ザレゴトマジシャン   作:hetimasp

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裏向き。

本当はどちらが表なのやら。


13エピローグ 蛇足 

聖杯をセイバーちゃんが壊してから数か月たった。

サーヴァントたちが消える前は凛ちゃんも大忙しだったらしい。

ランサーとアサシンの決闘に立ち会ったり、桜ちゃんのお見舞いに行ったり、戻ったら対戦相手が変わっていた等ということもあったらしい。

卒業したぼくは請負人稼業を本格的に再開した。

セイバーちゃんたちが生きた証はマスターである彼らが持っている。

決して色あせない想いを持って生きていくことだろう。

第五次聖杯戦争の被害は言峰綺礼及び第四次聖杯戦争の死に残り、金色のアーチャー、そして桜ちゃんに憑りついていた間桐臓硯。

キャスターの行った魂喰いの被害者も死ぬことはなく、社会復帰した。

惜しむべきは言峰さんが地下で生き殺しにしていた被害者たちだろうか。

さて、それぞれの後日談でも語ろうか。

 

 

まずは慎二君と桜ちゃん。

この二人はもう魔術には手を出したくないと言うくらい嫌なものを見ているだろう。

そのせいで慎二君はもうこりごりだと言っていた。

桜ちゃんは変わらず、士郎くんの家に通っているみたいだが、そろそろいい機会ではないかと思っている。

葛木宗一郎という枯れた殺人鬼は今も学校で教師をやっている。

時折、ぼくの仕事にも手伝ってもらっているが、以前より生きていると言っても過言ではない。

キャスターさんとの出会いは良い出会いだったのだろう。

士郎君はイリヤちゃんと暮らすようになり、姉弟仲良くやっているようだ。

彼は今も正義の味方を目指しているようだが、アーチャーさんのように心をすり減らしてまで戦い続けることはない。

あったとしたらぼくが止める。

機会があれば請負人の仕事を手伝ってもらうのも良いだろう。

イリヤちゃんはようやく手に入れた普通の生活を楽しんでいる。

一番初めにぼくの犠牲者となった彼女だったが、今は感謝していると言ってくれた。

請負人の冥利に尽きる。

そして最近では『いー兄』ではなく、『いーちゃん』と呼ぶようになった。

それが一体何の表れなのかはぼくにも分からない。

そしてぼくと凛ちゃんだが、平穏に生活をしていた中で彼女の方から声がかかった。

聖杯戦争の顛末で用事があるらしかった。

 

 

