「………」
柏木達が神殿騎士によって連れていかれた夜、光輝は明かりの消した自室で静かに目を瞑り考えを巡らせていた。隣では寝入っている龍太郎が居るので呼吸音も静かにして考え事をしていた。
思い出すのはこの世界の事、終わらない人間族と魔人族の戦争の事、自分のせいで巻き込まれてしまったクラスメイトの事様々なことだった。
するべき事は沢山あり解決しなければいけないこともたくさんある。眠るには早いとそう思ったのだ。
(…皮肉だな。以前は何も考えていなかったからこそ眠れていたのに、今はまるで逆だ)
もう目の前の事しか考えない、自分の事しか考えない天之河光輝はいない。深い心の奥底で祖父との対面を果たし成長を遂げた、天之河光輝は思考を広げようとしていた。
「…!」
その時、ふと何か予感を感じた。言葉にするには難しいこれから何か大きなことが始まるという確信に似た直感だった。
ガシャン!
その予感は的中した。何かのガラスが割れるような音が響く。勿論窓ではない、では一体何か。すぐに思い当たる物があった。
「龍太郎!」
「おうよ」
親友を呼べば直ぐに応答する声が。見れば顔が臨戦状態になっている親友が手早く装備を整えている真っ最中だった。先ほどまで寝入っていたのにすぐさま動けるその頼もしさに自分も見習い直ぐに戦うための準備をする。
「皆を」
「あいよ」
何をしてほしいのか言葉を掛ける必要もない阿吽の呼吸。龍太郎は直ぐに部屋を飛び出し男子達を起こし始める。自分もまた女子たちへ声を掛けに行く。もしかしたらという可能性があるだから全員を起こさなければいけなかった
向かうのは幼馴染である少女の元へ。彼女に負担をかけてしまうとは思いつつも結局は頼ってしまう己に溜息一つ漏れた。
「雫、起きてくれ」
「…なに?こんな時間に」
「皆を起こしてほしい。結界が破られたんだ!」
深夜という時間帯もあり寝ぼけ眼な者が三割、何が起きているのかわからず戸惑っている物が三割、覚醒している者が残りという状態だった。
「皆聞いてくれ、さっき城の外にある結界が壊れた音がしたんんだ」
皆の顔を見回しながら一歩踏み出した光輝はまず自分が効いた音を皆に伝える事にした。勿論気のせいではないかという声もあったがそう思うにはあまりにも違う予感と音がしたのだ。
「何もなかったのならそれでいい。でも、もしただ事じゃなったら?」
「……」
光輝の念の入れように皆は押し黙る。この世界に絶対に安全な場所などないのだ。危険な目に遭ったのだからこそ最悪の状況も考えるほどには
楽観できる者はいなかった。
光輝の言葉に最悪の可能性を考える、そんな召喚組に一つの声が掛かる。
「おや?意外と準備が良いですね」
その声の主は影もなく廊下の闇から出てきた。銀の髪に翠色の目をした女。その女に光輝はどこかで見たことがある気がした
「アリスさん…」
「こんばんわ八重樫さん。今日は最高にクソッたれな夜ですね」
雫が呆然とした声で女の名を呟けばにこやかな笑みで酷い暴言をする女性…アリス。その笑みのまま女性は雫から視線を切ると光輝に向けて含む顔でとんでもない事を口走った。
「王都の大結界の一つが破られました」
「…やはりか」
余りにも静かな襲撃。しかしどこかでそうなる可能性もあったと光輝は考える。なにせ誰にも気づかれずオルクス迷宮にカトレアが居たのだ。他の入り口があったというのなら話は別だが、そうでないのなら姿を隠蔽するなどの偽装魔法があっても何ら不思議ではない。
(うん…?それにしてはこの人随分と)
王都の結界が破られた。それはこの長きにわたる魔人族との戦争において今までに無かった事である。つまり緊急事態なのにこの女性は随分と落ち着いているように光輝は感じられたのだ。
(でも今は情報が先だ)
しかし、状況が状況なのでその事に追求することもなくアリスに情報を聞くことにした。そのせいかアリスは一瞬驚いたような顔をしたが。
「大結界が破壊されたという事は魔人族が攻めてきているって事ですよね」
