甲高い音を立て聖剣は床に落ちた。その刃に血はついておらず、子供には一つも傷は無かった
「出来ない…出来ないよ俺には…」
膝を床につけ、涙を流し嗚咽を漏らす。その目にはいくつもの涙があふれていく。
「どうしてじゃ?そのものを殺せば、皆救われるのじゃぞ」
祖父の幻影が何故と問うてくる。えづく声を無理矢理出したのはありふれた正論だった。
「それでも出来ないよ…だって人を殺すのは悪い事じゃないか」
涙を流し、出てきた言葉は泣きじゃくる子供のような声。
「ならば何故お前は戦おうとしたのだ、何故だ」
「俺は…俺は只じいちゃんの事を皆に忘れて欲しくなかったんだ」
虚ろな目で光輝はずっと積りに積もっていた言葉を吐き出す。それは幼年期から味わい続けた光輝の半生だった。
天之河光輝という人間は優秀な子供だった。スポーツは万能、学情は秀才、性格もよく人から好かれる子供だった。
しかし光輝は内心周囲の人間に大して関心を持たなかったのだ。自分と比べてはるかに幼い同年代の子供に苦痛を持っていた。自分に神童の役割を押し付ける大人達を冷めた目で見ていたのだ。
そんな光輝の楽しみはたまに会う祖父との時間だった。
「ねぇじいちゃん、また弁護士のお話を聞かせてよ」
「ほぅ、よしわかった、あれは儂が担当していた事件でな」
祖父の語る弁護士としての仕事、それは多少子供に解りやすいように膨張が入り混じった祖父の英雄譚だった。口の上手い祖父は光輝のせがむ頼みに脚色を交えながらも依頼人を守る弁護士の話をしてくれていたのだ。
光輝にとってそれは至福の時間だった、テレビで放送されているヒーロー番組やアニメ番組よりもよっぽど面白く引き込まれる。人よりも幾分か内面の成長が早かった光輝にとっては同世代の子供たちが普通に楽しむ物よりも祖父の話の方が面白かったのだ
「じいちゃんてすごいんだね!おれもじいちゃんみたいになってみたい!」
「そうか?なら、弱きを助け強きを挫く。そんな男にならんといかんのぅ」
祖父の妻である祖母を早くに失くし独り暮らしだった祖父にとっては可愛い孫との触れ合いは心温まるものであり光輝にとっても自分を色眼鏡で見ず可愛がってくれる祖父は誰よりも好きだった。
「光輝いつかお前も、儂の様に…」
幸せな時間だった、幸福でかけがえのない時間。
しかしその終わりはあっけなかった
「じいちゃん…」
祖父の笑顔が写る遺影を前にて一人呟く光輝。心筋梗塞だった。光輝のかけがえのない大切な人はあっさりとこの世から去ってしまい二度と触れ合う事は出来なくなってしまった。
「俺が…爺ちゃんの遺志を受け継ぐよ…」
悲しみを背負った小さな子供心に光輝は誓いを立てた。祖父のような正さと優しさを兼ね備えたそんな人になると幼心に光輝は誓いを立てた。
『弱きを助け、強きを挫き、困っている人には迷わず手を差し伸べ、正しいことを為し、常に公平であれ』
祖父との約束、大切な人から教えられた自身のあるべき姿。小学生にも満たない年齢で、光輝はこの言葉を胸に刻み実現しようとした…
だが、そんな事が安々と出来るほど現実は甘くは無かった
「…どうして苛めは無くならないんだろう…」
小学生になり、クラスのリーダーとして生きていれば自然と目に入る光景。複数のいじめっ子が難癖をつけ一人の子供に苛めを行う。
光輝にはわからない、どうして苛めを起こすのか、どうして人を嘲笑って楽しそうにできるのか
「ねぇ、イジメるのは止めなよ」
「天之河!?あ、ああ、わかったよ」
勿論いじめをやめるように注意をした。それは当然の行為であり光輝自身のごく当たり前の行動だった。その結果クラス内で虐めは無くなった。クラスの人気者である天之河光輝による言葉なら反発する者はいなかったからだ。
「おい、なんでテメェ見てぇなゴミが生きてんだよ!」
「ヒッ!」
「あのさぁ~俺達金ねぇんだよ。お小遣いちょうだい?」
「あ、ああの僕お金なくて」
「ああん!?」
(…どうして?)
