この小さな母娘に幸福を!   作:赤いUFO

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今回で何とか終わらそうとしたら1万5千文字越えした。

顛末には賛否があると思いますが、寛大な心で読んで頂けると助かります。


番外編3:前払い(5)

 スズハの暴露に、アクセルの女性冒険者達はスカートを押さえて軽蔑の視線を魔王軍幹部であるベルディアへと向ける。

 兜で隠された顔からはどのような表情をしているのか不明だが、発せられた声からは明らかな動揺が聞き取れた。

 

「だだだだだだだだ誰だっ!? そんな事を言っているのはっ!」

 

「被害に遭われたご本人ですが? 毎日会う度にスカートの中を覗かれて迷惑していたと」

 

「アイツかぁああああああっ!?」

 

 咆哮のようなベルディアの叫びがアクセルの正門前に響く。

 その頃、何故かアクセルの街の売れない魔道具店の店主がくしゃみをしていたとか何とか。

 

「あ、いや待て! 女冒険者共よ! そんな眼でこっちを見るな! 誰これ構わずやっていた訳じゃないぞ! 俺がそういうことをしていたのはアイツ1人だけで────

 

 弁明を始めるベルディアに女性冒険者達から非難の声が飛ぶ。

 

「やってたんじゃない! サイテー!!」

 

「デュラハンなのはともかく、性格はまともだと思ってたのに!」

 

「何が生前は真っ当な騎士よ! セクハラで処刑されたんじゃないのっ!」

 

『か・え・れ! か・え・れ! か・え・れ! か・え・れ! か・え・れ!』

 

 女性冒険者達の帰れコール。

 それを受けて鎧を着ているデュラハンの体がぷるぷると震え出した。

 

「喧しいわっ!! 貴様ら状況が分かってるのか! 俺がその気になれば、この街の人間を皆殺しにする事も出来るのだぞっ!」

 

「うわっ! 過去の犯罪を暴露されたからって、癇癪で皆殺しにするぞって脅すとか信じられない! 騎士の風上にも置けないわね!」

 

 言葉を出せば出すほど言葉のカウンターを喰らうベルディア。

 アクアがそこで前に出た。

 

「アンデットの癖に生意気よ! この街の人達の命と、女の子のスカートの中はこの私が守るわ! ターンアンデット!」

 

 アクアの魔法でベルディアの周辺に魔法陣と光が生まれ、アンデットを成仏させる魔法の直撃を喰らう。

 

「ひゃあぁあああああああっ!?」

 

 成仏とは至らずとも効いたのか、地面を転がり出すベルディア。

 アクアの浄化を受けても消え去らないのは、流石魔王軍幹部と言うところか。

 

「なんてことなの! 私の魔法が効いてないわ!」

 

「いや、効いてるんじゃないか? ひゃああ、とか言ってたし」

 

 立ち上がったベルディアがふ、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「か、駆け出しのプリーストにしてはや、やるな! しかしこの程度で────」

 

「セイクリッド・ターンアンデット!」

 

 先程のターンアンデットより強い聖なる光が再びベルディアを襲う。

 

「ぎゃあぁあああああああっ!?」

 

 さらに激しく地面をのたうち回るベルディア。

 

「や、やっぱり効いてないんじゃ……!?」

 

「いや、効いてる効いてる。だってぎゃああああああって言ってたし」

 

 だが流石は魔王軍幹部。成仏とまでは逝かないらしい。

 立ち上がったベルディアが忌々しそうに舌打ちした。

 

「爆裂魔法といい、なんなのだこいつらはっ! この街は駆け出しが集う街じゃなかったのか!」

 

 攻撃力だけなら最強の爆裂魔法を使うアークウィザードに、ベルディアの呪いを解除するだけでなく大ダメージを与えるほどのターンアンデットを使えるアークプリースト。

 彼が舌打ちしたくなるのも無理はないだろう。

 ベルディアが背後に控えていた部下達に指示を出す。

 

「アンデットナイト達よ! この街の連中に地獄を見せてやれ! 皆殺しにしろ!!」

 

「あー! アイツ、アクアの魔法が意外にも効いたんでビビったんだぜ?」

 

「ち、違うわい! 最初からボスが戦ってどうする! 魔王軍幹部がそんなヘタレな訳がないだろう! 配下から戦わせるのは古来よりの伝統……ん?」

 

 動き出したアンデットナイト達。

 しかし、それは街の中でも冒険者達でもなく、1人のアークプリースト目掛けて求愛でもするようにアクアへと走っていく。

 

「なんでよー! なんで私ばっかり狙われるの!? 私女神なのに! 普段の行いだって良い筈なのにぃ!」

 

 半ベソを掻いてアンデットナイト達に追いかけ回されるアクア。

 それを見ながらスズハが呟く。

 

「こういうの、何て言うんでしたっけ? えーと……モテ期?」

 

「こんなモテ期はイヤだ」

 

 暢気にそんなことを言っていると、アクアがカズマ目掛けて走ってきた。

 しかしスズハは地面を見ながらボソリと呟く。

 

「そろそろ良いかな? 土精霊(ノーム)……」

 

 アンデットナイトを引き連れてこっちに向かってくるアクアに、カズマが顔を青くして拒否する。

 

「バカ! こっち来んな!?」

 

「カズマさーん!? 何とかしてよー! こいつら! ターンアンデットが効かないの!」

 

「アクアさん! こっちです! こっちにそのアンデット達を誘導してください!」

 

