それが帝王との違いだ。
『あなたは残酷ね。請負人さん』
念話で話すのはキャスターさんだ。
今は霊体化してぼくと一緒にとある場所へ向かっているところだ。
『彼女の願いは確かに延命行為にしかならないでしょうけど。それをあんなに解体してしまうなんて』
ぼくはそれに対して戯言遣いに戯言で挑んだのが悪いと返した。
終わりのないものなんてないのだ。
だからこそ彼女の願いは叶ったとしても叶わない。
夢からはいつか覚めるものであり、それが昨日だっただけの話だ。
『あれではもう戦力にならないのでは?』
だとしたらそれでもいいだろう。
しかし、戦わないなりに彼女には生きていてもらう予定ではある。
それこそ彼女の本分だと立ち上がってもらう。
『何が目的かなんて無粋なことはもう聞かない。その行く末を見させてもらうわ』
どうぞ。特等席で見てください。
これ以上ない悲劇と喜劇の両方を味わってもらいましょう。
「さて」
「う、詐欺師」
「あからさまな反応どうも。伝言は受け取ったかな?最悪な災厄がやってきたぜ」
ぼくは笑わずに慎二君に近寄った。
「一体なんだよ」
「ちょっと悪だくみにね」
「それで何のようだ詐欺師」
「ああ。君がライダーのマスターだってわかったから。昨日の時点では桜ちゃんか君か分からなかったけど、安易に士郎君に接触なんてしたら駄目だろう?ぼくが彼に付き纏っているのは分かっていただろうに。それともぼくが聖杯戦争に関わっていないとでも思っていたかな?」
慎二君の目は厳しいままだ。
「だったらなんだ?魔術師でもない奴が聖杯戦争に何の用があるって言うんだ?」
「ご想像にお任せするよ。今日、君に会いに来たのはいくつか理由があるけど、そうだな。取り敢えず物騒な結界を張るのはやめてくれないか?ぼくも死にたくないからそんなものに巻き込まれたくないんだよ」
「・・・衛宮から聞いたのか?」
「凛ちゃんから聞いた。彼女はぼくの記憶を消そうと魔術を使ったらしいけど、どうにも効かなかったらしくてね。だからちょっとしたお節介をしているんだ」
「・・・お前をここで殺してもいいんだぞ」
脅すように言う慎二君だが、彼は分かっていないな。
そんなものは脅しの内に入らない。
脅すというなら相手の根っこを脅かす言葉を選ぶべきだ。
そんなことを許すぼくでもないけど。
「そんな怖いことを言わないでくれ。ぼくにはそんな脅威に対抗できる手段はない。まあ結界の件はこれくらいにしようか」
「お前にとってその程度でいいのか?」
「ぼくが命をどう思っていようが関係ないだろう。命は大切さ。その辺のゴミくらいに」
「・・・それで?ほかにも用があるんだろう。僕は忙しいんだ。早く言えよ」
「うん。その前に」
ぼくはキャスターさんにお願いをする。
その瞬間、ぼくと慎二君の辺りにあった魔術を全て消し去ってしまう。
流石、魔術師の英雄だ。
彼に付き添っていたライダーが姿を現す。
何というか、人前に出れない危ない格好をした両目を眼帯でふさいだ美女だった。
「ちょっと警戒の目を摘んで貰わせた。密談といこうじゃないか」
「お前もマスターだったのか・・・」
嫉妬と怒りを混ぜたような感情が渦巻いている。
「いや違うよ。彼女とは協力関係にあるだけ。ここで殺し合うこともしない」
「どうだかな。お前は詐欺師だ。後になって裏切る可能性だってある」
「勘違いしているね。慎二君。裏切るのはぼくじゃない。君だよ」
「はぁ?」
「君が裏切るんだよ。聖杯なんてものを捨ててぼくの下に」
そのときに彼が見たぼくの表情は、一体どのようなものだっただろうか。
まるで、この世のものとは思えないものを見てしまったかのような表情を浮かべる彼は、ぼくに何を見てしまったのだろう。
「お、まえ。なんなんだよ・・・」
掠れるような声で問うその質問は、既に過去でやったことだろう。
「君の家系は既に魔術師の血が絶えてしまっていたそうじゃないか。でも、何らかの拍子で君は魔術に興味を持っていた。既に魔術師の血が絶えていると知らず。だから嫉妬していたんだろう。ぼくに同じ欠陥を見てしまったから」
「欠陥だって?」
「ぼくは人類最弱。ありとあらゆる欠陥を持つ存在だ。初対面に君は勘違いをしていたんだ。似たような欠陥を持ちながら平然と生きているぼくを嫉妬した。嘲笑っているとでも思ったかい?まあ今より幼かった君は癇癪を起こしてしまったけどね。でも、ぼくより弱い存在なんていない。そんな奴が嘲笑うなんて滑稽だと思わなかったかな?」
「何だと」
「憎悪を存分に向けるといい。それで気が済むならそうしてくれ。そうして得た聖杯がまるで価値がなかったと知って絶望するといい」
さて、チェスボードをひっくり返してやった。
どう出る?
