「あう~」
朝早く温泉に肩まで浸かって普段なら絶対しないような気の抜けきった声を出す。
もはやふにゃふにゃというよりはぐにゃぐにゃと脱力しており、そのまま温泉の湯に溶けてしまいそうだ。
昨日と違い娘はめぐみんに預けている。
というか、朝風呂に入るのも彼女からの提案だ。
『ヒナの世話ばかりしてないで、スズハも旅行を楽しんでください。この子はこっちで見ていますから』
そう、旅行前に言っていたように気を利かせてくれたのだ。
縁に上半身を預ける形に体勢を変えて一緒に付いてきて桶の中に入れた温泉の湯でまったりしているちょむすけの頭を撫でる。
「ちょむすけはえらいね~。猫なのにお風呂好きで~」
ちょむすけは綺麗好きなのかお風呂に入れるときも全然暴れない。体を洗って上げるとむしろ喜ぶくらいだ。
「こうしてゆっくりと温泉に浸かれるのは何年振りでしょうか……」
温泉旅行には生前も行った事はあるが、こうしてゆっくりと出来る機会は存外に少ない。
旅行と言っても社員やら取引相手やらも一緒で当然みっともないところは見せられず、終始緊張感の伴う旅行ばかりだった。
「止めましょう。わざわざ気が滅入る事を思い出すのは……」
フゥ、と大きく息を吐き、縁に上半身を預けたまま水面に尻が浮かび、足を上下に動かしてパシャパシャと音を立てる。
スズハはこの時、この世界に来てもっとも浮かれて気が緩んでいた。
それ故に普段ならしないようなミスを犯していた。
先ず、昨日も使った、という理由でよく考えもせずに女湯ではなく混浴に入っていたこと。
入って他の客が居なかった事からそのまま長湯していること。
これは生来スズハは長湯する方で娘が生まれてからはそっち優先ですぐに上がっていた為に、その反動で長く温泉に浸かっている。
ガラン、と混浴の戸が小さく音を立てて開かれる。
最初は昨日入ってきた女性が来たのかとも思ったが、風呂場に現れた人物にふやけていたスズハの思考が固まる。
「スズハ?」
「ふえ?」
腰にタオルを巻いた姿のカズマの姿を確認して止まっていたスズハの脳が覚醒するのに5秒必要とした。
「○☆◎△◇△▽!?」
「ニャーオッ!?」
頭を撫でていたちょむすけの首根っこを無意識に掴んでバックする。
背中が反対側の縁に着くと、スズハはちょむすけを抱きながら体を小さく折って隠す。
「ど、どうしてここに……?」
顔を真っ赤にして質問するスズハにカズマも質問を返す。
「いや、せっかくだから朝風呂に入ろうと思って。スズハこそなんで女湯じゃなくて
「き、昨日人が居ないからこっちに入って……それで思わず……うぅ……」
少し考えれば、というか、混浴なら男性客も入ってくることを当然考慮するべきだろうに。浮かれすぎて足の赴くまま行動したことを悔やむスズハ。
まぁいっか、とカズマは温泉に入り始めた。
「フゥー。生き返るー……」
平然と温泉に浸かり始め、こちらに視線を向けるカズマにスズハは躊躇いがちに問いかける。
「あの……出来ればもう上がりたいのであっちを向いてて欲しいのですが……」
「お構い無く」
「…………恥ずかしいのでせめてわたしのタオルをこっちに投げてくれませんか?」
「ははは。俺たちはそんな恥ずかしがるような関係じゃないだろ? 前に俺のズボンまで脱がして体をあんなに丹念に拭いてくれたじゃないか」
「看病と一緒にしないでください」
以前、カズマの服を脱がしたのはあくまでも看病のためである。当然疚しい気持ちは一切ない。
恥ずかしがって小さくなって大事な部分をカズマに見せないように隠しているスズハをぼんやりと眺めながら思う。
温泉に浸かってほんのり赤くなった肌。
濡れた黒髪に恥じらいの表情は普段大人びた表情をしている分、こうして年相応な姿はギャップがあって良い。
(でもやっぱり子供だからなぁ……)
最近アクアにロリニートだのロリマだの、スズハ関連で不名誉な呼び方をされることのあるカズマだが、流石に小学生は守備範囲外なのだ。
(そうだよ。これまでだってダクネスやめぐみんとも一緒に風呂入っただろ。それに比べればスズハはまだ……一部に関してはめぐみんより育ってるように見えるが。それでも前にやたらドキドキしたのは体調不良で優しくされた結果なんだよ! 断じて俺はロリコンなんかじゃない!)
