(この抱き枕……すごく気持ちいいです……)
朝の微睡みの中でめぐみんは抱きしめている柔らかな物に力を込める。
「……ん、あ……め……み……」
冬の季節になり、雪が降ってもおかしくない気温の中で温かく、柔らかな弾力のある抱き枕に顔を埋めるのは心地よくて眠気に抗えなくなる。
ただ、何か形が変な気がするのは気のせいだろうか?
こう、山が2つ並んでるような不思議な形。
既視感を感じるその感触にもっと触れていたくて片手で山の1つを鷲掴みにした。
「……や……ちか……よ……」
枕から鼻腔を擽る僅かな甘い匂いや掴んでいる山の饅頭のような感触。
思わず食べてしまいたくなり、その膨らみに思わず歯を立てた。
「いたっ……! 痛いです!? 歯を立てないで下さい! 」
それにしてもさっきから聞こえるこの声は何だろう?
「ん……」
目蓋をあける。
女性らしい胸部が目に入り、視線を上に移すとそこには見知らぬ女の顔がアップで映った。
「目が、覚めました? その……痛いのでそろそろ退いてくれると嬉しいのですが……」
見ると、その女の白い寝巻きの布が重なっている部分はめぐみんの手と頭によってはだけて曝されており、鷲掴みにしているのは女の乳房だった。
「わぁあああああっいたっ!?」
驚いて体をズラすとベッドから落ちて肩をぶつける。
「だ、大丈夫ですか!?」
その女────シラカワスズハも驚いて落ちためぐみんを心配する。
見ると、そのたわわな乳房にはハッキリとめぐみんの歯形が残っていた。それも複数。
それを見て居たたまれなくなるめぐみん。
「すみませんでしたーっ!?」
朝1番に頭を下げた。
「お待たせしました。お早いですね、皆さん」
「おはようさん。馬小屋は寒いからさ。朝一でここに来て少しでも暖を取るんだよ」
既にギルドのテーブルにはカズマとアクアにダクネスが揃っていた。
大人しいめぐみんを見てカズマが目を細める。
「で? スズハにどんな迷惑をかけたんだ? めぐみん」
「おい。私が迷惑をかけた事を前提で話すのは止めてもらおうか」
カズマの質問にめぐみんが目尻を吊り上げて返す。
視線をスズハの方に移すと、彼女は小さく笑みを浮かべた。
「迷惑なんてそんな。宿のお風呂を借りたらすぐに眠ってしまいましたし。強いて言うなら寝惚けためぐみんさんに私の胸を一晩中玩ばれたくらいで」
「スズハーッ!?」
あっさりとカミングアウトされてめぐみんが声を上げた。
『その話、もっと詳しく』
そしてカズマのキリッとした表情と興奮した様子で鼻息を荒くしたダクネスが声をハモらせて続きを促した。
「そんなことは聞かなくていいんです!」
「いや。仲間としてメンバーが起こした問題は把握しておかないと」
「そうだ! だからめぐみんにどのようにして玩ばれたのか詳しく!」
「ねーねー。そんな事よりめぐみん。スズハと一緒に泊まる役を今日は替わってほしいんですけどー。私もちゃんとした部屋とベッドで寝たいし、こういうのは順番だと思うの」
好き勝手言い合う中、ダクネスに詰め寄られて若干頬を染めて話を始める。
「め、めぐみんさんが顔を動かしながら浴衣の衿をずらしてきて。何度も胸に顔を埋めて噛んできて、歯形が残っちゃいました」
『おおーっ!?』
スズハの説明に興奮した様子で声を上げる。
他の冒険者。特に男性も聞き耳を立てていた。
「それで! めぐみんはどんなことをしてしまったんだ!?」
続きを促される中でスズハはニコリと口元に指を当てる。
「ここから先は────秘密です」
『なぁ!?』
カズマとダクネス。そして聞き耳を立てていた男性冒険者達が転けて体勢を崩す。
「さ。朝御飯を頂きましょう」
何事もなかったかのように席に着くスズハ。
