ありふれたクラスは世界最凶!【完結】   作:灰色の空

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書きたいことが一杯です


働け少年少女!

 

 

 

「ういーっす、ホセ副長約束のモンお持ちしましたー」

 

 ある日の事、俺はホセ副長の部屋へと訪問していた。理由は簡単で俺が作るクスリの試作品を見てもらうという事だ。薬品がいっぱい入った箱を持ちながら扉に呼びかければ、ガチャリという音と共に現れる柔和な笑み。

 

「待っていましたよ柏木君。さぁ入ってください」

 

「はいっす。失礼しまーす」

 

 招き入れられるまま部屋の中へ。室内は持ち主の性格が出るのかキッチリとした雰囲気であり清潔さが良く出ている。今は書類仕事でもしていたのか机の上にはなにやら紙の束がどっさりだ。

 

「今日は色々と持ってきましたよー」

 

「ほぅ。君の作るクスリは中々面白い物が多いので楽しみです」

 

 そんなに期待されると恐縮なもんだが、取りあえずはこから一つ一つ試供品を取り出していく。

 

「まずこれ、湿布薬です。体に張り付ける奴で、疲れて体が疲労している場所にでも貼り付けてください」

 

「なるほど。では、部下たちに使ってもらいましょう。騎士とは何分、体を酷使するものですから」

 

「これで疲れが取れてくれればいいんですけどねー。次は洗剤用品。油汚れがサッと取れます。台所に立つおばちゃん達にあげてください」

 

「…地味に助かる奴ですね。配布しておきます」

 

「手に優しい素材を使っていますので肌荒れはしないと思います。感想があったら残さず拾い上げてください。まだまだ改良は出来ますので」

 

「承りました。…で、最後のソレは…?」

 

 次々と試供品を渡し、最後に残った黒い瓶。これは俺の最高傑作だ。これがあれば…世の男性諸君は嘆き悲しむことはない筈。

 

「男の願望、毛生え薬です。ひと塗りして日が立てば死んだ毛根が再生し、髪が生えてきます。帽子で誤魔化し、最後の抵抗を続ける哀れな同士に配ってください。寧ろ広めてください。特に中年男性には一本確保できるように量産するので、つか量産します」

 

「え、ええ。……何故髪にこだわるんです?」

 

「フッ 生えてる者にはわからんのですよ」

 

 何故かドン引きされた。解せぬ。俺は只、頭髪が薄くなっている被害者たちを救おうとしているのに。

 

「ま、まぁありがとうございます。それで調子の方はどうですか」

 

「んー ぼちぼちですな。何だかんだで異世界と言えども何か月も居ればなれますし」

 

「それは良かった。何か不都合があれば言ってください。勿論、個人的な事でもいいですよ」

 

「あざーっす」

 

 そんな風にいくつかの薬品の試供品を渡しながら雑談も交えていく。何だかんだでホセ副長は良く俺達の事を気遣ってくれているのだ。有り難いこっちゃ。

 

「…それで柏木君。少し君に頼みたいことがるんですが良いでしょうか」

 

「はい?何でしょうか」

 

 雑談の途中、ほんの少し顔を曇らせるホセ副長。何だろう、なんとなくだが面倒事な予感がする。そんな嫌な予感を感じながら話を切り始めたホセ副長。その最初の言葉を聞いた時、他人事ではないその事情に顔を覆いたくなった。

 

 

「君のクラスメイト、園部さん達ですが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人には失敗した時、二種類の人間がいると聞いたことがある。失敗を反省し次に生かすものと、そのまま崩れ落ちるものだという話だ。

 

(その話が本当なら、私たちは後者…だよね)

 

 王宮にあるサロンで何をするまでもなくただむやみに時間を浪費する。それが園部達心折れた者達の境遇だった。 

 

 ―――異世界ファンタジー

 

 見知らぬ世界へ連れてこられたがそこは剣と魔法のファンタジーな世界だった。その世界では自分たちは類い稀な才能を持つ力を持ち、実質自分たちは訓練をすればするほど強くなっていった。

 

 王国や教会から、持てはやされ期待され着実に強くなっていく自分達への全能感。おとぎ話のような何もかもを救う浮ついた心は…オルクス迷宮のあの橋での出来事で一気に崩れてしまった。

 

