この小さな母娘に幸福を!   作:赤いUFO

44 / 79
会食、王城でやってたのかと思いこんでたらダスティネス家だったと最近理解して、そこら辺修正しました。


スズハおかあさん。叫ぶ、叩く、怒る。

 結果を言うと、目を覚ましたヒナがそれはもう大声で泣き出した事でカズマの実力云々は有耶無耶になった。

 ダスティネス家とはいえほぼ見知らぬ場所。

 知らない人間が大勢目に映り、不安になったのだろう。

 ヒナがそれはもうギャン泣きし、スズハが泣き止まそうとしていたが中々泣くのを止めず、周りに謝罪して頭を下げ続ける。

 そんな空気の中で決闘云々なんてする訳もなく、

 場が有耶無耶になったことにダクネスは安堵する。

 アイリスは赤ちゃんが自分を見て泣いたことに若干ショックを受けた様子だが、スズハにそれを気にしている余裕はなかった。

 

「あぁ……やっぱり食べてくれない……」

 

 別室に通されたスズハは、ダスティネス側が用意してくれた離乳食をヒナに食べさせるが口に合わないのか、ペッと吐いてしまう。

 仕方がないので、念のために持ってきていたヒナ用のクッキーは与えると美味しいそうに齧りついた。

 

「もう……」

 

 現金な娘に困った顔で笑うスズハ。

 そこでカズマ達がやってくる。

 付き人であるクレアの後ろにはアイリスもいた。

 

「どうですか、ヒナは?」

 

「あ、はい。やっぱり、知らない場所で目が覚めた事とお腹が空いた事が原因みたいです」

 

 それからスズハはすぐにアイリス王女に体を向けて頭を下げた。

 

「今回のお誘い、このような形で台無しにしてしまい、申し訳ありません」

 

「……いいえ。お気になさらずに。元はと言えば、私の軽率な発言で場の空気を悪くしてしまったのが原因ですので。ただ、いきなり泣かれたのは、その……ショックでしたが」

 

 そう言うと、アイリスは視線を下げて、スズハに抱けれながらクッキーを食べるヒナを見る。

 与えたクッキーを食べ終わったヒナはゲップをする。

 落ち着いてきたらしく、先程と違い泣く様子はない。

 その姿をアイリスが興味津々な様子で見ているが、スズハは敢えて気付かないフリをした。

 そこでダクネスが告げる。

 

「アイリス様、今回の食事会は色々とありましたが、時間をお取りいただき、ありがとうございます。次の機会がございましたらもっとアイリス様の気に入る冒険譚をお話しましょう」

 

 ダクネスが一礼する

 スズハがアイリス王女の横を通るとヒナがその手を伸ばす。

 

「うーあー」

 

「あ、こらヒナ!」

 

 スズハの腕の中で動いてアイリスへと手を伸ばすヒナを嗜める。

 しかし、一向に手を伸ばす事を止めようとしないヒナ。

 最初は自分に手を伸ばすヒナに先程泣かれた事からビックリしたアイリスがおずおずとその手を握る。

 

「だー」

 

 それが嬉しかったのか、ヒナが小さく手を動かす。

 

「────」

 

 それに何故かアイリスが息を呑む表情になる。

 だが、スズハはヒナが手を伸ばしている理由に気付いていた。

 

(頭にあるぶどうの髪飾りを取って食べようとしてる)

 

 向こう側は気付いてないようだし、早々に立ち去ろうとヒナに手を離させた。

 

「娘は、アイリス様に手を取ってもらえて嬉しいみたいですね。ありがとうございます」

 

「私と手を握ってうれしい……」

 

 社交辞令を述べると、離した手を見つめるアイリス。

 それからアイリスは付き人であるレインのテレポートで王城へ帰還するらしい。

 

「嘘つきだなんて言ってごめんなさい。また私に冒険譚を聞かせてくれますか?」

 

「も、もちろん!」

 

