アクセルの街に帰ることにしたカズマとスズハ。
アイリスの希望によりいつかの再会を願っての食事会が行われる事となった。
長いテーブルでアイリスの座る横でダスティネス家の時のようにクレアとレインが後ろに控えている。
カズマとスズハも談笑を交えながら、最初の頃よりも肩の力を抜いて話をしていた。
しかし今はその他にもとある夫婦がこの場に居り、スズハと話していた。
「ですから、私は1人の精霊使いとしてもっと安定性を求めてこの術式を完成させたのです!」
熱を持って自身の持論と功績を語るのはここで精霊に関して研究をしているホーリー・ジョージ。隣には彼の妻が座っていた。
ジョージが熱弁しているのは、人と精霊の在り方についてだ。
彼は契約した精霊が精霊側から契約を切れなくする為の術式を開発して自身の研究仲間や教え子達に流布している。
まだ大々的に広まっている訳ではないが、いずれは多くの精霊使いにとってのセオリーにしたいと熱く語っていた。
ホーリー・ジョージは三十代半ばくらいに見える眼鏡を掛けた細身の、如何にも研究者という風貌の男だ。
その妻であるホーリー・マリィは二十代前半に見える、女性で夫の後ろに控えている。
同じ精霊使いというで先程から話しかけられてるスズハは、笑みを張り付かせつつ相槌を打ち、相手の機嫌を損なわないように時折質問を挟んでいる。
「ホーリー・ジョージ様は何故、精霊の新しい契約方法を立案をされたのですか?」
スズハがそう言うと、ジョージは少しだけ遠い目をしてから答える。
「10年以上前の話ですが、私もかつては冒険者でして。若い頃は仲間達とモンスターの討伐や遺跡の探索など、色々な仕事を請け負った物です」
これでも、当時は腕利きだったのですよ、と懐かしむ様子で話すジョージ。
「ですが、とあるクエストで精霊からそっぽを向かれ、契約を切られてしまいまして。そのせいで組んでいたパーティーからも追い出されてしまいました」
悔しそうに握り拳を作るジョージ。
「だからこそ私は、当時集めた精霊に関する文献や溜め込んでいた私財を元手に精霊の契約についての研究を始めたのです。私のような事態に陥らないように」
そう熱く語るジョージ。
しかしそこでアイリスの隣に立っていたレインがコホンと態と咳をする。
「ジョージ殿、その辺で。今宵はアイリス様が客人を送り出す為の場ですので」
「あぁ! 申し訳ありません! 研究者の性でしょうか。話し出すと止まらなくなってしまいました! アイリス様、無理を言ってこの場に参加させて頂いたのに、時間を浪費してしまい、弁明のしようもございません!」
「いえ、かまいません。同じ精霊使い同士、交わしたい言葉もあるでしょう」
アイリスがそう言うと畏まって頭を下げ、妻の横まで下がる。
そこからはカズマとアイリスが中心になって話が進む。
アイリスがカズマをお兄様と呼ぶ度にクレアの顔が渋い物を含んでいたが。
食事も終わりに近づいてきた頃に、アイリスからスズハに話しかける。
「スズハさん。今夜、私の部屋に来ていただけませんか? 出来ればお御一人で」
「? はい。では後程お伺いさせていただきます」
疑問に思いながらもスズハはアイリスのお願いを了承した。
アイリスに呼ばれた時間が近づいた頃、スズハは娘のヒナをカズマに預けていた。
「それではカズマさん、ヒナを少しだけよろしくお願いします。出来るだけ早く戻りますので」
「……まぁ、一応見ておくけど、俺に世話とか出来ないぞ。それにヒナも一緒の方が良いんじゃないか?」
「もうヒナは完全に寝入っちゃってますし。その、アイリス様が構って起きてしまったらかわいそうですから。万が一起きても何か口に入れないか見張っててくれるだけでいいですから。最近、何でも口に入れたがるので」
「まぁ、それくらいなら……」
スズハの要求に乗り気じゃない様子で答えるカズマ。
そこで気になっていた事を質問する。
「そういやさ。あの、ジョージだっけ? 前に嫌いみたいに言ってたけど、何でだ? 話を聞いて見ても、研究熱心なおっさんって感じだろ? 別に嫌う理由はないと思うんだけど……」
カズマの質問にスズハは困った表情をする。
「いえ、別に嫌っている訳では。ただ、そうですね。価値観が合わない、とは感じました。わたしにはあの人のように精霊を道具だと断じることは、ちょっと……」
自分の考えを纏めるように目を瞑り、一度息を吐く。
「冒険者のエレメンタルマスターが精霊との契約を破棄されるのは致命的です。そう言う意味では、人為的に精霊の方から契約を切れないようにするのは間違いではないと思います。カズマさんもお仕事中に魔法が使えなくなるのは困るでしょう?」
「そりゃあ、まあな……」
スキルや魔法。ステータスの上乗せがなければカズマは多少悪知恵が働くだけの元学生である。
