ありふれたクラスは世界最凶!【完結】   作:灰色の空

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最終話と言ったな…すまん。
もうちょっとだけ続くんじゃ。


生き足掻く

 

 

 

 

 何かがおかしい。アラン・ソミスは生徒たちに指示を出しながらそう感じていた。

 

 それはフェアスコープにも反応しなかったトラップの時も感じていたが、今まさにトラウムソルジャーと言う三十八階層に出てくる魔物と対峙している今この時が一番に違和感を感じていた。

 

(…どうして突破できない?)

 

 今自分と共に戦い戦線を維持している永山、檜山を主軸とした前衛組と後方で詠唱し魔法を放っている谷口、中村を中心とした後衛組との連携は混乱していた先ほどまでとは比べてスムーズだった。

 

 単純に落ち着きを取り戻し、人数が集まったことで苦戦することは無くなるはずだった。無論死の恐怖に怯えて本来の力が発揮できなくてもそれでも指揮系統は自分が担っているため生徒達は戦う事に集中できている筈。それなのにどうしてか突破するのが難しいのだ。

 魔法陣によって絶え間なくとラウムソルジャーが出現するのは理解は出来ている。だが今現在の戦力なら多少の怪我は負うとしても階段にまでたどり着けるはずだというのが次期団長候補であるアランの見立てだったのだ。

 

 それがどうしてか前に進めない。トラウムソルジャーの統率が嫌に整っている気がするのだ。まるでこの場から離れるなと言わんばかりの

 

「永山は敵を引き付けその間に檜山は敵を切り刻め!後衛の詠唱が終ったら退避を心がけるんだ!」

 

(早く退路を確保しなければ!)

 

 口には出さないが内心では焦りを浮かんでいた。それはトウムソルジャーが厄介と言う意味ではない。後方にいるベヒモスと対峙しているメルドの事を考えての事だった。今、自身の直属の上司であるメルドがベヒモスを抑えているのだろうと予測は出来ている。しかしそれにしては随分と時間がかかり過ぎているとも感じていた。

 

 メルドが高々ベヒモス如きに後れを取る事は無いと、アランは当然のように思っている。しかしこの橋の上と言う状況とメルドの本当の力を発揮した時の事を考えるととてもではないが悠長にはしていられなかったのだ。

 

 メルドが今の現状にしびれを切らし、本気を出すという事はすなわち橋の崩壊か迷宮の陥没、そのどちらかしかない。となればこの国最高戦力を死なせてしまう事となり…防衛の担い手を失った国の行く末が決まってしまうようなものだった。

 

 最悪、団長だけを生き残らせる様にするのがハイリヒ王国を生きながらせるための絶対条件という事はアラン自身副長から常々言われているのだ。

 

 もしもの事を考え優先順位を決めようと考えだした時だった。

 

「しゃおらっ!俺!参戦!」

 

 妙に気合の入った声を出しながら、生産職である柏木が前線に飛び出してきたのだ。

 

「柏木君!?怪我した子達は」

 

「治しました!それよりもさっさとここから出ましょうぜアランさん!」

 

 チラリと後方を確認すれば、なるほど負傷したものには応急手当が施されているようだった。しかしだからと言って前線に出るのは…

 

「おらおらっ!食われてぇ奴はどいつだ!」

 

 いつの間にか持っていた棍棒を振り回しながらとラウムソルジャーへ戦いに挑む柏木。一応ニートから訓練は受けたためか素人よりはましと言う棍棒の振り方と足の動き方だった。

 

(そ、それにしては…ヘボい)

 

 気合は十分で根性もそれなりにあるようだが、悲しいかな。やはり天職が戦闘職の者達と比べると随分とお粗末だった。

 心に体がついて行っていないというべきか、戦闘に関する才能が一欠けらもないというか。今もトラウムソルジャーの振りかざした剣に当たりそうなのを檜山が柏木を蹴り飛ばしたことで何とか回避することが出来たのだ。

 

「こっちをウロチョロすんじゃねぇボケェ!」

 

「だったらさっさと殲滅しろよ馬鹿!」

 

「出来たら苦労はしねぇんだよこのカスゥ!」

 

