ごゆっくりどうぞ~
『部屋はあんなもんでいいですか?もっと良いもん用意できますけど』
『いやいや 捕虜のアタシにとっちゃ上等すぎるってもんだよ』
『そいつは良かった』
「はぁ…どうしてこんな事に」
会話をしているのは親友の柏木とその親友が捕まえてきた魔人族の女性カトレア。マジックミラーの向こうで談笑している2人を見ていると深いため息が出てきてしまうのは仕方がないと思う。
南雲ハジメは絶賛頭を抱えてこの状況に困惑するのであった。
事の始まりは数日前だ。行き成りオルクス迷宮から帰ってきた親友が魔人族を捕まえてきたと宣ったのだ。
「南雲~魔人族捕まえてきたから拠点に新しい部屋を作って~」
「良いよー …え?今なんて?」
「部屋作って」
「その前」
「魔人族を捕まえてきた」
「ファッ!?」
話を聞くとオルクス迷宮で遭遇したらしい。何でもいきなり交渉をしてきたのだとか。詳細は良くは知らないのだが魔人族側から勧誘を受けてその時に捕まえる事を思いついたらしい。
遠藤や斎藤、天之河の勇敢なる誘導を受けて遊びで作った吹き矢で眠り針を打ち込み確保したとか、阿保みたいな話だが連れて来てしまったので呆れと驚きで開いた口がふさがらなかった。
「騎士団に渡せばいいじゃん!」
「やだよ、そりゃメルド団長やホセ副長は信じているよ?でも教会がそれを許すかな!?」
「あー確かにそれは」
「南雲言ってたじゃん。国よりかも教会の方が偉いって。だったら神の使徒の権力を有効に使おうよ」
一応敵対者なのでそこまでする必要はないとは思うのだが、どうやら親友の中では保護することは決定事項だったらしく、騎士団に引き割すつもりは微塵もないらしい。
親友らしいなと思いつつ、仕方なしに拠点の拡張工事に入る。悲しい事に自分の異能であるモルフェウスと技能錬成がこの頃進化しつつあるのだ。部屋を二つ作るのにも対して労力が要らないのが嬉しくも悲しい事だった。
「一応その魔人族の部屋を作って」
「名前カトレアだって」
「はぁ… カトレア用の部屋と後尋問用の部屋も作るよ。何だかんだで必要になるんでしょ」
「さっすが南雲~ 話が早いぜ」
「ハイハイ。それよりメルド団長たちにはちゃんと話したの」
「勿論、説得してきたぞ」
柏木の話では団長たちにはちゃんと説得はしてきたらしい。何でも
「面倒はちゃんと見ます」だとか
「捕虜の人権ってあるんですか?」だとか
「身柄を渡したら消息不明になって廃人になっていたとか嫌ですよ」とか
「そもそも教会が何をしてくるのかわからない以上はいどうぞ~とは出来ないんですけど」とか
そんな事を言って騎士団の人達を説得したらしい。何となくメルド団長とホセ副長が頭を抱えている光景が浮かんできた。
と、そんな事がありつつ結局のところ折角作った拠点に新しい住居者が入って来るのに頭を悩ませるハジメだった。
『へーカトレアさんって恋人が居たんですか』
『ミハイルって言ってね。アタシより年下なんだよ』
『ほえー 姐さん女房なんですね』
尋問室にあるマジックミラーの向こうではそんな何とも能天気な会話が続いている。てっきり魔人族の陣容の話でも聞くのかと思ったが割とどうでもいい雑談が始まっている。今の話題はカトレアの恋人がどうとかと言う個人的な話だ。
(…それよりも、何か仲がいいよね)
相手が自分を傷つけないと分かっているのかカトレアの柏木に対応の仕方が結構フレンドリーなのだ。ほんの数日前は一触即発…というよりほぼ騙して捕まえたという話だったはずだが。
『ミハイルは良い奴なんだけど結構短気でさぁ。すーぐ相手の挑発に乗っちまうんだよ。男ってのは皆こうなのかい?』
