ありふれたクラスは世界最凶!【完結】   作:灰色の空

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みんな大好き光輝君の話。
この物語最高峰の捏造設定の話です。


悪夢の中で

 

 

 祖父との過ごした日々をいつまでも覚えている。自分のヒーロー、誰よりも大切な人。

 

 あの約束を何時も守り続けてきた、いつもいつもずっと忘れない様に。

 

 ………それがどんなに難しいか理解しても守ろうと思った。

 

 

 

 それが全ての間違いだった

 

 

 

 

 

 

「なぁ 相談があるんだが…いいか」

 

 いつもの日々、珍しい来訪者はなんと坂上だった。何やら深刻そうな顔はどうやら相談事がかなりの内容と見て取れた。

 

「どったの?」

 

 椅子に座る様に促せ、お茶を用意する。礼を言うと坂上は大きな息を吐いた。どんな事を考えているかは知らないがかなり参っているようだった。

 

「…実は、お前に頼みたいことがあるんだ」

 

「頼み? まぁ俺にできる事なら構わんけど」

 

「そうか。 …ある奴の面倒を見て欲しい」

 

 あ、この流れ知ってる。何を言いたいのかだれの事を頼もうとしているのか分かってしまう。なら坂上にも色々と事情を聴かないと駄目だな

 

「光輝の事なんだが…」

 

 やっぱりと言うか坂上が話すのは天之河の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭痛がする 吐き気がする 体は怠く 平衡感覚が無い。

 

「…俺が…守るんだ」

 

 出てきた声はガラガラで錆びついた機械のような音だった。

 

 それでも歩みは止められない、全ては――の為に

 

「俺しかいないんだ…」

 

 天之河光輝は自身を顧みる事もせず訓練所へ向かう。

 

「勇者ならきっと…」

 

 手にした剣は以前よりずっと重かった。片手では持ち上げられず両手の力を使って、体中から悲鳴が出てくるのも構わず。

 

「…っ!」

 

 だが、いざ振るおうと思えば、チラついたのは涙を流す女性の姿。外見は違えど自分と同じ人間。

 

 力の入らない剣は主の意思を無視して零れ落ち鈍い音が訓練所に響き渡る。  

 

「駄目だ…敵を切らないと…」

 

 落ちた剣を拾うとするも上手く掴めない。剣を握ろうと力を入れているのに体は拒絶し始める。

 

「敵って誰だ?……て、き、は」

 

 遂には疑問の声が出てきてしまった。迷いを得てしまったらもう剣を握るどころの話ではない。

 

「はぁ………はぁ……」

 

 荒い呼吸の音が喉から出てくる。見るものすべての視界がぐにゃりと歪む。思考は靄が掛かって何も考えられない。

 

 

 

 それでも、剣を握ろうとする。無駄だと分かってはいても、それでも

 

「人を…守りたいんだ」

 

 呟きは原初の願い。光輝が望む理想の為に、体がぐらつくのも構わず…

 

「もう、そこまでにしておけよ」 

 

 視界が暗く染まる直前にそんな声が聞こえてきたような気がした。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「光輝、一つお前に良い言葉を教えてやらう」

 

「じいちゃん?」

 

「『弱きを助け、強きを挫き、困っている人には迷わず手を差し伸べ、正しいことを為し、常に公平であれ』…じゃ」

 

「弱きを…?」

 

「うぅむまだお前には早かったかのぅ。簡単に言うと人を助けるヒーローになれ。と言う事じゃ」

 

「ヒーロー?…なら俺、じいちゃんの様になるよ!」

 

 あの言葉の意味を知らなかった小さかった頃のあの日。自分は祖父のようになると決めた。

 

 

 ヒーローは人を助ける存在の事。なら自分は祖父のようになるべきだ。

 

 何故なら祖父は正しく誰よりも優しかったから。そうありたいと願った

 

 

 その筈だった…  その筈だったのに…

 

 

 

『光輝いい加減にしろ!いつまで死んだ爺ちゃんの事を引きずっているんだ!』

 

 

 

 周りからは何も理解されなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に感じたのは懐かしい匂いだった。言葉では表現できない、しかしどこか心が安堵するその匂い。何の匂いかと頭を巡らせるが靄がかかったように思い出せない。

 

 考えを巡らせようとすると徐々に思考がクリアになっていく。そして自分が何か温かい物に包まれていることを感じ取る。

 

「……ん」

 

 瞼を広げればそこは見知らぬ天井。しかしどこかで見たことがあるのは自分の部屋と同じつくりだからか。  

 