「え、ええそうですよ。かなりの数の魔物の大軍が王都郊外に展開されています。第一障壁は一撃で破られました。恐らく残りの障壁を突破されるもの時間の問題でしょうね」
王都を守護する大結界は三枚で構成されており、外から第一、第二、第三障壁と呼び、内側の第三障壁が展開規模も小さい分もっとも堅牢な障壁となっている。
しかし、その大地結界が一撃で壊されたというのならもう時間の問題だろう
(魔物がひしめく郊外の様子を知ってる?つまりこの人は…)
アリスの言葉に少しばかり違和感を感じる光輝。余り身内を疑いたくはないのだが、先ほどと言いどうにもこの女性は不審に感じられた。
「攻めてきた魔人族たちのおおよその数は分かりますか?」
「数はおよそ十万ですかね。大半が魔物で魔人族の数は…まぁここの兵士より少ないくらいだと」
カマをかける気持ちで数を聞けば分からないというのではなく、具体的な数字を出す。光輝の中で疑心が出てくるがそれを無理矢理飲み込む。気になって仕方がないが今考えるべきなはそこではないからだ。
「光輝君、どうしよう。メルドさん達と合流するべきなのかな?流石に私達だけじゃ」
恵理の眉根を寄せる表情。流石の恵理でさえもこの展開は読めてはいなかったのだろう、混乱が僅かに浮き出ていた。
「それよりも逃げないと。魔物が十万なんてもうこの国は終わりよ!」
「じゃあこの国の人達を見捨てるっていうのか!?そりゃ駄目だろ!?」
「じゃあどうするっていうのよ!十万よ十万!数がどれほど途方もないか分かるでしょ!」
視界の端では突然の情報にパニックになるクラスメイトが居た。口論しているのは相川と園部か。2人の話はどちらも言い分がありその気持ちが光輝にはよくわかる。
自分の命は何より大事だしだからといって世話になった人を見捨てる事もまた出来ないのだ。
「2人とも争うのは止めてくれ、今は口論している場合じゃない」
「なら天之河どうすんだよ」
二人の視線が光輝に刺さる、いやそれはこの場にいるクラスメイト全員が向けているのだろう。自分はこのクラスメイト達のリーダーなのだ。
自分の発言にこの大事なクラスメイト達の命がかかっているのかと思うと言葉を出すのは溜めわられた。
(でも、それでも俺はやる。そうだろ爺ちゃん)
心の奥底、誰よりも尊敬し敬愛する祖父に誓い、一瞬閉じた目をカッと見開き決然する。、自分の意思だけはやはり曲げる事は出来なかった
「戦おう。確かに俺達は少数だ、戦争も命のやり取りも何も知らない高校生だ、それでも出来る事はある。見知らぬ世界で戸惑っていた俺達を助けてくれた、世話になった恩人達を助けたい」
きっぱりと言い切った。自分がすべき事、そしてやりたい事を光輝はハッキリと言い切ったのだ。
その光輝の言葉に怯える者、不敵に笑う物、反応は様々だ
「そんな…光輝無理よ、数をちゃんとわかっているの?死んじゃうかもしれないんだよ」
そんな中で駄目だという者が居た、光輝の幼馴染である八重樫雫だった。不安に揺れるその目が死への恐怖とそれ以上に光輝に対しての心配で揺れていた。
(…俺は、良い幼馴染を持ってたんだな)
いつもいつも日頃迷惑を掛けて居た幼馴染。その幼馴染はこの戦いがいつも光輝が仕出かしている不良との喧嘩とは規模が違うと誰よりも分かっているのだろう。
だから心配してくれたのだ、今度ばかりは自分の手に負えないから、何だかんだで幼少の頃から面倒を見てきてくれたのだから。
そんな幼馴染に光輝は深い感謝をした。何時も業務的に行っている口だけの言葉でなく、心の底からの感謝だった。
「雫、大丈夫。俺はちゃんとわかっているよ。それでも俺はここの人達を助けたいんんだ」
「…どうして」
「それが俺のしたい事だから。勇者でも何でもなく天之河光輝のすべきことだから」
『人を守りたい』祖父との約束であり光輝がすべき事であり何よりもやりたいことだ。結局の所自分の根っこはこんな異常事態でも変えられないのだ。
