上手くいかないことがあったら太陽に○○〇しろ。
ぼくという存在を本質的に知っている人間はこの世界でも数えるほどだ。
一般人はぼくを見た瞬間にすぐに異常者だと認識してしまうが、常から外れた人間はその限りではない。
それはレールから脱線してしまった存在か、あるいは初めからそんなレールに乗って進む奇特な存在か。
この世界でぼくを観測できた切嗣さんは既に死んでしまった。
その娘であるイリヤちゃんはぼくの説明を受けて、それで理解できているとは思えない。
聖杯戦争の管理者という仰々しい名前を持っている言峰さんも恐らく、ぼくというものに興味を持っていても理解はしていないのだろう。
ぼくを見て魔術師なんかよりもやばい奴だと言ったのは誰だっただろうか。
憶えていない。
憶えていないのはぼくの脳が壊れているからではないだろう。
関心がないからだ。
無関心だから意識の外。
だけど、その時は少しだけ興味を持った。
だから名前を憶えていた気がするが、その彼だか彼女はぼくから距離を置いてしまった。
少しだけ興味が薄れ、ついには無関心に戻った。
この世界においてぼくは無敵であり、それを阻む存在は今のところいない。
もしも、この世界においてぼくが人類最悪だったら。
それも戯言か。
「げぇ!欠陥製品!」
そう言ってあからさまに嫌そうな表情を浮かべるのは誰だ。
見覚えがある気はするが、名前が浮かんでこない。
無関心がここまでくるとノーベル賞ものかもしれない。
「えっと。誰だっけ?」
「流石、欠陥製品。まさか憶えていないとは。遠坂凛と並ぶ、いやそれ以上の化け物だ。少し油断するとこんなところで出会ってしまう」
「出遭ってしまったら仕方ないね。観念するといい。ぼくはこれでも男女平等。全て一切合切神羅万象無為にしてしまう普通の人間だからね」
「こんなところで出会うとは、一体何を企んでいる!本来会わない人間に会うなど不吉極まりない!」
「企んでいるとは人聞きの悪い。ちょっと工作をしようと思ってね」
「企んでいるではないか!」
そういう眼鏡の彼は、やはり記憶にない。
確か顔見知りの筈だがどうしてだろう。
「本当に誰だっけ?」
「柳洞一成だ!」
「ああ」
「なんだその反応は」
いや。ちょっと忘れていただけだし。
柳洞一成。
ぼくを本質的に見ることが出来る一般人。
見れるという時点で一般か曖昧なところがあるが、彼は間違いなく一般人だ。
彼がぼくを欠陥製品と呼んでいるのが、彼を稀有であるという証明に繋がっている。
一成君は決してぼくに関わろうとしない。
だが、運悪く、今日のように出遭ってしまえば声を掛けてくる。
一定の距離を保ってぼくの影響を避けようとする無関係者。
そう言えば凛ちゃんと出会ったときも似たような反応をしていた。
彼女は心の内に黒いものを秘めているからだろうか。
しかし、化け物か。
今、行われている聖杯戦争には化け物が七体もいる。
その中にぼくを含められるのは少々心外だな。
「ともかく。この学校では何もするな!首を突っ込むな!関わるな!できれば衛宮にも!」
「大丈夫だよ。ぼくは何もしないし、首も突っ込まない。君が懸念しているように関わることもないだろう」
「嘘つけ!」
「うん。嘘だよ」
「むう。しかし、何もしなくても何かが起きることは間違いない。いっそ学校に来なければ」
「それだと卒業できないじゃないか。まあそれもいいかもしれないけど」
「欠陥製品相手に言葉は逆効果か。それでいてちょっとした有名人なのだから困る」
「まあ戯言だからね」
とにかく何も起こすなと釘を刺され、彼はさっさと行ってしまった。
彼は懸命で賢明だ。
ぼくに関わらなければ何も起きないと知っている。
ぼくに誰も関わらせなければ無事に済むと知っている。
ぼくにどれだけの距離で話せばよいかを知っている。
だから彼は無関係者だ。
一般人でそこまでの慧眼を持つ人間はそういないだろう。