「それで来てみたわけだけど」

「ほうほう?君が我が兄の言っていた戯言遣いか。なるほど、確かにこの目で見るまでは信じられなかったが異常な存在だ」

「レディ。言っては悪いが、異常な存在ではない。とても異常な存在だ。間違えないでおくといい」

フードを深く被った少女が控えめに座っており、純金の糸を思わせる細く真っ直ぐな髪の少女がじろじろと観察するようにぼくを見た。

二人の少女は分からないが、もう一人の青年の声をぼくは知っている。

ウェイバー・ベルベット。

第四次聖杯戦争を生き残り、今ではロード・エルメロイⅡ世を名乗っている。

その後ろで凛ちゃんが何やらこちらに視線を送ってきているのが分かった。

「ちょっといーさん。いつの間にロード・エルメロイとお近づきになんかなっていたのよ」

「レディ。後ろにⅡ世をつけてくれないか。私の肩にエルメロイの名前は重くてね」

「はい。分かりました。ロード・エルメロイⅡ世。あの、何故いーさんと?」

その疑問ももっともだろうが、彼女に、彼らに言っていなかったことがある。

「第五次聖杯戦争のあらましを聞いたが。ミス遠坂。君はおかしいと思わなかったのか」

「えっと。何がでしょうか?」

「戯言遣いが第五次聖杯戦争に参加していた理由。それにこいつが誤魔化していただろう話だ」

誰もが追及したが、その都度ぼやかしてきた理由。

それがウェイバーさんとぼくの間にはあった。

「・・・気になっていましたが、彼が言う衛宮君の護衛のようなものでは」

「こいつがその護衛対象を死なせるような隙を与えるかね。その時は別の目的があったから結果的にそうなってしまったんだ」

「いーさんには別の目的が?でもそんなことは一言も・・・」

「まさに詐欺師だな」

「嘘つきですので」

ウェイバーさんはため息をついて葉巻カッターで葉巻の端を切り、火をつける。

その表情には疲れと苦悩、少々の達成感が見える。

「おやおや親愛なる義兄さま。私の交友関係に口を出しているのに、このような方がご友人だとは、友達は選んだ方が良いのでは?」

この少女も人の不幸を楽しむたちらしい。

いい性格だ。

「ウェイバーさんとの関係に誤解が生じているようだ。ぼくはしがない戯言遣いであり、君の思っているような熱いつながりは微塵もないよ。そうだね。しいて言うなら腐れ縁とでも言ってみようか。いや、探偵とその助手になるはずだった関係といってもいいね。こんな欠陥製品を友人にしたいなんて、赤色の人類最強や橙色の人類最終くらいさ。それともお近づきに友達になってみるかい?君の人生はさぞかし愉快で痛快な物になることを約束しよう」

戯言を吐き出すぼくに、彼女は明らかにドン引きしていた。

「えぇ。なんて返したらいいんだい?」

「別に、こんなやり取りに意味はない。全ては皆」

「戯言だろう。それでも君は私の友人であることには変わらない。少なくとも、私はそう思っているがね」

「新鮮なやり取りをありがとうございます」

ウェイバーさんとぼくは軽口を交わし合う。

その様子を周りの人間は引き気味に見ている。

「自己紹介をしましょうか。ぼくは戯言遣いから欠陥製品。果てには人類最弱まで選り取り見取り。好きに呼んでくれるといい。ただし、本名は呼んではいけないよ?まともに生きている人間はいないからね」

「噂は聞いているよ。私はライネス・エルメロイ・アーチゾルテ。よろしく頼むよ。戯言遣い殿」

「拙はグレイと申します」

「憶えていたら憶えましょう」

「どうせ明日には忘れている名前だ。・・・よく私を忘れていなかったな」

「依頼人ですからね」

「へ?」

凛ちゃんは間抜けな声をあげた。

まあこれがぼくがぼかしていたことなわけだが。

「ぼくとウェイバーさんは依頼人と請負人の関係なんだよ。いや、もうちょっと深く掘り下げると、今回の聖杯戦争で彼の協力者になるはずだった人間がぼくだ」

「それについては悪かったと思っている。こちらでやるべきことが出来てね」

「いえ。少々役の配置に困りましたが、何とか無事に終わらせました。彼女には随分と苦労してもらいましたから」

「ちょっと待った!何がどういうこと!?」

「順を追って説明しようか」

 

 

ぼくとウェイバーさんが出遭った経緯と今回の繋がり。

「まず戯言遣いと出遭ってしまったのは第四次聖杯戦争の時だ。当時、呼び出されたキャスターは外道そのもので、少年少女を生きたまま家具にするようなイカレマスターと非道の限りを尽くしていた。そこで出遭ったのが戯言遣い」

「いーさんが第四次聖杯戦争から?それは切嗣さんや綺礼の奴から聞いたって言わなかったっけ?」

「その二人からも聞いたんだよ。それに、ぼくは十年くらい前から関わっているって言ったはずだよ。それにどこで切嗣さんと出会ったかも言っていなかっただろう?キャスターさんが言っていたじゃないか。ぼくは妙に詳しいと。それもそうだよ。ぼくは第四次聖杯戦争の渦中にいたんだから」

「また騙されていたってこと?」

「今回は勘違いしていただけだね」

「そうさせたのだろう。話を戻すが、私と当時のライダーがキャスターの工房へ殴り込みをかけたとき、生きたまま家具にされた子供、そして一人だけ無事な子供がいた」

「それって・・・」

「ぼくだ」

「キャスターに拉致されていたの?」

「そうだね。そして運悪くぼくだけ生きていた」

「その時に気が狂ったとか」

「言っただろう?ぼくは前世、君の言う並行世界から来た異常者だ。数えきれないほどの人間が死んだよ。そしてこちらでも同じく数えきれないほど死んだ」

「こいつは全くの正気だった。恐ろしい戦いに身を投じていたが、それ以上に恐ろしい人間がいるとは思わなかった。当時の私は日本語を習得していなくてね。その中、死の溢れる工房で平然とnice day. Don't you think so?(いい日だと思わないか?)と言いやがった」

「その後ひと悶着はあったけど、ぼくはウェイバーさんとライダーさんに救出された。そして親がいないぼくを保護して一般人の家に押し込んだ」

「当時の私は慢心したただの馬鹿だった。その一般人に暗示をかけていたが、完ぺきではなく途中で解けてしまった。だが戯言遣いは自分の存在を、得意の言葉で夫婦を騙していいように勘違いさせていた。はっきり言って魔術よりたちが悪かった」

