二章はまだ時間がかかるので暇つぶしにどーぞ
「お待ちしておりました、中野君」
都内某所に存在する、とあるビル。
表向きは他国企業のオフィスビルとなっているそこが日本におけるUGNの中枢、UGN日本支部となっている。
その最上階、支部長室にて中野信治はUGN日本支部長『霧谷雄吾』呼び出されていた。
「まずは、先日の任務お疲れさまでした。君のお陰で被害は最小限に食い止められました」
「…いえ」
桐谷の賛辞に中野はそっけなく対応する。霧谷の話した任務はどこにでもある暴走したオーヴァード…ジャームの戦闘と処理を行っただけの話だったのだ。
「それで、呼んだ理由はそれだけですか」
ほぼ無感情。どれだけ上の人間でも中野の対応は変わらない。そんな中野に苦笑すると霧谷は呼び出した理由を話すことにした。
「早速で悪いのですが君には次の任務へ行ってもらいます。任務内容はとある少年の保護です」
「…保護?」
「より正確に言えば監視でもあります。オーヴァードに覚醒する予兆を感じられるとの報告を受けましたので君に見てもらいたいのです。保護対象の名前と容姿はこちらの資料にまとめておきました」
渡された資料を眺めながら中野は正直面倒だと感じていた。自分の本質は戦闘であり誰かの保護なんて専門外だと感じていたからだ。
とはいえ、言われた任務を断る事も出来ない。そう訓練されているし、それがUGNチルドレンである自分の仕事だからだ。
資料を眺め、その保護対象の名前に違和感を持つ。眉根を寄せるというようやく感情らしき感情を見せた中野に対して霧谷は何故中野を選んだかの理由を話し始めた。
「保護対象となるのは、君の恩人…『超人』の息子です」
「……」
脳裏をよぎるは幼き頃の思い出。故郷の人々を焼き殺し、炎を感情そのままに操り
その息子を保護しろと言うのだ。性格が悪いと視線で訴えれば苦笑で返されてしまった。
「君はその子のいる高校へ転校することになります。手続きは終えてありますので後は現地の支部長と相談し事を進めてください」
「…」
小さな溜息をつく中野。やりたくないというのが本音だが逆らうわけにもいかない。そんな中野に霧谷は優しく穏やかな声を掛ける。
「任務と言うの名の体ではありますが、君の休暇も兼ねています。同世代の子たちと交流してささやかな青春を送ってください」
「……了解」
余計なお世話でおせっかいと言うのが中野の本心だが目の前の男が本気でそう言ってるのだろうとも察することは出来るのだ。
大きな溜息をついて次の任務の事を考える中野だった…
「やぁ噂はかねがね聞いているよ。えっと確か」
「『火の粉』今はそう名乗れと霧谷から言われている」
喫茶店ウィステイリアにて中野はこの町のUGN支部長である園部博之と対面していた。時間帯は午後で丁度休憩時間中らしい。
「そうかい…霧谷支部長から聞いているけどそっちの方が可愛げがあっていいね」
以前名乗っていた前の二つ名は物騒過ぎると判断され『火の粉』と言う妙に愛らしい二つ名を霧谷につけられてしまったがまぁしかたいないと考える中野。そもそも前の二つ名は幼少のころの回りが勝手に崇めていた名前なのだ。今はそれで良しとすることにした。
「で、話を聞きたいのだが」
「ごめんごめん。それじゃ色々と説明するからよく聞いてね」
話が脱線したので軌道を戻し転校について色々と説明を受ける事にした。そのほか住所、書類、などの細かい説明も受ける。
中野が見た資料では園部博之はオーヴァードではあるが純粋な戦闘要員ではないという事だった。あくまで事後処理や事務機能に長けている人物であるという事で、接している最中でもあまり戦闘技能は強そうには感じなかった。…人当たりはかなり良いとは感じるが。
「という事で、君は晴れて高校生だ。色々と戸惑うかもしれないけど頑張ってくれたまえ」
