「あーもう! 結局ギリギリじゃん! 間に合うかなぁ……」
クリスは大急ぎで爆破されたアルダープの屋敷へと急いでいた。
彼女はカズマが捕まってこの数日、ずっとアルダープに関わりのある建物を片っ端から調べていた。
アクセルの街内でアルダープが借りている宿や倉庫、小屋の全てを調べたが、目的のモノは見つからなかった。
クリスがアルダープの屋敷へと急いでいる理由は数日前に遡る。
「何なんですか、これはっ!?」
図書館で調べ物をしていてめぐみんが呆気を取られて声を上げる。
ゆんゆんやスズハも、険しい表情で手にしている資料を読んでいた。
「あり得ない! 本っ当にあり得ません! 何なんですか、ここの領主はっ!?」
親の敵でも見るように鋭い視線で図書館に置いてある裁判記録を捲っていると、待ち合わせの相手だったダクネスと後ろにクリスが来た。
「すまない、遅くなった」
「やぁ。なんだか大変な事になってるね」
「クリスとはそこでバッタリ会ってな。良い知恵を出すなら人数は多い方が良いと思って連れてきた」
「ホントだよ。ダクネスってばむりやり連れてくるんだもん」
暢気に声を出すクリス。今はその能天気な態度が苛立たしい。
その苛立ちを余所に置いてスズハはダクネスに質問する。
「あの、ダクネスさん。領主様ってどんな裁判でも自分の有利に進められる物なんですか?」
「……それはもう、裁判じゃないだろ。どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもありません!! これを見てください!」
めぐみんが纏めかけの資料をダクネスに見せる。
領主アルダープが関わった裁判。それが全て彼の勝ちで終わっている。
それだけならアルダープが有能で清廉潔白な人物と思われるが内容が酷すぎる。
例えば、とある貴族令嬢を屋敷に連れ込み、肉体的、精神的、性的暴行を行った事件があり、身内の貴族が訴えを起こしたが、証拠がたんまりと用意してあったにも関わらず無罪判決。
他にも似たような事例が数件。
逆にアルダープが訴えた裁判は大した証拠も無いのに有罪判決。調べれば調べるほど頭を抱えたくなる。
「これは……いや、しかし……ん?」
資料を読んでダクネスも首を傾げる。
「領主様って、そんなに優遇されるんですか?」
もうここまで来たら解任されそうなものだが。しかし現実は今もアルダープが領主を続けている。
「そんな筈は……だが……」
ダクネスも不思議なのか腕を組んで唸っている。
そこでゆんゆんが困ったように呟く。
「これ……カズマさんが裁判で勝っても仕返しされそう……」
視線がゆんゆんに集まる。
それに慌てながらも意見を続けた。
「だ、だって、ほら! 裁判に勝ってもそれから領主の立場を利用して色々嫌がらせされそうだなって!?」
両手を左右に動かして言うゆんゆん。
それにめぐみんがつまり、と自分なりの解釈をする。
「ゆんゆんはカズマを勝たせるのではなくこのバカ領主の地位を取り上げるべきだと言うのですね」
「言ってないよ!?」
過激な発言をするめぐみんをゆんゆんが否定する。
しかし、言っていることは間違ってないように思える。
このままカズマが勝っても、その後になにもしないとは思えない。
冒険者の仕事を妨害。他の仕事に転職しても邪魔してきそうだ。
カズマなら、借金の異常な催促もあるか。
しかし、領主を辞めさせるにしても、裁判の勝てるカラクリを解かないと同じことで。
金か権力か。それとも人脈か。この場にいる全員に欠けている要素だった。
そこでさっきから資料を集中して読んでいるクリスに話しかける。何故か少し顔が青ざめているように見えた。
「あの、クリスさん。何か良い案は有りませんか? 先程から真剣に資料を読んでくれてますけど」
「え!?」
話しかけられてクリスは慌てた様子で頬を掻く。
「あ、うん! 領主を辞めさせるのは良い案だと思うよ! アタシも、あの領主嫌いだしね!」
あはは! と笑うクリス。
どう見ても何か隠しているが、それを訊く前に立ち上がった。
「ゴメン、用事が出来ちゃったから失礼するね! あ、裁判は手伝えないけど応援はしてるよ!」
「おいクリス!?」
ダクネスが急に去ろうとするクリスを引き留めようとするが、その手をスルリと避けられた。
だが代わりに、懐からエリス教徒を示すペンダントを取り出す。
「代わりにカズマの裁判が終わるまでこれを貸してあげる! 御守りにさ!」
スズハの手の平にペンダントが落ちた。
「これ、大事な物なのでは?」
「いいのいいの! それが有れば、裁判でエリス様が力を貸してくれるかもしれないし!」
ウインクするクリス。
それから早足で図書館を出ていった。
「どうしたんだ? クリスは……」
納得出来ないようにダクネスがクリスが去った方向に険しい視線を向けた。
「ホント、なんで気付かなかったんだろう?」
あの悪徳領主がいつまでも好き勝手出来ている原因。
ちょっと調べれば判る事だった筈なのに。
今まであの領主に注目していなかった自分の間抜けさが悔やまれる。
その所為でどれだけの人が食い物にされたのかと思えば奥歯を強く噛んでギリッと音がなった。
既に建て直しが始まっているアルダープの屋敷。そこに潜伏スキルを上手く使って周りに気付かれずに地下への通路を調べて中へと侵入する。
地下へと続く階段を下る。
このままではおそらくスズハ達は裁判で敗ける。
どれだけあの領主の悪事を調べて証拠を揃えようと、彼はそれら全てをひっくり返す裏技を行使してくる。
そして、カズマが死罪になれば彼女達は泣くだろうか?