 温かい物はベットで寝かされていたからだ。妙にふかふかとする掛け布団を外し、ベットから出て周りを見渡す。

 

「ここは…」

 

 誰かの部屋なのは間違いがない。棚に置いてある試験管や調度品は何やら薬品が詰まっているようで…

 ふと、クラスメイトの顔が浮かんだ。騒々しいが明るい変なクラスメイトの顔だった。

 

「あれ、もう起きたのか?」

 

「柏木?」

 

 そんな事を考えていたら案の定、クラスメイトの一人柏木がお盆をもって現れた。驚いた顔をしながらも机の上にお盆を置いてこちらの様子を伺ってくる。

 

「体は平気か?」

 

「あ、ああ。それより俺はどうしてここに…」

 

「覚えていないのか?訓練所で倒れていたんだぞ。見つけたのが俺でよかったな」

 

 ケラケラと笑う柏木の顔を見て自分がようやく訓練所で倒れてしまったのを思い出す。そう言えば体がだるかったのを思い出す。

 

「最近根を詰めすぎじゃないのか?少しは休まないと体がもたんぞ」

 

 

「…そうか、でも俺は休んじゃいられ…な…い?」

 

 柏木の忠告を聞き流し立ち上がろうとする。休むのはすべてが終ってからで良い。そう思ったのに体に力が入らず椅子に倒れこむ様に座り込んでしまう。

 

「ほら、やっぱり駄目じゃん」

 

 苦笑してお盆の上にあったお茶を差し出してくる柏木。妙に力の入らない体は気のせいか柏木が近づけば更に力が入らない様になっていく。

 

「気が急くのはどうしようもないかもしれんが、せめて茶でも飲んで一息して行けよ」

 

(お茶…爺ちゃんが好きなお茶に似てる)

 

 折角用意したんだからと差し出してきたお茶は緑茶のように見えた。この異世界に来てからは飲んでいない故郷の匂い。

 力の入らない体に思考がうまく回らない頭の中で光輝はそのお茶が酷く美味そうに見えた。

 

「俺の好みに合わせて薄め何だが…まぁ許してくれや」

 

「あ、ああ…有難う」

 

 勧められるまま緑茶を一口。温かさに渋い苦みと仄かに感じる甘みがスッと臓腑に染み渡っていくのを感じる。

 

「…美味い」

 

 カラカラになった喉は温かいお茶を嚥下しつつ渇きを癒していく。湯呑みに入ったお茶を飲み切ると前には柏木の嬉しそうな顔があった 

 

「そいつは良かった。御代わりはまだあるから少し休んでいけよ」

 

 空になった湯呑みにお茶が注がれる。 一瞬躊躇するもまた手に取ってちびりと飲み始める。今度はゆっくりと味わうようにして。

 

「なぁ、天之河」

 

 そうしてコップの半分ほどまで飲んだ時だった。ふと柏木が話しかけてきた。どうにも言いにくそうではあるがその顔はいつになく真剣そうにも見えた。

 

「どうして天之河はこの世界の人達のために戦おうって思ったんだ?」

 

 話しかけてきた疑問は戦う理由。 その問いにいつものお決まりの言葉を返す、半場本能的に刷り込まれた常識の様に

 

「俺が勇者だからだ。この世界の人々を助けようって、それが勇者の役目で…ヒーローの役目だ」

 

 出てきた言葉はいつもの言葉。勇者だから人を助ける、助けて欲しいと願われたから助ける。ごくごく当たり前の事だったし光輝にとっての常識だった。

 

 柏木が言い返すまでは  

 

「それ、本当にお前の考えなの?」

 

「…え?」

 

「いやだってさ、何か言わされている様に感じたからさ」

 

 言わされている?そんな事は無い、誰かを助けたいという思いは自分自身の物だ。そう否定しようとしたが何故だが声は出てこない。

 

「あ、気に触ったのならごめんな。でもお前無理して訓練しているところを見るとよっぽどの事があるんじゃないのかなって思ってさ」

 

「そんな事…」

 

 ないと言い切れるのだろうか?心身共に消耗しながら人を助ける理由が無いと言い切ってしまえるのか?

 

(俺は…俺は本当は)

 

 一度疑問を持つと、後はもうずるずると思考の沼へと沈んでいく。覚めたはずの視界が朦朧になってくる。

 

「ワリィ――でもしないと――見てられないんだ」

 

 

 意識が薄れゆく中、そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

「光輝!しっかりしろ!」

 

「…え?」

 

 ふと、怒鳴られた声に目を開ければそこには親友の坂上龍太郎が自分の顔を覗き込んでいた。顔にはいくつかの傷跡があり額から流血さえしていた。

 

「流石の連戦はお前でもきつかったか?まぁいい、後もうちょっとだ。気合入れていくぞ!」

 

 背中をバンバンと気付けでもするかのように叩いた龍太郎はそのまま先に行くと告げて目の前にある雄大な城へと進んでいた。…城?

