ザレゴトマジシャン   作:hetimasp

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詐欺師と魔術師の違いを述べよ。


07 魔術師対詐欺師

「目覚めたのね。さて。知っていることを話してもらいましょうか」

どうしてこんな状況になった。

ぼくの警戒心は何処に消えた。

知りもしない、いや知っていたはずだけど忘れている人物の誘いに乗るなんてどうかしているだろう。

ぼくはまごうことなく捕らわれの身だ。

椅子に縛り付けられている。

うん。脱出できない。

「《前人未到の大脱獄。ただし人類滅亡後》みたいな」

「何の事かしら?」

「ああいえ。ちょっと目を覚ましたばかりでパニックになっていただけです」

「その割に落ち着いているのではなくて?」

「そう見えるだけですよ。心の中では驚き、驚愕、驚嘆としています」

「私はあなたをここへ連れてきたことに後悔し始めているわ」

「まだ早いですよ。・・・えっと、なんでぼくはここにいるんでしたっけ?」

思い出す。

確か葛木先生に呼び出されて、凛ちゃんたちに書置きしておいて、ああ、そうだ、誰かに後ろから殴られたんだっけ。

多分、あの状況だと葛木先生が犯人なのだろうけど。

「思い出しました。取り敢えずぼくは捕まった訳ですね」

「虜囚の態度とは思えない程ふてぶてしいわね。それで?一番最初の問に答えてほしいのだけど」

相手は妙齢のミステリアスな女性で、フードを被っている。

ちょっといいなとか思ったり。

「その前にやることがあるでしょう。自己紹介です。ぼくの呼び名はお好きにどうぞ。戯言使いに欠陥製品で詐欺師、人類最弱の請負人とも言われるようになりました」

「まともではないのは確かね」

「ぼくを正常だと思う人間は異常でしょうね」

「私はキャスター。そう呼びなさい。あなたも聖杯戦争の関係者でしょう?」

「なるほど、そういえばそんなクラスもあったような。前回は多くの少年少女を殺して回った殺人者でしたが、今回は理性的でとても助かります」

びっくりぼくの記憶力。

しかし、キャスターと会うことが出来るとは思わなかったな。

いや、向こうからすれば必然的に会うことになっていたのかもしれないけど。

 

 

はてさて。

「知っていることでしたっけ?こう見えてぼく、予防線を張っているんですよ。ぼくがすぐに戻らなかったらここへ来るように伝えてあります」

「賢明ね。あなたの知っていること全てをお話しなさい。できればあなたを傷つけるような真似をしたくないの」

「一体どうやってぼくを知ったのやら。もしかしてガス漏れ事件の犯人だったり?」

「聞いているのはこちら。今の立場が分かっていないのかしら?」

「ちょっと慣れているだけです。ぼくの口から話せることなんて、戯言ぐらいしかありませんよ?・・・どれから話せば?」

「まずあなたが何者か」

随分と核心をついてきたな。

ぼくが一体何者か。

「ぼくがどう見えますか?」

「はっきり言ってどんな時代にもいない異常な人間というくらいには分かっているわ。そしてその人間が聖杯戦争に関わっている」

「だからぼくを拉致した。葛木先生がマスターですか」

「もはや隠すこともないわ。宗一郎様が私のマスター。あの人があなたを傷つけないでほしいと言ったから今は穏便に進めているだけのこと。穏便なままで済んだ方がよいでしょう?」

「ええ。ぼくとしてもその方が助かります。さて、ぼくが何者かと言われれば、しがない戯言遣いというべきでしょうか。聖杯戦争のわき役で、なるようにならない最悪。ぼくと出会うことが理不尽。まあどれもあなたが期待するような答えではないのでしょうけど、ぼくはそう言った存在だ。何者かなんて、ぼくに問う時点で戯言なんですよ。大した人物でもない、でも与える影響は計り知れず、ぼくがいると言うだけで皆落ち着かなくなり、ぼくがいるだけで隙を晒す。そんな傍迷惑な存在です」

キャスターさんは少々悩む様子を見せるが、あれはそういうふりだろう。

「宗一郎様があなたを何もしない要注意人物だと言った意味がわかったわ」

あれって葛木先生発なのか。

「あなたの能力、性質は危険すぎる。つまり、あなたが居るだけで、何もしないのに事件が起きていく。呪いを押し込めて、それでも封じきれない悪夢のような人間。そのような人間が何故、聖杯戦争に関わっているのかしら」

「はあ。みんなぼくを中心人物のように言いますけど、ぼくは巻き込まれただけですよ」

「巻き込まれただけの人間がこのような状況になると思って?」

「そうとしか」

 

 

