あの夏の続きへ   作:テービット

3 / 18
前編(3)~陽菜の悩み~

 

「んでね、うちの彼氏、家事やろうとするのは良いんだけど、食器をいちいち拭こう

拭こうってうっさいのよ。置いといて乾燥で良いっしょ。あれマジウザい」

 

「布巾にも雑菌生えるからねー。毎回替えないなら、自然に乾かした方が雑菌は少な

くなるよ」

 

「陽菜っちそれマジ?帰ったら彼氏に言うわ。サンキュー、シショー」

 

「でもさ、律花。それ布巾毎回替えようとか言い出されるオチじゃん?つか、アンタ

の彼氏ってそんな潔癖症だったっけ?」

 

 お惣菜屋さんのバイトが終わってアパートに帰る途中で、私は、大学終わりの高校

時代の友達に出くわした。

 

『律花さんと明音ちゃんって、あの子達か。僕が帰れるのも数時間後だし、折角会え

たなら楽しんで着なよ』

 帆高にそう勧められて、彼女達と一緒に少しだけお茶して店を出たところだ。彼の

夕飯も用意しておきたいからこの辺が切り上げ時だけれど、まだまだ話は弾む。

 

 私は帆高と再会するまでスマホを持たなかった。彼が携帯料金を分担してくれると

言い出してまで強く勧められなければ、多分、今も持たず終いだったと思う。その上、

高校時代もバイトばかりの帰宅部だったから、正直私には友達は少ない。

 そんな私に対しても、特に親しくしてくれたのがこの二人だ。

 最初は、良く分からない動画サイトの人気投稿者の動画とかを私に見せてきて、

どうしてそんなことをするのか、意図が分からなかった。

 そんなやり取りを何度か繰り返すうちに、私が料理をするのを知って、私が興味を

持ちそうな料理関連の動画を見せて、共通の話題を作ろうとしてくれているのだと、

ようやく気が付いた。二人と仲良くなっていったのはそこからだ。

 

 私を気にかけてくれるようになった切掛けについて、以前二人に聞いてみたら、

 

『何つーか、私らってスマホ弄りながら何となく話すじゃん。でも、陽菜っちは私ら

の目見ながら話すっしょ。なのに、ズカズカ踏み込んで来る感じのウザさがなくて、

一緒に居ると落ち着くっていうか。それが不思議で、何か良いなって』

 

『でもって、ママよりもママっぽいのに何か放っとけないよね。ポケットに手入れて

歩いてるの見ると頼れるイケメン感あるのに、何となく危なっかしいしさ』

 

 そんな感じのことを言っていた。

 

 帆高が居ない間は特に、学校生活ではこの二人に救われていたと思う。

 彼と再会した後には、私達の関係を心配して様子を見に来たけれど、すぐに私達の

仲を冗談交じりにからかってくるようになった。

 最近は、大学生になった律花も彼氏と同棲を始めて、明音も交際が始まる気配だと

いうことで、その手の話題が増えている。私が婚約してるのも二人は知ってるから、

冗談めかして「シショー」なんて呼ばれることが増えている。

 

 大通りに差し掛かった所で丁度赤信号になり、私達は横断歩道の前で立ち止まる。

 

「あ、あれシショーの旦那の所の人じゃん?」

 

「よく見るね、あの人。爺さん手前のザ・五十代感満々だけどキモかないよね」

 

「何か、仕事出来るし愛妻家だってのもポイント高いらしいよ。そんなツィートこな

いだ見た」

 

 明音と律花が話しながら指差しているのは、私達の頭上にある街頭大型ビジョンだ。

この設備は絶滅していく一方と思われていたけれど、東京の半分近くが雨で沈む契機

になった四年前の記録的豪雨以降、最新の気象や交通の情報がなるべく大勢に届くよ

うにと、八王子や府中を中心に設置数が急激に増えた。災害警報以外では、CMやニュ

ース番組を流している。

 

「植物工場というのは基本的に土耕以外、つまり土を使わない養液栽培を指します。

簡単に言えば、ご家庭でネギ等を水に浸けて育てる、小規模自家菜園の拡大版を想像

して頂ければ結構です。それは土壌の質をはじめとする不安定要素が除かれるので、

高い安定性を発揮します。それ故に私達は企業の支援も多く頂き、その恩恵に預かっ

ております」

 

