「と、言う事で別行動をしましょう」
「何事?」
「私は今からカムさんの案内で大樹…迷宮へ行ってきます。その間はハウリア族たちの相手をお願いしますね」
少女の母親をあっさりと治し回復するまでという期限付きまで少女の部族…ハウリア族にお世話になっている中アリスはあっさりと宣った。
少女の母親、モナ・ハウリアを病気から直した後は大いにハウリア族から驚かれ、仰天されてしまい恐怖の存在から一見して家族の恩人たちと認識されてしまい歓待を受けたのだ。
少女の部族ハウリア族は亜人族の中で一番家族愛に深い一族だった。その中で族長の妻となれば部族内では誰もが慕う存在だったのだ。
そんな女性を死の淵から助けたのであれば一族にとっては大変な恩人となるのは道理の事で…あれよあれよと思ったときにはこの部族でいつの間にか滞在することが決定していた。
「そりゃ私を助けてくれた人たちだもの。恩はちゃんと返さなきゃ」
「うっ」
本来なら優しく儚いそんな女性だったモナ・ハウリアは治療の結果明朗快活になり、溢れんばかりのエネルギッシュな心を持った女傑になってしまった。そんな女性からロックオンされてはもう逃げるにも逃げられない。
「ふふっ安心して。皆貴方達の事が好きになっただけ。だから取っては食いはしないわよ」
「ひぇっ」
豊満な双丘で惜しげもなく抱きしめられ耳に囁かれてはもう逃げられない。一目散にモナの抱擁から逃げだしたアリスに怨みを飛ばしながらも観念したのは記憶に新しい。
そうしてハウリア族と交流をするようになって一週間後、突如アリスからそう告げられたのだ。
「どうして私を連れて行かないの」
「邪魔ですから」
元々目的が迷宮だったことは知っている。しかし自分を置いて行くのは如何なのだ?そう尋ねたがあっさりと邪魔だと言われてしまう。物凄い不服な目で訴えれば溜息を吐き出してきた。
「あの迷宮は多人数での攻略が難しいものとされています。一瞬で離れ離れにされ別の生き物に変化される。媚薬入りの液体の雨が降ってくる。トラップによって好悪反転の状態にされてしまう。…悪辣な迷宮なんですよ」
だから連れて行きたくない、邪魔になりかねないのだとアリスは告げた。…どうして入ってもいない迷宮の情報を知っているのかと聞いたが答えなかった。
「…それで私では足手まといだと」
「貴方の実力が高いのは重々承知しています。でもだから大丈夫とは言えません」
「それはアリスも一緒では」
「私は別です。次元が違いますから」
複雑そうに言われればこちらも何も言えなくなる。元々邪魔をしないと言う名目で付いてきているのだ。、あんまり文句は言えない。
「……むぅ」
「不服ですか」
「勿論」
「でしょうね。でも私の邪魔だけはしないでください」
「……ぶー」
「ぶーたれても駄目です。いい加減理解してください」
子供の様にわがままを言うが彼女は決して首を縦には降らない。それが悲しい
…邪魔をしたくないのは本当だ。しかし彼女の役に立ちたいのもまた事実なのだ。どうかそれだけは分かってほしい。
「…そんな顔で見んなよ…」
そんな願いが届いたのかアリスは顔をくしゃくしゃにしてしまった。困らせるつもりでは無かったが彼女はこの頃酷く悩むときがある。…それもこちらがハウリア族と交流している時を見ているときは酷く。
「はぁ なら頼みがあります」
「…ん」
「ハウリア族を鍛え上げてください。他の部族にも負けない様に」
「それはモナの」
体調が完全となりエネルギッシュになったモナはアリスや自分に戦い方を教えてくれるよう何度か頼み込んだことがあった。彼女は元々温厚で争い事が何より苦手な平和を愛する兎人族の中では戦う事について意欲を持っていたのだ。
『内のハウリア族は良い子たちなんだけどね。どうにも有事の際に不安が残るというか…この先どうしても戦えた方がいいと思うの』
そう嘆いていたハウリア族で一番強い心と燃えるような熱意を持つ女性の願いは確かにアリスや自分も聞いていた。なにせ虫も殺せないような部族なのだ。老若男女全員が容姿がかなり整っているハウリア族にとってはこれは致命的になりかねない。
世界は泣き寝入りを許してくれるほど甘くは無いのだ。
「あの人の願いを無下にするのはこちらとしても心苦しいんです」
「むぅ。確かにそれは私も思った」
