この小さな母娘に幸福を!   作:赤いUFO

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手紙と旅立ち

「あれ……?」

 

 気が付けばスズハは見覚えのある部屋に居た。

 暗がりだが広さは感じる部屋で置かれているのは木製の椅子のみ。

 

「ここは……確か……」

 

 来た覚えがある。だってここはスズハがあの世界に来た際に訪れた場所だから。

 誰かが後ろからスズハの肩を掴む。

 

「ようこそ、白河涼葉さん。死後の世界へ」

 

「エリス、様……?」

 

 はい、と答えるとスズハが座る席を通り過ぎて、向かいの椅子へと座る。

 

「残念ですが、今世での貴女は、その命を終えました。貴女は、死んだのです」

 

 突然に死を告げられてスズハはどうして、と記憶を辿る。

 ゆっくりと死ぬ直前の記憶が浮かび上がる。

 

「そうだ、わたし……!」

 

 死ぬ記憶。

 体に刺さった鉄の感触を思い出して冷たい汗が滲む。

 前回ほど動揺しないのはこれが2回目だからか。

 そんなスズハを見てエリスが小さく息を吐いた。

 

「本来ならば、あの世界へと転生している貴女はこのまま輪廻の輪を潜るか、天国へと行くかを選択するのですが……カズマさん同様に向こうに居るアクア先輩が合流すれば、貴女を蘇生させるでしょう。本当はダメなんですよ?」

 

 口元に指を添えて、やや疲れたように苦笑するエリス。

 事情はよく分からないが、その仕草から何らかのルール違反に触れていることだけは理解する。

 ズルをしている居心地の悪さと生き返れる安堵を同時に感じてどう反応すれば良いのか分からないでいた。

 

「それではスズハさん」

 

「は、はいっ!」

 

 名を呼ばれて返事をするとエリスが立ち上がって近づいてきた。

 何故だろう。表情は微笑んでいるのに、怒っていることがひしひしと伝わってくる。

 今度は正面から肩を捕まれた。

 

「アクア先輩がスズハさんを蘇生させる間……少々、お説教の時間です」

 

 女神の微笑をそのままに、長くて短いお説教の始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在屋敷の中ではカズマがめぐみん、ダクネスと言い争いをしていた。

 

「邪魔すんじゃねぇよ、この色物ヒロインどもがっ! 俺が最近ギルドでなんて言われてるか知ってるか? 女の子のパンツを盗る事しか能のない、クズマだのカスマだのゲスマだのと謂われのない中傷を受けてるんだぞ! そんな俺にも、ようやくモテ期がやって来たんだ! 仲間として温かく拍手の1つでも贈ろうとは思わないのか!!」

 

「その中傷は自業自得じゃないですか! 友人が変な男に引っかかったら口の1つも出しますよ!」

 

「そもそも普段はヘタレなくせにどうして今日は即答なのだ!」

 

「うるさーいっ! 何だ? 俺がゆんゆんと甘酸っぱい関係になるからって嫉妬してるの? このツンデレどもが! それならそうと素直に言ったらどうですかー?」

 

「この男は……!」

 

「あ、あぁ……私のせいで……」

 

 3人の喧嘩を止めようとするが、オロオロしてまったくストッパーにならないゆんゆん。

 そんなゆんゆんにスズハが近付く。

 

「あの、ゆんゆんさん。お気持ちは分かりましたけど、その……いきなり子供というのは、ちょっと……もっと段階を践んでからの方が……」

 

 両腕を掴んでゆんゆんを説得するスズハ。

 例え、ゆんゆんがカズマにそうした想いを抱いていたとしてそれを邪魔する権利はスズハにはない。

 だが、流石にいきなり子供を作りたいなどと言うならば、友人として苦言も言いたくなる。

 あの男の子供。ヒナを妊娠した当時の事を思い出す。

 無関心になった父と、頬を張り、泣きながら怒鳴り散らす母。

 遠目から見ているだけの兄に家政婦の聞くに堪えない陰口。

 おそらくはスズハの知らないところでもっと色々と言われていただろう。

 それに、産みの苦しみ、という言葉が在るように、スズハの年齢や体格から本当に死ぬかもしれないと思うほどの苦痛を味わった。

 後に本当に死んでしまったが。

 スズハとゆんゆんでは年齢や状況どころか世界すら違うので、比較することではないのかもしれないが、スズハは当時の事を思い出して我知らず涙ぐんでしまう。

 

