この小さな母娘に幸福を!   作:赤いUFO

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この話を最初に投稿した時、ここまでは書きたいってところまで辿り着きました。

なんか、クリス(エリス)が、主人公っぽくなった。


やっと言えたこと

「静粛にお願いします。アルダープ殿。これは貴方が被告側であり、彼女は告発側です」

 

「なっ!?」

 

 裁判長の言葉にアルダープは口をあんぐりと開けて驚きを示す。

 この裁判長は何を言っているのか? 

 このアレクセイ・ バーネス・アルダープは困惑していた。

 自分が契約した悪魔の力。先程まで確かに使えていた筈なのに。

 わなわなと震えるアルダープから視線を外し、裁判長が難しい顔をする。

 

「しかし、アルダープ殿を領主から解任した場合、次の領主の問題が────」

 

「その事なのだが良いだろうか?」

 

 そこで挙手をしたのはダクネスだった。

 裁判長の許可を得てダクネスが発言する。

 

「今回、アルダープ殿が解任した場合、次の領主が決まるまでアクセルの街は我が父、ダスティネス・フォード・イグニスの預りとする事を王家から既に許可を得ている。あくまでも繋ぎで、だが。スズハ」

 

「はい」

 

 袖からダクネスから預かっていた1枚の羊皮紙を取り出し、ロニ検察官を通して裁判長に提出される。

 それには、ダクネスが言っていたことが確かに記載されていた。

 

「王家のみが保有する印も押されている。確かに本物のようですね。つまり、後は私の判決ですか」

 

 これは責任重大だ、と裁判長は眉間のしわを深くする。

 

「告発人。まだ、何かありますか?」

 

 裁判長が念の為に質問すると、ダクネスの了承を経てスズハが袖口から別の資料を取り出す。

 それを見ていたカズマが疑問に思った。

 

(なんか、スズハの袖口から物出過ぎじゃね?)

 

 実はあの袖は四次◯ポ◯ット的な何かなのだろうか? 

 今度は検察官を通してではなく、自分から渡しに行った。

 

「これは?」

 

「ここ数年、領主様が関わった不自然と感じた裁判記録の纏めです。わたしは、今回のサトウカズマさんの裁判を含めてやり直しを進言します」

 

 観客から動揺の声が駆け抜ける。

 裁判長がそれを手に取り、記録されているノートを捲ると明らかに顔が強張った。

 

「先程の裁判でアークプリーストであるアクアさんがこの場で邪な力を感じると発言していました。失礼ながら、その前後のセナ検察官と裁判長の言動と裁判の流れに違和感を感じました。わたしには、あの判決が正当な物とは思えません」

 

 ここで一気にスズハ達の本題を提示する。本来なら判決が出たばかりの裁判のやり直しを要求など論外だが、先程の、特にセナ検察官の手の平返しや判決の流れをこの記録を見て疑問に思ってくれれば裁判のやり直しも可能なのではないかと押し通す。

 現代日本で生まれ育ったスズハからすれば信じがたい事だが、この世界では魔法による洗脳とか、そういう物も在るかもしれない。

 

 そこで遠くにいたアクアが叫ぶ。

 

「そうよ! 確かにこの場に邪な力を感じたわ! 私、嘘は言ってないわよ!!」

 

 ここぞとばかりに自身の正しさを主張するアクア。しかし裁判長は懐疑的だ。

 

「しかし魔道具には……」

 

「少なくとも、その邪な力の事を主張していた時は鳴っていませんでした。おそらくは女神云々を言っていたことを魔道具が反応してのではないかと」

 

「ちょっとスズハ! そこ嘘じゃないからっ! 私女神、ってイタイイタイッ!? 何するの!? カズマさんっ!?」

 

「いいから黙ってろこの駄女神ィ!!」

 

 アクアにヘッドロックをかけて黙らせるカズマ。

 ようやく追い風が来たのにアクアの所為で潰れたら堪らない。

 

「もちろん、アクアさんが出鱈目を言っている可能性も否定できません。ですからもう一度、厳正な裁判を。わたしからは以上です」

 

 失礼しますと一礼し、元の位置に戻る。

 

「被告側。弁護人は何かありませんか?」

 

 裁判長がそう訊ねたが、息子である弁護人は無言で首を横に振るだけだった。

 それにアルダープが青筋を立てる。

 木槌を鳴らす。

 

