剣を振るう。いつもとな異常な感覚で振るったそれは軌道がずれ随分と情けない軌道を描いてしまった。
「……はぁ」
謹慎から数日、天之河光輝は以前とは比べ物にならないほど自分が弱くなったように感じていた。
オルクス迷宮から帰還しホセから叱責を受けた光輝は謹慎処分を食らっていた。最も謹慎と言ってもあくまで表面上の物で束縛されるなどの罰を受ける事は無かった。
「俺は、早くこの世界を救いたいのに…」
ポツリと出た不満の様なつぶやきは光輝の本心でありどこか焦っているような色を出していた。自身の感情に気付くこともなく訓練所へ行き貸し出された訓練用の刃の潰された剣を振るうのが日課となっていた。
「今日もメルドさんはいないのか…」
訓練所には少数の騎士団員が居たが自分が最も心開いているメルド・ロギンスは滞在していなかった。僅かなら落胆を覚えながらもただ一人黙々とこの世界で覚えた剣術の復習をしていた。そんな光輝に近寄る存在は誰も居なかった。
迷宮から帰ってからの光輝の評価は騎士団の中ではがた落ちだった。訓練では好成績を出すものの実戦において…寧ろ危機的状況においては信頼することが出来ない、と評価されてしまったのだ。
狭い迷宮内で威力過多である天翔剣を後先考えずに撃ち放ち仲間を危険にさらそうとした事。何よりの有事の際に自らより上の存在であるメルドの指示を完全に無視してしまった事。そして仲間たちを纏める存在でありながら見向きもしなかった事。
これらの事が騎士団内で広まり、結果光輝に露骨に嫌悪の視線を向けるものはいなくても腫れもの扱いとされることになってしまった。
教会としても人類を導き救世の存在となるはずの勇者が只の少年であることに失望し、過度な干渉をしなくなったのもその一件が原因でもあった。
「俺が皆を救うんだ。俺しかできないんだ。俺がやらなくちゃ…」
しかし光輝には周りからどう思われようが関心を寄向けずただひたすら人類を救う事のみにしか意識を向けなかった。剣を振るいながらうわ言のようにつぶやく。
「だから雫、俺は間違っちゃいないんだ」
それには数日前の事だった。
オルクス迷宮から帰還から数日後、フラフラと歩く雫を光輝は見つけたのだ。壁に寄りかかる様にして俯いて歩く姿は一見誰か分からなかったが幼少からの幼馴染であるため光輝はすぐにその背が雫である事が分かったのだ。
「雫、おはよう」
気軽に声を掛けたつもりだった、朝の挨拶でいつも通りの言葉だった。しかし雫は聞こえていないかのように光輝を振り向くことなくヨロヨロと歩いていた。
「雫…?」
訝しむようにして雫に近づく。体調が悪いのかと思い肩に触れようとして…
パァッン!
「っ!?」
振り向きざまの雫の手によって振り払われてしまったのだ。かなりの力が入っていたのか叩かれた手はジンジンと痛みだす。顔を顰めて手を咄嗟的に引いた光輝に怨嗟の声が聞こえてきた。
「…しに触らないでよ…」
俯きながら喋るその声が一瞬誰の声か耳を疑った。妙にかすれて低いだみ声だったのだ。ガラガラとした声はかなりの耳障りで…普段聞いていたはずの幼馴染の声では無かった。
「しず「私に気安く触らないでよ!」
顔をあげヒステリックに叫ぶ雫の顔を見て光輝は言葉に詰まった。初めて幼馴染から拒絶されてしまったのだ。幼少のころからずっと一緒に居た幼馴染の拒絶は
光輝に混乱と困惑を招くには十分な物だった。驚きながらも落ち着かせようと声を掛ける。
「なっ…雫、いきなり声を荒げてどうしたんだい」
落ち着かせようという気持ちだった。その筈だったのだがそのいつもの調子で出した言葉が雫の癪に障ったようだった。顔がくしゃくしゃになり目がつり上がった。
「どうしたって…あんたこそ一体何を考えているのよ?」
「何をって一体何の話なんだ?そんな事より…」
「…ははッ そんな事?皆死にかけたのがあんたにとってはそんな事なの!?」
光輝の頭の片隅が何かまずい事を言ってしまったと警告を出してきた。しかし全てが手遅れだった。光輝が口を開く前に雫のヒステリックな金切り声が辺りに響き渡る。
「あんたがあの化け物に向かってる間に皆死にかけていたかもしれないのになんで平然としていられるの!?何で柏木君が胸から血を出して死にかけてたのを見たのに他人事のように思えるの!?」
絶叫のような叫び声だった、そしてそれは間違いなく雫の心の底からの声だった。