ダクネスが惜しそうに声を出す。
「ここでお預けとはやるな、スズハ! カズマ! 私はこの火照りをいったいどうやって鎮めればいいんだ!」
「いや知らねぇよ。ずっと悶えてろよ」
肩を落としたカズマは自分の胸をペタペタと触っているめぐみんを見る。
「どうした、めぐみん?」
「スズハは、16歳なんだそうです……」
「へ?」
てっきりダクネスと同じくらいだと思っていたカズマは
「2歳差。あと2年で私はスズハに匹敵する
落ち込んでいる様子を見せるめぐみんの肩に手を乗せる。
「カズマ……」
「スズハのおっぱいのスゴさについて、詳しく」
めぐみんはカズマの頭に愛用の杖を思いっきり振り落とした。
昨日ジャイアントトードの討伐で僅かばかりの報酬を得た為、久々にまともな朝食を取る。
スズハは猫舌なのか、コップに注がれた野菜スープをふーふー、と冷ましながら少しずつ飲んで今日の予定を訊く。
「今日はどうします? またカエルですか?」
『もうカエルはイヤ!?』
アクアとめぐみんが即座に反対姿勢を見せる。
もう食べられたくないのだろう。
カズマも少し考えてアクアとめぐみんに賛同する。
「あの巨大カエルは報酬が少ないからな。出来ればもう少し実入りのあるクエストを受けたい」
ジャイアントトードを13体討伐しても5人で分ければ1人たったの1万3千エリス。
そんなチンチラしてたら本当に馬小屋で凍死してしまう。
「それでスズハ。お前、どれくらいのモンスターなら倒せるんだ?」
臨時とはいえパーティーの戦力を把握したいカズマはスズハに能力の提示を求める。
しかしスズハは困った表情でコップを置いた。
「すみません。私、戦闘経験はあまりなくて。どれくらいなら倒せるかと訊かれても」
「そうなのか!?」
てっきり、ベテラン冒険者だと思い込んでいたカズマは驚く。
「私が主に引き受けるのは精霊との対話や交渉ですから。それに私はどちらかと言えば直接的な戦闘よりサポートの方が得意ですし」
だからパーティーメンバーを探していたと言う。
それでも他の面子よりは頼り甲斐があると思うカズマ。
そこで思い出したようにスズハが話す。
「1年くらい前に偶然遭遇した初心者殺しを倒したことはありますね。1人で蒸し焼きにして」
「エクスプロージョンッ!!」
めぐみんの放った爆裂魔法が不意を撃たれた一撃熊に直撃し、周りの木々ごと吹き飛ばす。
「はーっはっはっ!! 見ましたか! これが我が奥義! 爆裂魔法の威力です!」
上機嫌な様子でスズハに支えられながらめぐみんが杖を掲げて爆裂魔法を賛美する。
今回カズマ達が受けたクエストは一撃熊の討伐。報酬200万エリスのクエストである。
本来ならそんなヤバそうなクエストはご遠慮願うところだが、1人で初心者殺しを倒したと言うスズハの言葉を信じて受けることにした。
幸い、一撃熊を見つけた時はめぐみんの爆裂魔法を撃つのに良い位置を取れた為にそのまま攻撃させた。
黒焦げになった一撃熊を見てアクアが荷台を引いているダクネスを促す。
「ダクネス! 早くその荷台に一撃熊を移しましょう! そうすれば報酬アップよ!」
素材にして一撃熊を売ろうとするアクアがステップを踏んで倒れたモンスターに近づく。
「おいアクア! まだ倒したか確認してないんだぞ! 迂闊に近づくな!」
「だーい丈夫よ! めぐみんの爆裂魔法が当たったんだからー!」
「アクアの言うとおりです! 爆裂魔法の前には一撃熊程度、問題になりません!」
「なんでお前らそんなフラグ立てるのが好きなんだよ!」
嫌な予感をカズマがしていると、アクアの叫び声が響いた。
見ると、爆裂魔法を喰らった一撃熊がアクアが近づくのに合わせてのそりと立ち上がっている。
「アクアッ!?」