「被告人、アレクセイ・バーネス・アルダープ。その度重なる失態は、領主としての責任能力が著しく低いと判断せざるを得ません。よって、アレクセイ・バーネス・アルダープのアクセルの街の領主としての地位を解任します! そして、サトウカズマを含めて、調査と裁判をやり直すものとします!」

 

 住民から歓声が上がる。

 これは、カズマの裁判のやり直しではなく、アルダープが領主解任される事に依るものだ。

 

「こんな馬鹿な話があるかっ!! ワシはこの街の領主だぞ! これはワシを陥れるための罠だ! おい! 触るな! 私を誰だと思っている!?」

 

 騎士達に下がらされるアルダープ。

 大きく息を吐いていると、横に居たダクネスが肩に手を置く。

 

「これで、カズマの身の潔白は証明されるだろう。よく頑張ったな」

 

「はい。緊張、しました……」

 

 見るとスズハの手は震えていた。

 とにかく、無性に娘の顔が見たい。

 ここ最近、あまり構ってあげられなかった事を謝りたい。

 めぐみんとゆんゆんの姿を探すと、その特徴的なとんがり帽子をすぐに見つけた。

 

「あれ……?」

 

 そっちに移動しようと足を動かすと、視界が揺れて、急激に真っ黒に塗り潰された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルダープは取ってある宿で養子である息子と同じ部屋に居た。

 少なくとも領主を解任されただけで今のところ彼は犯罪者ではないため、監視付きではあるが、拘束されているわけではない。

 腹立たしい腹立たしい。

 何故自分の地位を取り上げられなければいけないのか。

 あの下級悪魔がまた仕事を忘れてサボったからに違いない。戻ったら、あの顔を殴り付けてやる。

 腹が立つといえば、この血の繋がらない息子もだ。

 弁護の1つも出来ない癖に、最初からやり直そうだの、拾ってもらった恩に報いる為に自分も手伝うだの、耳障りの良い言葉を並べてくる。

 反吐が出そうだった。

 

(仕方ない。最後にこの愚息には役に立ってもらうとするか)

 

 本来ならば、ララティーナと義理の息子であるバルターの婚約が決まってからのつもりだったが、そうも言ってられない。

 親の泥は息子に全て被って貰うとしよう。

 アルダープは引き出しに閉まってあったネックレスを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凉葉、大丈夫だよ。兄様が、ちゃんと連れ帰ってあげるから」

 

 あぁ、懐かしい。

 昔、家族や親戚の集まりでキャンプに行った事があり、その時に道に迷ったわたしを兄様が見つけ、背負って連れ帰ってくれた時の記憶だ。

 あの人の事は許せないけど、背負ってくれた背中の温かさと大きさは覚えている。

 その背中に安堵して眠ってしまったことも。

 どうしてこのまま、仲の良い兄妹のままで居られなかったのか。

 そんな、今更な未練を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

「お? 起きたか?」

 

 目が覚めると、スズハはカズマに背負われて覚えのある道を進んでいた。

 

「あれ? わたし、どうして……」

 

「覚えてないんですか? 裁判が終わった途端、倒れたんですよ、スズハ」

 

「寝不足、だね。裁判が終わって気が抜けたみたい」

 

 めぐみんとゆんゆんが話すと、確かにそうだったと思い出す。

 降りようとすると、カズマが遠慮すんなと言った。

 

「もうすぐ屋敷に着くし、そのまま寝てていいんだぞ?」

 

「いえ、歩きます。まだ肌寒いのに外で寝てたら風邪引いちゃいますから」

 

 カズマの背から降りると軽く身体をほぐす。

 

「随分安心して寝てたが、何か良い夢でも見てたのか?」

 

「夢……」

 

 ダクネスの質問にスズハは先程まで見ていた夢を思い出す。

 

「最っ低な夢でした」

 

「そ、そうか……」

 

 今さら兄の夢を見るなど、スズハにとって屈辱でしかない。

 ちなみにカズマもその言葉に少し傷付いてたりする。

 そこでアクアが、プークスクスクス! と笑う。

 

「ほら見なさい。カズマみたいなヒキニートに背負われるから酷い夢なんて見るのよ!」

 

「うるせー!」

 

「あ、いえ。ここまで運んでくれてありがとうございます」

 

