘイズ達はやろうとも思わないそうだが。

 

 ストレイドの存在は霧の艦艇にとっては羽虫のようなものなのだろう、と千早群像は分析していた。撃墜は容易いが、高価値な目標が近くにあればそちらを優先するといった程度の脅威度だと。

 その評価はさすがにセレン・ヘイズすら眉を潜めたが、しかし所持する兵装のみでは霧の艦艇を撃破し得ないのは事実なのだからセレン・ヘイズも山猫の少年もその評価を甘んじて認めることにした。

 だがしかし、と千早群像は続ける。

 

『だからこそストレイドの存在は重要だ。

 この艦の索敵・偵察能力は低く、機材も充実しているとは言いがたい。かといって統合軍や人類の装備で情報収集を行う場合、我々がその情報を取得するには通信用プローブを出すことが必須になるが、そうするとこちらが発見される可能性が上がる。それではイ401の隠密性を活かせない。

 だが、ストレイドには量子通信装置が備えられている。それなら傍受の危険も無く、プローブも出さず、別行動をとる我々に情報を送れる。それが“偵察機”としてのストレイドが重要な理由だ』

 

 偵察能力が低い、というのは語弊があるかもしれない。なぜなら元々は霧の艦隊において、このイ401を含めたイ400型のシリーズは、攻撃能力を削り観測能力に重きを置いた特化型だからだ。

 つまりこの艦体全てが偵察用の機材であったわけで、そこから観測能力を削り攻撃性能を向上させた改装を施してあると言っても、その観測能力はそんじょそこらの霧の艦艇よりある、とイオナは豪語し、自負していた。

 しかし攻撃型の艦体にするために削った観測能力はそれなりに大きかったらしく、副長織部僧のいうところの『痒いところに手が届かない』状態が長く続いたそうだ。

 そこに私と山猫の少年――“ストレイド”が来た。

 手に持つ武器は“霧”にとって蚊の一刺しに近いがそんなことは重要ではなく、もっとも注目されたのは“霧”でさえ補足できないその身の軽さだ。

 なので、痒いところに手を伸ばしてもらうことにしたらしい。

 

 そんな流れで蒼き鋼の『偵察機』となったストレイド。その中にいる“(XUG-1)”には、とある特徴があった。

 “私”のストレイドにおける本来の役割、エネルギーを生成し供給する際の話だ。

 その際、私は発光する粒子を放出する。何かしらの物質が崩壊した際に放出されているのか、それとも放出する膨大なエネルギーの残滓として現れるのか。この粒子の詳しい部分は分かっていないらしい。ただ、その粒子は“元の世界”の主要エネルギー技術であった“コジマ粒子”と、性質をほぼ同一のものとしていることだけは判明していた。

 いつか話したと思うが、それはつまり現行のコジマ技術を少々流用するだけで莫大なエネルギーを獲得し得ることを意味する。

 しかも世界中の技術者の驚愕はそこに留まらない。

 なぜならコジマ粒子と性質を同じとしながら、その“粒子”は人体にとってまったくの無害なものだったからだ。

 コジマ粒子は人に害を与える。それが“あちら”の常識であったらしく、“我ら”の発見は相当に衝撃的なものだったらしい。

 人に害の無い、新しい夢のようなエネルギー源。それは、命住まう星としての寿命を迎え始めたこの星にしがみつく他ない人類の前に現れた、救世主に等しい存在に見えたはずだ。

 あるいは見方を変えれば人類への星からの最後通牒、とも取れなくもない。

 

 だがしかし、人間という種族の(サガ)なのか。そんな救世主であるらしい“私”は、真っ先に軍事運用を画策された。

 コジマ技術に対応できるのだから、と技術者どもは新しいおもちゃを得たとばかりに嬉々として“私”を鉄塊の中に詰め込み、そして実験を繰り返して私を争いの道具に仕立て上げた――のだそうだ。

 周知のとおり、私には“向こう”の記憶が無い。データ(記録)は残っているが、それも『稼働テスト』以前のものは削除されていた。

 この話はセレンヘイズが語ったことであるし、セレンヘイズ自身が断っていたが、彼女の主観が混ざっているそうだ。本当は嬉々としては実験をやっていなかったのかもしれないし、むしろ焦燥を抱いていた者もいたのかもしれない、と。

 

