弱い奴は弱い。
それが何の意味を持つ?
「依頼人と請負人さ」
ぼくがそういったときの反応はそれぞれだった。
士郎君は困惑しているようだった。
凛ちゃんはどこか諦めた目をしていた。
イリヤちゃんは知っていた。ぼくが教えた。
セイバーちゃんは何を言っているのか分からないようだ。
そう言えばアーチャーさんは何処へ行ったのだろうか。
「請負人?」
「これでも立派な請負人なんだぜ。切嗣さんから士郎君達を任せてもらう程度には」
「じいさんから?」
「ああ。まあちょっと人選をミスしている感があるけど、切嗣さんから請け負ったのは留守の間、君たちを頼まれたということだ」
間違いというよりは消去法だったのだろう。
既に欠陥がある人間ならば死んでも問題がない。
まあ切嗣さんがそんなことを考えていたわけがないだろうけど。
全く、戯言だな。
「じいさんの留守って、世界旅行の事か?」
「ああ。それについてはイリヤちゃんにも話したっけ?」
「うん。私を取り戻すために無理をしていた。キリツグは私を見捨てていなかった」
「ぼくの話が本当とするならという前提だけどね」
「嘘じゃないでしょ」
「さあ。それは分からないよ。ぼくは嘘つきだからね」
「いー先輩。イリヤが俺の姉っていうのは本当なんだな」
「本当のことだよ。お兄ちゃん」
「聞いた話だと、初めは士郎君を殺すつもりだったらしいよ。今は事情が変わって保留と言ったところかな?」
「ほんの一日で何をやらかしているのよ。いーさんは」
「一日なんて、まるで永久と一緒じゃないか」
「その自信は何処から来るのやら」
「時間に対する人の感じ方はそれぞれだよ。さて、士郎君の疑問は取りあえずここまででいいかな」
「じいさんには子供がいて、俺は血のつながらない姉弟がいた」
「今はそれでいいだろう。次はセイバーちゃんの疑問を解こうか」
「何故、聖杯が呪われているか」
「実のところ、それは良く分かっていない。ぼくの無為式のせいかもしれないし、前々からその状態だったかもしれない。でも呪われ、穢れているのは実際に見た人がいて、今も生きている」
「それは一体」
「言峰綺礼神父」
「うぇ。よりにもよってあいつか」
「凛ちゃんの気持ちも分かるけど、さして重要じゃないね。穢れていることによってその機能はどうなるかまで教えてくれなかったけど。いや、教えられなかったのかな。その穢れた聖杯は切嗣さんの意思の下、破壊された。おそらく、切嗣さんの求める聖杯ではなかったから」
「・・・・・・」
「さて、第四次聖杯戦争のあらましはこんなものだけど、納得できたかな?」
皆を見回すが、難しい表情を浮かべている。
無理もない。
今、聖杯を求めて戦いに出ている彼、彼女たちは実はゴミよりたちの悪いものを殺し合って手にしようとしているのだから。
「分からないことがあるわ。いーさん」
「なにかな?凛ちゃん」
「何で切嗣さんはいーさんにそれを教えたの?」
なるほど、確かに分からない部分だろう。
「それは単純だ。彼には犠牲にしていい存在が他に見当たらなかったからだ」
全てを利用していつも天秤にかけて多数を救ってきた殺戮者は、最期に犠牲にできるものが見当たらなかった。
犠牲にしてよい存在はいないのだと悟ったのかもしれない。
その中で現れた異物に、切嗣さんは藁にも縋る気持ちでぼくに請け負ってもらおうとしたのだろう。
「切嗣さんは、士郎君が知っている切嗣さんとそうではない、魔術師殺しと呼ばれた冷酷な殺戮者だった一面があった。でも、聖杯戦争で受けた呪いで弱り、弱くなった視線で見た風景に犠牲を許容できる存在がいなかった。そんなときに偶然、出遭ってしまったのがぼくだ。ぼくはなるようにならない最悪。ぼくは何もしなくても周りが勝手に狂いだす。無為式というあるだけで迷惑な絶対方程式を持つ正義の味方。ある意味で頼れる人間がぼくしかいなくなってしまったと言ってもいい」
「いー先輩が正義の味方?」
「戯言だろう?でも事実だった。この世界ではない別の世界で、ぼくは人類最悪の、ぼくの唯一の敵と出遭い、世界を終わらせようとすることを阻止した。時間限定のヒーローになったんだ。それが人類最弱の請負人の正体さ」
「私としては無為式のところ詳しく聞きたいけど・・・」
「そうだね。ぼくに関わった一般人を例に挙げれば、ぼくを勘違いで好きになってしまった少女がいて、友達の誕生パーティに呼び出した。そこで偶々ぼくが彼女以外の少女、ぼくに近く、遠い存在に似合っていると言った」