 それから辺りを見渡してめぐみんが押しているベビーカーに近づくとヒナを抱き上げた。

 ヒナも、ピリピリしていたスズハが元に戻った事に安堵したように笑う。

 面倒を見てくれていためぐみんとゆんゆんにお礼を言った。

 

「いえ。今回1番大変だったのはスズハですから。これくらいは」

 

「そんなことは。それにわたしがあそこに立てたのはダクネスさんのお力添えが有ったからですし」

 

「まったくスズハは。今回1番活躍したのは間違いなくお前だ。素直に受け取っておけ」

 

 ダクネスの言葉にスズハは、はい、と笑う。

 そこで思い出したようにアクアが声を上げた。

 

「そうだカズマさん! 貴方、裁判前に勝ったら霜降り赤蟹と高級酒を買ってくれるって言ってたわよね!? もう勝ったも同然なんだから、思う存分この私に蟹を奢りなさい!」

 

「ほ、本当ですか、カズマ!?」

 

 余計な事を覚えているアクアと期待に満ちた眼差しを送るめぐみん。

 それにカズマは淡白な対応を返す。

 

「そうだな。言ったな。だがアクア。お前には食わせん!」

 

「なんでよー!? 私1人だけカズマの弁護をしてあげたんじゃない! 恩を仇で返す気!」

 

「弁護……? 恩……? ふっざけんなよ、てんめぇ!! お前がしたことなんて、異議ありだの、論破だの、好き勝手言ってただけじゃねぇか!! すげぇよアクアは! よくあれで弁護したなんて言えんなぁ!!」

 

 裁判の時の鬱憤を晴らすように捲し立てるカズマ。

 まぁ、命がかかってる場であんな好き勝手言われれば怒鳴りたくもなろう。

 

「なによ! 私が邪な力を見破ったから裁判のやり直しが出来たんでしょ! もっと私に称賛を贈りなさいよね!!」

 

「あんなもんオマケだろうが! てかなんでお前だけ残ってたの!? マジ肝が冷えたわっ!」

 

「そうよ! なんでゆんゆんを連れてパーティーの私を仲間外れにするの! なんでそんな意地悪するのよ!!」

 

 矛先がこっちに向き、めぐみんがムッと口を尖らせる。

 

「そんな事を言われましても。アクア1人だけ突っ走った上にふて腐れてたじゃないですか」

 

 カズマが連行されたあの日、脱獄させて街から逃げようと提案したアクア。

 全員からダメ出しを喰らい、半泣きでじゃあ、自分1人でカズマを助けに行くと息巻いて刑務所に行った。

 その際に中に入ることも出来ず、警察から職質を受けて泣いて帰って来た。

 その上、何があっても起こすなとふて腐れて寝てしまったのだ。

 それを見て全員が駄目だこいつと裁判での戦力外通知を出し、屋敷を出た。

 ついでにスズハとめぐみんはゆんゆんの宿に泊まり、ダクネスは実家の力を借りるついでにそちらに泊まっていた。

 

「と、言うわけです」

 

「なんでよー! わたし女神なのよ! アクシズ教団の教えでやれば出来る子なの!! ちょっとは信用してよぉ!」

 

 アクアが泣きながら自分の有能性を力説している。

 カズマはよくやったと親指を立て、めぐみんが応える。

 それを呆れた様子でダクネスとゆんゆんは1歩引いたところで眺めている。

 その光景を見てたら、何故か、泣けてきた。

 

「スズハちゃん?」

 

 ゆんゆんが話しかけるとスズハは涙を拭った。

 

「あ、いや……これは、違くて……皆さんの、いつものやり取りを見てたら、戻ってきたんだなって安心しちゃって……」

 

 日常に帰って来た。それを実感すると涙が止まらなくなった。

 それにめぐみんがスズハの背を押す。

 

「まだですよ。今日はスズハの料理を食べるんですから。そう実感するのはそれからです」

 

「そうだな。俺もスズハの手料理食いてぇわ。牢屋のメシは不味くってよ」

 

「ま、しょうがないわね。蟹は諦めてあげるわ。感謝しなさいよ!」

 

「アクア。その言い方はどうなんだ?」

 

「あはは……」

 

 皆が好き勝手喋っていると、スズハがあることに気付く。

 

「そういえばアクアさん。食材って何が残ってます?」

 

「え? 無いわよ? 昨日で全部食べてまだ買い出ししてないもの」

 

