「ふぅ……」
再び自らの世界へ生を受けることを望んだ魂を送り、エリスは小さく息を吐いた。
最近、あまりにも人口が減り続ける自分の管轄世界。
いつまでも倒されない魔王。
心配事は山程あるが、目下エリスが気にしているのはつい最近自分の管轄世界に送った幼い母娘の事だった。
彼女を信用できる相手に預けてから向こうの世界では僅かな時が経過した。
エリスも正体を隠して時折様子を見に行くと、まるで花が咲いたような笑顔で歓迎してくれる。
あの街で上手く生活しているらしく、見た目の儚さに反して順応力は高かったらしい。
エリスは、白河凉葉がどんな人生を送り、生涯を終えたのか知っている。
エリスは別段、彼女が世界一不幸だったとは思わない。
だが同時に、同情を禁じ得ない程に報われない一生だったとは思う。
立場上、個人に肩入れするのは褒められた事ではないが、一度関わってしまった手前、どうにも気にかけてしまうのだ。
だからこそ彼女は本来の魔王討伐の任を彼女には科さず、ただ幸せになってほしいと願っていた
「本当に頼みますよ。アクア先輩。めぐみんさん。ダクネス。カズマさん」
「で、どうなんだよ? カッズマくーん」
「いや、何がだよ?」
「惚けんなよ。お前らが面倒見てる例の子のことだよ」
「あぁ……スズハか……」
絡んできたダストの質問に納得したようにカズマは頷く。
スズハが来て数週間。彼らの生活にはそれなりに変化をもたらしていた。
「最近、クエストが終わったら酒場にも寄らずにせっせと帰っちまうし。なんだ? あの子がそんなに恋しいのか~?」
からかってくるダストを煩わしげに眉をしかめた。
しかしすぐにふっ、と鼻で笑い、自慢げな顔になった。
「あー恋しいね。だってスズハが夕飯用意して待っててくれてるからな!」
「あん?」
「クエストから屋敷に帰ると毎日スズハが夕食作ってくれてるんだよ。いつもは適当に済ませるか酒場で飲み食いしてたけど、家庭の味っつうの? 毎日食うなら酒場よりあっちの方がいいな」
別段スズハの料理の腕が一流料理人とかではなく、思い起こさせるのはかつて日本で当たり前であった母の作った料理。
あの時は有り難みなどまったく感じなかったそれが、今は恋しく思える。スズハの料理にはそれを思い出させてくれるものだった。
何より、酒場に寄らず自炊していることで節約になっていることも地味に助かっていた。
「それに、いつも弁当を用意してくれてな! 炊事、洗濯、掃除も率先してやってくれるお陰で屋敷の中も綺麗になってんだよなぁ」
当然カズマたちも掃除などはしていたが、自分とみんなが使うスペースのみで、他はほとんど手を付けていなかった。
洗濯も洗濯機のないこの世界で洗濯桶と板を使いこなしている。
ヒナの世話をしながら、だ。
その家事
「最近じゃ内職まで始めて、何時寝てんだよって感じだな」
ちなみにアクアに肩を揉まされてたり、めぐみんの日課である爆裂魔法を撃って動けなくなっためぐみんを運んで帰ってきたり、ダクネスやカズマの用事に嫌な顔1つせずに付き合ったりしている。
などと得意気に話していると羨ましそうにするどころかドン引きしたように1歩距離を取られた。
「どうした?」
「いや、あんな子供をそこまで扱き使うお前らに引いたわ。つうか内職って。んなメイドさんみたいなことさせてんならお前らが金を払ってやれよ」
「ぐぅ!?」
ダストが珍しく。そして痛いところを突いてきてカズマの顔が歪んだ。
「お、俺らだってそれくらいはしてやりたいと思ってんだよ! でも借金が……それに俺たちだってクエストがない日や早く終われば休ませてんだぞ!」
歳が近いことや、妹がいるらしいめぐみんは積極的に子守りを請け負っているし、重たい物はダクネスに運ばせている。
アクアやカズマもスズハの仕事を引き継ぐことも多い。
何もしていない訳ではないのだ。ただ、比率的にスズハの負担が大きいのは否定できない。
精々渡しているのは食費などの生活費とちょっとした小遣い程度だ。
不甲斐ないとは思うし、ついこの間、パーティー内で給金を渡した方がいいという話も出た。1名を除いて賛成だったが、結局は借金返済が優先となり後回しになってしまった。
