「カズマさんが拐われた!?」
「いえ、拐われたというか、自分から人質になったと言うか……」
「そうね。何をしているのかしらカズマは……」
言い難そうにしているめぐみんと呆れたようにため息を吐くアクア。
相手の体に釣られて勝手に人質になり、普段の仲間への不満から暴言を吐いたカズマ。
しかし、魔王軍幹部の秘密を知って、今度は助けを求める始末。
「とにかく、私達はカズマと魔王軍の幹部を追う。めぐみん、奴が向かった先に、心当たりは?」
「……恐らくは謎施設だと思います。もしかしたら、あそこに眠っているらしい兵器に用が有るのかもしれません。尤も、あの封印が簡単に解けるとは思いませんが」
そこで、めぐみんが申し訳無さそうにしてスズハに言う。
「私の両親や里の皆も、侵入した魔王軍の警戒に当たっています。それで、その間なのですが、その……スズハ。この家でこめっこの事をお願い出来ますか? あの子は、目を離すと何をするか姉の私にも想像がつきませんし。魔王軍のところに1人突っ込む可能性も有るので。スズハが、あの子を苦手にしているのは分かっていますが……」
確かにスズハはこめっこの事を苦手に思っているが、状況が状況だ。それに、いつまでも避けているのは違うと思った。
「こめっこさんの事はわたしに任せてください。カズマさんの方を頼みます」
「任せろ。必ず連れて戻る」
「一応、里の
「カズマったら、今回の借りをどう返して貰おうかしらね~」
それぞれ勝手な事を言いながら、行動を移す3人を見送ってめぐみんの実家に戻る。
幸い、こめっこはもう寝ていたので、スズハは何が起きても良いように眠らずにいた。
拐われたカズマの事が心配で眠れなかったのもある。
「カズマさん達なら、きっと大丈夫。帰ってきたら、いつものようにおかえりなさいって言うんですから」
胸の不安を誤魔化すように1人呟く。
30分くらい気を張っていると、布団で寝ていたこめっこが目を覚ました。
「う……んぅ、ふあ~っ……」
のそりと体を起こして大きく欠伸をするこめっこ。
スズハは抱いているヒナに気を使いながらこめっこに話しかける。
「起こしてしまいましたか?」
「姉ちゃんたちは~?」
「今、少し用事が有って出かけてます。すぐに戻って来ると思うので」
簡単に説明すると、こめっこはふーん、と眠そうに目を擦る。
「あ、お肉……」
「違います!」
ヒナを見てそう呟くこめっこにスズハは顔をしかめて反論する。
この際だからはっきりと言っておいた方がいいだろう。
「この子は食べられませんよ。食べても病気になって死んでしまいますから。人に人は食べられないんです!」
「火をかければ大抵は食べられるって姉ちゃんが言ってたよ!」
スズハの説明も意味をなさず、胸を張って主張するこめっこにスズハは頭を悩ませる。
こめっこがヒナに触れようとする。
「やわらかそう。ねぇ、まだ太らせ────」
「触らないでっ!」
我慢の限界が近かったスズハは娘に触れようとする手を払いのけた。
「この子は、食べ物じゃない。私の、大切な────」
言い欠けると、突然地震のような揺れが起きた。
そして、やたらと気温が上がって暑い。まるで火事の中に居るようだった。
何より、窓から見える外の風景が赤く染まっている。
「何!」
慌てて外を見ていると、既に里の中は炎に包まれていた。
ついさっきまで何の異常もない夜だったために受け止めきれずに反射的に回りを見渡す。
すると、里周辺の山が赤い閃光に燃やされ、高い建物には蛇のような巨大な下半身を持った、褐色の女性が巻き付いている。
スズハは知らないことだが、その女性は魔王軍幹部の1人であり、紅魔の里に眠っていた魔術師殺しと同化したシルビアだった。
既に里の中には火が回っている。
「こめっこさん!」
慌ててスズハはこめっこの手を引いてめぐみんの実家を出る。
とにかく火の手が回っていない地面と合間の箇所を闇雲に走っていた。
そもそも、スズハ自身がそれほど紅魔の里の地理に明るくない為、どこを走っているのか分からない。
「こめっこさん! こういう時に、集まる避難場所は────伏せてっ!?」
「おあっ!?」
スズハは突然こめっこの頭を押さえて体を低くさせた。
同時に、シルビアから吐かれた巨大な火炎放射が上を通りすぎる。
そのまま見つからないように移動を再開した。
「とにかく、里の人を見つけて、テレポートで安全な場所にっ!?」
もしかしたら、めぐみんとこめっこの両親と鉢合わせすることを願って里で暴れているシルヴィアに見つからないように動く。
そこでこめっこが大きな声を出した。
「あーっ!?」
「どうしましたかっ!」
「ごはんがーっ!?」
見ると、眼下に有る里の畑がシルビアの炎によって焼き付くされている。
「そんなの今はいいですからっ!!」
余裕のなかったスズハは怒鳴り付けるように畑を無視してこめっこを走らせる。
スズハも混乱する頭が発狂しないようにするだけで精一杯で、心の余裕がなかった。
なんとか堪えて足を動かしているのは、抱きかかえている娘とこめっこの存在があったから。
だが、この事態でどう動けば良いのか、などのマニュアルはスズハの頭の中には存在しない。
今はとにかく里で暴れているシルビアから離れるだけで精一杯だった。
(どうする! どうすれば! ここには、カズマさん達も、誰もっ!?)