そんな風に心の内で自分を納得させるカズマ。
しかし、先程から裸をマジマジと見られてスズハが決断するように息を吐く。
「カズマさん……先に謝っておきますね。
指をパチンと鳴らすとカズマの目の前にスズハの雪精が出現し、口から冷気を噴出させる。
「おうわっ!?」
「出よ、ちょむすけ」
カズマが視界を塞がれて怯んでいる間に温泉から上がるスズハ。
混浴から出ようとすると、手をデタラメに動かしていたカズマの腕に足首が当たる。
「え?」
足がもつれてそのまま温泉へと体が倒れていく。
「スズハッ!?」
カズマが倒れてきたスズハを支えようと腕を伸ばす。
バジャンッとスズハが落ちて水が跳ねる。
「つう……」
「大丈夫かぁ、スズハ」
「あ、はい。ありがとうござい────」
お礼の言葉が止まる。
不思議に思っていると、何やら手の平に柔らかな感触が伝わってくる。
少し手を動かすと。
「んんっ!」
小さく堪えるような声を出すスズハ。
自分の手を見てみると、そこには小さな膨らみのある少女の胸に被さっていた。
「おおっ!? わ、わるい!」
手を離して僅かに距離を取る。
ちょむすけを抱きながら固まっているスズハにカズマが誤魔化すように話す。
「ま、なんだ。今のは事故だからな? わざとじゃないぞ。それにスズハもシロを使って俺を攻撃したんだし、ここはお互い悪かったということで────」
そこでカズマはスズハの表情を見る。
羞恥から顔を赤くしているのではなく、血の気が引き、小さく首を振って怯える表情だった。
まるで、猛獣と対峙して足がすくんでしまったような。
「はぁ────あっ!?」
湯に浮かんでいる自分のタオルを回収して逃げるように混浴から出ていく。
その様子にカズマは目を覆う。
「やっちまった……馬鹿か俺……」
普段はそんな素振りをまったく見せないから、スズハは異性に触れられることを苦手としていたのを忘れていた。
その原因も細かくではなくとも知っている筈なのに。
いつもは気を使ってそれらを感じさせなかったのだろう。
「温泉に来て浮かれすぎだろ……あーくそっ!」
バシャバシャと湯で何度も顔を洗う。
それから息が続く限り頭の芯まで湯に体を沈めた。
「はっ────あ……う……!」
脱衣所に戻ったスズハは胸を掻き毟るように押さえて吐き気を抑えた。
何度か深呼吸を続ける内に吐き気は治まって尻餅をついて天井を見る。
「だ、め……はやく、なおさないと……っ!」
あの一瞬、カズマが得体の知れない怪物に見えてしまった。
「もう、大丈夫な筈なのに……」
あの時、マコトがカズマ達に反撃される姿を見て自分の中に有ったトラウマを払拭された筈だった。
でも、それはうわべだけで────。
「ちがう。わた、しは……」
この世界に来て自分を受け入れて守ってくれた人達。
右も左も分からず、娘を抱えた自分達が今日まで健やかに楽しく過ごして来れたのは彼らのおかげで。
そんな相手に嫌悪感を向けては
さっきの自分の失態を覆い隠す為に表情を普段のそれに直す。
そうすれば誰も。自分自身でさえその心の脆さに気付かない。
「にゃあ」
そこでちょむすけがだらりと下げていた手の平を舐めてくる。
慰めてくれているのか。それとも、別の何かを伝えようとしてくれているのか。
「ありがとう、ちょむすけ。体、拭くね」
その時にはもう、いつものシラカワスズハに戻っていた。
「それでは、私はこれから街の外で爆裂魔法を撃って来ます」
「動けないめぐみんは私が持ち帰って来よう」
「私は今日、宿でゆっくりしようと思います」
「私は一通り街を見て回ったら昨日の教会で懺悔室の手伝いをしてくるわ! 後で遊びに来てね!」
「あぁ。行ってこい」
それぞれ別行動を告げる中でカズマは上の空で空返事していると、スズハがカズマに近づく。
「それじゃあ、カズマさん。案内、お願いします。さすがに初めて来た街を私達だけで歩くのは恐いので」
「お、おう。いや、それよりスズハ。さっきは悪かったな……」
そのあまりにも普段通りの態度に動揺しながらもさっきの件を謝罪する。
「あはは。わたしも混浴で長湯してましたし。カズマさんも言ってたじゃないですか。お互い悪かったって」
「いや、そうだけど……」