 今、液晶画面越しでニュースキャスターのインタビューに応じているのは、私も知

っている有名人、対東教授だ。二人が言う通り、この人は帆高の学部の教授で、彼は

この人の研究室に入ることを目標にしている。

 

「工場という表現の通り、これは従来の農業とは別物です。億単位になる初期投資費

用を賄える現役農家は少ないですし、求められる知識も全く違う。ですから、農家の

方々の生活を支えつつ野菜の供給量を維持する為に、従来の手法である土耕栽培を改

善する目的の支援も欠かせません。

昨今の情勢に早く対応出来ることを期待して頂き、私の研究に多くの支援を賜るの

は大変ありがたい。ですが、私以外の研究者が注力する土耕栽培関連の研究にもご助

力下さる方が更に増えていくことが、今現在の生活水準を維持する為には望ましいと

考えております」

 

 世界有数の大都市だった東京の変わりようと、その原因がまだ分からない現状を受

けて、明日は我が身と世界中が対策を試行錯誤してるとか、政府が研究費の予算を増

やしたとか、どの企業が農業や気象研究スポンサーとして名乗りを上げたとか、そう

いうニュースでここ数年は持ち切りになってる。

 そんな中でも、沢山の企業がスポンサーについたり、注目の的になってるのがこの

対東教授だ。テレビに出演してコメントする時にはピッチリしたスーツを着こなして、

ポケットチーフも忍ばせている。帆高の話では、大学でも普段からこんな格好らしい。

 マスコミ対策が過剰だとか色々と批判意見を見かけたこともあるけれど、穏やかな

口調で分かり易く話そうと努めるこの人に対して、私は好感を持っている。

 帆高の先生が優しそうな人で良かった。

 

 二人の関心は、街頭ビジョンから私へと移っていたようで、

「シショーもあそこの大学をまた受けるんでしょ?でもやっぱ、シショーが理系大学

志望って、ちょっと意外」

 耳を引っ張るような明音の声で私は番組から意識を引き戻された。

 

「私も。ぶっちゃけ、大学ってか保育士とか、専業主婦とかそんなイメージあったわ。

専業は今時キツいだろうけど」

 

「まー、農学部って女子多いっぽいし意外でもないかも知んないけど。シショーは何

研究したいーとかもうあるの?私、何となく色々出来そうってノリで経済学部選んじ

ゃったから良く分かんないんだよね」

 

「別に大した理由は無いかな。何となくだよ、何となく。」

 そう言って曖昧に笑いながら誤魔化すうちに、

 

「とか言ってー、彼氏と同じ時間を過ごしたいとかっしょ?マジウケる。

で?こないだ私が勧めたデートスポット、どうだった?彼氏と行ったんでしょ?」

 明音がまた話題を変えてくれた。

 内心ほっとしつつ、私達はまた歩き始めた。

 

 その後も、律花の彼氏との同棲生活についてとか、良い雰囲気の彼氏候補が自分に

黙って合コンに行ってたことへの明音の愚痴を聞きながらしばらく歩いて、二人とは

駅で別れた。

 

「……つーか、陽菜っちさ。彼氏に言いたい事あんなら、言っときな?」

 

「あの彼氏なら問題無いっしょ。……つーか、もう旦那か。ま、私らでも良いからさ、

何かあったら連絡ちょーだい」

 二人はそう言って、何度も手を振りながら人込みに溶け込んでいった。

 終始茶化した態度だった二人だけど、敢えて明るく振る舞ってくれていたらしい。

 

 私にも、夢はある。

 実現させるのはきっと難しくて、子供染みてるかとも思うけど、想像すると思わず

浮かれそうになる。そんな夢だ。

 でも、それは捨て去らなければならない。

 先端農業の研究者になりたいという帆高の目標と、私の夢が交わることは、決して

無いから。

 

 

**********

 

 

 今日は、帆高も夜の九時前に帰って来られた。お陰で、ゆっくりと一緒に食事をと

れている。バイト先の厚意で持ち帰り出来る惣菜以外に大したものは用意出来なかっ

たけれど、仕込みから手伝っているから、これも私の手料理と言えるだろうか。

 

 夕食の最中、私が

「大学はどう?良いこととか、何かあった?」

 なんて、いつも通りの質問をすると

 