 罵り合いをしながらトラウムソルジャーに攻撃を仕掛ける二人。…しかし悲しいかなやはり柏木の力は貧弱で見ていていつやられてしまうのかとヒヤヒヤするものだった。騎士団に所属していたのなら即刻再教育になるほどの貧弱さ。

 

「だから!俺の負担が!増えるんだよぉぉぉオ!!」

 

 だが、それに反して檜山の動きは罵り合いをすればするほど俊敏に滑らかになっていく。緊張がほぐれ余計な力は抜けなぞる様に振るわれる二刀の剣は的確にトラウムゾルジャーの頭蓋を抉っていく。踊るように動き一撃必殺の攻撃を繰り返すその姿は騎士団員の足元まで届きそうだ。おそらく鍛えればもっと成長する可能性すらありそうな動きだった。

 

 依然として突破口は見えない。しかし何故か柏木が来たと同時に事が上手く運び力がみなぎる予感をアランは感じ取ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦況は膠着している。檜山と永山が前線で踏ん張っているけど、それがいつまでもつのかわからない。骨はどんどん数を増やし後ろから聞こえる地響きのような音は徐々に大きくなってきている。

 

 端的に言ってとてもマズい、それもかなり。

 

(どうにかしないと…どうにか!)

 

 『自分の手に負えなくなるとお前はいつもすぐに焦ってしまう』とは父さんから言われた俺の悪癖の一つなのだが今まさしくそんな状況だった。負傷者が居れば俺の薬を使って治すことが出来る、怪我も疲労も均等に俺は治せる力を持つのだろう。だがその力が今この状況で役には立てるとは思えない。

 

「おらおらっ!食われてぇ奴はどいつだ!!!」

 

 未だ出口へとたどり着けない焦燥感から焦って前線へと躍り出てしまった。まずはそこら辺で拾った骨が持ってるであろう棍棒を拾い上げぶんぶんと振り回す!

 

 スカッ!

 

「ぬぉ!?」

 

 しかしその攻撃は当たらず逆に骨からの反撃を食らいそうになる。振りかぶった剣がみえた瞬間、いきなり背中に衝撃を受け無様に転げ回ってしまう。

 

「こっちをウロチョロすんじゃねぇボケェ!」

 

 危機一髪を救ってくれたのは檜山だった。悪態をつきながら立ち上がり今度こそ骨に立ち向かって一撃をくらわす。手に響くのは固い何かを砕いた感触と一つの命の終わりを実感させる感触。…人の頭蓋骨もこんな感じなのだろうか。

 

 アドレナリンが切れたのか、それとも考える余裕が出てきてしまったのか、悪い方へと考えてしまう。それでもまだ前を向いていられるのは横にいる檜山と永山が戦っているからだろう。檜山は赤く赤熱化した二刀の剣を巧みに操り骨を葬っていく。剣を振り回すごとに紅い軌跡が走るのは酷く美しさを感じさせる…

 

 …何でそれ赤熱化してんの? 

 

「中野がなんかやった!ははっ!お陰でトロけたバターを切ってみるみてぇだ!!」

 

 さいですか。何か知らんが中野が力を貸したらしい。ぶんぶん紅い軌跡を描く檜山の横では永山がじっくりと着実に燃える拳で骨を砕いていく。動き回る檜山とは違って不動の立ち方をする永山は一見地味だが確かに手早く丁寧に骨を処理していく。

 

 …何で拳が燃えてるの?

 

「知らん。中野が火をつけた。熱くはないから問題ない」

 

 さいですか。何か知らんが中野が何かをやったらしい。でも熱さを感じない炎って何なの?永山が骨に対して一撃を与えるたびに燃え盛っていく炎の拳はなんだか激しくヤバイ気がする。

 

 でもまだ階段までにはたどり着けない。このままではマズい。檜山も永山もアランさん前衛組もよく戦っている。後衛組である谷口や中村も魔法を放っている。さっきから影に隠れて骨に足払いを繰り返し放っている遠藤も、俺の指示通りに小石を動かして骨の体勢を崩している野村も、闇魔法なのか黒い光弾を放ち狂笑している清水も、みんなよくやっている。

 

 でもそれでも、階段へとたどり着けない。…原因は分かっている。

 

(火力が足りない… 一気に現状を変えるほどの火力が足りない!)