光輝の決意に何かを言おうとする物の何も言えなくなった雫。申し訳ないと思いつつもそんな幼馴染に頼みごとをする。
「それよりも雫、頼みたいことがあるんんだ」
「な、なによ」
「戦えない皆を引き連れて安全な場所に避難してほしいんだ。余裕があったら城内の人も一緒に」
異常事態になった時、人は混乱して呆然と立ち尽くすことがある又はパニックに陥り異常な行動をしてしまう、それは今の状況でなにより危険な事だ、それなら何か指示を出した方がいい。
そういう思いで出たのは雫に非戦闘員の非難誘導だった。
雫は人を纏めるのが上手い、戦いは出来なくても自分より弱い人間が居た時に雫は力を発揮する、挫けていても雫はこういう願い事には弱く、そんな幼少からの幼馴染に対しての信頼と打算だった。
「………」
「頼む、皆の事を頼めるのは雫しかいないんだ」
頭を下げる、幼馴染が精神的に疲労しているのは知っている、人の命を背負うのが辛い事も光輝は知っている。
それでも光輝は雫に頼んだのだ。いくら強くなったとしても戦えないクラスメイトはいる、現に相川たちは顔を青ざめてしまっている。
「…はぁ、仕方ないわね。分かったわよ、任せなさい」
「有難う」
顔を上げればそこには日本に居た時の光輝がもめ事を起こした時後始末に奔走するいつもの幼馴染の顔があった。本当に頭が上がらない光輝はもう一度心の中で感謝の言葉を告げた。
「それで、光輝君、ぼ…私達はどうするの?話を戻すけどメルド団長たちと合流して連携を取った方がいいんじゃ」
場を見計らった恵理の提案。騎士団と合流し一緒になって戦った方が良いのはないかという提案だった。一瞬考えを頭の反復し首を横に振る
「いや、駄目だ。俺達がメルドさん達に付いて行っても足手まといになるだけだ」
「どうしてそう思うの」
「単純な話だよ。俺達はメルドさん達と足並みを揃えることが出来ないんだ」
訓練をして自分の身を守る力は身に着けた、実地訓練を得て敵を倒す力を手に入れることが出来た。だがこの世界に呼ばれた肝心要の戦争に関する基本的な事、人との連携などについては驚くほど知識と技術がさっぱりなのだ。
まずはレベルを上げてステータスを上げるというメルドと強くなりたいという光輝たちの方針が連携という力を身に着ける事を度外視してしまったのだ。
光輝の言葉に男子達があーと遠い目をする。
「…何で俺達レベル上げに没頭してたんだろうな」
「馬鹿だから」
「強くなるのが楽しかったから。…人に合わせるのが面倒だったってオチは無いと思う」
「何でメルドさん達戦争についての訓練教えてくれなかったんだろう」
「戦争に参加させたくない心遣い。…教えるのが面倒だったとかそんな事は無いよな?」
男子達のぼやきが聞こえるがあえて光輝は無視をした、考えてみれば自分も人間族のリーダーだと持て囃されながらも人を率いる事について全く持って教えて貰ていなかったのだ。…豪勢な神輿扱いがせいぜいだろうと一瞬頭をよぎったが気のせいだという事にした
「それで?俺たちは一体どう動けばいいんだ?」
檜山の言葉で我に返る光輝。後悔は後から幾らでもすればいい、今はこの王都を防衛するための手段だ。すぐに皆の力を思い出し、もしもの為にと考えていた防衛作戦のことを話し始める。
「まず俺達は別れて行動しよう。別れた後、連絡はとれないだろうから各自自分の判断に合わせて行動してくれ」
「え?皆で一緒に行動するんじゃないの?」
斎藤の疑問は尤もだ。途方もない数が来る以上一か所に集まった方が良いのは自明の理だ。それなのに別行動を提案した理由。これもまた光輝にとっては色々と苦い事だ
「…俺達一度だって力を合わせて一緒に戦った事無いじゃないか」
「あ」
「そういえば連携を取った事ってなかったよな。いつも坂上のワンパンチで片が付いていたし」
同じオルクス迷宮で戦ったとは言え、実の所個人個人のワンマンプレーで戦っていたにすぎなかったのだ。結構な人員数が居るのにである
