この小さな母娘に幸福を!   作:赤いUFO

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たまにはキャラを思いっきり弄りたかった。反省はしてる。


番外編2:それさえも大切な日々?

 その晩スズハはソファーにゴロンとだらしなく占領していた。

 そこにはいつもの働き者の姿はなく、だらけきった表情で欠伸までしている。

 

「ねぇ、お茶まだぁ?」

 

 台所に向かって声をあげると鎧を脱いでいるダクネスが人数分の盆にお茶と茶菓子を載せてやってくる。

 

「お待たせしました。お茶が入りましたよ」

 

 穏やかな微笑を浮かべてテーブルに盆を載せ、カップに紅茶を注いでいく。

 テーブルで本を読んでいたアクアが紅茶を受け取る

 

「ありがとうございます」

 

 そう言ってだるそうにお茶を飲み始め、お茶請けのマフィンを食べる。

 

 少し離れたところでカズマとめぐみんが言い争いをしていた。

 

「だから! その姿でいちいち身悶えるのやめろよ! ガチで吐き気がすんだよ」

 

 めぐみんがカズマの頭をグーで叩くと当の本人は嬉しそうに顔を赤くして頬を弛ませる。

 

「今のは中々に良かったぞ! この体の防御力が低いおかげでいつもより芯に響く! さぁ、もっと私にその鬱憤をぶつけるがいい!!」

 

 カズマの言葉にめぐみんが頭を抱えた。

 

「やってられるか! ああ、もう! 誰か、早く元に戻してくれぇええええええええええっ!!」

 

 めぐみんの叫びが屋敷の中に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たわけが! いちいちポーションをただの水に戻すのはやめろと言っておろうがっ!? いい加減訴えるぞこのなんちゃってプリーストよ!」

 

「なによー! ちょっと手に取ってみただけでしょー! 大体、悪魔であるアンタの訴えを裁判所がまともに取り合うと思ってるのー? プークスクスクスクス!」

 

 いつものようにウィズ魔法具店でアクアとバニルが喧嘩している。

 めぐみんはそれを呆れながら見守っており、ダクネスは2人の喧嘩を止めるタイミングを計っていた。

 カズマは無視して商品を眺めている。

 

「すみません、ウィズさん……あー、こらヒナ! やめなさい!」

 

「いえいえ。元気があって良いですね」

 

 以前、ちょむすけがやった真似なのか、さっきからウィズの胸をペチペチと叩いて遊んでいる。

 騒がしくもいつも通りの日常。

 そんな中で、カズマはある魔法具(商品)を見つけた。

 

【今までの自分とは違う自分になれる! 今の自分を変えたいあなたにオススメです!】

 

 などと紹介が書かれている。

 見た目はただの化粧瓶だが。

 

「ウィズ、これはどういう道具なんだ?」

 

「あぁ、それですか? それはですね────」

 

「おわっ!?」

 

 ウィズが商品の説明をしようとすると、アクアがバニルに投げつけた水に変わった元ポーションの瓶。

 それを避けたバニルの後ろにいたカズマの頭に直撃する。

 その衝撃に手にしていた瓶を落としてしまい、割れて中の液体が飛び散る。

 

「あーっ!?」

 

「何すんだ駄女神っ!? 商品壊しちまったじゃねぇか!? わるいウィズ。これはちゃんと弁償するから」

 

 許してくれと謝罪する前にウィズが慌てて指示を出す。

 

「皆さん! 早く、一旦この店から出て下さい!」

 

 割れた瓶の液体が独りでに動きだし、店内の床に魔法陣が描かれていった。

 完成した魔法陣が紅く発光する。

 

「な、なんだぁ!?」

 

「皆さん! 逃げてぇ!」

 

 ウィズの叫びも空しく、魔法陣の中にいた面々はその場で意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっ……つぅ……」

 

 床に座っていたカズマは痛みから呻いた自分の声に違和感を覚えた。

 

(やけに声が高くなかったか?)