腑に落ちない気分になりながらもその疑問を払拭するようにスズハが話す。
「せっかくですから。クリスさんやゆんゆんさんへのお土産も見ていきましょう」
ニコニコとヒナを抱き上げるスズハ。
スズハの態度に違和感を覚えたカズマは首を傾げるが、結局それが何なのか分からずに保留する事にした。
「やっぱり、観光地な上に交易も盛んみたいですから色々と品がありますね」
「そーだなー」
スズハに返事を返しながらカズマは周りを警戒していた。
もちろんアクシズ教徒を、だ。
(ヒナを襲うかもしれない鳥隠しもヤバイが、さすがにこんだけ人の多い街中。それも昨日多く倒したばかりでここら辺は彷徨かないだろ。それに、敵感知スキルなら近づけば判るしな。それより、敵感知スキルに反応しないアクシズ教徒の方が厄介だ)
アクアが聞いたら憤慨ものの内心だが、直接攻撃してこないだけで迷惑を被る存在という点ではモンスターもアクシズ教徒もカズマの中では大差なかった。
現に今も────。
「あ~ら、兄妹でお散歩? 赤ちゃんの面倒まで見て偉いわねぇ。そんなあなた達には是非アクシズ教団に入信してアクア様の御加護を! 大丈夫! この紙に名前を書くだけでアクア様のすんごいパワーでその子が元気に育ってくれるわ」
「い、いえ! 結構ですので! あ、あぁ~! ベビーカーに勝手に物を入れないでください!?」
アクシズ教徒が勝手にヒナの乗るベビーカーに入信特典の石鹸やらチラシやらを入れているのを慌てて返している。
舌打ちしてカズマも物を返す。
「ホントいらないので! 行くぞ、スズハ! 目を合わせるな」
スズハにだけ聞こえるようにボソリと囁くとコクンと頷いて早歩きで離れた。
他にも、スズハと同じくらいの年齢と思われる少年が話しかけてくる。
「久しぶりだな! 俺だよ俺! 小さい頃同じ学校に通ってた! 覚えてるかな?」
知り合いを装って近づいてくる。
「私もこの芸に興味があるの! 良かったらそこの喫茶店で話し合わない?」
などと共通の話題を見つけて近づいてきたり。
「わぁっ!? この凶悪そうな男が僕にカツアゲをー!」
「ふはははっ! 強くてかっこ良いアクシズ教徒なら見逃してやるところだが、ひ弱なエリス教徒は最高のカモだぜー!」
そんな大根芝居を見せられて入信書を押し付けられたりしかけた。
そこでとてつもない爆発音が響いて相手が驚いている内にとっとと逃げた。
「今の、めぐみんさんの爆裂魔法ですよね!?」
「他にないだろ! あいつの傍迷惑の日課も、たまには役に立ったな!」
アクシズ教徒の勧誘から逃げて少し小さな屋台村に出た。
途中で褐色肌の男性が自分達同様悪質な勧誘を受けているのを目撃して頑張ってくれと心のなかで応援したりして走っていた。
近くの屋台で饅頭を買うと、ベンチに腰を落とす。
「昨日、めぐみんさんがすごく疲れた様子だった訳が解りました……」
「俺と合流したときはもっと酷かったからな……」
渇いた笑みを浮かべるスズハにカズマは大きく息を吐いて項垂れる。
「ったく。食い物はうまいし。温泉は気持ちいいし。街も綺麗なのに人間だけがダメじゃねぇか」
カズマの愚痴にスズハは否定しないところを見ると口にしないだけで同意見のようだ。
いっそのことエリス教徒でも騙ろうかと考えたが、証明できるペンダントはないし、それならそれで攻撃的な対応を取られる可能性があるので頭の中で却下した。昨日ダクネスが子供達に石を投げられた感じに。
「アクシズ教徒から逃げてる間に知らない場所に出たな。掲示板の所々に地図があるから帰れないなんてことはなさそうなのが救いだが」
地図を眺めているカズマにスズハが地図の一点を指差す。
「ここの近くに商店街が在るみたいですよ。行ってみませんか?」
辿り着いた商店街は幸いにもアクシズ教徒の勧誘が少ない場所だったらしく、アクセルの街に似た雰囲気の活気があった。
「ここならゆっくり見て回れそうですね」
「ホンットーになっ!」
先程の勧誘にうんざりしていたカズマが心底疲れたように顔をしかめる。
主にここはアルカンレティアの住民が使う商店街なのだろう。観光客は少なく、街の住民が多く行き交っている。
もちろん土産屋のような店もあるが、その数はカズマ達が来た方面に比べて少ないようだ。