「信じられるものか。聖杯に価値がないだって?僕は間桐家の当主だぞ。聖杯は僕の手にあるべきなんだ」
「なるほどね。あんなゴミが欲しいのか。それならそれでもいいさ。それじゃあ最後だ」
これが本題。
ぼくが全霊をもって当たらなければならない仕事だ。
いっちょう戯言と行こう。
「君の妹、桜ちゃんについて知っていることを全て話してもらいたい」
「・・・・・・」
「君は彼女がぼくに助けを求め、ぼくが請け負ったことを知らないようだね」
彼はぼくを正気ではない人間を見るような目で見ていた。
「お前は・・・本気で言っているのか?事情を知っているのか?」
「何も。だからこうして聞きに来たんだ。キャスターさんの手を借りてまでね」
「だとしたら大馬鹿だ。魔術師の家の事情に首を突っ込もうなんて普通じゃない」
「おいおい。ぼくは魔術師よりも厄介な存在だぜ。いるだけで何もかもに影響を及ぼすぼくを化け物と呼んだのは君じゃないか」
「・・・本当は何処まで知っている?」
「?」
「お前はただの人間じゃない。警戒心もかなり強い。学校では請け負えば何でも解決する万能者なんて言われている。そんな奴が何の情報もなしに僕に桜の事情なんて聞こうとするわけがない。桜に助けを求めさせるわけがない」
これは、ぼくにしては迂闊だった。
慎二君を過小評価していたみたいだ。
彼を魔術師と似たように見てしまっていたようだ。
彼は魔術師でありながら一般人でもあった。
その認識を改めざるを得ない。
「なるほど。君は探求者であることは間違いないね。実を言うと間桐の家に、桜ちゃんが養子で入ったということを知っている。そして、その魔術に馴染ませるために苦痛を強いられている。間桐臓硯という化け物がそうさせている。これは言峰さんから聞いたよ」
「なら僕に聞くことなんてないじゃないか」
「ああ。無意味の延長だね。でもここで問題になるのは、君が桜ちゃんに抱いている感情が間違っているということだ。君は桜ちゃんが魔術師の家に生まれながら魔術の使えない人と憐れんでいると思っている」
「実際にそうだろう。あいつは僕の代わりに間桐家の当主になることになっていた」
「馬鹿じゃないか。魔術師なんてろくでもない家に養子にされた人間が、まともな末路を辿るわけがないだろう。君も分かっていたけど、それに目をそらして彼女の才能を羨んだだけ。彼女が喜んでそれを受け入れたように見えたのかい?そんな益にもならない感情は捨ててしまえ。魔術はつまるところ学問なんだよ。それを扱うか否かなんて、子供があれをやりたいこれをやりたいと駄々をこねている程度の問題だ。君は正しく学問を学び、そして探求していけばいい。探求者。目下、必要なものは聖杯なんて胡散臭いものではないだろう?君の身近にいる怪物が探求の邪魔をしている。そして今、目の前に同じか、それ以上の化け物がいる。行くも地獄、退くも地獄だ。君にとってマシな地獄を選ぶといい。さあ。どうする?このチャンスはもう訪れない。この詐欺師に騙されてみないか?」
そう言ってぼくは手を差し出した。
「ぼくは君を見ている。間桐慎二」
「本当に恐ろしい存在ね」
「さて、そう錯覚しているだけでは?僕は人類最弱。弱いがゆえに自分を大きく見せようとしているだけかもしれませんよ?」
「でもその錯覚で物事を動かしてしまう。敵にも味方にも平等に作用して、辺りを混沌にさせる。あなたはそれを利用してあの坊やを引き込んでしまったのではなくて?」
ぼくは慎二君を裏切らせることに成功した。
彼は葛藤の後、ぼくの手を取ることにしたのだ。
「あれだけのことを言っておいて、実際に動くのは私でしょう?」