ちなみに、この会話が原因かは不明だが、何故かアクセルの街で、サトウカズマに対する以下の不穏な噂が流れる事になる。
・いたいけな少女を奴隷の如く扱き使っている。
・サトウカズマは屋敷に住まわせる代わりに夜な夜なスズハにいかがわしい行為を強要している。
・スズハが抱えている子供はカズマとの子であり、責任を取らせるためにアクセルまで追いかけてきた。
・スズハが内職を始めたのはカズマの借金返済を手伝わされているため。(これについては後に原因判明)
などという歪になって噂が広まり、カズマの通り名にロリマなどと不名誉な名が追加されて頭を悩ませる事態になるのはもう少し後の話。
「さて洗濯物も取り込みましたし、皆さんが戻ってくる前に夕食の支度を済ませないと」
綺麗に持ち主に分けて折り畳まれた衣類に満足しながら額の汗を拭って立ち上がる。
「昨日、お肉屋さんから良い羊の肉を貰いましたからそれを使って。それからキャベツと汁物は……うーん、やっぱりお味噌が無いのは痛いですね。お米はあるのに」
指を折りながら献立を立てる。
そうしていると、突然屋敷の外から大きな声が響いてきた。
「めぐみーん!! 居るんでしょ! 私と勝負しなさーい!!」
「はい?」
突然聞き慣れない声がめぐみんの名を呼ぶのに戸惑うスズハ。
もしかしたらめぐみんの知り合いだろうかと考える。
しかし、カズマたちに、知っている人以外は応対しなくていい。むしろ事が起きたらマズイから居留守を決め込めと言われている。
なのでこのまま無視すべきなのだろうが。
「ねぇ! めぐみんいるんでしょー! 返事してよー! ねえったらー!! 留守なの! ねぇー」
大きな声でめぐみんを呼び続ける見知らぬ声。というか、最後の方は涙声になっている。
カーテンの隙間から玄関の外を見る。
(あれ?)
そこには黒い髪と特徴的な紅い瞳に涙を溜めている発育の良い少女がいた。
もしかしたらと思い、玄関を開けることにした。
「申し訳ありません。めぐみんさんは所用で留守にしております」
現れたスズハに少女は目をパチクリとさせて呆けた。
「どうぞ」
「ひゃい!」
出された紅茶とカップケーキに年上だというのに情けない声をあげてしまう。
そんな彼女の名はゆんゆん。
めぐみんとは同郷のライバル(本人談)である。
リビングに通してくれたのは見たことのない民族衣装の上にエプロンをかけた10歳くらいの少女。
スズハと自己紹介された少女は立ったままソファーに座るゆんゆんに話しかける。
「めぐみんさんはもう少ししたら戻ってくると思いますので」
「いえ! それより、突然やって来てごめんなさい!」
今思えば屋敷の前で大声を張り上げていた自分を想像して赤面する。
もしスズハが応対しなければ、それがずっと続き、帰って来ためぐみんに見られて盛大にからかわれるところだった。
ゆんゆんがこのアクセルまでやって来たのはめぐみんを心配してのことだ。
魔王幹部がアクセルの街を襲撃、討伐という
アクセルで活動しているめぐみんの無事を確認するために王都からやって来たのだ。
もっともゆんゆん本人はライバルとして勝負を挑みに来たと口にしているが。
「もし良かったらお夕飯も食べていきますか? 御用意しますが?」
「えぇ!? そんな悪いよ!」
「気にしないで下さい。1人分増えても手間は変わりませんし、遠くからやって来たのならめぐみんさんと積もるお話もお有りでしょう?」
「うう」
なんだかスズハのペースに乗せられていることに戸惑うゆんゆん。
そこでリビングに赤ん坊の声が聞こえてきた。
「あ、すみません! 少し外します! どうしたのヒナ~!」
パタパタと開かれた奥の部屋に引っ込んで行くスズハ。
なんとなくゆんゆんも続くとベビーベッドで寝ていた赤ん坊の世話を始めるスズハがいた。
「おもらししちゃったのね。今オムツ替えるからねー」
などと慣れた様子で赤子のオムツを替えていく。
それを見ていたゆんゆんが疑問を口にした。
「貴女、ご両親は?」
ゆんゆんの質問にスズハは困ったように笑う。
「もう会えないところに……もうわたしの家族はヒナだけです」
躊躇いがちに言うスズハにゆんゆんは衝撃を受け、想像を掻き立てる。
(も、もしかしてご両親はもう……それでまだ幼い妹さんの面倒を1人で! なんて良い子なの!)