 自分達が只の高校生だと、どこにでもいる普通の人間…より正確に言えば治安の良い所で生まれ、大して怪我を負う事もなく、悪意に触れることもないこの世界の人間より危険意識の無さ過ぎるただの人間だと気付かされてしまったからだ。

 

 一度折れてしまえばそこから立ち上がるのは難しい。訓練をしようにもあの魔物たちの明確な殺意と死の淵に感じた絶望は決して無い物にすることは出来なかった。

 

 王国へ帰り、自分たちが生きていたことに安堵するが、もう戦おうという気持ちは無くなってしまった。ようやく現実を理解し身の程を知ってしまったのだ。だから今、このサロンでただ時間を浪費し生きているだけのこのメンバーは心折れた者たちなのだ。

 

「オイオイ聞いたか?帰ってきたアイツ等もう70階層へ行ったんだとよ」

「ヒュー、流石は勇者とそのお供達ってか?できる奴は違うねぇ」

「才能だよ才能。俺たちとは違ってアイツ等は才能が有ったんだよ」

 

「本当だよねぇー。鈴や恵理ちゃんも頑張っているみたいだし、ホンッと才能がある子達は凄いよー」

「天職が凄い人たちは何をやっても出来るもんねー」

 

 酷い会話だった。羨望と諦観と嫉妬と恐怖をグチャグチャに混ざり合わせた上滑りの会話。自分たちが何も出来ない事に対する口惜しさと相手が自分達より上回っているという違い。この先に対する未来への恐怖がこの場にいるメンバーの共通の感情だった。

 

(………私だって)

 

 本当なら自分だって迷宮へ行き、今も頑張っている皆と力を合わせたかった。投擲師という中距離に関しては随一である自分なら何か役に立てるはずだという自信があったのだ。

 

 しかし恐怖はその立ち上がろうとする力を蝕んでいくのだ。どうしても死にたくない、殺されたくないという生への執着が足を止めてしまうのだ。

 

 現に今、話題には出ていないが、勇者パーティーの一人、八重樫雫は心が折れてふらふらとあてもなく王宮をさまよっている。どこかで立ち止まれば死にたくないと呟いては一滴の涙をこぼしまたどこかへと去っていく。重傷であり重病だった。

 そして自分もあれとほぼ変わらない。

 

(………折角南雲君に助けて貰ったのに)

 

 実はオルクス迷宮で窮地にさらされた時、錬成師である南雲ハジメに助けられたことがあったのだ。剣を振りかぶったトラウムソルジャーの足場を動かしてそのまま奈落へと落としたのだ。

 

 だから彼に助けて貰ったことを軸にして動き出すのがこの現状の唯一の打開策なのだが…

 

(切っ掛けがほしい…何か私が動けるような何かがあれば)

 

 自分でも出来る何かがあればそれで動ける。そんな他人任せなことを考えてしまう。そんなうまい話は無いというのに。

 

「あー柏木か。アイツもおかしいよな、生産職の癖にして迷宮へなんか行ってさ」

「んでちゃっかり生きているんだろ。頭おかしいって」

「…そうだよね、死にかけたのになんでまた迷宮へ行けるのかな」

「死にかけて頭壊れたんだろ。イカれてるぜ」

「生産職なんだから身の程弁えてここで薬作ってればいいのに」

 

 天職は調合師のクラスメイト、当の話題となっている柏木は死にかけていたにもかかわらずまた迷宮へと行ってるのだ。何でも薬の無限生産ができる自分は必要不可欠だと言ってたらしい。それでも迷宮へ行くなんて馬鹿げている。

 

「でもなんか薬作っているらしいよ?この前洗剤や芳香剤を作ってやるなんて騒いでいたし」

「クスリの力で革命をしてやるとか何とか…なんか仕事しているみたい」

「……チッ、偉そうに演説たれやがって…俺だって」

 

 そんな彼でも何やら仕事をしているらしい。相川はそんな柏木に思う事があるのか不機嫌そうに眉根を寄せた。

 

 

 自分達の事は棚に上げて今、頑張っている者に対して不平や不満を言い鬱憤を晴らす。それでも募る罪悪感や無力感は消えずまた不平不満を言い続ける。それしか出来ず、そんな事を言う自分たちはとても醜い。

 

 いつからこうなってしまったのか、いつまでこんな腐った自分たちを見なければいけないのか。

 