ぼくはそんな彼に甘んじて無関心を貫かせてもらっている。
名前を覚えられないのはそのせいだろう。
「いーさん!」
今日は千客万来だ。
ぼくと出遭ってこうして声を掛けてくる少女は流石に憶えている。
「やあ、凛ちゃん。おはよう」
「ええ。おはよう。じゃなくて!」
「どうしたんだい?」
「ちょっと来なさい!」
そう言ってぼくを引っ張って階段を上っていった。
連れ去られた先は屋上だった。
人気のない場所で行われるのは告白か密談か殺人と相場が決まっている。
まさかぼくに愛の告白などないだろうしその気もない。
殺人にしてもあまり関わりたがらない彼女が積極的にぼくを殺す理由がない。
いや、理由がなくても殺人はできるか。
人は思い余って人を殺すことができる。
とはいえそのような雰囲気ではないようだ。
「いーさん。あなた、衛宮君と交流があったのね」
それは質問ではなく確認だった。
凛ちゃんは知らなかったようだ。
ぼくが言わなかっただけだけど。
「そうだよ。彼とはかれこれ十年くらいの付き合いになるかな」
「衛宮君が聖杯戦争のマスターになったわ」
「そう」
「それだけ?」
「それだけだよ。彼に友情を抱いてもいなければ憐憫の情もない。ぼくと彼は知り合い。聖杯戦争のことも彼には伝えていないし、マスターになるように示唆した覚えもない」
「よくまあ言うわね。衛宮君があんな風になっているのはいーさんのせいじゃないの?」
士郎君の欠落した部分。
彼女はそれを言っているのだろう。
この時代では珍しい病気に蝕まれた彼は、今もまだ悪夢から逃げ出せていないようだ。
逃げようとすら思っていないのかもしれない。
そんなもの、さっさと逃げ出して、放り投げて、投げ出してしまえばいいのに。
逃げた先に何があったとしても、結局はみんな戯言なんだから。
「君はぼくを何だと思っているんだい?」
「生まれながらの詐欺師で、魔術師さえも平気で騙せる生粋の嘘つき」
「それは見当違いだよ。ぼくは口から先に生まれて、呼吸をするように言葉を吐くだけの戯言遣いだ」
「どこが違うのよ」
「さて、どこから違ったのだろうね。しかし、士郎君がマスターにね」
彼が聖杯戦争のマスターになるのは予想できなかった。
予想しなかったと言う方が正しいかもしれないが、これは厄介になってきた。
だが、これで役者が見えてきたような気がする。
「彼はどんなサーヴァントを呼び出したんだい?」
「セイバーよ。よりにもよって半人前の魔術師が最優のサーヴァントを引き当てたのよ。というか、私が聞きたいのは、いーさんは衛宮君が魔術師だって知っていたのかってことよ」
「さてはて、彼を魔術師だと言ってよいものか。魔術を学んでいるものを魔術師と定義すれば彼は魔術師ではないと言える。魔術を鍛えるものと言うのであればまごうことなき魔術師だ。君が言う魔術師はどんなものだろうね」
「戯言はなしよ」
そういう彼女の後ろには赤い外套に白い髪、褐色の肌をしている人の外、サーヴァントがいた。
「彼は?」
「アーチャーよ」
「真名は?」
「言う訳ないじゃない!」
「凛。彼が件の?」
赤いサーヴァント、アーチャーはぼくを観察するように見ていた。
「魔術師よりも厄介な人間よ」
「心外だな。魔術師よりも厄介なんて」
「言ったでしょう。今回は戯言はなし。その気になれば今ここでさようならよ」
どうやら殺人の線も出てきたらしい。
アーチャーさんは白い剣と黒い剣を出現させてぼくにつきつける。
スタンド使いか。
「それで。聞きたいことは?」
「いーさんはこうなることを予想していたの?」
「いや」
このような事態は予想外だ。
士郎君が聖杯戦争に参加するのは計算外。
それもセイバーを呼び出すとは戯言めいている。
こんなことは切嗣さんも予想できなかったに違いない。
士郎君も突然の出来事で驚いただろう。
それでもマスターになるという選択をしたというのは、ちょっと面倒だ。
「つまらなくなってきやがった」