 

 俺たちの攻撃はかなりのものだと思う、しかし大群に対しての火力が足りないのだ。ゲーム風に言えば単体攻撃ばっかりで範囲攻撃が足りないとでもいうべきか。大群に対してプチプチと虫の一匹を潰すようなやり方では時間が足りないし魔力的にもキツイ。何よりも精神的にきついのがかなりやばい。

 

 今はまだ持ってるけど減らない敵に誰の心がぽっきり折れてもおかしくはない。そして一度でも誰かがヘタレてしまったらその恐怖が全員に感染してしまうものなのだ。…そうなったら俺達は今度こそ終わりだ。そうなる前にこの現状を一気に変え俺達の突破口を開き士気を上げる必要があるのだ。

 

「クソッ!天之河はまだかよ!」

 

「あぁ!?あの糞ムカつく野郎が何だって!?」

 

「あいつが来れば直ぐにでも脱出できるって話なんだよ!」

 

 …勇者はまだ来ない。この状況を打開できるはずのたった一つの希望はやってこない。

 

「じゃあその馬鹿は一体どこに居んだよ!」

 

「団長たちの所へ行ってる!南雲が呼びに行った!」

 

「マズいな…」

 

 永山はすぐに気づいたみたいだがこの状況はクラスメイトで一番の戦力である天之河が居てくれないと駄目なのだ。

 多少、頓珍漢な事を言うものの戦力としては十二分で何より二十階層で壁を崩したほどの天翔剣?という現状を打ち破れる力があれば突破口は開かれるはずなのだ。

 

 その勇者はまだ来ない。…南雲が手間取っているのか、それとも後ろで何かが起きたのか。天之河さえ来てくれれば俺達は助かるのに…っ 

 

「おい柏木!」

 

「…え?」

 

 そんな事を考えてしまったからか、眼前に骨が剣を振りかぶっているのがみえた。大上段の渾身の一撃、そう判断してしまうほどの明確な殺意を感じる

 

(あ…マズい)

 

 眼前の光景が随分とスローになっているのはアドレナリンが今頃過剰に出てきているのからか。死の匂いにつられてみたくもないのに走馬灯のように今までの人生の記憶が映し出される。

 

 この可笑しくも楽しい異世界の日常(誰かの作為を感じた)友人に恵まれた高校生活(本当はこんなクラスだったのか?)今生の友と出会えた中学(アイツ(親友)との出会いは偶然?)人から敬遠された小学校時代(周りと自身の違い)独りだった幼年期(当たり前だ、だって中身は) 

 

『願いは…望むものはそれでいいの?確かに出来るけど』

 

 記憶の混雑が起きる、自身の記憶の根底にある秘密が…自分が知らない自分だけが知ってる自分自身何より願った自分だけの

 

 記憶の根底にある願いを思い返す間もなく振りかぶった剣によって俺の命はそこで終わりを告げた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、だから調合師って事なのか」

 

 

 という事もなく目の前の骨は炎に包まれてあっさりと灰になってしまった。一瞬で骨を消し炭にする炎を操ることが出来るなんて事をできるのは一人しか居ない。

 

「中野…っ!?」

 

 そこにいたのは…()だった。

 

 人の形をし人の言葉を語る尋常じゃない熱気を放つ炎だった。茹だるような熱気で俺の頭が壊れたのか、それとも先ほどの混雑した記憶の混乱が抜けていないのか、呆然と見ているとその人型の炎が呆れたような声を出す。

 

「シンドロームはソラリス、恐らくピュアブリード《純血種》か…となると南雲はモルフェウスか。まぁいい、とにかくあの回復薬は俺の燃料にはちょうどいい…っておい頭大丈夫か」

 

 炎が生きている。生きて言葉を紡ぎ人の真似をしている。それはなんておそましく…吐き気がするほど美しいのだろう。自分の生物的本能が恐怖を感じるとともに未知の生物との遭遇に肌が泡立って…

 

「…おい!起きろ!」

 

「えっ?…あれ?中野…だよな」

 