 園部優花は終わらぬ現状に泣きたくなりそうだった。

 

 

 

 

「貴方も私もニ~ト♪」

 

 

 そんな時にやたらと明るく今の自分たちに突き刺さる言葉を射ながら現れた馬鹿が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方も私もニ~ト♪」

 

 とあるゲームの空耳を謳いながらやってきましたのは王宮にあるサロンでございます。ここはお客様がリラックス出来る部屋となっており憩いの場でも知られております。

 

 それが何と言う事でしょう!今はうんこ製造機(ニート)たちに占拠されております。あの豊かで癒される快適空間はうんこ製造機(引き籠り)たちのせいで昏く腐る様な不快指数Maxの部屋となっています。

 

 これはいけません!直ぐにこのうんこをもりもりと垂れ流す喰っちゃ寝達を排除しなければ…

 

「おっす! 何か美味そうなモン喰ってんな?貰っていいか?いいよな!いただきまーす」

 

 部屋に入って集まる視線に何も気にせずテーブルの上にある美味そうなお菓子をモシャモシャ。ふむ、コレは中々美味いなけっこうランク髙し。

 

「お前何やってんだよ…」

 

「うん?なにって仕事がひと段落したから休憩しに来たの」

 

 相川の呆れたような一言に事もなく返せば顔を歪ませる。面白い奴だな。所でお前の前にあるお菓子も食っていいか?頂きぃ!

 

「仕事って…」

 

「騎士団に配るおクスリや王宮で働く人たちに役に立つものを作ったり…そんな所だよー」

 

 尤もやってることは南雲の仕事場とは違ってアルバイトと一緒なのかもしれないけどね。一応ホセ副長が上司?に当たるわけだし…ちなみに収入は出来高制です。当たり前か。

 

「で、そんな勝ち組が一体俺達に何の用だよ」

 

 うーむ、相川の当たりがキツイ。悲しいですね。仕方ないのかな?まぁ事情を考えればしゃーなしである。

 

「ちょいとお前らに頼みたいことがあってな。それで来たのよん」

 

「頼みたい事?それって…もしかして」

 

 園部はどうやら心あたりがあるらしい、でもその話をするには後ろで影のように控えている従者だとが物凄く邪魔である。チラチラッ。

 

「色々と話したいんだけどねー」

 

 後ろで控えるのはそれぞれ神の使者に専属する人達だ。ここにいるのは仕方ないのかもしれないが、その視線が邪魔である。ある人は被害者である園部達に同情的である人は侮蔑を、ある人は無関心を。それぞれ思うところがあるのは結構だがお前らは邪魔だ。役に立たないのです。

 

「……そう、あっちの方からくるんだ。なら私は」

 

 何やら独り言でブツブツと呟いていた園部が顔を上げる。どうやら何事か決めた様だ。先ほどと違っていい顔をしている。

 

「えっとごめんなさい、ちょっと私達だけで話したいことがあるんだけど」

 

 どうやら侍従たちを退出させてくれるようだ。うーむ助かる。正直アイツらが居ると話を聞かれているようで嫌なんだよなぁ。

 

 と言う訳でさっさと退出させた園部。これなら話してもいいだろう。

 

「で、話って何、柏木君」

 

「なーに、簡単な話よ。お前ら、愛子先生がこれから何処に行くか知ってるか?」

 

 我らが教師は畑山愛子先生。あの人は今、俺達が無理に訓練をしなくても良い様に自分の天職と技能を盾にして体を張って俺達を守ってくれている。 

 そんな先生がこれから行くのは農地開拓だ。天職が作農師である先生はその力で次から次へと農地開拓にいそしんでいるのだ。だが、それらに問題が発生しつつあって…。

 

「色々な町や村への農地の開拓よね。もしかして」

 

「流石は園部、話が早い。そう、お前らには先生の農地開拓について行ってほしいんだ」

 

「「「っ!?!?」」」

 

 何人かは驚いているが、要はそう言う話だ。先生の農地開拓へ着いて行ってほしいんだ。それもできるのならここにいるメンバー全員。

 

「なっ!お前正気かよ…」

 

「そんなに難しい話じゃないと思うけどな。カルガモの雛の様に先生の後ろについて行くって話だ。ここにいるよりよっぽど」

 

 よっぽど精神的に良いと思うけど、そんな言葉は激高した相川の声によって塞がれてしまう。

 

