聖杯戦争。
七人の魔術師と七体のサーヴァントが主役の殺し合い。
第四次聖杯戦争ではとあるサーヴァントとそのマスターが聖杯の器を破壊。
結果、大惨事を起こして終戦。
あらゆる願いを叶える願望機と呼ばれる聖杯。
それを求め争う七人と七体。
しかし、あらゆる願いを叶えるというその聖杯は、本当に万能なのだろうか。
少なくとも、この世界においてもイレギュラーであるぼくを入れてしまえば、それは本当に万能ではなくなるだろう。
不思議を探求する求道者たちはそれに気が付いているだろうか。
神秘はそれほどの価値があるのだろうか。
ぼくは欠陥製品であるがゆえに、この聖杯戦争に欠陥があると気が付いてしまった。
やれやれ。戯言だな。
ぼくは凛ちゃんと別れた後、白い妖精に出会った。
勿論、妖精等いない。とは言い切れないけど不思議な雰囲気を持つ少女だ。
白いというイメージの他には赤い瞳がとても印象的だ。
「こんにちは。お兄さん」
「ああ。こんにちは。迷子かな」
失礼だと思った。
でも言ってしまったものは仕方がない。
それに、この雰囲気は恐らくぼくに用があるのだろう。
この世界のぼくに用があるとしたら一つだけだ。
「ぼくは聖杯戦争のマスターではないよ」
「…………」
黙ってしまった。
じろりとこちらを見ているが、その感情まで分からない。
もしや違った用件で、本当に迷子だったか?
だとしたらぼくはただの痛い奴じゃないか。
「魔術師ではないみたいね」
どうやら間違いではなかったらしい。
「私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
「ぼくは……まあ好きに呼んでもらっていいよ。本名を知っているならそれは決して声に出さない方がいい」
「あなたのことは知らないわ。でもなんで本名を言ってはならないの?」
「ぼくの本名を口にした人間はおおよそ死んでいるからね。もしもそっちに気があるなら教えてもいいけど、君を死なせてしまうのは心が痛む。まあ戯言だけどね」
「変な人」
「ぼくを正常と思う人がいれば、その人は異常だ。だから君は正常だね」
「ふうん?お兄さんはリンとはどういう関係?」
凛ちゃんとの関係か。
考えたこともなかったけど、彼女はぼくを嫌っていると思う。
彼女もまた普通とは違う場所に位置するためか、ぼくを避けてはいる。
「凛ちゃんはぼくの後輩だよ。穂群原学園の3年なんだ。聖杯戦争についてはまあ成り行きで知って、偶然で生きているって感じかな。それで君は」
「イリヤ」
「えっと?」
「イリヤって呼んで」
「分かった。イリヤちゃんはぼくに何か用かな?言っておくけど僕は弱いことにかけて右に出るものはいないから」
「仏頂面でそんなに堂々と言うものではないでしょう」
「事実を言っただけだよ。まあそうだな。人類最弱の請負人と思ってもらって構わないよ」
それもまたぼくの呼び名でもある。
「リンと話しているみたいだったから。それも聖杯戦争について。だからリンの協力者だと思って」
「協力者……言峰さんもそうだけど、ぼくを持ち上げようとするのは一体何なのだろう。ぼくが出来るのはせいぜい辺りをかき乱すくらいの事だけ。主人公なんてものに縁はない。この聖杯戦争においては、ぼくは語り部のようなものだ」
「随分嘘くさいけど」
「嘘つきだからね」
これはさっきも言った気がする。
しかし、イリヤ。
イリヤスフィール。
どこかで聞いた覚えがある名前だ。
何処だったか。
「それで嘘つきさんはこれからどうするの?」
「どうしようね。言峰さんと凛ちゃんにはあまり外に出ないでくれって言われたけど」
はてどうしようか。
首を突っ込むことに決めたが、具体的に何をしようとは考えていなかった。
聖杯戦争は事件だ。
そして請負人たるぼくは勝手に切嗣さんから請け負った、いや奪い取った仕事か。
この世界に生まれ落ちてから突きつけられていた事件でもあったが。
まあ、この数年は何が起きるか分からなかったから積極的に関わらなかっただけ、つまりサボっていたともいう。
「聖杯戦争に巻き込まれた一般人というには早すぎて、その主役というには遅すぎる。イリヤちゃんはぼくがどの役になったらいいと思う?」
「語り部じゃなかったの?」
「あくまで可能性の一つだよ。一番しっくりくるけどね。でもちょっとだけ聖杯戦争には関わっているんだ。いや、関わらされたというべきか。そうだな。イリヤちゃん」
「なに?」
「イリヤちゃんは魔術師としてどれくらい優秀かな?」
それはあまりに壮絶で、凄絶で苛烈で熾烈で恐ろしいものだった。
ぼくは今、目の前に巨人を相手にしていた。