「熊の癖に死んだふりかよ!?」
ダクネスとカズマがアクアを助けようと即座に飛び出して行く。
「
スズハがオレンジ色の蜥蜴姿のサラマンダーを出す。
振り下ろされた一撃熊の攻撃はアクアを突き飛ばしたダクネスに当って吹き飛ばされた。
「くぅ!?」
木に背中をぶつけて声を漏らすダクネス。
そこにショートソードを手にしたカズマが破れかぶれに突っ込む。
「だぁああああああっ!?」
その瞬間、カズマの剣に炎がまとわり付いた。
燃え盛るショートソードを一撃熊の喉元に突き立てる。
「おっ!? わ、わ!?」
急所に燃えている剣が突き刺さって激しく暴れる一撃熊に振り落とされるカズマ。
しかし暴れていた一撃熊はすぐに絶命し、ピクリとも動かなくなった。
「ははっ……! やった……!」
ひきつった笑みで体の震えを抑えるカズマ。
燃えている剣の炎は刀身から離れてオレンジ色の蜥蜴へと姿を変えた。
「間に合いましたね」
冷や汗を拭ってサラマンダーの頭を撫でるスズハ。
「無茶しますね。いくら負傷してても、その剣とカズマさんの腕力じゃ、喉元を狙っても深くは刺さりませんよ?」
めぐみんを背負って言うスズハにカズマは仕方ないだろ、と息を吐く。
「アクア! 勝手に飛び出すなよ! 危ないだろ!」
「うう……ごめんなさい……助けてくれてありがとう……」
余程恐かったのか、泣きべそを掻いてお礼を言うアクア。めぐみんも悔しそうに謝罪する。
「元はと言えば私があのモンスターを倒せなかったのが原因です。すみません。アレだけ大口を叩いておきながら」
しゅん、と落ち込んだ様子を見せるもののすぐに自身を奮起させる。
「ですが、次こそは! もっと爆裂魔法の威力を上げて一撃で灰塵にして見せます!」
「いや、次なんてねぇよ……」
もうこんな背筋の寒くなる思いはごめんである。
そこでダクネスが興奮した様子で近づいてきた。
「あれが一撃熊の攻撃か……中々に効くっ! もう倒してしまったのは惜しい! もう何度かあの攻撃を喰らって……」
「そこは興奮するところでは……」
ダクネスの様子に呆れるスズハ。
その反応にカズマはアレ? と疑問が過る。
あれだけ一撃熊に派手に吹き飛ばされたのだから、もう少し心配そうな反応をしても良さそうな気がする。
何と言うか、ダクネスの耐久力を予め知っているような反応に思えるのだ。
首をかしげているとめぐみんがサラマンダーを見る。
「しかし何ですか、今のは!カズマの剣に炎がまとわりついて! 紅魔族の琴線に激しく刺激されます!」
「精霊は元々魔力の集合体ですからね。人が見える形も私達の思いを汲んで形を成してますから。ああいう風に力を借りることも出来るんですよ」
小さくも誇らしげに説明するスズハ。
カズマもお礼を言おうとすると、ダクネスが耳を澄ませる。
「何か聴こえないか?」
「脅かすなよ。ここら辺には一撃熊以外に彷徨いてるモンスターは居ないって話だろ?」
「いえ、確かに聴こえます。これは……たくさんの獣が走る足音?」
めぐみんが告げると、辺りにカズマ達を囲うように白い狼が集まっていた。
「白狼の群れ!?」
ダクネスが近づいてきたモンスターに声を荒らげる。
白狼達の鋭い爪と牙は5人の男女を標的に定めていた。
とある王宮にて。
「ヒナさん。はいあーん」
「あ、あーん」
アイリスに差し出されたケーキを小さな口にいれて食べるヒナ。
その様子にアイリスは満足そうに息を吐く。
「あー、かわいいです! ヒナさん次は何をお召し上がりに? この苺のケーキやアップルパイもオススメですよ?」
「あ、いえ……あまりお菓子を食べるとお母さまに怒られてしまいますから……」
テーブルの上には選びたい放題に多用な甘味が並べられており、ケーキバイキングかよと少し遠くにいるカズマは呆れていた。