「そんな…そんな簡単に言うなよ!お前分かってんのか!?外に出たら魔物に襲われてもしかしたら死ぬかもしれねぇんだぞ!ここは映画や漫画の世界じゃない、ご都合主義なんてねぇんだ!みんながお前みたいにあっさり切り替えれると思うなよ!」

 

 声の荒げた相川、でもその目には薄ら涙がたまっていた。…そうだよな怖いよな。でもそれじゃいけないってのも自分で分かってるんだよな。だから切っ掛けのつもりででしゃばったんだったんだが…。

 

「怖ぇんだよ…お前は死ななかったけど、次は俺かって思うと。…死にたくねぇんだよ」

 

 相川の言葉で場が重くなってしまった。うぅむ…流石に時期尚早だったか?しかし今の機会を逃せばこいつらは…そして先生も。

 さてどうしたものか。…いっちょ薬でも使うか?アッパー系の奴を人知れず俺の身体から散布すればどうにでもなるが…。 

 

「…私、行くよ。愛ちゃんについて行く」

 

「優花!?」

 

「園部、正気か!?」 

 

 とそんな物騒な事を考えていたら園部が行くと言い出したのだ。相川や宮崎が驚いているが、園部は椅子から勢いよく飛び上がった。その脈動感と意欲感は、なるほど吹っ切れたな。

 

「ちょっ、ちょっと優花っち。いきなりどうしたの?わけわかんないんだけど」

 

「うん、なんていうか、このままじっとしていられないなって思って。だから私、愛ちゃんの遠征について行くよ」

 

「お、おい、園部。マジでどうしたんだよ。何かお前おかしいぞ、ちょっと落ち着けって」

 

 園部が急にやる気に満ち溢れたので大いに慌てる宮崎や相川。それはまるで仲間から外れてしまったようで…正直愉悦案件なのでは?自分と同じふさぎ込んでいた仲間が立ち上がる事で自分の立場が危うくなる。うーん愉悦。その腐った根性全部ぶっ壊す。

 

「私は落ち着いているよ、相川君。ずっとなんとかしなきゃ、このままじゃいけないって思ってはいたんだ」

 

「流石は園部。相変わらず強い奴だ。他の皆はどうだ?いい機会だぜ」

 

 見回せば何やら考えていたり歯噛みしていたりとそれぞれ。もうひと押しって事かな。それじゃこっからは俺のターンだ。

 

「…皆さ、愛子先生の護衛って誰か知ってる?」

 

「?たしか騎士団の人たちが護衛しているんじゃ」

 

「今まではな、これからは神殿騎士になるんだってさ。それも全部男。イケメンで腕が立つって話らしいが」

 

 これがホセ副長からのリークである。何でも神殿騎士のイケメン男衆が先生の護衛に入るのだが、それが少しマズい。

 

「……柏木君。それってもしかして愛子先生が物凄く危険なんじゃ」

 

「園部、それのどこが危険なんだ?一応手練れの騎士なんだろ。一体どこに不満が」

 

「全員男だからよ。相川君。貴方、四六時中女性の傍に居られるの?」

 

「…あ」 

 

 そう、全員男なのだ。ここで先生の立場を整理するが先生は希少な天職である作農師だ。農地開拓を一手に引き受け食料の能率を一気に引き上げる重要人物である。さて、この作農師、戦争の事を少し齧ってある人間なら一番の抹殺対象になる。

 

 腹が減っては戦ができぬ。有名な言葉だがまさしくその通りでご飯は戦争にとって重要なファクターであり、先生は魔人族側から狙われやすい立場なのだ。どこで情報が漏えいしているか分からない現状、狙われる可能性はとても高い。

 

「その通りだよ、園部。何をトチ狂ったのか教会はイケメンの野郎だけで愛子先生を守るとほざきやがったんだ。どうせハニートラップのつもりだろうけど正直阿呆だろ。なんで女性騎士を入れないんですかねぇ?」

 

「確かにおかしいよね。騎士団に女の人っている筈なんだから」

 

 普通に考えれば護衛対象が女性であるのなら女性騎士位入れたっていいはずである。なのに周りは全員男。これは脳無しの匂いがプンプンしますねぇ。

 

「加えてだ、その騎士共が愛子先生に惚れているってのもちょっとマズい」

 

