あの夏の続きへ   作:テービット

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後編(7)~二○三八・東京~

 

「――浄水設備開発を騙った投資詐欺が急増したのは、十六年前の二○二二年。それ

以降は二○二七年をピークに減少傾向にあり、逮捕者が出たのは六年ぶりの――」

 

「へぇ……浄水設備詐欺とか、まだあるんだな」

 

「詐欺とかもリバイバルブームってあんの?俺が幼稚園児の頃ならともかく。何で、

今更引っ掛かるのかね」

 大通りで街頭大型ビジョンを見上げて、俺と甥は駄弁りながら青信号に変わるのを

待っていた。

 

 浄水設備詐欺。今となっては懐かしい、かつてこの東京では耳にタコが出来るほど

聞いた単語だ。

 昔、世界では、水不足の深刻化が声高に訴えられても、各国及び各地域でインフラ

改善と人口抑制を実施していくしか対策が無い、と言われていた。降雨や地下水の分

布に空間と時間で偏りがあるからだ。節水した分を他所に融通してやるというのも非

現実的な、ローカルな資源に過ぎない以上はどうにもならない。

 だが、十五年前から始まった異常な気象変動によって、この共通見解は覆った。

 東京程の極端な変貌を遂げた都市は今のところ無い。しかし、世界中で雨量や気温

の変化は加速度的に進行中だ。しかも、現状がいつまで続くかさえ検討もつかない。

東京同様に過剰な水に悩まされる国、水不足に喘ぐ国、多種多様な変化に対して、各

国は対応を迫られている。

 対する東京の現状は、小康状態とでも言ったところだろうか。

 十四年前までで禊を済ませたとでも言わんばかりに雨足は安定し、今では、局所的

ながら晴れ間を拝める時もある。

 東京以外の関東圏も、依然として雨量は増したままだが、課題への対策は思いの外

順調に進んでいる。農家への支援や土砂崩れの対策は大分広がり、ダムへの降水のお

陰で、関東圏からは水不足という概念は消え去った。

 無論、問題もある。消えることの無い水害だけでなく、水上バスの転覆を含む交通

事故や浄水設備の投資詐欺、終末論を語る新興宗教、老朽化した水道管の改修の遅滞、

その他にも辟易とする問題が浮上しては消えて行った。まだ鋭意対応中のものもある。

 だが、何だかんだこの愛着ある街で、今日も生きている。

 まあ、住めば都という奴か、慣れちまえば悪くはない。

 

 青信号に変わって、俺達はまた歩き出した。

 隣の甥を見やると、少し前までちょこちょこと覚束なかった足取りはしっかりして

いる。当人に言うと「少しって何年前の話だよ。時間間隔老け込むには早いでしょ」

などと、膨れ面で反論されるが。

 晴天を遠い観光地の大自然と同列の存在としか認識してないであろうこの子達は、

自分の故郷を一体どう思っているのだろうか。……子供達は大人に想いを話さない。

 

「叔父さん、俺ら結構歩いてね?駅から結構着た気が済んだけど。つーか本当に東京

かよここ。緑ばっかになって着てんじゃん」

 

「もう五分で着く筈だ。しっかし、何年経っても、この徒歩何分って表示はまるっき

り役に立たねぇな。……ま、若いんだからたまにはガッツリ歩け」

 

 コイツは、母親である俺の姉貴と一緒に杉並区に住んでいる。浸水エリアが比較的

少なく、商業や娯楽施設も相変わらず充実した人気の高い地区だ。母親に連れられて

歩く時も、普段はこの界隈に来る用事なんて無いだろう。

 西東京に住む俺の所に来るのも、姉夫婦が仕事の都合でコイツを預けてきた時くら

いだろう。俺と二人で外出した回数は今日を入れても三回が良いとこだし、俺でさえ

普段はここまで足を運ばない。

 

「大体、何で夕飯食べにこんな場所にまで来なきゃいけないんだよ。時間も中途半端

だし。ピザの宅配で良いじゃんか」

 

 甥は口を尖らせて、ぶちぶち文句を垂れながら水溜りを蹴り飛ばす。

 コイツが不機嫌な理由は想像がつく。俺の所に預けられた時にだけこっそり食える

宅配ピザを楽しみにしていたのだろう。

 ズボラだった姉貴は、コイツを産んでからは豹変して、健康に結構うるさくなった。

ネイルやらに拘る割には料理も自分で作って、愛息にジャンクフードなぞ与えない。

 それに、水没地区への迅速な対応のための宅配ドローンが本格運用され出して以降、

子供にとっての憧れの的になっている。甥は、自分が受け取りたいと主張はしないが、

いつもそわそわして待ちながら、受け取りの時だけは俺より素早く動く。

 