 軍事技術の発達は、全ての分野においてではないにせよ民間への恩恵が多々存在する。ストレイドのジェネレーターとして“私”が成功すれば、たとえば巨大なエネルギー生成施設であるアルテリアの発生させるコジマ粒子のエネルギーを私が発生させるものに置き換えられるかもしれない。ならば、星の寿命は延び、もしかしたら人の住める大地が復活するかもしれない、と考えていた技術者もいただろうことは否定できない、とセレンヘイズは結んだ。

 

 そんな私ではあるが、“向こう”にいた頃と比べ、ずいぶんと様変わりしてしまった。

 (ソフトウェア)面で言えば“私”という自我が発生したこと。それは前に語ったと思う。

 そして(ハードウェア)面――私を覆う鋼鉄の殻にも、大きく手が加えられている。

 外観こそ山猫の少年であった愛機ストレイドの面影を多く残しているが、中身は全くの別物だと言っても過言ではない。

 その中でも特徴的なものといったら、なんといっても母艦『イ401』に艦載されるために施された変形機構だろう。なにせ素の状態では、イ401のどこにも搭載できるスペースが存在しなかったのだから。

 この世界に来た当初、イ401の甲板にはストレイドがただ単に“載る”だけのスペースはあったので甲板上に駐機することになっていた。そして潜航する際はイ401から離れ、余裕があれば浮上して補給休憩、という形で運用されていた。

 しかし立場としては単なるイ401の付随物でしかないストレイドのために、イ401がその行動を制限されるのは本末転倒が過ぎる。そこでストレイドにナノマテリアルを用いて作られた変形機構を搭載し、それを用いて格納する方法を採用している。まさに万能粒子ナノマテリアルさまさまだ。

 機体本体以外で変わった部分と言えば、主力兵装としている『KRSW-X01』もこちらに来てかなり手を加えられている。

 元は“向こう”から持ってきた、高威力レーザーライフルだ。(XUG-1)やそれと同等のジェネレーターを装備した機体に持たせることを前提として開発されているため膨大な負荷と消費エネルギーを誇り、それに見合った威力は保証するものの、既存のコジマ技術を用いたジェネレーターを装備したネクストでは一撃放てるかどうかすら怪しい。そんな化け物をさらに高出力化し、チャージ機能を搭載した。その威力と負荷はもはや『ライフル』の区分を超えているが、扱えるのが現状でストレイド一機のみであり新しいカテゴリを設定してまで呼び分ける必要性も薄いので未だに『ライフル』とされていた。

 もはや『主砲』と呼んで差し支えないこの武装をストレイドが主兵装として運用できるのは、ひとえに私が消費されるエネルギーを充分以上に賄っているためだ。

 基本的にエネルギー消費型兵装であるKRSW-X01には、弾数という概念は無い。私からエネルギーを引き出し続ける限り、理論上は無限に撃つことが出来る。

 しかし理論上は無限に放つことが出来ても、ライフルを構成するマテリアルや部品は撃つたびに消耗していくものであり、それを数値化したものがKRSW-X01の耐用限界として設定されていた。

 KRSW-X01は出力によって威力を変更することが出来るため、その“弾数”は出力の度合いによって変わっていく。目安として、最大チャージで放てる弾数は五十発が限度。それ以上は銃身が修復不能なダメージを負ってしまう。しかし現在は長期間の出撃の影響で消耗した部品の交換が出来ず、最大出力で七発程度しか放てない。

 KRSW-X01を撃ち切った後に頼ることになるのは、左腕に備えた高出力レーザーブレード『Moon-Slayer』となるだろう。これは一部のネクストの専用装備だった『MoonLight』を基にしながら、さらに高威力化を目指したものだった。しかしその高威力のためにKRSW-X01と同じく高負荷、高消費エネルギーを強いることとなったため、ストレイドに装備させてみることになったらしい。

 また、私を装備するにあたって強化されたブースターやスラスターも装備しており、セレンヘイズがいつか言った通りストレイドはもはや『アーマードコア・ネクスト』の域にはいない。新世代のアーマードコアとして銘打たれた“ネクスト”の名すら霞む体を手に入れたストレイドにふさわしい名前は、今は無かった。なぜならストレイドが第一例であり、人々が名付ける前に世界の軸を跨いでしまったのだから。

 主兵装ばかりでなく、補助兵装に関してもこちらの世界に来てから変更が加えられている。

 目の見えない環境での目となる特別製対水中水上両用レーダー。対電子探索装備の為のチャフグレネード。赤外線捕捉へのカウンターメジャーと照明弾を兼ねるフレアグレネードーーこれらが新しく追加された兵装だ。