だがあくまでもその話は表面上の話であり、光輝の目から隠れる様に虐めは続けられていた。光輝の目に届かない様に離れて隠れて、子供心にクラスのリーダーに咎められない様に。
同年代で頭一つ精神的に大人へと至った光輝は直ぐに自分一人の力では止められないと気付き大人へと助けを求める事を考え付いた。
「先生、相談があるんですけど」
自分のクラスの担任に相談を思いついた光輝、誰がいじめの被害に遭ってるのか、誰がいじめを行なっているか、場所、時間、人数に内容。事細かに知っている限りの事を
「わかった。天之河良く教えてくれた」
担任が納得したように頷き、光輝はこれでいじめが無くなるとホッとした。自分では出来ない事は大人に相談してよかったと心から安堵をした。
しかしその期待は裏切られた。
「みんなーこのクラスでいじめがあるみたいだけど、そう言うのは止めようなー」
「「「「はーい」」」
(…え?)
朝礼でたった一言。それで担任はいじめの問題を終わらせてしまったのだ。驚愕する光輝を後に淡々といつもの日常が始まる。まるで何事も起きていない様に、いつもの様に何も問題が無いとでもいう様に
無論その一言でいじめが無くなる事は無かった。当然であり当たり前だった。
「先生!どうしてあんなこと言ったんですか!?あんな言い方じゃ無くなる訳ないじゃないですか!」
担任に食って掛かるのは当然の事だった。まるでやる気のない言い方、言葉一つで止めるのなら苛めなんて起きる筈がないと担任を非難したのだ。
しかし、本来頼るべきのはずの大人は光輝の主張をめんどくさそうに吐き捨てた。
「あのなぁ天之河。お前は子供だから解らんだろうけど、アイツ等を注意をしたらその親が抗議しに学校に来るんだぞ?やってられないよ」
絶句した、子供と向き合うのは愚か、その保護者達に説明をするのが面倒だと吐き捨てたのだ。さらに担任は光輝に向かって胡乱気なまなざしを送った
「ったく成績が良いからって調子に乗りやがって、ただでさえ面倒だってのに厄介ごとを持ちかけてくるんじゃねぇよ」
教師にとって天之河光輝は面倒な存在だった。同年代の子供よりかも頭が良く優秀な成績を残す一方で大人にとっては鼻持ちならない子供だったのだ。
光輝は祖父とのやり取りを得て正義感が強くまた頭の回る善人へと育った。
しかしそんな光輝にとって不幸な事があった。
まず一つ、祖父が話していた正しさは世間一般では称賛されるものの必ずしもその正しさが全ての人が持てる物ではないという事。
二つ目は、光輝自身がその事に納得し、理解してしまうほど優秀だったこと。人は善良さだけで生きていけるほど尊いものではないとその出来事で理解してしまった事
そして何より三つめは光輝自身優秀ではありつつも祖父の様に心が強い訳では無かった事だった。
(…なんだよそれ……)
幼心に見てしまった世間の汚さ。その光景に光輝は心を傷を負う事となった。初めて見て触れた人間の負の部分は光輝にこの世界が歪な物に見えるように映ってしまったのだ。
『弱きを助け、強きを挫き、困っている人には迷わず手を差し伸べ、正しいことを為し、常に公平であれ』
だが、だからといって光輝は祖父の約束を破る事なんてできなかった。弱者に手を差し伸ばさないといけない。それが祖父との約束だ。
「グギャ!?い、いきなり何すんだよ天之河!?」