「何でやらなかったんだろう、連携技?」
「そりゃ俺達強くなりすぎたもんなぁ」
「わざわざ足並みそろえる必要なんてなかったし」
理由として個人個人の強さが跳ね上がったのが原因でもあった。
なにせオルクス迷宮の敵の耐久力が想像以上に脆く自分達が力をつけすぎたことも有り連携という連携の練習も取れずにそのまま時を過ごしてしまったのだ。
オマケに自主的に協力するという手段を考える者もいなかったため誰しも人と人との技の出し方などが疎かになり過ぎてしまったのだ。
「中野なんて傍に居たら火傷どころの話じゃないからな」
「フッ」
「褒めてねぇよ馬鹿」
「兎も角傍にいても巻き込む可能性がある。なら個別に行動するべきだと思うんだ」
それかせめて組んだとしても二人が限度だろう。自分たちの余りの技術不足に溜息が出てしまいそうになるが仕方のない事だ。自分達は只の高校生、できる事だけをやらねばならない。
「それじゃ皆指示を出すよ。まずは野村」
「お、俺?」
「君はゴーレムを作ってくれ。避難対応に救助行動、戦闘、何をするにせよ人手は必要だ。野村のゴーレムで数の不利を少しでも補おう」
光輝は知っている。野村がゴーレムを作って少しでも皆の役に立とうと奮闘しているところを。だからまずは野村に人員不足を補って欲しかった。
「んな実戦でうまくできるかどうかわかんないんだぞ?流石にバクチが過ぎるんじゃ」
「野村、君ならできる。君だからこそできるんだ」
少々不安があるのか卑屈になってしまった野村を光輝は目を見てしっかりと真摯に言う。お前は必ずできる男だと言葉には出さないがそう光輝は告げたのだ。
「んな断言しなくても…わかったよ、やってやるよ」
「有難う、そうだ辻さん。悪いけど君も野村を手伝ってくれないかな」
光輝は野村の告白作戦が上手く行ったかどうかは聞かされていない。だが後日野村が落ち込んだ様子は無く満更でもない顔をしていたので上手く行ったのだろうと判断していた。
そんな野村に辻をあてがったのは二人一緒なら上手く行くのだろうというその手に関しては鈍いながらも気遣いと直感によるものだった。
「う、うん!よろしくね野村君」
「お、おう…マジかぁ」
戸惑ってはいるが野村は辻の前なら調子よく行くだろう。これで戦力の増強は見込めた。次だ
「斎藤、中野。君たちは外に出て空を飛ぶ魔物を迎撃してほしい」
「へぇちゃんとわかってんだな」
魔人族のが従えている魔物が地上にいるだけのものとは限らない、空を飛ぶ魔物だっているはずだ。
上空のアドバンテージを取られるのは戦略的にかなりマズい事だ。ある程度地球の戦争の歴史を見れば空爆の恐ろしさは理解できる、だからこそ光輝は空を飛べる力を持った二人に飛行型の魔物を処理を頼んだ。この人間族の本拠地を攻める大決戦、その戦いに空を飛ぶ魔物を連れてこないなんてあり得ないのだから
「ああ、わかったぜ」
「そっか~ …結構責任重大だね」
中野は軽い調子で引き受けてくれたことに対して斎藤は責任の重大さによるものか声の調子が重かった。無理もない今まで軽い気持ちで空を飛んでいたのが今度は人の命がかかっているのだから
「斎藤、君が空を飛んでいるとき楽しそうだったのを俺はよく知っている」
「う、うん」
「その空を魔物が飛んでいるんだ。…君の庭を我が物顔で空を飛んでいるんだ」
だから光輝は斎藤を元気づける。もっと溌剌と振舞って欲しかった、もっと明るく元気に空を飛んでほしい。斎藤は空を飛べるのだから
「斎藤、空は君の物だ」
「…はは、そう言われると、空は僕のモノだ」
大空の制空権。それはハイリヒ王国を飛び回った経験がある斎藤だけの場所。それを魔物に譲る訳にはいかないのだ。
「次、龍太郎と永山。君たちは正門前…いや結界が壊された場所。最前線へと言ってほしいんんだ」
「ほぅ」
「ふむ」
このクラスの中で巨漢でもある二人坂上と永山。彼らはそれぞれ格闘家であり重格闘家でもあり前衛の花形でもあった。だからこそ最も活躍でき、なおかつその腕力を振るえる場所に行ってほしかったのだ。