「よく分からないけど、それがどうしたの?」
「誕生パーティにいた一般人、四人のうち三人は死に、一人は精神が崩壊した。ぼくがたった一言、似合っていると言っただけで。後は」
「いえ。おなか一杯よ。魔術師よりも厄介だとは思っていたけど、呪いがそのまんま生命活動を行っているわけね」
「試しに殺してみるかい?それでも世界は変わらないだろうけど」
「それでも影響は残るでしょう。いーさん。既にここにいる存在はみんないーさんに巻き込まれている」
「勘違いしているようだけど、ぼくは決して巻き込んでいないよ。逆に巻き込まれたのさ。時間にして十年ほど。人が狂うには十分な時間だろう?」
「・・・実際、いーさんは何もしていないわよね」
「それは本当だね。ぼくは偶然巻き込まれて、偶然みんなと縁が合ってしまった。ご愁傷様」
「・・・・・・セイバーの疑問も衛宮君の疑問も解けた。イリヤはもう既に終わらせたのでしょう?」
「ええ。いー兄に全部乗せられて」
「そういう風にしたからね。切嗣さんから請け負ったことは果たすつもりなんだ」
「じゃあ本題と行きましょう」
凛ちゃんはぼくを睨みながらその本題とやらを切り出した。
「いーさんが何を企んでいるか」
「企むと言う程大したものではないよ」
凛ちゃんは胡散臭いものを見るような目で、いや、胡散臭いとは思っているのだろう。
ぼくを見ながら身を乗り出す。
「切嗣さんから衛宮君達のことを請け負ったのは分かったわ。でも、今回の聖杯戦争でいーさんの動きが読めない。ただでさえ予想が出来ないことを平気で起こすのに。今回に限って言えば本当に関わってほしくない」
「それは無理というものだ。ぼくは巻き込まれてしまった以上、ぼくは少なくとも傍観者として参加せざるを得ない。士郎君がマスターになってしまったからね」
「俺が?」
「君のことを頼まれたんだ。ぼくは請負人としてそれを全うしなければ信用問題になってしまうだろう?でもまあ戦力として期待はしないでくれよ?僕は人類最弱なんだから」
そう、ぼくにできることは今も昔も変わらず、受けて立たず受け入れ、やり過ごして躱して避けいなす。逃げる逃れる逃亡する。
この世界にぼくに触れることが出来る人間は存在せず、歯車を無意識に狂わせる。
戯言だけどね。
「さてさて、ぼくが何を企んでいるかだけど、答えるなら何も企んでいない。ぼくがそう言った指向性を持つことはないだろうし、目的なんて崇高なものを持つことも戯言でしかない。ぼくはただ切嗣さんから頼まれたから、縁が合ったからこうして士郎君にちょっかいを掛けている。そもそも、ぼくが居なければ士郎君も平穏を享受できていたかもしれないという点については弁明のしようがない。騙されたと思って諦めてくれ」
「さっきと言っていることが矛盾してない?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。ああ、そういえばその前に解消させたい疑問があるんだ。ちょっといいかな?」
「何を?」
「聖杯にみんなが何を望んでいるか知りたいんだ。内容によっては諦めてもらう他ないことになってしまうからね」
「今さら穢れた聖杯を欲しがる奴なんているの?」
「イリヤちゃん。人っていうのは欲望が強いんだ。穢れていても願いが叶うなら何でもしよう。犠牲にしよう。そんな連中が溢れている。君は聖杯を自分の下にと言っていたけど、それは君の望む聖杯でなくなった以上、もはや不可能だろう?まあ君をここに送った人間がどうだかは分からないけどね」
そう言うとイリヤちゃんは口を噤んだ。
「俺は聖杯なんて興味がない。呪われているなんて知ったらなおさらだ」
「・・・・・・」
「いー先輩?」
「いや、ちょっと考え事。でも、君も結構言うね。聖杯に興味がない。その様子だと積極的に戦おうともしなかっただろうね。それだと君の呼び出したサーヴァントに殺されても仕方がないよ。でもまあ、結果的に見ればその判断は間違いないわけだ。それで、セイバーちゃんなんだけど」
彼女は黙っているのみだった。
悲願があるのだろう。どうしても叶えたい願いがあるのだろう。そこに救いを求めているのだろう。
だとしたら残念だ。
君の願いは思ったように叶わない。
「戯言遣い殿は、聖杯が思ったように機能しないと言うのか?」