この世界で生きていくことすら難しいかもしれない。
「自動車でも、免許が有るのに車に嫌われて運転させないなんて言われ始めたら大変ですし。だから、より便利に技術が進んでいくのは喜ばしいことだと思います。ですが────」
スズハは自分の手の平を見つめる。
「
間違っているではなく受け入れられない。
スズハも自分が契約している精霊に見限られた事が無いから言える甘い戯れ言だとしても、精霊達の意思で自分の傍に居て欲しいのだ。
もし、愛想を尽かされる日が来たとしても、それは淋しくはあるが受け入れたい。
この子達の意思を尊重してあげたい。
「わたしが、ジョージさんのように冒険者として生活している訳ではないから言える事かもしれませんけど。きっとこれは古い考えなのでしょうね」
そう締めくくるスズハにカズマは何も言えなくなった。
ジョージの話を聞いた時、便利そうだな、くらいしか考えなかった事が恥ずかしかった。
それを誤魔化すように別の話を振る。
「そ、そう言えば、奥さんの方は結局何にも喋らなかったな。喋ってたのは旦那の方ばかりで」
ジョージに付き添いで居ただけなのかと首を傾げるカズマ。
スズハはそれに首を振った。
「いえ、たぶん彼女は、話せなかったんだと思います」
たぶんと言うが、断言してスズハは言った。
「アイリス様、シラカワスズハ様をお連れしました」
「ありがとう、クレア。ここから先は2人きりのお話がありますので、外で待って居て」
「それは……しかし……」
退出するように言うアイリスにクレアは反対しようとする。たが、アイリスはお願いを続けた。
「お願い、クレア。スズハさんなら大丈夫。それに同い年の子と2人きりで話したいの」
そう言われて折れる形でクレアは退出した。
その際、スズハに小声で釘をさされたが。
「スズハさん、眠る前にごめんなさい。どうしても貴女にお渡ししたい物があって」
「わたしに、ですか?」
何だろう、と首を傾げるスズハ。
頷いたアイリスは化粧台に置かれた箱を手に取る。
「どうぞ」
「お受け取りします。中を開けても?」
受け取り、箱を開けても構わないか訊いて了承を得る。
箱を開けると中には髪留めが入っていた。
銀の盤に左右
それがかなり高価な品であることは分かった
「お兄様から後数日でスズハさんのお誕生日だと聞いたので」
それを聞いてスズハは驚く。
カズマからスズハの誕生日を聞いた事ではなく、態々スズハの為にプレゼントを用意してくれた事にだ。
それもまだ、帰ると言ってから半日しか経っていないのに。
「お兄様と過ごしたここ数日は、とても楽しかったです。驚きの連続でした。でも、スズハさんと出会えたのも、とても嬉しかったです。ヒナさんに蜂蜜を与えてしまった時、あんなに叱ってくれて。年齢が同じであんな風に言ってくれた人は初めてでした」
ふふ、と笑うアイリスに、スズハは頬を紅潮させる。
ヒナが危なかった事でついカッとなってしまったが、あれだけでもアイリスの受け取り方次第では最悪の事態も考えられた。
そうならなかったのは、アイリスが間違いや悪いことを素直に受け止められる性格故にだ。
「ヒナさんを抱かせてくれたことも。だからどうしても贈りたかったんです。スズハさんは、その……私のお友……とも……」
最後の方は自信無さげに口ごもってしまうアイリス。
同い年の友人というのは彼女にとって希少なのだろう。
だからこそ。
「はい。アイリス様からのプレゼント。友人から頂いた物として、大切に扱わせていただきます」
畏まった言い方ではあるが、その気持ちに嘘はない。
それが伝わったのはアイリスの表情にパッと花が咲いた。
同時に僅かに気になり、スズハから質問する。
「やはり、同世代の方と接せられる機会は少ないのですか?」
「そういう訳では。貴族とのお茶会などでお話する機会は多くありますよ。ただ、やはり立場上というべきですか、王族にすり寄ってくる方も少なくありませんね。それに、何かしら問題を起こした方や、良くない噂がある方とは距離を置かされますし」
アイリスの話を聞いている内に過去の、かつての世界での事を思い出す。
────白河さん。今後とも家共々仲良くして行きましょうね。
────このアクセサリー、海外から取り寄せた特注品でして。お父様にもぜひよろしくとお伝えください。
────涼葉、あのような品の無い方とのお付き合いはおやめなさい。良からぬ噂が飛びます。
「スズハさん?」
「……いえ、少々既視感が」
頭に過った過去を振り払うスズハにアイリスは首をかしげた。
そんな彼女にスズハが提案する。
「アイリス様、もしよろしければ、いつか、アクセルの街にお越し下さい。今回のお礼をしたいので」
「申し出は嬉しいですけど……」