 そしてこちらに来た時に装備していたミサイル系統は装備していない。艦載機という立場から持ち込める弾薬の数が限られるので、あまたの取捨選択の末に不採用となったのだ。

 ここまでが、ストレイド本体に加えられた改良となる。

 ナノマテリアルこそ一部に用いられているものの、その他の装備は人類の技術で充分に対応可能だったらしい。

 

 そしてこの新生ストレイドの最大の特徴が、防御機能である『プライマル・フィールド』の存在である。

 簡単に説明すればアーマードコア・ネクストの最大の盾であるプライマルアーマーと霧の艦艇の盾であるクラインフィールドを掛け合わせたようなものだ。

 これは、実験的にXUG-1()の発生させる粒子を使ってプライマルアーマーを形成したところ、クラインフィールドと同様の効果を持った力場が発生したことに端を発する。

 それをそのまま防御機能に用いたことで、このサイズの兵器としては破格の防御力を得るに至った。

 ただ強力な盾を持っただけではない。ユニオンコアである私の存在による処理能力の強化によって、粒子の発生パターンを操作し、プライマル・フィールドの形状を変更することで、様々な特性を得られるようになったのだ。

 その一つが水中用のパターン、『スーパーキャビテーション』である。

 水中において超高速で粒子を振動させることで発生する気泡に身を包み、それによる摩擦力の低下によって水中を高速で移動できるようになるこれは、水中での移動手段として最適なのだ。

 他にも高速飛行を可能とする『コンバット・マニューバ』や巡航用の『クルーズカウル』といったパターンも備えているが、その中でも特徴的なのは『クラインシェル』と呼んでいるパターンだろう。

 クラインシェルとは名の通り、ジェネレーターから発生する粒子を集中し、極小規模ながら強力なクラインフィールドを形成することで、通常兵器としては破格の防御力を得る事が出来るパターンだ。しかしクラインフィールドを形成するとはいえ霧の艦艇にとってはごく小規模であるらしく、しかし紛いなりにもクラインフィールドであることは間違いないわけで、ストレイドが発現させているサイズと出力では理論上、大戦艦の主砲を一撃だけ耐えられる分の許容量を有している。

 またクラインシェルの副次効果として、完全な球形で形成されるこのフィールドパターンは前後左右上下といった立体的な空力特性に優れており、ストレイドに備えてある高出力スラスターによる急制動や急加速――通称『クイックブースト』を最大限に活かせるパターンなのだ。

 だから基本的に、戦闘時はクラインシェルを使用しているのだが、状況によっては別のパターンを使用することもある。

 そんなことが出来るようになったのは、山猫の少年とシンクロしたことによって得ることが出来た“発想力”に由来する。

 私にブレイクスルーを与えてくれたその少年は今、ストレイドの整備の為に広げていた工具を工具箱に仕舞い、棚へと戻して固定しているところだった。なにせ戦闘となれば固定していないものは全て艦内にぶちまけられてしまうのだから。

 

 ――ずん、と。

 空気を揺らすような振動が、艦内に走った。

 少年が顔を上げる。

 

「……ストレイド」

 

 了解。

 ブリッジへコール。同時にイオナへ当てても呼び出しをかける。

 少年の持つ端末へと回線をリンクさせ、少年が直接対応できるようにした。

 

「……ブリッジ、こちら、格納庫。なにか、あった?」

『ブリッジより格納庫へ。展開していたデコイの一つが撃沈された。お前もブリッジに来い』

 

 専属オペレーター、セレンヘイズの命令だ。

 少年は、分かった、と返して端末の通信を切る。

 私もブリッジを覗いた方がよさそうだ。ブリッジにあるカメラのうちの一台の回線を借りることにした。

 

 

『我々は現在、補給修理そして新たな依頼の為に横須賀へ向かっていた。しかし、その道中には早期警戒(ピケット)艦として重巡洋艦タカオが存在しており、その警戒網を突破するため索敵能力の低下が期待できる台風に紛れ、デコイを展開したうえで警戒圏内を突破する予定だった、と』

 

 セレンヘイズが、状況をできうる限り簡潔に解説する。

 

『しかし保険として事前に展開した七つのデコイの内、すでに四つが撃沈。その結果から考察するに、索敵能力はほとんど低減していないと考えられる。そういうことだな』

『そうだ。だから我々は、この警戒網をどうやって突破できるか考えなければならない』

 

 母艦イ401の艦長、千早群像が今回の議題を決定した。

 