「別にこのまま姿を消すわけではありません。少しの間面倒を見ていてほしいだけですよ」
そう頼まれるとこちらも弱い。それならと思うが、しかしアリスの事も気がかりでもあった。うぅむと悩んでいるとアリスが一番のこちらの弱点ついてきた。
「あの子は貴方が居なくなったら悲しむでしょうね」
「うぐっ!?」
「同じ境遇の様ですし、ここは彼女の傍にいた方が良いのでは」
「むむむっ!」
アリスが話しているのは件の少女だった。兎人族は皆濃紺色の髪の毛をしている中で唯一薄青色の髪をして他の兎人族とは違った異端の少女。奇しくもそれは自分と一緒であり…目を掛けている内に随分と仲良くなってしまったのだ。
「彼女の為にもここは一つ頼まれてくれませんか」
「むぅ…わかった」
流石にここまで言われてしまえば頷かざるを得ない。渋々と頷くと笑顔でアリスは行ってしまった。憮然と思いつつも仕方ないと自分を納得させる。
気のせいか避けられているのではないかと言う疑問は無理矢理心に押し込んでその場を立ち去る事にしたのだった。
アリスが迷宮へ行ってしばらくして
「ティアさ~ん」
「ん」
「一緒に訓練してほしいです~」
少女は良く笑いながら日課としている訓練を頼み込んでくる。人に教えるというのは不得手なのでどうしても厳しくなっているが少女は一つも気にしてはいなかった。
「辛くは無いの?」
「ティアさんと一緒に居れるのは楽しいですからへっちゃらですぅ~」
一度辛くは無いのかと聞けば笑顔でそう返してきた。その事に嬉しいやらくすぐったいやらで頬が緩んでしまう。
少女…シア・ハウリアは一族の中で異端であり特異な存在だった。髪の色もさることながら彼女は本来亜人族が持つはずのない魔力を保持しているのだ。しかも魔力の直接操作に固有魔法の保持というオマケ付きである。
魔物しか持たない筈の魔力の直接操作と固有魔法の保持は亜人族や人間族は愚か魔人族すら持つはずのない異例の技能だった。それは論外である自分と規格外のアリスを覗けばほぼ世界には存在していない筈の技能。
情と愛が何よりも深いハウリア族だからこそシアはここまで生き残れた、亜人族たちの本国であるフェアベルゲンに知られてしまったらそれこそ一族総出で処刑されかねない。そんなことも有りうるほどの異例さだった。
「?どうかしたのですかティアさん」
「…何でもない」
ニコニコとした笑顔をやめてコテンと首を傾げるシアに複雑な気持ちを寄せてしまうのはどうしようもなかった。
モナやカムからシアの特異性を教えられたその日から…正確には出会った時からシンパシーを感じていた自分としてはどうしてもシアには不幸にはなってほしくなかった。
だから自分ができる限りの技術を教えるつもりだ。この厳しくも偶に優しい世界で生き残れるように。
そんな事を考えていた時だ、遠くから何か強烈な衝撃音が聞こえてきた
「あ、また母様が樹をへし折ったですぅ」
「………はぁ」
遠くの轟音を聞いたシアが嬉しそうに笑う。ついでこの頃超人化しつつあるシアの両親はどうにかならないかなぁと思うのでもあった。
「いやっはっは。ごめんなさいアナタ。ティアさん。どうしても力を抑えられ無くて」
「うむ。流石はラナだ。しかしこれはいくらなんでも流石にやり過ぎでは…」
サンドバッグ代わりに樹をへし折ってしまったラナを苦笑しつつやんわりと止めるカムに溜息を吐いてしまう。病弱から解放されて元気になったのは大変喜ばしい事だがいくらなんでもエネルギッシュになり過ぎなのではないか。
そんな視線をモナは笑って受け止める
「大丈夫よ今度はちゃんと加減するから」
「そう言う問題じゃなくて…出来れば止めて欲しいのだが」
「嫌よ。今までは貴方が守ってくれたもの。今度は私が皆を守るわ」
「モナ…」
「父様と母様ラブラブですぅ~」
惚気始めた夫婦にうっとりとする娘。溜息が深くなりそうだがまぁこれも幸せな家庭の一つだ。そう思わないとやってられない
「ラナ。ちゃんと武術を教えるからお転婆にならないで」
「ふふっ そうねごめんなさいねティアさん」
嬉しそうにはにかむラナ。この頃腹筋が割れてきているのその事実を重く受け止めてほしい。…何で少しの運動でそこまで筋肉が付くのだろうか。訳が分からない