 

 なんというか、女の子っぽい声だった。

 疑問の答えが出る前にウィズがおずおずと問いかけてくる。

 

「めぐみん、さん……?」

 

「……俺がめぐみんに見えるのかよ」

 

 とんちんかんな事を言うウィズに呆れるが、彼女は申し訳なさそうに鏡を見せてきた。

 そこに映った顔は────。

 

「めぐみん?」

 

 どういう訳かめぐみんの顔が映っている。

 

「おいウィズ。この変な物を映す鏡はなんだ?」

 

「違います。これは普通の鏡です」

 

 どういう事だよ、と訊こうとすると、これまで聞いたことの無いスズハの声が店内に響く。

 

「なんでぇ!? 私、スズハになってるんですけど!? どういうことよっ!?」

 

 まるでアクアみたいに騒ぎ出すスズハ。

 他の面々も普段とは違う様子だった。

 

「この顔、ダクネスさん? え? え?」

 

「私がアクアに……」

 

「依りにも依ってカズマだと! い、いったいどういうことだ!?」

 

 皆が混乱しているとウィズが結論を告げる。

 

「実はあの魔法具、対象の肉体と精神を入れ替える。正確には少し違うんですけど……とにかく、その……皆さんの中身が入れ替わってるんです。はい……」

 

『……………………なにぃ!?』

 

 全員が同時に叫ぶ。

 それを見ていたバニルだけは楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昔、肉体と精神を入れ替える魔法具がありまして。それを再現しようとして作られたのがあの道具なんです」

 

「なんつうメーワクな……」

 

 ウィズの簡単な説明にめぐみん(カズマ)は天井を仰ぎ見た。

 カウンターに居たウィズとヒナは魔法陣の範囲から外れており、バニルはとっさに範囲外へと逃げたため、巻き込まれずに済んだ。

 そこで、服の胸の部分を引っ張り始める。

 

「カズマァ!? 何いきなり私の胸元を引っ張ってるんですか!? セクハラですか!? セクハラですよ!?」

 

 いきなり自分の元の体の胸を見ようとするめぐみん(カズマ)アクア(めぐみん)が顔を真っ赤にさせて止める。

 

「今は俺の体なんだからいいだろうが! 大体、めぐみんのツルペタな身体なんて見ても興奮なんざしねえんだよ!」

 

「この男最低です!? っていうか、言ってはいけないことを言いましたね!! その喧嘩、買ってあげますよカズマァ!! 私の体だからって手加減してもらえると思わないことです!」

 

 自分の肉体を杖で叩き始めるアクア(めぐみん)

 そこでダクネス(スズハ)がウィズに質問する。

 

「まぁまぁ。2人とも落ち着いてください。それでウィズさん。この状態はどれくらい続くんですか? ずっとこのままでは無いですよね?」

 

「はい。魔法具の効果は大体半日程度で、明日の朝には元に戻ってる筈です」

 

 ウィズの言葉にダクネス(スズハ)はホッと胸を下ろす。

 それにカズマ(ダクネス)が話しかける。

 

「落ち着いてるな。というか、ちょっと嬉しそうに見えるのだが」

 

「あはは。少し。こういうダクネスさんみたいな女性らしい体つきには憧れてたので」

 

 指で体のラインをなぞるダクネス(スズハ)

 

「おいやめろ。そういうことを真正面から言われると恥ずかしいだろ!」

 

 そんな会話をしていると、座っていたスズハ(アクア)がガバッと立ち上がる。

 

「そう! 今の私はスズハ! ということは、よ!」

 

 ベビーカーに近づいてヒナを抱き上げようとする。

 

「さぁ、ヒナ! お母さんが抱っこしてあげるわ」

 

 声だけならとても母性的に。ヒナを抱き上げるスズハ(アクア)

 だが────。

 

「うあーっ! あーっ!?」

 

「なんでよー!?」

 

 スズハ(アクア)が抱き上げた瞬間にヒナがぐずり、泣いて暴れ始める。

 

「なんでスズハの体なのに泣き出すの!? リッチーのウィズですら大人しかったのにぃ!? おかしいわおかしいわよ!!」

 

 混乱するアクアにバニルが哄笑する。

 

