「ここをこうして……はい、出来ましたよ」
「あ、ありがとうございます、スズハさん」
アイリスはスズハに花柄の桃色和服を着せてもらい身体を動かす。
「わたし用に作成した着物ですけど、アイリス様と身長や背格好が似ていて助かりました」
城に来たばかりの頃は向こう側が用意した服を着ていたスズハだが、やはり着慣れた和服が落ち着くのか、時間が余っているということもあり、和服を自作し始めた。
他にもヒナの世話やアイリスとのお話しの合間にチクチクと縫っていた。
それに興味を持ったアイリスに着せる流れとなったのだ。
「す、少し……動き難いですね。袖とか、引っ掻けてしまいそうで……」
「そうですね。慣れないと重くも感じるでしょうし。わたしは小さい時から着てましたからもうあまり気になりませんが」
小さく笑うスズハ。
着替えを終えて外で待っていたカズマを部屋に入れる
「どうですか、お兄様?」
「あぁ、似合ってる似合ってる! 流石俺の妹!」
親指を立てるカズマと嬉しそうに笑うアイリスはスズハの方を振り向く。
「あの、スズハさん。これを本当に頂いてよろしいんですか? お作りするの、大変だったのでしょう?」
「はい。お気に召していただけたのなら。わたしは、いつでも作れますので」
笑顔で答えるスズハ。
さすがに城でタダ飯を食べるだけの毎日にも気後れしてきたし、少しはお返し出来ればという想いもある。
そんな会話をしていると、魔王軍襲撃を報せる警報が鳴った。
警報を聴いて、スズハは気になっていた事を訊く。
「そう言えばこの前、魔王軍は防衛の弱いところをいつも狙ってやって来ると聞いたのですが」
「……その様ですね。防衛の騎士達も色々と配置を替えて居るのですが、毎回人数の少ない場所や構造的に弱いところを狙って押し寄せています。それでも、戦力的にはこちらが上ですので、大事にはなってませんが、これが続くようなら私も防衛に参加する場合もあるでしょう」
「アイリス様が、ですか?」
「はい。我が国は元々、魔王軍と国境が重なる事もあって、軍事力を重視する国です。なので、王族もそれなりの教育を施されます。こう見えて強いんですよ、私」
細い腕を見せられても、絵に描いたような蝶よ花よと育てられたお姫様にしか見えない。
だが、ダクネスのように、規格外の防御力を誇る人も居るので、嘘と決めつける事も出来ない
すると、警報を聴いて驚いたのか、ヒナが目を覚ましてぐずり始めた。
「あー、ビックリしちゃったのね、ヒナ」
寝ていたベッドから抱き上げ、よしよしと揺らしながらあやす。
スズハが歌を歌ってヒナを寝かしつける。
それを聴いていたカズマは首をかしげた。
(なんで日本昔ばなし?)
前々から不思議だったが、スズハは子守唄ににっぽん昔ばなしを歌っている。
それも5番全部を暗記してるらしく、毎回コロコロと歌詞が変わるので、ヒナもそれを楽しんでいるのかもしれない。
ぐずっていたヒナもだんだんと穏やかな顔になり、床に降りようと動く。
「もう、危ないでしょ」
スズハの手から離れて降りようとするヒナを床に降ろすと、ハイハイをしてアイリスのところまで行くと、彼女の着物の足の部分を掴む。
「だー、だー」
「えっ? えっ?」
ヒナが何を要求しているのか分からず、混乱していると、スズハが予想を伝える。
「もしかしたら、アイリス様に抱っこしてほしいのかもしれません」
「そう、なのでしょうか?」
抱き上げて良いか目線でスズハに問うと、彼女は首肯した。
「……それでは失礼しますね、ヒナさん」
緊張した様子でヒナの脇の下を掴むと持ち上げる。
するとヒナは楽しそうに笑い、両手足を広げた。
喜んでいる様子のヒナにアイリスは顔を近づける。
ヒナは手を伸ばしてアイリスの顔をぺちぺちと叩いたり、頬を引っ張り出す。
「ぷっ」
「こら、ヒナァ!?」
その行動にカズマは顔を逸らして吹き出し、スズハは慌てて叱る。
しかし、当のアイリスは、頬を引っ張られたまま話す。
「
ヒナが手を離し、満面の笑顔を自分に向けている。
「もう。私にこんな事をしたのはヒナさんが初めてなんですよ?」
無知であるが故に王族に対して偏見もなく、こんなにもか弱くて庇護欲を刺激する小さな生命。
アイリスはカズマ以上にヒナへの興味を強めていった。
それは、ずっと自分に構ってくれるカズマと違い、ヒナは
「ヒナさんはかわいいです。王族の一員として、私の妹にしてあげたいくらい!」
「……怒りますよ、アイリス様」
不安な台詞にスズハは視線を鋭くさせるが、アイリスも本気ではないのだろう。ごめんなさいと舌を出す。
こういうのはカズマの影響かもしれない。
小さく息を吐いて、これまで先延ばしにしていた事をカズマに訊く。
「カズマさん。それでいつまでここに滞在を? 皆さんへの連絡もしてませんし、そろそろ戻った方が良いと思うのですが……」
「へ?」
カズマとしてはこれからもアイリスの遊び相手という感じにここに居座る気満々だった。
アクセルに戻っても、出来もしない魔王討伐だのを目指され、あの欠陥パーティーの尻拭いに走らされる。