『あー男の子ってのはどうしても譲れないプライドって奴が心にありますからね。きっと誰よりもプライドが高いんでしょうねー』
『そんな物なのかい?男ってのは難しいねぇ』
何故かカトレアの恋人の話題にチェンジしている。その雰囲気には敵同士と言うそんな物は無く、職場の先輩後輩と言った気軽さだ。柏木の能天気さに呆れればいいのか、カトレアの
「はぁ ほんとカトレアって不憫だよね。柏木君がソラリスじゃなかったら…うん?」
ハジメしかわからないセンサーの音が響く。拠点を作るとき他人の邪魔をされるのが嫌なので一応警報も付けておいたのだ。
センサーの音は人の接近を知らせる物、拠点に誰かが近づいてきたようだ、どうやら相手は一人の様だ。
遠慮がちなノックの音は教会の人間ではない。一応警戒を交えて扉を開けばそこにいたのはかなり意外な人物だった。
「天之河?どうして君が」
扉の前にいたのはクラスメイトである天之河光輝だった。俯いていて表情は分からないが随分と疲弊しているような雰囲気を感じる。
取りあえず何か用件はと聞くと何度か視線を泳がせてようやく光輝は口を開いた。
「…その、捕まえた魔人族と話をしたいんだが…」
らしくない遠慮した言い方だった。俯き暗いその顔は覇気が全くなくいつもならもっとずけずけと人に命令をしてくるのだが…
(ふむ。…追い払うのは簡単なんだけど)
光輝の様子を見ると大分疲れがたまっているのか、目に隈が出来ていて全体的に顔色が悪く少し生気が無かった。日本にいたころの溢れんばかりの明るさと暑苦しい正義感は随分と影に潜めているように感じる。
簡単に言えばらしくなかった。
ここで拠点から追い出すのは簡単だ。出て行けと言えば多少は面倒だが追い出せるだろうし、カトレアと合わせないことだってできる。しかしそれは少し勿体ないように感じるのも事実。折角の人類の敵である魔人族の実態を見せてやればこの勇者も少しは現実がみえるかもしれない。
「…駄目ならいいんだ。でも俺は」
「いいよ、入って」
「…良いのか?その…俺は魔人族を」
「うるさいなぁ。さっさと来いって」
何かグチグチと言い出しそうなのは黙らせて先ほどまでいたマジックミラーのある尋問室まで光輝を連れてくる。…落ち込んだかのように暗い顔をする光輝を見たくないというのも少しあった。
「アレが…魔人族」
「確かオルクス迷宮でも会って話したんだよね」
光輝の目の前に広がる光景はクラスメイトの柏木と談笑しているカトレアの姿だった。机を挟んで椅子に座りリラックスしている様な格好で、オルクス迷宮で見た時の雰囲気とは全然違った。オルクスの時はもっと怪しげで人を見下した態度だった。
『今回の任務をアタシがするって決まった時ミハイルは随分と渋ってね』
『へぇ~ もしかして心配されたんですか?』
『ふふっ そうかもしれないんだけど、ミハイルはこれで昇進できると息巻いていてね。…全くいっつもそうやって危険な事をしようとして』
『ふぅむ? …失礼ですがミハイルとカトレアさんの階級はどちらが上ですか?』
『うん?アタシの方が上だよ。…こんな事を言うと怒るだろうけど年下ってのは中々可愛いんだよ』
ところが今目の前で広がる光景は全然違っていた。おそらく恋人であろうロケットペンダントの中にある写真を愛おしそうに撫でているその姿は教皇に教えてもらった残忍で卑劣な魔人族では無かったのだ。
「あれが…魔人族?俺は…だってイシュタルさんは」
「残忍で卑劣で魔物と違わない人間族の敵。そう言ってたっけ」
光輝の漏らした呟きをハジメが拾い上げ続きを付け加える。確かにその通りだった、光輝がイシュタルに教えてもらったのはそう言う恋人の写真を見て愛おしそうに眺める人ではなかったのだ。