「スズハッ!」

 

 スズハが走りだし、アクアも反射的にその声に従いスズハの後を追う。

 

「何をするつもりかは知らんが! 俺の部下をそう簡単に倒せると思うな!」

 

 少しずつスズハとアクアの距離が近づき、スズハが叫ぶ。

 

「お願い! 土精霊(ノーム)!」

 

 スズハが振り返り、地面を強く踏む動作をするとそこから急激に地割れが発生し、アンデットナイト達を落としていく。

 

「いやぁあああああああっあぶっ!?」

 

 アクアも巻き込まれそうになるが、スズハが手首を掴んで引っ張り上げる。

 アンデットナイト達が地割れに落ちたのを確認すると、今度は元に戻ろうと地割れした地面が動き、落ちたアンデット達を圧し潰していく。

 断末魔の声を上げながら次々と圧し潰されていくアンデットナイト達。その光景にアンデット嫌いのアクアも顔を青くする。

 

「ス、スズハさん。アンデット相手とはいえ、流石にこの(たお)し方は私もドン引きなんですけど……」

 

「……落とし穴にアクアさんごと落として、全員を成仏させ終えるまで閉じ込める無限ターンアンデット作戦も考えてたんですけど。そちらの方がお好みでした?」

 

「一網打尽なんて素晴らしい作戦だったわスズハ! ご褒美に今晩はシュワシュワを奢ってあげるわね!」

 

 別作戦を聞いて泣き笑いで態度を変えるアクア。

 彼女をむやみに怒らせてはいけないと、その場を見ていた全員が確信する。

 自分の配下が地面に圧死させられるのを見て、ベルディアが震えた手でスズハを指差す。

 

「お、おおおおおおお前は悪魔か! いくらモンスターとはいえあんな倒し方があるか!? 鬼畜過ぎるぞ!!」

 

「街の住民を皆殺し……とまで言われれば、こちらも手段を選んでは要られないので。ここで退いてくれれば嬉しいのですが……」

 

 

「馬鹿を言うな。部下をあのような方法で倒せる貴様をみすみす放って置ける訳もあるまい! ここからは俺が相手をしよう。言っておくが、この俺にあのような小細工が通用すると思うなよ?」

 

 大剣をスズハに向ける。

 

「いくぞ! 異国の精霊使いよ!」

 

 全身鎧に身の丈程の大剣。そして左手に自身の首を持っているとは思えない速度でスズハへと向かってくるベルディア。

 アクアを突き飛ばして、別の風精霊(シルフ)で大剣を受け流そうとする前に金の髪が割って入る。

 

「ダクネスさん!」

 

「下がれスズハ! こいつは、私が抑える!」

 

 振り下ろされたベルディアの大剣を、自分の剣で受け止めて拮抗するダクネス。

 

「でぇえええいっ!?」

 

 むしろ、気合いと共にベルディアを押し退けた。

 

「やるな! クルセイダーの娘よ!」

 

火精霊(サラマンダー)!」

 

 スズハが火の精霊を呼び出すと、一撃熊と白狼を討伐したときにカズマのショートソードにしたように、ダクネスの剣に炎を纏わせる。

 

「ありがとうスズハ! この剣で必ずベルディアを倒す! はぁああああああっ!!」

 

「来いっ!」

 

 気合いと共にベルディアへと向かうダクネス。

 それを受けるために構えを取るベルディア。

 2人が交差し、周囲の岩が切り裂かれ、撒き散らされた炎が草を燃やす。

 しかし────。

 

「は?」

 

 疑問の声を出したのはベルディアだった。

 止まっていたベルディアの体に、ダクネスの剣はかすりもしなかったからだ。

 仲間のサポートを受けて、必ず倒すとカッコ良く宣言して、止まっている敵に当たりもしない。

 ダクネスだけでなくカズマも居たたまれない気持ちになる。

 そこから他の冒険者達もベルディアへと向かう。

 

「魔王軍幹部っつっても1人だ! 囲めぇ!」

 

 4人の前衛職冒険者が向かう。

 ベルディアは自分の頭を空中に投げる。

 すると、全体を見渡すように空中で静止した。

 嫌な予感がしてカズマが叫ぶ! 

 

「やめろ! 行くなっ!」

 

 その忠告は届かずに、それぞれの獲物を持った冒険者がベルディアに襲いかかるが、軽々と回避しながらも一瞬で斬り伏せた。

 4人目を助けようとスズハが風精霊(シルフ)の力を借りるが、生み出した風の刃を物ともせずに大剣で斬る。

 

「どうした? これで終わりか? 何を怖じ気づいている? 俺を倒し、一攫千金を狙う、そんな猛者はいないのか? それこそが冒険者の夢だろう?」

 

 あっさりと冒険者数名を殺害したその動きに冒険者達が後退る。

 しかし、ダクネスだけはなおもベルディアに突進する。

 

火精霊(サラマンダー)! 水精霊(ウンディーネ)!」

 

 ダクネスの剣から離れた火精霊(サラマンダー)が口から炎を吐いて攻撃するが、鎧によって阻まれて大したダメージにはならない。

 続いて上空から水精霊(ウンディーネ)が水の鞭で攻撃する。

 すると、ダクネスを無視して回避に専念した

 その様子にカズマは、ん? と疑問を覚える。

 風と火。2つの精霊の力は大して効かなかったのに、どうして水だけ避けたのか。

 確かめる為に、カズマはダクネスの相手をしているベルディアに魔法を使う。

 