「カズマさん。この店に入っても良いですか?」
「はいはい何処へでも」
若干はしゃいでいるスズハに従ってその店に入る。
入ったのは、布地や反物を。他の服飾素材が売っている店だった。
「アクアさんを崇めている街のせいか、青系統の布が多いですね。あ、でも交易も盛んな分、アクセルの街より品質は良いみたいです」
「何か買うのか?」
「そうですね。そろそろ暑くなりますし、生地が薄めの反物を幾つかと、ちょむすけのぬいぐるみを縫う布が欲しくて」
「ちょむすけ?」
いきなり何故ちょむすけのぬいぐるみを作るのか分からずに疑問を表情に出すカズマ。
それにスズハはヒナを撫でて苦笑いを浮かべる。
「この子がすぐにちょむすけにちょっかいをかけるでしょう? だから、ぬいぐるみでも作ればちょっとは大人しくなるかなと思いまして」
「あ~」
納得したようにカズマは天井に視線を向ける。
ヒナはちょむすけが好きでちょっかいをかけるのだがまだ赤子。
足や尻尾を握る。抱きつこうとして押し潰すなどでちょむすけを困らせている。
「最近では耳を噛んだりもしてかわいそうで。変な菌が感染しても怖いですし」
別段アクセルの街でも揃えられるだろうが、旅行ついでの気分転換なのだろう。
「よし! それなら好きなのを買っていいぞ。それくらいなら俺が出してやる!」
「いえ、そんなつもりは……一応デストロイヤーの時に入った報酬がありますし」
非戦闘員とはいえ、デストロイヤー戦で治療などを行ったスズハにも前線に比べて少ないながらも報酬は貰っていた。
散財するタイプでもないため、そのほとんどがまだ手付かずである。
「気にすんな。今朝の詫びってことでな」
今朝の件を思い出してスズハの顔が赤くなり、視線が下へ向いた。
「え、と。それなら、カズマさんに色を選んでもらって良いですか?」
「俺がか?」
「えぇ。お願いします」
イタズラッぽく笑うスズハにカズマはまぁいっか、と反物を眺める。
この世界で着物が流通してない以上、自分で仕立てるしかない。
それなら普通に洋服着れば良いのだが、動きやすいが落ち着かないという。
以前ゆんゆんに買って貰った服もゆんゆんと出掛けるときくらいしか着てない様子だ。
カズマは濃い青色の反物を手に取る。
「ほら。これから暑くなるなら、青とか涼しそうだろ」
特に考えず手に取った反物をスズハに渡すと彼女は嬉しそうにそれを受け取った。
「ありがとうございます。大事に縫いますね」
「他にもなんか欲しい物があったら言えよ。よっぽど高いもんじゃない限りは俺が持ってやる」
一応旅行ということで普段では持ち歩かない額を持ってきてるので問題はない。
(スズハなら変に高い物を買わないだろうしな)
これがアクア辺りならよく分からない珍しい物や高級酒をこれでもかとねだられるのだろうが。
胸を張るカズマにスズハがクスリと笑った。
「太っ腹ですね。ついこの間まで借金が~って泣く泣くアルバイトに行ってたのに」
「おい。嫌なことを思い出させるな。あん時はホントに毎日生きた心地がしなかったんだからな」
借金時代を思い出してげんなりするカズマ。
「でも、本当にこれだけで充分ですよ。お土産とかは自分で買うつもりですし。他の皆さんにもなにか買ってあげたら如何ですか?」
「むしろ、あいつらが俺に何か贈るべきだと思うぞ。あいつらの尻拭いにどんだけ走り回されてると思ってんだ」
普段からアクセルの街で問題を起こしているパーティーメンバーのせいで謝罪に走り回ることも日常になっている。それを知っているスズハもそうですね、と苦笑した。
「そろそろ、アクアが懺悔室やってる教会に行ってみるか? 爆裂魔法を撃ち終わっためぐみんとダクネスも居るかも知れないし」
「そうですね。また勧誘に捕まる前に行きましょうか」
「………………そうだな」
教会に着くまでにアクシズ教徒と出会しませんようにと祈りながら移動しようとする。
そこで、スズハのスキルが反応した。
「カズマさん、ちょっと良いですか」
「どうした? まだ行きたいところでもあるのか?」
「こっちです」
スズハは険しい表情で感覚が捉える方向に足を進める。
少し移動してスズハの口から小さく声が漏れる。