辺りには人気がない。
これはイリヤちゃんの仕業か、あるいは偶然か。
どちらにしろ、ぼくはピンチのようだ。
「私が魔術師として優秀か。その身をもって知ってみる?嘘つきさん?」
「遠慮したいけどね。これがサーヴァントね」
ただ無骨に強いと分かる。
こんな化け物は、哀川さんほどではないにしろ、余程の力があるに違いない。
それを操る彼女の力量はそこから知るべきということか。
「サーヴァント。英霊のコピーだっけ。原理は良く分からないけど、彼もまた何かしらで名を馳せた英雄という訳だ。知名度でその強さに補正がかかるとか、どうせなら赤い人類最強を呼べば請け負ってくれただろうに。まあこの世界にはいないから当然か」
「人類最強?」
「別の世界、ぼくの対極に位置している人だよ。その気になれば自分で復活しそうな気がするけど」
「それで?私が優秀だったらどうするつもりなの?」
「嘘つきが出ないと約束したら、後は分かるだろう?」
ぼくは天邪鬼ではないが、言った通り嘘つきなのだ。
「ぼくにはちょっと込み入った事情があってね。聖杯戦争を調査したいんだ」
「込み入った事情で一般人が調査なんて、どんな事情があるのかしら?」
「そうだね。前世から続いた悪癖というべきか性質というべきか、それがどうも作用しているみたいだから悪影響がないかの調査とかかな」
「前世って」
「信じる信じないは個人の勝手だよ。信じたところで結果は変わらず、信じなかったことで好転することも無し。まさに戯言だね」
イリヤちゃんは少し考える素振りを見せた。
自分で言うのもなんだが、ぼくは一般人目線で酷い評価を得ている。
曰く、死んだ人間の目をした人間。
曰く、ドロドロに煮詰めた墨汁のような瞳。
曰く、一目でわかる異常者。
そのような人間を信じると言える人間は余程の異常を持っているのだろう。
例えば、魔術師とか。
「前世がどうのというのは抜きにして、その性質って何?」
「確か……」
ぼくを観測した策師は一体どのように僕を解体しただろうか。
思い出す。
「無為式」
「無意識?」
「字が違うかな。無為式、あるいは、なるようにならない最悪。えっと、意味は事故頻発性体質並びに優秀変質者誘引体質だっけ?」
「私に聞かれても困るのだけど」
「まあ簡単に言うとトラブルメイカーってことかな。ぼくは何もしない、でもぼくが存在することで周りが勝手に狂いだしてしまう。無闇の為にのみ絶無の為にのみ存在し、存在するだけで迷惑な絶対方程式」
それが策師の観察結果だったはず。
そしてその通りだった。
「今すぐに殺した方がいい気がする」
「それもいいかもしれないね。だいぶ遅いかもしれないけど」
「遅い?」
「そう。遅いんだ。何しろぼくはこの聖杯戦争に十年は関わってしまった。切っ掛けは、憶えていないけど、多分偶然出遭ったんじゃないかな」
切っ掛けというほど大したものでもなかった気がする。
ただ偶然、切嗣さんが出遭い、事件を広げてしまった。
ぼくという欠陥製品のところまで。
「イリヤちゃんの願いは何かな?」
「いきなりね。私の願いは……聖杯をアインツベルンの下に取り戻すだけ」
「そう」
「聞いたのに淡白な反応ね。レディに失礼だと思わない?」
「ああ。ごめんね。その辺は欠陥製品だからということで。でもこれでぼくとイリヤちゃんが戦う理由はなくなったわけだ」
イリヤちゃんは頭の上ではてなマークを浮かべる。
「君は聖杯に望みはなく、ぼくはただ調査したい。解決とでもいえばいいか。だから協力して見ないかな?」
「嘘つきと?」
「戯言遣いと……かな」
まるでぼくは悪魔の契約のように言った。
それも結局は戯言なんだけど。
イリヤちゃんはぼくと協力することになった。
その過程でぼくが知る情報をそれなりに明け渡すことになった。
「戯言遣いのお兄ちゃんを信じてあげる。でも知っていることを話して」
それが条件だった。
ぼくが知っている情報は前回の聖杯戦争生存者である切嗣さんの話だった。
彼は聖杯が穢れに満ちているため、破壊するべきだと言っていた。
ぼくはその時にすでに生まれ、聖杯の災害にこそ遭わなかったが、切嗣さんは運悪くぼくと出会ってしまった。
肝心なのは、ぼくがいたせいでその聖杯にエラーが起きていたかどうかだ。
切嗣さんはそのことについてもはや調べようがないと言っていたため、こうして本来の周期よりも早く行われることになった第五次聖杯戦争を参考にしようと考えたのだ。
無為式が原因であの災害が頻発するのはぼくとしては避けたい。
ハッピーエンド至上主義の赤色がこの世界を嗅ぎつけて時空を歪ませかねない。
前世の事も込みでイリヤちゃんには伝えた。