 カズマが調子の良い事を言って別れが近づき、レインがテレポートを使う直前、アイリスがカズマとスズハの体を引き寄せた。

 

「おっ!?」

 

「え?」

 

 声と共に2人も巻き込んでテレポートの光に包まれる。

 光が消えるとそこには王城を背にして微笑むアイリス。

 その様子に付き人であるクレアとレインも驚いた様子で口を半開きにしている。

 

「また私に、冒険譚を聞かせてくれると言ったでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……カズマさんが本当にすみません」

 

「いえ、スズハ様のせいでは……」

 

 笑みを浮かべたまま眉間に皺を寄せるレインにスズハは頭を下げる。

 アイリス王女と一緒に王城に連れてこられて数日。

 最初は誘拐だと文句を言っていたカズマも、王城で自堕落な生活が出来ると分かると水を得た魚のように調子に乗り始めた。

 アイリスの客人という立場を利用して好き勝手している。

 その上、アイリスにお兄様とか呼ばせる始末。

 他にも、アイリスの勉強中にシャボン玉や竹トンボを使って気を引き、授業の邪魔をしたりなどの問題行動を起こしている。

 その都度スズハが周りに謝罪していた。

 

 そうしていると、城に魔王軍襲撃を報せる警報がなる。

 この警報を聞くのも2回目だ

 

「魔王軍の襲撃はこうまで頻繁に起こるのですか?」

 

「いえ、ここまでは。最近では2、3日に1回は魔王軍の襲撃があります。それも何故か、こちらの警備が薄いところを狙って。今は城の兵士と腕利きの冒険者が揃っていますので大事にはなっていませんが」

 

 危機感を表情に出さずにいるが、毎回戦力の薄いところを狙われていることに疑問を抱いているらしい。

 しかし、すぐにレインは笑みを浮かべた。

 

「ですが、スズハ様はお気になさらずに。それよりもアイリス様とお話しして上げてください。あの方は歳の近い同性と接する機会が少ないので。カズマ様とお話しするよりも、余程有意義だと思いますので」

 

 要するに、アイリスと接する時間を増やしてカズマがアイリスと話す時間を減らせということだろうと解釈する。

 カズマとアイリスが話している部屋に着く。

 

「あ、スズハさん!」

 

 広い部屋で遊んでいたアイリスが小さく手を振る。

 よく家でやっているチェスに似たボードゲームで遊んでいたらしい。

 劣勢なのか、カズマは苛ついた表情で盤面を見ている。

 スズハが近づくと、抱っこしていたヒナの頬にアイリスの指が触れる。

 くすぐったそうに顔を動かすヒナに、アイリスは目尻を下げる。

 

「あの……ヒナさんを抱かせてもらっても良いです? 先程からゲームが続かなくて」

 

「ぐう……!? ゲーマーの俺が……俺が……!」

 

 勝ち筋が見えず頭を抱えるカズマ。

 そんなカズマを無視してスズハは頷く。

 

「かまいませんよ。ヒナも、アイリス様が触れるのを嫌がりませんし。抱っこの仕方は────」

 

 了承し、アイリスにヒナを預ける。

 アクセルの街ではヒナを抱っこさせてほしいというお願いはよくされる。

 この世界に来始めた頃はともかく、最近はヒナが嫌がらなければ了承しているので抱き方を教えるのは慣れた物だった。

 

「ここを、こうして……はい。大丈夫です」

 

「わぁ……」

 

 始めて赤子を抱っこして、感動した声を出す。

 頬を綻ばせるアイリス。

 赤子に構うスズハとアイリスを見て、盤面に頭を悩ませていたカズマが腕を組んで思案している。

 

「……なぁ、2人とも。ちょっとお願いがあるんだけど、いいか?」

 

「なんですか、お兄様?」

 

 神妙な顔つきのカズマに2人が首をかしげる。

 

「悪いんだけど、ちょっと床に座って上目遣いでこっちを見てくれないか?」

 

「? はぁ……別に構いませんが……」

 