「…構わないが、一つ質問がある」
「何だい?」
「今どきの高校生の中にどうやって馴染めばいいんだ?」
幾ら容姿は少年だとしても中野の過去はとても血生臭い。今更普通の高校生になれって言われたところで絶対に浮いた存在になるのは目に見えているのだ。
しかも性格も社交的ではないという自覚がある。はっきり言えば人選ミスも良い所なのではないのか。そう園部に聞けば言われて気付いたのか同じように困った顔をしてしまった。
「確かに、いきなり高校生をやれっていうのは難しいよね…私も最近の子の好みは分からないからなぁ」
困ったかのように笑う園部に溜息を吐く中野。いきなりの出だしで躓いてしまったのだ。溜息が出てくるのはある意味仕方のない事だった。
「優花にでも聞ければいいんだけど、女の子だし…困ったね」
「優花?…ああ娘がいるのか」
園部博之には一人娘が居る。資料では知ってはいたので恐らく同級生になるだろうと見当をつけていたのだ。奇しくも保護する少年とは同い年でもある。
「可愛くて優しい自慢の娘だよ。…最もこっちの世界については何も話していないけど」
「そうなのか?」
「まぁね。こんな血生臭い世界知ってほしくないんだ。娘には普通の幸せを送ってほしい。…私の我儘かもしれないけどさ」
そう言って子を持つ親の顔をする園部博之。自身に向けられたこともなくかと言って羨むにはとうに終わってしまったその顔にむずがゆい物を感じながらも話を進める事にした。…そんな顔を見たくなかったというのもある
「話を進めるぞ。俺はそいつと同じクラスになればいいんだな」
「そうだね。どういった接触の仕方にするかは現場の君の判断に任せるよ。…こちらの世界についてもね」
「わかった」
結局は出たところ勝負の話になるのだろう。別段気負う事もなく、民間人の命の危機という事でもない。それなりにこなせばそれでいいのだ。
という事で中野信治は転校の手続きを終え高校生になる事が出来たのだった。件の少年『柏木』はクラスでは多少目立たない存在ではあった。友人である南雲ハジメと清水幸利と毎日雑談と称しては楽しそうに笑っている何処にでもいる少年だった。
「バエルッ!」
「何言ってんのコイツ?」
「それが昨日一緒に見た鉄血に嵌っちゃって…」
「止まるんじゃねぇぞ…」
「馬鹿じゃねぇの?…あ、馬鹿だったわ」
…多少変な会話をしているが概ね普通の高校生と呼べるものであろう。そんな柏木を少しばかり観察しては特に意味もなく、しかし何よりの休暇を満喫する中野。
「あ~授業かったりぃ~学校爆発してくんねぇかなぁ」
「だよなぁ~」
「なるわけないじゃん馬鹿なの檜山?」
「あ?斎藤今なんつった」
「そんな事より午後の授業サボろうよ。駅前のゲーセンで新しいゲームコーナーが出来たんだってさ」
「…いや、授業サボっちゃまずいだろ」
「…檜山って不良ぶる割には真面目だよね近藤君」
「そこが檜山の良い所なんだよ」
「あ?なんか言ったか?」
「…何でもねぇよバーカ」
クラス内にも溶け込めることは出来た。一応クラス内では不良?グループの檜山達の輪に入ることが出来たのだ。下らない会話をしているがそれがまた実に意味のない会話で…表情には出さないが楽しいのだ。自分が想像していたよりもずっと。
昨日と同じ今日。今日と同じ明日。
炎を操る化け物は人の生活を謳歌していた。自身の生い立ち、異能を考えることもなく人波の生活を確かに手に入れたのだ。
あの召喚が起きるまでは、確かに人の営みを触れることが出来たのだ。
だから、それを壊した物には相応の報いを与えねばならない。
小さな火の粉は、大きな炎を見に宿し焦土と化す機会をうかがっている。
肉を切る感触がまだ手に残っている。刃が毛皮を切り肉に入り込み骨を両断する感触がまだ手に残っているのだ。
「……っ」