「クリエイト・ウォーター!」

 

 ダクネスごとベルディアにクリエイト・ウォーターを喰らわせようとするが、水を被ったのはダクネスだけで、ベルディアは大きく後ろに避ける。

 その行動にカズマは確信した。

 

「カ、カズマ……攻撃は当たらないが、私はこれでも真面目に戦っているつもりなんだぞ。それなのにいきなり水責めとは……んっ……!」

 

「興奮してんじゃねぇよこのドM騎士! 皆、見ての通りだ! アイツは水が弱点だぞ! 援護頼む!」

 

 カズマが後ろに控えていた魔法使い職の者達に頼む。

 

「ナイス発見ね! あの変態デュラハンに目に物見せてやるわ!」

 

「変態死すべき慈悲はない!」

 

 魔法使い職の女性冒険者達が率先して水魔法をベルディアに放ち、教会から聖水を貰ってきていた冒険者達もそれを投げつける。

 その間にカズマがスズハとめぐみんを呼んだ! 

 

「スズハ! めぐみん!」

 

 近づいてきた2人にカズマが即興で考えた作戦を伝える。

 確認するためにスズハに訊く。

 

「出来るか?」

 

「……5秒ほど頂ければたぶん……いえ、必ず!」

 

「良し! 頼んだぞ! めぐみん、タイミングをミスって俺たちごと撃つなよ!」

 

 言うと、カズマが冒険者達が水魔法や聖水でベルディアの注意を逸らしている間に走って近づく。

 

「ダクネス! そいつにしがみついて抑えろ!」

 

「カズマ! 騎士である私がモンスターにしがみつくなど……」

 

「変なプライド見せんな! いいからやれぇ!!」

 

「のわっ!?」

 

 そのままベルディアと向かい合っていたダクネスの背中に、カズマが全力のドロップキックを喰らわせて無理矢理組み付かせる。

 

「くっ! 男女平等とは言っていたが、仲間相手に躊躇うことなく全力でドロップキックを喰らわせて来るとは! 流石は私の見込んだ男だ!」

 

「お前はあの男のどこを見込んだんだ!?」

 

 しっかりと組み付いているダクネスにベルディアが困惑気味に叫ぶ。

 その間にカズマもベルディアが剣を握っている右腕にしがみついた。

 

「何のつもりだ! それで俺の動きを封じたつもりか! 貴様ごとき小僧、すぐにでも────」

 

「なぁ……アンデットが魔力を吸われるって、結構ヤバイんじゃないのか? 新スキル! ドレインタッチ!」

 

 ウィズから教わったドレインタッチでベルディアの魔力を吸い始めた。

 

「ドレインタッチだと! 貴様、そんなアンデットのスキルを誰に! いや、あの女か! 俺の日課の事といい! 何を余計な事をしてくれるかアイツはぁ!!」

 

 誰かに向かって文句を叫ぶベルディア。

 しかし、ベルディアから魔力を吸い取っても先にカズマの容量(キャパシティ)に限界が来る。

 強いて言うなら、蚊が人間の血を全て吸えるかという問題である。

 顔が青くなってきたカズマの体を振り払い、腰にしがみついているダクネスを蹴り飛ばして距離を取らせる。

 呻き声を上げて地面を転がる2人。

 

「ドレインタッチとは恐れ入ったが、レベルに差がありすぎたな。貴様ごときに俺の魔力を吸い尽くす事などできんわ!」

 

「知ってるよ、それくらい……」

 

 この世界に来て自分がどれだけ凡人か嫌というほど体験した。

 多少胸が張れるのは幸運と小賢しい頭のみ

 大物モンスターや賞金首。ましてや魔王を倒す勇者には程遠い。

 だから、その役目は彼以外が負えばいいのだ。

 

「スズハ!」

 

「はい!」

 

 合図と共にスズハが手を地面に付けると、カズマとダクネスがその場から消えた。

 スズハが土精霊(ノーム)で作った即興の落とし穴。

 その中に2人を避難させる。

 

「どういうつもり────」

 

「めぐみんさん! 今です!」

 

 ベルディアが疑問を口にし終わる前にスズハが合図を出す。すると、赤と黒の魔力が1人の少女へと集まり出す。

 威力は高いが燃費が悪く、その魔法の使い手である彼女の同族からすらもネタ魔法扱い。

 それでも、ただひたすらにその爆裂魔法を極めんと邁進する少女。

 いつかこの魔法があらゆる敵を一撃で葬り去る、文字通り"必殺"の名を冠するのに相応しくなるように。少女は1日に1回しか使えないその魔法を放った。

 

「エクスプロージョンッ!!」

 

 ベルディアを目掛けて大爆発が起こる。

 めぐみんも落とし穴に落ちたカズマとダクネスを巻き込まないように範囲を絞り、なるべくベルディアのみに威力が集中するように撃った。

 それでも爆裂魔法。

 地面を容赦なく抉り、空へと向かい爆炎が立ち昇る。

 

「のわぁああああああああっ!?」

 

 しかし、ベルディアとて魔王軍幹部。

 瞬時に動き、直撃を避けるも爆発に巻き込まれる形で正門まで吹き飛んだ。

 

「クソ! あの頭のおかしい爆裂娘め! 下手をすれば仲間は生き埋めだぞ!?」

 

