この小さな母娘に幸福を!   作:赤いUFO

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悪意の無い暴言

「……何が遭ったか聞いても?」

 

 1時間程、別行動というか、置いてきぼりを喰らったスズハが合流すると、そこにはアクアの膝を枕にして頭を撫でられながら泣いているカズマが居た。

 カズマは何か怯えているようで、物凄く震えていた。

 スズハの姿を確認すると、こっちに四つん這いで近づいてくる。

 

「スズハ~!」

 

 お腹の辺りに顔を埋めてえぐえぐと泣き続けるカズマ。

 経緯が分からずに困惑していると、めぐみんが呆れるように目を細めて説明を始めた。

 

 メスオークに追われる事になったカズマ。

 その最中に足の遅いスズハはドンドン差が開いて追い付けなくなり、契約している精霊に辺りを警戒してもらって進んでいた。

 めぐみん達もメスオークに追われるカズマに気を取られてスズハが追い付いてないと気付いたのは既に見えなくなった後だった。

 次第にカズマはメスオークに追い付かれて押し倒され、そのまま性的に食われる寸前だったらしい。

 幸いにして間一髪にゆんゆんが魔法で追い払ったらしいが、精神的ショックが強すぎてこの有り様なのだそうだ。

 その話を聞いたスズハは涙ぐむ。

 

「メスオークがぁ……! あいつらが俺の初めてを奪いに……っ!!」

 

「……恐かったですね、カズマさん。もう大丈夫ですよ」

 

 性的暴行の恐怖を知るスズハは共感からカズマに同情してその頭を優しく撫でる。

 幼い女の子の腹に顔を押し付けて泣き、頭を撫でられる光景にパーティーメンバーは口を半開きにして言葉が出ない様子だ。

 それがしばらく続いてようやくカズマがスズハから離れると、皆の姿を見回した。

 

「どうした、カズマ?」

 

「……お前らって、綺麗な顔立ちしてるよな」

 

 普段から女性陣にセクハラ発言はしても、やれ駄女神だの、ロリッ子だの、おっぱいしか能がないドMだのと罵ってくるカズマが、ここまで真正面から褒めてくるのは珍しい。

 と言うか、正直気味が悪い。

 

「ど、どうしたのですか、カズマ!? いきなりそんな事を言うなんて……」

 

「いや、本心だよ。俺、皆とパーティー組めて、本当に良かったと思ってる。ありがとう……みんな」

 

 目に光がない笑顔で礼を言うカズマに、皆の背筋が寒くなった。

 

「カ、カズマ! いったいどうしたのですか!? メスオーク達に襲われて頭がおかしくなってしまったのですか!?」

 

 めぐみんの言葉にカズマは張り付いた笑みのまま返した。

 

「本心だよ……俺、皆とパーティーを組めて本当に良かったと思ってる。お前らって、マジ美人だよな……」

 

 メスオークに襲われた後とはいえ、まさかカズマからそんな言葉を聞けるとは。

 だが、何かしら勘繰ってしまうのは日頃の行いからか。

 

「ねぇ、カズマ! そんな悟りを開いた人みたいな顔でカズマが褒めると気色悪いんですけど!!」

 

「ア、アクア! 先ずはカズマに回復魔法を! きっと頭に強い衝撃を受けておかしくなってしまったに違いない!?」

 

 それぞれが好き勝手な事を言っているが、カズマは怒ることをせず微笑ましい光景でも見るようにアクアたちを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズマが落ち着きを取り戻し始めた頃に、めぐみんとゆんゆんがケンカを始めてしまった。

 

「おい。私が生涯を懸けて極めようとしている爆裂魔法の悪口はやめてもらおうか!」

 

「爆裂魔法なんてただのネタ魔法じゃないっ! 攻撃範囲と威力が高すぎてダンジョンじゃ使えないし、射程は長くても味方を巻き添えにする可能性があるから使いどころが難しい上に高位のアークウィザードでも1発撃ったらお荷物確定な非効率的な魔力消費! 初級魔法よりスキルポイントの無駄遣いでしかないテロ魔法じゃない!!」

 