ちなみにたまたま遊びに来ていたアクアもこの場におり、ウマウマと満足そうにケーキを次々と食べている。
カズマも幾つか食べてもう胸焼けしそうだった。
「スズハさんには内緒にしておきますから大丈夫ですよ。さ、どうぞ」
別のケーキを差し出すアイリスに、ヒナはでも……と躊躇っている。
食べたい気持ちはあるが、帰ってきたときにスズハに怒られるのを想像しているようだ。
そこでめぐみんがストップをかける。
「そこまでです。アイリス、あまりヒナを甘やかさないでください」
「そんな! めぐみんさん酷いです! 見てください! ケーキを美味しそうに食べてるヒナさんがこんなに愛らしいんですよ!」
熱弁するアイリスにめぐみんが嘆息する。
スズハとダクネスが依頼を受けて王都を馬車で旅立って3日。こんな光景が毎日続いていた。
以前、スズハにどうしてアイリスに
するとスズハはこう答えた。
『あの人のヒナへの可愛がりかたはペットのそれと一緒。教育に良くないと思うので』
その言葉をこの3日で嫌と言うほど実感した。
与えたい物を際限なく与えようとするアイリスの接し方を、教育に厳しいところのあるスズハには許容できないのだろう。
「めぐみんもスズハに似てきたわねー。食べたい物は食べたいときに食べるものよ? アクシズ教の教義にもあるんだから」
「アクアさん! その通りです!」
「アクアは黙っててください!」
そんなんだからあなたのところの信徒は駄目人間ばかりなんですよ、と言おうとするが、ヒナがアイリスに質問した。
「あの、アイリス姉さま。お母さまはいつ頃おかえりに?」
「そろそろ目的の場所に着く頃だと思いますよ? だからあと3日くらいですかね」
ヒナに後ろから抱きつきながら答えるアイリス。
しかしその回答にめぐみんが、ん? と疑問を口にする。
「ちょっと待ってください。地図ではどう計算しても馬車で飛ばせば1日と少しくらいで着く距離でしょう? なんでそんなに時間がかかるんですか?」
めぐみんの質問に答えずアイリスはただ微笑むだけ。その様子にめぐみんはある考えが過る。
「まさかアイリス。貴女、ヒナと一緒に居たいが為に御車に遠回りするように指示を出した訳じゃないですよね!?」
「そんなまさか。人聞きの悪い。ただ、安全に移動して頂くために危険の少ないルートを選んでゆっくりと移動してもらっているだけです」
「やっているではないですか! どおりで積み込まれている食料が無駄に多いと思ったら!」
そこまでやるか! という顔をするめぐみん。
どうやら血の繋がらない兄の教育により、駄目な方向に成長してしまったようだ。
ヒナの見えないところで舌をチロリと出すアイリスに、めぐみんは頭を抱えた。
「じゃあ、ヒナさん。絵本を読んであげますね。今、王都で人気のある本を揃えてるんですよ」
「アイリス! 話は終わってませんよ!」
ヒナの手を引いて去ろうとするアイリスを追うめぐみん。
何か、嫌な予感がした。
これならば、めぐみんも付いていけば良かったと後悔する。
精霊との話し合いに下手に強力な魔法使いを連れていけば警戒されてしまうとやんわりと断られ、娘を頼みますと言われて残ったが、失敗だったと思う。
これまで、厄介な事件に巻き込まれ続けた冒険者としての勘は当たるのだ。
(スズハ、ダクネス。どうか無事に戻ってきてください)
そう祈ることしか出来なかった。
白狼の群れに襲われ、再びサラマンダーを宿したショートソードを振り回してモンスターを牽制している。
スズハはめぐみんをアクアに預けて白狼の数を少しずつ減らしていた。
(油断しました! カズマさんが敵感知スキルをまだ習得してなかったなんて……!)