「ここで一度聖杯戦争から離れてしまったけど、切嗣さんが、セイバーちゃんが聖杯を破壊した結果にぼくは遭遇した」

「冬木の大災害」

「うん。実はぼくと士郎君は一緒の被害者なんだ。その時に出遭ったのが切嗣さんだ。彼は士郎君を助けた後にぼくを見て明らかな警戒を抱いた。でも子供を殺そうとは出来なかった。聖杯の中身を見てしまったからだろう。どこにも希望もなく、彼は敗北者だった。それでも次に繋ごうと足掻いた結果、人類最弱の請負人の言葉を信じてしまった。これが表で動いていた依頼の話。でもそれだけではなかったんだ」

「私とライダーは戯言遣いに助言を受けていた。当時の私はそんなもの馬鹿らしいと取り合わなかったが、ライダーは大いに賛成していた。ミス遠坂には悪いが、実のところ私も第五次聖杯戦争に参加するつもりだった。戯言遣いと協力をしてね」

「あと、ライネスちゃんが関わったかどうか分からないけど、ウェイバーさんの参加についてちょっと揉めていただろう?」

話を振られたライネスちゃんは思い出すような仕草をしていた。

「確かに、もう枠が余っていないというのに何故か我が兄の名前が挙がった。・・・まさか」

「ぼくのせいだよ。魔術協会はいつからかぼくにも目をつけていてね。伝手があるんだ。聖杯は魔術を新天地へ段階を上げる儀式である。そう喧伝してもらった」

「勝手に私の名前を出してな。まあその時はまだ参加するつもりだったからよかったが、参加しないとなってから厄介だった。おかげでロード・トランベリオに色々聞かれた。まあそのおかげで時間稼ぎも出来たがな。戯言遣いの影響は世界の裏側まで届くらしい」

「あの前哨戦の裏にそんなことが隠されていたとは・・・。いやまあ、結果的に随分と助けられたんだが。何故か釈然としない」

「曖昧ですからね」

「レディ。言っただろう?彼は異常な人間ではなく、とても異常な人間だと。まあここで話すことでもないから話を戻そう。ここで問題だ。聖杯を取り合う七組がいる。全員聖杯が欲しい。さてどうする?」

「まさか・・・」

凛ちゃんは口をパクパクとさせてしまう。

やがて落ち着いてきたのか、言葉をゆっくりと吐き出すように紡いでいく。

「話し合いで・・・解決しよう・・・」

「その通り。ライダーは今回が駄目でも次にそうすればいいと言って笑っていた。ものは試しで相手を寝返らせようとする馬鹿だ。そこに戯言遣いが入れば確かに確実性があっただろうな。まさか本当にするとは思わなかったが」

「それでも人は死にましたけどね。ウェイバーさんにも結局動いてもらうことになった」

「本来は私が再びライダーを呼び出す手はずだったが、こちらの事情で参加できなくなった。律儀にも依頼の内容をこなしてくれたようだったが」

「まさか時計塔のロード・エルメロイⅡ世まで巻き込んだ話だったとは」

「ああ。だから凛ちゃんに記憶を消されたときは焦ったよ」

「・・・何ですって?」

「記憶を消したんだろう?ぼくもそれを知っているよ。まさか凛ちゃんに会って、魔術を知る一般人だと思われたときは焦ったね。どうやってか分からないけどいつの間にか聖杯戦争について切嗣さんたちの記憶が消し飛んだわけだ」

「いや。でもいーさんはそれでも憶えていたじゃない。私のことは例によって忘れていたけど」

「おいおい。昨日会った人間を忘れてしまうようなぼくだぜ?対策をしていないわけないだろう。簡単に言うと調査記録だ。それで辻褄を合わせた。切嗣さんとの依頼を憶えていたのもそれのおかげだよ。ファインプレーだった。ちなみに君の名前は記録では知っていたけど誰だったかまでは不明のままだった。凛ちゃんが名乗ったときに繋がったから、記憶を消したぼくに確認を取ったのは悪手だったね」