嘘偽りのない戯言のような出来事を、この嘘のような神秘が蔓延る世界で。
「キリツグから?」
説明している途中、ぼくの正体を明かし、第四次聖杯戦争の話になったときだ。
イリヤちゃんは切嗣さんの名前に反応した。
「知り合い?」
「……キリツグが何を言っていたの?」
イリヤちゃんは僅かに殺気を込めてぼくを見た。
嘘をいうと殺すぞと脅しているようだ。
その気になれば後ろに立つ巨人がぼくを容易く葬ることだろう。
「切嗣さんは、自分は聖杯に呪われていると言っていた。あと自分の娘に会えなくなったと言っていたよ」
イリヤちゃんはこちらを注視する。
ぼくの言葉に嘘がないか文字通り睨みをきかせている。
そう言えば切嗣さんも出会ったときはそんな目でぼくを見ていた。
『君は一体何者だい?』
弱った体に鞭をうち、ぼくに正面から対立しようとした。
まだ子供であったぼくを正確に見ていた。
「良い人だった。ぼくという異物を見て他を守ろうとしたのは彼が初めてだったかもしれない。でも、どうしようもないものを見てしまって切嗣さんは今度こそ心が折れてしまったのか。残された命を、呪われた体を使って娘を助けようと暴挙に出たのは、ぼくがいたからか?」
思い返すのは切嗣さんが娘を取り戻すとぼくに言い、士郎君達には世界を旅すると嘘をついたあの時だ。
『君を信じて、僕は娘を取り返しに行く。士郎達を頼んだよ』
そう言って旅立ったのはドイツだ。
信用できない人類最弱の請負人に依頼したのは留守番だった。
彼には目に見えて怪しいと分かるぼくを信じた。
ぼくは依頼の通り、彼らに降りかかるおおよその害意を取り除いた。
戻ってきた切嗣さんは疲労を表情に浮かべ、しかし、平和に住んでいる士郎君達を見て喜んでいた。
『僕も君のような正義の味方になりたかった』
切嗣さんにしては珍しい見間違いだった。
見当違いだ。
ぼくは前世では成り行きで世界を救っただけであり、滅ぼす役が最悪に取られていたからだ。
『ぼくは正義の味方だった。もう違いますよ』
『僕にとっては間違いなくそうだよ。僕はこの風景すらも守れなかった。娘も、妻も、みんな、ここにいればよかったのに』
『……あなたは病気です。殺戮者。得体のしれない破壊者を置いていくとは無防備ですね』
『そうだね。戯言遣い。これからも士郎達を頼む』
僕は留守番を頼まれただけ。
そう言えばこの辺りから凛ちゃんたちと出会ったのだったっけ。
向こうからしてみれば出遭ってしまったのだけど。
そして彼女もそうだ。
目の前にいる彼女は、少なくとも日本人には見えない。
国籍はともかく、容姿が、名前が、存在が剥離している。
「戯言だな」
「何?」
「こっちの話だよ。イリヤちゃん。君は切嗣さんの娘かい?」
「…………」
「そう構えないでくれ。ぼくは別に切嗣さんから君を保護してほしいと言われていない。ぼくはただ留守番を頼まれただけだよ。しかし、まあ、君が士郎君達の敵になると言うならその範疇に入ってしまう。我ながら厄介なものを請け負ってしまったよ。なんなら君を助け出せと言ってくれれば、何もかもを壊して行っただろう。まあそれが分かっていたから、切嗣さんも僕を連れて行こうと言わなかったのだろうけど」
「お兄ちゃんを殺せば、私の敵になるの?」
お兄ちゃんね。
彼女は間違いなく切嗣さんの助けようとした娘に違いない。
しかし、彼女は致命的に間違っている。
「いや。ならないよ?」
「え?」
イリヤちゃんはキョトンとした表情になる。
「なったらすぐに殺されちゃうじゃないか。言っただろう。僕は人類最弱なんだ。それに、イリヤちゃんの敵にならないのは、イリヤちゃんがぼくの敵にならないからだよ」
「訳が分かんない」
「説明しただろう?ぼくの敵は別にいるんだ。この世界にいない、もう終わっている人間だけがぼくの敵なんだ」
世界を終わらせようとしていた人類最悪。
狐はこの世界で片鱗を見せていない。
あの何も考えていない男ならばと、ぼくは少し期待していたのか。
なんて戯言だ。
「みんな戯言だよ。さて、イリヤちゃん。心の整理は終わったかな?」
「……キリツグは私を見捨てたわけではなかった」
「深く事情を聞いたわけでもないからいいのかな?ちょっとこじれた家庭の事情は解決しそうだ。という訳でイリヤちゃんにも手伝ってもらいたい」
「なんだか戯言遣いのお兄ちゃんにいいようにされているみたいだけど、どうするつもり?」
「ああ。ちょっと前世でやったことがある有用な作戦だよ」
ぼくは何ということもなく言った。
「全員、裏切らせれば勝ちだ」
いーちゃんは嘘つき。
読者も騙すのは中々だと思います。