「多分そこが一番魔物が居る場所だろう。そこに行って思いっきり暴れて……」
光輝は知っている、親友である龍太郎がこの頃力を持て余しつつあるのを、力の振るいどころを見つけられないのを知っているのだ。
だから最前線こそが龍太郎の力の活かしどころだった。そして隣に冷静で判断力があり引き際を見極められる永山を付けさせようとしたのだが
(親友を死地とも呼ばせるような場所へ行かせる…本当にこれで良いのか)
はっきり言えばかなりの危険が伴う場所だった、魔物が波のように押し寄せる危険地域。今現在一体どんな地獄絵図が展開されているのかわからない未知の場所。其処に行けと自分は言ってるのだ。正気を疑いそうにになる話だった。
親友とクラスメイトを死なせてしまうのかもしれない。当たり前であるこの事が淀みなく喋っていた光輝の口を閉じさせてしまう。
改めて命のやり取りという言葉が口にするのがどれほど重い事なのか。嫌が応にも自覚してしまう
だがそんな光輝を救うのはやはり親友だった
「光輝、お前俺が魔物如きに倒されるような、そんなやわに見えんのか?」
「…そんな事は無い。龍太郎は強い。そんな事十分解ってるよ。でも」
「俺を信じろ」
たった一言だった。多くは語らずたったその一言を言いきった龍太郎の顔は実に晴れ晴れとする男の顔だった。死ぬつもりも負けるつもりもない、光輝の責任を共に果たそうとする男の顔だった。
「分かった、頼んだぞ」
「おう!」
豪快な声と共に快諾する龍太郎。つくづく自分には過ぎたる親友だと思いつつ彼が親友でよかったと心から思う光輝。
「坂上、悪いが先に向かってくれないか」
「あ?構わねぇがどうしたってんだ」
「少し準備がある」
永山と龍太郎が何やら会話をしていたが打ち合わせと判断し次の指示を出す。
「檜山、君は遊撃隊だ。好きなように動いてくれ」
「おいおい投げ槍かよ。適当だな」
檜山大介は特に指示を出さず自由意志で好きに動かすことにした。そもそも彼は人の指示を聞いて動くタイプではない、自分で考え判断し行動するタイプだ。変に指示を出して動きを束縛するよりも勝手に動いた方が結果を出すそう言う人だと光輝は檜山を評価していた。
「そうだ、君なら決して間違ったことはしない。俺が何か言う事なんて一つも無いさ」
「…ここまで低姿勢だとかえって気味悪いな」
頼み込むと多少引く檜山だが光輝は檜山を信じていた。彼自身の強さは知っているしなによりオルクス迷宮での南雲ハジメに当たった火球を自分だと叫んだ彼の善性を光輝は信じる事にしたのだ。
「次は近藤。君は女子や戦えない人達の護衛を頼む」
「…まぁそうなるわな」
避難をするとは言え絶対に安全な場所なんてどこにもないのだ、もしもの時を考えて、そう思っての言葉だったが近藤はどこか上の空だった。
「どうした近藤。…もしかして嫌なのか?」
「そうじゃない、だけど…すまん。何でもない」
それっきり近藤は何かを考えた顔で黙ってしまった。気にはなる光輝だが、すぐに思考を切り替える。何を考えているのかはわからないが決して近藤は間違ったことはしないだろうというある種の信頼だった。
「んで、俺はどうすればいいんだ」
最後に残ったのは清水だ。何か不満そうな顔は彼が何を考えているか、想像すればすぐに思いつく。
「清水。君は遠藤と一緒に柏木と南雲を助けに行ってくれ」
ここにはいないクラスメイトの二人。始まりを焚き付けた大馬鹿者二人の救出。清水にとって彼らは親友にも等しい存在だ。
ハイリン王国の皆は心配だ、しかしだからといってクラスメイトを蔑ろにするつもりはなかった。事情聴取として連れていかれてしまった2人だが、こんな非常事態だからこそ彼らの力が必要なのだ。
「へぇ 忘れられているかと思ったぜ」
「そんな事は無い。彼等も大切なクラスメイトだ。清水それは君にとってもそうだろう」
