「それじゃあスズハについては、あたしもちょくちょく様子見にくるからさ!」
よろしくね、と夕方になった酒場で飲み食いを終えて別れようとするが、カズマの傍に寄って小声で話しかける。
「カズマ。言っておくけど、くれぐれもスズハにいかがわしいことなんてしちゃダメだよ? 具体的には、スティールでパンツ盗ったり」
「いやしねぇよ!? いくらなんでもあんな子にそんな真似出来るほど堕ちてねぇから!」
クリスの忠告にカズマは全力で否定する。
カズマが使うスティールの特徴として女性に使うと何故か高確率でパンツが盗れる、という特徴がある。
さすがにあんな娘に使おうと思うほどカズマも鬼畜ではない。
異性に使うとしても、何らかの制裁か自衛。もしくは酔った勢いくらいだろう。
クリスも被害者第1号としてふーんと疑いの眼差しを向けるが、頼み込んだ手前か、それ以上何か言うことはなかった。
「でも、本当にお願いだよ? あの子も、色々と大変なんだから」
「まぁ、あの歳で子供がいるくらいだからなぁ……」
細かな事情こそ聞いてないが、何かしら人に言えない、言い辛い事情を抱えていることくらいは分かる。
そしてあの服と名前からしておそらくは────。
「任せとけ。頼まれたからには出来る限りやってみるわ」
「うん。お願い」
「……やけにあっさり引き下がるじゃねぇか。人をパンツ泥棒の疑惑かけといて」
「心配事がないわけじゃないけど。カズマは何だかんだで人が良いからね。これでも信頼してるんだよ。ダクネスたちも居るし」
「へーへー。精々信頼を裏切らないようにしますよ」
拗ねるようなカズマの態度にクリスは小さく笑う。するとスズハが心配そうな声で話しかけてきた。
「あ、あの……アクアさんは大丈夫なんですか?」
「オロロロロロロッ!!」
盛大に公衆の道に吐いているアクアをめぐみんが背中を擦っている。
その姿にカズマは舌打ちした。
「ったく……おいアクア! だから飲み過ぎるなって言ったろうが!!」
「うっさいわね! しょうがないじゃない! 最近あんまりシュワシュワ飲めなかったんだから! それにクリスの奢りなのよ! 思いっきり飲まなきゃ損じゃな────おえーっ!?」
喋っている最中に吐き気がきたらしく、再び吐くアクア。アレだと折角今日胃に収めた食事を全て吐き出してしまうかもしれない。
ちなみに、クリスの財布はかなり軽くなったことを明記しておく。アクアの飲み代で。
そこで思い出したのか、クリスがスズハに小さな袋を渡した。中を見るとこの世界の通貨が入っている。
「これから何かと物要りでしょ? 当面必要な物をそれで買い揃えてね。価値が分からなかったらカズマに相談して」
「も、貰えません! もうたくさんお世話になってるのに!」
「子供がそんなこと気にしないの! それに、スズハだけじゃなくてヒナにも色々と必要でしょ? これはその為のお金」
「あ……」
この世界のお金を当然持っていないスズハに物を買うことは出来ない。とある理由でカズマたちには余裕がない。故にここはクリスが出すのだ。
スズハは貰った袋を大事そうに手にする。
「大切に、使わせてもらいます」
「うん。そうしてくれると嬉しいな」
そうしてクリスがスズハの頭を撫でた。
「着いたぞ、ここだ」
「え……?」
案内されて着いたのは大きな大きな屋敷。スズハは目を大きく上げる。
アクセルの街中で見た建物より数倍は大きな家。
クリスがスズハたちを住まわせても問題ないと言っていたのでそれなりに大きな家を想像していたが、これは大きく上を行っていた。
「もしかして、皆さん、良い身分の方なのですか?」
スズハの質問にカズマが苦笑する。
「この家は貸し家だよ。以前依頼でちょっとな。安く貸してもらってんだ。俺たちは日々の暮らしが精一杯の駆け出し冒険者さ」
変に強がることでもないのでカズマは正直に話す。
それに歩いている内に復活したアクアが口を出した。
「まったくカズマったら甲斐性がないんだから。本来、女神であるこの私にこんな貧しい生活させるだなんて許されないんだからね」
「やかましいわこの駄女神! 誰のせいであんな借金背負うことになったと思ってんだ!!」
「わ、私のせいだっていうの!? あの水だってカズマの指示で出したんじゃない!」