「だか、もっと……自分を大切に……!」

 

 上手く口と舌が動かず、最後まで言えないでいる。

 その必死な様子に取り乱したゆんゆんは、戸惑いつつも続きを口にする。

 

「で、でも! 私がカズマさんの子供を授からないと魔王が! 世界が!」

 

「へ?」

 

 どうしてここで魔王だの世界だのという話になるのだろうか? 

 意味が分からずに目を点にした。

 

「き、昨日……お父さんから手紙が来て……」

 

 手紙を取り出し、スズハにそれを渡す。

 

「この手紙が届いた時、もう私はこの世にはいないだろう……」

 

 不穏な言葉から始まった手紙の続きを読もうとすると、めぐみんがスズハから掠め取って続きを読む。

 内容を読んでみて要約すると、紅魔の里近くに魔王軍の基地が建造されて襲われているらしく、破壊することもできない状況とのこと。

 しかし、紅魔族の誇りにかけて魔王軍幹部と刺し違えて見せるとの内容が書かれていた。

 2枚目に移ると、里の占い師が予言をしたらしく、その内容が記されていた。

 要は、紅魔族は魔王軍によって滅ぼされ、唯一の生き残りであるゆんゆんがはじまりの街で、頼りなく、何の力もないその男性がゆんゆんの伴侶となり、その子供がいつか魔王を倒す事の出来る唯一の存在であるらしい。

 手紙を読み終えるとカズマがわなわなと自分の手の平を見つめる。

 

「そんな……俺とゆんゆんの子供が魔王を……!?」

 

 カズマが衝撃を受けているとアクアが、不服そうに指を折る。

 

「カズマとゆんゆんの子供が魔王を倒すって、いったい何年かかるのかしら? 3年くらいでどうにかならない? ならないならその占いはなかったことにして! そんなの私困るんだから!」

 

「お前……幼児に魔王退治をさせる気かよ……」

 

 アクアの発言に呆れながらも立ち上がってゆんゆんの肩を掴む。

 

「ま、そういうことなら仕方がない。世界の為だ。子供も魔王も任せておけ」

 

「お前という奴は! そんなことで本当に良いのか!」

 

「うるさーいっ!! 外野は黙ってろっ!!」

 

 ダクネスとカズマが言い争う最中、スズハが手紙を見る。

 

「あれ? この手紙、最後の方が折れてて、何かまだ書いてありますね。えーと、【紅魔族英雄伝 第一章】著者:あるえ?」

 

 それを聞いたゆんゆんは大きく目を見開くとスズハから手紙を取り上げてその部分に目を通す。すると。

 

「うぎゃあぁああああぁあああああっ!?」

 

 奇声を発しながら手紙を丸めると床に投げ捨てた。

 

「あるえのばかぁ……!」

 

 頭を抱えて膝を折るゆんゆん。

 

「え? どういうことだ? これから俺とゆんゆんが大人の階段を昇るんだろ? 俺はどうすれば良いんだ?」

 

 何故かズボンを脱ぎ始めるカズマ。

 

「ならない! お前はもう本当に邪魔だから向こうに行ってろ!」

 

「あるえというのは私達の同期で小説家を目指している子です」

 

「つまり作り話なんですか?」

 

「最初の方は本物のようですが……」

 

 めぐみんの言葉にゆんゆんが立ち上がる。

 

「そ、そうだめぐみん! 里が魔王軍に襲われているなら、早く戻らないと!」

 

「こんな手紙を出す余裕があるなら、とっくに逃げ出してると思いますよ。里の皆がそう易々とやられるとも思えませんし」

 

「で、でもぉ……」

 

 めぐみんの言葉にゆんゆんが煮え切らない態度であたふたしている。

 それを見ていたスズハが提案する。

 

