今回、アクアが泣いてばかりいますが、作者はアクアが嫌いではありません。泣いているアクアが好きなんです。
アクアは自身の女神としての
いつも側にいる彼女も今は離れており、ここぞとばかりにアクアは近づいた。
「そう! 私は水の女神。赤ちゃんのお世話なんておちゃのこさいさいなんだから!」
その自信がどこから湧いてくるのか。今までの失敗など頭から消えたかのようにアクアはベビーベッドに寝ている赤子────シラカワヒナへと手を伸ばす。
気持ち良く眠っているヒナに両手で触れるがいつものように嫌がる様子はなく、眠り続けていた。
「ほら見なさい! 今までは偶々! たまたまタイミングが悪かっただけなのよ!」
気分を良くしたアクアはそのままゆっくりとヒナを抱き上げる。
すると────。
「うーあー……あーっ! あーっ! あーっ!」
「なんでよぉっ!?」
抱き上げた瞬間に泣き出してしまったヒナにアクアも泣きべそをかく。
あたふたと泣き止まそうとするアクアだが、なんとかしようとすればするほどにヒナの声は大きくなる。
そこでカズマがひょっこりと顔を出した。
そして現場を見ただけで事態を察し、またかと顔をしかめる。
「おいアクア。お前なぁ……」
「ち、違うのよカズマ! 私が入って来たときにはもうものすごく泣きそうで……」
しどろもどろ言い訳をするアクア。そこでスズハが戻って来た。彼女は部屋に替えのオムツが無くなっていることに気付き、買い置きを取りに行っていたのだ。
スズハも事態を察して困ったように眼を細めた。
とにかく娘を渡してもらおうとするが、その前にアクアがヒナを高く掲げた。
「本当に違うの! これは私のせいじゃ────へ?」
突如、頭に生暖かい液体がかかる。
ちなみにヒナは今下に何も穿いてない状態であり、寒気に触れて急激に尿を出したかったようで。
つまり。
「うわぁあああぁああああんっ!? オシッコが降ってきたぁあああああああっ!!」
「わっ!? バ、バカ! アクアァ!! そのまま走るんじゃねぇ!!」
「きゃあああああっ!? アクアさん降ろして!! ヒナを降ろしてぇ!!」
赤ん坊に頭からオシッコをかけられながら屋敷を全速で駆け回るアクアと追いかけるスズハとカズマ。
概ね、毎度の騒ぎだった。
「ぐすん……ううっ! 私、ヒナを抱き上げようとしただけなのにぃ」
「いい加減に諦めろよアクア……」
朝風呂に入ってかかったオシッコを洗い流したアクアはパジャマ姿で泣いていた。
ちなみにオシッコはアクアの浄水能力で触れた瞬間真水に変わっているのだが、気持ちの問題なのだろう。もしくは本人が気づいてないか。
ヒナも掲げられた状態で高速移動したのが恐かったのか、母の胸でよしよしと撫でられてグズっている。
「アクアさん。ヒナの面倒を見ようとしてくれるのは嬉しいんですよ? でもやっぱりこの子、恐がってますし」
「おかしいわ! めぐみんみたいな頭のおかしい爆裂狂には懐くのに! この気高くも美しい! 清らかな心を持つ女神アクア様を恐がるなんて!」
「おい。私のどこが頭おかしいのかじっくり聞こうじゃないか」
(よくもまぁ、こいつも自分をここまで自画自賛出来るもんだよな)
アクアの言い分に呆れながら溜め息を吐く。それを見ていたアクアは不機嫌そうに矛先をカズマに向けた。
「なによ! カズマだってヒナに恐がられてるくせに!」
「だから! なるべく触れないようにしてんだろうがっ!」
初めてカズマがヒナの頭を撫でた際に泣き出してスズハにしがみついてしまった。
それに傷つきはしたが、赤ん坊だし仕方ないと割り切っている。物心付く頃には少しは好意的になると信じたい。
「ふん! 見てなさいよ! 次こそは、ちゃんと懐かせて見せるんだから!」
「だから止めとけってんだよ!!」
「ところで、今度冒険者カードを作ろうと思うんです」
「冒険者カード? なんだって今更?」
スズハが振ってきた話題にカズマが首を傾げた。
「はい。わたし、この街でちゃんとした身分を証明出来る物を持ってませんから」
「あ~」
スズハの言葉にカズマが納得した様子で天井を見る。
確かに、何らかの身分証は必要だろう。
「クリスの案でな。ギルドとしては好ましい事ではないが、問題は無い筈だ。何らかのクエストを受ける必要が出来たなら、隣町まで届け物をする仕事でも、清掃でもすればいい」
ダクネスのフォローにカズマとめぐみんが頷く。
その時はきっと、自分たちも手伝うのだろうと思いながら。
「千エリスくらいなら問題ありませんから」
「いや。それくらいは俺が出す。遠慮すんな」
財布の中身を確認しながらカズマは自分が冒険者登録料を出すと言う。
それをアクアが茶化しに入った。
「カズマったら最近スズハに甘くない? 好感度を上げてどうするつもりなのかしらねー?」