だが目の前にいるカトレアは違っていた。。自分達と同じように、誰かを愛し、誰かに愛され、何かの為に必死に生きている自分達と何も変わらないありふれた人だったのだ。
「どうしてイシュタルさんは嘘を?あの姿は只の人じゃ」
「人間族の敵だからさ。何も知らない奴を戦力にするのなら嘘だってつけるさ、あの教皇なら」
「そんな…そんなの間違っている!何も知らない俺達にどうしてそんな酷い事を」
嘘をつかれたことで激高しハジメに詰め寄る。イシュタルはどうしてそんなひどい事を言ったのか、どうして嘘をついたのか。ハジメに詰め寄るのは間違っていると心のどこかで意識はしていても感情は止まらなかった。
「戦争だから。君が参加しようとした、これこそが戦争なんだからだよ」
「……え?」
ハジメが言ったその言葉で思考が止まる。激情するほどの激しい炎は一瞬で消化されてしまう。驚き止まってしまった光輝をハジメは溜息をつきながらも幼子に言い聞かせるようにゆっくりと口を開く。
「戦争に参加させるのなら敵がどんなものであろうが情報を隠し人間族にとって都合のいい情報を何もしならない相手に植え付ければ、ほら簡単に戦力が増えるじゃないか」
南雲が淡々と話すその事実が恐ろしい言葉に聞こえる。耳をふさぎたい、しかし心のどこかでいい加減目を向けるべきだと声を張り上げる何かが居る。
「君が参戦し人を助け達たいと謳い出てきた真実がこれなんだ。相手は僕達と何ら変わりない人、それが君が倒そうとした敵だったんだ」
「そんな…俺は…間違っていたのか。人を助けたいと思って…俺は人を殺そうとしていたのか」
呆然と呟く光輝は声を震わせマジックミラーの向こう側にいる談笑しているカトレアと柏木を見る。それは本当にどこにでもある光景で、何よりも光輝が守ろうとしていたはずの何気ない人の日常そのものだった。
マジックミラーの向こう側ではカトレアの恋人について白熱していた。
『ミハイルはさ、焦り過ぎなんだよ。今回の任務も荷が重いって自分でもわかっているのにやろうとするし、昇進思考も間違っちゃいないんだけど、傍から見ているといつ死なないか心配でね』
『……あ。 それってもしかして』
『なんだい。そんな何かを閃いたような顔をして』
『こりゃ男のカンって奴なんですけどミハイルって貴方より階級が上になりたかったんじゃないんですか』
『うん?そりゃ一体どういう事だい?」
『恋人は年上で姐さん女房。同じ職場で階級は相手の方が上。…ならどんな危険な事をしてでも自分の方が上になりたいって思いますよ』
『…それは女のアタシを舐めてんのかい』
『違いますってば!ミハイルはきっと年上で有能な貴方の恋人としてふさわしい男になりたかったんじゃないんですか』
『……そういう物なのかい』
『男ならそう思いますって! 相手が年上でいつも見守られていた。そんな相手の事が好きで…だけど自分にはプライドがある。相手を守ってあげたいという男としての矜持がある。だから今回のカトレアさんの任務には反対で自分がやりたかったんじゃないんでしょうかね。きっとそうですよ全く先走ろうとする奴だな』
男としてのプライドとやらを熱弁する柏木だったが、光輝にはそんな事よりもカトレアの変化に驚愕した。
『そうか…全く。本当にアンタは馬鹿だねミハイル。本当に…馬鹿な奴だよ男ってのは』
一滴涙を流したのだ。ロケットペンダントにある写真に写る恋人を見て嬉しそうに頬を緩ませながら涙を流したのだ。
「……あ」
「天之河?」
ドサリと立っていられなくなり腰から床に落ちてしまった。ハジメが声尾を掛けて着たり尻に衝撃を受けたりするがそんな事はどうでも良かった。目の前の人の涙に自身の中の凝り固まったナニカがガラガラと音を立てて崩れ落ちてしまったのだ。