「じゃあ聖杯戦争が始まった時点では」

「その記録だよりだったね。凛ちゃんに見つかった時点ではウェイバーさんとも不用意に連絡を取れなかった。とはいえ、魔術師全般に言えることだけど、凛ちゃんは機械に疎いだろう?そこら辺を利用して連絡を取り合ったりした。ちなみに今のウェイバーさんを知っているのは口調や声から判断した。まあ、あちらから不参加の連絡が来たときはびっくりだったよ。だから急ごしらえで配役を代えさせてもらった。赤い魔術師を軸にして聖杯に価値がないと宣伝する。君は始まりの御三家とやらの末裔。そこにイリヤちゃんが入ったのも運が良かった。これで御三家の内二つが手に入ったのだから聖杯の価値を落とすための説得力は強固なものになった。キャスターさんは前回のような懸念もあったけど、魔術師として初めから入ってもらう予定だった。だからすぐに見つけられたのは僥倖以外に何もない。なし崩しにライダーも引き込み、ランサーの主従権利を奪い、間桐臓硯を殺し、最終的には言峰さんたちとも和解というのが理想だったけど、既に死んでいる人間にはご退場願った。これが今回の概要になるね」

 

 

ぼくの説明を受けて、ウェイバーさんは眉間を険しくさせる。

「・・・それだけではないだろう。戯言遣い」

「と言いますと?」

「間桐桜について、私からは何も依頼をしていない。それどころか知らなかった。聞くところによると君は言峰神父より聞いたと言ったが、本当ではないだろう。君は何も知らず、その場で予測を立て、出来る手段を全て試した。その結果が彼女の手術だ。もし、言峰神父に聞いていたら彼の警戒心を強めていただろうからな。実のところ、言峰神父から聞いていることなんてほとんどなかったのではないか?」

「・・・まあ賭けでしたね。でも少しは言峰さんに聞いていましたよ。後は切嗣さんの調査データをもとに推測をしただけ。彼女が実は凛ちゃんの妹であると知ったのは言峰さんから。それだけですかね」

「しかし、君はミス遠坂の妹を助けるために、彼女に助けを求めさせた。そしてキャスターを求めていたのは一番確実性があったから。助けるだけだったら聖杯戦争が始まる前でも出来たかもしれないが、不確定要素があったからそれを確実にするために、実の姉にも伝えなかった。君は一番警戒心が薄いから拉致されたんだって?そういう風に振舞っていたんだろう。新都でガス漏れを起こしていたのはあの時点でキャスターだ。魔術師にホワイダニットを与えて接触を図ったのだろう。情報を持つ一般人という甘い蜜を見せて」

「凛ちゃんの監視もついていたからちょっと用心しました。なんだかんだで凛ちゃんも甘いですからね。即行動に移されては大変でした。だから彼らとの接触も最小限にしていたんです。キャスターさんとの接触はもしかしたらでしかなかったわけですが」

そう言うとウェイバーさんにジロリと見られた。

「君はキャスターだと予測はしていただろう。魔術師であれほどの規模の魔術で魂喰いを連発するのはキャスターくらいだ。そう思っていた。だからそれを見越して間桐桜に助けを求めさせた。時系列がおかしいだろう。助ける目途が立ったから彼女にそう言わせた。そして予想通りのキャスターに出会い、彼女を得意の口先で味方にする。実はミス遠坂と新都へ調査に赴いて戯言遣いの存在をアピールした時点で、間桐の問題は解決したも同然だった」

ウェイバーさんは葉巻の先をぼくへと向ける。

「さらに言えば、君は第四次聖杯戦争のアーチャーが出てくることは予測していたはずだ。第四次の時は気が付かなかったが、あの時、私にアーチャーの事を詳しく聞いてきたな。大方、切嗣氏から得た情報をすり合わせようとしたところだった。そして消滅を確認できないサーヴァントが一つだけあったことに気が付いた。それが金色のアーチャー。警察資料で当時の状況をすり合わせ、ほぼ確信するまでには自信があったはず。危険を冒してまで戦力を集めたのは言峰に変な横やりを入れられる前に終わらせたかったから。そして奴らを殺した理由も、既に死んでいるから死ぬべきだと考えたから」

ぼくとウェイバーさんの間に沈黙の壁が作られる。

互いに笑っていない。

「推測ですよね」

「推測だな」

「ぼくにそんなことが出来ると?」

「出来ただろうが」

全く戯言なんだよな。

 

 

「それって、初めから桜が苦しんでいたって分かっていたの?」

「苦しんでいると推測していた。考えてみるといいよ。別の魔術の傍流から他の魔術の家に行くんだ。何かしらのトラブルがあってもおかしくはない。魔術師は人でなしだろう?事件があってもおかしくない。それに、過去の彼女と現在の彼女に差異があるだろう。これも調査記録だ。よくここまで調査していたよ。それは置いておいて、彼女は昔、笑わなかったんだ。そして士郎君たちと触れ合っていくにしたがって感情というものを見せるようになった。魔術師の家に入って、それがおかしなことだと思わない方がどうかしている。だけどその時に解決する術はなかった。凛ちゃんからは要注意人物として見られていたから頼れなかった」