視線の先に居るのは檻の中に捕らえられている蜥蜴だった。
大きさはちょむすけより一回り大きく、可愛らしくデフォルメされた蜥蜴。変なのは、尻尾の先端が燃え盛っている点だ。
檻に入れられて項垂れているそれを店主が大々的に宣伝している。
「さぁさぁ! 見てらっしゃい! これこそが火の精霊、サラマンダーだよぉ! とあるエレメンタルマスターから譲り受けた正真正銘のサラマンダーさっ!」
自信満々にサラマンダーを見世物にする店主。
それを見たカズマの感想はかつて日本でやったゲームのモンスターを連想した。
(ヒト◯ゲじゃん)
精霊は人の意思によってその姿を変えるらしい。もしかしたら前の持ち主は自分達と同じなのかもしれない。
そんなことを思っているとスズハは痛ましそうにサラマンダーを見る。
「あの子、酷く怯えています」
スキルポイントで精霊との意思疏通スキルを上げたスズハにはサラマンダーの不安と怯えを正確に感じ取っていた。
「この檻は特別製でね。契約してない弱い精霊は自然に還ったりするもんだけどこの檻の中でなら飼えるんだ! スゴいだろ!」
店主の説明にサラマンダーは呻くように鳴き声を出す。
サラマンダーの視線がスズハに向くと、助けを求めるように鳴いた。
心配そうにサラマンダーを見るスズハにカズマは檻にかけられた値段を見る。
「150万エリス! たっかっ!?」
「そう、ですよね……」
さすがにそんな大金は持ってきてない。
こちらを見ながらサラマンダーは鳴き続ける。
しかしスズハには買い取る資金はなかった。
「行きましょう、カズマさん」
「いいのかよ?」
「仕方、ありませんよ……かわいそうですけど、まさか力づくで盗るわけにもいきませんし」
未練たっぷりに笑みを浮かべてここを去ろうとするスズハ。
その笑みにカズマは────。
「しょうがねぇなぁっ!!」
「えっ?」
ガリガリと頭を掻いてサラマンダーを紹介している店主に近づいていった。
「おっちゃん! そのサラマンダーを俺に売ってくれ!」
「カズマさん!?」
突然買い取り宣言したカズマに店主は疑いの視線を向ける。
カズマはどうみても駆け出し冒険者にしか見えなかったからだ。
「おいにいちゃん。金はあるのかい?」
「今はない!」
堂々と告げるカズマに店主はやらせと判断して追い払おうとするが、カズマが冒険者カードを見せる。
「俺はアクセルの街で冒険者をしてるサトウカズマだ! アクセルに戻れば150万どころか200万エリスでそのサラマンダーを買い取れる! 後で必ず送金する! なんだったらアクセルの街の冒険者ギルドに問い合わせても構わないぜ!」
疑惑の目を向ける店主だったが、冒険者カードが本物だったことと、カズマがあの手この手で交渉したことで幾つかの契約書を書かされて数十分後に買い取りが認められた。
「ほら。今回だけだぞ」
そう言ってサラマンダーが閉じ込められた檻をスズハに渡す。
「あの……本当に……」
「もう買っちまったからな。これで今朝のことは完全にチャラだぞ。いいな」
「……はい!」
嬉しそうに檻を受け取り、サラマンダーの頭に触れた。
すると、サラマンダーの姿は一瞬消えて次の瞬間檻の上に出現した。
その様子に周りから驚きの声が上がる。
「もしかしてお嬢ちゃん、エレメンタルマスターか?」
「はい。駆け出しですけど」
店主の問いにスズハはサラマンダーを抱きかかえて答える。
「なるほどなぁ。なら、お嬢ちゃんに引き取られて正解だったわけだ」
店主が近づくと敵意たっぷりにサラマンダーが唸り声を上げた。
「はは。こりゃ嫌われたな。当然だが。にいちゃん。金は元値の150万エリスでいい。大事に扱えよ」
カズマの肩を叩いて元の位置に戻っていく店主。きっと彼は商売に誠実なだけで悪い人間ではないのだろう。
「カズマさん。本当に、ありがとうございます」
サマランダーを抱えて頭を下げるスズハにカズマは照れ臭そうに頬を掻いた。
「今度こそ教会に行くぞ。アクアが問題を起こす前にな」
「はい!」
カズマに促されてスズハはベビーカーを引いてその後ろに付いていった。
着々と契約する精霊を増やしていくスズハ。
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