きっと指示が無くても清水は二人を助けに行くのだろう。清水はそう言う男だしそうなるのは目に見えていた、だからこそ光輝は清水にここにはいないクラスメイトの事を頼むことにした
「柏木が言ってたんだ、危険な事になったら訪ねて来いって。何をしようとしているのか分からないけどこの事態を収めるにはきっとあの二人が必要だ。清水彼らを頼む」
「アイツ等コソコソと裏でなんかしていたのは知ってるが…まぁ任された。こっちの事は心配しなくても良い」
神殿騎士たちに殴り込みに行くも同然の事だが清水なら上手くやってくれるだろ言う。事によっては今後の自分たちの立場が危うくなるかもしれないが…光輝は全面的に清水に任せる事にした。
(これで全員か…)
話し終えたら後は行動するのみだ。戦いに行くクラスメイト姿を見る。明らかに少なく十万の軍勢とは釣り合わない数だ。
「黙って見ていましたが、勇者君、君は正気ですか?」
そんな事を確認するようにその声はするりと響いてきた。先ほどとは違って嘲るような色はなかった。
「さっき言った十万とは先鋒の事です。まだ本隊ですらないんですよ?本隊の方はもっと数が多い…それが攻めてくるのですよ」
嘘は言ってないのだろう、こちらを見るその目にはどこか心配するような色があるような気がした。
「貴方達は巻き込まれて此処にやってきてしまった、いわば被害者です。この国の人達を見捨てて当然でそれが普通なのにそれをまぁ自分から関わろうと?もう一度聞きますが正気なんですか」
確かにそれはその通りだ、自分達はいきなり何も説明もなくここに飛ばされてきたのだ。そして帰る為の条件として戦争の参加。確かに自分たちは被害者と言えるのだろう
「正直に言えば逃げる事をお勧めします。確かにここの人達を見捨てるのは心苦しいでしょう。今後ずっと後悔を抱くのでしょう。でもそれは死んでしまうほどの事でしょうか?…もう家族に会えなくてもそれでいいと言えるだけの事なのでしょうか」
家族。その言葉に日本にいる母親や父親の顔を思い出したのかクラスメイトの何人かは暗い顔をした。光輝も日本に居る家族の事を思い出す。…いなくなって清々しているのかそれとも心配しているのか。……帰ったら話し合う事が必要だろう
「勇者君…いえ、天之河光輝君。貴方は死なないのかもしれない。でも、他の子たちは如何なのですか?もし死んでしまったらどうするのですか?
貴方はクラスメイトのご家族の方に『彼は異世界の平和を守るために死にました』とでも宣うつもりですか?」
クラスメイトの死。実際に南雲ハジメと柏木がその命を散らすところだった。夢から覚めた今だからこそわかる顔見知りが死ぬかもしれないという恐怖。もし死んでしまったら?そしてその死を家族に伝える時どう言うのか。目の前の女性の言葉は余りにも至極当然な正論だった。
「確かに貴方の言う通りです。俺はきっとこの戦争を誰よりも甘く見ているのでしょう」
「だったら」
「でも、それでも人を助けたいんです。今、攻められているこの国の人達を、そしてこの国を壊そうとしている魔人族も」
だが、光輝は決めてしまったのだ。ここの世界の人達を救いたいと。もう決めてしまったのだ
それが余りにも愚劣で短慮のある事でも光輝は決めてしまったのだ
「今危険な目にあっている人たちは果たして死ぬべき人なのでしょうか、今この国を責めている魔人族は魔物の変わらないのでしょうか。きっとどれも違います。どちらもすれ違ってただ歩み寄れなくなってしまっているだけの人達なんです」
どれだけ傲慢な事を言ってるのかどれだけ人を見下した言葉を言ってるのか。光輝は内心で自分を自虐しながらも言うべき言葉を紡ぐ
「それを止められるのは俺たちだけなんです。第三者である俺達…いや俺だけが」
「勇者と呼ばれて舞い上がっているだけの高校生が戦争を止める?知っていますか?貴方は只の高校生なんですよ」
「それでもできる事があるはずだ」