ぼくは主人公ではなく、主役でもない。

キャスターさんには悪いが、それ以上でも以下でもない。

彼女も考えるのを諦めたらしい。

「では次の質問。あの赤いサーヴァントを連れたお嬢ちゃんたちは?」

「逆ですね。赤い魔術師がサーヴァントを連れているんですよ。彼女は別の世界の代替物だ。自由奔放、豪放磊落、赤色。人類最強の請負人、人を小馬鹿にするのが大好き。自信家。自分勝手。一部抜粋するだけでも敵に回したくない人間の代替品。思えばそんな彼女に人類最弱が付いて回るのも当たり前か」

「そ、そう。魔術師のお嬢ちゃんについては分かったわ」

どうやら策師ほどの戦略家でもないらしい。

まあ彼女相手では魔術師程度、正々堂々手段を選ばず真っ向から不意討つことぐらい片手間で出来るだろう。

「ではあのサーヴァントは?」

「彼は・・・アーチャー・・・だったような」

そう言えば彼がどんな力を持っているか全く分からないな。

「セイバーを従える坊やとも交流があるようだけど」

「それは事情がありましてね。踏み込むことになりますけど、聞きますか?」

「・・・遠慮しておくわ。少なくとも、あなたに関わってしまったというのは不運なことでしょう」

「キャスターさんは現在進行形で出遭って、こうして縁が合ってしまったわけですけどね」

「あの白い魔術師は?」

「イリヤちゃんですか。この聖杯戦争においてぼくの影響を受けた最初の犠牲者ですかね。バーサーカーの真名は・・・すいません。憶えてないです。こうして掘り返していくとぼくが知っていることって少ないですね」

無能か。ぼくは。

自分の周囲にある脅威ぐらい把握しておけよ。

今はそれで助かっているけど。

「少々、いえ、かなり期待はずれだったわ」

さくっと入刀、致命傷。

言葉の刃はいつでも心に傷をつけるものだ。

 

 

「こちらからもいいですか?」

「これでも忙しいのよ?」

「いやほら。ガス漏れ事件をそろそろやめてほしいかなって思いまして。自分を維持する魔力を持っているでしょう?これ以上は別に必要ないのでは?」

「あなたも聖杯戦争に関わっているのでしょう?ならばその理由は知っているのではなくて?」

妖しく微笑むキャスターさん。

もうぼくの役割はほとんどないと思っていたけど、まだあるわけだ。

この調子だとまだまだありそうな気がするのは気のせいか?

「前提が違いますよ。あなたは聖杯戦争に巻き込まれた側だ。既に死んでいるのに呼び出されて、願いが叶うとかいう胡散臭い話で戦場に送られる存在。おかしいと思いませんか?死人の願いを叶えるためにみんなが殺し合うなんて。それにあなたは分からないだろうけど、聖杯は呪われ、穢されている。本当に願いが叶うとしてもその願いは一体どのような形をとるのでしょうね?あなたの願いは?なんにせよ、詐欺師が作ったシステムを本気で信じるのは余程の事情がある奴しかいない。魔術師なんて人でなしに呼ばれたサーヴァントに令呪なんて命令権をつけるのはなんでだろうか。そもそも、願いを叶えるという話にはつきものだけど、叶えられる願いを増やしてほしいという願いは叶えられた(ためし)がない。だから七人と七体に分けられる。これは戯言か傑作か、ちょっと悩みます」

まあ戯言だろうな。

全くつまらない冗談のような話だ。

傑作でないのは間違いない。

死んだ人間を蘇らせて戦わせるなど、まともではない。

「聖杯が穢れている。願いが叶わないかもしれない。召喚した魔術師は実は裏切り者。そんな話を信じろと?」

「ご自由に。ぼくは嘘つき。舌先三寸、口八丁の戯言遣い。魔術師よりも厄介な、居るだけで迷惑な傍観者」

「本当に得体が知れない。いっそここで殺しておく方が一番だとすら思えてくるわ」

「それも既に言った言葉だ。ぼくを殺すには既に遅い。でも、ここから先に何が起こすか分からない人間を放置すると言うのは得策ではないかもしれませんね」

「死にたいの?」

「いえ。生きていたいです。今までのやり取りも何もかも戯言ですよ」

 

 