 マントは焼け焦げ、自慢の漆黒の鎧は形が変形している。

 しかし、まだベルディアを倒すところまでは届いていない。

 駆け出しの冒険者達などこの身1つあれば────。

 鎧の金属音と共に立ち上がろうとする。

 だが、まだ最後の攻撃が迫ってきていた。

 見たことのない異国の民族衣装。

 この戦いで部下を屠り、自分を手こずらせた精霊使いの少女。

 水の精霊を傍に控えさせたまま、ベルディアの所へと走ってくる。

 

水精霊(ウンディーネ)! (つるぎ)にっ!」

 

 女の姿だった水の精霊は人が持つサイズを遥かに超えた剣へと姿を変える。

 まだ10メートル以上離れたベルディアまで余裕で届くほどの大剣。

 

「でぇええええいっ!!」

 

 それが城壁を破壊しながら横薙ぎへと振るわれ、ベルディアの体を通過し、トドメとばかりに上からも振り下ろした。

 アクセルの街の正門が十字に斬られて音を立てて崩れ落ちる。

 魔力のほとんどを使い果たしたスズハは、その場で苦しそうに胸を押さえて膝をつく。

 

「はっ……はっ……はぁ……っ!?」

 

 出せる力は全て出し尽くした。

 これでも倒せないならもうスズハに打つ手は────。

 

 ベルディアから大きな溜め息が漏れた。

 

「まさかこの俺が、こんな駆け出しの連中にやられるとはな……」

 

 ベルディアから見てスズハの最後の2振りは不満の一言だった。

 鉄ではなく水で強引に作られた剣。

 使い手の振り方など、堕ちたとはいえ騎士であるベルディアからすれば素人丸出しの拙い動作。

 そもそも、攻撃が届く前に剣を投げつけでもすればこのような結果にはならなかったのだ。

 それでもそうしなかったのは、自分に向かってくる少女を見たから。

 長い黒髪を振り乱し、漆黒の瞳が自分を捉えていた。

 全てを出し尽くそうと動いたその姿を見た一瞬、その姿を美しいと感じて、その命を摘み取るのを躊躇してしまった。ただそれだけの事。

 

「まぁ、あの迷惑極まりない爆裂娘の魔法や頭のおかしいプリーストに浄化されるよりはマシか……異国の娘よ。存外に楽しめたぞ……」

 

 その言葉を最後に、ベルディアは黒い霧となって鎧も剣も跡形もなく消え去った。

 

「やった、の……?」

 

 信じられないという風に冒険者の1人が呟くが、紛れもなくアクセルの街の冒険者が魔王軍幹部を討伐したのだ。

 歓声が上がろうとしたとき、動けないスズハに近づく影があった。

 

「スズハッ!?」

 

 それはベルディアが乗っていた馬のアンデットだった。

 主人を倒された怒りからか。その蹄でスズハを踏み潰そうと。

 

「セイクリッド・ターンアンデット!」

 

 しかし、アクアの放った浄化魔法で問答無用に退場させられた。

 

「あの変態デュラハンに殺された人達を生き返らせるのに手間取ったのと、めぐみんの爆裂魔法の余波で吹き飛ばされちゃったせいで、美味しいところはスズハに取られちゃったけど、最後の締めはこのアクア様が頂いたわ!」

 

 自信満々に胸を張るアクア。

 その姿にスズハも力なく笑う。

 今度こそ魔王軍の驚異が消え去った事を知り、冒険者達の歓声が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルディアを倒した熱気が止まぬ間に、ギルドの酒場では冒険者達が宴会を繰り広げていた。

 今回の緊急クエストであるベルディア討伐の褒賞金が相当な額になることを見込んで、冒険者達は手持ちの金を散財している。

 参加しなかった冒険者はおこぼれにあやかろうと奢らせるために集まったり。

 とにかくギルドの酒場は盛況していた。

 

 

 

 

 

 

 

「あー! カズマ! そのシュワシュワは私のです!」

 

「お子様にはまだ早い! 酒を飲みたかったら、背丈とついでに胸を大きくして出直してこい!」

 

「おい。背丈はともかく胸が何の関係があるのか聞こうじゃないか」

 

 めぐみんが飲もうとしていたシュワシュワを奪い取って飲み干すカズマ。

 それを悔しそうに眺めているめぐみんにダクネスがフォローする。

 

「まぁ、小さい頃から飲むと頭がパーになると言うし。慣れない酒を飲んであぁはなりたくないだろう? めぐみん」

 

 自分達が最初に座っていた席を指差す。

 そこには頬を赤くし、ボーッとした表情で座っているスズハがいた。

 前回ジョッキのシュワシュワを飲んで眠ってしまったスズハ。

 今回は小さなグラス1杯だけ飲んでいたのだが、飲み終えるとあぁして動かなくなっている。

 意識ははっきりしているし、受け答えもしっかりしているが、どうやら怠いらしくて反応が緩慢になっていた。

 今は頼んだ水を飲みながら、たまにサラダや串焼き等をつまんでいる。

 

「本当に酒弱いんだな……今回のMVPなのに……」

 

 最初は他の女性冒険者を中心にパーティーに誘われたり、色々と質問されていたスズハだが、あの状態になってからは誰も話しかけてこない。

 カズマ達の目を盗んでセクハラしようとした男性冒険者もいたが、女性冒険者達に簀巻きにされてギルドから追い出された。

 そんなスズハだが、水を2杯程飲み終えた頃に席から立ち上がる。その表情は大分素面に戻ってきた。

 

「ちょっと風に当たって酔いを醒ましてきます……」

 