「言いましたね! 言ってはならない事を言いましたね!! ゆんゆんだって、爆裂魔法を習得してからさぞやその恩恵に感謝しているのでしょう!」

 

「してないよ! 爆裂魔法なんてデストロイヤーの時以降、まったく使ってないわよ! というより、恐すぎて使えないから! ねぇ今更だけど、爆裂魔法に使ったスキルポイント返してよ!!」

 

 デストロイヤー襲撃の時は緊急事態ということで諦めていたが、当時の憤りを思い出し、胸ぐらを掴んで揺さぶる。

 ちょっとした言い合いから発展したケンカはもはや敵を誘き寄せ兼ねないほどに騒ぎになっている。

 

 流石に見兼ねたダクネスが嗜める為に前に出ようとすると、茂みを揺らす音が近づいてくる。

 こちらに真っ直ぐ向かって来て現れたのは緑や赤銅色の肌を持つモンスター、ゴブリンの集団だった。

 

「こっちから人間の声がしたと思ったら、やっぱりだ!」

 

「それもその紅い瞳! 紅魔族の子供が2匹もいるじゃねぇかっ! 他は人間の冒険者みてぇだが、こいつは大手柄だ!」

 

 ギラついた視線で得物を握りしめるゴブリンたちは、紅魔族であるめぐみんとゆんゆんの2人に対して特に強い敵意を向けていた。

 ダクネスがスズハを隠すように剣を抜きながら移動すると、入れ替わるようにアクアがゴブリンたちの前に出た。

 

「な~にかと思ったら、下級悪魔にも昇格出来ない悪魔モドキじゃないですか~。鬼みたいな悪魔くずれが何の用ですか~。あんた達みたいな下級モンスター相手だと、破魔の魔法も効きづらいのよねー! 良かったわねー悪魔のなり損ないで! プークスクスクス! ほら、あっち行って! あんた達は下級悪魔に昇格できたら相手してあげるから、もうあっち行って! シッシッ!」

 

 鼻を摘まんだり、手で追い払う仕草をしながらゴブリン達を挑発しているのか、脅しているのか判断できない口上を述べるアクア。

 ただ、それに激怒したゴブリン達が仲間をさらに呼び寄せる。

 それにめぐみんが一歩前に出た。

 

「ゆんゆん。さっきはよくも爆裂魔法をネタ魔法扱いしてくれましたね。ならばそのネタ魔法の威力を、久々に見せつけてやります!」

 

「ちょっとまさかっ!?」

 

「おいバカ止せっ!?」

 

 めぐみんの周囲に赤と黒の魔力が集まり始める。

 カズマとゆんゆんの制止は間に合わず、その暴力的な魔力が解放されようと────。

 

土精霊(ノーム)ッ!」

 

 スズハが指を鳴らす。

 

「どぅわっ!?」

 

 すると、めぐみんの姿が落ちていった。

 スズハが土精霊(ノーム)で突貫の落とし穴を作り、めぐみんを落としたのだ。

 

「な、なにをするのですかっ!?」

 

「すみません! 流石にここで爆裂魔法を使われるのはー! ヒナも危ないですしー!」

 

「ちょっと……スズハもだんだん容赦が無くなってるんですけど……」

 

 確かにこの場面で爆裂魔法を使うのは味方を巻き添えにする悪手だが、躊躇うことなくめぐみんを落とし穴に落とすスズハに周りは何も言えないでいる。

 だが、これで余計な被害を被らずに目の前のモンスターを倒せる。

 

「と言うわけで、ゆんゆん先生! お願いしまーすっ!」

 

「え、え~」

 

 ゆんゆんの後ろに就いたカズマが、モンスターの討伐を頼む。

 自分の背中を押してくるカズマに驚くが、すぐに上級魔法の準備に入った。

 そこで更に異変が起こる。

 夥しい数のゴブリンがこちらに迫ってきていた。

 しかし、それは援軍と言うよりも、何かから逃げている様子で。

 ゴブリンの大群がカズマ達の方に押し寄せて来ると、4人の男女が間に現れた。

 

「肉片も残らず消え去るがいい。我が心の深淵より生まれる、闇の炎によって!」

 