何て口下手なんだろうと光輝は思った。決して半端な覚悟で言ってるわけではない、人を助けたいという思いは誰よりも強いとそう思っているのに目の前にいる人には上手く伝えられない。もどかしさを通り越して悔しさまで感じるほど光輝は口下手になっていた。
「はぁ…これはもう何を言って無駄ですね」
だからこそ目で訴えたら呆れたように笑われてしまった。どうしようもない、仕方ないとでも言いたげなその目はどこか誰かに似ている気がした
「分かりました、言っても聞かない聞かん坊にはコレを差し上げます」
苦笑しながら受け渡された物は剣の柄だった。依然握っていた聖剣と似た様でありながらも違う刃の無い剣、持ってみれば恐ろしく手に馴染んでゆく
「これは?」
「南雲君が君のために作っていたようです。どうやら色々と試行錯誤をしていたみたいで…」
クラスメイトの姿を思い返す。教会に連れ去られてしまった、自分が好かれているとは思えないクラスメイトの姿を。
「貴方に敵を倒すための聖剣は要らない、必要なのは守るための力。ホントあの子は君の事をよく見ているんですね」
「南雲が…俺の為に」
柄だけで刃のない中途半端な剣。見ようによっては作りかけに見えるのになぜだがこれが自分に一番ふさわしい気がしてくる。
感謝の言葉を告げ、懐にしまえば、女性は肩をすくめて笑っていた。
「全く南雲君がここまでするなんてね。…この戦争が終わって、此処にいる全員が無事朝日を迎えることが出来たのなら…私もそれ相応の事をしなければいけませんね」
「?一体何を言ってるんですか?それよりもあなたも早く避難しないと」
「日本へ帰る為の片道切符。全員分用意しておきますよ」
途中で言った言葉は続くアリスの言葉で消えてしまった。彼女の言葉に理解するのに一瞬の間が空き、改めてアリスを見た。ニコニコと笑う彼女は今なんと言ったのだろうか?
「故郷へ帰るんでしょう?どうせこの戦争が終ったら後はイベントも何も起きないんですし、帰ってもらっても結構ですよ。むしろ帰りなさい」
「……貴方は、一体何者ですか?」
にこやかに笑ってはいるが嘘には見えなかった。魔物数を把握している、日本へ帰らせようとしてくれる。出てきた情報を整理しようにも処理が追いつかない。やっとの事で出てきたのはそんな一言だった。
「さて、それを答えたところで意味はあるのでしょうか。…頑張ってくださいね綺麗な光輝君」
そう言ってフッと笑った瞬間忽然と姿を消してしまった。慌てて周りを見渡すがやはり姿は見えない。
「おい如何したんだ天之河」
「龍太郎、さっきまでそこにいたあの人は?」
「?何言ってんだここには俺等しかいなかっただろうが」
「…そっか」
周りのクラスメイトは先ほどまでいた彼女の存在をはじめから居なかったようなそんな振る舞いをしている。まるでいきなり出てきた白昼夢のような存在で…光輝は彼女の事について考えるのをやめた。今は本当にそんな事を考えている時間ではないのだ。
(…皆)
改めて周りを見渡す。光輝のクラスメイトにしてこの世界の召喚されてしまった自分に巻き添えを食らってしまった者達。彼等の顔をもう一度見回し…同時に不安が出てくる
彼等を死なせたくない。その思いが今にして出てきてしまったのだ。祖父との夢の再会から呪縛を解かれた光輝の心は人の死を恐れるようになった。クラスメイト達を死なせたくないのにそんな彼らを死地に追いやろうとしている。
人にはどうこう言っても肝心な部分ではどうしても弱気な所が出てきてしまうのだ。
「皆…今更かもしれないけど本当に良いのか?今言ったのは強制じゃないんだぞ?」
光輝は皆からの了承の言葉を聞いていないかったのだ。それなのに先ほどまでの指示は全部皆が戦うのだという前提で話していたのだ。
(俺はあの時と同じ過ちを繰り返そうとしてる。それは駄目だ!)
最初は先に声を上げた自分に続くように戦争の参加を表明してくれたクラスメイト達。だがあれは一人一人の意思で言った物ではなかった。ただ周りに流されていっただけだったのだ。
(前はまだ良かった。只の訓練で済んでいたから、でも今回は違う!)