ぶるりと寒気がしてまた手を洗う。これで何回目だろうか、何度手を洗っても一向に感触が落ちる気配が無いのだ。
せっけんを使い手を泡立て、何回も洗う。洗って洗って洗って洗って洗って洗って洗って洗って洗って洗って洗って洗って…それでもまだ感触は残っている。
命を切り殺す感触は鮮明に残っており
手にはまだ血がへばりついているのだ。
「何で…どうして血が落ちないのよっ」
八重樫雫は一心不乱に決して取れない血を落すために手を洗い続けるのだった。
異世界召喚。信じられない話だった、ずっとどこかでは夢なのではないかと雫は考えていた。どこかでカメラがあって番組の司会者がいて…どこかでドッキリだと、そう信じていたかったのだ
(嘘よ…こんなの信じられるわけ)
しかし悪夢は一向に晴れず、朝目が覚めても日本にある自室で目覚める事は無かったのだった。
「フッ!…セヤッ!」
手渡された日本刀とよく似たアーティファクトを振るい自身が身に着けた剣道の型を練習する。隠してはいるが精神的に疲労はしても幼少のころから続けていた型は崩れる事は無かった
「ほぅ…綺麗な物ではないか」
「あ、ありがとうございます」
メルド団長から直に褒められても喜ぶ気は一つも起きなかった。生粋の軍人に剣の型をほめられるという事はつまり…そこまで考えて頭を振る。
(駄目よ…考えちゃ駄目!)
目をきつく瞑り精神を集中させる。一度ぐらつくとどこまでもぐらついて折れてしまう気がしたのだ。そうして目を閉じて精神を落ち着こうというところでそれは聞こえてきた。
「おや、天之河君中々筋が良いですね」
「ありがとうございます!でもまだまだこれからです!」
(っ!)
幼馴染である光輝の声が聞こえてきた。たったそれだけで心の波が激しくざわつくのを雫は感じ取った。出来る限り声が聞こえない様に精神を研ぎ澄ませ神経を集中させる。
それなのに、幼馴染の声はハッキリと聞こえるのだ。
「早く強くなって俺がこの世界の皆さんを助けます。だからもっと頑張りますよ!」
(……一体どうしてそんな事が言えるのよ!?)
ざわつく本音が漏れてしまった。目を開き周りを見渡す。そこには騎士の人から話しかけられ屈託なく笑う光輝の姿があった。
その笑うあどけない顔に、
トータスに呼び出された雫たちは戦争の参加を余儀なくされた。それは帰る為の仕方のない事だと雫は割り切ろうと考えていた。一体どこのどいつが人様の生存競争に手を貸さなければいけないのかと憤慨しながらの仕方のない判断だった。
しかしあろう事は幼馴染は
「俺がこの世界も皆も救って見せる!!」
と自分の意思で参加を表明してしまったのだ。それはまるで自分にしかできないと言うようで…正直な話雫は愕然とした。正義感が強いはずの幼馴染は自分たちの事を顧みず、異世界の人間を優先してしまったのだ。その事に強い落胆を雫は無自覚に感じてしまった
だがいくら嘆いても時は止まらず状況は止まらない。
仕方なく始めた訓練は、なるほど確かに身体能力は格段に上がっていた。今なら日本にいたときの数々のスポーツ記録を超えれるかもしれなかった。
しかしそれはあくまでも身体面の話だけで、精神面はそうではなかった。
郊外での初の魔物との実戦。相手はとても弱い魔物だった。正直苦も無く倒した。……倒してしまったのだ。
「雫よくやったな!流石だよ!」
「……血が」
「え?どうしたんだい?どこか怪我でも」
「……何でもないわ」
一刀で両断でき反撃は無かった。返り血は浴びなかった。しかし目の前の光景は凄惨な物だった。はらわたをさらけ出し白い目を向け絶命している狼型の魔物。未だに流れる血は湯気が立つのではないかと言うほど温かそうで、匂いは酷く胃の中にある物をぶちまけそうなものだった。
生き物を殺した。その感触と光景が雫の脳裏に焼き付いた。
