「それで、戯言遣い君は何か具体策があるのかな」
それは全て終わった後、最近多発しているガス漏れ事件もサーヴァントが関わっているのではないか、という士郎君の発言で調査に赴いている最中だった。
凛ちゃんの話では学校の代物は人間の骨すら残さないえげつないものらしい。
いつの間にそんな場所になっていたんだよ。
ともかく赤い魔術師の赤いサーヴァントがぼくに聞いてきたのだ。
一体何のことか良く分からないが、取りあえず返しておこう。
「なんのですか?」
「いや、先ほど話していた全員を裏切らせるという話だ」
そう言えばそんなことを言っていた。
今日のほんのさっき言った言葉だろう。
流石に脳みそに欠陥があるのか。
「そういえばそうでした。しかし、アーチャーさん、あなたは戯言使いを理解していないようだ。立てば嘘吐き座れば詐欺師、歩く姿は詭道主義。ぼくの言う言葉は全部が全部本当とは限りません。成り行きに任せて出た言葉を信じるなんてどうかしていると思いませんか?」
「・・・君という存在を理解しているが、あり方までは分からないな」
「それはそうでしょう。生きながらの亡霊。生霊に触れることが出来る存在を呼んでこない限りは。そもそも見えてしまうこと自体が問題だ。幽霊を見たなんて話を信じるにはちょっと年を取り過ぎていますよ」
「アーチャー。真面目に取り合うと馬鹿を見るわよ。酷い目に合うかもしれないし」
それはいささか失礼ではないだろうか。
と思ったけど前例がたくさんあるから何も言い返せなかった。
「凛。君はそんな彼の言葉に乗ったのかい?」
確かに無自覚で無防備だっただろう。
凛ちゃんは顔を赤くしてしまう。
「短い間だけど、あんたもよく知ることになるわよ。そんな相手に数年相手にしてきたんだから」
「ぼくと関わって無事だった稀有な人間だね。余程の幸運を持っているか、余程異常になっているのか。ぼくの鏡とは明らかに違うのに壊れなかったのは記憶にないね」
「記憶力なんてないくせに」
「必要ないものは持たない主義なのさ」
「・・・なるほど。苦労がうかがえる」
「そういうことよ」
この二人はぼくをどう思っているのだろうか。
どう思ったところで変わることもないか。
とある居酒屋でガス漏れが起きた。
しかし、ガスの臭いはしない。
なのにみんな倒れている。
そんな異常な光景を前にしてぼくは何を思うこともなく辺りを見ているだけだった。
「どうかしら?」
「うん。これはそうだね。人が倒れている」
「・・・アーチャー」
「これはライダーではないな。結界の様式が違う」
「そうね。別のマスターの仕業と見て間違いないわね」
これって僕いらなくない?
調査していると遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
それに、誰かから見られている気がする。
「そろそろ潮時ね。戻りましょう」
凛ちゃんがそう言って、アーチャーさんが同意した瞬間、アーチャーさんは何処からともなく剣を出して刃を振るう。
すると場違いにも飛んでいた蝶が真っ二つになった。
「使い魔!?」
見られているような感覚はこの蝶のせいだったらしい。
「詳しい話は後にして、撤収するわ」
ここでぼくが得られたことは何もなかった。
でも、ここにぼくがいたという影響はどれほどのものがあるのだろうか。
それこそ、蝶がはばたく程度の影響しか残さないだろう。
風が吹けば桶屋が儲かるとか、戯言だよな。
眠い。
昨日は夜更かしをし過ぎたせいで眠気が半端ではない。
あの夜、結局ぼくは士郎君の家に泊めてもらうことになった。
寝るところは何処でもよかったので居間に寝かせてもらった。
イリヤちゃんはあの後、自分の拠点に戻ったらしい。
士郎君は朝早くから台所で料理に勤しんでいた。
切嗣さんが在りし頃に、彼が和食よりハンバーグがいいと言って士郎君に怒られていたことを覚えている。
そんなことを考えて横になっていると足音が聞こえてきた。
「おはよー士郎。おろ?いっくんじゃないか」
「藤村先生。おはようございます」
彼女は覚えている。
切嗣さんが生きていた頃からの付き合いだ。
でもそれは仮初の付き合いで、本当はあまり深く立ち入っていない。
「どうしたの?最近は士郎のところに来ていなかったのに」
「やむにやまれぬ病んだ状況になりまして」
「お金が無くなったとか?」
「いえ。お金には困っていませんが、たまに会いに来ようと思ったら道に迷って辿り着いたのが夜だったんですよ。だから士郎君が泊まるかって言ってくれたんです」
「うわぁ」
背後で士郎君の声が聞こえたが、気にしないでおこう。
「ふうん?あれ?桜ちゃんは?」
「え?桜ならまだだけど?」
「おりょ?玄関にいっくん以外の靴があったんだけど、それじゃあ気のせいだったのかなぁ?」
ああ、そういえば凛ちゃんも泊まっていたんだっけ?