 

「ここは、一体?」

 

 ようやく我に返った光輝は辺りを見回す、そこは自分の知らない町だった。肌寒さを感じる空気にくっきりとした青空。王都とはまた違った町並みはしかし、今は煙と火と瓦礫によって目も当てられないありさまだった。

 

「勇者殿どうかされましたか?体に大事は無いですかな?」

 

「イシュタル…さん?ここは一体どこですか?」

 

 次に隣に立つのは教皇イシュタルだった。その眼差しはまるで幼子を気遣うような老賢者めいた優しさあふれる目だった。多少の違和感を持ちつつも光輝はこの光景と今の状況に説明を求めた。

 

「ふむ?ここは、魔人族の本拠地魔国ガーランドですぞ」

 

「魔人族の本拠地だって?」

 

 不思議そうに返したイシュタルの言葉に愕然とする光輝、いったいいつの間にこんな場所に来てしまったのか。夢を見ているのかと思う物の目の前の何時も清潔な法衣を纏っていたイシュタルの姿が薄汚れているところからして夢ではなさそうだった。  

 

「今、我ら人間族がこの町を占拠したところです。後はあの王城、魔王を打ち取れば我らの長年の悲願が達成されるのです」

 

「悲願…人間族の勝利」

 

 それは光輝たちが召喚された理由で光輝が戦う理由だった。悪逆非道の魔人族を打倒しこれ以上人間族が脅威に脅かされない様にする。

光輝が剣を持つ理由であり、異世界から帰還する理由でもあった。

 

「他の皆様も向かっております。勇者殿も準備ができ次第向かってくださいませ」

 

 恭しく頭を下げたイシュタルはそのまま法衣を翻し魔王城へと向かっていく。その背に声を掛ける事は出来なかった。

 

「俺は…」

 

 そのとき光輝はなんと言おうとしたのか自分でも判断できなかった。ただ、心の底から何かが喚いてるような、気のせいのような…

何かがおかしいと感じていた。

 

 だが、その違和感も塗りつぶされる。大切な幼馴染が声を掛けてきたからだ

 

 

「光輝!どーしたのよ、ボーっとして。平気?怪我はない?」

 

 現れたのは幼少のころから傍にいた八重樫雫だった。久しぶりに見る顔は自分を心配するいつもの幼馴染の顔だった。その顔が血に濡れていること以外はだが

 

「雫!?どうしたんだその姿は!?何処か怪我をしたのかい!?」

 

 一瞬で目が覚めたように覚醒する光輝、出てきた言葉は幼馴染を心配する気遣いの言葉だった。それもその筈雫の顔の半分は血に濡れていたのだ、どう考えても重傷にしか見えない、そう光輝は判断した

 

「え、怪我?…ああ、只の返り血よ。心配しないで」

 

 しかし光輝の反応に対して雫はキョトンとした顔をすると忌々しそうに血の付いた自身の顔を拭う。

 

(返り血…?雫は一体何と戦って)

 

 返り血と言う単語になにか背筋に這いずる物を感じる光輝。よく見れば雫の服装の大半は赤く染まっていた。それがまた光輝の胸をなぜか強烈に締め付ける

 

「まったくもう。一体どうしたのよ光輝。しゃんとしないさい!」

 

 パシンと背中を叩かれる。衝撃に驚いて幼馴染の顔を見ると、そこにはいつもの見慣れた顔

 

「ほら、私がいつもの様にアンタの尻拭いをしてあげるから、アンタはさっさと魔王を倒しに行ってちょうだい。その為にここにいるんでしょ」

 

 苦笑し、微笑むいつもの顔でこちらを心配するいつもの目。その顔を見て、光輝はざわつく頭にかぶりを振った。迷いを切り捨ている様に、役目を果たす様に顔を上げる

 

「ああ、わかった。俺が…俺が絶対にこの戦争を終わらせる」

 

「ええ、頼んだよ」

 

 笑う雫の目がドロリと濁ったことに光輝は気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔王の間までの道のりは驚くほどに順調だった。魔王を倒せばすべてが終る、そう考えて走った。近くにある魔人族の遺体や夥しい血痕を光輝は見なかった。

 