 この甥は普段、子供っぽさをあまり見せない。

 コイツは、親の意向で他県の私立中学の進学校を受験する予定だ。わざわざ遠くに

通学する羽目になる点についても、

『別に、俺がお金出す訳じゃないから。ガキがどうこう言ったところで何が変わるこ

とも無いでしょ。電車通学なのは今だって変わんねーし』

と、他人事のように吐き捨てる。

 

 コイツの偏差値なら、大概どの学校でも自力でやっていけるという自信もあるのだ

ろうが、何事も冷めた目で眺めていることが多い。

 俺としても、そんな甥が稀に見せる子供らしい様子は嫌いじゃないから、宅配ピザ

を頼むのも吝かではない。だが、今日はそうしてやれない、いや、してやらない理由

がある。

 

「まあそういうなって。知り合いから聞いた限りじゃイチオシの店だって話だから。

それに、何でも奢ってやるからさ」

 

「その知り合いって、店の経営者の友達とか?それならサクラみたいなモンじゃね?

まあ、レビューサイトもそんなんばっかだから、言い出すとキリ無いけど」

 

 やはり、可愛げの無いガキだ。

 見てくれはそこそこ良い割に、同級生と浮いた話の気配が無い。などと、心配なの

か自慢なのか分からない姉貴の愚痴を延々聞かされたこともあったが、この様子を見

る度、そりゃあ当然だろと思う。

 コイツの意見自体は的を射ているとも思うが、今回は、グルメ記事も担当してきた

編プロ社長のおっさんに、値段以上の価値があると薦められた店だ。斜に構えたおっ

さんの割には素直に褒めていたのが印象に残っていて、俺は結構期待している。

 ……まあ、調べたところ、記事はオカルト系のネタが多くてグルメ専門って訳じゃ

ない会社だったし、「元従業員の店」とも大分酔いが回っていた時に漏らしていたから、

下駄を履かせてる可能性は否定出来ないのだが。

 

 遊休地を利用した農地や、その跡地だろうか。歩いているうちに、住宅に隣接した

広い土地が目立つようになってきた。閑静な住宅街を少し歩いけば、スマホのマップ

が到着間近だと告げている。どうやら目の前の坂を下りればいよいよ目的地周辺だ。

 

「まー……もう着くし、良いや。ねぇ、一番高い奴頼んでも良い?」

 

「……やっぱ、メニュー見てから相談な」

 

 

**********

 

 

 俺達は目的の店に到着した。

 こじんまりとしているが、外観は清潔感がある。掲げられている英語の店名の看板

も、別に真新しい訳でも無いが、手入れをされているからかピカピカ光って見える。

開店して三年の店なんだから、そうでなくてはむしろ困るか。

 

「店の名前は、これ何て意味だろうな。"天気と貴方"?」

 

「えっ、いや……叔父さん。それ、マジで言ってる?」

 甥がドン引きしているのを隠さず俺に尋ねて着たので、

 

「……いや、冗談冗談。」

 俺は咄嗟に誤魔化した。

 最近の小学生は英語も勉強しているからか、俺よりも大分語彙力がある。Weather

って単語、天気以外に何か意味あったっけ?気にはなるが、今すぐ露骨に検索するの

は流石にダサい。後で調べよう。

 さて、気を取り直そう。甥に気付かれない程度に気を引き締めて、俺は扉のノブを

掴んだ。

 

 今回、わざわざ夕方の半端な時間にここに飯を食いに着たのは、ありていに言えば、

俺の副業もどき兼趣味の為だ。

 俺は覆面調査員のバイトを、暇を見つけては請け負っている。調査項目のうち一つ

でも確認し損ねれば報酬はフイになるし、個々の案件の報酬は大抵安い。だが、調査

がてらにタダ飯が食える上に、小遣い稼ぎが出来るのだから願ったり叶ったりだ。

どの道、俺の勤務先は一応副業禁止だから、報酬が高いと逆に面倒が増える。

 調査会社毎にルールは違うらしいが、俺が利用する所では、対象店の候補と、その

応募条件が提示される。今回の場合、二人連れで夕方か夜に利用という条件だった。

 この店は開店から三年を過ぎても人気の増している店らしく、件の社長から話を聞

いて以来、興味があった。渡りに船という奴だ。

 俺も休日を潰して子供の面倒を見ているのだ。飯を奢ってやる代わりに子供をダシ

に使っても罰は当たるまい。

 

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