「何か言った?」
「何も。ぼくにとっても分からなかったことだよ。それ以前に、ぼくが何でも知っているように思うのかい?」
「全然」
断言されると流石に傷つくな。
「それでも事件の中心にいそうだと思ったのよ」
「悪くない直感だね。ぼくを直視して、関係して、会話して、それでもあり方が変わらないのが君の美点だ。それはそうと、ぼくからも聞いていいかな?」
「内容による」
「簡単なことだよ。君たちは聖杯に何を望むのかなって」
そう言った瞬間、彼女たちの目つきが鋭くなったのは見間違いではないだろう。
「関わるなって言わなかったかしら?」
「そうだっけ?」
そういえば昨日、そんなことを言われたような。
「その様子だとまた忘れていたみたいね。いい?聖杯戦争に関わらないで」
「それは不純物がいない方がいいということかい?それとも、無為式のぼくを観測できたからかな?」
「無意識?」
「違うよ。あるだけで迷惑な絶対方程式。なるようにならない最悪さ。どうやら凛ちゃんは、ぼくを直視できても理解できなかったようだけど……アーチャーさんはそれなりに理解がありそうだね」
ぼくはこちらを睨むアーチャーさんに視線を送る。
彼は複雑そうな表情を浮かべていた。
「理解とは程遠いが、本当にそれなりだ。君のような存在がいるとは思っていなかった」
「そうですか。ところで、どこかであったことがありますか?」
どうにも記憶に自信がないが、このサーヴァントと出会った憶えがある気がする。
どこであった?
「いや。憶えがない。私自身、ちょっとしたサプライズで記憶があやふやでね」
「ぼくと似ていますね。存在が曖昧で、記憶もあやふや。でもぼくと鏡合わせではない」
「もういいわ。とにかく、今、衛宮君は私たちの敵になったの。昨日散々忠告したのにサーヴァントも連れずにノコノコと学校に出てきて」
「敵ね。ぼくとしてはあまりことを荒らげて欲しくないのだけど」
「いーさんが言うと説得力がないわね。でも、選んだのは衛宮君よ」
「認識を変えればいい。七組の競争相手がいて、その一組が協力的にしてくれる。士郎君ならそうしてくれるだろう?」
「……やっぱり詐欺師だわ。綺礼よりも余程たちが悪い」
「戯言遣いですので」
「凛を掌で躍らせるとは、いやはや大したものだ」
「もう。分かったわ。いーさんの考えは。衛宮君と争ってほしくない。でもそれって聖杯戦争で通じると思うの?」
「ぼくはこれでも世界を救ったことがある正義の味方だぜ。その気になれば聖杯戦争なんてお手のものさ」
「胡散臭さが服を着て歩いている人間が何を言うのやら。まあちょっとこっちにも事情があるから衛宮君と同盟を組んでもいいわ」
「それは重畳」
「本題はこれから」
そう言って凛ちゃんは先ほどよりもきつい眼差しを送ってきた。
これはちょっと戯言では済まなそうだ。
「いーさん。一体何を企んでいるの?」
「企むなんて。策師じゃないんだ。まあ彼女の前では悪魔だって全席指定、正々堂々手段を選ばず真っ向から不意討って見せるだろうけど」
「そんな策士は知らないけど、綺礼が、戯言遣いが聖杯戦争に関わっているって言っていたわ。あいつは人を騙しても嘘はつかない」
「騙しても嘘はつかない。どっちが表で、どっちが裏みたいな話だ」
「聖杯戦争に関わっている以上、見過ごすことはできないわ」
「ふうん」
ぼくは彼女を、彼を見据えた。
今の状況でぼくが出来ることは限りなくないに等しい。
一歩間違えれば死んでしまうだろう。
それでもできることはある。
さて、戯言を始めよう。
「昨日ちょっとアクシデントがあってね。ああ、ぼくが士郎君のようにマスターになったわけじゃないよ。巻き込まれてしまったと言う方が正しいかな。凛ちゃんと別れた後すぐの出来事だった。それは回避することが出来ようもなく理不尽で致命的な出遭いだった」
「まさか、他のマスターに接触したの!?」