「別に楽しいことでもないけど、そうだな。今日の実習で半年前に埋めた根菜を――」

 帆高も決まった調子で色々と教えてくれる。この二人のお約束になった会話が、夫

に仕事の調子を尋ねる妻って感じで嬉しい。

 彼はいつも、自分が大学で何をやっているか、私にも分かり易いように掻い摘んで

話してくれる。だから、彼の目指すのがどういう研究か、少しは分かっている。

 ――それを目指す理由を、彼は決して話さない。でも、研究の内容から想像はつく。

 

 

 食事を終えて、食器を運んで皿洗いを始めた。私達の間で特に合図やルールは無い

けど、帆高も家事を率先してやってくれる。お風呂掃除や洗濯もお互いの状況を見て、

やれる方が分担している。阿吽の呼吸って言うのかな。

 

「皿洗いでも、陽菜さんと一緒にやるのが楽しいよ。二人でやった作業の結果が目に

見えるのって良いじゃん」

 

「そー言われると、お世辞でも嬉し。でも、お世辞にご褒美は無しね」

 

「えーマジすか。……でもさ、本当にお世辞じゃなくて。こうやって陽菜さんと一緒

に料理とかしてる時間が、これが趣味ってくらいに好きなんだ」

 

「……そういうとこ、ほんと、ずるい」

 気恥ずかしくなった私は、皿洗いに専念することにした。

 

 四年前から、「居候先でもっと上手くやりたい」という帆高に家事のやり方を教えて

きたから、私達の家事の進め方はほぼ同じ。だからだろうか、私達の同棲生活は生活

習慣の違いからくる軋轢とは無縁だ。

 経験豊富そうな夏美さんは、田端で私達と住むまで、同居しても良いと思える他人

との出会いは無かったという。律花は彼氏との同棲では習慣の違いで四苦八苦してる

ようだし、明音はと言えば、

「好きでも同棲はキツいっしょ。彼氏とトイレの取り合いとか罰ゲームじゃん」

 なんていつも言ってる。その点、私はかなりの幸運だと思う。

 ……夏美さんについては、凪に夏美さんと二人での暮らしぶりを聞いても、いつも

「上手くやってる」としか言わないのが少し気になる。……まぁ、深く考えないで

おこう。

 さて、あとはシンクを拭くだけだ。

 私は仕上げの作業に取り掛かって、帆高に座っているように頼んだ。

 

 

 後始末も終えて振り向くと、帆高はあぐらをかいたまま船を漕いでいた。

 最近の帆高は、こうして座ったままうとうとしてしまうことが多い。

 

「帆高、風邪引いちゃうよ。歯も磨いてないでしょー。」

 私がそう言いながら彼の肩を揺すっても、彼は「うーん」等と唸るような返事を繰

り返す。よっぽど疲れているんだ。

 

「仕方ないなぁ。よっと」

 座る私の太腿にゆっくりと彼の頭を誘って、膝枕をしてあげる。これは最近の私達

の習慣になっている。

 眉をハの字にしていた帆高の顔が安らかになって、彼の身体から力が抜けていくと

共に奏で始める穏やかな寝息に耳を澄ます。

 私を癒し、満たしてくれる。私だけのオルゴールみたい。曲が終わってしまわない

ようにとネジを巻き続けるみたいに、彼の髪や頬をそっと撫でる。

 疲れて眠っている帆高には申し訳ないけれど、私はこの時間が愛おしい。

 

 こうして、自分の傍で寝ている人の頬や髪に触れていると、眠る直前に撫でられる

のを嫌がった、小さい頃の凪の照れた顔を思い出す。

 それと――お母さん。 目覚めないお母さんを苦しめている、治まらない微熱と汗

ばんだ肌。そして、二度と目を覚まさなくなった後の、冷たいゴムみたいなあの感触。

 でも、彼は――帆高は今、ここに確かに居る。

 私の身体をすり抜けて、失くしてしまった指輪とも、お母さんとも違う。

 膝に伝わる重みと体温が、彼が生きて、ちゃんとここに居ると私に伝えてくれる。

 

『……つーか、陽菜っちさ。彼氏に言いたい事言っときな?』

 

 帆高の寝息以外に聞こえなくなったからか、無視しようとしていた明音の言葉が、

頭の中で鐘の音みたいにどんどん大きくなって響いている。

 今でも、受験勉強や家事の手を止める度に考えてしまう。

 これで良いんだろうか。

 私の考えを伝えなくて良いのだろうか――いや、本当は分かって欲しい。

 でも、それは、私に許されることではない。

 