だから白狼の接近に気付かなかった。
いつも旅の時はカズマが敵感知スキルで警戒してくれていたから無意識にそれをアテにしてしまっていた。
「
地面に手を付けると、白狼達の足場が動き、体勢を崩させた。
「
そこで
「おらぁ!?」
「ヒール! ヒール! パワードッ!!」
カズマもバランスを崩して倒れた白狼に炎の刃を突き立てて倒し、アクアはめぐみんを背負いながら回復魔法や支援魔法を飛ばして援護していた。
「見てくれカズマッ! 大勢の雄達が私に襲いかかってくる! くっ、や、やめろ~っ!?」
「お前1人だけ余裕だなちくしょーっ!!」
デコイのスキルを使い、ダクネスが白狼に狙われて襲われているが、あの様子ならまだまだ耐えられそうだった。
囲まれていた白狼が半分ほど減った段階でカズマが疲労を見せ始めたが、スズハが告げる。
「皆さん、隙を作るので走ってください! 距離を取って、一網打尽にします!」
「わ、分かったっ! 行くぞみんなぁ!?」
スズハが
しかし白狼とカズマ達ではアクアの支援魔法を受けても速度が違い、すぐにその差は縮まっていく。
「ねぇ! 追い付かれるんですけど! 何とかしてよぉ!」
泣き言を言うアクア。
一直線に並んだ白狼を見て、スズハが別の精霊を呼び出す。
「
雪玉のような精霊が広範囲の冷気を下へと噴出させ、白狼の足を凍りつかせる。
(え? アレまさかっ!?)
その道具に見覚えのあったカズマは目を見開いた。
足を凍りつかされて動けない白狼に向かってその筒────ダイナマイトを投げつけた。
「エクスプロージョンッ!」
投げたダイナマイトは群れている白狼の中心で爆発し、その体を吹き飛ばした。
爆音と共に白狼が潰されて全滅する。
全ての白狼を討伐したことを確認してスズハがふー、と大きく息を吐いた。
「な、なななななな! なんなんですかアレはっ!?」
ダイナマイトの爆発を見ためぐみんが目尻に涙を浮かべて抗議する。
「ここにくる前に護身用として預かってまして。まさか使うことになるなんて……」
「なんでエクスプロージョンなんて叫んだんですか! 認めませんよ! あんなの、精々炸裂魔法程度の威力じゃないですか!! あんな、あんな邪道っ!!」
「アレを渡してくれた人が投げるときにそう叫べと。つい……」
「ちょっと暴れないでよめぐみん!」
アクアの背中で暴れるめぐみん。
爆発を見ていたダクネスが質問する。
「アレは本当に
「なぁ、余ってたらアレ、俺にもくれないか?」
「2人ともっ!? あんなのに頼ったら駄目です!!」
「すみません。今のが最初で最後です」
スズハの返答に肩を落とすカズマ。
そこでアクアが話を変える。
「ねーねー! 一撃熊に白狼の群れよ! これって追加報酬出るのかしら?」
「白狼の群れ全部を討伐した訳ではないから、満額とはいかないだろうが、多少は増えるはずだ」
ダクネスの言葉にアクアが目を輝かせる。
「さ! 早く一撃熊を荷台に乗せて戻りましょう! これで馬小屋生活ともおさらばよ!」
意気揚々とステップを踏みながら一撃熊の所に戻るアクア。
あの切り替えの早さだけは羨ましいとカズマは思う。
『お疲れーっ!』
ギルドまで戻ってきたカズマ達は酒場で祝杯を上げていた。
シュワシュワを一気に飲んで、ぷはーっと息を吐いたカズマはおかわりを頼みながら上機嫌に話す。
「今回は流石にダメかと思ったぜ! でも、その甲斐あってどうにか冬を越せそうだよ!」
今回の報酬で冬が終わるまで宿に泊まれそうな事に安堵するカズマ。
「一撃熊。あんな強敵とまた戦ってみたいものだ。そうして今度こそもっと……んっ!?」
一撃熊の攻撃を思い出して余韻に浸るダクネス。
「今回私は完全に足手まといでしたからね。次までにもっともっと爆裂魔法の威力を上げておかないと」
1人ジュースを飲んで、カエルの唐揚げを食べながらぐぬぬと唸るめぐみん。
「もっと行くわよー! 花鳥風月っ!」
上機嫌に他の客達に宴会芸を披露しているアクア。
そんな仲間を眺めながらスズハはチビチビとシュワシュワを飲んでいると、カズマが話しかける。
「ありがとな。スズハが居なかったら今回のクエストを受けようなんて思わなかったし、受けても全滅してた」