「申し訳ありませんティアさん。どうにも私では止められないようです」
「…その筋肉で? 熊の亜人族よりマッシブなのに?」
申し訳なさそうに体を小さくするカム。しかしその上半身ははち切れんばかりの筋肉が搭載していた。ムチムチとした筋肉は同じ亜人族の熊人よりも遥かに鍛えられており正直暑苦しい。
「父様と母様が頑張っているのですから私も頑張るですぅ~」
「待って、シア貴方だけは普通の範疇に…」
「?」
「無理かもしれない」
そしてこの父親と母親の娘である。今はまだ年頃の健気な娘であるが成長したら…シアの特異性と合わさってとんでもない事になりそうだと深いため息が漏れてしまった。
アリスが迷宮に行ってからたったの一週間でこれである。溜息が出てしまうのも無理は無かった。
「姉御!今日はどんな訓練でしょうか!?」
「ウッス!俺等ぁどんなシゴキでも付いていきやす!」
「へへっ 今ならどんな事でも耐えられそうでさぁ」
ムキムキ筋肉マッスルなうさ耳美男子達が爽やかな笑顔と顔に似合わない口調でこちらに話しかけてくる。
「もぅこれだから男子達は、暑苦しくて仕方がないわ」
「狩りは冷静に冷徹に。騒ぐのなんてあんまりよ」
「音を立てずに殺るのが私達兎人族でしょうに…そうよねティアお姉様」
妖艶な雰囲気を漂わせ艶めく色気でくらりとするような微笑みを向けてくるうさ耳の生えた美女と美少女達。
「……どうしてこうなった?」
アリスが迷宮に行ってから二週間。ついには他のハウリア族までもがマッチョになっていった。自分は只遠い記憶の底にあった訓練方法をどうせと思い彼らに施しただけに過ぎない。
まさか皆の戦闘能力が上がるとは思いもつかなかった。…あくまでも当初の予定では危険の察知や回避能力だけを上げるだけのつもりだったはずなのに。
「ティアさん~ また訓練を見て欲しいですぅ」
「ん、分かった行こう直ぐ行こう今すぐに移動しよう」
「おぉん?ま~たシアが姉御を取っちまった」
「ふふふ お姉様は本当にシアに懐かれているわね」
笑顔でやってきたシアが訓練をねだりその事にかこつけてこの場から離れる。いつの間にかハウリア族全体で懐かれてしまったらしい。幾ら自分の歳が齢三百を越えたとしてもまだ年頃の少女のつもりなのだ。流石にマッチョと色気溢れるこの空間はゴメンこうむりたい。
「ていっ!やぁ!ですぅ!」
自身の身長と同じくらいの木の枝を笑顔で振り回しているシアをぼんやりと見つめる。シアは中々の筋が良い様で体幹も姿勢も様になっていた。膂力も流石はあの二人の娘だと思うほどにめきめきと上がりつつある。今後は自身の体重より思い物を持たせても平気で振り回せてしまうだろう。
妹分のような友人のようなそんな変わった同類の今後に微笑みながらポケットの中から球体上の記録型アーティファクトを取り出す。
「……叔父様」
以前アリスから渡された自分を封印していた部屋にあった物だった。それを見てポツリとつぶやくのは自身の事を裏切ったはずの叔父の事だ。
あの部屋で封印されていたのは叔父に裏切られたからだと思っていた。しかし本当は別で自分を守るために苦肉の策としてあの部屋に封印されていたのだ。なぜそうなったのかは複雑ではあるが分かっているのは叔父が最後まで自身の幸せを考えていた事だけは間違いなかった。
「…ふぅ」
アーティファクトを手のひらで転がしながらふと思いにふける。この中身を見たのは随分と前でアリスに駄々をこねて一緒に見たのだ。最初は混乱だった。何故どうして何のために。しかし何回も見てからはだんだんと落ち着いて…自身の中である程度は整理できたときその映像は過去のものとなった。
今自分はあの封印された部屋から出て外の光を浴びている。それが叔父の願いであり望みだったのだろう。なら自分はそれを謳歌するまでだ。過去の事を振り返り思い悩むのは叔父が望まない事だろう。そう心の中で割り切ったのだ。
「…何で知っていたの?」
だが少し疑問が出てくる。何故アリスは最初から叔父のアーティファクトがあそこにあるのを知っていたかだ。
叔父が教えたなどはあり得ず、どこかで情報を残したとも思えない。あくまでも氷雪洞窟を踏破してあのオルクス迷宮へ行くものにしかわからない手順だったのだ。