「うるさい!これからもいじめを続けるんだったらこうだ!」
だから光輝は暴力という手段を行使することにした。口でも言っても分からないのなら、拳で分からせるしかない。
幼少のころから八重樫道場で培った暴力はいとも簡単にいじめっ子に炸裂し…いじめっ子が暴力に屈したことでいじめを止めらせることが出来たのだ。
光輝の犯した暴力は子供の喧嘩という形で少しの叱責で終わる事となった。光輝の日頃の態度は良好で優秀な模範的な生徒だったからだ。
祖父との約束を光輝は暴力という解決法で守ることにした。
(じいちゃん…俺、人を守ってみせるよ)
中学に上がってからもやはり世間の汚い部分は消える事もなく苛めもまたどこかで必ずあった。それは他校の不良が自分達の学校の生徒に暴行を加えた時や善良なふりをして陰では人を陥れる物などがあった。
様々な汚いものが光輝の目には映った。世界は祖父の言う綺麗な物ではないと光輝は誰よりも理解した。
その度に光輝は誰かを殴り拳を使っていじめを止めていた。成長するとともに身に着いた八重樫道場の技はめきめきと光輝の腕を上げさせた。
中学生になってますます磨かれていくルックスと人の良さによって積み上げられた信頼と人気、そして咄嗟の時には腕力もあるという事で光輝は誰からも一目置かれる存在になっていった。
…だが、それも一時的なものではなかった。
「光輝お前何をしているんだ!?どうして暴力を振るったんだ!?」
ある日家に帰るなり父親から強い剣幕で怒鳴られた、父親が言ってたのは光輝が起こした不良たちとの喧嘩の事だった。
「父さん、アレは向こうからやってきたんだ。それにアイツ等は複数人でお金を巻き上げていて」
「何でそんな所にお前は突っ込んでいったんだ。放っておけば良かったじゃないか!」
「なっ!?お金が巻き上げられるのを…人が暴力を受けそうになっているのを見過ごせって父さんは言うのか!?」
父の言葉に反発する光輝。暴力を振るって不良をコテンパンにしたのは間違いなかったがそれでも最初は向こうから殴りかかってきたのだ。
正当性は光輝にあり、何よりあのまま見過ごせておいたら光輝の前でまた一人誰かが悲しむことになっていたのだ。
「光輝…お前はっ いい加減にしろ!もう警察から目を付けられてもおかしくないんだぞ!」
この時光輝は知る由が無かったが、光輝の暴力による人助けは流石に父親の想定を超えていたのだ。週に一回は誰かを叩きのめす子なぞ世間体を考えれば鼻つまみになってもおかしくは無かったのだ。
「それがどうしたっていうんだ!俺は何も間違えたことはしていない!爺ちゃんの言った通り弱い人を守っているだけだ!」
「爺ちゃん爺ちゃんって…」
光輝にとっては祖父の約束を果たしているだけに過ぎない、たとえそれが言葉で出来るものではなく実力行使と言われるものであっても祖父の約束を守り続けていることに変わりは無かったのだ。
「光輝いい加減にしろ!いつまでお前は死んだ人間を引きずっているんだ!」
だが、そんな物は光輝の父親にとっては関係が無かった。父親からしてみれば光輝は何時までも死んだ人間にこだわり暴力事件になりかねない喧嘩ばかりする子供だったのだ。
幼いころから成績優秀でスポーツ万能。先の未来が楽しみな子供はそれがいつの間にか厄介ごとに首を突っ込みたがり喧嘩ばかりをする子供になってしまった。
それが光輝の身内からの評価だった