「お、落ち着いてくれ!そうは言っても皆大丈夫だったじゃないか!?」
「大丈夫ってなによ!?もし一歩間違えていたら皆死んでいたのかもしれないのよ!?あの剣で刺されていたのは私達だったのかもしれないのよ!?それなのにどうしてあんたはずっとそんな平然な顔で他人事のようにいられるのよ!?」
胸ぐらに掴みかかり雫の顔が光輝の間近くに迫る。目がドロドロと濁っていた、恐怖で濁り切った瞳はもはや別の感情を映していた。その瞳に見つめられながら首を締めあげる雫に抗いながら光輝はとにかく声を出そうとした。
「ま、待ってくれ、雫…俺は、皆を助けようとして…俺は勇者なんだ。俺が頑張れば世界の大勢の人間が救えるんだ、だから」
今まで雫が光輝に対して本気で掴みかかったことは一度もなかった。その雫が怨嗟の感情を表にして光輝を掴みかかっているのだ。そんな雫に掴みかかれた光輝は動揺と混乱の中で自分がやるべきことを口に出す事しかできなかった。その言葉で雫がさらに激高しようが光輝にはただそれだけの言葉しか出てこなかったのだ。
「勇者?救う?…はは、っはははあんた頭おかしいんじゃないの?その年になってまだ勇者ごっこが止められないの?」
侮蔑と嘲笑、普段の雫なら決して表には出さないであろう感情が言葉として出てきたのだ。唖然とした光輝を前に雫は力づくで光輝を突き飛ばした。
「グッ!?雫、さっきから一体どうしたっていうんだ!?」
「私はあんたみたいに考えなしには生きていけない…私は死ぬのが怖いの。ねぇ光輝、私を見て、…色眼鏡で見ないでちゃんと私を見て」
言葉にだみ声が混じる。どうしてと思い、光輝は尻もちを付きながら雫を見て…固まった。
トレードマークであり主張であった艶やかな髪は艶を失い力なく垂れていた。
瑞々しい肌は潤いを失くし乾いた砂漠のようにがさついていた。
溌剌としていたはずの瞳はどんよりと濁っており色彩を失くしていた。
目の下には大きな隈があった。そして頬には乾いた線があった。
「し、ずく…」
雫の容姿が変わっていた、日本にいたときの凛とした雫は比べ物にならないくらいこのトータスと言う世界で雫は変わり果ててしまったのだ。
「夢を見るのよ…皆が死ぬ夢。帰る為に必死になって戦うけど、何も変わらなくてただただ日本に帰りたいと願いながら死ぬ夢」
隈の出来た目から涙があふれていた、ぽとりと流した涙は止まることなく溢れ出てきた。そんな幼馴染が泣く姿を光輝は初めて見た。
「香織も私も、貴方も…死にたくない、どうしてこんな世界に私たちはいるの…」
泣きじゃくってしまった雫に光輝は手を差し伸ばそうとした、自分が居るから大丈夫だと、絶対に死なせるつもりなんてないとそう誓いたかった。だがその手を見て雫は顔をクシャリとゆがめてしまった。
「来ないでよ…どうせ大丈夫っていうんでしょう…何も分かっていないくせに、何も見ようとしないくせに…」
「見ないって…俺は、只の人を助けようとして…」
一歩近づけば一歩雫は下がってしまう。
「もう嫌よ…この世界なんて嫌、いつまでも面倒を掛けるあなたの世話も嫌、私は「そこまでですよ雫さん」
雫の泣きはらす声は凛とした声に消されてしまった。ふわりと柑橘に似た爽やかな匂いが光輝の鼻腔をくすぐったと感じたら雫を後ろから抱きしめるように銀の女が現れたのだ。
「ア…リスさん」
「お久しぶり、ですかね。随分とまぁやつれてしまって…人の忠告を聞かなかったからですよ?」
ふわりと雫の身体を包み込みくすくすと笑う銀の髪色をした女性はそう言って雫の頭を丁寧にあやすように撫でた。
「ごめん…なさい…私怖くて」
「あーあー涙はともかく鼻水もべろんべろんに出しちゃって。もぅしょうがないですね。少し私の部屋で休みましょう?」
雫の顔を自分の胸に抱きしめながら苦笑した女性は、そう言ってえっちらおっちらと雫を抱きしめながらその場から離れようとする。その様子はまるで大人が小さい子供を何とかしてあやそうとする光景の様に光輝は見えたのだ。
「少し疲れてしまったんですよねー 自分の知らないところだから色々と考えなくちゃいけなくて。でももういいんですよー貴方が頑張らなくてもほかの方がやってくれますよ」