『こちらが攻撃されていない現状を踏まえれば、台風の目に居座るタカオの北上と共に横須賀に接近し隙をついて入港するのが、一番消耗を避けられる選択肢ではあるな』

 

 一番手で選択肢を上げたのは、セレンヘイズだ。しかしその眼は、この案が採用されないことなど分かりきっている、とでも言いたげな諦めた目をしていた。

 

『すまないが、その案は却下だ』

『腹も減れば眠くもなるからなぁ、俺たちは』

『……台風の勢力がどのくらい持つのかも分からんしな』

 

 そうなれば、手を打つ機会をみすみす手放していることになるかもしれない。

 反対意見に自らの意見も加え、セレンヘイズは自分の発した意見を取り下げた。

 

『――では、その逆に、洋上を進むのはどうでしょう』

 

 織部僧の提案。その概要に橿原杏平は船酔いしそうだ、と渋い顔をする。

 

『しかし洋上は暴風雨です。雨の影響でレーダーの索敵距離は制限され、荒波がソナーの情報精度を著しく低下させます。タカオの海中に対する索敵能力が軽減していない現状、むしろ海上を航行した方が危険性が少ないと思われますが』

『そしてタカオが我々の識別に時間を取られている間に、海域を離脱するのか』

『基本的には』

 

 織部僧の言葉に、千早群像が一つだけ頷いた。

 そして火器管制や兵装全般のモニターをしている橿原杏平に顔を向ける。

 

『杏平、デコイの状況は?』

『通信状況は正常。あと二時間はいけるぜ』

『よし、基本は僧のプラン通りで行く』

 

 杏平からの返事を聞くや否や、手元の端末を操作しながら千早群像は宣言した。

 

『――いおり、一人で寂しくないか?』

 

 端末への操作は、機関室で一人作業している四月一日いおりへ向けて通信を開くためのものだったらしい。

 その四月一日いおりは、二頭身から三頭身程度にデフォルメされたようなイオナの姿をしている少女に髪を三つ編みにされながらも返事を返す。

 

『だいじょうぶ、イオナ弐号がいるし寂しくないよー』

『これから戦闘出力を出す可能性がある。備えておいてくれ』

『全力は三分間保証しまーす』

『了解した』

 

 四月一日いおりからの報告を聞き、千早群像は手を顎に当てた。考え込んだ時の癖なのだそうだ。

 そして山猫の少年とセレンヘイズに向き直る。

 

『洋上ではこちらも索敵能力が低下する。浮上後は偵察を頼めるか?』

『無論だ』

『出番、きた』

 

 先ほど織部僧が出した戦術の利点は、そのままこちらの欠点となって返ってくる。雨や波浪によってレーダーやソナーの精度が低下するのはこちらも同じなのだ。

 よって“偵察機”ストレイドを上げて情報収集をすることになった。

 

『主な任務はタカオの索敵及び識別範囲の正確な把握。我々は安全圏と思われる地点に浮上するので、そこからタカオが目標を選別して攻撃を仕掛けてくる範囲を探ってほしい』

『つまり囮になってこいと。やれるな?』

 

 セレンヘイズの言葉は山猫の少年に向けられていた。

 対する少年は無表情ながらも、一つ頷きを返す。作戦を了解したのだ。

 少年は駆け出してブリッジを出ていった。しばらくすれば格納庫に到着するだろう。

 こちらも準備に入らなければ。

 

 ――ジェネレーター、オートスタート。アイドリングを維持。イ401、リンク遮断要請。

『了解。ストレイドへの演算支援リンク遮断準備。切断』

 

 

 

 ――作戦概要を確認。これよりストレイドは母艦イ401の魚雷発射に合わせて発艦、洋上にて重巡洋艦タカオに対する対潜戦闘の妨害を行う。

 作戦内容の差異発生を確認。発生理由を検証。

 ストレイドがジェネレーターを始動させ待機状態に入った後、戦況が変化。

 浮上する際に重巡タカオの保有する火器群の中で最大火力兵器である超重力砲の至近弾を被弾し、緊急離脱。現在は海底に着底し、これより反撃に移る予定。

 なお超重力砲の被弾地点から計算した結果、重巡タカオは現在、大戦艦クラスの索敵能力を有しているという結論が出ている。これは一隻の重巡洋艦が持つ能力ではないとの見解から、もう一隻の艦艇と共同作戦を採っているという推論が生まれた。