「そんな…そんな言い方いくら父さんでも言い方ってもんがあるだろ!」
光輝からしてみれば父親に祖父の事を貶されたに過ぎなかった。何故祖父の事を分かってあげれないのか、何故祖父の遺志を継ぐ自分に対して
そんな憎んだ目を向けるのか、光輝にはわからない
「言い方!?そりゃそうだろうお前は爺ちゃんじゃないんだぞ!?何時までもいつまでも正義の味方気取りか!?いい加減現実を見ろ!」
「っ!もういい!父さんなんて知るもんかっ!」
父の言葉を受け…この日から光輝は父親…家族との折り合いが悪くなってしまった。
(正義…そんなものはどこにもなくて)
父親には反発しつつも…光輝は人助けをすることにどこかで虚しさを感じていた。幾ら人を助けても次から次へと問題事は無くならない。
人に頼りきりになり自分の手でどうしようともしない同級生たち。親友の坂上龍太郎と不良たちを殴ってもそれは根本的な解決にはならなかった。
「ねぇ光輝。貴方何時までこんな事をするの?」
いつの日か、ポツリとつぶやかれた幼馴染の声。聞かせる気なんてなかったであろうその疲れたような声を光輝は 聞こえないふりをして内心で反論した
(それは、爺ちゃんの約束を守る為…爺ちゃんの凄さを知らしめるため)
この頃になると光輝の人助けの理由は変わってきた。困っている人を助けるためではなく祖父との約束を守るためと祖父の事を忘れないようにするためになってきたのだ。
年を立つにつれ祖父との記憶は薄くなっていく。それは仕方ない事だとは思いつつも自分と違って世間が祖父の事を完全に過去の人物として扱っている事には憤慨するものを感じていた。
(なんで皆爺ちゃんの事を過去の事にしようとするんだ!爺ちゃんはあんなにも凄い人なのに!)
祖父は偉大な人物だった。敏腕弁護士として幾度もなく依頼人を守り無罪を勝ち取って来た。光輝にとっては忘れられないヒーローで誰よりも尊敬し誇りに思う人物だった。
しかしそれはあくまでも光輝の中の話で合って世間からすれば過去にいた只の優秀だった弁護士に過ぎなかった。死んでしまえばそれでおしまいで後は話題に上る事が稀、それだけの話でありそれだけの人物であった。
忘れたくない、忘れさせたくない。祖父の事を思う光輝にとってはそれだけが原動力となっていく。偉大なヒーローが他の人にとってはどうでもいいなんて受け入れたくなかった。
しかし現実には祖父の言う約束を守るのは厳しくなり幼少の頃の純粋な憧れは薄くなりつつあった。小学生から中学生へと学年が上がり見るものが増え、心が成長するにつれ、この光輝が生きる現実に辟易しつつあったのはどうしようもないことだった。
「……じいちゃん」
心を蝕む虚脱感と先の見えない徒労感。光輝は優秀な人間だったが、心は強くは無かった。
高校に入学するころには不良と喧嘩をする事は無くなっていった。人を助ける行為ということ自体が疲れ始めてきたからだ。
「あれは…」
「カツアゲだな。行くか?」
「ああ、助けに行こう」
(………)
それでもたまには人助けの為に動くことをした。もはや感性となりつつある人助け、いったい何のためにしてどうしてするのか。
家族との溝はますます深くなりもはや会話さえなくなった。それでも学業は疎かにはせず、何時でもスポーツは好成績でテストは満点に近い点数を取っていた。
(何の為に俺は生きているんだ?)