そして無意識にホッと安堵の息を吐いた。その事に気が付かずうわ言の様に光輝はカトレアを見ながら誰ともなく呟く。
「俺…俺が勇者をしないといけないって…敵を倒さないと皆を助けられないって」
「敵って誰さ。君の敵は一体誰なんだい」
「敵…敵は…俺の敵は……違うんだ。敵を倒したいんじゃなくて…」
「倒したいんじゃなくて?」
うわ言にハジメは一つ一つ返事を返していく。光輝は呆然としていて心あらずだがそれでも声を掛ける事にした。
いい加減この世界に来てからおかしくなったクラスメイトに正気に戻ってほしいという苛立ちもあるが、今の光輝はまるで泣いている小学生の様で少し不憫だとも感じたからだ。
「俺は…じいちゃんの為に…じいちゃんの味方をしたくて」
祖父の事で何かを言いかけたその時扉が乱暴に開かれた。光輝の様子とカトレアと柏木の会話に意識を向け過ぎていたのかもしれない。
舌打ちをし許可もなく中に入ってきた狼藉者を射殺さんばかりの殺気を向けて見る。
「ほほぉ どうやら魔人族を捕まえたのは本当らしいですな」
「むぅ!?この神聖なる王国にドブネズミが入り込むとは!」
狼藉者はやはりと言うか教皇イシュタルと神殿騎士たちだった。
づかづかと入り込みマジックミラーの向こう側にいるカトレアを見つけてニヤリと笑うイシュタルと血管を浮き上がらせて剣に手を置く神殿騎士たち。今にでもカトレアを殺すとするそんな雰囲気の中この拠点の主ハジメが待ったをかける
「いきなりノックも無しとは失礼な人たちだなぁ」
「これはこれは錬成師殿。失礼いたしました、しかし何分急ぎの用でしてね。そこを通らせては魔人族を渡してもらえませぬか」
「嫌だね。しかしあの魔人族が目当てって訳か。何ともわかりやすい」
挑発を混ぜ込め合わせた言い方に神殿騎士が怒鳴り散らす。
「貴様っ!この神聖なる王国に魔人族が居るのだぞ!?エヒト様に仇名す神敵を何故匿うのだ!」
「はぁ?何で君たちに身柄を渡さないといけないのさ。神殿騎士だからって何でもできると思うなよ」
「言わせておけば貴様!我ら神殿騎士を愚弄するどころかあの薄汚い魔人族をかばい立てするのか!」
激昂する神殿騎士たちに呆れと侮蔑の視線を躊躇なくぶつけるハジメ。いきなりやってきてはぎゃんぎゃん喚き騒ぐのだ。あまり面倒事は引き起こしたくなくてもこれにはイラつくハジメ。
そもそも偉そうに自分に命令する奴全般が嫌いなのだ。しかもよりにもよって自分や親友にまで害をなそうとするこの空気キレないでいろと言う方が無理だった。
「まぁまぁ落ち着きなさい、錬成師殿。私は魔人族を引き取りたいだけですよ。なにせどんな顔をしていても相手は魔人族年若い貴方方を甘い言葉で信用させ騙し、こちらに損害を与える狡猾で冷酷な魔物より上位の存在なのです。貴方方では手に余るのは目に見えております」
イシュタルの笑みは深くなり魔人族は油断ならない相手だとハジメに説き伏せる。その顔はいっそ本当に大人として子供を諭し導こうとする聖職者の顔ですらあった。
「我ら教会は貴方方に無用な怪我を負ってほしくはありません。貴方型の優しき尊い善意が裏切られ汚される前に我らはあの魔人族を引き取りたい。…分かってくれますかな」
イシュタルの微笑は酷く優しかった。何も知らず何も考えないものがこの笑みを見たら教皇を無条件で信用してしまうほどの慈愛に満ちた聖職者だった。
(……マズいな)
そしてその笑みはハジメを心をぐらりと揺り動かす。なにせイシュタルの言ってることはまた正論でもあるのだ。魔人族を捕まえた、しかし自分たちの手で余るのは確かにその通りである。あくまでも自分たちは高校生、交渉や駆け引きなぞ見よう見まねで本職にはかなわない。