 つまり重巡洋艦タカオからの予想外の攻撃を受け、どうにか追撃を振り切った後、現状ではもはや迂回は無理としてタカオと一戦交えることになった、ということか。

 作戦概要に関する差異は解消。システムをコンバットモードに移行する。

 

『ハッチを開放します』

 

 織部僧の声。それと同時にジャイロセンサーが、そして肉体(生体センサー)が艦体の動揺を察知した。イ401が動き出したらしい。

 格納庫が海水で満たされ、艦橋と共に持ち上げられていく。イ401の決して太くは無い艦体からストレイドが取り出され、射出用カタパルトに固定された。

 落とすように体に沿わせていた肩を持ち上げる。脚も肩幅にまで広げ、カタパルトに確実に固定されたことを確認する。

 

「ストレイド、スタンバイ」

『了解した』

 

 千早群像の声。

 

『ストレイドはこちらの魚雷攻撃開始と共に発艦、洋上にてタカオの注意を惹きつけること。出来るだけ目立ってくれ』

「“いつも通り”。了解」

 

 返事に迷いはない。やることはいつもと変わらないのだから。

 

『発艦タイミングを譲渡。幸運を(Good Luck)

「了解。You too(そちらこそ)

 

 織部僧からの言葉に返事を返す。これが我々(ストレイド)が発艦する際の恒例になっていた。

 カタパルトから打ち出され、泡が機体を包むのを視認しながら機体を浮上させていく。こちらの仕事は海面を割ってからが本番だ。

 

 

 ――タカオの戦術データリンクを基に構成されたレーダープロットに、光点が大小二つ現れた。

 厳密にはメンタルモデルであるタカオに視覚情報の出力装置は必要ないので、このレーダープロットはタカオの頭の中に広げられていると言っていい。

 その二つの光点のうち、反応の大きな一つはまっすぐにこちらへ向かってくる。超小型の反応が多数発生したことも確認した。おそらく敵――イ401からの雷撃だろう。厄介そうな反応もある。

 

「……タナトニウム反応、侵蝕魚雷か」

 

 そちらの迎撃に対処する一方、レーダープロットに最初に示されたもう一つの小さな反応は――浮上した。

 海面から飛沫をあげて勢いよく飛び出してきたその物体は、最近になってよく目にするようになった異物(イレギュラー)だった。

 “霧”からの離反者イ401と共に行動していることから、イ401とそれに乗艦する人間たちの仲間であると判断されているが、それ以上の情報がない。唐突に現れたイ401の艦載機は人の形をしているが、知り得る限りの人類史や兵器開発の歴史を遡ってみても、あんな形で空を自在に飛び回る機動力を持った兵器が登場した事実はない。

 放たれる攻撃は“霧”の装甲に届くものではなかったが、とにかく機動性が高い。対空火器をフルに稼働させても命中弾はそれほど期待できず、命中させてもやけに堅い装甲を持つのか致命打にすらならないため、基本は無視するのが常套手段とされるが、レーダーのジャミングや各種妨害行動も積極的に行ってくるため、非常に面倒くさい存在なのだった。

 

「……『ウザい』、というのはこういう状況で使うべきなのかしらね」

 

 雨を降らすように己の持つ対空兵装から光弾を放ちながら、タカオは物体に目をやって独り言ちる。

 

「さっさと落ちなさい、“ウザい”から……」

 

 “あの物体”が浮上してからノイズの走り始めたレーダープロットに眉をわずかに顰め、タカオはひらり、と手を振った。まるで羽虫でも掃うかのように。

 

 

 ……まさに壁だ。

 浮上してから定石通りにジャミングを始めたが、さすがに相手は重巡洋艦である。対空砲火の量が尋常ではない。

 砲座から放たれた光弾が束となり壁となって行く手を塞ぎ、対空ミサイルが猛犬のごとく牙を剥いて襲い掛かってくる。すべて躱すのは骨が折れるな。

 KRSWのチャージを始める。最大出力だ。残り数発しか撃てないとはいえ、出し惜しみして墜ちてしまえば元も子もない。

 チャージ完了。発射。

 光の奔流を操り、薙ぐように左から右へと照射する。

 対空ミサイルは爆ぜ、光弾は搔き消えるように姿を消した。目前にはタカオ右舷までの空白空域。

 オーバードブーストで突撃。主砲がこちらを向こうとするが、さすがにそんな巨大なものをとっさに旋回させようとしても時間がかかるらしい。完全にこちらへと砲口を指向する前に懐に潜り込んだ。