「うっせ。俺らもここに来たばかりの頃に人の良いプリーストの爺さんに出して貰っただろうが! 今度はこっちの番だと思っただけだっての!」
ふん! とそっぽ向くカズマ。
そこでめぐみんが気になることを口にした。
「冒険者登録ですか。スズハはどんな
「そうだな。スズハは年齢のわりに運動神経も悪くない。剣士や戦士系はまだ難しいかもしれないが、今後の成長次第では充分考えられる」
「おいおい。別にスズハはモンスター退治をする訳じゃないんだぞ? だったら、冒険者職で登録して。手に職を付けた方が────」
めぐみん、ダクネス、カズマがそれぞれの意見を述べる。そんな中でアクアが自信満々に発言する。
「何も分かって無いわね! スズハの職業はアクシズ教徒のプリーストよ! それ以外にないわ!」
『それは止めた方がいい』
「なんでよー!?」
3人の否定にアクアが声を上げる。
「いや。プリーストはともかく、アクシズ教徒のはない。それだったらエリス教徒になった方がいいだろ、絶対」
「なんでよー!! うちの子達は皆良い子なの! それにエリスは私の後輩なんですからね!! 私のパーティーが背教者がいるとか認められないんですけど!」
「おい。私は敬虔なエリス教徒なのだが」
「それに、アクシズ教徒ならこの間、エリス教の炊き出しに理不尽なイチャモン付けて絡んでましたよ」
などと話しているとアクアが鼻先がくっ付くくらい涙目で近づいてきた。
「スズハ! 今からこの入信書にサインしてアクシズ教団に入信なさい! そうすれば色々な幸運が貴女を……!」
「変な勧誘はやめんか!」
カズマがアクアの頭を引っ張叩いて黙らせた。
「そういうわけで、お願いできませんか?」
「はぁ……本当はあまり良くないんですけどね」
スズハとカズマ一行にお願いされてギルドの受付嬢であるルナは困ったように。しかし、仕方ないな、とばかりに笑みを浮かべる。
ギルドとしては、依頼を積極的に受ける気のない登録はご遠慮願いたいのが本音だが、スズハに関しては事情をある程度知っているために追い返すのも忍びない。
そもそも登録料を払うのなら犯罪でもないのだし。
カズマから登録料を受け取り本当に仕方ないとばかりに書類を差し出す。
「ここに名前と身長体重。その他の個人情報を記載してください。それが終わったらスズハさんのステータスを調べます」
「は、はい!」
緊張した様子で書類を書くスズハ。
その様子をギルドに来ていたクリスとゆんゆんがカズマたちの後ろから現れる。
「登録を決めたんだね、スズハ。はてさてどうなるかなー」
「が、がんばって! スズハちゃん!」
更に後ろからは、中年冒険者が自分の娘を見るような暖かな視線を送り、女性冒険者も、心配そうでありながらも応援していた。
カズマたちと行動を共にする中で、スズハのことは皆周知であり、何かと気にかけていたりする。
そんな娘が冒険者登録をする現場に興味を示さない筈はない。
「それではこの水晶に手で触れてください。そうすれば、スズハさんのステータスが表示されますので」
ルナに説明されるままにスズハは水晶に手を触れる。
そうして表記されていく。
最初はふむふむと見ていたルナだが、ある項目を見た際に顔色が変わる。
「って、なんですかこの数値はっ!?」
「え、と……何か変でしたか?」
不安そうに質問するスズハにルナが困った様子で答える。
「数値は全体的に優れている方だと思います。筋力、生命力に敏捷性は年齢に比べて高い方、と言ったところです。器用さと知力に魔力は素晴らしいの一言。あくまでも許容範囲内で、ですが。ただ、幸運値だけは異常に高い数値を出しています」
「異常、ですか。それって俺より?」
幸運値の高いカズマが訊くとルナが頷く。
「カズマさんも高かったですが。スズハさんはざっとその4倍近い数値です」
『よっ!?』
ルナの言葉にカズマたちは驚きの声を上げた。
幸運値を除けばスズハは将来そこそこ有望な新米冒険者と言ったところだ。
その幸運値の高さにスズハ自身が以前の世界でのことから首を傾げる。
しかし、クリスは何か思うところがあるのか口元を押さえている。まるで失敗を今頃気付いたような顔だった。もっとも、誰もその表情を見ていなかったが。
弾き出された値を基に次は職種選択に移行する。
表示された選択肢は────。
「冒険者。ウィザード。それに、エレメンタルマスター?」
スズハが読み上げるとギルド内にどよめきが起こった。
「なんだ、そのエレメンタルマスターって?」
カズマも知らない職業に腕を組んで首を捻る。
説明をしたのはめぐみんだった。
「エレメンタルマスターは精霊使いの事です。上級職の中でも特に才能が物を言う、かなり特殊で希少な職業です」
続いて説明したのはゆんゆんだった。