そう言って光輝をちらりと一瞥する女性。その翠色の目に込められた意味はどういったものか女性についてよく知らない光輝にはわかりようが無かった。只この場を収めてくれようとしているのだけはつたないながらも分かった。
「ちょっと甘いものを飲んでそれからとても甘いお菓子を食べて、そしてぐっすり眠りましょう。そうしたら明日からは元気になれますよ」
「ふふ…なんですかそれ…」
「実体験です。ちなみにやり過ぎると見事に肥えた豚さんになります。 …まぁ私には一つも関係が無いのですが!」
そんな会話して、雫を連れていく女性。甘えるようにして顔をこすりつけた雫の様子からはもう光輝がそばにいたことなんて忘れてしまっているようだった。
そうして光輝は雫に対して何をすることもできないまま女性を見送る事しかできなかったのだ。
「雫…俺は…俺が守らないと」
泣いた幼馴染を見て光輝は自身の掌を見る。泣いた幼馴染を守らないとそう考えた光輝。そんな光輝に後ろから声がかけられた。
「雫ちゃん泣いちゃったね」
「香織?いつのまに」
もう一人の幼馴染である白崎香織だった。後ろに手を組み雫の去っていった方向を眺めていた。
「光輝君、雫ちゃん今ちょっと不安定だからしばらくは近寄らない方が良いよ。余計な負担はかけさせたくないでしょう?」
淡々と話すトータスに来てからめっきり会話をする機会が減ったしまった幼馴染のその横顔は随分と大人びて見えた。一瞬別人かと思うほどに。
「あ、ああ。そうだな雫があんなに怖がっているんだ。だから俺が頑張らないと」
「……」
「な、なんだい香織。どうかしたのかい」
決意を口にすれば香織が何やら見つめてくる。その視線にたじろぐ光輝。その視線は日本にいた時とはまるで違って観察と称する目線だった。そんな光輝の事を気にせず香織は口を開く。
「ねぇ、光輝君聞いてもいいかな」
「うん?」
「気になっていたんだけど、
助けたい人。そう言われて光輝は、ほんの一瞬脳裏に浮かび上がった大切な何かを見ない様にするといつもの言葉で香織に答えた
「それはこの世界の人達さ、魔人族との戦争で滅亡の危機に瀕しているんだ。勇者である俺は彼らを救うために「あ、もういいよ」
話している最中に言葉を切られてしまった。納得と言うよりは興味を失くしたという切り方で少しばかりムッとしたが直ぐに頭を切り替えた。香織は悪気はないのだと思うようにしたのだ。
少しばかり何事かを考えた香織は自分で結論付けたのか来た時と同じようにあっさりと踵を返した。
「それじゃ、私行くね」
「あ…わかった」
あっさりと去っていこうとするもう一人の幼馴染。日本にいた時とは違って随分と遠くに感じる背中、それが無性に胸に来るものがあり声を掛けようとしたが何を言えばいいのか言葉として出すことが出来なかった。
そうして香織の背中を見送ろうとして、香織は急に振り返った。
「あ、光輝君。言い忘れていたことがあったんだ」
「えっと、何をだい?」
そうして香織は言葉を告げた。その顔は花の様に咲きほこる今まで見た中で一番の笑顔だった。
「
華やかな笑顔でそう告げた香織は振り変える事もなくそのまま立ち去ってしまった。
「俺が皆を助けないと、勇者であるこの俺が」
訓練用の剣を振るう、軸がぶれ随分とよれよれになった太刀筋を振り続ける。言葉に出すのは人類を救おうという勇者の使命。この世界で誰よりも必要だと教えられた人類の救済、戦争の終結という勇者の宿命。
幼馴染の一人は心が折れてしまった。
幼馴染の一人は距離が開いてしまった。
だが光輝は決してめげずに気にせず剣を振り続ける。何時しか幼馴染たちの声も言葉も忘れ、光輝は一人剣を振り続ける。
人類の救済。それこそが勇者の使命なのだと愚っ直にも信じ続ける。
幼馴染の言葉は光輝には何一つ届かない。幼馴染の言葉では心に響かない。
「俺が助けるんだ俺が救うんだ俺が助けるべきなんだ俺こそが救うべきなんだ俺がやらないと駄目なんだ俺がしなきゃいけないんだ俺がじいちゃんの意思を継ぐんだ俺がじいちゃんの代わりを」
『弱きを助け、強きを挫き、困っている人には迷わず手を差し伸べ、正しいことを為し、常に公平であれ』
「ああ、わかってるよじいちゃん。俺は間違ってはいない、だから俺が…勇者であるこの俺がこの世界の人間を救うよ」
何だがちょっと光輝くんが可哀想な事に…
Qなんか天之河原作と性格違くない?
Aだからあの性格は無理だっつてんだろオラァン!