「え?そうなの?愛ちゃん何時の間に騎士の人達を誑かせたの?」

 

「そんなもん可愛い女性が自身達の食糧事情を改善しようと頑張っているんだぞ。見ただけでそっこー堕ちるわ」

 

「確かに愛ちゃんが頑張っている姿を見れば恋に落ちても仕方ないわね」

 

 断言すれば不思議そうに顔を傾げる宮崎に納得がいったのかうんうんと頷く園部や菅原。ほんと話が早い奴がいて助かる。

 

「話を進めるぞ。んで護衛している女性が1人で周りはライバルが大勢いたとしよう。…これは仮の話だが、相川、お前、惚れた女の人と偶然、本当の本当に偶然二人きりになったらどうする」

 

「うぇ!?そ、そりゃ………告るかな?」

 

「なるほど。お前らしく普通で世間一般的常識に基づいたご意見ありがとう」

 

「普通って…」

 

「だが、果たしてそんな騎士道いつまで続けられる?他にも狙っている奴らが近くに居れば焦っても仕方のない状況だ。そんな時絶好のチャンスを見つけてしまったら…なぁ、この世界の倫理観は日本より上だと言えるのか?誰だって魔は差すことはあるんだぞ」

 

 言葉を濁すが、想像するのは最悪な出来事。焦燥感に駆られ、やらかしてしまう事は無いとは言きれないのだ。

 

「だから、俺はお前らに先生の護衛を頼みたい。特に女子、お前らがそばにいるだけでも先生の危険はぐっと下がる」

 

「そうね、確かにいつも誰かがそばに居れば間違いが起きる可能性は下がるわ」

 

「そしてお前ら男子にも同じことが言える。愛子先生は勿論として護衛が可愛い女の子の集団だったら危ないだろ。獲物だって思わないか?」

 

 可愛いの言葉で女性陣がなんか反応したがスルーだ。こういう場合白けた目で見られているに決まっている。コワイ!

 

「それは、そうかもしれないけど」

 

「傍にいるってのはそれだけで群れとなるんだ。そして群れにはよほどのおバカじゃないと近寄らない。居るだけで抑止力として働くんだ」

 

「………」

 

 それに同郷の人間がそばにいるだけでも精神的に楽にあるからね。そんな俺の言葉で思う事があるのか相川たちは悩み始めた。…なら更にきっかけをあげよう。お前らが立ち上がるのなら俺はどんな言葉でも吐き出してやる。

 

「…俺は正直な話、召喚されたのがこの世界でよかったと思っている」

 

「はぁ?なんでそんな事が言えるんだ?」

 

「言葉が通じるからだよ。オマケに身体能力が上がっている」

 

 俺の言葉で全員がポカンとした顔になる。ホンット可愛いなお前ら。よし!それじゃあ俺が何故この世界でよかったか教えてやろう!

 

「そうだな。もし呼び出されたのがアメリカだったらどうする?インドや中国。アフリカ、ヨーロッパ、他を上げればきりがないけど、そんな外国にいきなり俺達が行ったらどんな事が起きる?」

 

「そりゃいきなりそんな場所に連れてこられたら…あ!」

 

「俺達は英語や中国語…外国語を直ぐには話せない。意思のやり取りが難しいんだ。それがだ、この世界は直ぐに言葉が通じた。オマケに物事の倫理観や常識も俺たちの国と結構よく似ている」

 

 清水辺りは流石はヨーロッパ地方と嘲笑するだろうが、兎に角言葉が通じるのだ。これは余りにも大きい、誰だって言葉の通じない国へは行きたくないしな。

 

「んでオマケに身体能力が上がったからそれなりの防衛手段は身に着けている。もしこれがアメリカの治安の悪い路地裏だったら…ヤベェ銃で脅されそう」

 

 正直な話、銃でいきなり脅されるかどうかは知らないけど治安の悪い所は何が起きるか分からない。それがなんとこの世界である程度の自衛手段を身に着くことが出来た。

 

 

 長々と説明したがつまり…

 

「これを旅行だと思えば結構な当たりじゃないか?言葉は通じて常識も似ている。オマケに自分の身をそれなりに守れると考えれば地球での外国旅行より安全で安心だとは思わないか?」

 

「それは、確かにその通りよね。言葉が通じるし、金銭も分かりやすい。ドルやユーロとかの金銭の差額も考えなくていいし」

 