「なんにせよ、一度戻ってみてはいかがですか? 何も無ければ笑い話で済みますし。何か起きているにしても、故郷の事です。知っておく必要があるでしょう?」

 

「スズハちゃん……!」

 

 感動したように手を組むゆんゆん。

 視線をカズマに移すと下げたズボンを履き直していた。

 その顔には難色を示している。

 

「でもなぁ……魔王軍幹部が来てるんだろ? はっきり言って、俺が出来ることなんてないぞ?」

 

 如何にも行きたくないオーラを出すカズマにダクネスが青筋を立てる。

 

「お前という奴は! 先日ギルドで、如何にしてハンスを倒したか触れ回っていたくせに!」

 

「やかましい! 基本的に俺はステータスが低い冒険者職だぞ! まぁでも……めぐみんが帰りたいって言うなら付き合うくらいはしてやるよ」

 

 だけど活躍は期待するなと念を押しつつも、めぐみんに答えを投げる事にした。

 皆の視線がめぐみんにあつまる。

 一瞬怯んだ様子を見せたが、小さく息を吐く。

 

「まぁ、久々に里帰りも悪くはないですね。私がどれだけすごい冒険者になったか教えに行きましょう。こめっこや家族も心配ですし」

 

 やや素直じゃない様子で言うめぐみんに皆が仕方ないなぁ、という感じに苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルカンレティアまでのテレポート、ですか?」

 

「あぁ。頼むよ、ウィズ。一応、金は払うからさ」

 

 昼頃に準備を終えたカズマ達は紅魔族の里までアルカンレティアを通らなければならず、そこまでテレポートをお願いする事になった。

 あの街の温泉を気に入ったウィズがテレポート場所として登録したらしいのだが、アクアが源泉をお湯に変えたことで意味を失くしてしまった。

 カズマとバニルが以前、取り引きした知的財産権について話していると、アクアが店の商品をぶちまけた。

 

「コラーッ! 来る度に商品を駄目にするなと言っとろうがっ!?」

 

「何よ! お客様は神様でしょ! 私は本物の神様なんだから、それ相応の扱いなさい!」

 

「商品を台無しにするだけの貧乏神が何を言っとるか、貴様ーっ!」

 

「絵に描いたようなクレーマーだな、アイツ……」

 

「アクアさん。その言葉はそういう意味で使われる言葉ではありませんよ。それに、客側がそれを言うのは非常に恥ずかしい行為かと」

 

「なによー! 2人してコイツの肩持つわけー!」

 

 ぷくー、と頬を膨らませるアクア。

 

「はぁ……ウィズ駄目にした商品もツケといてくれ。帰ってきたら払う。あ、いや……今度支払われる知的財産権から差っ引いといてくれ」

 

「あ、はい」

 

 未だにケンカをしているアクアとバニル。

 痺れを切らしたバニルが早く送還するように促す。

 

「それでは皆さん、良い旅を。テレポート!」

 

 ウィズが呪文を唱えると、足元に魔法陣が広がり、カズマ達はアルカンレティアまで転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前の経験から当然アルカンレティアで一泊、ということはなく早々に街を出る。

 広い草原をカズマの敵感知スキルを頼りに歩いているとゆんゆんがスズハに話しかける。

 

「そういえば、スズハちゃんはどうして一緒に? これから魔王軍幹部と遭遇する可能性があるんだよ? モンスターだって……」

 

 ゆんゆんの質問にめぐみんが今更ですか、と代わりに答える。

 

「スズハを一緒に連れてきたのは長期に渡ってあの屋敷に1人置いておくのは危険だと判断したからです。強盗とかにも押し入られる可能性もありますし。それならいっそのこと、一緒に来させようと決めたのですよ。それに、皆には一度、私達の故郷を見てもらいたかったですし。丁度良い機会でしたよ」

 

 暢気に構えているその姿は故郷が魔王軍にやられる筈はないという信頼が見て取れる。

 そのまま談笑して歩いているとカズマの敵感知スキルが引っかかった。

 

「あそこに何かいるぞ」

 