「限度があるわ! 街の門をぶっ壊す指示なんて出してねぇ!!」
言い争う2人にスズハは困惑するが、めぐみんとダクネスが放っておいて良いと言うのでとりあえず中に案内された。
そこでめぐみんが話を振る。
「そういえば、その子、ヒナは幾つなのですか?」
「3ヶ月と少し、になりますね」
「3ヶ月ですか。妹が小さかった時のことを思い出します」
「ん? めぐみんには妹がいるのか? 初耳だぞ」
「えぇ、いますよ。7つの」
「きっと、めぐみんさんに似てかわいらしい妹さんなんでしょうね」
などと世間話をしているとめぐみんがふむ、と別の話を振ってきた。
「ところで、ヒナのことですが。どうにも名前が味気無いと思いませんか?」
「はい?」
いきなりかなり失礼なことを言われたが、怒るより先に戸惑いの方が強い。
「もっとこう、かわいらしかったりカッコいい名前にしたいと思いませんか!」
「えーと……」
歳上の少女にやや強い口調で問われて本当に戸惑うしかないスズハ。
なにやら思案するように目を瞑る。
そして目を開けると自信満々にヒナを指差す。
「そう、ナンナンなんてど────」
「やめんかっ!!」
玄関の外でケンカをしていたカズマが勢いよく入ってきて、めぐみんの頭を叩く。
「いきなりなにするんですかカズマ!!」
「アホかぁ!! お前人様の名前を何勝手に改名しようとしてんの? バカなの? っていうかお前が名付け親とかもはや犯罪だからな!」
「おい。私が名前を付けるだけで犯罪とはどういうことか聞こうじゃないか」
今度はめぐみんとカズマが言い合いを始める。
その間にダクネスがスズハにフォローを入れた。
「すまないな。別にめぐみんも、本気でヒナの名前に文句があるわけじゃないんだ。あれは、まぁ、めぐみんなりのスズハがここに馴染むためのコミュニケーションだと思ってくれ……たぶん」
最後の方にやや自信なさげにするところが微妙に台無しである。
そこでアクアも話に入ってくる。
「そうよ! めぐみんに付けさせるくらいならこの女神アクア様が命名してあげるわ! そしてゆくゆくは敬虔なアクシズ教徒になるんだから!!」
「だからやめろ、つってんだろうがぁ! つうかツッコミが追い付かねぇんだよぉおおおおおおっ!!」
空いていた部屋に案内されて元からあったこの屋敷に置いてあったらしいベビーベッドにヒナを寝かせて倒れ込むようにスズハもベッドに上半身を預けた。
今日1日で色々なことがあり、スズハの処理能力を大幅に越えて感情が追いつかない。今はただ、寝床があることにだけ感謝をしていた。
喉を撫でる。
記憶にある限り、研がれた包丁で最後に刺された場所。
あの人に泣きながら襲われ、殴られ蹴られて。腕やお腹を刺された痛みが記憶として甦る。
その記憶に苦い表情になりながらも大人しく眠っている娘の額にキスをし、その寝顔に頬を綻ばせた。
「今度こそ……今度こそおかあさんが守ってあげますから……ね」
あの時に出来なかったことを今度こそと誓う。
すると、ノックする音がした。
「俺だ。カズマだ。ちょっといいか?」
「はい! 開いてますから、どうぞ!」
ガチャッとドアノブが回り、カズマが入ってきた。
「どうだ。何か不満とかあるか?」
「いえ。こうして屋根のあるお家に入れてくれただけでも充分です。本当にここに来たばかりの時はどうなるかと思いましたので」
「そっか。そうだよな」
下手したら、本当に馬小屋か路上で生活する羽目になっていたところなのだ。こうして寝床を確保出来ただけでも幸運と思っている。
一度コホンと咳をするポーズをして、本題に入った。
「ところでさ……もしかして、スズハって元日本人の転生者なのか?」
カズマの言葉にスズハは目を瞬きさせる。その反応に十中八九そうだろうと思っていたことは確信に変わった。
「そっかぁ。やっぱりか! あ、でもアクアが俺と一緒にこっちへ来たから誰がスズハを送ったんだ? あの天使さん?」
カズマが思い浮かべたのは自分とアクアをこの世界に送った天使。しかしスズハの答えは違った。
「いえ。わたしたちをこちらに送ってくれたのは、エリス様という女神の方です。長い銀の髪を持った綺麗な方でした」
「エリス様!?」