そんな思考を外に、士郎君は玄関の方へ行ってしまった。
「どうしたのかな?」
「思春期の青年の衝動じゃないですか」
「相変わらず枯れているねぇ。いや、濁っているのかな」
「どっちもですよ藤村先生」
「公的不審人物だからね」
その名前、どこまで広まっているんだ。
「あ、おはようございます。いーさん」
「おはよう。・・・・・」
誰だっけ。
ぼくのことを知っているみたいだけど、ここで知ったかぶって痛い目を見るのは嫌だな。
「いー先輩。悪いけどそろそろ起きてもらっていいですか?藤ねぇと桜が来たので」
「ああ。桜ちゃんか。ちょっと変わった?」
「・・・いっくんの記憶力は健在のようで」
「それほどでもありません」
本当にそれほどでもないみたいだ。
藤村先生は先に行き、ぼくたちは片づけをして共に登校することになった。
彼女、桜ちゃんは士郎君に想いを寄せているからぼくが邪魔じゃないかと気をつかおうとしたが、逆につかわれて一緒になってしまった。
「こうやって一緒に登校するのも久しぶりだな」
「そうですね。私はいつも朝練ですから」
こうしてみると甘酸っぱい青春の一ページなわけだが、ぼくが入っていることで何だか台無しになっている感があるぞ。
やはり登校時間をずらした方が良かったかもしれない。
「桜!」
怒声と共に桜ちゃんが叩き飛ばされる。
なんだこいつは。
「なんでお前朝練に出てないんだよ!おかげで顔出したのに恥をかいただろ!」
どうやら桜ちゃんの知り合いのようだが、あまりよい関係とは言えないようだ。
「兄貴の僕に無断でサボりなんて何様のつもりだ!」
そう言って伸ばされた腕を士郎君が掴んで止める。
「やめろ慎二」
「慎二君?ああ慎二君じゃないか」
「衛宮に、詐欺師・・・」
そう言えば思い出した。
間桐慎二と間桐桜。
彼らは魔術師の家系であったはず。
昔、いつの頃だったか偶然出会って、慎二君はぼくに嫉妬の感情を覚え、桜ちゃんは羨望を抱いた。
以来、慎二君はぼくに苦手意識を持つようになってしまい、桜ちゃんは知り合い以上友達以下という関係だった。
ぼくが記憶を掘り返しているうちに何やら状況が進んでいたようで、慎二君が士郎君へ罵声を浴びせているところだった。
士郎君は彼に何かやってしまったのか?
「とにかくおまえは僕の言うことを聞いていればいいんだ、こいつんちに行くのはもうやめろよ」
「おいおい慎二君。それはないだろう」
「さっきまで名前忘れていたくせに何の用だ」
「さっき思い出したからいいだろう」
「・・・お前も一人の方が好きな口だろう。こうやって面倒に首つっこむのは好きじゃないんじゃなかったのかよ」
「魔が差すことくらい誰にだってあるだろう。それにぼくは騒がしいのが苦手なだけであって一人が好きなわけじゃない。それに彼女も別に君の所有物ではないんだ。自由にしてもいいだろう?」
「嘘が人の形をとったような奴が何をいっている」
「うん。どんどん思い出してきた。君はぼくが苦手だったね。初対面の時に罵詈雑言を浴びせてきたのを思い出したよ。挙句には化け物呼ばわりされたっけ。まあ間違っていないと思うよ。人でありながら人のように生きていない、死んだように生きている人間は化け物と呼んで差し支えないだろう」
「やっぱりお前は嫌いだ」
「無関心よりいいんじゃないか?」
「・・・いいさ」
そう言って慎二君は去って行った。
本当に彼はぼくが苦手なようだ。
少しからかい過ぎてしまった。
「朝から飛ばしているわね。いーさん」
「おや。おはよう凛ちゃん」
流石に今は赤い魔術師とは呼べないな。
「往来のど真ん中で戯言かましていればすぐに見つかるわ」
「さいですか」
「あの、ありがとうございました、いーさん。衛宮先輩も」
「慎二君も相変わらずのようで安心したよ」
「いー先輩。さっきまで忘れてなかったっけ?」
「人は未来に向けて生きるものだよ。気にしちゃいけないこともある」
憶える努力はした方がいいかもしれないな。
割と重要な人物だったのに。
「それじゃ先輩。私、行きますね」