アリスは自分が知らない何かを知っている。それは構わない。しかしどうして教えてくれないのかが不安に思うのだ。
時折向けてくる離れようとする視線にハウリア族を押し付けるような言葉。誰にだって触れて欲しくない物があるのは分かるが…
「ティアさん。どうかしたんですか?」
「ん。何でもない」
「うーん?でも…」
「大丈夫。シアは心配しなくても平気」
いつの間にか顔を覗き込んできたシアが心配している目で聞いてきた。大丈夫だとは返答する物の、胸中はあんまり良くは無い。不安と寂しさが渦巻いているのだ
そんな心情を知ってか知らずかシアは花開いたような満面の笑みで自分の手を取った。
「シア?」
「えへへ。こうやって一緒に居れば寂しくなんてないですよ」
ニコニコと笑いながら自身の手を重ね合わせ、しっかりと握り込んでくる。それがどうしようもなく胸を暖かにするもので…いつの間にか嬉しいと思っていた。
「良く母様が慰めてくれたときにしてくれたのですぅ」
「…ん もしかして慰めてくれているの?」
「何か寂しそうでしたから。…余計なお世話でした?」
良くもまぁ人の感情の機微に聡い子だと感心する。それとも何時の間にかシアの前では弱みを見せてしまうほどそばにいるのが心地よいと思ったからか。
「…そんな事は無い。有難うシア」
「むふんっ どういたしましてですぅ。いつでも私が居ますからね~」
微笑むシアを撫でながらその返答に笑顔を返すことしか出来なかった。
アリスが離れてからハウリア族と交流してきた。家族愛が強く温和な彼らと接する生活は独りぼっちだった自分の心がほぐされ溶けていくような穏やかな日々だった。
訓練で多少は姿形は変わっても善良であることは失わない彼等。一緒に過ごす日々の何と穏やかな事か、アリスとの生活とはまた違った楽しさと幸せがあった。
自分と同じ特異性のあるシアの訓練に精を出し、又一緒に生活し人との違いを自らの心に定着と納得をさせ教育を施していく。そしてそんな自分達を優しく見守るカムとモナの二人には感謝してもしきれなかった。
森の魔物に引けを取らない様に兎人族の若者たちを鍛え上げ、時に暴走し、時にビビる彼らを諭し教えてハウリア族が人さらいや魔物の被害に遭わない様に尽力する。
それは満ち足りた生活だった。解放されてからアリスと共に過ごした世界つとは違っていたのだ。
(……私は)
ふと、訓練で疲れてしまったシアの寝顔を膝枕しながら優しく撫でて見るたびに思う。自分の居場所の事を。
アリスは何か目的があり行動していた。それが何なのか知らない、だがそれはアリスにとってとても大事な物なのだろう。
だが自分は?目的もなく、只々生きている自分は?…果たして自分の居場所とはどこなのだろう。
封印の本当の意味を知った時から帰る場所は無くなった。叔父の願い通り生きようとは思うが居場所が出来た訳では無い。
それならどうするべきなのだろうか。アリスの隣こそが本当に生きる道なのだろうか、それとも自分の存在を当たり前に受け入れてくれる子のハウリア族やシア達家族の所が…
そこまで考えた時だった。懐かしい気配がした、数週間合っていなかった大切な恩人。
「…終わったの」
「ええ何も問題なく。ですね」
帰ってきた言葉は無機質に感じた。何となくだが、雰囲気がいつもとは違っていた。それが何を意味するのか分かってしまったのは果たして不幸なのだろうか。
「貴方に大事な話があるんです」
「…何?」
重い口調で切り出された言葉に心が身構える。相手の顔を見たいがどうしても難しく俯いてシアの寝顔を見てしまう。臆病だとは薄々思っていたがまさかこれほど自分が弱くなっていたとは思わなかった。
「貴方とはここで別れようと思うのです」
「………何故?」
アリスから言われた言葉は心のどこかでいつか言われるのだろうと覚悟していた言葉だった。だからだろうか、取り乱すこともなく静かに聞いて何故と問うことが出来た。
「ここが、ハウリア族…いいえ、シアの隣こそが貴方の帰る場所で居場所だからです」
シアの寝顔を見つめアリスはそう呟いた。だから、だからこそ何となく察した。
「…シアと出会ったのは偶然?本当は私と引き合わせようとしたんじゃ」
自身と同じ特異な存在であるシア。出会えば孤独だった自分が興味を持ち共感を得るのは必然な事だった。だから引き合わせたのかと問えば苦笑で返された。