 …代わりに胸がざわついた、コレでいのだろうかと

 

 

「光輝!おせぇぞ!」

「勇者殿、さぁいよいよですぞ!」

 

 拳を真っ赤に染めている親友が嬉しそうな声を上げた。人の形をした灰を煩わしそうに吹き飛ばした教皇が檄を飛ばす。

 

 

「ああ、行こう2人とも!」

 

 光輝はその姿を見えない様にした。

 

 

 

「君が、勇者か」

 

 出迎えた男はどこにでもいる男だった。見た目は男前にはいるのだろう、しかしどこにでもいる男という印象がその男の第一印象だった。

 

「そうか…君のような子が勇者か」

 

 酷く疲れ切ったような声だった、または諦観か。ゆっくりと玉座から立ち上がるその姿は隙だらけだった。

 

「それで、勇者殿。その剣で私を殺し、魔人族を滅ぼし何を望むのだ」

 

 目は酷く虚ろで、何も映していないかのようだ。出てきた言葉もまるで台本のよう。

 

「…平和」

 

「そうか平和か。…そんなもの何をしたところで手に入らないというのに、一種族を滅ぼしてでも欲しいのか」

 

 魔王の声に光輝は答えず、傍にいた親友が吠える

 

「はっ!テメェらが先に始めたんだろうが!俺は騙されねぇぞ!」

 

「誰が先に始めたかではない。どう終わらせるかが問題なのだよ。…それをまぁ君たちは…実に愚かだ」

 

 ふいに魔王が初めて感情を出した。それは憤怒と呼ばれるもので、どこかで光輝が見た物だった

 

「君達はさぞ気持ち良いだろうね。人から与えられた力で増長し、その意味を考えず好き勝手振るう事が出来るのだからね」

 

「っ!…そんな事は、そんな事は無い!俺は人を助ける為にこの力を使うんだ!」

 

 魔王の一言に光輝は胸を抉られたような感触を受ける、好き勝手使っているつもりは無かったはずなのに魔王に指摘されるとまるで自分がそうであるかのように陥るからだ

 

「人を助ける…?なら我ら魔人族は人ではないというのか?殺して虐殺の限りをしても構わない者達だと勇者殿はそう言うのか」

 

「イシュタルさんから聞いたぞ!魔人族は悪逆非道の種族だって!」

 

「では、君の前に現れた私の部下はどんな風に見えたのだ?」

 

「っ!」

 

 思い出す、褐色肌の魔人族の女性を。思い出す、彼女の涙を。

 

「勇者殿、聞いてはいけません。魔王の姦計には耳を貸さない事です。貴方のやろうとしていることは正しい事」

 

 しかし思い出そうとした記憶はイシュタルの囁きによって消えていく。靄が掛かったかのように思考がかすんでゆく

 

  

「そうだ…俺は、俺達は人間族のためにここまで」

 

「本当に?本当に君は人の為に戦っていたのかね?」

 

「うっ うぉぉおお!!!!」

 

 魔王が呟いた小さな声をかき消す様に光輝は咆哮を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 無我夢中の戦い、いったい何をどうやったのか光輝はほとんど覚えていない。分かっているのは魔王は地に伏せ勝者は自分だという事

 

「やったな光輝!魔王を倒したぜ!」

 

「おお…これで戦乱は終わる。よく戦い抜きました勇者殿」

 

 親友が歓喜の声をあげ、教皇は歓喜に打ち震える。光輝は荒く息を吐いたままだ。 

 

(これで…終わったんだよな?)

 

 自問自答の声に答えるものはいない。達成感なぞ一つも無く、あるのは地に伏してピクリとも動かない魔王。

 

 

 人間族を脅かした魔王の討伐、今ここに光輝のこの世界での役目を終えたのだ、それなのにどうしてか心が晴れる事は無かった。寧ろ後悔が一層強まったような気さえするのだ。

 

「さぁ勇者殿。勝鬨を上げましょう、皆に戦いが終わったことを知らしめるのです」

 

 イシュタルの声がどこか遠い、光輝の心を占めるのはどこかしてはならない事をやってしまったのではないかと言う懸念だった

 

「イシュタルさん俺は…俺はこれでよかったんですよね?」

 

「ええ、勿論でございますとも勇者様。これで人間族は平和を謳歌することが出来ます」

 

 本当にそうなのだろうか?『人間族』と強調されたその言い方にゾワゾわとした得体のしれない感触が喉まで競り上がっているような気がする。

 

 

「さぁ勇者様。そこにある者は放っておいて王城に帰る事に「父上ぇぇええ!!」

  