「そして部外者の、とびっきり優秀な魔術師であればなんとかできると考えたのだろう。そういう意味では今回のキャスターはうってつけだった。結局は魔術に関係なく医術で解決したようだが。それにランサーのマスターにだって心当たりはあったはず。良くもまあ知らないなんて嘘を言ったものだ」

「どういうことですか?」

「第四次聖杯戦争ではランサーと同じような動きをさせていたマスターがいた。偵察目的でサーヴァントを動かしていた言峰綺礼。その行動を調べていれば、今回同じ行動をしているサーヴァントのマスターに心当たりの一つでもできるだろう。それに囲んで警戒させたところに宝具を打ち込んだと聞いたが、令呪で逃げられる可能性もあった。そうならないと思っていたのは背後に八体目のサーヴァントがいると推測していた。それが本命だからと考えたからだ。ミス遠坂に最後のサーヴァントの存在について気が付いていたと説明しただろう」

「さあ。ぼくを過大評価し過ぎでは?」

「戯言だな。死者は数人と言っていたが、今回の聖杯戦争に限って言えば実際はゼロに等しい。既に死んでいるはずの人間をそのままあるべき姿に戻しただけだからな。とはいえ、言峰綺礼の悪逆までは知らなかったらしいな」

「ええ。魔術には詳しくありませんでしたからね。まさかあんなことをして金色のアーチャーの魔力を維持していたとは思いもよらなかったです」

「そうして君はランサーの情報を頼りに彼らをあるべき姿に戻すことにしたわけだ」

「語弊がありますね。言峰さんに関しては罪を償ってもらうつもりでしたよ」

「嘘をつけ。ならばくそ忙しい私を通して魔術協会に粛清を要請しないだろう。警察を呼んで神秘の秘匿を破ってよく言う。遠からずして言峰綺礼は死ぬことになっていた」

「そうかもしれなかったですね。結果、すぐに死んでしまった」

「はぁ。まあ、それら全てを含んで君に頼んで良かったわけだ。あの征服馬鹿ならなんていったことやら。いや、大笑いして見ていたかもしれないな。届かぬからこそ挑む。まさか届かせてしまう人間がいるとは、あいつも思わなかっただろう」

 

 

話を聞いた凛ちゃんは明らかに疲れたような表情を浮かべていた。

「ミス遠坂。相手が悪かったんだ」

ウェイバーさんは同情するような目で凛ちゃんを見た。

「何もかもいーさんの手のひらの上だったわけね」

「そうでもないさ。人が何人も死んだ。人が死ぬのは事件なんだぜ。他にも士郎君がセイバーを召喚したり、アーチャーさんの正体が士郎君だったり、とにかくごちゃごちゃしていた」

「そういえば、アーチャーの正体が衛宮君だっていつ分かったの?」

「初めからだよ。あたかも知らないふりをしていただけだ。ぼくは切嗣さんから士郎君を頼まれていた。なのにその対象の事が分からないなんておかしな話じゃないか。その前にセイバーちゃんの意志を曲げさせなければならなかったから保留していたけど」

「ちなみにほかで分からなかったのは?」

「キャスターのマスターが分からなかった。その辺はウェイバーさんが手をまわしているはずだったけど、サーヴァントに殺されていたからね。キャスターさんを探すのに苦労した」

これらの話を聞いて、ライネスちゃんがにやりと笑った。

「ははあ。君は類稀なる策略家だね。いっそ魔術協会に来るかい?権謀術数渦巻くあの場所なら君も活躍できるだろう」

「ライネスちゃんが求めるようなことはできないだろうと思うけどね。それでもいいなら人類最弱の請負人、あらゆるものを無為にさせてその依頼を引き受けよう」

「ハハハ。確かに愉快で痛快な人生になりそうだ。それで?」

「はい?」

「十年以上計画して達成した依頼はどういう内容だったんだい?これは我が兄も教えてくれなくてね」

ウェイバーさんが依頼し、ぼくが請け負った仕事。

「穢れた聖杯の破壊です。聖杯戦争について調べていた結果を報告したときに、ウェイバーさんがぼくに依頼した願いでした」

「ああ。私の友をあんなゴミみたいなもので穢したくはない。あいつは堂々と馬鹿みたいに笑っている方がそれらしいからな。友を貶められるのだけは何としても避けたかった。最果ての海があんなものなんて、私は認めないね」