皆には心配を掛けない様に隠れて手を洗う。親友が気付いたかもしれないが雫にはもはやどうでも良い。ガシガシと手を洗い命を終わらせた感触と強い罪悪感を流し落そうとする。
(殺さなきゃ殺されていた…殺さなきゃ…私が殺されて)
自己暗示のように強く想い込もうとする、たとえ一方的であっても自分が悪い訳では無いのだと、しかしその考えもすぐに消え去り罪悪感が募ってくる
(…あの魔物は何もしていなかった、私が一方的に切り付けた…私が殺して終わらせた…私が)
考えが悪循環へと落ちていく。自身を正当化する声と生き物を殺す業の深さを認識する声が重なり合って雫を追いつめていく。
「綺麗にしなきゃ綺麗にしなきゃ…」
何時しか手は自身の爪で切れてしまい血が流れていた。しかし雫は気が付かない。手洗い場がピンク色になってきても気付く余裕が無い、雫は何時しか手を洗っている筈がいつの間にか自身の罪を洗い流そうとしていた。
皮膚が水分によってふやけ、力を入れ過ぎたことによって深く手を切り裂こうとした時だった。
「駄目ですよ、女の子がそんな手の洗い方をしたら」
翠色の目の色をした女性によって手を掴まれてしまったのだった。
「あの…」
手を掴まれてにっこりと微笑まれ有無を言わされず翠色の目をした女性に連れていかれた雫は王宮にある一室にでむるやり座らされていた。何処をどう通ってのか記憶になかったが外からの声は無く随分と人気が無い落ち着いた空間のする部屋だった。
「さぁ、出来上がりました。はいどうぞ」
手の治療を終えてニコニコと笑いながら手渡されたカップを受け取る雫、中に入っているのは緑色のどこか懐かしい匂いのするお茶だった。
「これ…緑茶?」
「私の故郷にある心を落ち着かせる飲み物なんです。私は薄まった方が好きなんですが…」
苦笑しながら自分の分を飲む女性。出来に満足が行ったのか何でも美味しそうにチビリチビリと飲んでいる。何となくその姿にとあるクラスメイトの姿がダブり急に毒気を抜かれ雫も飲むことにした。
飲み物の味は緑茶とは少しだけ違ったが、ほんわりと温かいその温度とどこか懐かしい苦みは雫の表情をほころばせるものだった。
「……美味しい」
「良かった。私しか飲む人が居ないので上手くできたかどうか不安だったんです」
コロコロと笑うと次に女性は棚をガサゴソと漁り始めた。何をしているのだろうかとその姿を見つめていると…女性は満開の笑みで机の上にドサドサと物を置き始めたのだ。
「これは…お菓子?」
「むっふふ~ コレはですね、フューレンで売ってる人気のお菓子なんですよ~食べます?」
「え、あ…いや私は」
「食べましょう!美味しいものは分かち合うのが正義なのです!」
女性はそう言って目を輝かせると片っ端等からお菓子の包袋を開け放っていく。もはや雫の意思は一つも聞いていなかった。
「美味し!やはり私の目利きに狂いは無かった!」
困惑と混乱でオロオロする雫の前で高級そうなクッキーをバリバリムッシャァ!する女性。もはや何なんだが分からなかった。
「食べないんですか?食べないと全部頂きますよ?」
「ど、どうぞ?」
「ふっ客人癖にもてなしを受けないとは結構失礼なんですね。よろしいなら私が食べさせてあげましょう!」
ニヤリと笑うとクッキーを手掴み雫の口元へと持っていく女性。その目は物凄っくキラキラと輝いておりアーンをさせる気満々だった。
「ちょ!?やめっ」
「むっふふ嫌がる美少女に無理矢理餌付けをする。何て背徳感!あ~イケない扉が開いちゃうんじゃ~」
この珍妙なノリはどこか知ってる気がする。クラスメイトの誰かがやってそうなノリを防ぎとめようとするが女性の力は雫の想像をはるかに超えるほど力強く、
気が付けばクッキーは唇に当たっていた。
「ちょ当たってる!?当たってますって!」
「ならさっさと食べなさい。さもなければクッキーは歯茎に当たる事になります。…結構痛いんですよ?」
