「うっし、完成だ!」
「それがカズマが言っていたベビーカーという物ですか」
最後のパーツを組み込んで完成したベビーカーをめぐみんを始めとしたパーティーメンバーが感心したように見つめる。
「今までスズハの奴、抱っこしてるか背負ってただろ。それだと移動や買い物とか色々と大変そうだし。少しでも負担を減らせればと思ってな。工作用のスキルも修得したし、その効果の確認も含めて」
照れ臭そうにベビーカーを押したり引いたりして車輪の動作確認をする。
「よし。大丈夫そうだ。スズハ。ヒナを乗っけてみてくれ」
「は、はい!」
言われて慎重に娘を毛布を敷かれたベビーカーに乗せる。
小さな音を立てて、今後の成長に合わせてあるのだろう。やや隙間が空いていた。
最後にベルトで固定する。
軽く動かすと問題ないようだった。
「わぁ! ありがとうございます。カズマさん!」
スムーズに動くベビーカーに感動してペコペコと頭を下げるスズハを見て少し顔を赤くして、おう! と返す。
それを見ていたアクアが自分の中の口元を手で軽く押さえた。
「なーにー? カズマさんったら顔赤くしちゃって。スズハみたいな子供にお礼を言われて浮かれちゃってるの? ガチにロリコンみたいで怖いんですけど! これだから童貞ニートは。身の危険を感じるわ! プークスクスクス!」
などと笑っているアクアに青筋を立てるカズマ。
「安心しろ。例えどんなに性欲が溜まってもお前を襲うほど趣味は悪くねぇから」
「なんですって、このヒキニート!!」
「だいたい、馬小屋生活の時からお前に欲情したことなんて一度もねぇよ。なんとか頑張ってヒロインとして意識しようとしても駄目だったわ」
「なんでよーっ!?」
怒った風でもなく淡々と告げられた事実に泣きそうな顔でカズマの肩を揺さぶるアクア。
その2人のじゃれあいを余所にベビーカーに乗せたヒナを構っている3人。
「それにしてもその服、動きづらくはないですか?」
「そうですか? わたしとしてはこれが慣れていますから。洋服は動き易いですけどこちらの方が落ち着きますし」
スズハが今着ている和服は最初に着ていた物ではなく、こちらで拵えた物だ。
と言ってもアクセルで和服が売っていたのではなく布を買ってスズハ自ら縫い上げたのだ。
最初に着ていたのは橙色に椿の柄が入った物だったが、今は地味な赤茶色の柄無しを着ている。
めぐみんがそんなものですか、と納得していると今度はダクネスが質問した。
「前々から思っていたが、スズハはもしかして良いところの出なのか?」
「どうしてそう思うんですか?」
「いや……動きが洗練されているというか、綺麗だからな。普段から意識していないとそういう動きは身に付かない。そしてそうした作法は市井の出にはあまり必要ないからな」
ダクネスの言葉にスズハは、んー、と少し考えて答えた。
「そうですね。確かに大きな家でした。それに教育も結構厳しかったと思いますし。今思うと」
「厳しかった、ですか……」
「はい。小さい時から人の目を常に意識して行動しなさいって教えられましたし。ご飯の時とかも、溢したり行儀悪くするとご飯を取り上げられてましたから。それに、門限を過ぎると寒い土蔵に一晩閉じ込められたり」
「そりゃあ、また……」
アクアと言い争っていたカズマは何とも言えず曖昧な態度で返す。
それって虐待じゃね? と思ったが、本人は気にしていない様子なので反応に困るのだ。
そこでダクネスが頬を染めつつ憤りの表情をみせた。
「我が子になんてひどい仕打ちを……! くっ、なんて羨ましい……!!」
「いや、興奮すんなよドM騎士」
「してにゃい!?」
まったく説得力の無いダクネスの緩みきった顔だった。
早速、ベビーカーを押してダクネスと2人でアクセルを歩いていた。
「それじゃあ、この原稿を出してきちゃいますね。それまでヒナをお願いします」
「あぁ。任された。帰りの荷物持ちも任せてくれ」
目的の店に辿り着いて中へと入っていくスズハ。
スズハがやっている内職。それは子供向けの本の写しだった。
この世界に来た際に言語と読み書きが出来るようになったのだからとコピー機がないこの世界で本の写しの内職を始めたのだ。
文字数の少ない子供向けの本。その写しはスズハにとって都合が良かった。家で作業出来るのもある。
外で待っていたダクネスに知り合いが話しかけてくる。
「や! ダクネス! そんなところでどうしたの?」
「クリスか。いや、スズハがここの店に用が有ってな。私はここで待っているところだ」
「あー。そういえば写本の内職始めたって言ってたもんね」
それなりにスズハと親交のあるクリスは納得した様子で手を叩く。