「そう言う事だ。んで愛子先生について行けば割と安全に旅行や観光できるって寸法だ」

 

 俺達攻略組が迷宮での暗くジメッとした場所にいる間、先生について行けば愛子先生と一緒に旅行ができる。保護者同伴だが好きなだけ観光や散策ができると考えれば…

 

「あれ?これってつまり、俺達が変わり映えのない地下に潜っている間にお前ら遊べるんじゃねぇの!?畜生羨ましいなお前ら!?」

 

「誰も行くって話してねぇよ!?つか先生要るんだし遊べるわけないじゃん!」

 

「良いな良いな!俺達一応神の使徒だから待遇が良いのは確定だし!滅茶苦茶美味いもん食えてVIPルームにタダで泊まれる!んで適当に散策してもあ~だこーだ言われない!…ふざけんなナニ楽しもうってんだ、俺も甘い汁啜りたいです!」

 

「こいつは話聞いてねぇな!?」

 

「でも、確かに旅行できると考えれば…良い話かも」

 

「美味いもんか。王宮の飯もうまいけど他の町も特産品があるんだろうし…ゴクリッ」

 

 羨ましさの余りわーぎゃー騒げば、何だかみんな乗ってきた!そうだよコレだよ!暗い顔で悪い事ばっか考えて沈んでいるとやっぱ心が腐っちまうんだよ。

 

「うぅむ、なんだかお前らが特別得しているような気がしてきたけど、そう言う事でどうだ?先生の護衛を引き受けてほしいんだ、頼めるか」

 

 居残り組は俺の言葉でそれぞれ顔を見合わせる。でもそれは僅かの間だけだった。

 

「行くわよ。愛ちゃんは心配だし、旅行ってのも気分転換に良さそう」

 

「私も!優花っちだけじゃ心配だもん!それにイケメン集団から愛ちゃん先生を守らないと!」

 

「なら私も行くよ。愛ちゃん達を守るついでに美味しいもんいっぱい食べるのも面白そう」

 

 女性陣はあっさりと先生について行くって決めた。先ほどの恐怖に蝕まれていた顔は無い。清々しい顔だった。

 

「俺も行くぞ、園部達だけじゃ心配だ」

「俺も」

「俺も」

 

 そして後に続くは男性陣。そうだなここで燻っちゃ男が廃るもんな!でもなんか量産型っぽい言い方は止めろよ!

 

「そっか。ありがとう皆。って訳でこれは俺と南雲からのプレゼントだ」

 

 みんなが良い顔つきになった所で南雲から預かっていた物を園部に渡す。何分、いきなり頼んだので物は少ないがちょっとだけ武器となる物を南雲が作ってくれたのだ。感謝!

 

「菅原さんにはコイツをプレゼント。有効に使ってくれ」

 

「えーっとムチ?でも三本に分かれている?」

 

「そいつはグリンガムの鞭って言ってな。…由来とかは、まぁ、ちょっとディープになるから話せないけど、ともかく俺が知る限りでは強力な奴だ」

 

 敵一グループをシバキ倒せる武器って言っても多分伝わらないだろうし…ここはあんまり言わない方が良いか。

 

「次は園部だ。数は限られている。有効に使ってくれ」

 

「数?って、え?は?これってお金じゃん!それも一万円の奴!」

 

 園部の手に金色硬貨を大量に渡す。金色硬貨の価値は一万円。つまり園部の手には一万円がどっさりとあるわけだ。…うへぇ、ブルジョワ

 

「いやいや、よく見てみな。俺がそんな金を渡すと思うか?」

 

「へ?」

 

「あ、これ諭吉さんが描かれている!」

 

 そう、この硬貨は一見トータスのお金に見えるが実は諭吉さんが書かれている南雲オリジナルトータス硬貨なのだ。何でもモルフェウスの力『偽装金貨』を使ったとかどうとか。…アイツそのうちとんでもない事やらかしそうな気がする。今現在しているような気がするけど。

 

「もし暴漢に襲われそうになったらそれを投げつけて相手を怯ませろ。ついでに金に目がくらめば逃げれるはずだ」

 

「良いのかなぁ…ともかく有難う」

 

 銭投げの要領です、これで神龍も楽勝だ。あとは大判振舞い、これで商人の癖に剣聖を名乗れる。…まぁ元ネタはどうせ知らないだろうけどさ。役に立つのは間違いない。園部ならあくどい事には使わないっていう信頼もあるし。