「そうだよ。君の協力者だと思われていた。誤解は解けたけどね」
その後は見て知るべし聞いて知るべし。
「蛇足だけど強そうなサーヴァントだったよ。ぼくとしては関係ないけど」
「命が狙われていただろうに、随分他人事ね」
「実際他人事だったけどね」
そう、他人事だった。
「ちょっとお話をしてみたら縁が合ってしまってね。この聖杯戦争を穏便に済ませてくれるように頼んでおいたから、凛ちゃんの負担も少なくなると思うよ」
「また人を騙したのね」
「別に騙したつもりはないよ。向こうが勝手に勘違いしただけ。ぼくはぼくたる所以を話した上で向こうは納得した」
「例の前世がどうのこうの?」
「神秘が蔓延る世界なんだ。前世の話くらい信じてもいいじゃないか」
「そう言われても、いーさんは詐欺師だし」
「そう言われたらどうしようもないね。それもこれも結局」
「戯言……でしょう?」
彼女も分かっているではないか。
「ちょっと待ってくれ、凛。君は彼の言っていることを理解しているのか?」
「取り敢えず、表向きは。いーさんは他のマスターに接触して死にかけた。しかも私の協力者と勘違いされて」
「別に監督不行き届きとは言わないよ。あんなものは戯言めいた出来事だからね」
「いーさんが良くても私が良くないのよ。それで、いーさんは相手を舌先三寸、口八丁で丸め込んであたかも無関係を装って学校に来た。その程度しか分からない」
「それだけ分かれば十分じゃないか」
「分からないのはいーさんの目的よ」
「ああ。そうか。それも忘れていた」
「はあ?」
「目的を忘れていたんだよ。これでしっくりきた。どこぞの殺人鬼の言葉を借りるなら傑作だな」
「まさか目的もなく……いや、いーさんならありえる」
彼女の中で、ぼくの評価は一体どのようなものなのだろうか。
一度、一対一で話し合ってみたい。
「ふむ。いーさんといったか?」
「お好きにどうぞ。戯言遣いに欠陥製品、人類最弱まで選り取り見取り。ぼくにとってそれは記号であり、なんら意味を持たない物ですので」
「そのくせ、本名は呼ぶなって言うんでしょう?」
「それは説明の通り」
「そ、そうか。では戯言遣い君。君は何を目的に動くのかな?」
ぼくが動く目的。
それは何の意味も持たず、ただし影響は未知数。
請け負ってしまったが故の困難。
今一度、ぼく自身に問うべきそれははたして本当に必要なものだろうか。
それこそ戯言だろう。
「人類最弱の請負人が請け負ってしまったちょっとした依頼ですかね。まあ留守番なんですけど」
「留守番?」
流石の英雄もそれには困惑したらしい。
凛ちゃんも然り。
ぼくが聖杯戦争に首を突っ込んでいる理由はただの留守番なのだ。
そのためにイリヤちゃんを引き込み、凛ちゃん相手に法螺を吹く。
それがどう影響するかは全く分からないという点において、ぼくという脅威はこの世界でも十全に発揮されている。
「戯言なんだけどね」
「ああもう!結局それで終わりになるわけね!まあいいわ。今日詳しい話を聞かせてもらうから」
「それはいいけど、またここで?」
「学校はちょっと危険ね。人をドロドロにする結界が仕込まれているわ」
「それは恐ろしい」
「思ってもないことを」
「じゃあ凛ちゃんの家にしようか。ぼくの家はボロボロのアパートで、密談に向かないんだ」
「分かったわ。私の家で待って居て。こっちは用事を済ませた後に帰るから。その時に全部、根掘り葉掘り聞くから覚悟しなさい」
「そこまで大げさなことではないけどね」
その後、ぼくは凛ちゃんの家に行くということになり、詳しい説明をすることになってしまったが、問題ないだろう。
イリヤちゃんとの遭遇も、凛ちゃんへの交錯も、予想にはなかったけど予定の範囲内。
聖杯戦争という事件の意図がまだ繋がっている。
まあ、この世界に意図を切れる人間がいるか怪しいけど。
この世界、この冬木の地。
起きる事件の中におおよそ戯言遣いがいる。
警察統計データより