自分が勝手にでしゃばってしまったから参加しなければいけないような空気を作ってしまったが今回は違うのだ。今回は正真正銘の命のやり取りだ、とてもではないが命の保証は出来ないかもしれない。
そんな本当に今更の光輝の弱音は周りにいたメンバーにしっかりと伝わり…
「フンっ!」
「あ痛っ!?」
尻を蹴られてしまった。思わず尻を手で押さえ涙目になりながら下手人を見ればそこにいたのは不敵な笑みを浮かべた檜山だった
「はっ何今更ビビってんだ、テメェはさっさと号令を出せばいいんだよ」
「檜山、分かっているのか。今度こそ危ないんだぞ、今ならまだ間に合うんだ」
「だな。今度こそマジであぶねぇのかもな」
だったらどうして、と光輝が声を荒げそうになった時檜山が真剣な顔をしていることに気が付いた。それは周りにいるメンバーも同じだった。この場にいる誰もが決してふざけている訳では無かったのだ。
「あん時は馬鹿みたいにお前の言葉に流された。だが今は違う、ここに居る馬鹿共は決して流されて戦うんじゃない」
それはあの時とは違うという意思表示だった。混乱して状況や立場も考えず只々人の意見に頷いていたあの時とは違うという明確な意思表示だった。
「戦うって決めたのは俺たちだ。おめぇに釣られたんじゃねぇ。俺たちが自分で決めたことなんだよ」
ニヤリと不敵に笑う檜山をきっかけに次々と皆が声を上げる
「世話になった人らが居る。助けを求めている人がいる、手を貸すのにそれだけの理由があれば十分だろ」
「まっ ちっとは活躍して綺麗なお姉さん達に褒められたいってのはあるかもしれないけどな」
「それ良いな、もしかしたら勲章物かも」
「俺達が必死こいて動くんだから褒美ぐらいあるだろ?無かったら王族に直訴しようぜ」
「ちゃんと戦ったんだから金よこせってか?現金だなぁ」
次々に告げられる言葉とは裏腹に恐れや不安の感情は見て取れた、だが話す誰もが笑いながらも真剣だった。自分達のできる事をしようと言う
雰囲気があった。周りに流され状況にオロオロする子供ではもう無かったのだ。
「皆…」
「やってやんぞ天之河!
気圧されるのではなくただ純粋に人を助けようというクラスメイト達。怖いのは一緒だろうにその姿に光輝は勇気づけられる。
(ありがとう…俺は本当に恵まれてるな)
すぅっと息を吐きゆっくりと吐く、あくまでも自分はリーダーなのだ。ならば情けない姿を見せるのはこれで終わりだ。
「皆、聞いてくれ」
全員の視線がこちらに向く。召喚されてしまった仲間達、彼等の力を借りてこの局面を打開するのだ。それがどれだけ難しいのかを知りつつも
「俺達は戦争と言う物を知らない只の高校生だ。戦いと言うのを甘く見ているしそもそも人と命のやり取りなんて経験したことすらない」
「むしろ経験してたらやばいんじゃ?」
誰かが呟いた言葉にクスッと笑い周囲からも笑い声が聞こえてきた。それはそうだ、ここに居るのは只の高校生。異世界に召喚されてしまった哀れな高校生なのだから。
「でもそんな俺たちでも誰かを助ける事は出来る筈だ。手を差し伸ばすことだってできる筈なんだ」
ここで、大きく良くを吐く。そして今度こそ言い切る
「助けに行こう、この世界の人達を!俺達が出来る範囲で、やれることをやろう!」
「「「「おう!」」」」」
「そして皆で生き残って日本へ帰ろう!そろそろ中間テストが待っている!」
「思い出させんな馬鹿!」
「テメェ成績優秀だからって調子こくなよっ!」
「あ”!!俺たちの出席日数どうなるんだ!?」
「完全に夏休み補修コースですなこれは」
阿鼻叫喚に笑いがこぼれる、光輝自身も何だかんだで色々と勉強しないとマズいのだがそこはまぁ、補修を頑張るとしよう
「さぁ行こう皆!」
「「「応!」」」
光輝の号令と共に巻き込まれただけの高校生たち全員が力強く頷いたのだった。