 肩をゆすられ、ハッとした瞬間、生きている炎は中野になっていた。…どうやら死を目前にして気が付かぬ間に呆けていたらしい。先ほどの記憶が混雑したのもそのためだろうか。幻覚を見るなんて最高に可笑しくなっている。

 

「…はぁ。まぁいい、それよりもさっさとどけ。巻き込まれて消し炭になっても知らねぇぞ」

 

 その言葉と同時に中野は俺が渡した魔力回復薬を乱暴に飲み干し悠然と骨たちの前へと躍り出た。…渡したのは俺が作った物とはいえ市販の魔力回復薬と変わらない筈。それなのにどうしてだろうか、俺の薬を飲んだ中野から途方もない威圧感を感じてしまうのは。ざわざわと俺のナニカが危険を知らせる様にうごめくようなそんな気がした。

 

「ったく。只の休暇のはずがこうなるなんて、霧谷サン、アンタこうなる事を見越して派遣したのか?」

  

 檜山と永山、アランさんより前に進み出た中野は腕に炎を纏わせながら何かを呟いている。話している内容は何かは分からないが腕の炎の熱気はすさまじい。呼びかけようとしていた前衛の三人が思わず後退するほどだった。

 

「さて、まぁ運が悪かったと思って死んでくれ」

 

 気だるげなその言葉は、轟音と共に放たれた。中野の突き出した腕から真っ赤な灼熱の炎が無数にいた骨を飲み込んだのだ。

 

「すっげぇ…」

 

「この炎は…上級魔法、いやそれ以上の!」

 

 檜山がつぶやいた言葉とアランさんが思わずと言った言葉にはまさしくその通りだった。紅い炎は高度の熱を持ちすぎるからか白熱と化してほとんど白い閃光になったのだ。熱気は恐らくマグマよりも高温度なのだろう飲み込まれた骨は一瞬にして溶解を始めているため灰すら残さない。ああ…だからさっきまでサボってたのか。

 

「んなもんか。さて、道は開けたさっさと行くぞ」

 

 中野の腕から吐き出された炎が収まったその場には何も残されていなかった。骨は勿論骨が持っていた武器や魔法陣すらも文字通り塵一つも残されていない。

 

「中野君。君は一体…」

 

 アランさんの疑問はもっともだ。いくら中野が才能のある炎術師だったとしてもここまでの魔法には必ず詠唱が必要とされるのだから。でも詠唱を唱えた様子も魔法陣が展開された様子も一つもなく、炎は実際に中野の腕から出てきた。とてもではないが普通とは思えない出来事にアランさんが思わず言ってしまうのも無理なからぬことだった。 

 

 だが、その質問に中野は答える事は無かった。タイミング良く(悪く?)天之河がようやく駆けつけてきたのだ。

 

「皆、遅れて済まない!ここからは俺が道を切り開く!」

 

「遅せぇよこのカス!」

 

「遅すぎるぞ天之河!」

 

「!? す、すまない…」

 

 檜山の罵声と永山の叱責が飛んで言葉を詰まらせる天之河。そりゃそうだ、ヒーローは遅れてやってくるなんて言うけど事が終わった後でやって来るなんて一体何のための力だ。出直してこい!

 

「と、ともかく、道は開けた!ここから生きて帰るぞ!」

 

 多少どもりながらも声を張り上げ階段へと聖剣(笑)を指し示す天之河。道を開いたのは中野なので檜山達数名は冷ややかな目で天之河を見ていたがこの好機を逃すほど愚かでもなくまたもや現れた骨を生み出そうとしている魔法陣に気を付けながらも階段へと走っていく。

 

「中野君!ここから出て来れたら」

 

「話をしろってことですか? 構いませんが、ともかく今は生きることが先決でしょう」

 

 もちろんそれにはアランさんや中野も。何だかんだで道は開いたのだ、だったらこんな所で立ち止まるわけにはいかない。俺も一緒になって走り出す。

 

 

 

 

 この時、今になって思えば俺は引き返すべきだったのかもしれない。…結末はかわらないだろうけどさ

 

 

 

 

 

 中野が無理矢理こじ開けた通路を通り全員が包囲網を突破し階段前にたどり着く。危機的状況から抜けたことで安堵の空気が場に流れる。無論それは俺も例外ではなく。だがそんな俺達に声を張り上げるものが居た。