 当たり前でしょ、とばかりの態度のアクア。

 もう屋敷まで目と鼻の先。

 どうやら来た道を戻らないと食べるものは無いらしい。

 

「もっと早く言えぇえええええっ!?」

 

「なによ! しょうがないじゃない! 今まで気付かなかったんだから!」

 

「ここからリターンですか……ふふふふふ」

 

 疲れているのに疲労がドッと襲ってくる。

 だけどこのままでは食料が無いのだ。

 

「仕方ない。戻りましょうか、スズハ」

 

「そうですね」

 

 それでも、こうして大切な人達が誰も欠けることなくここに居る。

 今はそれだけで良かった。

 そこで、鼻に水が落ちる。

 

「ん? 雨?」

 

 空から雨が降り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレクセイ・バーネス・バルター。

 義理の父と違い、品行方正で人望も厚い好青年。

 彼を良く知る者からすれば、有り得ないほど醜悪な笑みで雨の夜街を走っていた。

 

「ふはははははっ!! バルター! お前は自慢の息子だったぞ! 何せ、父の罪を全て引き受けてくれたのだからなぁ!」

 

 彼が持っていたネックレス。あれはとても貴重な魔道具で、肉体と精神を入れ替える品物だった。

 バルターにネックレスを着けさせ、アルダープが呪文を唱える。

 本来なら時間が経てば元に戻ってしまうが、例外として取り替えた肉体を殺せば、元には戻らない。

 アルダープは呪文を唱える直前にナイフで胸を刺し、血の繋がらない息子の身体を乗っ取ったのだ。

 そして突如自殺した父に錯乱した息子を演じて宿を出た。

 自ら胸を刺したのだ。もう死んでいるだろう。

 これから一度戻り、お涙頂戴の演技でもすれば全ての罪状は死んだアルダープ(バルター)が引き受けてくれる。

 そこからは簡単だ。

 ララティーナの父(イグニス)はバルターを高く評価をしていた。

 それを利用して奴に取り入れば良い。

 あの下級悪魔の呪いでイグニスは永くない。その内、ダスティネスの婿としてあの家の全てを手に入れてやる。

 

「そうすればあの小娘め! 只では措かんぞ!」

 

 裁判で自分を陥れた、澄ました小娘の顔を思い出す。

 思い起こせば子供ながら中々に美しい少女だった。

 あれを捕らえ、ララティーナと共に逆らえなくして辱しめ、嬲り、虐め、自分のした事を涙ながらに謝罪させて靴を舐めさせてやる! 

 

 そんな妄想に囚われていると、前に立ち塞がる人物がいた。

 

「へぇ。同じ顔でも中身が違うだけでこうまで印象が変わるんだね」

 

 男の子のような短い銀髪。

 凹凸な少ないスラッとした体型から少年と間違えそうだが、腰は括れ、聞こえる声も少女のモノ。

 その人物は、手を前に突き出すと、小声でスキルを発動させた。

 

「スティール」

 

 手の平が一瞬光ると、アルダープがかけていたネックレスは相手の手に落ちていた。

 

「幸運値ってあまり役立たないって言われてるけど、こういう時は役に立つよね。おかげで高確率に好きな持ち物を奪える」

 

 返せ! とアルダープが駆け寄ろうとすると、銀髪の少女は疲れたように息を吐く。

 

「最低限目標は達成したけど、あの悪魔には逃げられちゃうし、まぁ、この神器を回収出来たのはラッキーだったけど」

 

 それは、アルダープがあの下級悪魔を呼び出した時に使った魔道具だった。

 

「もう充分に甘い汁は吸ったでしょ? これらは返してもらうよ」

 

「ふざけるな! それはワシの物だ! 返せ!!」

 

 アルダープが少女に掴みかかろうとするが、あっさりと避けて足を引っかけて転ばす。

 アルダープを見下ろしてポツリと呟いた。

 

「地獄の沙汰も金次第って確か、あの子達の世界の言葉だっけ? もっとも君にはこの世界にも、死後にも持っていけるお金なんて無いけど」

 

「何を言っている!! それを早く返────」

 

「君の元の身体、一命を取り留めたよ」

 

 少女が何を言っているのかアルダープには理解できなかった。

 嘘に決まっている。自分は胸にナイフを刺したのだから。

 