そうして店の外で待っていると、スズハが戻ってきた。
「お待たせしました。あ、クリスさん、こんにちは!」
この街に来て初めて自分に親切にしてくれた人間だからか、スズハは一緒に暮らしているダクネスたち以上にクリスに懐いていた。
「うん、こんにちは。写本の内職はどうだった?」
「字が綺麗だって褒められました。給金も少し色を付けて頂いちゃいました」
「それは良かったな」
手のひらに乗せた少量の金額。
冒険者はもちろん。日々のカズマたちのアルバイト代よりも少ない金額だが、初めて自分で働いて稼いだお金にちょっとだけ誇らしそうだ。
そんなスズハの様子が微笑ましく、2人の頬が緩む。
「これからお夕飯の買い物なんですけどクリスさんもどうですか? こちらに来るならご馳走しますよ」
「うーん。嬉しい申し出だけど、あたしも忙しくてさ。また今度誘って」
「そうですか……」
手を合わせて断るクリスに残念そうな様子で肩を落とすスズハ。その様子にクリスがちょっとだけ胸を痛める。
「でも、買い物くらいは付き合うよ! ちょっと聞きたいこともあるし」
その申し出にスズハのが嬉しそうに笑みを浮かべた。
「この街に来て一月近く経つけどどう? カズマとかに変なことされてない?」
「カズマさんですか? いいえ。むしろ、色々と気を使ってくれて助かってます。このベビーカーもカズマさんが作ってくれたんです」
「へー。カズマがねー」
同郷だからか。それとも子と共にこの街に放り出された少女への同情からか。カズマは積極的に面倒を見てくれていた。
そこでスズハが少しだけ表情を曇らせる。
「でも、アクアさんが少し……」
「アクアさん? あの人がどうかしたの?」
「アクアさんがヒナの面倒を見ようとするんでけど、この子が恐がって泣いちゃうのに意地になって見ようとするのが少し……」
それも理由が子供が好きだからとかではなく女神である自分に純粋な赤子が懐かないなんておかしい! という理由でだ。
もしかしたらヒナはアクアのポンコツな性格を本能で察しているのかもしれない。
「それにこの間も酒場のツケを払うためにわたしがこちらに来たときに着ていた服を勝手に売ろうとしたこともありまして」
「おい。それは私も初耳だぞ」
スズハが着てきた和服は向こうの世界でもかなり上質な和服である。その服の物珍しさも手伝って高値で売れる筈だと手入れをして置いてあったのを勝手に持ち出してしまったのだ。
それを見ていたカズマとめぐみんが止めてくれたが、ここ最近、思うように飲めないのがだいぶストレスらしい。
聞いてクリスが額を押さえてアクア先輩……などと呟いたが、2人には聞こえなかったようだ。
少ししてクリスが話題を変える。
「そういえばさ。スズハは冒険者カードの登録はしないの?」
「おいクリス」
「分かってるよ、ダクネス。あたしだってスズハにクエストとかを受けろって言ってるんじゃなくてさ。身分証とか。スキル習得とかに役立つから勧めてるの!」
今のスズハはアクセルに暮らしている身元不明の住民でしかない。故に冒険者登録をしておけばそれが身分証にもなる。
ついでにここで暮らしていく上で何らかのスキルが取れれば上々。
もちろんギルドとしてはそんな理由での登録に良い顔をしないだろうが、ある程度は許容してもらえるだろう。
「手にしたスキルで何かの店を構える冒険者も少なくないしさ。将来的には取って置いたほうがいいと思うんだよね。クエストを受けるかどうかも本人の裁量だし」
「なるほど」
クリスの説明にスズハは頷く。
モンスター退治などは難しいだろうが、身分証というのは魅力的だった。
考えておきますとだけ答えるとちょうど食料を売っている商店街に着いた。
先ずは近くにある肉屋に向かう。
「お! スズハちゃん。夕飯の買い物かい? 今日はジャイアントトードの良い肉が手に入ったんだ! どうだい? 安くしとくよ」
店主の男性が勧める巨大カエルの肉。かつての世界の感性から初めは忌避していたが、今は気にせず調理している。
「良いですね。お値段は?」
「300エリスでどうだい? 今ならそっちの嬢ちゃんたちも含めて串焼きも付けちゃうよ!」
手元で焼いていたジャイアントトードの串焼きを見せる。
「ならそれで」
財布から300エリスを取り出して払い、肉と串焼きを受け取る。
別れ際にまた来てくれよ! と切符の良い声がした。
「オマケも貰っちゃいました」
貰った串焼きをダクネスとクリスに渡す。
「あはは。スズハは人気者だね」
「はい。皆さん、とても良くしてくれます」
串焼きを受け取って次は八百屋に。