 イシュタルが王城に帰るように促した時、甲高い声が広間に響き渡った。何処からかと探す必要は無かった、その声の主は広間の後方、扉から現れたのだ。

 

 新手か!?と光輝が身構えた時、その声の主は光輝たちを無視して力尽きた魔王の傍に駆け寄っていた

 

「父上!起きてください父上!」

 

「なっ…子供!?」

 

 声の主は小さな子供だった。年の頃はランデルより一つぐらい下だろうか。血に濡れるのも構わず何度も魔王を揺り動かしていた。

 

「ああ、そう言えば魔王にも子供が居ましたなぁ…」

 

 驚く光輝の横では顎鬚をさすりながらイシュタルが汚い生ごみを見るような目で魔王の子供を一瞥していた。その声の温度の低さに光輝は鳥肌が立つ

 

(子供だって?そんな事俺は知らな…っ!?)

 

 魔王に子供がいた、たったそれだけの事で光輝は酷く狼狽をしてしまう、考えてすらいなかったことに(本当に?)どうすればいいか困惑しているとイシュタルが子供に歩み寄り…まるで汚い物をどかす様に蹴り飛ばしたのだ

 

「あぐっ!?」

 

「ふん、薄汚い下郎めが、神罰を与えてくれよう」

 

 イシュタルの持つ杖に魔力が集るのを感じる。何を放とうしているのか光輝は直感してしまった。魔法を放ち殺そうとしているのだ。

 

「イシュタルさん!?何をしているのですか!」

 

「勇者殿、何を言っておるのですか。あ奴は魔王の子。ここで殺さねばなりませrん」

 

 子供を殺す、その言葉が出てきたことで光輝は冷や水を浴びらせられた気分になる。咄嗟にイシュタルの手を掴み魔力が集まるのを妨害する。

 

「そんな事をしたら駄目だ!子供を殺すなんて…そんな事!」

 

「何を血迷っているのですか勇者殿。今ここでアレを殺さなければ悲劇が繰り返されるのですぞ!」

 

 止める光輝に一括するイシュタル。悲劇…その意味が分からないほど光輝は子供ではなかった。しかし黙って子供が殺されるのを見ているほど光輝は大人では無かった。必死になってイシュタルに食らいつき魔法が放たれるのを止める

 

「それでも子供は殺しちゃ駄目だ!ちゃんと話し合えばきっと」

 

「…してやる…お前ら…」

 

 子供は殺しては駄目だ、そう叫ぶ光輝の後ろで呟かれた小さな声。その声は大きくは無いのに染みわたる様に 光輝の耳に入ってきた

 

「殺してやる…父上を殺したお前達を…一人残らず全部」

 

 ハッとして後ろを振りむけば怨嗟の染められた目とかち合った。憎悪と怨みと嘆きが込められた、人の形をした感情が光輝の目を射貫くのだ。

 

「っ!」

 

「…勇者殿、あの目を見てまだわからぬのですか。今ここでアレを殺さなければまた戦争は繰り返されるのですよ。その事が分からぬあなたではないでしょうに」

 

 ここで魔王の子供を殺さなければいつかまた復讐の為に人間族を脅かすだろう。しかしだからと言って子供を殺すことの正当性につながるのだろうか。

 

 光輝にはわからない、それでも言葉は出てくる 

 

 

「それでも…殺しちゃ「…殺してやる。家族を殺したお前達は絶対に」  

 

出てきた言葉は後ろの怨嗟の声によって潰される。言いたいことがうまく言えない、だからと言ってこのまま見過ごすわけにはいかない。八方塞がりの光輝。

 

 その状況を変えたのは聞き覚えのある今まで何度も助けられた声だった。

 

「あら?光輝まだ終わっていなかったの?」

 

「雫!」

 

 呆れたような声を出しながらやってきたのは幼少期から関わりのあった幼馴染だった。光輝が最も信頼し無意識のうちに頼っていた相手でもあった。

 

「聞いてくれ雫!イシュタルさんがこの魔王の子を殺せって言うんだ、そんな事は駄目だろ!?雫も一緒に」

 

「?さっさと殺しなさいよ」

 

 救いを求める様に呼び止めた声は幼馴染の何の情も持たない声によって阻まれてしまった。 

 

「何を…言ってるんだ?雫、子供を殺すって…そんなの駄目に」

 

「魔人族を根絶やしにする為でしょ。まったくもう、私は先にやってきたわよ」 

 