しばらくキャスターさんは黙って、そして息をついた。

「策略を張り巡らせようとも、あなたという詐欺師相手では無に還る。なるようにならない最悪とはよく言ったものね」

「過大評価です。というよりぼくを知らなかったのでは?」

「あなた、自分の通う学び舎の人間を憶えていないの?」

「・・・記憶力はないので。ああ、葛木先生ですね」

「あなたのことはよく聞いているわ。宗一郎様が一目見て限りなく自分に近いと評した人間。そこにいないようで実在し、そのくせ触れることが出来ない幻」

「煙に巻くのが得意なので。葛木先生がぼくと近いと言うと?」

「欠陥を抱えているということだ。いの字」

「宗一郎様!」

いつの間にかやってきていた葛木先生はぼくの前に立って言った。

「私は欠陥を抱えて生きている。いの字も同じく、しかし生き様が違う。何も感じないようにしていながら物事を感じ、死人のようでありながら生きている」

「・・・葛木先生って闇口だったり?」

「いや。知らないな」

「そうですか。ああ、そうか。代替品があるとすれば彼女もあるべきか。あの時は話せなかったけど、その機会が巡って来るなんて」

なんて戯言だろう。

死んで終わったはずの先にその機会がやってきた。

でも、ぼくには前のような終わり方をするつもりはないけどね。

「ではぼくにとっての続きと行きましょう。葛木先生。できるならもうちょっと早く話したかったですね」

「私には分からなかった。生きる意味も持てず、悦びもない、嫌悪も、絶望も」

「ぼくにはありましたよ。生きるのは念のため、憧れの人といるのは悦んだ。殺人を嫌悪したこともあれば、何もできないと絶望もした。まあ、その時は実のところどうでもよかったわけですけど」

「何が違うんだ?」

「何もかもが違うでしょう。でも、あなたとぼくが近いのは、自分に欠陥があるんじゃないかって、致命傷を負っているんじゃないかって思っているところじゃないですか?ぼくより長生きして何も答えを得なかったのは、あなたが目をそらしていただけに過ぎない。ちょっと周りを見てみればたくさん人がいるのに見えないふりをした。鏡だけを見て過ごして生きてきたせいで見えなかっただけ」

見えないのではなく見ない。

聞こえないのではなく聞かない。

感じるはずの感覚を封じて迷路に入ろうなんて馬鹿げている。

「なら、お前は何のために生きている」

「答えましょう。生きていたいから生きている」

戯言だ。

 

 

生きる目的なんてものは結局のところ付属品でしかない。

ただ道を歩いていたら辿り着いてしまうように、道は何処にでも繋がっている。

だから止まっていた頃のあのぼくは決してどこにも辿り着かなかった。

生きることもなく、死ぬこともない。

日々がただ時計の針が回るだけと感じる生き方。

それでも時間は平等に進んで、いつの間にか死にたくないと思った。

止まっていたぼくの呪いを解除した青色のサヴァンはその時何を思っていたのだろう。

憎しみか、愛情か、どちらにしても同じこと。

では葛木宗一郎の呪いはどうやったら解除されるのだろうか。

これは恐らく、傑作だろう。

「さて、ぼくの役割は終わったのですが、解放してもらえますかね。もらえないとちょっと困ったことになると思いますけど」

「それは外でやり合っているセイバーの事かしら?」

セイバーちゃんが来ていたのか。

「いえ。赤色の魔術師と狂戦士でしょうか。ぼくは彼女たちと協力関係にあって、あんまり遅いとここに来るように手紙を置いてきたんですよ」

「当然ね。でも私が何も考えていないとでも思っているのかしら?」

「何もかもを台無しにする無為式相手に言う言葉ではありませんね」

「可愛げのない子供」

キャスターさんはそう言うと指を鳴らす。

それだけで拘束が解かれた。

「なにもしないんですか?」

「情報収集は終わり。今度は戦力を集める時間」

「ああ。なるほど」

「丁度ここに三つの勢力を手にしている都合の良い存在がいる。利用しない手はないのではなくて?」

「ちょっと均衡を保たせているだけですよ。魔術師はみんな自分勝手でしょう。それはマスターそれぞれに言えることですよ」

こういう無意味な裏のかき合いは嫌いではない。

「条件次第では話し合いの席を作ってもいいと思っていますよ」

「どういう条件かしら?」

「一つ。ガス漏れ事件のようなことを起こさないこと」

「まあ妥当なところね」

「二つ。赤い魔術師の協力をすること」

「あの小娘に?」

「因果を超える人間なんて、赤色以外に存在しないでしょう」

「その辺の言葉遊びではあなたには勝てないわね。了承するわ」

「三つ。これはまあどうでもいいことだけど、勝手な行動をしないこと」

「三つ目が一番重要なのではなくて?勝手な行動を、例えば裏切るなんてことをされたらひとたまりもないはずよ」

「些細なことですよ。裏切りなんてものは。ぼくは友情をもって生きているわけではありませんから。それに裏切られて咎める程度の友情なんて、所詮はその程度でしょう?それに勝手に行動しないなんて約束は意味を持たないでしょう。特にぼくが関わっている以上、みんなが勝手に動き出すのだから」

「・・・理解できないわね。こう見えて私は陰謀家よ?」

「策師程ではないでしょう。あなたの前では悪魔も全席指定ですか?」

「降参。話し合いのできる人間を相手にする方が有意義だわ。条件はそれだけ?」

「はい。善は急げで今すぐにでも話し合いの場を作りましょうか?」

「そうね。頼みましょうか」

「頼まれました。人類最弱の請負人、その依頼を請け負いましょう」

 




詐欺師も魔術師も、どちらも関わりたくないという点では一緒。

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