「精霊と契約して魔法を扱う職業。ウィザードとの違いは様々で、魔法の修得にはスキルポイントではなく、あくまでも精霊との契約に依るものです」
「それって、ポイントが要らないってことか?」
「はい。それに精霊の力を借りる関係上、扱う魔力もウィザードの魔法に比べて少ないと学びました。勿論、通常の魔法でしか出来ないこと、精霊の力を借りてでしか出来ないこともありますが」
説明を聞くとなんとなくお得な職業に聞こえる。だからこそ疑問に思う。
「なんか凄そうだな。でも俺、この街でエレメンタルマスターなんて見たことないぞ? どうしてだ?」
カズマの疑問にダクネスが答えた。
「だから才能が物を言うのだ。先ずは精霊と出会う才能。精霊と心を通わせる才能。そしてそれを維持する才能。それらが揃って初めて意味を為す。もしも契約した精霊に嫌われて契約を無効にされてしまえば、力を借りることは出来ないと聞く」
「以前、冒険者職の方が、エレメンタルマスターのスキルを修得して精霊との契約を行おうとしましたが、上手くいかなかったと聞いています」
力を借りる、という関係上、力を貸すかどうかは精霊次第。
精霊にどれだけ愛されるかでその実力が決まると言っても良い。
それならスキルポイントで確実に使える魔法の方が安全だろう。
話を聞き終えたスズハは躊躇わずにエレメンタルマスターの項目を押した。
「っておい! そんなに簡単に決めて良いのかよ!」
「えぇ、はい。精霊と心を通わせる。なんだかロマンチックですよね」
冗談めかして言う。
スズハの目的自体は登録であり、職業にはそれほど意識が向いてないのかもしれない。
発行された冒険者カードに、精霊との契約に必要なスキルを最初から有ったポイントで修得する。
こうして、スズハの冒険者登録は終了した。
その晩。スズハの耳に聞き覚えのない
────だして。
────ここから、だして。
か細い。しかし、とても恐がっている感情。
不安と寂しさに彩られた、とても心に響く感情。
ベッドから起き上がり、その感情の元を探す。
見つけたのは、台所に隠すように置いてある1つの瓶。目を引くのはその中に収められた白い雪。
「この子が、精霊……?」
スキルに依るものなのか、その白い精霊がここから出してと助けを求めているのが聞こえた。
耳ではなく、新たに生まれた別の感覚が、白い精霊の声を届けてくれる。
「待ってて、今、抜きますから」
そしてスズハは、瓶に塞いでいた栓を抜いて、捕らえられた雪精を解放した。
「あああああああああああっ!? なんで!?」
朝起きたアクアは台所でスズハの周りをピョンピョンと跳び跳ねている雪精を見て涙目で指差した。
「なんで!? なんで私の雪精が瓶から出てるの!?」
「なんで、と言われましても。昨晩、この子を見つけて出たがっているようでしたし。つい……」
「ななななななんてことしてくれたのよぉ!? その子は夏になったらキンキンに冷えたシュワシュワを提供してくれる筈だったんですけど!」
「え? そんな理由で捕まえてたんですか?」
アクアが捕まえてと喚いていると他の面々が食堂にやってくる。
「朝からなにを騒いでるんですか、アクア……」
「聞いてよ、みんな! スズハったら私が大切に飼ってた雪精を、勝手に解放しちゃったの! ほら!」
スズハの周りを跳んでいる雪精を指差すアクア。
しかし3人の驚きは別のところにあった。
「もしかして契約したんですか? 雪精と」
「えーと、そうみたいです。瓶から出したら自然と」
「やるな、スズハ。昨日の今日じゃないか」
「こりゃ。次の精霊と契約出来るのもすぐかもな」
は、は、は! と和やかに会話をしている4人にアクアは声を上げた。
「待って! なんでみんな怒らないの!? 私の雪精を勝手に盗ったのに! 私がどれだけ夏にキンキンに冷えたシュワシュワを飲むのを楽しみにしてたか知ってるでしょ!」
『どうでもいい』
「ハモった!?」
3人の声がハモるのを聞いてアクアがまた捕まえようと雪精を追うが、真ん中に置いてあるテーブルの脚に引っ掛かって床に顔から転ぶ。
「うう! なんでぇ……なんでこんなことになるのよぉおおおおおっ!?」
朝からアクアの泣き声が屋敷に響く。
雪精はただ、新しい小さな
という訳で、スズハの職業はエレメンタルマスターに決まりました。と言っても手元に資料が少ないのでほぼ、オリジナル職になると思います。
出てくる精霊とかも含めて。
スズハの身長はめぐみんの鼻先くらいです。
幸運値が異様に高いのは後天的なもので、1話でエリスがスズハのお腹を治療した際に自身の幸運を意図せずに分け与えたためです。
この設定が活きるかは謎。
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