彼女の立場からすれば、この城から出ることは難しい。
だから、スズハは少し考えて入れ知恵することにした。
「なら、アクセルの街への視察、という名目はどうでしょう? この国の魔王軍やモンスターと戦う冒険者。その始まりの街の現状を見て把握したい、という理由ならどうです? 少しは耳を貸してくれるかもしれませんよ」
スズハの言葉にアイリスは視界が拓けたような気になった。
「良いですね、それ。少し時間がかかるかもしれませんが」
考え込むアイリス。
「ヒナにも、会いに来てあげてください。あの子もアイリス様が好きみたいですから」
「はい、必ず!」
希望が見えた事で表情を輝かせる。
いつになるかは分からないが、叶えられたら良いと思う約束。
そこで、アイリスは贈った髪留めを見る。
「あの、スズハさん。もしよろしければ、その髪留め、私が付けてあげても構いませんか?」
「えぇ。お願いします」
了承を得たアイリスは箱の中に収められた髪留めを手に取り、スズハの黒い、真っ直ぐと伸びた髪の右側に付けた。
黒い髪に、銀と翠の宝石が映える。
「お誕生日、おめでとうございます、シラカワスズハさん。とても似合っていますよ」
「ありがとうございます、アイリス様」
翌日、朝食を食べ終えた後にカズマとスズハはアクセルの街にテレポートで帰る。
アイリスはここ数日の短い期間にあった日々が楽しく、別れを寂しいと感じたが、それでも晴れやかな気持ちで2人を送り出そうと思った。
クレアとレイン。そして世話役の侍女を連れて移動している途中にスズハを見かけた。
近くにはヒナもカズマも居らず、その事に疑問を感じたが、もしかしたら最期になにか用があるのかもしれないと思い、スズハに近づく。
「おはようございます、スズハさん。今日、アクセルの街にお帰りですね。ララティーナ達にもよろしくお願いします」
アイリスが話しかけるが、スズハは挨拶を返すどころか反応すらしない。
その事にクレアが注意しようとすると、誰もが予想だにしない事態が起こる。
もしも、誰かがシラカワスズハに対して警戒心を抱いていれば、それを避ける未来もあったかもしれない。
アイリスに良からぬ事を吹き込み、使用人に無理難題を言うカズマに対してスズハ客人として礼儀正しく過ごしていた。
問題を起こすカズマを嗜め、頭を下げる事もあった。
まだ幼い少女という事実もあり、警戒心が薄くなっていた。
だから、誰もがその凶刃を止められなかった。
「え?」
アイリスがスズハに近づき、2人の距離が近くなるとアイリスの胸に痛みが走る。
胸にはナイフが刺さっており、ナイフの柄を小さな手で握られている。
隠し持っていたナイフでスズハがアイリスの胸を刺したのだと気づくのに数秒かかった。
じわりと、アイリスの瞳から涙が溢れた。
それは、胸の痛みから流れた訳ではなく、昨日プレゼントを受け取ってくれた彼女が自分を刺したのだと信じられなくて、認めたくなくて、混乱から流れた涙だった。
1歩後ろに下がり、支えを欲してスズハの肩に手が伸びた。
────……赤ちゃんが欲しいのならご自分でお願いします。
アイリスはその肩に、もたれ掛かろうとする。
────はい。アイリス様からのプレゼント。友人から頂いた物として、大切に扱わせていただきます。
だけど、その手は。
────ヒナにも、会いに来てあげてください。あの子もアイリス様が好きみたいですから。
パシッと無情にも手で払われた。
そのままスズハの横に倒れる。
「きゃぁあああああああああっ!?」
誰もが動けず、言葉を発することも出来ない中で、侍女の悲鳴が城の中で響いた。
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序盤
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デストロイヤーから裁判まで。
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アルカンレティア編
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紅魔の里編
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王都編
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ウォルバク編
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番外で書かれた未来の話
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その他