 

「な、なぁ柏木。俺達には何か…」

 

 女性陣に色々と渡すのを見て気になった男性陣。うんうん気持ちはよくわかる。自分だけの武器とか欲しくなるよね。まぁ、お前らにはこれだ。

 

「ほい、これを頼む」

 

「あ、サンキュー…ってこれ普通のお金じゃん!?」

 

 相川に渡したのは普通のトータス硬貨で一応一万円ぐらいか。ぎっしりとは言わないがそれなりの量の硬貨なので財布も渡して置く。驚く相川にしれっと話そう。何故渡したのか

 

「そりゃそうだ。俺が稼いだお金だからな」

 

「へ?お前一体何を言って?」

 

「それでお土産買ってきてくれ。できれば上手いもんやイカスもん!」

 

「お使いかよ!?」

 

 お使いである。むしろそれ以外のなんだというのか、そもそも俺は仕事や訓練に迷宮探索などいろいろとやる事が多いんだっての。暇なお前らにお土産頼むのはおかしな話じゃない筈だ!

 

「釣りは…まぁ、お駄賃だと思って使ってくれればいいや。どうせ持っていたところであんまり使うあてが無いからな」

 

「…いいのかよ。そりゃ土産モンは買って来るけどさ、自分で稼いだ金を他人が使うって嫌じゃね?」

 

「うーん、そりゃそうだな。でも、俺はここから離れられないし…まぁそう言う事だから頼んでもいいか」

 

「………分かった」

 

 正直に言えば自分で使いたい、遊びに行きたいってのはあるけど、もう仕方のない事だ。寧ろここで調合とソラリス能力を使う事が楽しくなっていることもある。

 だから、相川に頼むことにしたのだ。人のお金だと思えば責任を感じる奴だからな相川は。

 

 取りあえずまとめに入ろう。今一度この場所を離れるメンバーの為に、檄を送ろう

 

「さて、長々と話したが正直な話、この世界は怖い所かもしれん。それは俺も知ってるし実際死にかけた」 

 

 どうこうは言ったものの、結局は危ない世界だ。それだけは間違いない事であり絶対である。だけども全部がそうではない。

 

「だがな、見方を変えてみろ、ほんの少し考え方を変えるんだ。それだけで世界は変わる。見ている物が違って見えてくるんだ」

 

 危険ではある。しかしそれは日本でも異世界でもどこでもいっしょのはずだ。だから考え方を変えてみよう。

 

「言葉が通じる、自衛できる力がある。そして何より仲間がいる。ほら、これだけ俺達は恵まれている。俺達は一人でこの世界にやって来たんじゃない。だからふさぎ込む前に少しだけ周りを見てくれ、お前を助けようとしている奴がきっといるはずだから」

 

 周りを見渡せ、お前は一人ではない。一緒にやってきた馬鹿がいる。そいつを頼っても罰は当たらないさ。

 

「生き残ってやろうぜ、理不尽な事に屈するにはまだ早い。抗ってみよう、俺たちみんなでさ」

 

 みんなを見渡せば苦笑している者、照れている者、頷く者、それぞれだ。でも共通して顔は明るい。 

 

「俺等がこっちにいる間先生の事を頼んだ。そして土産もな!」

 

「応!任せろ!」

「はいはい そっちもよろしくね」

「しょうがないね柏木君は」

「愛ちゃんはこっちに任せて」

「…今更そっち側の方が面白そうだとか言っちゃ駄目?」

「駄目でしょ。まぁすぐに帰れるさ」

 

 と、言う事でこのメンバーはニートから脱却し遊び人へとジョブチェンジしましたとさ!

 

 

 

 

 

「何か 失礼なこと考えていない?」

 

「ハハハー 何ノ事ヤラサッパリデスナー」

 

 

 

 

 

 




一言メモ

イケメン騎士 ハニートラップは分かるがいくらなんでも妙齢の女性に男だけの護衛ってどうなん?阿保やろ…

喰っちゃ寝共 ホセ副長が危惧したのは印象の悪さ。方や訓練や仕事に精を出す者、方や只でさえ標準の高い王宮で食って寝てを繰り返し何もしない者。周りからはどう見られるかを考えるとどうにかしたかった。

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