気がつけば、知らない部屋にある木製の椅子に座っていた。
長く伸ばされ、切り揃えられた黒髪。
十代の愛らしく整えられた顔立ちは、このままいけばかなりの美人になることが予想される。
着ている服が上質の和服ということもあり、日本人形のような美が既に少女にはあった。
寝起きのような表情で顔を上げると、そこには見覚えのない、和装の少女より年上の少女が座っていた。
「白河凉葉さん。ようこそ、死後の世界へ。貴女はつい先程、不幸にも亡くなりました。貴女は死んだのです」
長い銀髪にローブを纏った少女は凉葉に哀しげな眼で告げる。
「死ん、だ……?」
「はい。お亡くなりになった時のことを覚えていますか?」
「亡く、なったとき……────っ!?」
記憶を掘り返し、ここに座る前のことを思い出す。
すると、凉葉はその場で嘔吐し出した。
「凉葉さん!」
突然吐いた少女に駆け寄り、銀の少女は背中を擦る。
「落ち着いて下さい! 大丈夫! 大丈夫ですよ」
「す、みません……」
「いいえ。あのような亡くなり方をしたのですから、その反応も仕方のないことです。こちらこそ、配慮が足らずに申し訳ありません」
凉葉の口元をハンカチで拭ってくれた少女。
そこで凉葉は重要なことを思い出して相手の腕を掴んだ。
「あの子……わたしの子はっ!?」
若くして少女が産んだ命。
死ぬ直前まで腕で抱いていた大切な娘。
「凉葉さんのお子さんは貴女がお亡くなりになった時に。残念ですが」
「そんな……」
座り直し、身体を大きく震わせる凉葉。
しかし少女はすぐに笑みを浮かべる。
「ですが、安心してください。本来なら、別々に案内されるのですが、娘さんが赤子なのを考慮し、死後の選択を凉葉さんに委ねるつもりです。ほら」
少女が指を鳴らすと凉葉の胸の位置が光だし、何かが出てくる。
「あ────
凉葉の腕に現れたのは、彼女の娘だった。
安堵の笑みを浮かべて愛しそうに頬ずりする凉葉。
「落ち着きましたか?」
「はい。ありがとうございます」
「それでは先ず自己紹介を。私はエリス。若くして亡くなった魂を導く女神です。本当は少し管轄が違うのですが、色々と事情がありまして。私が貴女方の担当をさせて頂きます」
「はぁ」
凉葉にはその事情というのはよく分からないが、とりあえず頷くことにする。
そこからエリスと名乗った女神の話が続いた。
「お2人には、この後、幾つかの選択肢が用意されています。1つめは、新しい命として元の世界でやり直す、俗に言う転生、ですね。そうなると勿論生前の記憶は消されてしまいますし、お子さんである陽愛さんとの接点も無くなってしまいますが」
娘との接点が無くなる。そう言われて凉葉はギュッと陽愛を抱き締めた。
その姿を微笑ましく見つめながらエリスは次の選択肢を告げる。
「次は、天国に行く選択です。とは言っても、天国は貴女方が想像するような楽園ではなく、完全に停滞した世界。やることは精々天国に行った方々とお喋りするくらいで、これといって変化はもたらしません。簡単に言えば、娘さんである陽愛さんが赤ちゃんから成長することのない世界です」
停滞しているのだから成長もない。それを想像して凉葉は身震いする。
「そしてこれが最後の選択肢。元居た世界とは別の世界への転生。いえ、この場合転移、でしょうか? そこで今のまま送られることです。天国と違って時間は流れますので陽愛さんも凉葉さんも成長します。ですが────」
一度言葉を切り、険しい表情で再び口を開く。
「そこは、魔王やモンスターが存在する大変危険な世界です。正直、か弱い貴女が生きるにはとても……」
沈痛な面持ちで告げる。
きっとその世界で赤子を連れて生きるのはさぞ大変なのだろう。それでも────。
「行きます。その世界に」
「……宜しいのですか? 本当に危険な世界なんですよ。もう少し考えても」
「わたしは、この子のお母さんです。あのときは守れなかったけど、今度はちゃんと守って育ててあげたいんです」
短い言葉ながら、強い意思を秘めた瞳。いや、この場合子供の意地だろうか。
それでもその選択をしたのならエリスには彼女たちの運命を否定する権限はない。多少のテコ入れはさせてもらうが。
「分かりました。では次に、世界へ送る前に特典を選んで下さい」
「特典?」
「はい。あちらの世界に送る際に特殊な能力やそうした能力を宿した道具や武具などが送られます」
冊子を渡されて凉葉はそれを捲る。
中身は中々に解りやすく書かれており、あまりゲームなどに縁のなかった凉葉でも大まかに理解できた。
「あ、それじゃあ、これを……」
「良いんですか? あまり有効な特典ではありませんよ。というか、向こうでも修得可能な技術ですし」
それは、治癒系の特典だった。
しかし最初から医療系の術が使えるとはいえ向こうでは難なく習得出来るものばかり。はっきり言って特典として選ぶには少々勿体ない。