「もうだめだ、我慢できない! この俺の破壊衝動を静めるための贄となれぇ!」

 

「さぁ、永久に眠るがいい……我が氷の腕に抱かれて……」

 

「お逝きなさい。あなた達の事は忘れはしないわ。そう、永遠に刻まれるの……この私の魂の記憶のなかに……」

 

 それぞれが決め台詞のような言葉を口にしながら一斉に同じ魔法を放った。

 

『ライト・オブ・セイバー!』

 

 その魔法が一方的にゴブリン達を蹂躙していく。

 数の暴力など無意味とばかりに倒されていくゴブリン達。

 百以上は居た筈のゴブリンたちは、逃げ延びた者も居たようだが、瞬く間に駆逐された。

 この場にゴブリン達が消え失せると、二十歳前後くらいの紅魔族の男が、落とし穴から這い上がってきためぐみんに話しかけてくる。

 

「里を襲っていた魔王軍を追っていたら、めぐみんにゆんゆんじゃないか。こんなところでどうしたんだい?」

 

「靴屋の倅のぶっころりーではないですか。里のピンチと聞いて駆けつけて来たのですが……」

 

 めぐみんの返答にぶっころりーと呼ばれた青年を含む4人は目を丸くして首をかしげる。

 その反応にカズマ達も同様の反応だった。

 

「ところでめぐみん。この人達は君の冒険者仲間かい?」

 

 ぶっころりーにそう訊かれると、めぐみんは少しだけ恥ずかしそうに首肯した。

 何故ゆんゆんの、とか。2人の、と訊かれなかったのかは察してほしい。

 その返しにぶっころりーが真剣な眼差しになり、ローブをバサッと翻す。

 

「我が名はぶっころりー。紅魔族随一の靴屋の倅。アークウィザードにして上級魔法を操る者……!」

 

 ポーズを決めながら紅魔族特有の自己紹介を始める。

 するとカズマが1歩前に出た。

 

「これはご丁寧にどうも。私はサトウカズマと申します。アクセルの街で多くのスキルを習得し、数多の強敵と渡り合った者です。どうぞよろしく」

 

 軽く向こうのノリに合わせると、感動したように声が上がる。

 

「素晴らしい! 素晴らしいよ! 外の人達は僕達が名の乗りを受けると微妙な反応をするものだけど、まさかそんな返しをしてくれるなんて!」

 

 よほどカズマの返しが嬉しかったのか、絶賛する紅魔族の4人。

 次にアクアが名乗りをあげる。

 

「我が名はアクア! 崇められし存在にして、やがて魔王を滅ぼす者! その正体は水の女神!」

 

「へー、そうなんだー。凄いね」

 

「ちょっと待って! なんで私だけいつもそんな反応なの!」

 

 騒ぐアクアを無視して、ぶっころりー達がダクネスとスズハにも期待の視線を向けた。

 

「わ、我が名はダスティネス・フォード・ララティーナ……アクセルの街で────うう……」

 

 だんだんと恥ずかしさから声が小さくなる。

 スズハも郷に入れば郷に従えの精神で頬を染めつつも、一度態とらしく咳をした。

 

「我が名はシラカワスズハ。アクセルの街唯一の精霊使いにして、やがて全ての精霊と出会う者……です……」

 

 しかし、やはり羞恥から最後の方は声が小さくなってしまう。

 それでも紅魔族の人達にはそれなりに喜ばれたが。

 ちなみに数年後。今回落とし穴に落とされた意趣返しかは分からないが、めぐみんが成長したヒナに、『昔、ヒナのお母さんはこんな名乗りをしたんですよー』と娘に暴露してその趣向に多大な影響を与えることとなり、今回の名乗りを後悔することになるのだが。