「ふははははっ! 赤子は純粋だからなぁ! なんちゃってプリーストの傍迷惑な本性を本能で感じ取ってしまうのだろうよ! 貴様の問題児っぷりは体が入れ替わったくらいでは隠せぬと見える」

 

「問題児ってなによ! この中で私が1番日頃の行いが良いんですからね!」

 

『それはない』

 

 めぐみん(カズマ)アクア(めぐみん)がハモるとスズハ(アクア)がヒナを戻して泣きそうな顔になる。

 

「もういいわよ! こうなったら、このままスズハをアクシズ教に入信させて! アクシズ教とこの女神アクア様の素晴らしさを教え込んであげるわ!」

 

「えぇっ!? ちょっとまっ」

 

 ベー、と舌を出して店を出ていくスズハ(アクア)

 どうしましょう、と困惑するダクネス(スズハ)めぐみん(カズマ)が頭を掻く。

 

「止めんだよ!? あのバカ本気でスズハをアクシズ教に入信させんぞ! もしくは斜め上の厄介事を起こすに決まってる!」

 

 行くぞ、と店を出ていく一行。

 出遅れたダクネス(スズハ)にウィズがにこやかに伝言を告げた。

 

「アクア様が水に変えたポーションと入れ替わりの魔法具はカズマさんにツケておきますと伝えてください」

 

「あ、はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆して私をバカにして! 見ってなさいよ!」

 

 ぷんぷんと怒りながら街を歩くスズハ(アクア)

 しかし、そこで躓いて顔から地面に顔からダイブした。

 

「いったぁ~っ!? もう! なんであの子いつもこんな歩きづらい格好してるの! 転んじゃったんですけど!!」

 

 和装に慣れてないスズハ(アクア)が泣きそうな顔で起き上がる。

 ぶつぶつと言いながら立ち上がり、和服に付いた砂を払っていると見知らぬ老人が話しかけてくる。

 

「もし、そこのお嬢さん」

 

「ん? なによ?」

 

 話しかけられてスズハ(アクア)が不機嫌そうに応える。

 

「いえいえ。いつもは赤ん坊を連れているのにどうなされたのかと思いまして」

 

「別にどうでもいいでしょ」

 

 むくれてそっぽ向くスズハ(アクア)。それに老人はホッホッと笑う。

 

「中々に難儀してるようですな。そんなあなたにうってつけの魔道具がございます!」

 

「魔道具?」

 

 少しだけ興味を引かれたスズハ(アクア)に老人が懐からチョーカーを取り出し勢いに乗って話し始める。

 

「そうなのです! これこそ女神アクア様の力を宿したこのチョーカーを身に付ければそのなにか神々しい力で赤ん坊が懐いてくれるんです!」

 

 その言葉にスズハ(アクア)がピンとなる。

 

「あなた、アクシズ教徒なの?」

 

「えぇ。若いとき、アクシズ教の教義を聞いてそれからずっと女神アクア様の素晴らしい教えを支えに生きてきました」

 

 穏和そうな老人の言葉にスズハ(アクア)が嬉しそうに老人の手を掴んだ。

 

「そうよ! 分かってるじゃない、あなた!」

 

「ほう。お嬢さんもアクシズ教に理解があると!」

 

「もちろんよ! 私ほどアクシズ教に理解のある女はいないと自負してるわ! それなのに、あの子ったら!」

 

「どうかなされたので?」

 

「えぇ! パーティーの子が私がアクシズ教の素晴らしさを教えてあげてるのに、あのパット女神のエリスを尊敬してるのよ! なんだかだんだん腹が立ってきたわ!」

 

 スズハ(アクア)の言葉に老人は唸るような声を出す。

 

 

「それは良くない! ならばこそ、アクア様の力を宿したこの魔道具で、その方の目を覚まさせなければ!」

 

 意気投合した老人からチョーカーを渡されるスズハ(アクア)

 

「そうよ。その通りだわ! 見てて、私が必ずあの子をアクシズ教徒に改宗させて見せるから!」

 

「おお! なんと頼もしい! それはそれとして、それは貴重な魔道具になりますので、サインをお願いしますね」

 

 そう言って差し出された書類を受け取る。

 

(お爺さんも、これがあればヒナと仲良くなれるって言うし、スズハをアクシズ教に入信させられるかもしれない。まさに一石二鳥よね!)