焦りばかりが募っていくと、シルビアが破壊した高い建物が崩れ落ちる。
運の悪いことに、その建物の中に保管してあったのだろう、鉄製の物が多くスズハたちの方にも飛び散って落ちてきた。
その範囲は、走ったくらいでは抜け出せないほど広がっていた。
スズハが取った行動は────。
「つあっ……!?」
ヒナとこめっこに覆い被さるように抱きついた後に、
飛んできた鉄が盾の代わりに落とし穴を覆っていたスズハの背中に当たり、その体を貫く。
脚を貫き、小さな鉄の金具が背中に落ちて、苦痛から表情を歪めて苦悶の声を出す。
トドメ、とばかりに倒壊した建物の一部がそのままスズハたちの芳へとゆっくりと落ちてきた。
抵抗する手段などなく、無慈悲に建物はスズハの上へと落とされる。
建造物の落ちた振動が容赦なく伝えられる。
それでも不幸中の幸いだったのは、潰されたのはスズハの胸から下で、落とし穴の中にいた2人には、直接的な被害が無かったことか。
「ゴホッ!?」
「お、ねぇちゃん……?」
腹を潰されたスズハは堪らずに落とし穴の中に大量の血を吐いた。
吐いた血は中に居た2人の頭にかかる。
そこで、運悪くと言うか、これまで起きなかったことが奇跡というか。ヒナが目を覚ました。
かけられた血が不快だったのか、それとも母の状態を悟ってか、泣き出してしまった。
「あーっ!? あーっ!?」
普段なら、慌てて泣き止ますところだが、今は無事だと分かるその泣き声に安心する。
(これ……だめだ……母様に刺されたときといっしょ……)
意識が遠退き、まともに考えることが出来なくなる。
目蓋が落ちるのも抗えない。
「ご……ね……ひ、な……」
落とし穴の中に居る娘に手を伸ばそうとするが動かず、そのまま意識が閉じていく。
(わすれてた……ひとは、こんなにもかんたんに、しんじゃうんだ……て……)
「スズハ?」
最後に聞こえたのは、いつもは凛とした騎士の、呆けるような声だった。
「良いですか! 今回、スズハさんにはもっと取れる行動があったんです! それに、めぐみんさんの妹さんも助けようとしたのは素晴らしい事ですが、貴女が第一に考えなければいけないのは娘のヒナさんと延いては貴女自身の安全であって────」
女神エリスのところに訪れたスズハは、先程から似たようなお説教が繰り返されている。
もうリピート機能でも付いてるんじゃないかと思うほどに。
余程今回の事に憤慨しているのか未だにそのお話は終わることがない。
「そもそも、私は貴女にあんな終わり方をさせるためにあの世界に送ったわけではありません!」
そこでエリスのお説教が一段落し、スズハが小さく手を挙げて質問した。
「その、エリス様。ヒナとこめっこさんは?」
「……今、スズハさんの遺体を回収したダクネスがアクア先輩のところまで運んでいます。お2人も無事一緒ですよ」
「ホッ……良かっ────」
「良くありません!」
娘の無事が判って安堵するとエリスが遮ってきた。
視線をエリスに合わせると、彼女は怒った顔でスズハを見下ろしている
「まだ理解してないようですね。良いですか────」
説教が再開されようとした時に、上から声が響いてきた。
『ちょっとエリスー! スズハの体はもう治し終わったからこっちに戻してー!』
やや緊迫した声で叫んでいるアクア。しかし、そこでエリスが待ったをかける。
「アクア先輩! 少し待ってください! 彼女にはまだ言いたい事が────」
『そんなことより早くスズハをこっちに返しなさいよエリス! こっちも危ないの!! ヤッバイのっ!! スズハの力が必要なの! 早く返してー!!』
アクアの訴えにエリスは視線を上に向けながらコクコクと頷く。
どうやら、アクア達の現状を観ているらしい。
エリスは仕方無さそうに眉間に皺を寄せたまま息を吐く。
「分かりました。状況が状況ですし、スズハさんを今すぐそちらに戻します。準備は良いですね」
「は、はいっ!」
背筋を伸ばして返事をし、エリスが指を鳴らすと、スズハの体が浮かび上がる。
天井に吸い込まれていきながらエリスはスズハに向かって叫んだ。
「良いですか! くれぐれも寿命以外でこちらへ来てはいけませんからね!」
エリスの最後の言葉と同時に再びスズハの意識は真っ暗になっていった。
次回で紅魔の里編を終えるつもりです。
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序盤
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デストロイヤーから裁判まで。
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アルカンレティア編
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紅魔の里編
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王都編
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ウォルバク編
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番外で書かれた未来の話
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その他