 今は関係のないことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、里は平和そのものだった。

 あのやたら物騒な手紙はゆんゆんに対して送られたただの近況報告の手紙であり、この手紙が届く頃云々は、紅魔族流の挨拶とのこと。

 魔王軍がこの近くに基地を造ったのは事実だが、今のところ驚異となっていないらしい。

 事実、すぐに千匹の魔王軍が攻めてきたが、大魔導師(アークウィザード)の集まりである紅魔族。

 上級魔法の滅多撃ちだけでワンサイドゲームが成立していた。

 ちなみに、その魔王軍蹂躙の光景を観光名所にするか里で意見が割れているのだとか。

 その事実にカズマ達は紅魔族の力にドン引きすると同時にガックリと肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、凄かったなぁ。あれが本物の紅魔族かー」

 

「そうですね。ところで、本物が居るということは、偽物も居るということですが、誰の事なのか教えてもらおうか」

 

 カズマの頭を杖で小突くめぐみん。

 今はゆんゆんと別れてめぐみんの実家に向かっているところだった。

 夕暮れの道を歩いていると、ボロい建物が見えてくる。

 

「あ! あれじゃない? あれってめぐみん家の馬小屋かしら?」

 

「馬小屋ではありません。あれが母屋です」

 

「え?」

 

 めぐみんの返答に皆が呆気を取られる。

 ここまで見てきた紅魔族の建物は、どれもしっかりとした作りになっていた。

 しかし、めぐみんの実家は地震がくれば、すぐにでも崩れてしまいそうな程にボロかった。

 家の前まで移動してめぐみんがノックをすると、戸が勢いよく開かれる。

 するとそこには、小さなめぐみんがいた。

 

「こめっこ、只今帰りましたよ」

 

 めぐみんがそう言うと、驚いているのかこちらを見回してくる。

 

「わー! ちっこいめぐみんが居るんですけど。飴ちゃん食べる?」

 

 アクアが手から飴を差し出すが、動かず、急にぐるりとこちらに背を向けた。

 

「お母さーん! お父さーん! 姉ちゃんが男引っかけて帰って来たー!」

 

 その意外過ぎる第一声にカズマは大慌てで制止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 めぐみんの実家に通されると、カズマとめぐみんは両親の前で正座させられている。

 どうやら、両親に送っていた手紙にカズマに関して有ること無いこと書いていたのが原因らしい。

 スズハとヒナの事も手紙で教えられていたのか、チラチラとこちらを見てくるが、今のところ何らかの追求はされていない。

 カズマがめぐみんとの関係を説明している最中、他はテーブルの上に置かれたコップがひとりでに動くというアクアの芸を見て喝采を挙げていた。

 動く原理は魔力でも磁石でもないらしいが、本当にどうやって動かしているのだろう。

 それらを見終わると、こめっこがジーッとスズハを。正確には抱かれているヒナを見ていた。

 

「ねぇ、お姉ちゃん! それ! それ!」

 

 案の定、こめっこはヒナを指差す。

 

(そういえば、前にめぐみんさんが妹さんより下の子は里には居ないと仰ってましたね)

 

 もしかしたら赤ん坊が珍しいのかもしれない。

 

「えー、とこの子は……」

 

 どう説明すべきか悩んでいると、こめっこは瞳を輝かせて口から涎を垂らしてとんでもない発言が出てきた。

 

「それ! どれくらい太らせたら食べるの! あたしにもちょうだい!」

 

 その瞬間、家の中の空気がビシィッと音を立てて凍った。

 空気を読まないこめっこがヒナに触れようとすると、顔を青くしたスズハが慌ててこめっこから距離を取る。

 

「なんてこと言うんですかこめっこ! スズハに謝りなさい!」

 

「えー? だって前に姉ちゃんが人を見かけたら食べ物をねだれって言ってた」

 

「それは里の住民だったらの話です! そもそも赤ちゃん(ヒナ)は食べ物ではありません! 謝りなさい!」

 

「肉ー!」

 

「こめっこー!!」

 

 めぐみんに押さえつけられながらもヒナに手を伸ばそうとするこめっこ。

 スズハは立ち上がって愛娘を離さないように抱き締めた

 

 

 

 

 

 




自分の中のこめっこのイメージはこんな感じです。

読者さんがこの作品で好きな話は?

  • 序盤
  • デストロイヤーから裁判まで。
  • アルカンレティア編
  • 紅魔の里編
  • 王都編
  • ウォルバク編
  • 番外で書かれた未来の話
  • その他

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