「大丈夫ですか? ついていきますよ」

 

「あーいえ。少し1人になりたいので……」

 

 めぐみんの申し出をやんわりと拒否するスズハ。

 ギルドの建物から出て、狭い路地に入る。

 

 ようやく見つけた探し物にスズハは息を吐いた。

 

「やっと見つけましたよ。いえ……出てきてくれましたね、と言う方が正解ですね」

 

 その存在の姿はとても奇妙だった。

 大きさは人の顔ほどの2頭身。

 ステッキを持ち、タキシードを着ているが、首から上だけは懐中時計という、一見すれば人形のような姿。

 スズハが探していた、時間と時空を司る大精霊だった。

 

「こちらに来たときは、水精霊(ウンディーネ)が色々と教えてくれなければ、ものすごく混乱するところでした。私も色々と考えたんですよ? 本来の歴史の流れを逆らうような行動をして、貴方を挑発すれば出てきてくれるんじゃないかな、とか」

 

 そうでなければ不用意にカズマ達に接触するような危険は冒さなかった。

 

「貴方は、どうして……」

 

 質問を重ねるスズハ。

 大精霊は精霊使いにのみ通じる言葉で話す。

 

「やっぱり。貴方は私の夢を叶えてくれていたんですね」

 

 それはかつてシラカワスズハが夢見ていた願望。

 この世界にやってきたばかりの頃。スズハ自身と娘もまだ小さくて、傍を離れる訳にはいかなかった。

 だけどいつも冒険に出るあの人達をいってらっしゃいと見送り、おかえりなさいと出迎える日々で、自分もその後ろについて行きたいと思わなかった訳ではない。

 それは後悔とか未練とかそんな大きな話ではなく。

 子供の頃に小さく燻っていた我儘な願望である。

 目の前の大精霊はスズハを困らせたかったのではなく、陥れようとしたわけでもなく、ただ、子供の頃の願いを叶えてくれていたのだ。

 スズハはお辞儀をして礼を言う。

 

「楽しい時間を過ごさせてもらいました。でも、もう帰らないと……皆さんが……ヒナが待ってますから。それに、もうすぐこの時間に居るべき私とヒナもやってくる。だから迎えに来てくれたのでしょう?」

 

 同じ時間に同一人物が居ることはかなり好ましくないだろう。

 だから、ここまでがタイムリミットなのだ。

 

「私がここにいた記憶は……やはりそうなりますよね。帳尻も合わせないといけないですし。それだけが、少し残念だなぁ……」

 

 少しだけ淋しそうにスズハは星の見える空に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰る~っ!?」

 

「はい。探し物も見つかりましたし。急いで戻らないと」

 

「それはまた急だな。いつ出立するのだ?」

 

「今からです」

 

「ホントに急ですね!」

 

 屋敷に戻ってきたカズマ達に突然別れを告げるスズハ。

 そんなスズハにアクアが袖にしがみつく。

 

「そんなこと言わずにこのパーティーに残ってよ! 私達と魔王をシバキ倒しに行きましょう!!」

 

 強引なアクアの勧誘だが、他の物も同意見だった。

 この性格的にも能力的にも癖の強いメンバーと、パーティーとして行動できる人間は思いの外少ない。

 それが腕利きの冒険者ならどれだけ心強いか。

 

「しかし、ベルディアの褒賞金もあるのですから、せめてもう少しだけ……」

 

「そっちは皆さんで分けちゃってください。その件での私の功績は無くなってしまいますし」

 

「?」

 

 よく分からない事を言うスズハに皆が首をかしげる。

 

「いや、でも本当にここに残ってくれていいんだぞ? なんなら用事を済ませてから戻ってきてくれてもさ」

 

「お気持ちは嬉しいですけど。向こうには私を待ってくれている人も居ますから。早く帰ってあげないと」

 

「それって……」

 

 もしかして恋人とかだろうか? 

 この世界に来て5年と言っていたし、スズハくらい美人ならそんな相手が居ても────。

 そんなことを考えて地味にショックを受けていると、スズハから斜め上を行く回答を言われた。

 

「娘が、待ってるんです」

 

「は?」

 

「今は高貴なお方に預けてるんですけど。仕事も終えましたし、これ以上放って置くわけにもいきませんから。もっとも、向こうはそれを望んでるかもですけど……」

 

 最後の方は視線を鋭くして聞こえないように小声で呟く。

 スズハのカミングアウトに硬直するカズマ。

 

(めぐみんも結婚できる歳とか前に言ってたし。おかしくはないのか、な? なんだろう、なんかスゲェショックを受けてる。そんなどうこう言える関係でもないのに……)

 

 カズマは赤子を想像しているが、実は娘を産んだのが転生する前だとは流石に想像していない。

 

「そういえば以前酔ったときにそんなことを言っていたな。まさか本当に子供がいるとは……」

 

「でもどうせなら、その子とも会ってみたかったですね」

 

 めぐみんの言葉にスズハはイタズラっぽく笑う。

 

「会えますよ。もうすぐ」

 

 そしてスズハはカズマ達に頭を下げる。

 

「次皆さんに会う私は、自分だけでは何も出来ない子供です。きっとたくさん迷惑をかけてしまうと思います。それでもどうか、私を……私達をよろしくお願いします」

 

 そう告げると、何故かスズハの体が透けているように見えた。

 

「それじゃあ、また」

 