 言われた通り、床に手を付いて、上目遣いにカズマを見る。

 和風少女(スズハ)洋風王女(アイリス)が上目遣いに自分を見ている。その光景にカズマはゴクリと喉を鳴らした。

 

「俺……ライターなんて作らずにカメラでも作れば良かった……」

 

 そうすれば、今の光景を写真に残せたのに、と先程とは別の理由で頭を抱える。

 帰ったら、カメラを作ってみようと決める。

 流石にデジカメは無理だろうが、自分で現像するインスタントカメラならスキルとこの世界の魔法技術ならいける気がする。

 そんな事を考えていると、スズハが立ち上がった。

 

「すみません、少々お手洗いに。少しの間、娘を見てもらっても構いませんか?」

 

 申し訳なさそうにお願いするスズハに、アイリスが緊張と興奮が混じった様子で頷く。

 

「はい! 任せてください! ヒナさんには傷1つ付けさせません!」

 

「いや、何処からか襲撃でもされるのかよ」

 

 カズマの突っ込みに苦笑してスズハは席を外した。

 スズハが部屋から出た後に腕に抱えているヒナを見る。

 

「お兄様……ヒナさん、とっても柔らかくて温かいです。こんなに小さくて、弱々しくて、放っておけない」

 

「あーうー」

 

 覗き込むように顔を近づけると、ヒナがアイリスの顔を撫でるように触れる。

 その行動に興奮して顔を赤くし、笑顔になる。

 

「お兄様も、毎日ヒナさんを抱っこしてるのですか?」

 

「いや、俺はヒナを抱っこしたことはないな。その……恐くて、な……」

 

 カズマが始めてヒナを見たのは数ヶ月前で、今より小さかった。

 どうしたら良いのか分からず、自分から触れようとはしなかった。

 最初の頃は、ヒナも警戒して、あまり良い顔しなかったという理由もある。

 だから、何度もヒナを抱き上げようとしたアクアの意地にはちょっと感心していた。

 20分くらい経っても戻ってこないスズハに疑問を感じ始めた頃に、ヒナがぐずり出す。

 

「ど、どうしましょう、お兄様! ヒナさん、泣きそうです! 私、何か泣かせるような事をしてしまったのでしょうか!?」

 

 困惑するアイリスにカズマはこれまでの事から考える。

 

「いや、そんなことはないと思うが。え、と……オムツって訳じゃなさそうだし……あ、そろそろおやつの時間だから腹でも空かせてるのかも」

 

 カズマの呟きにアイリスは、お腹を……、と繰り返すと、一旦ヒナをベビーカーに置いて部屋を出ていった。

 1分と経たずに何か、小さな壺とスプーンを持ってきた。

 どうやら、その中身をヒナに与えるつもりらしい。

 

「いや、スズハが戻ってくるまで待った方がいいんじゃないか?」

 

「そんな! お腹を空かせているヒナさんを放って置くなんて出来ません! かわいそうです!」

 

「いや、でもなぁ……」

 

 難色を示すカズマだが、食べられない事もないか? と強くは止めなかった。

 そうしてアイリスは壺の中にある、()()()()()()をスプーンで掬い、ヒナの口へと近づける。

 

「さぁ、ヒナさん。どうぞ」

 

 それをヒナは口を開けて入れようとした時────。

 

 

 

 

「ひゃぁああぁあああああぁあああっ!?」

 

 

 

 今まで聞いた事のない叫び声が届き、ビックリしてアイリスの手が止まり、2人は戻ってきたスズハの顔を凝視した。

 スズハは駆け足でヒナのところまで近づき、アイリスの手にあるスプーンと壺を叩き落とした。

 

「お、おい! どうした!」

 

 スズハらしくない乱暴な行動にカズマが問うが、無視してヒナのお腹を押し出した。

 

「ヒナ、吐きなさい! 吐いてっ!!」

 

 先程の粘液を食べたと思い、必死で吐かせようとするスズハ。

 苦しそうにするヒナにアイリスが怒った顔で止める。

 