意外な名前にカズマは驚く。
以前1回だけ会ったアクアとは正反対の理想の女神然とした少女。ぶっちゃけアクアとチェンジ出来ないかと本気で悩んだものである。
「アレ? でもあの人ってこっちでモンスターに殺された奴の案内が仕事じゃ……あーでもアクアの後輩だって話だしその関係か……?」
などとぶつぶつ言っているカズマを不思議そうに見ているスズハ。
その視線に気付いてカズマが思考を打ち切る。
「あーわるい。でも驚いただろ? こんなゲームみたいな世界に来て。でも運も良かったと思うぞ。俺の時なんて本当に悲惨で……」
この世界に来てからのバイト生活や巨大なカエルを相手に四苦八苦していた頃を思い出してげんなりする。
そこである疑問が過る。
「そういや、スズハはこっちに来た時に転生特典貰ったよな? 俺はアクアをこっちに連れて来たんだけど」
「えーと、はい。一応は。というより、どうしてアクアさんを?」
「いや。俺が死んだときのあいつの態度があまりにもムカついたから。嫌がらせで。それと、あんなんでも女神だから楽させてもらえそうだなとも。全然そんなことなかったけどな」
むしろ、トラブルのオンパレードだったと愚痴る。
スズハは、こちらに来て付けていた腕輪を見せた。
「これですね。治癒の腕輪、だそうです。効果は、この世界の中級までの怪我や病気を治す中級魔法までなら魔力? というものを消費して扱える、らしいです」
頭に記憶されている情報をそのまま読み上げる形で説明する。
カズマは感心したように腕輪を見ている。
「へー便利そうだな。でもそれって、こっちのスキルで覚えられるってことだよな? 他にはなかったのか?」
以前会った転生者は、何でも斬れる魔剣を所持していた。それに比べると便利そうではあるが少々格落ち感がある。
だが、その疑問はすぐに氷解する。
「だって。この子が怪我や病気になったりしたらすぐに治してあげたいじゃないですか」
「なるほど」
この短い時間でなんとなくだが、特典を選んだ基準には納得出来た。
「まぁ、なんだ。この世界、かなりゲームっぽいところもあるから。レベルとか冒険者カードとか。慣れればそれなりに楽しいと思うぞ」
「すみません。家の方針であまり、そうしたものに触れたことがなくて。出来れば追々教えて頂けると」
「マジかよ……」
この年頃ならゲームとかは無条件で好きなものだと思っていたカズマは天井を仰ぐ。
そして平然と高そうな和服を着ていることから良いとこの生まれなのかな、と考えた。
「その格好とか。もしかして、結構なお嬢様だったりするのか?」
「お嬢様、かどうかは分かりませんが。地元では1番大きな家だったと思います。そのせいか、習い事も多くて」
聞く限り、かなり厳しい家柄だったのではとカズマは推測する。この世界ではあまり意味がないが。
「それならさ、
その質問をした瞬間、スズハの空気というか、雰囲気が変わったような気がした。
握った手は僅かに震えていた。しかし口から出された声は冷たいと感じるほどに平淡で。
「わたしに
全ての感情を押し込めたかのような声だった。
「スズハ?」
そのあまりの変わりようにカズマはスズハの腕に手を伸ばした。
しかし、その手が触れた瞬間。
パシンッ!?
スズハはカズマの手を強く弾いた。
「あ────」
その行動にスズハ自身も驚き、唖然とした表情になっている。
「ごめんなさい。男の人に触れられるの、苦手で……その……」
何か言葉を重ねようとしたが、諦めたように目を瞑り。
「今日はもう、休ませてもらっても構いませんか? 今日、色々あって……」
「あ……そうだな。何かあったら呼ぶから。そっちも何か用が出来たら遠慮なく言ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
教育に依るものか、恭しく頭を下げるスズハ。カズマが出たのを確認して自らの震えを抑えるように体を抱き締める。
「駄目ですね、わたし……」
こうして、シラカワスズハが異世界に来て1日目の夜が過ぎて行った。
ダクネスの変態っぷりをどこで入れるか迷ってる。
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