 

 何の迷いもなく、善意からスズハ(アクア)は書類にサインした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく! アクアは何処へいったのやら」

 

 愛用の杖で地面をコツコツ叩きながらスズハ(アクア)を探すアクア(めぐみん)

 なにかトラブルに巻き込まれてないことを切に願う。

 普段のアクアならその高ステータスでどうにかするだろうが、スズハの肉体ならどうなるか分からない。

 

「早くアクアを見つけて屋敷に戻らないと」

 

 そんなことを考えているとたまたま近くを歩いていた冒険者の会話が耳に入った。

 

「しっかし、今日もあの爆裂音、何とかならねぇのかよ」

 

「久々にこの街に戻ってきたら、毎日あのうるさい爆裂魔法の音を聴かされるんだもんなぁ。何処の頭のおかしいアークウィザードが放ってんだか……」

 

 冒険者2人の会話にアクア(めぐみん)がピクッと反応する。

 それでも今は、とグッと耐える。

 

(今はアクアを見つけ出すのが先決。今はアクアを見つけ出すのが先決なのです! あの程度の小言、今は無視して、後でお礼参りを────)

 

 などと堪えていると、片方が笑って話す。

 

「そういやあ、ギルドで聞いた話だと、その爆裂魔法を使うのは紅魔族で、お子様体型のアークウィザードらしいぞ」

 

「マジか?頭の変わってることで有名な紅魔族の上に爆裂魔法。そいつどんだけ頭のおかしい(やつ)なんだよ」

 

 そう言って笑い合う冒険者達。

 彼らはつい最近この街に戻ってきた冒険者である。

 爆裂魔法の音に悩まされているのも本当であり、これくらいの愚痴や悪口を言うくらいは許されるだろう。

 もっとも、それは本人が実際に受け流すかは別問題であるが。

 

「……おい」

 

「あん?」

 

 声をかけ、指をボキボキと鳴らすアクア(めぐみん)

 

「私が居るところで紅魔族だけでなく爆裂魔法まで馬鹿にするとは良い度胸です。その薄い頭に爆裂魔法の素晴らしさを叩き込んであげます」

 

「いや! おいアンタ! アンタは別に紅魔族じゃないだろ! どんな難癖だよ!?」

 

「問答無用っ!?」

 

 アクア(めぐみん)の拳が片方の冒険者にHITした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しょ、勝負よめぐみん!」

 

「…………フゥ」

 

 出会したゆんゆんを見てめぐみん(カズマ)はめんどくさそうに溜め息を吐いた。

 

「ちょっとぉ! なんでそんなに嫌そうな顔するの!?」

 

「うるさいな! 今ちょっと忙しいんだよ! 用事があるなら明日からにしてくれ!」

 

 なんせ、今はスズハの体を乗っ取っているアクアが入れ替わっていることを良いことにアクシズ教という邪教に入信させようとしているのだ。

 明日になればこっちも元に戻るし、今日のところは勘弁してくれと言いたい。

 

「そ、そんなこと言って。本当は私に負けるのが恐いの?」

 

 ゆんゆんなりの精一杯の挑発。事実、めぐみんなら乗って、何らかの勝負を仕掛けたかもしれない。

 しかし今のめぐみんの中身はカズマだった。

 

「あー。それでいいよ、もう。ゆんゆんの勝ち! はいおめでとう! じゃあな!」

 

「えぇ!?」

 

 適当にパチパチと拍手をしてその場を去ろうとするめぐみん(カズマ)

 そのあっさり過ぎる塩対応にゆんゆんは狼狽える。

 

「ま、待って待って! なんで今日はそんなに冷たいの!? 私、何かめぐみんに嫌われることしちゃった!? ねぇ、ちゃんと勝負してよぉ!?」

 