お陰で今日から宿にも泊まれるのだ。スズハには感謝しかない。
だからこそ、何れ自分達の下を去ってしまう事を惜しんでしまう。
「なぁ────」
カズマが何か言おうとすると、アクアが割って入ってきた。
「なーにぃ、スズハ。全然ジョッキの中身減ってないじゃない! ダメよ! 今日はおめでたいんだから、もっと一気にいかなきゃ!」
既に7杯目をおかわりしているアクアに対して、スズハは最初のジョッキの半分も減ってない。
「あはは。お酒はあまり得意じゃなくて。すぐに酔い潰れちゃうんです」
「大丈夫よ! いざとなったらめぐみんに宿まで連れていってもらえば!」
「アクア。あまりそういう勧め方は────」
「それっ!」
ダクネスが止める前にアクアはスズハが手にしているジョッキを無理矢理口の中に注がせる。
「何だ飲めるじゃない! すいませーん! スズハにおかわりをー!」
店員に次のジョッキをお願いしている間にシュワシュワを飲み干したスズハがジョッキを置く。
「美味しいでしょ! シュワシュワの最初の1杯は一気に飲むのが1番────」
「ふにゃ?」
スズハは既に顔を赤くし、目が据わっていた。
「うわ! ホントによわっ!?」
既に3杯目のカズマも平然としているのにスズハは頭をぐらぐらと揺らしていた。
「大丈夫ですか、スズハ?」
「んー?」
心配そうに覗き込んでくるめぐみんにスズハは、意識がはっきりしない様子だった。
「ひな?」
「はい? わっ!?」
知らない名前を口にするとめぐみんの頭を抱き寄せる。
「だいすきよ、ひな……」
「誰ですか、ひなって!?」
めぐみんの頭を抱き寄せながら顔を埋めてくるスズハに戸惑い、突き放すと、反対側に座っていたカズマに頭を預ける形になる。
「すみません、カズマひゃん……」
本当に弱いのだろう。
目蓋を殆んど落としてカズマに体重を預けている。
「あー、何だ。辛いなら眠ってて良いぞ。後で宿まで運んでやるから」
「ふぁい……おことばに甘えて……」
言うと、着物の帯に手をかける。
「って何してんのぉ!?」
「ねるなら、きがえないと……」
律儀に着替えようと着擦れの音をさせて帯を外そうとするスズハ。
帯が緩むと衿が浮いて、隙間からほんのりと赤くなった胸が見えた。
カズマ達の席が店の中心に近い位置だったことと、一撃熊を討伐したことで注目の的だったことからその光景に周りの客達の視線を集める。
その姿が男女問わず魅了するほどに色っぽい。
周りの客達の視線に顔を赤くしためぐみんが止めに入る。
「そこまでです!」
止めためぐみんに客達からブーイングが起こるが、爆裂魔法の餌食にしますよ! と脅すと静まり返った。
「私がスズハを送ろう。めぐみん、案内を頼めるか?」
ダクネスがスズハを持ち上げ、荷物を持っためぐみんと一緒に酒場を出る。
それを見送っていると知己の冒険者が話かけてきた。
「おいカズマ。あの姉ちゃん、今度俺らと交えて飲まね? 奢るからよ」
「断る」
とにかく今はアクアをしばく事にした。
ダクネスがお姫様抱っこで宿まで移動していると、もう眠っているスズハは外の寒さから身じろぎする。
その姿1つ1つが扇情的だった。
「エロいな」
「それ、ダクネスが言いますか?」
特に会話もすることなく歩いているとスズハから寝言が漏れた。
「……ひ、な」
先程も呼んでいた名前。
酔い潰れても呼ぶことから仲の良い友人か姉妹か。
そう思っていると次に発した言葉に2人が目を丸くし、ダクネスはスズハを落としそうになった。
────だめなおかあさまで……ごめんね。
読者さんがこの作品で好きな話は?
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デストロイヤーから裁判まで。
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アルカンレティア編
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番外で書かれた未来の話
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