「はぁ……」
日曜の昼前、檜山大介はゲームセンターの隅で溜息を吐いていた。友人である斎藤と近藤が好き勝手にゲームをしに行ってしまったので手持ち部沙汰になってしまったのだ。
壁に身を預ける檜山の周りでは同じような年頃の少年たちがゲームを遊び一喜一憂し、又遠くではカップルがはしゃいでいる。ちらほら見える中には大人の姿もあり、何の変哲もない平凡な光景だった。
(……まるで夢幻みたいだったな)
ほんの数日前までは異世界にいたとは思えないある触れた日常の光景。一体このゲームセンターにいる人の誰が自分たちが戦争をしてきたなど信じるのだろうか。
魔物と殺し合い命のやり取りをしていたなんて誰が信じてくれるだろうか。
現に異世界から帰って来れたあの日親に気まぐれに話すも珍しい冗談を言ったと逆に心配をされてしまう始末だ。もはや信じるのはあの時召喚されたクラスメイトだけだろう。
「どったの?」
そんな皮肉気に笑っていた檜山の隣に現れたのは中野だった。フラフラとゲームセンター内を見回っていたがどうやら飽きたらしい。
友人である中野信治をみてやはり溜息一つを吐いた。
「何でもねぇ」
「ふーん」
特に追求するつもりはなかったのか、そう言うと興味を失くした様に壁に身を預けていた。中野の見ている先では斎藤と近藤がクレーンゲームをしていた。子供のようにはしゃぐ彼等をみて無自覚だろうか口角を上げている
中野信治は日本に帰還してから三日間ほど学校を休んでいた。その理由を檜山は知らない、だが異世界で共に生活し地球では考えられないような体験をした今何となくその理由がわかっていた。
「お前」
「ん?」
「…何時まで学校に居るんだ?」
この隣にいる友人は普通の人間ではない。自分達とは違う世界を生きそしてそんな世界を生きていく人間だ。決戦となった王都にはいなかった中野は平原で魔物を殲滅していた。
たった1人で数十万の魔物を相手して無傷だったのだ。明らかに自分達とは強さの質が違う。
そんな中野信治はこれからも学校にいる訳がないと、そう思った檜山はついそんな事を聞いてしまったのだ。
「あんだよ急に」
「……」
困ったように笑われたが檜山は反応を返すことが出来なかった。それが友人が居なくなることへの寂しさかそれとも仕方ないと割り切ったからなのか自分の心では判別がつかない複雑な感情だったからだ
「…チッ 何でもねぇ只の気の迷い」
「記録と証拠がないとはいえ事件に巻き込まれた民間人を保護したとして上の方は休暇を延長してくれた」
しかしだからと言って何も言わないのも恥ずかしい。否定しようとしたところでトーンを変えた中野の声がかぶさった。聞いた事無い様な声音だった。
「何?」
「報告をしたが上が信じたかどうかは俺にはわからん。だが実態は民間人が異常な力を得たというときの事を考慮して俺は監視としてお前らを見張る必要がある」
なんの話か、分からないほど檜山は鈍くはない。その話が本来言ってはいけない事も。だから檜山は一言で済ませる、これ以上友人がアホな事を言わない様に
「そうかよ」
「そうだ」
そんな言葉に返事は返さない。それで良いし相手も望んでいないから。ただいつもと変わらず適当にだべり適当に生きるのだ。それが自分たちの日常で、自分たちの幸せなのだから
「あ、檜山!聞いて聞いて!さっきチラッとだけど見たんだ!」
「あ?」
そんな話をしていたら斎藤が慌てて檜山に詰め寄って来る、面倒そうに何事かと見ればゲームセンターの外を指さしていた
「さっきなんかリリアーナ王女っぽい人を見かけたんだ!アレ絶対本人だよ!」
「はぁ?トータスの王女様がここにいる訳ないだろ。夢でも見てたんじゃねぇのか」
「間違いないってば! 金髪の外国人の女の子何てあの人しか……あれ?でも、ううーん?」
話ている内に自分でも疑問に思ったのか尻すぼみになっていく斎藤。どうやらまだまだ異世界気分が抜けきってないらしい。肩をすくめると近くにいた近藤が時計を見て慌てだす