「……言えないよ」

 帆高がぐっすり寝ているから、安心して独り言を呟ける。

 彼が目を覚まさないように気を付けながら、そっと左頬に残る傷跡を指でなぞる。

間近で見ないと分からない薄っすらとした色合いでも、肌の上で盛り上がった部分の

触り心地の違いは、傷痕が間違いなく存在すると私に声高に訴える。

 

『三年前は年下の君に全部押し付けて、無理をさせてた。ずっと君に甘え続けてた。

頼りないのは分かってる。けど、今度こそ僕に支えさせて欲しいんだ』

再会してすぐに、彼は私にそう言った。

 あの時私は、溺れそうな程の喜びと切なさで何も言えなくて、つい君の頭を撫でて

誤魔化してしまった。

 今思えば、私は、ただ年上ぶりたかっただけじゃなくて、勇気が足りなかったから

ああいう行動に出てしまったのかとも思う。

 

 

**********

 

 

 四年前、彼に手を引かれ歌舞伎町を走り回った後の廃ビルで、私は彼に対して咄嗟

に嘘をついた。

 彼に対して拳銃を撃ったことへの嫌悪感はあった。でも、反省と怯えが顔に浮かぶ

彼のことがどうしても頭に引っ掛かったし、危険を承知で助けようとしてくれた人に、

水商売かさえ怪しい仕事に軽はずみで手を出す女だとか誤解されたくなくて、私の事

情を少し明かした。

 けれど、彼が「私の事情に土足で踏み込んだ」と受け取って、責任を感じて泣き出

したのは予想外だった。

 そんな優しくて繊細な彼にもっと近付きたくて、頼もしいのに危なっかしい彼と接

し易くなると思って、私は自分が年上だと嘘をついた。実際、私が年下だと明かして

いたら、あの一ヶ月ではああも踏み込んだ仲にはなれなかっただろう。

 

 その関係は今も続いて、彼は私を「陽菜さん」と呼ぶ。

 私がお姉さんぶって、彼もそれに甘えてくれる。それでいて、困っている時には、

彼は年上の男の人として私を守って手を引いて歩いてくれる。

 この関係はとても心地良いし、その口調と仕草から、彼が私を大切にしてくれてる

と感じられて嬉しい。

 それでも……彼の立ち振る舞いや視線には、いつも私に対する遠慮がある。

 冬場の水仕事で荒れ気味だったお互いの手に、ハンドクリームを塗り合った時に似

ている。溢れ出しそうな労りと愛情の裏に潜む、慎重に触れながら怪我を診るような、

どことなくおずおずとしたあの感じ。

 強い愛と思い遣りと一緒に、薄皮みたく塗り広げたクリームの程度の厚さだろうと、

私達の間を確実に阻む隔たりを感じてしまって、どうしようもなく寂しくなる。

 

 だけど、それも全部私の所為だ。

 

 去年の夏休みの終わりだっただろうか。歩き疲れてようやく腰を落ち着ける場所を

見つけた時に似た顔をして大学で見つけた目標を語る君を見て、私は彼にした仕打ち

の重さを改めて思い知った。

 私がついた嘘がつけた心の傷も、私を選んだ結果として東京に降り続ける雨が与え

ているだろう苦しみも、目に見える頬の傷跡よりずっとずっと大きく深く、彼に刻ま

れている。

 私が居なければ、保護観察にまでならずに済んだかも知れない。

 全部、私が彼に刻み込んだ傷だ。

 

 彼がくれた婚約ネックレスを、服の上からぎゅっと掴む。

 私は、とても臆病で我儘だ。

 彼は努力家で、どこまでも一人で走っていける人だ。私より相応しい女の子もどこ

かに居るかも知れない。なのに、私は彼を離したくない。婚約だけじゃなくて、この

まま結婚して、ずっと一緒に居たい。彼と家庭を築きたい。他の誰かなんて考えられ

ない。その癖、私が刻んだ傷の深さを彼に直接聞くのは怖くて、彼が何を悩んでいて

どれだけ辛かったのか、直接聞けないままだ。

 これが結婚ネックレスだったらもっと良かったのに――

 そう思ったことも正直ある。

 でも、そんなの出過ぎた願望だ。

 彼がくれた婚約指輪だって失くしたのは私なのに、こんな私が「早く結婚したい」

なんて、一体どんな顔をして言うのか。

 