偶にそんな事を考えてしまう。祖父との約束は守っているのかどうかもはや光輝自身分からず、そもそも助けるとはどいう事なのか理解できなくなり、それでも人に頼られる生き方。
世界は常に正しく回っているわけではない。
幼少期に祖父の言葉で信じた理想の正しさはテレビやネット、雑誌や新聞を見ればすぐにでもわかる事であり早々にして砕け散った。
絶対的な正義は決して存在しない
幼少期の頃に味わった挫折と諦観。それは粘つくようにして光輝の心を捻じ曲げて行った。優秀でたぐいまれな才能を持ちながらも心の憶測ではずっと世界に疑問を投げ続ける毎日。
いくら高校で、スポーツ万能の秀才、顔が良く性格良しの完璧主義者と言われてもそれはあくまでも外面だけの話。
中身は生きている日々に疲れを感じている子供だった。
だが、その子供に理想が舞い降りてきた
「勇者殿、どうかそのお力でこの世界に光をもたらしてはくださらぬか?」
「俺が…世界を照らす?」
「貴方様の力なら人間族をお救い出来るのです。勇者と呼ばれた貴方様なら」
異世界トータス。剣と魔法のおとぎ話のような世界は光輝を勇者として扱ってきた。憐れみを乞う声で助けを求めてきたのだ。
(俺が勇者…この俺が)
眉唾な話だと失笑することは出来た。しかし体の内側からあふれる力だけはどうしようもない事実だったのだ。例え目の前で胡散臭い笑みを浮かべる男イシュタルの言葉が本当かどうかそれすらどうでもいいほどに光輝の身体には無限の力が宿っていたのだ。
勇者としての力は本物だった。幼少のころからしていた剣を振るう動作は滑らかに動き、体の一つ一つが格段に向上していた。今までの自分がはるかに劣ってしまうほどの力の全能感。そしてその全能感を肯定するかのように振舞ってくる教会の人達
「流石は勇者殿!この戦争が終ってからもぜひこの世界にいてもらいたいものですな!」
「おお、それは良い考えだ。皆の手本となる勇者殿が居ればこの国は未来永劫安泰だ!」
「勇者殿の高潔さ、謙虚さは後世に語り継がれることでしょう」
貴族たちや教会から冗談とも本気ともつかない称賛を受ける。日本にいたころだったら聞くだけ聞いて覚える事のない称賛。しかしこの世界で力を得た光輝はそうは出来なかった
「この力と勇者の称号さえあれば…そうだ。この力を証明することが出来れば!」
現実は醜く自分一人の力では変えられない、たとえどんなに力を尽くし抗っても絶対に世界は変えられないのだ。それが光輝の限界であり諦めであり現実だった。
だがこの世界では違った。勇者という称号はこの世界にとって何よりも特別なものだった。勇者として与えられた力は無限の可能性があった。
「爺ちゃんの名を世界にとどろかせることが出来る…爺ちゃんの正さを証明することが出来るんだ!」
祖父との約束より始まった人生はこの世界で証明することが出来るのだ。祖父より受け継がれた正しさはこの世界で広めればいい、この剣と魔法の世界なら平和を手にすることが出来折る。邪魔するものは蹴散らし祖父の名を正しさを未来永劫に…
光輝はこの世界でするべき事を…現実では出来ない目的を見つけたのだ。
「それが俺の戦う理由だった。爺ちゃんの正しさを証明したかったんだ」
だが、現実は違った。祖父の約束云々の前に自分が巻き込まれたのは選挙運動でも何でもなく命のやり取りをする戦争だったのだ。
「爺ちゃんの事を忘れてくれなければよかった。正しい事をしている人だって、爺ちゃんが居たから世界は平和になったんだってそう言われれば俺はそれでよかったんだ」
力なく笑い涙で濡れた目を祖父の形をとる幻に向ける。逆光のせいか祖父の顔は見えない、その顔が怒ってる居るのか悲しんでいるのか光輝にはわからない。
「…こうなる事は考えてはおらなかったのか」