 左腕を振りかぶる。『Moon-Slayer』起動。左に薙ぐ。しかしクラインフィールドに阻まれ、そのエネルギーは次元の狭間へと吸い込まれていく。だが装甲の色が変わった。そこにフルチャージのKRSWの狙いを定め、光の奔流を放つ。残り五発。

 ふと、とっさに機体を引く。その数瞬後、KRSWとは比にならない太さの光が目前を掠めていった。タカオの艦橋を見上げる。

 

 ――少女がいた。

 長く青い髪を潮風と爆風に靡かせ、白い衣装を纏うその四肢は人形のように細い。整った顔立ちと完璧すぎるプロポーションも相まって、その姿は“人ならざる存在”とすら思えるほどに現実味が無かった。

 その顔に表情はない。

 

「……怒ってるのかな」

 

 呑気に思うが状況は予断を許さない。ストレイドの発進と同時に発射された魚雷群はすべて迎撃されてしまったのだから、あとはイ401が“あれ”を使うまでこちらにどれだけの注意を引き付けられるかが問題になる。

 

『ヒュー、可愛い顔してんな!』

『見とれてないで集中してください。あなたの腕にかかってるんですから』

 

 橿原杏平の呑気な感想に、織部僧が釘を刺す。

 そろそろか。離れよう。

 未だにこちらを睨む少女――メンタルモデル・タカオの視線から逃れるように、距離を離す。対空砲火の圧がさらに激しくなったように感じるが、これだけで済ませる腹積もりはもちろんないらしい。タカオが変形を始めた。

 

「……タカオ、VLS開放を確認」

 

 尋常な数ではない。艦体全体に設けられた発射口からイ401に向けて攻撃が放たれたとしたならば、おそらく迎撃は不可能だ。

 

『同一発射可能数、128』

『撃たせる前に終わらせる!』

 

 非情なる数字(スペック)を告げるイオナだが、千早群像は怯まない。ならばこちらも怯むわけにはいかない。

 威力を低減したKRSWの砲撃でメンタルモデルを狙いながら、さらに後退。

 タカオはこちらへの追撃も続行するようだが、どれだけ囮としてこちらに少しでも多くのリソースを割かせることができるだろうか――それだけを考えながら。

 

 

 ――タカオが気づいた時には、すでに手遅れだった。

 水平線が、僅かに窪んでいる。まるで見えない何かに押さえつけられているかのように。

 それが何の前触れであるかの意味を理解した時、タカオの思考領域に何かが芽生えた。しかし何が芽生えたかを確認する暇はない。一刻も早く対処しなければ。

 目にしたのは、獲物を食らわんと咢を広げた鮫のような姿になった、イ401。窪みの中央に、まるで世界の主であるかのように居座って鼻先をタカオへ向けていた。

 情報が飽和する。海面を湾曲させるだけの空間変異を引き起こすほどの出力を有する超重力砲は、大戦艦クラスからでなければ持てないはず。それを一介の巡行潜水艦風情が持っているというのか。

 

「――501、接触を切断しろ!」

 

 とっさに命令を送るが、もう遅い。

 艦体の動きが途端に重くなった。発射空間軸に捉えられたのだ。

 

「あれは、ヒュウガの……!」

 

 超重力砲に浮かぶパーソナルパターンをデータベースと照合し、該当する検索結果に驚愕した。

 そんな間にも空間変異によって生じた窪みはタカオに到達し、艦底に接続して共同作戦をとっていた『ロ501』の姿を露わにする。

 

 タカオが大戦艦クラスの索敵能力を持っていたカラクリは、ここにあった。

 攻撃力が低い代わりに索敵、特に水中に潜む存在への探査能力が飛び抜けている『ロ501』がイ401を探し、その情報を基にタカオが攻撃を行う。イ401が“霧”のネットワークへの接続権を持っている以上、水中艦と水上艦による連携を悟られないようロ501がタカオ艦底に隠れ、情報通りピケット艦タカオのみが存在しているように見せかける。

 単純といえば単純だが、機械然とした以前の“霧”のような思考回路からは生まれなかっただろう『作戦』を考案し、実行していたのだ。

 ――しかし見破られた。

 今はもはや、こちらが狩られる側になっている。

 早く逃れなければ――と機関の出力を上げた矢先、スラスターに攻撃を受けた。艦の姿勢が崩れる。

 なんだ、と目を向けた先には、黒い人型の影が、その手に握る銃でこちらを狙っていた。

 

「この、虫けら――!?」

 