「はい。陽愛が怪我や病気をしたらすぐに治してあげたくて」
つまり、自分ではなく子供のためにその特典を選んだらしい。
そんな凉葉にエリスは微笑みながら彼女のお腹に手を当てる。
「私からの餞別です。傷ついた貴女のお腹。治しておきますね」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ」
若くして子を産んだ凉葉は2度と子を成せない身体だったのだが、この女神は善意で治してくれるようだ。
「それでは向こうへ送ります。あちらに着いたら、クリスという
エリスが手を翳すと、白河凉葉と白河陽愛は、ここではない何処かへと送られた。
送られた先に見えたのは見知らぬ町だった。
「ここが……」
中世のような町並みと人々の格好。これでは、和服を着ている凉葉の方が異様だろう。
キョロキョロと辺りを見渡していたからか。それとも見慣れぬ衣装のせいか。もしくは若い娘が赤子を抱いているからか。
なんにせよ余計な注目を浴び始めており、どうすべきか凉葉は迷う。邪魔にならないように道の端に体を縮める。
「クリスさんって方には、どこで会えばいいんでしょう?」
女神エリスが言っていたクリスという人物。そもそも身体的特徴すら聞いていないため、誰がそうなのか、何処に行けば良いのか判断できない。
どうすれば良いのか判断出来ずに迷っていると、凉葉に近付いてくる集団がいた。
「おいおい見慣れねぇ嬢ちゃんだなぁ。見たこともねぇ格好だし……」
日がまだ高い内に酒臭さを隠そうともせずに近寄ってきた薄汚れた皮製の鎧を着た男が3人。
物珍しい格好をして赤子を抱えている凉葉に絡んできた。
「妹の面倒かぁ! 偉いなぁ、おい!」
言葉だけ聞けば赤子の面倒を見ている凉葉を褒めているように聞こえる。だが、その声音からは酔った勢いで子供をからかっている様子が感じ取れる。
そうでなくともそれなりに鍛えられた青年男性に囲まれて警戒しない程、凉葉は純心ではなかった。
「なんなら、俺たちがママのところまで案内して────」
言うや、男の手が凉葉に伸びる。
その指が触れた瞬間、ゾワッと嫌な記憶が蘇った。
────いや! 嫌です! 止めてください! 助けて!! 助けて兄様っ!?
────痛いの! ほんとうに痛いの! もうやだぁああぁあああっ!?
「おいおい! お前が恐がらせるからブルッちまったぞこの娘!」
「このまま漏らしちまったらどっちが
酔って気が昂っているのか、爆笑する3人。
そこで、凉葉の手を掴んでいた男の腕を別の細い腕が掴む。
「悪いんだけど、あたしのツレにこれ以上絡むのは、止めてくれないかなぁ?」
現れたのは身の軽そうな服を着た短い銀髪の凉葉より年上の少女だった。
その姿は違う筈なのに、見たイメージからか、凉葉は思わず口に出した。
「エリス、様?」
そう呼ばれて銀髪の少女が驚いて動揺する。
「ち、違うよ! あたしはクリス。キミのことを頼まれて迎えに来たんだ」
「え? は、はい! すみません! よく似ていたからつい……」
「そう思ってくれるのは嬉しいけどね!」
あははと笑うクリスはすぐに凉葉から手を放させて抱き寄せる。
「とにかく、この子はあたしのツレだから、邪魔しないでね」
そのまま背中を押してその場を後にした。
「ゴメンね、遅くなっちゃって。ちょっと説得に手間取っちゃって」
「いえ。助けていただいてありがとうございます」
「うんうん! ちゃんとお礼が言える子は好きだよ。それでさ、これからのことなんだけど……」
話題が凉葉の今後になり、顔を引き締める。
「本当なら
クリスによる冒険者の説明。
主にモンスター退治や遺跡の調査。危険が無いなら日雇いのアルバイトまで請け負う何でも屋、らしい。
しかし、まだ子供であり、子を抱えている凉葉にはかなり難しいだろう。出来ても接客業か内職か。
「確かに……難しいかもしれません。でも────」
それでも、この世界で生きていくと決めたのだ。無茶でも何でもやらなければならない。
そんな凉葉の意気込みに苦笑しつつ話を続ける。
「本当なら頼まれたあたしが面倒見るべきなんだろうけど。あたしもしょっちゅう何処かに行っちゃうから現実的じゃないし。それでね。知り合いのパーティーに面倒見てもらえるように頼んだから。あの屋敷ならキミたちくらい住まわせられるし。ちょっと個性的だけど、みんな良い人たちだから」
「あ、ありがとうございます。何から何まで」
「いいよいいよ。その代わり、家事なんかはやってもらうことになるかもだけど」
「大丈夫です。家事は嫌いじゃありません。家で仕込まれて得意な方です!」
そう言うと、クリスがえらいえらいと頭を撫でてくる。
こうして人に頭を撫でられたのは何年ぶりだろうか?