 帆高は毎日疲れている。

 そこまでして努力しなきゃいけない、そんな風に彼が思い詰めているのも、きっと

私の所為だ。だから、口が裂けても「無理しなくて良い」とか、そんな無責任なこと

も言えない。

 

 こんな私でも、一秒でも長く、帆高の傍に居たい。

 帆高がどんな気持ちで毎日必死に頑張ってるのか。直接聞く勇気すら持てなくても、

せめて、彼の考えをちゃんと理解して、同じ目線に立って支えられるようになりたい。

だから、彼と同じ大学を受けて、勉強しようと思う。

 彼が研究者を目指すなら、その助けになりたい。

 

 私の夢を彼に伝えて、彼の夢を邪魔して足を引っ張るなんて真似できないし、して

良い筈が無い。それなのに、悩みと迷いが消えないどころか、春の受験直前にはどん

どん増殖して頭を埋め尽くしていた。

 それを何とか振り払おうとして、寝る時間を削って必死に勉強した挙句、風邪を引

いて受験に失敗した。受験勉強に付き合ってくれた彼の時間を無駄にして、余計に足

を引っ張る大失態だ。

 

 もう、我儘も失敗も許されない。

 

 

**********

 

 

 窓の外では、雨樋から水滴がポタポタと滴り落ち始めて、帆高の寝息と併せた即興

の演奏へと変わった。なかなか様になっていて、一人で思わず吹き出してしまう。

 このままこうして聞いていたいけれど、時間はどれだけ経ったのだろう。

 見上げると、時計は夜の十時を回っていた。

 私の膝で眠り続ける帆高にそっと顔を近づけて、彼の匂いを吸い込む。少し汗の匂

いがするけれど、この匂いも大好きだ。彼を強く感じられてとても安心する。

 とは言え、そろそろ私も帆高も明日に向けて動かないといけない。何より、このま

ま膝枕で床に寝ていても、彼の疲れはとれないだろう。

 

「ほら、帆高。風邪引いちゃうよ。お風呂に入りなさい」

 

 相変わらず「分かった、分かったよ。うーん」なんて、寝惚けた返事が帰って来る。

ふと、悪戯心が湧き上がってきた。私もまだまだ頑張る為に、今はもう少し、甘えさ

せて貰おう。

 

「ねぇ、お風呂、久しぶりに一緒に入ろっか」

 そっと帆高の耳元に顔を寄せて、囁きかける。

 予想通り、「うーん、そうするよ。そうそう」なんて曖昧な返事をしていたけれど、

少しのタイムラグの後、彼は目を丸く見開いて跳ね起きた。

 

「えぇえっ!いやその一人で……」

 

「あのね、お皿洗いのご褒美をお風呂であげるよっかなって」

 

 帆高は瞬きもせずに私をじっと見つめている。本当は私が構って欲しいだけって、

ばれただろうか。

 

「やっぱ、夜中に二人で入るの、面倒?」

 

「そんな訳!何時でも二人で――――よろしく、お願いします」

 

「ふふっ、素直でよろしい」

 立ち上がってから前屈みになって、耳を少し赤くして座ったままの帆高の手をとる。

 彼はまだ少し眠そうだけれど、動きはしゃきっとしてきた。

 お風呂に一緒に入ったことは何度もあるけれど、私が誘うと、彼はいつも驚いて

恥ずかしがる。律花から聞いた「いつも一緒に入ると新鮮味が無くなる。間を置くの

がベスト。」というアドバイスは正しいみたい。効果は抜群だ。

 五日間が久しぶりかどうか、細かいことは気にしないでおこう。

 

 先に着替えようとする帆高を引き止めて、脱衣所で一緒に着替え始める。

 二人で服を脱いでる間も、彼はちらちらこちらを見てしょっちゅう手が止まるから

脱ぐのが遅い。私の方が先に脱ぎ終えてしまった。

 少しだけ待っていたけれど、もう待ちきれなくなって、

「ほーら、手伝ったげる」

 頬を赤く染めている彼の脱衣を無理矢理手伝うことにした。

 

「えぇっ!?いや良いって!一人で――」

 帆高のリアクションが何だか女の子みたいで、思わず笑みが零れる。

 

 

 もっと多く、少しでも長く、彼が傍に居るこの幸せを噛みしめたい。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。