あのちょっと困った性癖のある友達も。
爆裂魔法を愛する少女も。
お酒と宴会芸を披露するのが好きな女神も。
そして、心から笑ってくれるようになったあの子持ちの幼い少女も。
(それは、とても嫌ですね……)
階段が終わり、重そうな扉が見えて、それを盗賊スキルで解錠した。
中へと入るとそこに居たのは1人の青年だった。
整った顔立ちだが、感情が抜け落ちたような表情。ヒューヒューと掠れるような息遣い。
何処か薄気味悪さを与える青年。
しかしクリスが目の前の青年を嫌悪するのはそんな理由ではない。
「君、誰だっけ?」
首を傾げて青年の視線がクリスへと向けられる。
それにクリスは笑みを浮かべた。
「……見つけた」
その時クリスが浮かべた笑みは、友達の聖騎士や慕ってくれている、いつも娘を抱えた少女には決して見せられない凄惨な笑み。
その笑みのまま、腰に下げた愛用の短剣を引き抜いた。
裁判に現れたダクネスとスズハ。その場にいた観客のどよめきが起きている。
ベビーカーに乗っているヒナが、母が傍に居ない事で不安そうに両手を動かしている。
その手を力を入れずにめぐみんが握ってあげた。
「寂しいかもしれませんが、もう少しだけ大人しくしてて下さいね、ヒナ」
思えば、今日の為にヒナにも随分と寂しい思いをさせた。
領主を辞任させる嘆願の署名を集め、それを纏める作業。その他諸々。
お陰で街の3割近い人数の署名が集まったが、ヒナとの時間を削らざるを得ず、疲労と睡眠不足からストレスで余裕を失い、ヒナにあたってしまう。
『いい加減にしてっ!!』
あのスズハが夜泣きしたヒナにそう怒鳴ってしまう程に慌ただしい数日だった。
そして怒鳴ってしまった後のスズハがした後悔に歪んだ顔。
流石にマズイと感じてめぐみんとゆんゆんで休ませたが。
「これが終われば、元の優しいお母さんに戻ってくれますから。あとちょっとだけ我慢して下さい」
「本当に、怖かったね、ここのところのスズハちゃん」
鬼気迫る、とはあの事を言うのか。
ここ数日のスズハを思い返して身震いするゆんゆん。
だが考えてもみればスズハはまだ11の少女だ。
娘の世話に加えて告発人として裁判に立つ。
そのプレッシャーは相当だったのだろう。
この裁判、本当ならダクネスが代表として出席する筈だった。
しかしダクネスの実家がアルダープに多額の借金をしている為、踏み倒す為に訴えていると判断されるのはマズイという理由で拒否。
ならばめぐみんが、という意見もあったが、ゆんゆんが。
『めぐみんが代表として出たら余計な喧嘩を売り買いして追い出されそう……』
という意見からゆんゆんと喧嘩になりながらも不適切と判断。
ならゆんゆんに、と頼もうとしたらその前にスズハが自分から出ると手を挙げたのだ。
『言い出したわたしが出ます』
それで結局、ダクネスが付き添いという形でアルダープを訴える形となった。
現在セナと入れ替わって別の50代前の検察官が立っており、弁護人には彼の養子である息子と替わっている。
ダクネスの家に動いてもらってアルダープを領主から引き摺り下ろす証拠を充分に揃えた。
本当ならカズマの裁判の前に割り込んで領主を解任させたかったが、数日日程を遅らせるのが精一杯だった。
「頑張って下さい、スズハ」
「その小娘が代表ですと? いったい何の冗談ですかな、それは?」
現れた小柄な少女にアルダープは鼻で笑った。
その嘲笑に臆さず、スズハはダクネスの前へと出た。
「今回わたしは、領主様の解任要請。その団体の代表としてここに立っております。これが纏めた署名です」
袖から著名を纏めたファイルを検察を通して裁判長へと提出される。
しかしアルダープは馬鹿馬鹿しいと怒鳴る。
「何を理由にワシを解任すると言うのだ! ん!!」
「職務放棄です」
「何だと!?」
そこからスズハはアルダープに、ではなく街の住民にも聞こえるように話し始めた。