 ついにはマントを掴んで泣き落とし状態のゆんゆんをカズマは振り払う。

 

「今は本当に忙しいんだよっ! とにかく! 明日だ、あ・し・た! 今度こそじゃあな!!」

 

 走って去っていくめぐみん(カズマ)

 ライバルが居なくなるとゆんゆんはじわっと涙を流してその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、もっとだ! もっと私に攻撃してこいっ!!」

 

「ひぃ! な、何なんだよアンタはっ!?」

 

 殴られた顔は青く腫れて、痣もできている。

 そんな状態で息を荒くして紅潮し、嬉しそうに男の攻撃を受け続ける少年。

 発端はカズマ(ダクネス)の後ろに居る新米冒険者を、この街でそこそこ長く冒険者をやっている先輩冒険者がパーティーを組んでやる代わりに授業料と称して悪質な方法で金を巻き上げようとしたことだ。

 それを見過ごせなかったカズマ(ダクネス)が割って入り、説得に失敗して暴力を振るわれたのだ。

 しかし、そこは中身がダクネスのカズマには御褒美にしかならない。

 

「あぁ! ここから私は、お前達と戦うも力及ばすねじ伏せられ! 倒された私は発情した雄達にあらゆる方法で弄ばれるんだ! しかし、そんな中でも私はこう言う! 私の体は好きに出来ても、心まで従順に出来ると思うなよ、と!」

 

「なに言ってんのお前ぇ!? 変な妄想を体くねらせながら浸るな! 喋るな!! マジで気持ち悪い!!」

 

 周囲から見ても酷い絵面だった。

 正義感から新米冒険者を庇っていた筈の少年が実は被虐願望のガチホモとかいったい誰得だろう? 

 

「カズマの体のお陰で普段はなんて事のない攻撃もそれなりに効くぞ! さぁ、存分に私を痛めつけにかかってこい!!」

 

「もうダメだ! 付き合いきれねぇ!!」

 

 全身が気色悪さで鳥肌が立ち、先輩冒険者はその場を走り去っていく。

 助けられた新米の冒険者も、さすがに目の前の男の性癖にドン引きする。

 

「だ、大丈夫だったか?」

 

「ひっ!? あ、ありがとうございましたぁ!?」

 

 鼻血を垂らしながら心配してくるカズマ(ダクネス)に、そのままペコペコと頭を下げて新米冒険者も去っていく。目の前の少年が関わってはいけない人種だと判断して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や! ダクネス! ヒナの面倒を見てるなんて珍しいね! スズハはどうしたの?」

 

 後ろからバンッと背中を叩いてきたクリスにダクネス(スズハ)はペコリと頭を下げる。

 

「こんにちは、クリスさん。今日も良い天気ですね」

 

「え……」

 

 いきなり礼儀正しい。もしくは他人行儀に感じる態度にクリスが固まる。

 

「ど、どうしたの、ダクネス。今日はなんか雰囲気が違うね……」

 

 それなりに親しい友人関係が構築できていたと自負していたクリスは戸惑う。

 本人も、そうですか? と首を傾げている。

 

「ねぇ! あたし、ダクネスを怒らせるようなことやっちゃった!? 謝るからいつものダクネスに戻って!」

 

 腕を掴んでガクガクと揺らしてくるクリスにダクネス(スズハ)は首を横に振る。

 

「ち、違います、クリスさん! 話を聞いてください!」

 

「なんでいきなりさん付けなの! 本当に何かしちゃった!?」

 

 半泣きで問いかけてくるクリスにダクネス(スズハ)は事情を話始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、今は中身がスズハなんだ……」

 

「はい。わたしの体は今、アクアさんが入ってて。わたしをアクシズ教に入信させるって飛び出しちゃったんです。だから早く見つけないと」

 

 困った様子のダクネス(スズハ)にクリスは嘆くように「アクア先輩……」と呟く。その声はダクネス(スズハ)には聞こえなかったようだが。

 

「そう言うことならあたしも手伝うよ。さすがにそんな方法で入信させるのはどうかと思うし!」

 

