この小さな母娘に幸福を!   作:赤いUFO

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カズマ×スズハ。本格始動。


剥がれた仮面

 ────痛い。

 

 思いっきり床に打ち付けられた背中。

 声を上げれば口許を掴まれて顎が壊されるのではないかと思う程に力が加えられている。

 

 ────気持ち悪い。

 

 破くように剥ぎ取られた服から晒された肌のあらゆるところを無遠慮に触られ、舐められた。

 

 ────たすけて。

 

 泣きながら、何度もそう口にした。

 やめて。こわい。たすけて、と。

 部屋の外に居る筈の兄と、この世で1番嫌っていた男に懇願した。

 

 恐怖と苦痛を与えられながら、尊厳だけは奪い取られていった。

 そして。

 そして。

 そして────。

 あの男は、力尽くで繋がってきて、わたしという女の最も大事な物を踏み躙ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁいふぃん、ふふひゃはほはひいほふぉふぉふほ」

 

「ほはへはふーは」

 

「……2人共、口の中の物を飲み込んでから喋れ」

 

 口に食べ物を入れながら話すアクアとカズマにダクネスが注意する。

 いつもの4人パーティーは久しぶりのクエストに出ていた。

 それもこれも、シルビア討伐後の報酬で豪遊していたカズマ達にクエストを受けてくれと受付のルナに頼まれたからだ。

 実情はともかく、功績だけはズバ抜けているパーティーを遊ばせて置くのは、ギルドの職員としての職務姿勢が疑われるので、彼女達も必死だ。

 そうして久しぶりにクエストを受けたカズマ達は、移動中にスズハが用意した弁当を食べていたのだ。

 ゴクンと口の中の食べ物を飲み込んだアクアが話す。

 

「最近、スズハの様子がおかしいと思うの」

 

「おいやめろよ。お前におかしいと思われてるとか、スズハがかわいそうだろ」

 

「……カズマ。いい加減、アンタに天罰を下すわよ? カズマの時だけシャワーの水が出なかったり、トイレの水が流れなかったりして困ることになるからね!」

 

「まぁまぁ。それでアクア。スズハがどうおかしいのですか?」

 

 小競り合いのような喧嘩を始める2人を止めて、めぐみんが問う。

 するとアクアは神妙な顔をして言った。

 

「買い物から帰って来て、手を洗ってたわ」

 

「……水の女神様には手を洗う習慣が無いのは分かったが、外から帰ってきたら手を洗うのは当たり前の習慣でな」

 

 諭すように話すカズマに、アクアが憤慨して声を荒らげる。

 

「ちっがうわよヒキニート! すごく長い時間洗面台から離れないから何してるのかなって思ったら、ずっと手を洗ってたの! 皮が擦り剥けるくらいしつこく!」

 

「はぁ!?」

 

「慌てて止めたんだけどね。本人が気付いてないみたいでハッとされたわ。あ、もちろん擦り剥けた手は治してあげたわよ?」

 

 治した、の部分で胸を張るアクア。

 しかし、手を擦り剥くくらいの手洗いとはなんだろうか。

 そこでめぐみんも思い当たる事があるのか口にする。

 

「そう言えば最近、夜中にお風呂に入っているようですが」

 

「いやいや。スズハ、いつもちゃんと風呂に入ってるだろ」

 

「赤ちゃんのヒナに合わせて長湯が出来ないんですよ。あの子、長湯する方ですし。以前はたまにそうしてましたが、最近は毎日夜中に起きて入浴してるみたいです。気温が上がってきたからだと思ってたのですが。それに、何故か疲れたような顔をして出てくるのが気になって」

 

 風呂に入って疲れるとはどういう事だろうか。

 続いてダクネスも思い出したように顎に指を当てた。

 

「そう言えばこの間、料理の最中にやたらと肉を叩いていたな。その様子が調理の為に叩いていると言うより、何かこう、怒りをぶつけるような感じで。気のせいかと思っていたが、あの時の様子はちょっとおかしかった」

 

 しかし、原因が思い当たらず、首を傾げる。

 

「カズマは何か気付きませんでしたか?」

 

「いや、最近は屋敷に居ることも減ってたから、全然気付かなかったわ」

 

 最近は顔見知りの冒険者と飲んだり、夜の喫茶店に行って宿で寝たりしてたので、自然と屋敷に居る時間が減っていた。

 白い目を向ける3人から目を逸らして考える。

 だがやはり思い当たる節はなかった。

 

「もしかしたら疲れているのかもしれませんね。最近は、少し暑くなってきましたし、アルカンレティアや紅魔の里では散々でしたし」

 

 どちらも魔王軍幹部との遭遇で色々と酷い目に遭った。

 特に紅魔の里では死亡する事態になったのだ。心身共に疲労が重なっていてもおかしくはない。

 

「なら、どうにかしてまた旅行に──―いや駄目だな。何かまた厄介な事に巻き込まれそうな気しかしない」

 