「……………………わかってたよ」
戦争がどういう物なのか、何をするのか何が起きるのか。分からない訳では無かった。寧ろすべてを理解しつつ目を背けていたのだ。目を背け乍ら祖父の名を理由に見えないふりをしていたのだ。
「本当は…全部わかっていたんだよ。戦争が何なのかも。…クラスメイトの事を考えていなかったのも」
一緒に異世界召喚に巻き込まれたクラスメイト。皆が何を考えていたなんて光輝は考えてすらいなかった。例え不安で押しつぶされようが煽てられ戦争を軽く見ようが光輝は一つだってクラスメイトの事を考えてはいなかった。
「皆を…皆の事なんてもうどうでも良かったんだ、ははっ滑稽だな、さっき言われてた通り、本当は…どうでも…良かったんだ」
祖父の正しさを証明する。その為に訓練をしていた光輝にとってはクラスメイトは只の付属品だった。一緒に巻き込まれ自分が気遣うべきだった存在。だが光輝はそんなクラスメイト達を顧みる事はなかった。
「家に帰りたいっていう雫の話も戦争が怖いっていう気持ちも俺は全部気にしなかったんだ…」
口に出す自分の本音、出せば出すほどどうしてか視界が滲んでいく。滲む理由を光輝は考えず目の前にいる懐かしい顔を見る。いつの間にか幻影は祖父へとなっていた。
「爺ちゃん…おれ、駄目だったよ…只爺ちゃんの事しか考えていない罰が当たったんだ」
「…光輝よ」
「分かってるんだ。この場所、俺の夢なんだろ。…このまま何もしなかった時に視る夢。そうなんでしょ」
周りにはいつの間にか人はいなくなっていた。イシュタルも龍太郎も雫も、倒れ伏していた魔王も子供も。誰も彼も居なくなり光輝と祖父だけが居た。
薄っすらと分かってはいた事だった。まるで白昼夢のような状況にあやふやな記憶。これが夢だと薄々気が付いてはいたのだ。しかし目の前で起きていることがあまりにも現実味を帯びていたため否定することが出来なかったのだ。
だからこうして懐かしい祖父の姿を見ることが出来たのだ。その祖父に内心で抱えていた物を吐露することが出来たのだ
(…俺は駄目な奴だ。…爺ちゃんも皆も俺のせいで)
俯きながら考えていたのはこれまでの事を悔やむ自虐だった。イシュタルや雫から言われていたことは反論したかったのだが否定できるものでは無かったのだ。光輝の心のどこかで思っていた事当てはまる事を突き詰められたことは間違いが無かったのだ。
ただ祖父の為に。そう思っての行動はすべてが裏目に出てしまった。
だから光輝はたとえ夢だとしても祖父に叱られる事を望んだ。自分が悪い事をしたのなら叱ってほしいと、幼き日と同じように
「光輝、儂のかわいい孫よ。…すまんかった。全て儂のせいだ」
「…え?」
しかし目の前の祖父から出たのは謝罪の言葉だった。顔を上げてみる祖父の顔は苦渋に歪んでいた。
「わしはお前に立派な人間になってほしいとそう思っていた。だから教えていたのだが…逆に大きな重荷となってしまった」
「そんな事…そんな事無いよ、俺はそんなこと思っていないよ」
祖父の謝罪は光輝の心に困惑をもたらす。いつも立派で堂々と胸を張っていた祖父が自分に対して謝るその姿が、酷く悲しかったのだ。
「俺は爺ちゃんが忘れられるのが嫌だったんだ。だから…」
「それでお前が辛い目にあうのが儂は一番悲しいのじゃ…光輝、本当にすまんかった」
「ちがっ…俺は…爺ちゃんに謝ってほしかったんじゃなくて…っ!」
祖父が頭を下げる、その姿に光輝は遂に言葉が詰まった。何を言おうとしたのかそれが分からなくなった光輝。グチャグチャになった思考の中ただ考えていたのは祖父の事だった。
(違うっ!…俺は爺ちゃんを困らせたかったんじゃないだ…それなのに…それなのに!困らせていたのは俺だったんだ!)