 誰か、ではなく何か。それぞれが警戒して近づくとそこには緑色の髪をして、ワンピースを着たスズハくらいの少女が地面に腰かけていた。

 怪我をしているように見えるその少女にアクアが近づこうとする。

 

「貴女、怪我してるじゃない。待ってて、今治してあげる」

 

 普段なら褒められる行為だが、カズマが待ったをかけた。

 

「敵感知スキルがアイツに反応してる。あんな見た目してるけど、あれはモンスターだ」

 

「え!?」

 

 全員が驚いていると、カズマは購入したアルカンレティアから紅魔の里までに出現するモンスターの図鑑を取り出す。

 

「安楽少女。それがこのモンスターの名前か……」

 

 図鑑の内容を読み進める。

 この安楽少女は、攻撃こそしてこないものの、遭遇した旅人に強烈な庇護欲を抱かせ、一度情が移ってしまうとそのまま死ぬまで囚われるらしい。

 離れようとすると泣き顔を浮かべ、ずっと寄り添うと、空腹時に果物などを分け与えてくるが、その実は美味ではあるものの栄養はなく、旅人はどんどん痩せ細る。

 しかもその実には神経を異常をきたす効果があるのか、空腹や眠気、痛みなどが遮断されて夢心地のまま衰弱していく。

 年老いた冒険者が死に場所として訪れることもあるらしい。

 戦闘力はないが大変危険なモンスターなので、見つけ次第、駆除して欲しいとのこと。

 

「質が悪いなっ!?」

 

 もうやだ。この世界、と思っているとアクア達がカズマに質問する。

 

「ねぇ……あの子、哀しそうにこっち見るんですけど……離れるのがすごくつらいんですけど……」

 

「こいつ、一応攻撃は加えてこないらしいけど、旅人を餓死させてそこに根を張るんだってよ……ここで放って置いたら、通りかかった人が犠牲になるかもしれない」

 

 言いながらカズマは腰に差したちゅんちゅん丸を引き抜く。

 

「カ、カズマ……まさか、モンスターとはいえ、こんな小さな女の子を殺して、経験値にしようなんて考えてませんよね?」

 

「いや、カズマはおそらく後に続く者達の為にこの安楽少女を駆除しようとしているのだろう。怪我も擬態のようだし、相当狡猾なモンスターかもしれん」

 

「安楽少女の事は聞いたことがありますけど、まさかここまで人に近いなんて……」

 

 4人の少女がカズマを緊張した様子で見ている。

 すると、今まで無言だった安楽少女は、その口を開く。

 

「……コロス、ノ……?」

 

 言葉を話す事を知らなかったカズマはピキッと固まった。

 さらに安楽少女は続ける。

 

「クルシソウ……ゴメンナサイ……ワタシガイキテルカラダネ……」

 

 だらだらと汗が吹き出るカズマ。

 手に持っているちゅんちゅん丸が震えていた。

 それだけでどれだけカズマが葛藤しているのかが分かる。

 次々と安楽少女の口から紡がれる諦めの言葉。

 それを聞いたカズマはちゅんちゅん丸を鞘に収める。

 

「できるかっ!?」

 

 無理無理と首を横に振り続ける。

 どうするか考えた結果、もう無視して先に行こうと提案すると、今まで沈黙していたスズハが動いた。

 

火精霊(サラマンダー)!」

 

「え?」

 

 火精霊(サラマンダー)を呼び出すと、その口から安楽少女の体を包むほどの火炎を吐き出した。

 突然安楽少女を攻撃し始めるスズハにめぐみんが大慌てで止めに入る。

 

「な、何をしてるんですか!? いつからそんな暴力的に────」

 

「いったいじゃないのっ!? 頭おかしいんじゃない!!」

 

 さっきまでの片言と違い、流暢に人の言葉を話す安楽少女。

 諦めたような瞳はイキイキとした物に変わっている。

 その様子にスズハは息を吐く。

 

「演技だとは思いましたけど、本心は随分と蓮っ葉なようですね」

 

「イ、イマノハナカッタコトニ……」

 

「さようなら」

 

 何の感情も映さない瞳は火精霊(サラマンダー)に指示を出して今度こそ完全に安楽少女を焼き払った。

 元が植物だからか、綺麗さっぱり消える安楽少女。

 