「おいおい、んなどうでも良い事よりそろそろ時間じゃないのか」
つられて時計を見ればそろそろ約束の時間になりつつあった。間に合うとは言え少し急いだほうが良いだろう。
「だな。斎藤今見たのは気のせいだ、忘れとけ。近藤忘れもんねぇよな。中野、暇ならテメェも来い、つーか強制参加だ」
「うん?一体何の話だ」
「あ~そう言えば中野は言ってなかったっけ」
友人たちにに呼び慌てる彼らと連れ出してゲームセンターの外へ。後ろでは斎藤は首を傾げ、近藤が不思議そうにしている中野へ約束のこと説明をしている
(ま、 これで良いって事だ)
異世界の力に未練が無かったかと言えばウソになる。しかしこれで良いのだ。友人たちが居てくだらないことを話していれば、それで幸せなのだ。
檜山大介はそうやって皮肉気にしかし無自覚に笑うのだった。
「……」
静謐な空間にある墓地にて天之河光輝は墓石に向かって手を合わせていた。空は鮮やかな青空で時たま通る風が気持ちのいい実に墓参りに適した日だった。
「じいちゃん、遅くなってごめんね」
墓石に刻まれている名は天之河完二。光輝が元も尊敬する人であり目指していた人だった。
日本に帰還してからの数日は親とじっくり話をしていたので祖父が眠るこの場所へ来ることは出来なかったのだ。
「…父さんたちと話をしたよ。ちゃんと向き合って、自分の意見を押し付けず相手の言葉をくみ取って……話をしたんだ」
中学の時からまともに顔を見合わせる事も無かった父親と話をするのは緊張した。しかし光輝は異世界トータスで少しだけ成長をしたおかげか改めて話をすることが出来たのだ。
「……自分が間違えたつもりはない、でも方法を間違えたんだってやっと気付けてさ。あの世界に行かなかったらずっと俺は父さんたちに迷惑を掛けてた」
異世界トータス。日本の常識、光輝の生まれてきてから培ったものが通用しなかった異なる世界。あの世界での体験は光輝に様々な経験をもたらした。
人間族と魔人族の戦争。魔物と同じだと思われた魔人族の正体 自分の押し付けがましい正義感 白昼夢で見た夢 現実と理想 正義とは何か
そして極め付きはフリードとの言葉のぶつけ合いにその後に起こった柏木の罠。どれほど言葉を尽くしても相手には伝わらない、その結果、敵味方関係なく黙らせてしまうという理不尽なまでも死者が出ない様に配慮されれていた悪辣な罠
「人と人は分かり合えるって俺は思っていた。それは間違ってはいなくても、綺麗事だけの理想論で……」
結局の所あの柏木の罠が無ければフリード達を止める事は出来なかった。あの罠が無ければ王都は陥落し王都の人たちに死者が出ていたの可能性があった。
話し合いよりも相手を黙らせた方が被害が少ないという理不尽な結果を知ってしまった。 結局、戦争終結の方法として光輝の対話では無く柏木の理不尽な暴力こそが決定打だった。
結果的に言えば光輝は異世界では何も出来なかった。 その事実は消して間違い様のない真実だった。
「でも、それでも俺は諦めることが出来ない。話し合いで分かり合えないのならどうして人は対話なんてコミュニケーションを獲得したのかわからないじゃないか」
だが、光輝は諦めようという気にはならなかった。対話で物事を解決したいという気持ちに間違いはないからだ
「俺、もうちょっと頑張ってみるよ。爺ちゃんのように立派に離れないけどさ、それでも爺ちゃんの孫だって胸を張れるようにさ」
苦い笑みを浮かべ、光輝は立ち上がる。祖父への報告はまだ終わりそうにないがそろそろ時間だ。この場所にはいつでも来れるのだ、今度は何時になるか、そう考えながら光輝は歩み始めた。
「もう、いいのか?」
「ああ、大丈夫だ」
墓地の出口には坂上が腕を組み待っていた。先に行けばいいのに待っててくれたことに感謝し、ともに連れ立って歩き出す。