そうして光輝は一つの事実を知った。祖父の事に執着して祖父の事を忘れられない様にしたその結果が目の前で自分に謝っている祖父の姿という事に。
そしてもう一つ
「光輝、有難う儂の為に頑張ってくれて…儂はその気持ちがなによりもうれしいのじゃ」
「あ…」
本当は祖父に褒めてもらいたかったのだと。
「じいちゃん…じいちゃんっ!」
一度自覚してしまえば、後はもう感情に流されるままだった。昔大きく感じた今はとても小さい祖父を抱きしめる。腕に力を込めもう二度と離さないと言う様に。
「ごめんなさいっ!ごめんなさい!俺は爺ちゃんの為だと思って、でも違ったんだ!それは本当はっ」
「分かっておる…分かっておるよ光輝」
優しく頭を撫でられる。それが在りし日の祖父との楽しかった思い出を刺激しまた涙があふれ出てくる。
「努力しようにも変わらない現実が嫌だった、そんな現実に疲れていく自分が嫌だった、皆がじいちゃんの事を忘れていくのが嫌だった、爺ちゃんとの約束を果たせない自分が嫌だった」
祖父に吐き出すのはずっと溜めていた感情。ままならない現実に鬱屈を抱えてきた光輝の日常だった。
「いやだったんだ…何も変わらない現状に慣れるしかないのが…苦痛だったんだ、世界は一つも正しくないし綺麗じゃなかったんだ」
「ああ、そうじゃな。その事を教えずにいなくなってすまんかった」
「じいちゃんは悪くないよ…現実は上手く行かないって理解できてない俺が、ただ俺が悪かったんだ」
祖父の謝罪の言葉に光輝は首を振る。祖父は確かに世界が綺麗なだけではない事を教えてはくれなかった。だが、そんな事は光輝だって成長するにつれて分かることだった。駄目だったのはその現実に上手く適応できなかった自分だ
「何もかもが嫌になっていた。だけどだからといって爺ちゃんとの約束を忘れる事なんてできなかった。だってそうでもしないと皆じいちゃんの事を忘れてしまうから。…そんな時にアレが起きた」
疲れ果てていた光輝の目の前に降ってわいてきた、異世界の危機と勇者の称号。一目散に飛びついた、それがどんな事を引き起こす可能性があるのか頭の片隅でちゃんと理解しながら
「強くなっていく自分に酔った、褒めてくれる教会の人たちに舞い上がった。…ここは俺の理想の世界だと思ったんんだ」
努力が認められていくような全能感に欲しかった教会の人達からの肯定は光輝のボロボロになった心を癒した。…たとえそれが本来の光輝の性格を捻じ曲げるものであっても確かに修復されていたのだ
「その結果、アレが起きた。俺だけじゃ何もできなかったアレが…起きたんだ」
迷宮のトラップで飛ばされた場所は死地という場所だった。強大なベヒモスが前にいる状況で後方では大量の魔物。
一瞬の選択が求められたとき光輝が下した判断は、ベヒモスを倒すことだった。…混乱しているクラスメイト達を放っておいて
「光輝、お前の判断は間違ってはない。あの時あの化け物と対峙できるのはお前だけじゃった。与えられた力を活用するには脅威と立ち向かわなければいけなかった」
祖父の言葉に光輝は被りを振る。確かに祖父の言う事はまた一つの選択かもしれない実際自分はそうした。だが今だからこそわかる、それは勇者としての判断であり天之河光輝としての判断では無かったのだ
「違うよ爺ちゃん、確かに勇者としては正しかったのかもしれない、でも俺はみんなを助けなくちゃいけなくて…ああ、そうだよ俺は皆を助けたい、その為に…」
祖父と話せば話すほど自分の中で天之河光輝がしたかったことが見えてくる。勇者としてではなく一人の人間天之河光輝としてやりたかったことが。
「俺、人を助けたいんだ。誰かの為とか自分の為とかそんなのはもう、良いんだ」
いつの間にか、周囲の風景は変わっていた。暖かな日差しが降り注ぐ軒先。それは幼き日の祖父との日常の一場面の一つだった、
「…ねぇ爺ちゃん。俺、間違えたのかな」
「人を助けようとすることに間違いはない。ただ手段を間違えただけじゃ」
「…ああ、そうだ。やり方を間違えてしまったんだ」
そうだ確かに手段を間違えた。そもそもいくら優秀とは謳われても光輝は只のちっぽけな人間だったのだ。故に取れるはずの選択肢があまりにも少なかった