「本当ですか! ありがとうございます!」

 

 手を握ってくるダクネス(スズハ)に苦笑いを浮かべるクリス。

 

(やっぱり、ダクネスの顔だと違和感あるなぁ)

 

 早速捜そうとすると、クリスが思い出したように質問する。

 

「そういえばさ、スズハは酒場での時のこと、覚えてる?」

 

「酒場、ですか? 実はあの時、お酒を口にした辺りから記憶が曖昧で……もしかしてわたし、失礼なことしてしまいましたか?」

 

「ううん。覚えてないならいいんだ! 何でもない!」

 

「?」

 

 スズハが首を傾げると、近くで大きな物音がする。

 

「門に近い通路の方だね」

 

「行ってみましよう!」

 

 2人が音の発生した場所に行くと、そこには1台の馬車が転倒して騒ぎになっていた。

 

「何か遭ったんですか!?」

 

「あぁ! 馬車の車輪が外れて、転倒した馬車に近くにいた兄弟が下敷きになっちまったんだよ!?」

 

 可哀想に、と嘆く住民。

 何人かの人が持ち上げようとしているが時間がかかっている。

 それを見たダクネス(スズハ)は────。

 

「クリスさん。ヒナをお願いします!」

 

「あ! ちょっと!?」

 

 クリスが何かを言う前に、ダクネス(スズハ)は手伝いますと馬車を持ち上げるのに加わる。

 

(ダクネスさんの肉体(からだ)なら、力になれる筈!)

 

 街の男達と一緒に馬車を持ち上げる。

 

「んっ!!」

 

 ダクネスの筋力で馬車を持ち上げると、潰されていた兄弟が出れるだけの隙間が出来る。

 その2人を他の住民が救助する。

 

 馬車を下ろして兄弟の方を見ると、弟は兄に庇われたらしく無事だが、兄の方は割りと重症だった。

 

「おい! 早く冒険者ギルドからプリーストを連れてきてくれ!」

 

「兄ちゃん! 兄ちゃん!」

 

 血だらけの兄を見て、弟が泣きすがっている。

 それを見てダクネス(スズハ)は弟の頭を撫でる。

 

「大丈夫。わたしでも、応急手当くらいなら」

 

 懐から転生特典で貰った腕輪を取り出して兄にかざして魔力を込めた。

 腕輪から放たれた光が兄の傷を癒していく。

 

「兄、ちゃん……」

 

 出来るところまで治療を終えると後は街の人達に任せることにした。

 

「応急処置は終えましたが、本職のプリーストか医者にちゃんと診せてあげてください」

 

「あ、あぁ。分かった」

 

 そこでもう一度、弟の頭を撫でる。

 

「あなたを庇うほど強いお兄さんです。きっと大丈夫。だから傍に居てあげてくださいね」

 

「う、うん!」

 

 いい子いい子と笑みを浮かべて頭を撫でる姿に周りにいた男性がポツリと呟いた。

 

「聖女だ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーっ!! 結局スズハをアクシズ教に入信させるの忘れてたー!」

 

 ボフッとソファーに寝転がるスズハ(アクア)

 

「そりゃ良かった。もしそうならどんな手を使っても取り消させるところだった。ところでダクネス。なんでお前そんなにボロボロなんだよ! 何があった!?」

 

「これは、理不尽に絡まれていた新米冒険者を助けた結果だ。決して不名誉な傷ではないぞ!」

 

「不安しかねぇんだけど! ちゃんと後で追及させてもらうからな!」

 

「ねぇ、めぐみん。なんで私の手がそんなに真っ赤なの? それ返り血よね……」

 

「大した事ではありません。身の程知らずに説教をしただけです」

 

「お説教で返り血とか浴びないと思うんですけど!?」

 

「めぐみん。悪いが、治療を頼む。カズマにこの体を返すときにこのままではさすがに申し訳ない」

 

「ホントにな!」

 

「我がまさか回復魔法を使う日がこようとは……」

 

 カズマの肉体を治療するアクア(めぐみん)

 

「アクアさん。そのチョーカーは?」

 