「私もやることがあるから先に行くわ。それじゃ、衛宮君」
去り際に凛ちゃんは衛宮君に何かを耳打ちしていったのが見えた。
密談の約束だろう。
「や。お勤めご苦労様」
残されたぼくと士郎君に声をかける人物が一人。
また知らない人だ。
「知り合い?」
「いや。いー先輩は知らなかったと思う」
「なら良かった」
「あなたが例の詐欺師か。学校の有名人に会えて嬉しいね。私は美綴綾子。慎二からよく聞いているよ。出会ったらいけない人物ナンバーワンだって」
「それは間違っていますよ。ぼくはナンバーワンではなくオンリーワンだ。ぼくよりたちの悪い存在なんてこの世に溢れかえっていますからね」
「ははあ。あいつにしてはまともなことを言っていたわけだ。あなたは慎二の奴より面倒そうだ」
「詐欺師と比べられては慎二君も可哀そうでしょう。と、戯言もここまでだな。じゃあまた、縁が合ったら会いましょう」
そう言ってぼくは学校へ入っていった。
下校時間。
ぼくは校内をうろついて慎二君と桜ちゃんを探していた。
彼らは魔術師の家系である以上、マスターである可能性が捨てきれない。
そして彼らであれば、ぼくの範疇でもある。
イレギュラーのイリヤちゃんと接触できたのは僥倖だった。
後、分からないのは、何組ぐらいあったっけ?
七組で、セイバーちゃん、アーチャーさん、バーサーカー、士郎君が襲われたというランサー。学校に結界を張っているライダー、ガス漏れ事件の犯人。
あとどんなクラスがあったっけ?
おいおい、切嗣さんに全部話してもらってその失態はないだろうぼく。
とりあえず五組分の枠が埋まっている。
その内三組は休戦、あるいは同盟状況といってもいい。
もう一組入れれば多数決では勝ちだ。
まあそんな楽観できるようなものではないだろうけど。
「いの字か」
「ああ、お疲れ様です」
平然と返したけど、誰だ?
見たところ先生みたいだけど、ちょっと雰囲気が違う。
昔、こんな雰囲気をした人間と出会ったことがある。
そう、闇口のような。
「すいません。お名前を聞いても?」
「憶えていないのか。遠坂のクラスで担任をしている葛木だ。葛木宗一郎」
「・・・あ」
「憶えていなかったんだな」
「憶えてますよ。ほら、生徒会のあの・・・誰だっけ?」
「・・・・・・」
「すいません。憶えていませんでした」
白状した。
「いや、まあいい。いの字に伝えておくことがあってな」
「えっと。もしかして授業態度が悪いとか?」
「いや。お前の評判は何もしない要注意人物だが」
聞いていないぞ。その名前。
「そうですか。では?」
「今晩、柳洞寺に来てくれないか。折り入って頼みがある」
「それは請負人としてでしょうか。生徒としてでしょうか」
「両方だな」
これは、一体何の流れだろうか。
辺りにはまだ生徒がいる。
職員室に呼ぶでもない。
「どんな頼みでしょうか。実はぼく、人の誘いには軽々しく乗らないようにしているんですよ」
「不審者の扱いだな。柳洞一成のことで話がある」
「ん?」
「・・・まさか」
「ああいえ。思い出しました。生徒会の一成君ですね。でも彼は嫌がると思いますよ?」
「そのことで話があるんだ。はっきり言うと誰もいの字に関わりたくないが、その手の事には適任だからということで、誰が依頼するか巡った挙句、私に回ってきた」
なんか納得。
「用事があるなら別の日にするが」
「いえ。いいですよ。当面の面倒は赤色に任せることが出来たので」
「?」
「こちらの話です。死色の真紅の代替物。ハッピーエンド至上主義者の代弁者。物語の主役ですよ」
「戯言か」
「はい。なんの意味も持っていません」
「そうか」
その後、ぼくは葛木先生と今晩に待ち合わせる約束をして再び慎二君達を探しに回った。
結局慎二君達には会えず、おそらくいるだろう弓道部に来たわけだが。
初めからここを探せば問題なかったと今でも思っている。
「さて、公的不審人物のぼくが入っていいものか」
そんなものは戯言だろうと、ぼくは弓道部の門をたたく。
中に入れば慎二君の姿はなく、綾子ちゃんと桜ちゃんの姿が確認できた。