 

「皆、まだだ!まだ安心するのは早い!」

 

 遅れてきた勇者天之河だった。橋と階段をつなぐ通路をふさごうとしている骨の集団に向かって魔法を放っている。

 

 何故?どうして?そんな表情を浮かべる俺達に向かって声を張り上げたのは手で頭を押さえ青白い顔をした白崎だった。

 

「皆、待って! 南雲くんを助けなきゃ! 南雲くんがたった一人であの怪物を抑えてるの!」

 

 その言葉で俺はようやく親友がこの場所にいないことに気付いた。大急ぎで橋の向こう、ベヒモスへと視線を向ければベヒモスを前にして南雲が錬成を使ってベヒモスの下半身を橋と直結させ足止めをしているのが見えた。…見えてしまった。

 

 南雲がたった一人で殿を務めている。最も危険な場所で誰よりも危険なことをしている。、その事実が分かった時一瞬で血の気が冷え次に俺はほぼ無意識に白崎の胸ぐらを掴んでいた。

 

「おい白崎!お前何で南雲をあんな所に置いてきやがったんだ!」

 

「…っ!私だって南雲君を置いて来たりなんてしたくなかったよ!でも!」

 

 顔をゆがめ青白い顔をしながらも声を上げる白崎。魔力切れが別の要因か、体調がひどく悪そうだというのは分かるがそれでも俺は白崎に向かって怒りがこみあげてくるのを抑えられなかった。

 

「止めて柏木君!南雲君が自分から足止めするって言ったの。その時香織も止めようとしたんだけど足止めできるのは自分だけだって南雲君が」

 

 八重樫が何かと喚いているが、俺はそんな事を責めているのではない。コイツなら南雲の方を優先すると思っていたのにこっち(安全な所)に来てたのが心底ムカついたのだ。

 

「やめろ柏木!今はもめている場合じゃない!今すぐ南雲の撤退を助けないといけないんだ!皆!戦えるものは通路を確保してくれ!魔法を放てる者はあの化け物の足止めをするんだ!」

 

 俺が白崎の胸ぐらを掴むのを止めようとした天之河は続けさまに皆に南雲が撤退できるように指示を出す。その言葉で俺はムカつきながらも白崎の胸ぐらを手放す。コイツも治癒術師は言え攻撃魔法も使えるのだ。戦力は多いにこしたことは無かった。

 

「クソッ…南雲のヒロインを気取りたいのならさっさと助けてやれよ」

 

「言われなくても…っ」

 

 頭が痛むのか手で頭を押さえフラフラになりながらも後衛組と一緒に魔法の発動準備をする白崎。今にも倒れそうだが、倒れるのなら南雲を救出してくれぶっ倒れてほしいものだ。…でも、すぐに後悔した。

 

(…クソッ 何白崎に八つ当たりかましているんだ俺は!)

 

 感じてくるのは強い自分に対しての嫌悪感だった。本当は分かっているのだ、白崎に当たったのは只の八つ当たりで、勝手に白崎に対して期待して失望をしたのだ。南雲の性格なら殿をしてもおかしくはないってわかってるはずなのに止めなかった自分に腹を立て八つ当たりをかましてしまったのだ。

 

(…あーあ何やってんだ俺は。ホントッ自分で嫌になってくる) 

 

 前衛で戦えるものは骨たちへ戦いに行った、魔法を放てる者は詠唱を。…その中で俺は何もできないでいる。親友が今まさに命がけになっている中何もできないでいた。

 

 薬なら何でもできる、作って見せる。だがこういう戦闘時には本当に無力でしかないのだ、俺の能力は。それがたまらなく歯がゆく強いイラつきを感じさせる。

 

(頼むっ…無事で帰ってきてくれ南雲!)