「すみませんが、ぼくにそんな力はないので。とはいえ、請負人が請け負った仕事を放棄するのも信用問題に関わるでしょう。ぼく一人で出来なければできる人に任せればいい。それに請負人って何だと思いますか?」
僕は実体化したキャスターさんを前に聞いてみる。
「分からないわね。あなたの行動を見るに、誰かのために動いているように見えるけど」
ぼくは頷いた。
「その通りですよ。誰かのため。それが請負人ですからね」
何ということもなく答える。
誰かのために何かしてみたい。
「大好きな誰かのためならいくらでも強くなれるし、何でもできる。それは絶対悪い事ではないでしょう?」
かつて赤い人類最強が言った言葉だ。
間違えるはずがない。
「ぼくという人間がこの世界に生まれ落ちて、周りに守りたいものがある。ならばぼくは誰かのためにそれを請け負い、完遂する」
「・・・無関心を装いながら、実のところ関心を持っていたわけね」
「そうでなければこんな面倒ごとに首を突っ込まないでしょう」
それもそうねとキャスターさんが返した。
「では請負人さん。あなたのお手並みは拝見させて貰ったわ。それを対価として私もあなたの策に乗ってあげる」
「策というほどのものではありませんが、よろしく頼みます。その辺は凛ちゃんと打ち合わせてください」
ぼくはそう言ってその場を後にした。
結果はどうなるか、賭けだな。
事の顛末はこうなった。
慎二君は妹の桜ちゃんを連れて士郎君の家に行った。
そして待ち受けていたキャスターさんと凛ちゃんが桜ちゃんの全身を眠らせると同時に解呪の魔術を行使。
キャスターさんが桜ちゃんの体に魔術をかけて診察をすると、心臓に異物が混入していることが分かった。
ぼくは救急車を呼んで桜ちゃんはもとより心臓に病を抱えていたため、それが原因で倒れてしまったと説明。
その時にみんなが冷めた目をしていたのを憶えている。
緊急搬送された桜ちゃんは検査を受けた後にすぐ緊急手術。
心臓に蟲がついているという前代未聞の出来事であったが、キャスターさんの魔術で眠っていたということもあって無事摘出。
蟲は密かに持ち出され、何者かに踏みつぶされ死ぬことになったが、事件は迷宮入りという訳だ。
間桐家では大量の蟲の死体が出たと聞いたが、それも些細な事だ。
「一応、感謝しておく」
凛ちゃんはぼくにそう言った。
「桜がそんな状況になっているとは思わなかった。血を分けた姉妹だったのに彼女を救うどころか現状を知ることすらしなかった」
「知ったところで何もできなかっただろ。遠坂」
慎二君は気分がよさそうに言った。
「化け物が桜の心臓を人質にしていたんだ。それにしても即日解決とは思わなかった。僕としてはそっちに驚きなんだけど」
「即日もなにも、ぼくはこれでも準備をしてから君に接触したんだ。賭けに近い部分があったけど、分の悪い賭けではなかった。言峰さんに聞けばおおよそ教えてくれたよ。間桐の魔術。そして間桐臓硯について」
「もうそれも今となっては関係ないことだ。というか詐欺師。お前、キャスターの他にこんなにサーヴァントを集めていたんじゃないか。何が対抗できる手段がないだ。その気になれば多勢に無勢。遠坂に聞いたぞ。あの場所をアーチャーに見張らせていたそうじゃないか。もしも何かあればその場で僕は死んでいた可能性があった」
今、士郎君の家には所狭しと登場人物が並んでいる。
最初の犠牲者、イリヤちゃん。
赤い魔術師の凛ちゃんと赤いサーヴァントのアーチャーさん。
今回の功労者、キャスターさん。
未だに迷いを見せるセイバーちゃん。
そして偽りのマスター慎二君とそのサーヴァント、ライダーさん。
慎二君は本当のマスターではなく、桜ちゃんの召喚したライダーをどういう原理か分からないけど主従権利を奪って参加していた。