妙な実感のこもった忠告を遂に聞き入れ雫はしょうがなくクッキーを食べる事にした。アーンをされている状態なのは納得いかないが恐る恐るサクリとクッキーを口の中に入れる。
固いかと思えば中はふんわりとしてほのかに甘い不思議な触感だった。その味は非常に美味であった。
「美味しい…」
「でしょう?むふふまだまだ沢山ありますからじゃけんじゃんじゃん食べましょうね~」
ケラケラと笑う女性はそう言ってまたもや棚を漁りだす。その姿に雫は呆れと困惑と…感謝を浮かべるのだった
ある程度お菓子をむさぼり終え(それでも女性はまだ食べている、太らないのかと目で訴えれば太らない体質なんですぅ~と煽られた)お茶を飲み一息ついた雫。
改めて対面に座り笑顔を咲かせている女性を見る。年の頃は自分より少し上、二十代前半だろうか。仕草一つで幼くも年上にも見えるので判別できない容姿だった。
髪の色は透き通るような銀色でしかし視線を変えればくすんだ銀色にも見える不思議な色だった。目は綺麗な翠色でしかし濁っているようにも見えた。
総じて目の前の女性は何者かよくわからないという結論が出てしまった。
「あ、自己紹介がまだでしたね。私の名前はアリス・アニ……」
「?」
「オホンッ 私の名はアリスです。まぁ気軽にアリスさんと呼んでくださいね」
そこはさん付けなんだ、そう考えた雫に『年下から呼び捨てにされるのは嫌なんです』と言われてしまった。何ともつかみにくい女性だが、礼儀としてこちらも名乗ろうとしたが遮られた。
「知ってますよー 騎士団でも噂の少女剣士八重樫雫。剣の型や構えがとにかく綺麗だと言われていますねー」
どうやら相手は自分の事をよく知っているようだった。…しかしその評価は何となく座りが悪いのだ。
「あの、どうして貴方は私をここに連れてきたんですか」
「え”!?嫌だって…何か危なさそうな目でブツブツと言ってたし…気付いていないってマジかよ…」
何故かすさまじくドン引きされた。危険人物を見る一歩手前の警戒のされ方だった。凄まじく腑に落ちないがまぉ美味しい物を食べさせてくれたのは素直に感謝する。
「あの有難うございます。貴重な物?を分けて頂いて…」
「別に気にしなくていいんですけどね、私にとっては端金で買える物ですし…それより話を聞きましょうか?」
「えっとそれは」
「言いたくないのなら別に構いません。一人で抱え込んで潰れてください」
ズバリと切り捨てるような言い方だった。その態度も言い方も本当に言いたくないのであれば追及もしないのであろう。…ただしこれでこの縁は切れてしまうのだという確信もしたが。
何となくこの人とは縁が切れてほしくないと思った雫は覚悟をして自身が抱えてしまったものを話すことにした。
「…魔物を切った感触が手に残っているんです」
一度話せば後は堰を切ったように流れ出した。魔物を殺したことが夢に出てくる、血がずっと手にこびりついている気がする。本当は命を奪いたくない。
「本当は…この戦争にも関わりたくないんです。誰の命も奪いたくない…切りたくないんです」
顔を俯き心情を赤裸々に告白した雫。本音を言えて少しすっきりした気持ちになるが相手がどう思うのかと思うと少し怖くなった。
そんな雫の悩みと告白をアリスはふっと笑いとんでもないことを口走った。
「ならやめましょうよ。声を出して私は嫌だと叫びましょうよ」
「そんな、だってそう言っても騎士団の人たちは」
「あーコレ、オフレコなんですけど騎士団の人達あなた方に一つも期待していませんよ」
「へ?」
なんでもない事のように語るアリス。その顔はニヤニヤと嘲笑っていた。…どこかで見たことのある顔だった。
「そうですね、八重樫さんを例に出して言いますと、剣は確かに綺麗ですが、結局は誰も人を殺したことが無いお遊戯剣法なんですよね。しかも当の本人が心構えが出来ていないってなると、コレ絶対に戦力になりませんって」