 

 祈る事しかできないというのはなんと無様なのだろうか、親友は今ベヒモスから離れこちらに向かって全力疾走をする。

 

 その走ってくる南雲の後ろでベヒモスが抑えがきかなくなったことで起き上がり咆哮を上げている。獲物を捕らえ四肢に力を籠めようとして所で後衛組が放つ色とりどりの魔法が殺到する。

 

 きっとこの調子なら無事に南雲は『さぁここからが本番だ』 

 

「…っ!?」

 

 視界がぶれる。色とりどりの魔法はベヒモスへと向かう、怯むベヒモス、スピードを上げる南雲。しかしその南雲へと一つの火球が急に角度を変え…直撃はしなくてもその事で南雲のスピードが落ちる、ベヒモスがその一瞬を逃さずに地響きを繰り出して、衝撃に耐えきれず橋が崩れていき…

 

 奈落へと落ちていくベヒモスの断末魔

 

 クラスメイトへ手を伸ばしながら奈落へ消えていく南雲

 

 

「…はっ!?」

 

 目が覚める、慌てて橋を見るがまだ崩れていない、必死に走る南雲、其処へ大量の魔法弾が。脳内に蘇るは先ほどの光景と誰かからの忠告『南雲は行方不明になる予定』もう考える時間は無い、判断する時間もさっきの光景も考える時間がとにかく無い!咄嗟に足に力を込め俺は…

 

『アクセル』『アドレナリン』『熱狂』『狂戦士』『力の霊水』『さらなる力』『オーバードーズ』

 

「うぉぉおぉおおおお!!!!」

 

 足に力を籠め、一気に跳躍する。その力は後衛組を飛び越え戦っている骨や前衛組や騎士たちをも飛び越え一気に通路に踊り出る。

 

「なっ!?」

 

 後ろから誰かの驚く声が聞こえてきたがそんなこともうどうでも良かった。自分の身体能力も、内から湧き出るような力も何もかもどうでも良かった。ただ親友を救うためただそれだけのために俺は走り出す。

 

「……君!?…して!?」

 

 俺の向かう先では走ってくる俺に気付いたのか南雲が物凄く驚いた顔で俺を見ていた。何故とかどうして戻ってきたとかそんなことを考えているのだろう。お前を助けるために来たんだよぉ!

 

 そんな俺の頭上では色とりどりの魔法がベヒモスに向かって行く。…その中に一つだけ何故か明らかに変則的に動く火球があった。

 

 

 

 

 

 

 檜山大介は怒っていた。心底ムカついていた。腹が立っていた。

 

 階段付近の広場で睨め付けるのを通り越して殺気を放つまでに怒りを込めて見ていた。自分に最も適性がある風魔法で一直線にぶつけようと考えていた。

 

 それは誰に対してか

 

「…俺を見下しやがって、あの糞魔物が…!」

 

 自分に恐怖を味合わせたベヒモスに対してだった。あの咆哮を聞いた瞬間今まであった全能感は消え去り自分が只のちっぽけな人間だったという事をいや応なく実感させられてしまったのだ。

 だから檜山は自身の得意とする風魔法でベヒモスに一撃を食らわせようとした。

 

(…チッ、アイツを助けるためじゃねぇ!)

 

 今こっちへ走っている南雲ハジメに対して思わないこともない。昨夜白崎香織が南雲ハジメのいる部屋から出てきた所を目撃をしていて 色々と思わないこともない。だが、檜山は自分をコケにし、プライドを著しく傷つけたベヒモスに対して反撃を与えようとしたのだ。

 

「ここに、風撃を…っ!?」

 

 だがここで、誤算が起きた。間違いなく風の魔法の詠唱をしたはずなのに何故か出てきたのは()()()()()()()()()()だった。

 

「はぁ!?何でっどうして!?」

 

 驚愕するも魔法の構築は止まらない。魔力を止めようとするも火球は大きくなり…檜山の意思を無視して発射されてしまった。 

 

 檜山にはベヒモスだけを攻撃しようとした。それなのに火球は檜山をあざ笑うかのようグネグネと動き

 

 

 そして…

 

 

 

 

 

 

『クスクス』

 

 

 

 

 

 

「チッ!結局こうなるのかよ!」  

 

 先ほど見たのは予知夢という奴なのか、当たってほしくないのにそれは、吸い込まれる様に南雲へと向かっていく。  

 

「っ!?」

 

 直撃はしなかった。だがその衝撃で南雲のバランスが崩れる。ふらついた南雲に向かってベヒモスがボディプレスをする。

 