 ぐらり、と立て直そうとしていた姿勢が再び崩れる。迎撃せん、と処理をその黒い人型に向ければ脱出のための機関の制御が出来なくなるのだ。もはやその“虫けら”構う余裕すらない。だというのに。

 ――黒い人型が、さらに撃ってくる。メンタルモデルに向けて。コアを保有するメンタルモデルに向けて攻撃が迫るとなれば、それを防がなければならない。それは必要とする処理をさらに増やし、ユニオンコアにかける負荷を増加させることになる。

 黒い人型の意図に、ようやく気付いた。

 

「こちらの処理を、妨害している……」

 

 それは全て、あの艦(イ401)の攻撃から逃さないために。

 ――咢を開いたイ401から迸る、破壊の奔流。

 それはタカオの艦底に張り付いていたロ501を貫き、その余波でタカオの艦底を半壊させる。

 ――何故。元に戻った海面に叩きつけられながら、タカオの回路に浮かぶのはこの疑問ばかりだ。

 なぜ、イ401が超重力砲を持っているのか。

 なぜ、ロ501との連携が見破られたのか。

 なぜ、攻撃はロ501に向かい、こちら(タカオ)に向かわなかったのか。

 なぜ、私は負けたのか。

 ダメージコントロールへの対処のために大きく削られていく処理能力では、これらに答えが出ない。

 

『――タカオ、聞こえるか?』

 

 通信が入る。発信源は目前のイ401。ミサイルの一発でも撃てばすぐに片が付きそうなものなのに、タカオにはもはや作戦行動をとるだけの余力がなかった。

 

『我々は次の攻撃で、貴艦を撃沈することができる。全機能を停止し、我が管制下に入られたし。繰り返す――』

 

 ――事実上の降伏勧告だ。

 ただの巡航潜水艦の指揮下に、状況によっては一艦隊の旗艦すら任される重巡洋艦が入れとは、屈辱以外の何物でもない。

 しかし、ユニオンコアは自らの持つメンタルの意思(攻撃指示)無視(キャンセル)し、イ401の要請を受け入れた。それと同時に、タカオのメンタルモデルの体が重い音を立てて甲板に崩れこむ。

 

 

「……ふぅ」

 

 ――と一息ついたのは、我々だけではないらしい。

 カメラを借りてイ401のブリッジを覗くと、クルーの面々が椅子に沈み込みコンソールに伏せているのが見えた。

 

『――ストレイド』

「――スタンバイ」

 

 千早群像の声。緊張の糸を一気に張り直す。

 

『タカオの様子はどうだ?』

「……要請受領後は変化なし。攻撃意思もない様子」

 

 私感ではあるものの、“彼女”に攻撃意思がないのは確実だろう。

 

『そうか。ではこれから、タカオの武装をロックして太平洋に退去させる』

「撃沈しないの?」

 

 これ以上ないチャンスだ。イ401にそれほど余力がないとはいえ、この状態ならKRSWのフルチャージでメンタルモデルくらいは撃ち抜ける。ユニオンコア状態にして“霧”の戦力を削る絶好のチャンスのはずなのだが。

 

『一つの実験、とでもいえば良いかな。とにかく試したいことがある。それに、これ以上の戦闘行動は難しいからな』

 

 何かしらの思惑があるらしい。ならば我々はその意向に従うだけだ。

 

「了解。作戦行動終了、帰投する」

『あー、えっと……こちらイ401、ストレイドの着艦を許可できません』

 

 織部僧の声。唐突な情報に混乱する。

 

『超重力砲射撃時の変形により、格納庫使用不可。よってストレイドを格納できない』

 

 イオナの分析及び宣告。今この時のストレイドに、帰る場所は無いということだ。

 

「……再使用可能までの所要時間は?」

『他所の修復を優先する。約一時間』

『……ストレイド』

「スタンバイ」

 

 今度はセレンヘイズの声。

 

『あとどのくらい動いていられるか、把握しているか?』

「戦闘行動はあと二十分ほど可能。飛んでいるだけなら三時間ほど」

 

 機体だけならもうしばらく飛べるが、さすがに中身(パイロット)の体力には限界があるのだ。

 

『ならば追加任務だ。格納庫が復元されるまでの間、タカオを監視し太平洋上への離脱を確認せよ』

「……艦長は?」

『その艦長からの要請だ』

 

 クライアント最高権力からの要請ならば仕方ない、と肩を竦める。

 超重力砲の余波のせいだろうか雲の晴れてきた空に、ストレイドが舞い上がった。

 

 