「たまたま近くにいた昨日今日で冒険者になった駆け出しのプリーストが一生懸命治癒魔法(ヒール)をかけてくれたんだ。そのおかげでまだ死んでないよ。もっとも、胸の傷も完璧には治らなくて、余命2日だってさ」

 

 それこそ高位のアークプリーストなら治せるだろうが、駆け出しの彼女にはそれが限界だった。

 

「少なくとも、元に戻るくらいは持つだろうけどね」

 

 散々悪意を周りに振り撒いて他人の人生を食い物にしてきた男は今、他者の善意によって首に縄をかけられたのだ。

 

「ふざけるなっ!? なおのこと、それを返せぇ!!」

 

 アルダープは少女に襲いかかるが、決してやり返さずに躱し続けるだけ。

 相手の肉体を傷付ける気がなかったから。

 

 そこで少女の口調が変わる。

 それは友人たちの知る友好的な口調ではなく。さっきまでの淡々としたものでもない。

 丁重ながら、敵意を隠すことのない口調だった。

 もしも彼女が本来の姿だったなら、神々しさすら感じられたかもしれない。

 

「これから元の肉体に戻る時間まで、死の恐怖に怯えていなさい。そして元の肉体に戻ったら、今まで食い物にして傷付けてきた何の罪もない方々に謝罪を繰り返しながら生涯を閉じなさい。もっとも、それだけの良心が残っていればの話ですが」

 

 向けられる視線に哀しみも憐れみもなく、ただひたすらに軽蔑だけが込められていた。

 

「死後、私は貴方と会うことはありませんが、貴方を担当する方に重い刑罰を与えてくれるように話を通しておきます。精々残りの時間を大事にしてください」

 

 それだけを言うと踵を返して去って行こうとする。

 アルダープは引き留めようとするが、濡れた地面に足を取られて転ぶ。

 起き上がると、もうそこに銀髪の少女の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレクセイ・バーネス・アルダープの死後、カズマにかけられていた疑惑と訴えは息子であるバルターによって撤回された。

 ついでに今まで払っていた借金は全て返却され、城門の修繕費もアルダープの蓄えた資産から出す事が決定した。

 アクセルの街は裁判でダクネスが言っていたように、ダスティネス・フォード・イグニスが一時的な領主を勤めることとなる。

 その際に、アルダープの保有していた人材を引き抜きを行い、その中には息子であるバルターも含まれていた。

 そしてここ最近体調を崩しがちだったイグニスはアルダープの死後、体調が快復した。

 病は気から。アルダープに借りていた借金の件が予想以上に精神的な負担になっており、そこから解放されたことで体調が戻ったのではないかというのが大勢の見解だった。

 

 そしてカズマ達だが────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらぁ!! 飲め飲めぇ! こんくらいで酔い潰れてんじゃねぇぞ!」

 

 支払ってきた借金が戻ってきて、先ずその金を裁判で世話になった人達に酒を奢っていた。

 パーティーメンバーやゆんゆんは勿論、商店街や冒険者やギルドの皆さんだ。

 幾つかの店で別けて奢り、中にはダストのようにまったく為にならなかったのに奢って貰っている図々しい者も混じってるが。

 そんな中でスズハは────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スズハちゃん! だし巻き玉子出来たかい?」

 

「あ、はい! 青い皿が甘いの。緑の皿がしょっぱいのです!」

 

 酒場の厨房でだし巻き玉子をひたすらに作っていた。

 何でそうなったのかと言うと、毎度のアクアの我が儘である。

 アクアが突然だし巻き玉子が食べたいと言い始めて、厨房を借りて作った。

 それを他の客も食べたところ、好評を博して次々と作る羽目になったのだ。

 横でヒナを抱えて見ていためぐみんが感心する。

 

「器用ですね。卵焼きで層を作るなんて」

 

「だし巻き玉子は、和食の基本にして奥義ですよ?」

 

「奥義……良い響きです」

 

 と、15皿目を焼いたところで酒場の店主からストップがかかった。

 

「スズハちゃん。もう良いよ。これ以上、客に料理を作らせてたら、代金貰えなくなっちまう」

 

「いえ。私も楽しかったですから。この最後のだし巻き玉子は貰って良いですよね?」

 

 勿論だと店主が苦笑した。

 

「スズハは人が良すぎますよ」

 

「そうですか? これでも、少しはズル賢くなってるつもりなんですけど」

 