ケラケラ笑うアリス。その言葉に嫌味が多段に含まれているところからして、他の人の評価も知っているのだろう。
「いやはや、そもそも異世界から召喚された人を戦力に組み込むとか頭キチってますよねこの国の人達。面白くって、な、涙が出ますよ」
侮蔑、その強い嘲笑い侮蔑の表情は…童話で出てきたチェシャ猫みたいではないか。思わずブルリと背筋に来た悪寒を振り払うようにして声を出す。そうしなければ飲み込まれしまいそうになるからだ。
「なら、どうしてあなたたちは私達を呼んだっていうの。勝手に召喚されて困っているのは私たちの方なのに」
「そうですよねー。まぁクソエヒトに目を付けられたのが運が無かったという事ですかね?」
首を傾げながらもにやにやと笑うアリス。変な奴だと思った。しかしそれ以上にこの国のどんな人間でもいないタイプだと思った。
「それより話を戻しましょう。迷うのなら今すぐにやめるべきです。特にあなたの場合そのまま迷い続けると大きな怪我をします」
そして話を戻せば打って変わってこちらを心配するような情を見せる。訳が分からないと翻弄されているのだけ理解できた。
「大体そもそもの話貴方の場合実家が剣術道場だからってなーんで殺し合いに覚悟を持たせなきゃいけないんでしょうかね?あれですか?人の荷物を自分で背負い込んで私可哀想アピールですか?責任感とごっちゃにしていません?」
「ち、違います!私は好きでこんな事をしているんじゃ」
「じゃ止めましょう!美少女剣士雫ちゃんは今日で終わらせて普通少女八重樫雫として生きましょう!なーに何もかも捨ててしまうと案外気持ちが良いってもんですよ」
(は、話を効かないタイプだこの人)
勝手に話を進ませ剣を置けと言うのだ。確かにそれは魅力的ではある。しかし…クラスの皆を放ってはいけない。そんな感情が顔に出ていたのか指をさされた。
「だーかーら。ソレ、なんで貴方がやらないといけないんです?幼馴染の勇者君に全部任せればいいじゃないですか。貴方だって守られたいでしょうに」
「光輝は…光輝に任せる事は出来ないわ。だって私がフォローしないと」
「ぷっ 高校生にもなって異性の幼馴染のケツを拭くんですか。ずいぶんとまぁ高度なプレイをお好みの用で」
瞬間的に湧いた怒りでキッとにらめばそこにはいたって真剣な顔があった。翠の目が雫の目をしっかりとらえていた。
「
「っ!?」
ほぼ本能的に体を引いた。自分でも自覚していなかった本質を見抜かれたのだ。
「…まぁここまで散々煽るような言い方をしましたけど、結局は貴方が決めることです。私は口を出すだけで貴方を止める事は出来ない」
佇まいを整えたアリスはそう言って小さなお茶会の後片付けを始める。もう話すことは終わってしまったといわんばかりの態度に最後まで雫は何も言えなかった。
「…説教染みてしまったことを言ってごめんなさい」
そう言って雫が部屋から出るのを見送るアリス。お茶会は楽しかったが今後の事を考えてしまうと憂鬱になってしまう。クラスメイトや幼馴染の事は放っては置けない。しかし自分の心の限界が近いのもまた事実なのだ。
トボトボと歩く雫に向かってアリスがその背に掛けた。
「もし…もしも折れてしまったら私を呼んでください。私は貴方の味方にはなれませんが少しばかりの止まり木にはなりますので…」
とても悲しそうな声に振り返るがその時にはもうアリスの部屋までの道のりは覚えていなかった。
不思議な人物と不思議な時間。煽って嘲笑って心配してくれた不思議の国のアリスとはそれで別れ…
オルクス迷宮で胸から剣を生やし瀕死になったクラスメイトの壮絶な姿を見て
雫は心が折れてしまった。
Qなんか原作の八重樫さんより打たれ弱くない?
A八重樫さんには折れてもらわないと成長できない奴がいますので…