坂上との交友関係は結局以前と変わらないままだった。一度絶縁するかと思ったが、何だかんだでまた隣を歩くようになったのだ。お互い自分を見つめなおす時間が必要だったし、そのお陰で今も気安い関係を続けられているのだ
「……俺よ」
そんな中坂上がポツリと声を漏らす。何だろうと思えばどこか言いにくそうに坂上は自分の将来のことを話したのだ。
「俺、警察官になろうと思ってたんだけどよ、止めるわ」
親友の就こうと思って居た職業を聞いたのはこれが初めてだった。その事に驚きつつ、しかしその内容にもまた光輝は驚いた。
「何でだ?」
「あー トータスでよ。俺、自分がどんな奴なのか分かっちまったんだ」
言いにくそうにしていた理由はこれかと納得する光輝。そうだ、坂上は人を殴るのが好きだと話をしていたのだ。暴力に酔いしれていた自分を坂上はあの世界で改めて知ったのだ
「手っ取り早く言えば俺は糞野郎だ。そんな奴が警察官になるだなんて世も末だ」
「そんな事は…」
「んで俺、ボクサーを目指そうかと思ったんだ」
改めて坂上を見る。冗談ではなくどうやら本気らしい
「人を合法的に殴れる仕事と言えばあれだ。俺はボクサーになって人を殴る仕事に就きてぇ。………軽蔑したか」
言い切って開き直ったのか、胸を張った坂上は親友である光輝を見つめる。その目に冗談は無く、真剣に考えての結論なのだと光輝は分かった、
例え止めようとしても無意味だと分からせるほどに考えての事だと
「…いいや、自分で自覚してるのなら、俺は軽蔑なんてしないよ」
だから返事を返す。親友が考えて考えて結論を出したのならそれを止めるのではなく送り出すのまた友人としての一つだろうと思って
「ああ、でも暴力事件を引き起こしたら容赦なく刑務所へ移送させるから覚悟してくれよ」
冗談の一つでも言えるほど光輝は考え方が変わった。前なら困惑と嫌悪感を覚えていたのだろう、しかし今は不思議と穏やかだ
「ははっんな事起きねぇと思うが、まぁそん時は頼んだぜ。 …光輝お前は如何すんだ?」
だからそんな坂上に返す言葉は決まっていた。親友が将来を決めたのなら又自分も胸を張って将来を告げるのだと
「俺は検察官になるよ」
「そう、なのか?てっきり弁護人になるのかと」
坂上の言いたいことも分かる、以前ならば尊敬していた祖父と同じ職業に就くと断言していただろう。しかし考えたのだ。祖父の仕事は依頼されて依頼主を弁護する。対して検察官は 真実を見るために動くのだと、そう光輝は思ったのだ
「確かに爺ちゃんのようなカッコいい弁護人には憧れていたさ。でもだからと言って同じ道を歩むのは違うと思うんだ。爺ちゃんとは別の道を行ってそしてもっと考え方を広くしようと思うんだ」
自分には自分の、相手には相手の意見がある。それを噛み合わせてすり潰して、そうして真実を探った方が誰かを助ける事になるのではないかと
光輝はそう考える様になったのだ。
「そっか。ならそれでいいんじゃねぇのか」
親友の言葉に光輝は深く頷く。祖父は尊敬する人だった。祖父の様になりたいと願い行動した。だがそれはきっと祖父の願った事ではない。
今は亡き祖父の想い、異世界の経験を胸に光輝は晴れやかな青空のもと歩くのだった。
(……これにて一件落着、だよね)
丘の上の公園で抜けるような青空を眺めながら南雲ハジメは一人想う。
異世界トータスからの帰還後は日常に戻るのにいささか苦労した。何せ体感では半年以上たっているのに現実時間ではほんの一瞬の出来事になっているからだ。半年前の授業の内容や宿題の事を思い出せと言われてもすぐに思い出すには難しく、しかしだからと言って時を進むのは止められない。
苦心してそうしてようやく日常に慣れてきて人心地をついていたのだ。
(オーヴァードの力は未だに健在。だけどもうあんなことをできるほどの力は無い。と思う)