 塩味のだし巻き玉子をめぐみんと2人で食べる。

 飲み物が果実水(ジュース)な為、甘い食べ物と飲み物を一緒に摂りたくないのだ。

 

「相変わらず良い腕ですね。妹にも食べさせてあげたいです」

 

「こめっこさん、でしたっけ? わたしもいずれ会ってみたいです」

 

「ふ。あまりの愛らしさに驚き倒す事でしょう!」

 

 などと話していると、何故か店全体からスティールコール。

 そこでクリスが酒場に現れる。

 

「カズマが奢ってくれるって!」

 

 クリスに用事のあったスズハは立って彼女に近づいた。

 

「クリスさ────」

 

「スティール!」

 

 カズマの手が光、収まると握っているのは薄ピンクのパンツだった。

 

「ひゃっはぁあああああっ!?」

 

 調子に乗って奪ったパンツを振り回すカズマ。

 クリスは過去の経験から自分のパンツがまた盗られたのかと警戒したが、そんな事はなく、安堵する。

 しかしならばあれは誰のだろうか? 

 するとスズハがカズマのところに歩いていく。

 

「カズマさん……」

 

「どうした、スズハ?」

 

 手を差し出す。

 

「…………さい

 

「へ?」

 

 見ると、スズハの顔は耳まで真っ赤で涙ぐんでいる。

 

パンツ、返してください……

 

 小さいながらもその言葉をハッキリと聞こえた。

 

「え? これ、スズハの? クリスのじゃなくて?」

 

 コクリと頷くスズハ。

 だらだらと冷や汗を流して恐る恐るパンツを返す。

 さすがに今回の恩人にあたる人物のパンツをスティールしたことはマズイと判断したらしい。

 奪われたパンツを隠すように握るとボソリと呟いた。

 

「次の裁判では敵同士ですね……」

 

「すんっませんしたぁ!? ほんっとおにすんませんしたぁあっ!?」

 

 土下座をするカズマを見ずにクリスの傍に戻るスズハ。

 酒場にドッと笑いが起こった。

 アルダープを追い詰めたあれが自分に向くかと思うと気が気でないのだ。

 

「クリスさん、これ、お返しします」

 

 借りていたエリス教徒のペンダントを返す。クリスもうん、と受け取った。

 

「役に立った?」

 

「えぇ。とても心強かったです」

 

「そう感じてくれたなら、貸した甲斐もあったね」

 

「本当は御自宅までお届けしようと思ったのですが、ダクネスさんもどこに住んでいるのか知らないと仰るので」

 

「はは。アタシは根なし草だからさ」

 

 頬を掻くクリス。

 

「それと、カズマさんを助けるお手伝いをしてくれて、ありがとうございます」

 

「いやいや! アタシは何もしてないからね!? カズマの裁判の時もクエスト行ってたし!」

 

「手伝って、くれたのでしょう? わたし達の見えないところで。必要な事を」

 

 別に確証が有るわけではない。

 ただ、何となくそう思ったのだ。

 別に正解でも不正解でも良い。ただ、スズハはそう信じることにしたのだ。

 

「……そう素直で賢いところはスズハの魅力だけど。勘が良すぎる子供は嫌われるよ?」

 

 クリスの言葉の意味が解らないのか、頭に? が浮かんでいる。

 苦笑してクリスは頼んだシュワシュワを飲む。

 スズハも、自分の果実水を飲む。しかし、少しだけ憂いを帯びた表情が気になってクリスが訊く。

 

「どうしたの? 何か心配事? お姉さんに話してみて!」

 

 冗談めかして言うクリス。

 最初はいえ、あの、と遠慮していたスズハも、見つめてくるクリスに観念して視線を下に向けたまま話す。

 

「領主様が、自殺なさったと聞いたので……それは、わたしの所為なのかなって……」

 

「あ」

 

 あの裁判のすぐ後に胸を刺して自殺。

 自分がアルダープをそこまで追い詰めたのではないかと小さな棘が刺さっていた。

 スズハはカズマを助けたかったのであって、アルダープに死んで欲しいと思っていた訳ではない。お近づきになりたい訳でもないが。

 しかし、もし自分の所為で自殺したのなら────。

 そう思い悩むスズハの頬をクリスは引っ張った。

 

「そんなの、スズハが気にする必要はないよ! 彼の死とスズハはまったくの無関係だからさ!」

 