「おや。詐欺師の先輩ではないか」
「やあ。今朝ぶり。桜ちゃんを借りていいかな?ああ大丈夫。そういう関係じゃないから」
「ふむ。分かった。桜!ちょっと来てくれ!」
綾子ちゃんは声をあげて桜ちゃんを呼び出した。
「いーさん?」
「ちょっと戯言のお付き合いをどうかとね。慎二君でもよかったけど、いないみたいだから」
「兄さんは用事があるとかで、あといーさんには会いたくないって」
「多分、遭いたくないのだろうね。昔なじみの知り合いだろうに。まあちょっと内緒話がしたいんだ」
そう言ってぼくは部室の外へ促す。
彼女はぼくに続いてやってきてくれた。
辺りには人がいない。
「えっと。ご用件は」
「ああ。固くならなくていいよ。別に愛の告白とかじゃないから。ほら、間桐の家って魔術師の家系だろう?」
そう言った瞬間に彼女の体が固まった。
これはちょっと揺さぶってみる価値があるかもしれない。
「知っての通り、ぼくも聖杯戦争を知っていてね。今絶賛勃発中なわけだけど、その中でこの学校に悪戯を仕掛けているみたいでね。何か知っている?」
「いえ」
彼女の表情は暗くなり、昔に見たような人形のような顔になる。
昔に見たような?
そう言えば彼女は昔、感情豊かな人間ではなかった。
どちらかと言えばぼくよりの人間だった。
諦めが体を支配して何もかもを捨て去ってしまいたいという状態。
それでもぼくが生きていたのは何故だったか。
念のため。
そんな感じだった。
「士郎君とは上手くいっているかい」
「ふぇ!?」
突然の話題転換に暗い表情から顔を赤く紅潮させる。
「君の恋心とやらに士郎君は気が付いていないからね。かといって君もある程度しか迫れない。見ていて歯がゆい感じだよ」
「そ、それはその」
「いや。ちょっとしたからかいだよ。戯言ですらない。慎二君にぼくが探していたと伝えてもらえるかな。人類最弱の請負人が探していたってさ。桜ちゃんも人気のないところでは気を付けた方がいいよ」
「待ってください!」
去ろうとするぼくの腕を桜ちゃんが掴んで止める。
「いーさんは、私と同じではないんですか?」
「なんのことかな?」
「我慢して、耐えて、それでも痛くて、逃げられなくて。その果てでもう何もかもがどうでもよくなって。いーさんはそんな風でも生きていける。でも、私には限界で」
これは、戯言では済まなさそうだ。
「いや。戯言か。桜ちゃんはぼくに同じ欠点を見たんだね。確かにぼくは逃亡者だ。でも逃げきれなかった。捕らわれていたのも間違いではない。ぼく自身を捕えていた。昔、ぼくに近かったけど似ていなかった少女がいたよ。その時のぼくは君と同じように何もかもがどうでもよかった。だから」
呪いの言葉を受けたあの事件。
好意から始まり壊れた人間が引き継いだ惨劇。
あの時の呪われた言葉は今でも覚えている。
「甘えるなと言われた気がする。ぼくにふさわしい言葉だった。それからもだらだらと怠けていたらいつの間にか正義の味方に据えられていて、成り行きで世界を救った。その中でぼくは死にたくないと思った。言葉は魔術に勝る魔法だよ。君も勉強するといい。ドラマチックな演出もロマンチックな展開もありはしない。あるのはリアルだけだ。だから桜ちゃん。君はたった一言でも覚えるといい『助けてほしい』と」
桜ちゃんは迷いを表情に浮かべ、泣きそうな表情を浮かべて言った。
「助けてほしいですよ。でもそんなの無理なんです」
「無理かどうかは君が決めることじゃない。言われた側が決めることだ」
「なら助けてくださいよ!できるものなら」
「ああ、いいよ。その依頼、請け負った」
「!」
「人類最弱の請負人に迂闊な言葉を吐かない方がいいよ。さっきも言ったけど、言葉は魔術に勝る魔法だ。具体的には分からないけど、君を地獄から拾い上げて見せよう」
バッドエンドをハッピーエンドに、桜ちゃんを蝕むその意図を切ってあげよう。
戯言開始だ。
物語は加速する。
いつから加速したのか、今の速さがどれくらいか。
誰も見ていません。