「おやスズハちゃん。今日は何をお求めだい?」
「馬鈴薯と玉葱。それから人参を。あ、りんごもお願いします」
「あいよ。今日は、活きの良い玉葱を仕入れたから、1つ追加で持っていきな!」
「どうもです」
ペコリと頭を下げる。
それからも、寄る店寄る店でスズハが寄ると何らかのオマケをしてくれる。
それを見ていたダクネスがポツリと呟く。
「まるでアイドルだな」
それを聞いていたミルク屋の店主が苦笑した。
「間違ってないわね。最初はあんな子供が赤ん坊を抱えてるから、皆で見守ってあげようって話だったんだけどね。そんな苦労を微塵も出さずにニコニコと買い物をしていくあの子を見てるとつい、背中を押してあげたくなるのよ」
店主の言葉にダクネスとクリスは笑みを浮かべた。
ここに来たばかりの頃はあんなにもか細く見え、自分を追い込むような表情をしていた筈なのに。こうして笑い、街の皆に受け入れられている。
それが我が事のように嬉しかった。
そうして市を抜けていく途中で、用事があると店に入っていくダクネス。
2人っきりになるとスズハから声をかけた。
「クリスさん。今まで、お聞きしたかったことがあって」
「どうしたの、畏まって?」
「クリスさんは、わたしがこの街に来るより前のことを……」
スズハの質問にクリスの顔が少しだけ険しくなる。その反応だけで答えは判ってしまった。
「そうですか。やっぱり」
「うん。ごめん。嫌だよね。自分の知らないところで昔のことを知られるの」
「あ、いえ! 構いません。別に言い触らされてる訳じゃないですし。でも────」
首を振るスズハ。
「その……穢いとか、悪い人だって思いませんか? わたしのこと」
小さく肩を震わせて問うスズハ。
それはまるで、叱られるのを怖がる幼子のようだった。
「思わないよ。むしろ、スズハは被害者じゃん」
「どう、なんでしょう……皆メチャクチャになって。わたしにはそれを避ける手段があったのに、ずっと無視してましたから」
スズハからすれば、責任の一端は自分にもあると思っている。
ネガティブに考えているスズハにクリスは嘆息した。
「何度でも言うよ。スズハは悪くない。それにそんな事言ってたらヒナに悪いでしょ?」
口調こそ軽いが、諭すような言葉にスズハは瞑目した。
「ま。スズハなりに思うところがあるのかとしれないけどさ。この街では関係ないことなんだよ。だから顔を上げていこ!」
市の人たちにあんなにも愛されている少女。それは彼女が積み上げてきた人間関係に他ならない。
昔のことなどに振り回される必要はないのだ。
「ありがとうございます……」
「もう。そんな風にされることじゃないってば!」
頭を下げるスズハ。
それにクリスは肩を竦める。
狙ったようなタイミングでダクネスが店から出てきた。
「すまない。待たせた」
「いえいえ。それじゃあ、帰りましょう」
「それじゃあ、あたしもここで」
ベビーカーを押して進むスズハ。
別れる前にクリスはダクネスに小声で話しかけた。
「ダクネス。あの子のこと、良く見てあげてね」
「ん? まぁ、今はあの子もうちのパーティーメンバーみたいなモノだからな」
当然だろう、と言うダクネス。それにクリスは満足げに頷いた。
ダクネスとスズハを見送った後にクリスがポツリと呟く。
「これから先、あの子から何を聞いても、味方でいてあげてくださいね、皆さん」
その言葉は風と共に消え、誰にも聞かれる事はなかった。
次でスズハのステータスが判明?
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序盤
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デストロイヤーから裁判まで。
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アルカンレティア編
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紅魔の里編
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王都編
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ウォルバク編
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番外で書かれた未来の話
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その他