「ス、スズハ、さん……?」

 

 アクアが恐る恐る話しかけるが、スズハは行きましょうか、と歩くのを再開する。

 誰もが何も言わずに後を付いていくと、スズハが話し始める。

 

「ああいうの、私が昔通っていた学校でも居たんですよ。善人や無害なのを装って他人を陥れる子」

 

「陥れる?」

 

「虐められている人を助けるふりをして、実は虐めてる側の仲間で、心を完全に許した頃を見計らって裏切るんです。そうして精神的に追い詰めて、カウンセラー行きに追い込んだりってことが遊びと称してそれなりにあったので。あのモンスターからはその子達と同じ感じがしたんです」

 

「……お前本当に小学生だったんだよな? 実は中学生とかじゃないよな?」

 

 流石に小学生がそんな虐めを遊びと称してやるとか想像もしたくない。

 ゆんゆんが質問する。

 

「で、でも女の子の姿をしてたし……」

 

「普段から動く野菜とかも捌いてますし。だから、あれは野菜と同じ。あれは野菜と同じって、思い込むことにしました」

 

 どうやら、あのタイミングで動いたのは攻撃する為の心の準備期間だったらしい。

 見ると、やはり精神的にキツかったのか、汗がドッと吹き出ている。

 

「もしかしたらスズハは将来、私よりも容赦のない性格になるかもしれませんね……」

 

 冷や汗を流しながら呟いためぐみんの言葉を、誰も否定出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽が沈み、辺りが暗くなる頃に寝床の準備をする。

 この辺りのモンスターは強く、火を焚くと寄って来るため皆で身を寄せ合って眠る。

 敵感知スキルと夜目が利くカズマは朝まで見張りを買って出た。

 多少の話をした後に眠りに入るが、やはり慣れない野宿では眠りが浅く、僅かな音でスズハは目を覚ました。

 幸い、思ったほど辺りが暗くないのでヒナを抱えて見張りをしているカズマとめぐみんのところに寄る。

 

「隣、良いですか? 眠れなくて……」

 

 許可を得てめぐみんにくっ付くように座る。

 

「何のお話を?」

 

「カズマがアクセルに来る前はどんな生活をしていたのかを。はぐらかされてしまいましたが」

 

 死んでこの世界に来た、とは言いづらい。

 だからボカして話していたのだろう。

 

「スズハは、アクセルに来る前はどんな生活をしていたのですか? カズマと同じ国とは聞いた事がありますが」

 

「そうですねぇ」

 

 昔の事を思い出して話す。

 

「朝から夕方までは学校。帰ると習い事ですね。活け花にお茶。舞踊や社交ダンス。ヴァイオリンや礼儀作法。他にも色々と。学校の休日は────」

 

「もういい。聞きたくない」

 

 カズマからストップがかかった。

 ニートだった自分では想像もつかないハードスケジュールにげんなりする。

 めぐみんも似たような反応だった。

 

「だからこちらに来て、毎日が楽しいんです。それに、ヒナもここでなら、のびのびと育てることが出来ますし」

 

 監獄のような白河の家の教育。それに娘を巻き込まずに済む事への安心もあった。

 眠っているヒナの頬に触れながら笑みを浮かべる。

 

「家にはもう帰れませんし、帰りたくもありません。出来ることなら、アクセルの街でのんびりとこの子を育てていけたらと思ってます」

 

 ちょむすけ人形を渡してから少しだけアクアにも心を開き始めたヒナ。

 あの街と屋敷で過ごす時間は優しくて、ずっとこのままだったらと思ってしまう。

 日本の都会では見ることの出来ない満天の星空に視線を移す。

 

「皆さんと、ずっと楽しく笑って過ごせたら……それだけで、私は充分に幸せです」

 

 今ある幸福を噛みしめるように、スズハはそっと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

読者さんがこの作品で好きな話は?

  • 序盤
  • デストロイヤーから裁判まで。
  • アルカンレティア編
  • 紅魔の里編
  • 王都編
  • ウォルバク編
  • 番外で書かれた未来の話
  • その他

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