「ふふん! 見てなさい! このチョーカーで私もヒナをちゃんと抱き上げられるわ!」

 

 再びスズハ(アクア)はヒナを抱き上げる。

 しかし────。

 

「アーッ!! アーッ!?」

 

「なんでよー!? 蹴ってきた! ヒナが私を蹴ってきたんですけどーっ!?」

 

「むしろ悪化してね?」

 

 疲れた様子でソファーに座るめぐみん(カズマ)

 さっさと元に戻りてー、と天井を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なななななななんなんですか、これはぁ!?」

 

 朝からやって来た男に渡された請求書にスズハは泣きそうな声を上げる。

 昨日アクアが身に付けていたチョーカー。その請求額が100万エリスとなっている。

 

「ア、アクアさん! 貴女いったい、何にサインをしたんですか!?」

 

 いつの間にか借金を抱えていたことにスズハが流石にアクアを問い詰める。

 

「ち、違うの! これはスズハに良かれと思って! だ、だからそんなに怒らないでよぉ、ねぇ!?」

 

「馬鹿かお前! こんなもんに100万エリスとか! 洒落になってねぇんだよ! あ~何とか返品できねぇか?」

 

「これは返品不可と書いてあるな。書類事態は正規の物だ。これはどうしようも……」

 

「し、知らない間にわたし、借金を背負って……え? え?」

 

 頭がフリーズするスズハ。

 

 そこでゆんゆんがやってくる。

 

「めぐみんっ!?」

 

「ゆんゆん? すみませんが今は立て込んでるので貴女の相手をしてる余裕は……」

 

「き、昨日もそう言ったじゃない! ねぇ、お願い! 今日はちゃんとしょうぶしてよぉ!!」

 

「ちょっ!? 抱きつかないでください!? なんなんですか、いったい!?」

 

 勝負してといつもの倍のしつこさを泣きながら訴えてくるゆんゆん。

 

 そこから次々と来客が訪れる。

 

 

「ララティーナ様! ぼ、僕と、結婚してください!」

 

「ちょっと待て! 誰だ貴様は!?」

 

「失礼。昨日の貴女様の優しく勇敢な行動に感激しました! 是非僕と結婚前提でのお付き合いを!」

 

「い、いきなりそんなことを言われても」

 

 結婚してくれと言ってくる貴族風の男にダクネスがたじろぎ。

 

 

「見つけたぞ、水色ぉ!! 昨日の仮を返しにきたぞぉ!」

 

「知らないわよ! 誰よあなた!?」

 

「とぼけんなぁ!? 仲間を病院送りにしておいて! シラを切れると思うなよ! この(アマ)ァ!!」

 

「知らないっ!? ホントに知らないのよぉ!?」

 

 カズマの方にも客が来ている。

 

「貴方! 貴方にはMの才能があるわ! 私がその才能を開花させてあげる!」

 

「結構です!? お帰りくださいマジで!!」

 

 マッチョなモヒカン頭のガチホモ男に勧誘されて顔を青くして拒否しているカズマ。

 既に屋敷はカオスに包まれていた。

 

「では、品の代金を」

 

「めぐみん! お願いだから冷たくしないでぇ!!」

 

「ララティーナ様! どうか僕と!」

 

「水色ぉ! 絶対にぶっ殺してやる!!」

 

「さぁ! 新しい扉を開きましょう!!」

 

 要求される内容に5人は口を揃えて答える。

 

 

 

 

 

 

 

いや、それ私(俺)じゃないからっ!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アクセルの街は今日も平和です。

 




本当はまた5年後でSAOのユウキが転生してきてスズハ(16)がヒナと一緒にアクセルの街を案内する話とか書くつもりだったけど纏まらなかったのでボツ。


本編の続きは0時に投稿予定。遅くとも明日中には。

読者さんがこの作品で好きな話は?

  • 序盤
  • デストロイヤーから裁判まで。
  • アルカンレティア編
  • 紅魔の里編
  • 王都編
  • ウォルバク編
  • 番外で書かれた未来の話
  • その他

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