実際には娘なのだが。スズハ自身の子供だとこの時点で知らずに驚きが小さく済んだことが良かったのか悪かったのか。
感動したゆんゆんが勢いのまま申し出る。
「夕御飯は私が作るわ!」
「はい?」
オムツを替え終わったスズハが戸惑う。
「これでも料理の腕には自信があるの! だからスズハはその子の面倒を見てあげてて!」
「いえ。お客様にそんなことをさせるわけには……」
「大丈夫! 故郷ではめぐみんにも好評だったし!」
「ですから────」
そこから2人は夕飯を自分で作ると言い合う。
しかしすぐに妥協案でまとまった。
「なら、2人で作りましょうか。その方が時間的に早く済みますし」
「そ、そうね……」
ゆんゆんもその案を受け入れる。そしてちょっとしたお願いをした。
「えーと、その子を少し抱っこしてみてもいいかな?」
「はい。たぶん大丈夫だと思います」
控え目なお願いにスズハは了承する。
ゆんゆんはスズハに教わりながら丁重にヒナを抱き上げた。
「わぁ、かわいい……」
抱き上げたヒナに頬を緩めるゆんゆん。特に抵抗しないヒナにスズハは驚く。
「この子、わたし以外に触れられるのってあまり好きじゃないみたいで。初めて抱っこするとイヤがったり泣いたりしちゃうんです。抵抗しないですんなりと抱っこされるの、初めて見ました」
「そ、そうなの?」
「はい。きっと分かってるんですね。優しい人だって」
良く面倒を見ているめぐみんですらようやくヒナが慣れてきたところだった。
ちなみにアクアとカズマが抱き上げると速攻で泣き出す。
ダクネスは抱き上げるのが怖いと断っている。
こうして少しの間、ヒナはゆんゆんの腕の中に収まっていた。
「なんでゆんゆんがここに居るんですか?」
「お帰りなさい、皆さん。今日のお夕飯はゆんゆんさんとの合作なんですよ」
クエストから帰って来たカズマたちは1人増えていることに驚いていた。
どうやらめぐみんの知り合いらしいことは理解したが他人を招いていることをカズマが軽く咎める。
「知らない人を無用心に入れたらダメだって教えただろ」
「すみません。屋敷の前で泣きそうでしたのでつい。めぐみんさんのお知り合いのようでしたし」
「わー! 言わないでぇ! それ言わないでぇ!!」
泣きそう、という部分を指摘されてゆんゆんが顔を真っ赤にしてしーっと口元に人差し指を当てる。
しかし口に出した言葉は無くならず、めぐみんの口がニヤリと歪む。
「なんですか? そんなに私に会いたかったのですか? 相変わらずゆんゆんは友達が出来てないようですね。挙げ句の果てにストーカーとは……同郷の者として恥ずかしい限りです」
「ストーカーじゃないよ!? 私ライバル! めぐみんのライバルだから!」
泣きそうな顔でめぐみんの肩を揺さぶるゆんゆん。
アクアは並べられた食卓のラム肉に目を輝かせていた。
「美味しそうなお肉じゃない! これはもう、高級シュワシュワを開けるしかないわ!」
「アクア。飲むのはいいが、程々にな。先日のように泥酔してヒナの上に倒れそうになったら目も当てられないぞ。あの時はカズマが受け止めたから良かったが」
「わ、分かってるわよ!!」
「おいめぐみん! いつまでもその子をからかってないで座れよ! モタモタしてっとお前の分を食っちまうぞ!」
「やめてください! もしそんなことをしたら、爆裂魔法でカズマを吹き飛ばしますよ!」
「吹き飛ぶで済むか! おまっ、屋敷ごと消し炭になるわ! そういう脅しはやめてください本当に!」
食卓を中心にワイワイと明るい声が広がる。
「ゆんゆんさん、座りましょう」
「う、うん……」
スズハに促されてゆんゆんも躊躇いがちに席に着いた。
そして各人それぞれ手を合わせてスズハとカズマの故郷で行われる食事前の挨拶が重なって聞こえた。
『いただきます!』
この後に、定期的にゆんゆんが屋敷に訪れてスズハの手伝いや食事に訪れる姿が確認されている。
ゆんゆんが友人枠にログインしました。デストロイヤー戦も参戦予定。
というか、屋敷に住んだ後から原作始めると作者が書きたい序盤のイベントがほとんど終わってるって2話投稿して気づいた。ors。
最初はクリスと一緒に暮らしつつカズマたちと関わる感じにすれば良かった。
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序盤
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デストロイヤーから裁判まで。
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アルカンレティア編
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紅魔の里編
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王都編
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ウォルバク編
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番外で書かれた未来の話
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その他