 小さく手を振って、スズハはカズマ達の前から幻のように姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が名はヒナ! 精霊の巫女の娘にして(将来的に)全ての精霊を従えし者!」

 

「キャアアアアアッ!? 素敵ですヒナさん!」

 

 紅魔族流の名乗りを上げるヒナにアイリスが手を叩いて絶賛。ヒナも嬉しそうに照れていた。

 アイリスはここ数ヵ月で最も上機嫌な日々だった。

 年々増えてくる王族としての責務。

 最近では父や実兄からお見合いの話が持ち上がり、特にかつて婚約破棄したエルロードの王子ともう一度話し合ってみないかとそれとなく勧められた。

 王族としての義務は理解しているが、彼女もまだ花の十代である。自由という蜜を知って、もう少しだけ思うように生きたいと願ってしまう。

 近頃は城の外へ出るのも大変なのに、スズハがヒナを城に連れてくる機会を段々と減らし始めた。

 ヒナが学校に通い始めてからは、同年代の子達と交流させてあげたいという理由で。

 理由は理解できるが、もう少しこちらに顔を出してくれても良いではないか。

 それに滅多に会えないのだから楽しく過ごしたいのに、あまり甘いものやおもちゃばかり与えるなとか、口を挟んで来るのも頂けない。

 どうせ過ごすなら互いに楽しい方が良いに決まっている。

 

(私が欲しいモノを全部持っているのだから、少しくらい分けてくれても良いじゃないですか)

 

 そう思ってしまうのだ。

 そんな思考に囚われていると、 少し離れたところで見ていたカズマがアイリスに質問する。

 

「なぁ、アイリス。雨すごいけどスズハやダクネス達は大丈夫だよな?」

 

 城の中にまで聞こえて来る雨音にカズマが表情を曇らせていた。

 

「今回出向くのはもう人の住んでない廃村です。建物はそのまま残されてるので問題ないと思いますよ」

 

 義兄からの質問に淀み無く答える。

 今度は何をしようかと考えていると、ヒナも外の天気を見て顔を曇らせていた。

 

「ヒナさん? どうしましたか?」

 

「……お母さまやダク姉さまはお風邪などを引いてはいないでしょうか?」

 

 カズマの質問に触発されたのか、ヒナも心配そうに窓の外の雨を見ていた。

 まだ5日程度だが、まだ5歳の子供が母親とそれだけの時間を離れることがどれだけのストレスか。

 不安そうな表情から泣きそうに瞳を潤ませているヒナ。

 その表情にはアイリスも流石に罪悪感を覚えた。

 

「ヒ、ヒナさん! 今日は昔、スズハさんやお兄様がこの城に初めて来た時の事をお話しますね!」

 

「あら。それは良いですね。昔話に花を咲かせましょうか」

 

「そうでしょ……ん?」

 

 この場に居ない筈の者の声がしてアイリスが後ろを振り向くと、そこにはスズハとダクネスが立っていた。

 

「お母さま!」

 

 スズハに抱き付くヒナ。

 娘の頭を撫でているとアイリスが動揺したように後退り。

 めぐみんとカズマがホッとしたように胸を撫で下ろす。

 

「帰って来ましたか。しかしいつ戻ってきたのですか?」

 

「1時間くらい前に。報告は自分でするので報せなくて良いと頼んだんです。雨で濡れてしまいましたので、湯浴みを先に。さて、アイリス様。少々お訊きしたい事がございます。今回の件、どこまでご存知だったのか。フフフ。あんな大精霊が相手なんて、流石に帰って来られないかと思いましたよ」

 

 ドス黒いオーラを出して微笑むスズハに、アイリスはゴニョゴニョと口を動かしている。

 全てではなくともとびっきり危ない精霊だとは気付いていたな、と当たりを付ける。

 カズマが質問する。

 

「そんなに危ない奴だったのか?」

 

「こっちからむやみにつつかなければ、そう危険はないはずですけどね。アレは倒そうと考えるのが間違ってます。今回私は体よく遊ばれて帰された感じですし。あぁ、肝心の精霊はどこかへ行きましたよ。細かな事は明日までに報告書に纏めますので」

 

 口だと説明しづらいので、と付け加える。

 スズハがこちらに戻ってきたときは大雨で、ダクネスの頭上に落とされた。

 本来なら首が折れてもおかしくない角度と落下速度だったが、流石はダクネス。綺麗に落ちるスズハをキャッチしてくれた。

 幸い、戻るように指示されていた馬車はダクネスの命令に背いて残ってくれており、そうでなければあの廃村で迎えが来るのを待つことになっていただろう。

 

「お母さま! お母さま!」

 

 よほど寂しかったのだろう。ここ数日で見ることのなかった満面の笑みで、スズハにしがみついて甘えるヒナ。

 スズハも膝を折ってヒナに視線を合わせて頭を撫でる。

 その姿にアイリスが少し悔しそうに口を曲げる。

 

「良い子にお留守番してた?」

 

「はい!」

 

 めぐみんとカズマに視線を向けると、2人は苦笑しつつ首肯して答える。

 ヒナ達からすれば数日。だが、スズハからすればもっと長い時間離れ離れだったのだ。

 娘が愛しくてずっと撫でていたい気持ちになるが、その前に。

 

「カズマさん。めぐみんさん。ダクネスさん。アクアさん。ありがとうございます。皆さんに出会えたお陰で、今日まで私達は健やかに幸せな日々を過ごすことが出来ました。心から感謝を。そして、これからもよろしくお願いします」