「出会ったのは偶然ですよ。でも存在は知っていました、まぁ予想よりかも随分と幼かったですが…彼女なら貴方と気が合うとは確信していました。…実際直ぐに仲良くなりましたからね」
微笑みながらシアの頬を触るアリス。くすぐったさそうにしていたシアだが指を話せばすぐに穏やかな寝息をし始めた。
「ハウリア族は良い人たちです。寧ろこの人達以外に善良な方々を私は知りません。だから貴方はここでシア達と一緒に」
「アリス」
「…何でしょう」
「貴方の目的は何?いったい何者?」
アリスの言葉を遮ってまで聞きたかったのは目的と何者であるかと言う事だった。
一介の冒険者とは思えないほどの数々の違和感。規格外の力に知り過ぎている情報、先を知っているかのような行動に掴めない目的。どれもが怪しくどれもが違和感の数々。
だから自分は問う事にしたのだ。何が目的で一体何者なのかと
別れるつもりならばそれらを話すのが自分を助けたものとしての責任になるのではないのかと、目で伝えたのだ。
「……私がここにいるのも君が解放されたのも、シアの母親が助かったのも全部脚本から外れたことだって言ったら貴方は信じますか」
大きな溜息と苦笑で吐き出されたのは困ったような苦笑。だからそれが偽りなく本音だというのが分かってしまう
「そもそも貴方を解放するのは私じゃありません。もっと別の…今から六年後に異世界から召喚される人に助けられるですよ」
「…なにそれ」
「全てを話します。私が何者で何を目的としているのか。…まぁかなり変な話だと思いますけど」
そこから語るアリスの正体と本当の目的。ゆっくりと恥ずかしげに語るそれは誰にも話したことが無いのであろう、
だれもが想像できない話だった。
話を聞けばなるほど、確かにすべての事を知っているのもわけは無かった。納得するのは難しいがそう言うことも有るかもしれないと思う事にした。
しかし、アリスの目的はなんというか…珍妙な物だった。
「……本当にそんな事が目的なの」
「ええ、こればっかりは譲れません」
「だから私はここにいた方がいいと」
「王都から離れていますからね。『彼』とは出会わない方がいいに決まっています。…うっかり惚れちゃったら目も当てられないですから」
こちらを見てはぁと溜息を一つ。だから自分を避ける様に動いていたのかと納得する。アリスも同じだから。
「自分で自分の計画を壊している」
「そうですよね。…本当は放っておくつもりだったんですよ。でも気が付いたら…」
「私を助けていた」
馬鹿正直にコクリと頷き、そんなアリスにフッと笑みがこぼれた。たとえ目的があっても根が馬鹿正直であることに変わりはないのだ
「だから、貴方とはここでお別れです。それが貴方の為であり私の計画の為でもあります」
「…私の気持ちは無視して?」
「勘弁してくださいよ。自分の事で手一杯なのにこれ以上人の人生を背負うのは無理なんです」
意地悪く言えば困った顔をする。確かに今はまだいいが今後の事を考えると離れた方が良いのだろう、何せアリスは自分でも薄々気が付いているが情で判断してしまうからだ。一緒に居ればどうなるかなんて言わなくても想像できてしまう。
「今後はどうするの」
「残った最後の迷宮へ行こうと思います。彼女にもあってみたいですし…」
「…ミーハー」
「そう言わないでください。彼女は基本的に引き籠っているので私が会っても不都合は起きないんですよ」
確信を持った言い方。アリスがそう言うのならそうなのだろう。
全てを話し終えて満足したのかアリスはこちらに向き直る。
「…ティア、済まない」
(私の名前…)
初めて名前で呼ばれた。新しい自分のための一歩として名付けられた名前、しかしその名前も本名の一部から切り取られたものでしかない。
「俺は誰よりも大切な自分の為に君と離れる。一緒に居れなくてごめん」
「……うん」
最初から道は違っていたのだ。アリスの進むべき道と自分の道、一瞬だけ交わってたがそれも今日で終わりだ。
「どうか幸せになってくれ」
「分かった。…今までありがとう」
頭を下げ、それからアリスはこちらを振り向くことなく去っていった。
後に残るのは静寂。今までの事を思い出しふっとぎこちない笑顔が出てきた。
「うん…?ティアさん…?」