 ――なぜ、という疑問が止まらない。

 なぜ、イ401は完全な不意をついた超重力砲の一撃を回避することが出来たのか。

 なぜ、完璧に隠蔽していたロ501との連携を見破られたのか。

 なぜ、撃沈されたはずのヒュウガの超重力砲を、イ401が保有していたのか。

 そしてなぜ――この重巡タカオを沈めなかったのか。

 目前に人一人は入ることの出来そうな銃口を突きつけられながら、麗しい少女の姿をしたタカオのメンタルモデルは、その形の良い眉を顰めた。

 艦内の全権限は返還されたものの用途を大幅に制限され、武装はすべてロック、航法関係も進路を太平洋に取る以外のことは許可されていない。おまけに監視役として、先ほどの戦闘で“ウザい”くらいにまとわりついていた人型の兵器を差し向けてきた。ずいぶんと用心深いようだ。

 

「……しかしなぜ、超重力砲が回避されたのか……」

 

 再び始まった何度目かも分からない自問に答えたのは――

 

『こちらに回頭したあと、移動をしなかったから』

 

 ――目の前の銃口、もとい監視役としてやってきた人型兵器だった。

 

「ほう?」

『そしてアクティブソナーも使わずにいた。ならばデコイの撃沈は探知距離を誤認させるフェイクであり、すでにこちらは探知され、攻撃準備を整えられていた、と予測した』

「それが、お前たちが勝った要因というわけか?」

 

 すぅ、と口角を上げ、タカオは自らの数倍はありそうな人型兵器を見据えた。

 いささか自問自答も堂々巡りを始めており、いい加減に処理を逼迫し始めてきていたのだ。

 答えを知ることができるというのなら敵にだって聞いてやる。

 しかし。

 

『これは我々の予測の域。何をもって判断したかは艦長のみが知る』

「……ふぅん」

 

 目の前の銃口の主(イレギュラー)にも真相は分からないらしい。

 なぜ、とまた負荷のかかる長考に入ろうとした時、頭上から声が降ってきた。

 

『――あるいは“勘”というものであると考えられる』

「……カン?」

 

 聞き覚えは無いが、言語ライブラリを走査すると確かに該当する文言はある。

 

『直観、第六感、様々な呼び名がある。人間という生物はその感覚を有し、戦闘時にも活用する』

「ほう……人間というユニットを載せていれば、私にも“カン”というシステムが使用可能になるのか」

 

 目を細め、何かを算段するように手を顎に当てるタカオだが、目の前の人型は、人間のように首を振った。

 

『誰もが戦術レベルで有効な勘を持っているわけではない。そして重巡タカオ、一つ質問する』

「……なんだ」

 

 唐突な質問にタカオは身構える。人型から質問してくることは想定になかったからだ。

 しかし目の前の人型は、そんなことに気を留めた様子もなく、質問を発した。

 

『――貴艦は、人間の命令に従うことができるか?』

「人間に従うなど有り得ない」

 

 即答。

 その答えを嗤うように、クスリと誰かが笑った声が、タカオの耳に届く。

 声の主が目の前の人型であると気づいた時には、その人型は夕暮れの空へと飛び立とうとしていた。

 

「なぜ笑う!」

『その調子ではとても“勘”を手に入れることはできないから』

 

 左舷に流れるように移動した人型は、いままでずっと突き付けていた銃口を今にしてようやく下げた。

 

『タカオの太平洋離脱を確認。帰投する』

「――待て!」

 

 振り向き去ろうとした人型を、タカオが呼び止める。

 

「……お前は何者だ!」

 

 何を言おうかと逡巡し、これだけを問うた。霧においてずっと不明だった情報。それくらいは暴いてやる、という悪あがきだ。

 すると人型は向き直り、タカオを正面に捉える。

 

『――蒼き鋼所属、イ401艦載機。パーソナルネーム、ストレイド』

 

 端的にこれだけをいうと、人型――ストレイドはタカオから振り向き、爆音とともに背面のブースターを煌かせて飛び立っていった。

 後に残されたのは、霧の艦艇――タカオ。権限の詳細を見れば、確かにすべての機能がアンロックされていた。

 しかし艦体の修復もようやっと目途が立った状態である今、ストレイドすら追撃するのも厳しいものがある。

 

「……ストレイド、憶えたぞ」

 

 ご丁寧に電子妨害を行いながら撤退していく人型の戦闘兵器を、光学観測機による観測が出来なくなるまでタカオは捉え続けていた。




2022/1/19
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