 

 突然そんなことを言われて皆が瞬きした。

 

「どうしたんですか? 急にそんな。それに、お世話になってるのはこちらの方な気もしますが」

 

「言いたかったんですよ。皆さんに出会えたこの数年。本当に幸せだったなって実感して」

 

「……そんな縁起でもない事をいうな。まるでこれから居なくなるみたいだぞ」

 

「そんなつもりは全然ないんですけどね」

 

 ダクネスの言葉にスズハは口元に指を添えて笑う。

 スズハが行方不明になったのを見たダクネスからすれば、そう感じてしまうのだろう。

 そこでアクアが身を乗り出す。

 

「何々? そんなに感謝してるのなら、アクセルに帰ったら盛大に奢ってくれていいわよ! 今回の報酬も相当なんでしょ?」

 

「台無しだなこの駄女神!」

 

 さっそくたかろうとするアクアにカズマが呆れる。

 わりと倹約的な所のあるスズハはやんわりと断るだろうと思ったが、返ってきた返事は意外なものだった。

 

「いいですね。どうせなら、再来週のヒナの誕生日に合わせて旅行にでも行きませんか? 旅費は今回の報酬から負担しますので」

 

「本当ですか、お母さま!」 

 

「えぇ。いくつか候補を挙げて、これからどこへ旅行するか決めましょうか。一緒に」

 

「はい! 楽しみです!」

 

 浮かれるヒナ。

 そこでアイリスがおずおずと手を挙げる。

 

「あの……それ、私が付いていっては……」

 

 今回の件は流石にやり過ぎた自覚のあるアイリス。

 しかしヒナの誕生日は祝ってあげたいので、躊躇いがちに訊いてきた。

 スズハはにこりと答えた。

 

「来るなら構いませんが、難しいと思いますよ? 先程国王陛下とお話しさせて頂いて。今回の件で大層ご立腹なご様子でしたから。しばらくは見聞の旅に出すと」

 

「なんですかそれは!」

 

 あの大精霊相手を一介の冒険者に任せようとしたのは愚策だった。

 本来ならもっと会議などを重ねて、念入りに準備して挑むべきだったのだ。

 ましてや私情ありきともなれば、国王陛下もアイリス王女の考えに頭を痛めた様子。

 

「ま、待ってください! 私、見聞の旅になんて行きませんからね! 私もヒナさんのお誕生日を祝いたいんですから!?」

 

「私に言われましても。そのお話は陛下となさってください」

 

「ラ、ララティーナ!」

 

「アイリス様。今回は私も流石に肝を冷やしました。少し反省なさるべきかと」

 

「お兄様! めぐみんさん!」

 

「あー。よく分からんが、スズハの件は俺もどうかと思うぞ?」

 

 ダクネスとカズマは反省しろと念を押す。

 めぐみんはプイッとそっぽを向くだけだった。

 ガクッと肩を落とすアイリスを横目に、まだしがみついている娘に額を合わせる。

 

「お母さま?」

 

「私の人生で、貴女ほど愛情を注いだ人はいないわ。大好きよ────私の愛しい(ヒナ)

 

 この素晴らしい世界で、しっかりと自身の幸福をスズハは抱き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば聞きそびれていたが、あの精霊に跳ばされて何処で何をしていたのだ?」

 

「う~ん。何と言いますか。跳ばされたのはよく知った場所でしたよ? 何をしていたかと聞かれれば、お世話になる前払いをしに行った、みたいな感じでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 燃えている暖炉の前に置かれているソファーでだらけているアクアに、カズマが話しかける。

 

「おいアクア。もうちょい詰めろよな」

 

「なによ。カズマが座るスペースはちゃんと開けてるでしょ。ニートの座る分をちゃんと空けてあげてる私に感謝して!」

 

「あのな。お前がスペース取ってるせいでス────あれ?」

 

 今、誰の名前を呼ぼうとしたのか。

 誰かが居ない気がして、カズマはパーティーメンバーに質問する。

 

「なぁ。俺達のパーティーって4人だけだっけ? もう1人、誰か居なかったか?」

 

 椅子で本を読んでいためぐみんが呆れた様子で返す。

 

「ダクネスが加わってから、ずっと4人でクエストをこなしてきたじゃないですか。寝惚けてるんですか?」

 

 そう。その筈だ。

 このピーキー過ぎる仲間と然して取り柄のない最弱職の自分。

 それで今日まで頑張って来た筈。

 それなのにどうして、何かが欠けていると感じるのか。

 

「……前に一撃熊の討伐クエスト受けたよな? アレってどうやって成功させたんだっけ? ほらあの、白狼にも襲われた奴」

 

「あぁ。あのアクアがいつの間にか引き受けていたクエストか。たまたま他のモンスターにでも襲われたのか、瀕死の一撃熊を見つけてカズマがトドメを刺したんじゃないか」

 

「それで後からやってきた白狼の群れに、我が爆裂魔法で一網打尽に────あれ? その時何故かとても腹の立つ光景があったような」

 

「ん? そういえば私もとても気持ちの良い攻撃を喰らったような……」

 

 ダクネスやめぐみんまで考え込むと、アクアが話題を変える。

 

「どうでもいいじゃない。そんな昔の事は! それより、あのスカートの中を覗く変態デュラハンを倒した報酬が貰える日よ! 魔王軍幹部なんていくら報酬が貰えるのかしら! あ、私のターンアンデットで仕留めたけど、皆も頑張ったし、分け前は9:1でいいわよ」