「それならば、家事だけでも2、3日休ませたらどうだ? 最近は本当に頼りっきりだしな」

 

「そうですね。その辺が妥当ですか」

 

「しょうがないわねぇ、スズハは。私みたいに息抜きする方法を知らないから」

 

「お前は堕落してるだけだろうが」

 

「カズマに言われたくないわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(新しいベビーカー、便利。カズマさんに感謝しないと)

 

 紅魔の里で新しくカズマが作ったベビーカーを押す。

 以前よりも押しやすいように改良され、ブレーキも付いている。

 まだ不要だが、これから暑くなることも考慮して日除け用の傘が広げられるようになっていた。

 

(これも商品にしたら売れそうなんですけど)

 

 今度カズマに言ってみようか、と考えながら買い物をする。

 

(今日は皆さんお仕事をして帰ってくるから濃い目の味付けの方が良いですよね? でも、カズマさんとアクアさんは飲み歩いてる事が多いからお野菜は多めに……)

 

 指を折りながら献立を考える。

 毎日飽きないように献立を立てるのにも頭を使うのだ。

 

(ヒナも流動食を食べられるようになったけど、あんまり口にしてくれない時もあるし。商店街の方たちに良いアドバイスが貰えると良いけど)

 

 流動食があまり好きではないのか、思うように食べてくれない。

 こういう時に現代日本の有り難みが身に染みる。

 そんな事を思い、商店街の人達と話しながら買い物を済ませていると、顔だけは知っている人と会う。

 

「アレ? 君は……サトウカズマの裁判の時の」

 

「貴方はあの時の」

 

 カズマの裁判の時に検察官のセナに呼ばれていた少年。

 青い鎧と腰に下げた魔剣のソードマスター。

 

「確か、ミツルギ、さん……でしたよね? 初めまして。シラカワスズハと申します」

 

 小さく会釈するスズハに、ミツルギは穏やかな笑みを浮かべた。

 

「アクア様は元気かな?」

 

「はい。アクアさんはいつも元気ですよ。昨日も、他の冒険者の方とお酒の席で賭け事を興じて、お小遣い全部取られたーって泣いて帰ってきました」

 

「そ、そうかい? それは大丈夫なのかなー?」

 

 キョウヤが引き吊った笑みを浮かべていると、スズハがいつもの事ですから、とフォローする。

 

「それで、アクア様達は今日────」

 

「お仕事で出掛けてます。ですから、今日はちょっと豪華な食事をご用意しようかと」

 

 健気にそう言うスズハに、キョウヤは感心したように褒めた。

 

「偉いんだね、君は」

 

 そして、頭を撫でようと腕を動かしてきた。

 手が触れる瞬間、スズハの目には、キョウヤがこの世で1番おぞましい(かいぶつ)に映った。

 

「いや!?」

 

 スズハがキョウヤの手を払い除ける。

 

「あ……」

 

 ビックリした表情のキョウヤだが、今話したばかりの男に触れられて良い気分はしない事に気付いた。

 

「あ、ごめん。嫌だったかい?」

 

「ちが……わたし……は……っ、ごめんなさい!」

 

 頭を下げて逃げるように去るスズハ。

 呆然としていると、キョウヤの肩を誰かが掴んだ。

 

「おい兄ちゃん。いったいあの子に何したんだ? えぇ!」

 

「え? 僕は何も……」

 

「へー。何もしてないのに、あの子があんなに恐がったって言うのかい?」

 

 見ると、商店街の住民が、キョウヤを取り囲んで居た。

 その後に、誤解を解くのに1時間程の時間を有した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミツルギキョウヤから逃げるようにして去ったスズハは、狭い路地に入り、体をくの字に曲げて呼吸を調えた。

 吐き気や体が震えている。

 

「わたし、どうして……」

 

 あの一瞬、キョウヤがおぞましい存在に見えた。

 

「もう、大丈夫な、筈なのに……」

 

 あの男の事は、もう踏ん切りは付いた筈だ。

 今更、恐がる必要は、ないのだ。

 

「ダイジョウ……だいじょうぶ……わたしは、大丈夫……」

 

 自分に刷り込むように繰り返すスズハ。

 気持ち悪さは治まり、震えていた体も止まる。

 空を見上げるとふと思った。

 あの日。あの男に襲われたのは、このくらいの季節だったな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズマ達がクエストを終えて帰ってくると、スズハはちょうど階段の上を掃除している最中だった。

 帰って来たカズマ達が階段に上ってきた事に気付くと、スズハは立ち上がって迎えた。

 

「おかえりなさい、皆さん。今日はどうでしたか?」

 

「どうしたもこうしたもねぇよ! 今回は水質が落ちた街の水源の1つを浄化するだけだったのに、途中でモンスターが出て来て、めぐみんが水源ごと爆裂魔法でモンスターを吹き飛ばしやがったんだ! 幸い、直撃じゃなかったから壊滅とはいかなかったが、工事代として報酬なし! むしろクエスト失敗でこっちが金払わされたぞ!」