そうして少し歩いたところにある店に着く。
クリスに入って、と促されるままに酒場へと通されると、そこには多くの人で賑わっていた。
戸惑っている凉葉に、クリスを呼ぶ声が響く。
「ちょっとクリス! 遅いじゃない! アンタが奢ってくれるって言うから待ってたんですけど!」
「あー、はいはい。今行きまーすっと」
こっちだよ、クリスに案内されるままに声のしたテーブルへと向かう。
座っていたのは4人の男女だった。
左から緑色の冒険者服を着た中肉中背の少年。
その隣に小柄で赤いローブを着た少女。
次に先程クリスを呼んだ水色の髪を持つ少女。
最後に高価そうな鎧を着込んだ金髪の美女だった。
凉葉も、クリスに促されるままに座ると金髪の女性が口を開いた。
「クリス……その子が?」
「うん。この街に着いたばかりで右も左も分からないからさ。しばらく面倒見てあげてほしいんだよね。さすがに赤ちゃんごと馬小屋生活させる訳にはさ」
クリスの言葉に反応したのはこのテーブルで唯一男である少年だった。
「あー確かになー。俺はいいぞ。クリスにも何だかんだで世話になってるしな!」
散々馬小屋で過ごした少年としては、少女と赤ん坊をそんなところに置くことになると不憫になる。最近、周りから不名誉な通り名を付けられている少年だが、根は善人なのだ。
「そうですね。まだ寒さが続くでしょうし。凍死する可能性もあります。私も賛成です」
と、小柄な少女も賛成の意を告げる。
凍死、という単語に肩を小さくした凉葉が精一杯に話す。
「あ、あの……わたしに出来ることなら何でもします。家事とかも頑張ります。ですから……」
などと捨てられまいとする子犬のような目をされれば庇護欲も生まれるというものだ。
しかしそこで水色の少女が勢いよく立ち上がった。
「出来ることなら何でもするって言ったわね! なら、今からアクシズ教団に入団してこの女神アクアを讃えなさい! そうすれば貴女の生涯に────」
「やめんかっ! いたいけな少女を悪徳勧誘するんじゃねぇ!」
少年が水色の少女の頭を叩く。
「いったーい!? 何すんのカズマ! っていうか悪徳勧誘ってなによ! 私親切で勧めてるんですけど!」
「バカかこの駄女神ィ! 俺がこの世界に来て、アクシズ教団とか言う連中のまともな噂なんて聞いたことねぇんだよ!! 大体、アクア! お前がシンボルってだけで、怪しいこと確定じゃねぇか!」
「何ですってこのヒキニート!」
などと2人が言い合いを始めると残りの2人はまたかとばかりに息を吐く。
しかし、その騒がしさに当てられたのか、今まで大人しかった陽愛が急に泣き出し始める。
「びぇええぇええええんっ!?」
「あ、陽愛! ごめん、今は大人しくしてて、ね?」
必死になってあやしている凉葉を見てカズマと呼ばれた少年とアクアと呼ばれた少女はバツが悪そうにケンカを止める。
少し時間をかけて泣き止んだ陽愛。仕切り直すように自己紹介を始める。
「俺はサトウカズマ。冒険者で、一応このパーティーのリーダーをやってる」
よろしくな、と笑みを浮かべて当たり障りのない挨拶をするカズマ。
「私はアクア! アークプリーストよ! そしてその正体はアクシズ教団が崇める女神アクア様よ! 存分に敬いなさい!!」
『という設定』
「ちっがうわよっ!! 女神だから! 私本物の女神ですから!」
3人がハモるとアクアが泣きそうな顔で抗議する。
そして隣に座っていた小柄な少女が立ち上がり、わざわざマントを大きく翻させた。
「我が名はめぐみん! 紅魔族随一のアークウィザードにして爆裂魔法を操る者!」
言った、とばかりに満足そうな笑みを浮かべるめぐみん。
どう反応するべきか迷っている凉葉にクリスが耳打ちする。
「彼女たち紅魔族は独特の感性とちょっと変わった名前を持ってるの。別にふざけてる訳じゃないからね」
「おい聞こえてるぞ。我が一族のどこが独特なのかゆっくり聞こうじゃないか」
「めぐみんステイ!」
杖をクリスに向けるめぐみんをカズマがなだめる。
「私はダクネス。クルセイダーだ。剣は
4人の自己紹介が終わり、凉葉に回ってきた。
「シラカワスズハ、と申します。この子はヒナ、です。よろしくお願いします!」
頭を下げるスズハに苦笑しつつカズマがあいよ! と答えた。
「それにしても、そんな小さな妹さんを抱えて、偉いな」
カズマのその一言にスズハは、あ!と言い忘れていたと訂正する。
「この子は、妹じゃありません。わたしの、娘です」
『………………えぇ!?』
カミングアウトにカズマたちと聞き耳を立てていた酒場の客たちが仰天した。
「いやいや! だってお前どう見てもめぐみんより年下だろ! いったい幾つだよ!?」
年齢を訊かれてスズハは恥ずかしげに、ボソボソとした声で返した。
「11歳……です…………」
酒場で2度目の驚愕が起こった瞬間であった。
続けるならカズマ×スズハの予定。
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序盤
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デストロイヤーから裁判まで。
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アルカンレティア編
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紅魔の里編
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王都編
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ウォルバク編
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番外で書かれた未来の話
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その他