錬成の力は失ったがレネゲイドの力はまだ健在だった。今だってやろうと思えば小石を銃に変えることが出来るだろう。
だがそんな事をする気は慣れないしする気もなかった。この平和な日本で銃なんて意味もない物だし何よりもう異世界気分に何時までも浸っていられないのだ。
「うん、これで良いって事だね」
そう結論する。勿論オーヴァードの事やUNGなど今後の生活に気になる点があるがそれはまたおいおい知っておけばいいだろう。
そしてハジメには気がかりなことが一つあった。それは今現在隣にいる少女の事で
「何が良かったの?」
ふわりと漂う甘い匂いにくすぐったくなるような優しげな声。少女特有のその声音にどうにも気持ちが熱くざわつく。
「な、何でもないかな」
「そう? 何かあったら私に相談してね」
くすくすと微笑む少女は白崎香織。自分に対して真っ直ぐすぎるきらいがあるほどに好意をぶつけてくる彼女の事だった。
異世界から帰って来て数日が経過した。以前と変わらない生活を送る様に四苦八苦していたハジメだったが、その生活に変化が起きたのだ。
白崎香織。クラスの中で一番かわいいと思う少女。彼女がいつも寄り添うようになってきたのだ。
親友である柏木と一緒に居る時は気を使っているのか近寄っては来ないが、彼と離れた隙を狙って良く傍に来るようになったのだ。
(……いや、鈍いつもりはないんだけどさ)
その理由は理解しているしそこまで鈍いつもりもない。だがここで気になる事があった。
(どうして僕は気にならないんだろう?白崎さんが傍にいる事に)
プライベートゾーンまでやって来る白崎に対して嫌悪感を抱かないのだ。普通ならそれなりに拒否感が出てくるのに白崎に対しては全くわかないのだ。
(それに何だろう……今この場に白崎さんといるのが初めてじゃ無い様な)
オマケに不思議なデジャブさえも感じてしまう。 高台の公園。抜けるような青空、夏に近づく熱さ。白崎と二人きり。
「どうしたの?私の顔に何かついてる?」
「あ、いや……何だろうね?」
香織の顔みると胸が締め付けられてくるような気さえしてきた。そんな怪訝そうな顔をする香織にハジメはふと気が付けば絞り出すようにして
呟いていた。
「えっと。ただいま?」
「え?」
ハトが豆鉄砲を食らったような顔をする香織。勿論ハジメも同じように自分の発言に驚いていた。なにせ気が付いたら出ていたのだから
「あ、いや。何かそんな事を言わないといけないって思って何でだろうね別にどこかに出かけていたわけじゃないのにアハハえと僕そろそろクラスの皆と約束があるんだ悪いんだけど僕もう行かなくちゃゴメンねこの次もっと時間を取っておくからその時に又話でもしよ」
矢継ぎ早に言葉を捲し上げてその場から離れようとする。急に変な事を口走ったので気恥ずかしくなったのだ。今の自分の顔はきっとゆでだこより真っ赤なのだろうと思いそそくさと移動しようとすると俯いていた香織が顔を上げる
「お帰りなさい ハジメ君」
「―――」
花開くような笑顔で香織は笑った。たったそれだけの事なのにハジメは考える事を忘れ完全に見惚れてしまったのだ。
「そっか。うんそうだよね。覚えてなくてもハジメ君はハジメ君だよね」
香織が何を言ってるのかはわからない、分かるのはバクバクと早鐘を打つ心臓の音のみだ。それでも何か言おうとして口を開く
「――あの 白崎さ」
「そろそろ約束の時間じゃないの?」
「あっ!」
言われて思考を取り戻して時間を見れば約束の時間まであとちょっと。流石に今頃全員が揃っているに違いない。
「あ、有難う!ゴメン僕もう行くねっ!」
先ほどの勝手に出てきた呟きも見惚れて呆けた瞬間も今いっ時だけ忘れてハジメは走り出した。
「また学校で会おうねハジメ君!」
「うんっ!」
後ろからの香織に返事を返しながら青春真っ盛りの少年の様にハジメは走り出してゆくのだった
恥の多い文章を書いてきました。
それももうすぐ終わります