「魔術には詳しくないけどね。もしかしたら叶うかもしれないよ?」
「だが、それは」
「うん。君が思っているような形だとは限らない」
ぼくは彼女の傷を残酷に酷薄に冷酷に、深く広げた。
「そもそも、願いを叶えるという過程にどんな事象が起きるのか考えなかったのかな?それは無色透明な聖杯であっても変わらない事象だと思うよ。例えば友達が欲しいと願ったとする。それは一体どんな友達ができると思う?ただ親しく、言ったことに頷いてくれて普遍的な会話をする。そんなものは機械だ。最も、それで良しとする人もいるだろうけど、ぼくは断じてそんなものは友達なんて認めない。それは偽りであり、欺瞞であり、虚言だ。そうしたことを踏まえて君に再び聞こうか。セイバーちゃん。君は聖杯に何を望むのかな。いや、望んでいたのかな?」
「・・・・・・そんな。それでは我が故郷は・・・」
「ふうん?故郷の救済。ありきたりではあるけど立派な願いだ。でもどうやって故郷を救う?聖杯に願えばそれは解決するのかい?」
解決はしない。
人が生み出したものには欠陥がつきものだ。
それは欠陥製品たるぼくが象徴しているものだ。
「やっぱりいーさんは綺礼よりたちが悪い。あいつは人の不幸を喜ぶ外道だけど、いーさんはそんな感情を持っていない。なんの目的もなくただ巻き込まれたからだけでみんなを煙に巻いてしまう。その結果は誰にも予想が出来ない」
「それこそ戯言というものだ。ぼくに意味を持つとすれば、ぼくと同じ欠陥を持っているというだけの事」
「・・・私は少し考えさせてください」
セイバーちゃんはそう言って再び黙り込んだ。
「さて、後はアーチャーさんかな?そういえば何処に行ったのかな?」
「見張りに立ってもらっている。けど念話でこっちの話は聞いているわ」
「便利だね。それで?」
「なにもないそうよ」
それは良かった。
ここに三組の主従がいて、その内二組は辞退。一組の半分は保留。
首尾としては上々というところか
「結局いーさんは何がしたかったの?」
凛ちゃんの疑問は当たり前か。
ぼくというイレギュラーを前にして自分を保っていられる存在はほとんどいない。
皆、溶け合い、崩れて、ぐちゃぐちゃになってしまう。
そう言った意味では彼女は珍しく健常な異常者だ。
「何がしたいなんて大層なことは思っていないよ。ぼくは欠陥製品。巻き込まれた中心にただ座って傍観する詐欺師だ。しかし、そうだね。この聖杯戦争という事件に調査をしたいと思っているよ」
「事件?」
「事件以外に何者でもないだろう。死んだ人間が呼び出され、新たな死者を生み出そうとする事件だ。その事件も第五回になるわけだ。とはいっても別に解決しようと思っているわけじゃないよ。ちょっと知りたかっただけだよ。そんな事件を起こしておいてのうのうと生きていられる人間って奴に」
「言外に私を責めているわけ?」
「それはどうかな?今のところ君は事件の容疑者に過ぎない。未遂というべきなのかな。とはいえ、殺人未遂は罪になるんだぜ?」
「探偵なんて柄じゃないでしょう。いーさんは」
「どうかな?これでも名探偵しているんだよ」
「嘘だ」
「うん、嘘だよ」
凛ちゃんは頭痛をこらえるような仕草をした後、仕切りなおすように手を打った。
「いーさんのせいでだいぶ拗れたけど、衛宮君。私はしばらくここを拠点にするから」
「はい?」
「私、夕ご飯まだなの。私の分もよろしくね」
「なんで」
「あ、私も」
「イリヤも」
「そういえばぼくも何も食べていないな。お願いできるかな」
「いー先輩まで」
「諦めは肝心だよ。諦念、観念、お手上げ、覚悟ともいう。赤色の人間は基本的にそうらしい」
「何で赤なのよ」
「赤い人類最強がそうだったからね。ぼくの先輩ともいう」
「また荒唐無稽な話でしょ」
「まさに荒唐無稽だよ。その気になればサーヴァントを薙ぎ払うような本物。死んでも死なない死色の真紅。主人公補正を持ったまごうことなき赤い征裁。彼女が踏み込んだ建物は例外なく崩壊するとか」
「それと私を一緒にするわけ?」
「赤いからね。そういうことなんだ。士郎君」
「いー先輩がいうならそうなるんだろ」
「誰もかれもぼくをそういう風に言うけど、みんな勘違いをしているよ。壊人」
ぼくはそんなにみんなが過大評価するような大した人物ではない。
臆病で姑息で詐欺師で最弱で異常で異様な欠陥製品。
どうせそれも戯言なんだから。
全く赤い人間には困ったものだな。