無意識のうちに妹を守りたいという心の表れだろうか。
魔術なんてろくでもないと言いながらも、魔術に関わろうとする彼はあまりに矛盾していた。
そんな彼は嫌いではないけどね。
「まあその可能性もあった。その時はライダーさんを狙うようにお願いしていたけどね。僕はキャスターさんと一緒に全力で逃げるだけ。それに君も言っているではないか。ぼくは詐欺師だって」
そういうと慎二君は呆れたように頭を掻いてみせた。
凛ちゃんも同様に呆れを表情に浮かべている。
「いー先輩を相手にしたのが悪かったんだよ。慎二。この中で一番付き合いが長いのは俺なんだぞ。その間どれだけ騙されたことか」
奥からお茶を汲んできた士郎君が苦笑いを浮かべながらやってくる。
「それでも、いーさんは助けてくれた。遠坂家として、魔術師の代表として感謝するわ」
「私からも感謝を。桜を助けてくれてありがとうございます」
「・・・・・・」
凛ちゃんは優雅に、ライダーさんは素直に感謝を述べた。
その中でアーチャーさんは複雑そうな表情をしていた。
「助けたのはぼくではありませんけどね。勝手に助かっただけですよ」
「いー兄の戯言だね。いー兄がいなければみんな殺し合っていたはず」
「どうかな?ここにいるのは確かに人でなしの魔術師かもしれないけど、ぼく以上に心があるよ。そんな人間たちが殺し合いを進んでやるなんておかしなことだろう」
「戯言遣い君。君は自分のやっていることの異常さが分かっていないのではないか?」
アーチャーさんはそう言った。
「聖杯戦争は戦うことを前提とした儀式だ。であれば皆、殺し合いも必定。こんなことになるのは君という人間がいてこそだよ。私であれば間桐桜を助けるなどできなかった」
「へえ。それは過去の経験からくるものですか?」
アーチャーさんは押し黙ってしまう。
「・・・・・・まあ。そうだな」
「そうですか。今は深く聞かないでおきましょう。残るサーヴァントはランサーのみ。ここでキャスターさんが面白い宝具を持っていることが分かったんだけど、興味あるかい?」
皆が凄まじく嫌そうな顔をする。
ぼくが一体何をしたと言うのだ。
「いー兄がまた何か企んでる」
「失礼な。ぼくは平和的解決策を提示するだけだよ」
「詐術に戯言。真実に嘘と無意味を混ぜて話す君を、額面通りに信じるわけがないだろう。戯言遣い君」
「話し合いで解決しよう。なんて裏側にこれだけの戦力を控えさせているのだからある意味脅迫よね」
散々な言われようだ。
「実のところランサーのマスターに心当たりがなくてね。聞いたところ、君たち全員に会っているとか」
不思議な行動だった。
全てのサーヴァントに出会いながら脱落者ゼロ。
しかもその内セイバーちゃんの戦いでは宝具を見せてしまうという失態もある。
それを加味して、あまりにもおかしな行動だ。
威力偵察にしては少々リスクがありすぎる。
「ランサーについては真名が割れている。クーフーリン。ケルト神話の英雄だ」
「誰?」
「・・・仮にも聖杯戦争に関わる人間だろう。詐欺師の癖にそこらへんは適当だな」
「名前なんて記号だろう。だけどその記号が持っている意味はぼくだってよく知っているさ。ぼくのような戯言遣いには特にね」
「その様子だといーさんにはおおよその作戦があるみたいだけど」
「作戦なんて大したものじゃない。ここにあらゆる場所を見渡す目が二つもある。そしてキャスターさんにはとっておきがある。使わない手はないだろう?」
そう言ったぼくに、やはり皆が嫌そうな顔をしたのだった。
彼がいるから事件が起こるのではなく、彼の周りで事件が起きる。
違い?
戯言ですね。