 

「あんな絶好の位置とタイミングに現れたモンスターが悪いのです。私は悪くありません」

 

「喧しいわっ!」

 

 背負っていためぐみんを乱暴に降ろす、というより落とした。

 お尻を打っためぐみんは痛そうに擦る。

 めぐみんが文句を言おうとすると、ダクネスがまぁまぁ、となだめる。

 そこでアクアが今朝の提案を口にした。

 

「ねぇ、スズハ。貴女、最近疲れてない?」

 

「いいえ。そんなことはないですけど」

 

「実は、私達は最近スズハに家の事を頼りすぎていると思ってな。それで、どうだろう? 2、3日休んでは。いや、ヒナの事もあるから、完全に休むとは言えないだろうが」

 

「そんな……お世話になってるのはこちらですのに……」

 

「いえ、むしろ、最近は私達がお世話になりっぱなしというか……」

 

 休む事を提案する皆に、スズハは、やはり簡単には了承しない。

 その態度に業を煮やしたカズマが強制的に休ませようとする。

 

「とにかく、明日からは家事禁止! 俺達がどうにかするから! 明日からはぐうたらしてろ!」

 

 触れようとしてくるカズマ。

 鼻につく男性の体臭。

 伸ばされた手は、あの時に自分を押さえつけた手へと変わり。

 その姿は、スズハが最も嫌悪するあの────。

 

「え?」

 

 誰もが止める間もなく、スズハは階段からカズマを突き落とした。

 ゴロゴロと転がりながら落下するカズマ。

 

「カズマ!?」

 

「スズハ! いったい何をっ!?」

 

 アクアとめぐみんが落ちたカズマに駆け寄り、ダクネスは呆然としているスズハを見る。

 

「ちが……わ、わたし、そんなつもりじゃ……!?」

 

 わなわなと驚愕の表情で震えるスズハ。

 

「わ、わたしが、カズマさんを落として? ……わたし、がぁ……!」

 

「落ち着けスズハ! カズマは大丈夫だ! ほら!」

 

 幸運値の賜物か、それとも防御力に依るものか、カズマは打ち身程度の怪我で済んでいる。

 それを確認してもスズハの震えは治まらない。

 

 

 誰もが、大抵スズハを見てこう評する。

 優しく礼儀正しい。あの年で嫌な顔1つせずに赤ん坊の面倒を見ている責任感の強い、手のかからない子供。

 その評価は別段間違っていない。

 しかし本当に、それがシラカワスズハの素顔だろうか? 

 例えばそれが、彼女が生まれた時から刷り込まれた、仮面(ペルソナ)だとしたら? 

 本人も気付かない程に張り付いた仮面だとしたら? 

 そしてもしも、その鉄の仮面だったそれが、土の仮面に変わり、崩れ落ちたとしたら? 

 

「あ、あ、あ、あぁっ!?」

 

 ボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロボロ。

 

 目に見えない仮面は、他者を傷付けた事で脆くも崩れ落ちる。

 

「あ────っ」

 

 喉が裂けるほど大きな絶叫と共に屋敷を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 足に何も履かずに屋敷を出たスズハは、足の裏の痛みを気にする事なく、闇雲に走っていた。

 

(どうしよう! どうしよう! わたし、どうして……!?)

 

 何故カズマを階段から落としたのか理解できずに混乱する頭を押さえながら走る。

 しかし途中で、尖っていた石が足の裏に刺さり、痛みで転んでしまう。

 

「い、た……っ!」

 

 手をついて体を起こすと、目から涙が溢れてきた。

 

「ちょっと、どうしたの!?」

 

 転んだスズハに銀髪の少女が話しかけてくる。

 

「クリ、ス……さん?」

 

「なんで靴履いてないのさ! それに酷い顔だよ!」

 

 心配して駆け寄ってくるクリスにどうにかいつも通りに挨拶をしようと顔を動かす。

 

「こんにち、は……クリス、さ……」

 

 でも、仮面が剥がれ落ちたスズハにはそれが出来なくて。

 クリスの腕を掴むと嗚咽が漏れた。

 

「わたし……わ、たし……わたし、は……っ!?」

 

 もうこれ以上、取り繕う余裕がなくて。

 

「スズハ?」

 

 自分を心配して呼んでくれたその声に、委ねたくなり、もう涙を自分の意思で止めることが出来なかった。

 

「あ、うあぁ……っ、あぁああああああああああっ!?」

 

 シラカワスズハは、幼子のようにわんわんと泣き崩れた。

 

 

 

 

 

 

 

 




バニル登場の時に言ったスズハの仮面が剥がれ落ちる話です。
後2話で終わらせて王都編に行きます。

読者さんがこの作品で好きな話は?

  • 序盤
  • デストロイヤーから裁判まで。
  • アルカンレティア編
  • 紅魔の里編
  • 王都編
  • ウォルバク編
  • 番外で書かれた未来の話
  • その他

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