「うぉぉぉおお!」

 

 衝撃の余波でこちらまでスッ転びそうだったが、何とか体制を持ちこたえる。こんな時になんだが訓練を真面目にしておいてよかった。日本に居た頃の身体能力だったら今ので転倒していた。

 

 そんなアホな事を考えても足を止めず、今にも崩落しそうな橋でたたらを踏んでいる南雲に向かって手を伸ばす。障害であるはずのベヒモスはアホな事に自身の重さのせいでクッソ哀れな泣き声を上げながら奈落に落ちて行った、ザマァ見ろ!だが、南雲も衝撃でバランスを崩し奈落に飲み込まれようとしている。

 

 駄目だ!そこに落ちていくのだけは絶対に阻止するんだ!間に合え俺の魂ぃ!

 

「南雲!手を伸ばせ!」

 

「っ!うわぁぁ!」

 

 ガシッ!

 

 間一髪!俺の手は南雲の腕を掴み、落ちそうになった南雲に届いた。落ちそうになっている南雲を体全部の力を使って引き上げる。人一人を持ち上げるのはなんて重労働だ!でもこれからが本番!俺が無茶をしたんだからお前も無茶をしろ!

 

「うぉぉおおお!!」

 

「柏木君!」

 

「南雲!橋!錬成ぃ!」

 

「! 分かった!」

 

 流石は俺の親友!直ぐに俺が何をしたいのか察してくれた。何せ橋が壊れそうなのだ。このまま崩れてしまったらまた落ちてしまう。だったら直せばいい。なにせ俺が手を掴んでいるこの親友は物質を作り替えることができる『錬成』持ちなのだから!

 

「錬成ぇぇえええ!!」

 

 引きずりあげられている南雲は橋に手を掛けるとすぐに錬成を開始した。流石と言うべきか今にも崩れ落ちそうな橋は見る見るうちに崩壊する事なく罅が治っていく。その様子はまるでビデオの巻き戻しみたいでむしろ前の橋よりも頑丈と思わせるほどのものだった。やっぱすげぇよ…南雲は。

 

「ふんっ…ぬぉぉおお」

 

「あと少し…」

 

 橋の崩壊は止まった。後は南雲を引きずりあげるだけ、上半身は引き上げたがまだ下半身は宙ぶらりんとなっている。疲労で崩れそうになる体を無理矢理動かし南雲のベルトを掴み一気に引き上げる!

 

「ファイト―!」

 

「いっぱぁぁあぁっつぅぅ!」

 

 在りし日の懐かしい物を叫びながら俺は遂に南雲を引きずりあげる。そして、遂に、俺は、南雲を引きずりあげたのだ!

 

「はぁ…はぁ…」

 

「けふっ、こふっ」

 

 全身の筋肉を使った代償か疲労が半端ない、汗が全身から噴き出ていて非常に気持ち悪い。呼吸をする事がこんなにも幸せだったとは…息を整えていると仰向けになった南雲と目が合った。こちらも全力だったのか汗を流しているが、何とか大丈夫そうだった、怪我もなさそうだし。

 

「…ねぇ」

 

「あ?」

 

「ありがと」

 

 苦笑する様にそれでも嬉しそうにはにかむのは、何ともくすぐったい。照れて頬が熱くなるのを感じながらもぶっきらぼうに返答する。

 

「ばーか、こんな事で礼を言うなよ」

 

「それでも、助けてくれたんだし…一生かかっても返せない借りが」

 

 そんな急に重いこと言われても本当に困る。だって友達を助けるのは当たり前のことで今度こそは失敗しない様に…そんな事を考えてふと何か変な感じがして、南雲を見ると…こちらを見て目を見開いていた。

 

「柏木君!逃げて!」

 

「へ? …ぁ」

 

 ズバッ!

 

 熱さ、衝撃、そして目の間に広がる紅い飛沫と遅れてやってくる激痛。

 

「あぐっ…?な、なんだこれ」

 

 口から血反吐を吐き、視線を下に向けるとそこには赤い液体が塗らりとついた鈍い色の輝きを持った突起物が俺から生えていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一言メモ

今回はお休みです。

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