「短い期間で2回も街の存続に関わる事件が発生しました。1回目は魔王軍幹部であるベルディアという方の襲撃。あぁ、その方は2回襲撃したそうですから実質3回、でしょうか? 次に、皆さんも覚えていると思いますが、進路方向を変えたデストロイヤーの襲撃です。その大事件を前に領主アルダープ様は住民に対する対応の一切を放棄しています。それにより、わたしを含めた街の住民の多くがアルダープ様の領主としての責任感を疑問視し、不安を抱えています」
滑らかに言い終えるスズハにアルダープは鼻息を荒くする。
「既に終わった事ではないか! 実際に街に被害は出ておらん! そんな事でワシを陥れるつもりか!」
「それは結果論でしょう」
この裁判の検察官であるロニが前に出た。
「先ず、魔王軍幹部であるベルディアがこの街の近くにある城に居を構えたのは誰もが知るところです。その間、アルダープ様は監視員の派遣や王都への報告を怠った件は住民だけではなく、領地を任せた王族の期待に対する裏切り行為ではないでしょうか?」
淡々と話すロニ検察官。次にデストロイヤーの時の事を発言する。
「デストロイヤー襲撃時、討伐は冒険者。住民の避難誘導は戦力に欠けた冒険者と警察組織のみで行われました。その時貴方は、屋敷の使用人を全て外へと出し、地下に居た、で間違いありませんね?」
ベルディアがアクセルの街を襲撃したのはめぐみんが連日行った爆裂魔法が原因だが、それとて監視する兵が居れば防げた事であり。もし別の理由で街へと襲撃してきた場合も出来る対応があった筈。
そしてデストロイヤー。
あれがアクセルの街へと進路変更をした時、アルダープの屋敷は使用人は居らず、もぬけの殻だった。
見栄を何より大事にする貴族の屋敷でそんな事が在るだろうか?
そして進路変更前のデストロイヤー進路軸にアルダープの屋敷は存在しており、あの屋敷は破壊されることが前提だった。
それが進路変更によってアクセルの街に移動したが、ランダムテレポートによるコロナタイトの爆発で消滅した。
助かる筈だった屋敷が1人の冒険者の判断で爆破される。その憤りによる訴訟。そんなところだろう。
「そしてこれが最も大きな理由ですが、ベルディア討伐の際に破壊された城門。その修理の資金を冒険者であるサトウカズマとダスティネス家によって支払わせています。特にダスティネス家はアルダープ様から態々借金をして。これはどういう事でしょうか?」
自分の家の玄関を直す修理代。
それを態々他人が家の主から借金して支払う。
今回のそれはそういうことである。
これが、アルダープがダスティネス家から借金をして城門を補填したと言うなら解るが。
「あまりにも街を守る領主としての責任感が不足していると言わざるを得ません。検察側はアレクセイ・バーネス・アルダープ様の領主権限を解任することを認めます」
ロニ検察官が言い終えるとアルダープが机を叩いて立ち上がる。
「言わせておけば! ベルディアやデストロイヤーを放って置いたのは、街に居る冒険者達に任せておけば良いと思ったからだ! 事実、何とかなっているではないか!! 城門の件もダスティネスが勝手に話を持ちかけてきただけだ! 何がおかしいっ!!」
ゼェゼェ、と過呼吸するアルダープ。というか、仮にも位が上であるダスティネス家を呼び捨てはマズイのではないだろうか?
そして始まりの街と呼ばれるアクセルの冒険者の実力は総合的に見ても高いとは言えない。
ミツルギキョウヤのような例外は居るが、あれはあくまでも例外である。
アルダープは額に青筋を浮かべてスズハを指差した。
「小娘が! ワシを陥れようなどと、どうなるか分かっているのだろうなっ!! 裁判長っ! 死刑だ! あの小娘に死刑判決を下せっ!!」
自身が告発されている立場であるにも関わらず、裁判長に思念でも送るかのようにジッと見つめる。
それを受けて裁判長は、手にしている木槌を叩いた。
前話でクリスが居なかったのはそういう訳です。
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番外で書かれた未来の話
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