オマケに魔人族事態を信用していないのもある。協会は勿論だがカトレア自身ハジメからしてみればいきなりやってきた何も知らない人間だ。実はあの部屋の笑顔や涙も嘘なのかもしれない、そう考えると親友が危険である。
信用するより疑う事に重点を置いてしてしまうハジメにとってイシュタルの言葉は何より心揺さぶる物であった。危険を手にギャンブルをする趣味は無いハジメにとって危険物は教会に渡して両方共倒れになってくれた方がいくらか気分はマシだ。
危険を手中にするつもりはない。そう考えイシュタルに交渉しようとした時だった。
「イシュタルさん!魔人族は俺達と一緒のただの人だったんです!」
天之河光輝がイシュタルの前に躍り出たのだ。自分の思いを訴えようと必死で喋る光輝。その顔にイシュタルの笑みは無くなり神殿騎士から侮蔑の視線が当てられる。
「あの人は笑って泣いて…俺達と何も変わらなかったんです!恋人がいて、その人の事を想い涙を流す普通の女の人だったんですよ!魔物なんかじゃありません!魔物が人間に変わった存在じゃなかったんです!」
光輝は必死だった。自分が見た光景に衝撃を受け、そのありのままの思いをイシュタルにぶつけていた。あの涙を流す人は魔物ではなく自分たちと変わらない人であると、思いのたけをぶつけたのだ
しかしイシュタルの光輝を見る視線は冷たかった。無機質で冷酷ですらあった。
「そうですね。それが何か?」
「なっ!?相手は只の人間ですよ!?傷つけちゃ駄目です!俺が話をして手を引かせてこの戦争を終わらせます!」
「はぁ…これ以上失望させないでくださいよ。何もできない勇者様」
「!?」
背筋が震えあがった。イシュタルの視線に怖気ついたのではない、自分でも薄々と思っていたことを言われてしまったからだ。
「なるほど確かに貴方方からしてみれば魔人族は只の人でしょうな。しかし我らからすれば遥か昔から続く仇敵なのですよ。相手のことなぞ知った所で止まるわけにはいきません。それを何も知らぬ者がどうにかできるなどと…あまり我らを馬鹿にしないでいただきたい」
「その何も知らない俺達に嘘を吹き込んだのは貴方じゃないですか!」
「それはそうでしょう。嘘でも言わなければ貴方は何も出来なかった、戦力にすらなれなかった。現に今貴方はあの女を見て戦うべきだとは思えないでしょう」
「っ!?」
イシュタルの視線が光輝の心を差す。今剥き出しになった柔らかい生まれたての幼子に止めを刺す様に。
「そもそも貴方は人間族を救ってくれると堂々と発言してくれたではありませんか。魔人族を撃ち滅ぼし人間族を助けてくれると、それが何です? 相手を知った所で止めてしまうと?自分の言葉には責任を持ってくれないといけませんなぁ」
心から血が溢れだす。確かに言った、堂々と言い放った。自分は魔人族を倒し人間族を救いクラスメイトも何もかもを救うのだと確かに言ったのだ。
「しかし現に今の貴方は何も出来ていない。迷宮では他の者達が活躍し皇帝との決闘は他人に任せてしまう。魔人族を捕まえるのもそうです、噂では貴方は策もなく愚っ直に魔人族に挑もうとしたとか?これでは何のための勇者か、何のためのリーダーか。先が思いやられてしまいますなぁ そうでしょう勇者殿?」
その通りだった。勇者とは名ばかりで何も出来ていなかった。ただクラスメイトについていき、ただ皆を危険に巻き込ませるだけだった。そして皮肉なことにそれは誰よりも自分自身が理解していた。
だから今なにもイシュタルに言い返せないのだ。
「さぁ魔人族を私達に渡しなさい、何も出来ぬ傀儡の勇者よ。それですべての事は不問といたしましょう。案ずることはありません我らの言う通りに従えば、貴方は本当の勇者となれるのです」