「起こした?」
「いえ……あれ、ティアさん泣いています?」
不思議そうにこちらを見るシアの顔にぽたりと一滴雫が落ちる。それを見てようやく自分が泣いているのだと気付いて…シアに慰められながらまた涙を流すのだった。
「とりゃー!」
「ぎゃぁぁああ!!」
大の男5人がシアの蹴り一発で空を飛び遥か彼方に消えて行った。今まさに軽い運動をしたとでもいうかのようにパンパンと手を叩き構えるシア。そんなシアの蹴りに驚いたのか帝国兵達は腰を引いてしまった
「な、何だよこの化けもんは!?」
「聞いてねぇぞ!?アイツ等只の兎人族じゃねぇのかよ!?」
「や、やっぱり噂は本当だったんだ…樹海に潜む白い化けモノっては本当だったんだ」
「別に化け物呼ばわりは良いですけど、その前に後ろに注意した方が良いですよ?」
亜人族の奴隷を攫うために樹海へやってきた帝国兵たち。そこで見つけた兎人族の中で青白い髪の美しい少女に手を出そうとしたのが全ての間違いだった。
「へい兄ちゃん。チョイと付き合ってくれよ」
「ふふっ 駄目よそんなに怯えちゃ、簡単に死ねないわよ」
一体何を、と言う暇もなく後ろに現れた兎人族の集団によって部隊は次々と息絶えていく。
「お、俺達が一体何をしたってんだ!?まだ何もやってっ」
「亜人族を捕まえに来たんですよね。だったら自分達もどうなろうが覚悟してるって事ですよね」
当然の様に少女が言ったその言葉に竦み上がるがもう全ては手遅れだった。言い分も懺悔も何もかも言えぬまま首がへし折られた帝国兵。
「さーて今回はこれで終わりですかね」
手を払い、辺りを見回す。今回の人さらいの帝国集団はこれで終わりらしい。歯ごたえが無いと思いつつも、帝国のメンツにかけて近々大規模な兵でも襲ってく入ってくるかもしれない。その時の事を考えると他の亜人族たちとも連携をしなければいけない可能性になる。
これから居なくなる自分達の事を考えると父と相談をして森人族の長アルフレッドのケツをひっぱたかなければいけない、無論他のか弱い亜人族たちとも
念のため今後の事を考え乍らシアは親友の姿を見つけた。美しい金髪の未だに出会った時から成長のしていない吸血鬼の親友。
「シア、お疲れ」
「ティアさん、お疲れです」
こちらに来るのは珍しいなと思いつつ親友に話しかけると何やらうれしそうな顔。何だろうと思えば、それは待ちに待った自分達の願望の達成の報告だった。
「ラナが許してくれた。私たちの旅を」
「母様が!?良かったですぅ!何度も何度も説得したかいがありましたね」
跳ね上がりピョンピョンと飛び跳ねれば親友は苦笑い。そんな事も気にせず思いのまま全力で駆けだしていく。
「それじゃ私先に行ってますね!ひぃやっほぅぅう!」
「あ、シアまだカムは認めて…行ってしまった」
カムの方はまだ難色を示しているというおうとしたがシアは喜びの余り話を聞かず行ってしまう。背あったころから変わらぬ騒々しさで苦笑が出て来てしまう。
アリスと離れてから6年の月日が流れた。
ハウリア族と一緒に生活してからは色々と面倒事もあった。
シアの特異性と異質さが他の亜人族にばれて亜人族内で内戦が起きたりだとか 、敵対するものすべてをハウリア族総出で蹴散らしてしまったら、いつの間にか亜人族最強種となってしまったりとか、そんな内輪もめの後始末をしていたら帝国兵が人さらいにやってきて、撃退するうちに帝国と小競り合いのような戦争を引き起こしかけたとか。
「アリス、今あなたは目的の人と出会えたの?」
銀糸の髪を持ち深い翠色の目を持った友人に言葉を贈る。どうせ聞こえないだろうが、それでもいい。
「私はこれからシアと一緒に旅に出る。王都に近づくつもりはないけど好きに生きても良いよね」
一応約束がある為王都に近づく予定はない。しかし旅をしてはいけないとは言われていないのだ。樹海で生きていくにはシアにとっても自分にとっても狭すぎる。
だから旅に出ようと思うのだ。亜人族の事はカムやラナがどうにかしてくれる。
見上げた空は綺麗な雲一つない空。今頃大切な恩人であり友人はどうしているのだろうか。考えるとどうしても顔がにやけてくる。どうせアリスの事だ。予期せぬ事態が起きて慌てているのかもしれない。
「…また、機会があったら会いましょう。『不思議な国のアリス』」