 

 理不尽な事を言うアクアだが、何故か怒りは感じずに気になる部分があった。

 

「……スカートの中を覗くって誰が言ってたんだっけ?」

 

「さぁ? きっと討伐に参加してた冒険者の誰かでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日もクエスト頑張ります!」

 

「えー。もう季節的に寒すぎるし、暖かくなってからにしましょうよー」

 

「俺らになんで金が必要だと思ってんだコラ!」

 

「心の汚れたヒキニートの考えなんて、清らかな女神である私に解るわけないじゃない」

 

「借金だよ!」

 

 カズマの言葉にアクアが汗を滲ませて表情が固まる。

 

「お前がベルディアを倒したときに壊した正門の借金のせいで、報酬から毎度天引きされてんだぞ! このままじゃあ、暖炉にくべる薪代だって買えなくなるんだぞ!」

 

「あ、あれは違うわ! 私もそうした記憶があるけど、私が壊したにしては違和感があるし! なにより女神の勘が、あれは私じゃないって囁いてるの!」

 

「お前ベルディアを倒した報酬は9:1でいいわよ! とか言っておいて今更っ!」

 

「だってだって! お金はたくさんほしいじゃない! でも正門を壊したのは私じゃない筈なの!」

 

 パンパンとテーブルを叩いて信じてよー、と泣きベソを掻くアクア。

 カズマとアクアがそんな言い合いをしていると、見知った銀髪少女が手を振ってきた。

 

「やぁ久しぶり! 景気はどうだい?」

 

「借金持ちの俺らに景気を訊くとは良い度胸だな……」

 

 喧嘩売ってんのかとガンを飛ばすカズマに、クリスはあはは、と頬の傷を掻く。

 

「それはそうと、皆を探してたんだ。ちょっとお願いしたい事があってね」

 

「お願い? 金目の話なら大歓迎だぞ」

 

 指で金のジェスチャーをするカズマだが、クリスの頼みは違うらしい。

 

「そうじゃなくって。しばらくダクネス達のところで面倒を見て欲しい子供がいるんだ。ほら、最近屋敷住まいになったって聞いたし。その子の生活費とかはあたしの方でなんとかするからさ」

 

 手を合わせてお願いしてくるクリス。

 ダクネスが首をかしげる。

 

「クリスが懇意にしてる孤児院はどうだ? あそこならお前が頼めば頷いてくれるのではないか?」

 

「あ~。あそこも今年はちょっと大変みたいでさ。引き受けてはくれるだろうけどね。それにその子もちょっと訳有りでね。出来ればダクネス達のところで置いてもらえると助かるんだ」

 

「そうは言ってもな、犬猫じゃないんだぞ?」

 

 いくら生活費がクリス持ちと言えど、子供だ。

 それなりに目にかけなければならないし、正直そんな余裕はない。

 

「良い子だよ~。家事が得意で手のかからない。しっかり者の」

 

 ここまで言うと逆に疑わしくなる。

 めぐみんがそこで発言する。

 

「会うだけ会ってみてはどうですか?」

 

「え~? めんどくさいんですけど~。私たちも大変なのに」

 

「そこをなんとか! 今夜の飲み代はあたしが奢るから!」

 

「ま、まぁ。クリスがそこまでお願いするなら? あ、でも会うだけよ。預かるかどうかはその子を見て決めるから」

 

 頼んでくるクリス。

 その熱意と言うよりは、今夜は奢りという言葉に釣られて態度を軟化させるアクア。

 ダクネスも預かる事には賛成も反対も無いらしい。

 カズマの方に視線が向く。

 

「クリスにはなんだかんだで世話になってるからな。今度、またお得なスキルとか教えてくれよ?」

 

「もっちろん! それじゃあ、連れてくるね!」

 

 駆け足でギルドから出ていくクリス。

 

「さぁ! 今日はクリスの奢りよ! ここ最近おあずけだし、限界まで飲むわよ!」

 

「お前もう子供の事なんて頭から飛んでるだろ駄女神!」

 

 それからトラブルでもあったのか、思ったより時間が掛かって、クリスと10歳くらいの妹なのか赤ん坊を抱えた女の子を連れてきた。

 

(あれ、着物だよな……ってこんなこと前にも考えたような……?)

 

 軽い既視感に囚われているうちに、クリスに勧められるままに席に座る着物の少女。

 緊張した様子でカズマ達を見る。

 しかし何故かその少女が誰かに似ているような気がした。

 

 

 ────それでもどうか、私を……私達をよろしくお願いします。

 

 

 そんな、身に覚えのない約束が頭に過った。

 少女の緊張をほぐそうと、カズマ達がそれぞれ自己紹介する。

 カズマ達の自己紹介を終えると不安そうに瞳を揺らし、藁にでもすがるように。しかし育ちの良さを感じさせるしぐさで自分の名前を言う。

 

「シラカワスズハ、と申します。この子はヒナ、です。よろしくお願いします!」

 

 どこかで聞いた筈の。しかし思い出すことのない名前を口にして少女は頭を下げた。

 この素晴らしい世界で、小さな母娘が手にする幸福の日々の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から紅魔の里編に入ります。

たぶんスズハとこめっこは相性が悪い

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  • 序盤
  • デストロイヤーから裁判まで。
  • アルカンレティア編
  • 紅魔の里編
  • 王都編
  • ウォルバク編
  • 番外で書かれた未来の話
  • その他

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