 何をやって?光輝は雫のその言葉に嫌な予感を感じ取る。…雫の姿は血まみれで、しかし怪我は一つも無い。戦いになればいくら雫とて

かすり傷の一つは負う筈なのにそれが無かった。

 

(どうして怪我が無くて返り血がついていて、どうして子供を殺すことに躊躇が無くて…)

 

 その怪我のない理由を、雫の言葉の意味を光輝は薄々と理解する。光輝は頭は悪くないのだ、この状況と言葉から何が起きたのかわかっていた。

 ただその事実を受け入れることが出来ないでいたのだ。

 

 しかし、現実は無情だ。雫は実に下らないように吐き捨てた。

 

 

「全く、子供のくせに必死に抵抗するんだもの。数だけ多いから切り殺すのに手間取っちゃった」

 

「雫?…何を言って」

 

 今幼馴染は何を言ったのか、優しくて面倒見が良くて大切な幼馴染、その雫が何を言ったのかその単語を理解しようと光輝は必死だった。

 

「子供…子供って、雫、君は」

 

「魔人族は一人残らず根絶やしにしないと。光輝、貴方もその事を承知でここにいるんでしょ?」

 

 絞り出したような声は幼馴染の凛とした声でかき消されてしまった。まるで当たり前の常識を今更確認するかのような呆れの音色が含まれている声だった。

 

「俺は、そんな事」

 

「じゃあなに?アンタは日本へ帰りたくないってわけ?」

 

「っ!?」

 

 魔人ととの戦争に勝たなければ日本へは帰れない、確かにその通りだ。しかしだからと言ってこのような事が許されるのだろうか。

 

「そんな…そんなつもりで雫は子供たちを殺したって言うのか!?日本に帰りたいから!?だからってそんな事が許されるわけないじゃないか!」

 

 人殺しは、誰よりも悪い事だ、それは地球で…日本で過ごした物なら誰もが知っていて理解している常識で…いいや、人であるならば忌諱することだった。

 

 だが、その言葉は正論は雫の言葉により両断される

 

「あのねぇ帰りたいからに決まっているでしょ。こんな異常な世界、人殺しが肯定される世界なんて関わり合いになりたくないじゃない」

 

「だってらどうして!」

 

「それしか帰れる方法が見つからない。だから私は戦っているのよ。まさかそんな事も分からなかったの」

 

「っ!?」

 

 幼馴染から出ている言葉は確かにその通りではあった。そもそも日本へ帰るための手段など呼び出したエヒト神でなければ分からないのだ。

 

 エヒトが呼び出した理由は人間族が魔人族に勝つ為。ならこの戦争は、戦いは、人殺しは帰る為の手段であることには間違いなかったのだ。

 

「私は日本へ帰りたいから人を殺した。なら、アンタは如何なの?光輝アンタは何で戦っているの」

 

「俺は、人を助けたいと思って…この世界の人を救いたいと思って戦って」

 

「なら、何を今更グダグダとヘタレているのよ。人を助ける事も殺すことも一緒じゃないの」

 

 本当にそうなのか?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?光輝の中で疑問が渦巻く、それは今更過ぎる疑問であり、遅すぎた疑問でもあった。

 

「俺は…俺は」

 

「はぁ 本当にあんたってどうしようもない男ね。なら分かったわよ。私がやってあげるわ、いつもの様に」

 

「え?」

 

 呆けた声に答えると幼馴染は何でもない様に歩き刀に手を掛けた。向かう先は未だ魔王の傍から離れない子供。魔王の忘れ形見だった。

 

「待て、待ってくれ!」

 

「何よ、今更子供一人助けようだなんて正気?」

 

「子供を殺すなんて間違っている!そんなの当たり前じゃないか!雫君はおかしくなっているんだ!目を覚ましてくれ!」

 

 慌てて追いすがり雫を止める光輝。必死だった、今まで見たこともない幼馴染がどこか知らない誰かのように感じていたのだ。

 

「おかしいのはアンタよ。まさか戦争に参加するっていう意味が分からなかったわけじゃないんでしょ?こうなる事を分かっててアンタはあの時戦争に参加するってそう言ったんでしょ」

 

「違っ!?俺はただ人を助けたいって!こんな事をするために決意したんじゃないんだ!」

 

「はぁ?じゃあ何よ、アンタは何にも考えずに戦争に参加するって喚いたの?戦争がどんな事をしているか、どんな結果になるかアンタは何にも考えず考えようともせずにここまで来たって言うの?あんなに魔人族を倒すと豪語しておきながら?」

 

「そんな…そんなつもりは無かったんだ。俺は、イシュタルさんが言っていたように魔人族は卑劣な種族だって、それで俺は」

 