「…ねぇ爺ちゃん。俺は、やり直せるのかな」
「やり直せるとも。お前はまだ何も失っていないのだから」
そう、その通りだ。まだやり直せるのだ、ほんの少し道に迷ってしまっただけだった。だけどまだやり直せるはずだ。
(…ああ、香織の言った通りだ。皆、無事でよかった死ななくて本当によかった)
香織の言ったことが本当の意味で心に染み渡る。もし誰かが死んでいたのならやり直すという話では無かった。皆危機に見舞われた物の無事だったのだ。
改めて幼馴染の言った言葉を胸に受け止める光輝、その顔はなぁなぁで過ごしていた虚構の勇者の顔では無かった
「じいちゃん、俺、人を助けたい。この世界の人を助けたいしクラスの皆も助けたい。…出来るかな」
光輝の願いはたとえどう言った物になろうと変わる事は無い。人を助けたいという意思に変わりようは無いのだ、だから今度こそはっきりと自分の思いを大切な人に吐露した。迷いを断ち切ってほしかったのだ
「さて、それは儂にはわからん。」
「…そうだよね」
「じゃが」
続く言葉が何だろうと見ればにっこりとした祖父の笑顔。
「お前は一人ではない、他の皆に相談し頼ってみるのじゃ。案外うまくいくかもしれんぞ」
それは光輝一人では無理かもしれないけど見んなら何とかできるかもしれないという言葉だった。
祖父の言葉を脳内で染み込ませ理解し、何だか気の抜けた笑いが出てきた。
「…それ、皆に迷惑を掛けないかな?」
苦笑しながらもそれが最適解だと分かっていた。自分一人では土台人一人を助けるのだって難しいのだ、そもそも自分一人で世界を助けようだとか勘違いもはな正しい。
「なんじゃ、お主の学友たちはそんなに頼りにならん奴なのか」
「そんな事は無いよ。皆凄くて…良い奴らばっかりだよ」
思い返すクラスメイト達の顔。みんな自分よりも凄い才能を秘めていて…このどうしようもない自分に着いて来てくれた人たちだった。
(…皆と話がしたいな)
ふと、クラスメイト…正確には男子生徒達と話がしたくなった。この世界に来てから雑談なんてしただろうか、面と向かって会話をしたことなんてあっただろうか。
(誰が、何を思っているのか、話し合いたいな)
会話内容は何だっていい、どうでも良い事や、下らない事。とにかく話をしてみたかった。
「じいちゃん、俺アイツらともう一度話がしたい。…話してみたいんだ」
「…そうか。そうじゃの人と人は話し合わんと分かりあえんからの」
しみじみと呟いた祖父。気のせいかその姿が薄っすらと透き通ってるように見えた。…いや現在進行形で祖父の姿は透け始めていたのだ。
「じいちゃん、それ」
「うん?ああ…そうか、もうそんな時間か」
祖父の呟きと共に周囲が白く光り輝いて行く。何が起きているのかすぐに把握した、夢から覚める時が来たのだ。それはつまりこの大切な祖父との別れでもあり
「もう、会えないの…?」
気が付いたらそんな子供ような言葉を出してしまった。そんな光輝の顔を見て祖父はニヤリと笑うと光輝の額を小突いた
「あてっ」
「そんな情けない顔をするんじゃない光輝。確かにお前とはこれでお別れじゃ、だが完全にいなくなる訳じゃない」
そう言って光輝の胸を指さす。つられて光輝も自身の胸を抑える。ニヤリと祖父が笑った
「お前が忘れん限り、儂はお前と共にいる」
「…うん」
祖父の姿がぼやけていく、それと同時に周囲の光もまばゆくなっていき、目を開けるのが困難に。
「ねぇじいちゃん」
「うん?」
祖父が消える前に光輝はどうして最後に一言いいたかった。もうこれで合えるのが最後だと、奇跡のような時間はもう二度と起きないのだと光輝は本能的に理解していた、だからこそ伝えたかった
「また会えてうれしかった」
万感の思いを込めた言葉だった。合いに来てくれた事、自分を諭してくれた事、話をしてくれた事、様々な思いをたった一言に乗せた。そうしているうちに自身の意識も無くなっていく。
全てが白く塗りつぶされる時ふと祖父の声が聞こえたような気がした。
「儂もじゃよ。…光輝、頑張るんじゃぞ」