「…勇者」
イシュタルの甘言に光輝は心揺らいでいた。何もできない自分は教皇の言葉通りに従えば人を助けることが出来るのではないかと光に魅入られてしまっているのだ。それが破滅だろうが救いであろうが光にフラフラと近づこうとする危うげな心の揺れ幅だった。
場が完全にイシュタルの物となってしまっている。ハジメが危惧するがそれにしてはどうしてもカトレアの危険性がチラつく。
例え親友があの狭い尋問室で
「お待ちなさい。その魔人族は神の使徒である彼らが保護するべきです」
その時だった。凛とした声が部屋に響き渡った。誰もがその声に振り向く、強い意志を感じさせる王者の声だった。
「これは…リリアーナ様」
「…リリア―ナさん?」
「王女様?」
イシュタル、光輝、ハジメ三者三様が入ってきた人物に驚愕の視線を向ける。そこにいたのはリリアーナ・S・B・ハイリヒだったのだ。
共を付けず悠然と部屋を歩くその姿に畏怖を覚えたのか神殿騎士団はそそくさと道を開ける。凛とした顔のリリアーナは近くにいるハジメや光輝、イシュタルさえも無視してマジックミラーの向こう側にいる二人を見た。
ちなみに件の二人は未だに談笑をしている、この部屋での騒動は相手側には聞こえない作りとなっているのだ。
「変わりませんね…――――さん」
(…え?)
ほんの一瞬何か聞こえた気がしてリリアーナを見るハジメ、ほんの一瞬見えたリリアーナの視線は柏木だけを見ていたような気がした。しかし振り向いた時にはもう何も見ていないようで、イシュタルにきっぱりと宣言をしていた。
「彼らは今まで王国の誰もが出来なかった魔人族を無傷で捕獲する偉業を成し遂げました。これは彼等でしかできません偉業です。この意味がわかりますかイシュタル殿」
「それは…僭越ながらお教えいただきませんかな王女様」
イシュタルの狼狽が僅かに見えた。それはリリアーナの態度とこれからいう事の内容の為か、どっちにしろハジメは事の成り行きを見守るしかない。
「エヒト様が遣わした神の使徒が魔人族を無傷で捕まえたのです。そして今、その魔人族と穏やかに談笑している。これはエヒト様が我らに願った事ではありませんか」
「…確かに彼らはエヒト様が遣わした者達です。しかしそれがエヒト様の御意思かと言うと…」
「エヒト様は長年続く我らの戦いに心を痛めていました。それで彼等を派遣してきたはず、そうエヒト様の意思を解釈すれば彼等のする事こそがエヒト様の意思であり願いである。今まで何も出来なかった私達に光明が見えてきたのです。違いませんか」
リリアーナは毅然と告げる。神の意思でやってきた彼らがするべき事こそがエヒト神の願った事ではないのかと。
「教会の誰よりも信仰深き教皇イシュタル。貴方はエヒト様の意思を蔑ろにするのですか。エヒト様の言葉さえ交えぬ我らは彼等こそがエヒト様の意思の体現者だとそうは思えないのですか」
表情は変えずともグッとイシュタルは言葉に詰まった。誰よりも信仰に関しては一番であると自負する自分が王女によって神を信じていないのかと問われてしまったからだ。実際イシュタル自身も神の言葉を聞いたことが無い、だからそう言われてしまっては反論ができないのだ。
「…なるほど彼らの意思こそがエヒト様の御意思ですか。私にはそうは思えないのですが…いいでしょう。リリアーナ様たっての願いなのであれば今回は引き下がりましょう」
イシュタルは深く目をつぶると今回は引き下がる事の旨を告げる。この状況で魔人族を連れて行くのは対面が悪く王女の提案を蹴るのにはいささか後が面倒だからだ。