「何?今度は自分の言葉の責任を人に押し付けるの?イシュタルが言っていたから僕は悪くないですって?甘ったれんじゃないわよ」

 

 

「っ!」

 

 ぐうの音も出ない正論だった。言い返す言葉が何も出ないほどに雫の言葉は光輝の胸を抉っていく。

 

 

「…ったく あれだけ人を助けたいとか嘯いておきながら自分のしようとしていることに目を逸らして、挙句の果てには今度は罪を犯したくないって?」

 

「違う…違うんだ」

 

 雫の鋭利な言葉が光輝の心を傷つけていく。

 

「アンタあの時言ったわよね。俺が世界も皆も救ってくれるって。あの言葉は嘘で、本当は自分に酔っていたの?世界も人も救う俺は凄いって」

 

「違う…違…」

 

 雫の言葉に光輝は打ちのめされていく

 

「本当は私たちの事は考えていなかったんじゃないの。自分の事しか考えていなくて私たちの事はどうでも良かったんでしょ。…祖父の事をこの世界の住人から認めてさえもらえれば」

 

「!?そ、それは」

 

 目を見開き雫を見る。、それは光輝自身心の奥底に封じ込めていた事…自覚しない様に封じ込めていた事だった。

 

「……貴方はそこで黙って見ていなさい。自分の招いた愚っ直なまでの思い違いがどうなるかを」

 

 刀を取り出し歩む雫。もはや光輝の知っている幼馴染でない、敵を殺そうとする只の人殺しだった。 

 

 

「これで終わりね」

 

 剣を振りかざしすべてを終わらせようとする。これで戦争が終る。

 

 

 その時だった

 

 ガキィン!

 

「…どうして邪魔をするの?」

 

 雫が振り下ろした刃を止めたのは光輝が持つ聖剣だった。苦悶の表情を浮かべ必死で後ろ背に子供をかばい人殺しの凶刃を止める光輝。

 

「駄目、だ! こんな終わり方は!絶対に」

 

「邪魔をするの?…私達を日本へ返してくれないの?」

 

「それは…っ!」

 

 凶刃の押し出す力がさらに強まる。相手は片手でこちらは両手で必死に力を振り絞っているというのにいったいどこにそんな力があるというのか。

 それともそこまでして日本へ帰りたい意思の表れか。

 

 そんな力の拮抗がしばらく続いた後、雫はふっと息を吐き力を緩めた。

 

「…そう、そんなに抗うのならアンタがやりなさいよ」

 

「え?」

 

 そう言って一歩下がった雫の言葉に光輝は呆けた声を出してしまった。言っている意味が分からないとそんな表情でも出ていたのか、雫は何にも関心を示すことなく只光輝に指を突き付けた

 

「あんたがその手で戦争を終わらせなさい」

 

「何を言ってるんだ…? もう戦いは終わったじゃないか、魔王は倒れた、戦争は人間族の勝利で終わったんだ」

 

 魔王は倒れた、勝利は人間族の物となった、もう人を殺める必要はないはずだ。だがその光輝の主張は通らない。

 

 

「ならどうして私達は日本へ帰れていないのよ。まだ終わっていない証拠でしょ」 

 

「それは…」

 

 確かにその通りだ。人間族の勝利が自分たちが日本へ帰る事の条件、そう信じてきたのに帰れる兆候は一つも無かった

 

「ならば、そこにいる者を殺し魔人族を根絶やしにするべきでしょう」 

 

「根絶やし…?もうこれ以上戦う必要はないのに?」

 

「ありますとも。魔人族を徹底的に殺し、辱め我ら人間族が至高の存在へと世に知らしめるためには必要な事なのですぞ勇者殿」

 

 イシュタルの唐突な言葉に言葉が出ない光輝。そこまでする必要なんてあるのか、意味は?そんな光輝の疑問をイシュタルは鼻で笑う

 

「人間族の絶対的な勝利とはすなわちエヒト様の御威光を世にとどろかせる好機でございます。勇者殿貴方は言っていたではありませんか人間族を救うと、これ即ちエヒト様の意思を、尊重してくださるという事ではありませんかな」

 

「違います!俺は人を助けたかったわけで魔人族を滅ぼす事が目的だったんじゃない!」

 

「ほぅ?では何か。貴方は一体何のつもりであの時我らに手を貸すと言ってくれたのですかな。それをおっしゃらぬ限りは…貴方もまた我らと同罪ですよ」

 

「っ!?」

 