「や、やめてください! ヒナさんが苦しそうです! それに変な物を食べさせようとした訳じゃ……」

 

「じゃあ、その壺の中身はなんですか!」

 

「何って……”蜂蜜”ですけど?」

 

 蜂蜜と聞いてスズハの顔が青くなり、更に吐かせようとする。

 もういい加減泣きそうなヒナを見てカズマが割って入る。

 

「いや、食べる前にお前が止めたから。っていうか、ダメなのか、蜂蜜?」

 

 カズマの言葉にスズハが珍しい、焦りと怒りが合わさった顔になる。

 

「当たり前でしょう!! 赤ちゃんに蜂蜜を与えるなんて、最悪死んでしまいます!!」

 

『えっ!?』

 

 スズハの言葉に驚くカズマとアイリス。

 アイリスはともかく、カズマにまで驚かれた事にスズハはヒナを抱き上げて苦い表情になった。

 赤ちゃんに蜂蜜を与えると、腸内に排出できない菌が増殖し、最悪死に至る事を説明する。

 説明を聞いたアイリスは最悪の事態を想像して震え出す。

 

「わ、私は……これなら甘くてヒナさんが喜んでくれると思って……」

 

「ヒナの食事はわたしが全面的に面倒を見ますので、余計な事はしないでください!」

 

 強い口調でそう言うと、涙目でしゅんとなるアイリス。

 ヒナの為に何かをしようとしてくれるのは嬉しいが、生死に関わる物を与えられては堪らない。

 握り拳を作ったアイリスが後悔した様子で口を開く。

 

「無知で有ることが、誰かを危険に晒す事もあるのですね……私はそれを実感しました。スズハさん! 私に、もっと赤ちゃんの世話の仕方を教えてください! もっと色々と勉強して、私も、ヒナさんのお母様になります!!」

 

 宣言するアイリス。

 その姿にスズハはニコリと微笑む。

 

「……赤ちゃんが欲しいのならご自分でお願いします」

 

「そんなっ!?」

 

 あっさりと袖に振られて先程とは別の理由で泣きべそをかく。

 カズマも止められなかった事を申し訳なく思いながら質問した。

 

「そ、それよりも遅かったな。大の方だったか?」

 

 カズマの質問にスズハは目を細めたが、ヒナの後ろ頭を撫でつつ答えた。

 

「……此方に戻る途中に、ここで精霊に関しての研究をしている方にお会いしまして。一応わたしも精霊使いですから。少々お話しを」

 

 スズハの言葉にアイリスが手を叩く。

 

「ホーリー・ジョージさんですね。精霊やその契約に関する研究をしている方で、8年程前からご夫婦で研究をしています」

 

「へー。なら色々と話が聞けたのか? ほら精霊の事、知りたがってただろ」

 

「いえ、ヒナが心配でしたので、すぐに話を切り上げました。それに────」

 

 難しい表情をしてスズハは独り言のように呟く。

 

「わたし、あの人をあまり好意的には見れません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホーリー・ジョージは自分の研究室で腕を組んで難しい表情をしていた。

 彼が頭を悩ませているのは、最近城に住み始めた黒髪の少女だった、

 

「あの娘こそ正に、天然のエレメンタルマスター……」

 

 自分のような紛い物とは違う。精霊に愛された本物の天才。

 

「計画も順調に進み、魔王軍とのパイプ繋ぎもようやく終わったというのに」

 

 彼の望み。その達成がもう少しで叶うというのに、本腰を入れる段階でとんだイレギュラーがやって来た。

 

「勘づかれると厄介ですし、先ずはあの少女を────」

 

 ジョージは計画の修正を頭に描き始めた。

 

 

 

 

読者さんがこの作品で好きな話は?

  • 序盤
  • デストロイヤーから裁判まで。
  • アルカンレティア編
  • 紅魔の里編
  • 王都編
  • ウォルバク編
  • 番外で書かれた未来の話
  • その他

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。