そんな日常に戻るくらいなら、ここでアイリスという後ろ楯を利用して楽な生活を満喫したい。
そんなクズめいた考えだった。
カズマのそんな思考を察したのか、残念そうというか、哀しそうに目を閉じる。
「カズマさんがそうお決めになったのなら、反対はしませんが。わたしはアクセルの街に戻ろうと思います。皆さんも心配してるでしょうし」
その様子にカズマは何か引っ掛かる物を感じる。
なんだろう。何か大事な事を忘れてるような────。
"はい。わたしの誕生日、期待してます"
「あ……っ!?」
もうすぐ、スズハの誕生日だったのを思い出す。
それを祝う約束もしていた事も。
日付を見ると、2日後がその誕生日だった。
何なら、ここで祝えば良いとも思うが、スズハはアクセルの街でいつも通り過ごしたいと言っていた。
めぐみん達も一緒に。
それを思い出して、カズマは冷や汗を流す。
「いや、悪い……ここでの生活があんまり居心地よかったから……」
言い訳をしてガシガシと頭を掻く。
「あー、悪いアイリス。俺も、明日の昼くらいにアクセルの街に帰るわ。今日まで、ありがとな!」
「え!?」
手を合わせて帰ると言うカズマにアイリスは目を見開く。しかし、いずれはそうなるだろうとも思っていたので、すぐに名残惜しさを抑え、そうですか、と微笑む。
「ならせめて、今晩は細やかな食事会をさせてもらえませんか? 再会を願って」
「おう! 悪いな、気を遣わせて」
「お心遣い、感謝します」
「あーうー」
2人はそれぞれ感謝を述べ、ヒナはアイリスに向けて笑っていた。
朝日が昇り始めて空が明るくなり始めた朝。ゆんゆんは親友であるめぐみんが住む屋敷に泣き出しそうな顔で来ていた。
彼女は駆け足で扉の前に立つと、大きな声を出す。
「めぐみーんっ!! 居るんでしょーっ!! 大変大変なの! 出て来てーっ!?」
ドンッと扉を叩く。それも何回も。
「開けてったらめぐみん! 本当に大変なの! 一大事なのっ!! めぐみんっ! めぐみんめぐみんめぐみんめぐみんめぐみんめぐみんめぐみーん! めぐみんめぐみんめぐみんめぐみんめぐみんめぐみんめぐみん~っ!!」
ドンドンドンドンと扉を叩いていると、勢い良くその扉が開かれる。
するとそこには、怒った表情のアクアが出てきた。
「うるさいわよ! 今、何時だと思ってるの! 私徹夜で、これから寝るところだったんですけど!!」
怒鳴ってきたアクアにゆんゆんがビクッとするがすぐに眠そうな顔のめぐみんとダクネスが現れた。
「朝っぱらから人の名前を狂ったように叫ばないでほしいのですが……とうとう危ない薬にでも手を出したのですか?」
欠伸をするめぐみんにゆんゆんは手にしていた新聞を差し出した。
「そんな事よりも! 本当に大変なの! これ読んでっ!」
ダクネスがゆんゆんから新聞を受け取る。彼女も、寝ていたところを騒音で起こされてやや不機嫌そうだった。
「まったく。何があったのか知りませんが、突然こんな朝早く来るなんて非常識です。なんですか? とうとう紅魔族が魔王討伐にでも乗り込んだのですか?」
そんな風にめぐみんがぶつぶつと文句を言っているとダクネスが新聞紙に握力を込めてクシャリと皺を作った。
「なんだこれは……っ!?」
「何々? どうしたのよダクネス?」
アクアとめぐみんが新聞を覗き込む。
新聞の1番大きな記事。それにはこう書かれていた。
ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス王女殿下が胸を刺されて現在意識不明。
一時逃走した犯人も現在は拘束されているが、共犯者は現在も逃亡中。見つけ次第拘束し、王城に引き渡すように協力を要請する旨が記されている。
逃亡中の共犯者の名前はサトウカズマ。
そして、アイリス王女を胸を刺した実行犯の名前には────。
シラカワスズハ、と記されていた。
読者さんがこの作品で好きな話は?
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序盤
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デストロイヤーから裁判まで。
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アルカンレティア編
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紅魔の里編
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王都編
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ウォルバク編
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番外で書かれた未来の話
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その他