 言葉に詰まる。駄目だと叫べば叫ぶほど周りは自分を追いつめて来る。逃げ場を探そうにも光輝の立場がそれを許さない。実際未だに自分達は日本へ帰れていないのだから

 

「もういいじゃねぇか。さっさとやってやれよ光輝」

 

「龍太郎…どうしてそんな言葉が出るんだ、言ってる意味を分かっているのか」

 

「分かってるぜ、腑抜けたお前よりかもな」

 

 ギラリとこちらを見る親友の目の色が変わった。そんな気がした

 

「光輝、お前が言いてぇのはこういう事だろ。戦争に参加するって言ったけど自分は手を汚したくありませんってな」

 

「そんな…そんな事を言った覚えはない!」

 

「言ってはいねぇが今ここでお前がしようとしてるのはそう言う事っつってんだよ」

 

 嘲笑うような声であった。

 

「さんざん俺達を巻き込ませておきながら結局自分の身が可愛くて肝心な所で腑抜けたことを喋りやがる。あぁん?そりゃどういうつもりだ」

 

「…皆が参加したのは自分からだったじゃないか。俺は巻き込む気なんて」

 

「巻き込む気は無かった? はっ! 普段自分の立場を考えればあの時不用意なお前の発言で皆がどうするかなんて分かり切った事じゃねぇか。

まさか、そんな事も考えていなかったって言うのか」

 

「っ!」

 

 親友の言葉の一つ一つに反論ができない。言う資格が無いかったらからだ。

 

「つーかおまえよぉ 散々勇者がどうとかリーダーがどうとかやってたみたいだけどぉ、口ばっかりでずっとこのトータスって奴らの事しか考えていなかっただろうが」

 

「それは…だってこの世界の人たちは魔人族の脅威に怯えて」

 

「そうだったか?俺の見た限りじゃどいつもこいつも能天気な面して俺達に頼りきりに見えたがな。異世界に召喚されて訳が分からないド素人の俺たちとは違ってな」

 

 言われてみれば確かにその通りだった。イシュタルの話では魔人族の脅威は日に日に増していく。しかし王都の人間たちは気にした風でもなく寧ろ召喚された自分達に任せっきりだったように見えた

 

「不安に震える俺達を放っておいてお前はここの住人を重視したって訳だ。勇者と呼ばれてお前はさぞかし気分が良かっただろうな」

 

「そんなつもりなんて」

 

「そんな、それは、さっきから同じ事ばっかり。一つは認める事も出来ねぇのか。ふん、とんだ期待外れだなお前」

 

 失望の目、見下し期待を失くしたと言わんばかりの無機質な目。反論しようにも震えながら出す声は縋る様で哀れみを誘うだった

 

「…なら俺にどうしろっていうんだよ」

 

「だからさっきから言ってるだろ、殺せって」

 

 目の前にカシャンと放り投げられたのは勇者だけが持つことを認められた聖剣だった。即ち人殺しの武器だった。

 

「……殺すって…そんな事」

 

「俺達を帰らせてくれる、人類を救う。一人の犠牲で両方叶えることが出来るんだ、願ったりかなったりだろ」

 

「…それ…は」

 

「殺しなさい光輝。自分の言葉は覚悟は嘘ではないと私達に証明して見なさい」

 

「……」

 

 幼馴染に言われ震える手で聖剣を掴む。

 

「さぁ勇者殿。今こそ終わらせるのです、そして世に知らしめるのです!勇者の偉業を…いいえ貴方様の祖父の偉業を!」

 

「じいちゃんの…」

 

「貴方を育て、慈しんだ、尊い、誰よりも大切だったお爺様の事を知らしめるのです、だってあなたはそのために勇者をしていたのでしょう!?」

 

「そうだ…おれは…じいちゃんのために…」

 

 祖父、誰よりも愛した大切な人。この世でただ一人天之河光輝を見てくれた人。才能と顔で判断する有象無象とは違った光輝の生きる支え

 

『光輝…儂のかわいい孫よ…どうか、忘れないでくれ』

 

 

 

 ぼやけた視界に映るはこの世で最も大切な人、誰よりも光輝を見て、愛してくれた尊敬する人だ。

 

 その人の為なら…例えどんな事でも

 

 

「俺は…俺はッ!」

 

 

 

 

 

 聖剣を振り上げる、後は力の限り振り下ろすだけ、

 

 

 

 

 

 亡くなった人の姿に寄り添う、泣きはらす子供に向かって剣を降ろすだけ、

 

 

 

 

 

「俺はぁあああああ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガシャンと広間に音が鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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