「しかしもし、何か間違いがあれば…その時は我らも自身の意思で行動させていただきます。誰よりもエヒト様を信じるこの信仰と共に」
「分かりました。その時はどうぞ自らの意思のままに」
リリアーナの返答に頭を下げるとイシュタルはそのまま拠点から出ていく。周りの神殿騎士も不服そうではあるが諍いを起こすとマズいと考えたのか大人しく去っていった。
「はぁー 本当に面倒な事をしてくれましたね。分かっていますか南雲さん!」
「うえっ!?」
教皇たちの気配が完全になくなってから大きな安堵の息を吐いたリリアーナはくるりと振り向いてハジメに向かってぴしゃりと言い放つ。余りの代わり様にすッとんきょうな声を出してしまうがリリアーナはまったく気にした様子はない
「大体なんですか魔人族を捕まえるって!?確かに私もやって来るのは知ってはいましたがそれにしたって捕まえるって!よくやりますよね、馬鹿じゃないですか、違いました相変わらず馬鹿なんですよね!」
「ちょちょっと待ってください王女様。あの魔人族は僕が捕まえたんじゃなくて」
「知ってますよそんな事!大体彼位しかそんな馬鹿なこと思いつきませんよ!ああもう久しぶりに出会ったかと思えば相変わらず人をドギマギさせて!今回だけですからね私がでしゃばるのは」
どうやらかなりの御冠らしい。どこで情報が知れ渡ったのかリリアーナははどうやら教皇の動きを察知して助けてくれたようだった。言いたいことを言い終えてそれですっきりとしたのか大きく溜息を吐くリリアーナ。
「はぁ まぁもういいです。あの魔人族の事は任せますからね。面倒はちゃんと見るんですよって彼に言っておいてください」
「ええっと…そんなペットみたいな言い方はどうかと。それに柏木君に言いたいことがあるのなら直接言えば」
「それは駄目なんですよ。全く人の気も知らないで。これじゃガミガミ小うるさい年上女房じゃないですかそのうち押しかけますからね」
良くは知らないが駄目らしい。そんな愚痴を言いつつも未だに談笑している柏木を見つめていたリリアーナは、大きく息を吐いて、そのまま踵を返して一言つげてから出て行ってしまった。
「はーそれじゃ私は行きますので、彼には好きなようにやれば良いと伝えておいてください。それが私の楽しみですので」
「へ?はい分かりましたって行っちゃった」
まるで台風の様だと一人思いながら傍で座り込んでいた光輝に目を向ける。リリアーナの話を聞いていたのかいないのか心ここにあらずだった。
ここに居ても邪魔であるし仕方がないので溜息を一つ。一応クラスメイトだ、別に嫌いな訳では無いのだ。
「天之河大丈夫?カトレアと話す前に少し休んだら。顔色が酷いよ」
「……ああ、そうだな」
「話聞いている?何があったのかは知るつもりはないけど、相談事なら柏木君なら聞いてくれるよ」
「……うん。有難う」
珍しく礼を言ったことに多少驚きながらフラフラと歩いて行く光輝を見送るハジメ。何があったのかは話してくれるまで興味を持てないがそれでも頑張れーと無責任にエールを送る。
改めてマジックミラーの向こう側を見ればやっぱり平和そのものだった。
『アタシの事は良いじゃんか。それよりアンタはどうなんだい。彼女は?』
『い、いませーん。って俺の事はいいんですよ。これはあくまで尋問で!』
『ハイハイ、それじゃ好きな子は?それぐらいいるんだろう』
『あーあー 黙秘権を行使します』
『おや?気になる子はいるんだ。てっきり女に興味が持てなくてそっちの方かと』
『そそ、そんな訳ないじゃないですか。俺ぁ女の子大好きっすよ!』
『ふーん』
なんとも能天気すぎる会話に頭を抱えてしまうハジメだった。
光輝君堕ちる所まで堕ちてちゃんと気が付いたので後は這い上がるのみですね。頑張らないと