「で、でも!」

 

「でもも何もないの! 彼はただ、今までの悪事の所為で身を滅ぼした。それだけなんだから。ほら! せっかくの酒場なんだから。お酒飲めなくても楽しまなきゃ」

 

 頬を引っ張る手を放す。

 完全に、ではないが、それでも大分表情は晴れた。

 

「はい……」

 

 そして、置いてあった果実水のコップを手にして飲みなお────。

 

「ぶほっ!?」

 

 液体を口に入れた瞬間に吹いた。

 

「ケホッ!? ケホッ!? これ、おさけ……!」

 

 何で、と続けようとアクアがあれ? と首を傾げる。

 

「スズハのジュースが無くなってたから瓶から注いであげたんですけど。なんで?」

 

 見ると、アクアが持っていたのは果実水ではなく同じ果物の果実酒であった。

 

「す、スズハ大丈夫!?」

 

「ふあい……もーまんたーい」

 

 机に突っ伏してぐらんぐらん頭が揺れているスズハ。

 いくらなんでも果実酒1口でこれは弱すぎだろう。あまり強い酒でもないのに。

 するとスズハが立ち上がり、帯の結びに手をかける。

 

「あつい、です……ぬぎまーしゅ……」

 

「え? ちょっと!?」

 

 クリスが止める前に着物を止めている帯がスルリと床に落ちて重なっていた布が広がる。

 白い肌に赤みがほんのりと付けられ、膨らみ始めた少しだけ見える乳房。

 腰のラインが明るみになり、それを見ていた冒険者たちは子供の裸と笑わず、生唾を飲んだ。

 顔も潤んだ瞳に人形のような美貌が余計に魅了し、思考を掻き乱す。

 

「わー! だめー!?」

 

 全てが晒け出される前にクリスがスズハの体を隠して裏口から出ていった。

 

「これ、私の所為……?」

 

「どっからどう考えてもな!」

 

 カズマがアクアの頭を叩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裏口にある酔っぱらいの休憩所を兼ねたベンチでスズハはクリスの肩に頭を預けていた。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

「ふあい……よってません……」

 

「酔っぱらってる人はみんなそういうの!」

 

 クリスに体を預けていると目を開き、クリスにお礼を言おうとする。

 

(ん? このひと……)

 

 それは、別の誰かを幻視させた。

 

「エリス、さま……?」

 

「え? ち、違うよ!? アタシは!?」

 

 聞こえていないのか、そのままスズハは話を続ける。

 

「ずっとお会いしたかったです……わたし、エリスさまにおはなししたいことがあって……」

 

「……はい。なんですか?」

 

 優しい、別人のような口調。それに反応してスズハは話し始める。

 

「この世界にきて、楽しいひとたちに出会えました。カズマさん、めぐみんさん、ゆんゆんさん、ダクネスさん、アクアさん。クリスさん。他にもいっぱい。毎日が充実してます。それに────」

 

 何かを探すように手を動かす。

 

「ヒナが大きくなってるんです。さいきん、重くて。抱えるのがたいへんで。歯も、少しはえてきたんです……」

 

 1つ1つ数えるようにスズハが指を折る。

 

「かあさまにさされて、もうあの子になにもしてあげられないのが悔しくて。でも、エリスさまが、とくべつに、チャンスをくれた」

 

 どれだけ嬉しかったか。

 どれだけ救われたか。

 それを自覚して、何度泣いたか。

 

「ありがとう、エリスさま……わたし、いましあわせです……」

 

 万感の思いを込めてスズハは満足したように笑った。

 

「ずっと言いたくて……やっと言えた……」

 

 そこで意識が切れて肩からズレると頭が太腿に落ちる。

 クリスはスズハの黒髪に指を通した。

 

「そうですか。良かった。私も、嬉しいです。ありがとう、スズハさん。この世界で、ヒナさんと一緒に幸せになってくれて」

 

 慈愛に満ちた笑みでクリスはスズハの頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アルダープは最初、原作とほぼ変わらずお持ち帰りされる予定でしたが、最終的にこうなりました。

読者さんがこの作品で好きな話は?

  • 序盤
  • デストロイヤーから裁判まで。
  • アルカンレティア編
  • 紅魔の里編
  • 王都編
  • ウォルバク編
  • 番外で書かれた未来の話
  • その他

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