「こういう意味では、一番願いを叶えられたのはウェイバーさんだったでしょうね」

「ああ。感謝している」

「なるようになっただけですよ。ぼく一人では何もできなかった」

話して見れば呆気ないものだ。

「以上かな。それでウェイバーさんがここへ来たのは?」

「依頼の達成を見に来た。小聖杯は破壊されたようだが、まだ大聖杯が残っている。これも破壊してしまおう。すぐにという訳にはいかないだろうが」

「いいでしょう。この人類最弱の請負人、依頼を最後まで完遂させましょう。まだ聖杯に利用価値を見ている連中がいるのでしょう。一切合切を無為にさせてあげますよ」

「全く、私の友人には碌な人間がいない」

「今さらでしょう。魔術師なんてろくでなし、ぼく以外に匹敵する存在はいないでしょう」

「それも正に」

「戯言ですね」

ぼくもウェイバーさんも笑わなかった。

 

 

「あの・・・拙からもひとつ良いでしょうか?」

グレイちゃんが控えめに質問を求めてくる。

「大体の予想がつくが、言ってみたまえ」

「その、戯言遣いさん?彼は一体何者なのですか?魔術師という訳でもないのに、師匠はこの世で一番厄介と言っていましたし」

そんなことを言われていたのか。

「魔術師にはフーダニットもハウダニットも意味を為さない、あるのはホワイダニットだと言った。この戯言遣いはそれすらも曖昧にしてしまう存在だ。いるだけで成立させてしまうし、逆にいるだけで成立しなくなる。彼が居るだけで誰もがやってしまうだろう。彼が居るだけでどのようにでもなってしまう。彼が居るだけでどのような理由でも事件が起きる。なるようにならない最悪とはよく言ったもので、前世とやらではさらに酷かったと聞く」

「いーさんが今回関わったのはただ請け負ったから。たったそれだけであらゆる願望を奪い去られた。ある意味では悲劇なんだけど、その結果は喜劇で終わる。舌先三寸、口八丁の詐欺師。因果を捻じ曲げる正体不明の謎がいーさん」

「ウェイバーさんも凛ちゃんも、過大評価だよ。ぼくはただその場しのぎの戯言で煙に巻いただけ。でもそうだね。ぼくが一体何者かと言われれば、今はこう答えよう。人類最弱の請負人だと」

グレイちゃんはやはり良く分かっていないようだったが、ライネスちゃんはある程度得心したようだった。

「つまり君はいわゆるトラブルメイカーという訳だ。とびっきりの。今回の下絵を描いたのは我が兄だが、画家がいないのに絵が完成するなんてことをしたようなものだ」

「否定できませんね」

「そのくせ誰も君にたどり着くことが出来ない。あらゆる手段を用いて逃げて、惑わし、その姿形をはっきりさせない。いやはや、魔術師以上に厄介とはよく言ったものだ。先日やってきた冠位会議に君がいれば何もかも解決しただろうね」

「それが何だかわかりませんが、あまり関わりたくないですね」

「本気の話で、君がいればよかったと思ったものだ。戯言遣い。まあおかげで自慢話の一つも出来たわけだが」

「なら良かった。戯言で片付けられたらたまったものではなかったでしょう」

「全くだ」

 

 

「これにて解明編はおしまいということになるけど、どうだい?」

問われた凛ちゃんはぼくに向けて不機嫌そうな顔を向ける。

「戯言だわ」

「まさにね」

凛ちゃんは淑女らしからぬ振る舞いを見せて、やがて落ち着いたのか肩をがっくりと落とした。

ライネスちゃんはその様子を面白おかしく見ていたようだ。

「つまり、今回、いーさんは依頼者不在の中でかき回すだけかき回して、結果、聖杯の破壊に成功した」

「それに尽きる」

かくして聖杯戦争は無事に終わり、この世に平穏がもたらされたとさ。

と終わりたいが、まだ残りがあるからそれも後の話になりそうだ。

真っ赤ではないけど、やはり適当に曖昧で機械的な有耶無耶。

なるようにならない結果、なるようになってしまった不思議なお話はこれにてお終い。

これも結局、戯言だけどね。

 




私が観測できるのはここまで。

感想など、ありがとうございました。

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