ダスティネス家が領主として数年前に設立した学校。
子供達に文字や計算にその他の学問を教え、子供同士の交流を大切にを目標にしてアクセルの孤児院と連係してここ数年で試行錯誤し、今度は2校目を設立する予定だ。
その学校に数年前にアクセルの街に住み着いたシラカワスズハの娘、ヒナも通っているのだが────。
「ヒナ! 謝りなさい!」
腰に手を当てて7歳になった娘を叱るスズハ。
強めの口調で叱られるヒナの態度はというと。
「ぷい」
「ヒナ!」
頬を膨らませて拗ねた様子で顔を背ける娘にスズハは困った顔で息を吐く。
娘を迎えに来ると先生からヒナが取っ組み合いの喧嘩をしたと知らされる。
それもヒナから相手の子の頬を叩いたらしい。
いつまでも謝らないヒナにスズハの方から謝ることにした。
「ごめんなさい、ナタリーちゃん。この子には良く言い聞かせておくから」
スズハが謝罪すると、ナタリーという名の少女は母親の後ろに隠れてしまう。
相手側の母親にも頭を下げると向こうも申し訳無さそうに手を左右に動かす。
「良いのよ。うちの子もヒナちゃんの服を破いちゃったし。謝らないのはお互い様でしょう?」
取っ組み合いのケンカの際にナタリーが思いっきり着物を引っ張ったらしく、袖の部分が破けていた。
「ジナさん……」
ジナは4つ年上で、スズハ程ではないが早く子供を産んだ女性だ。
親子共々仲の良い関係だったのだが。
その場はお開きとなり、スズハは娘と手を繋いで帰路に着く。
「ヒナ。どうしてナタリーちゃんのお顔を叩いたの? そんな事をしたらダメでしょう?」
「……」
ヒナは答えずにスズハと目を合わせない。
だからスズハは足を止めると膝を曲げてヒナと目線を合わせた。
「母様に言えないこと?」
叩いた事は叱らなければならないが、何故そうしたのかを知らなければどう怒れば良いのか分からない。
「……」
しかしやはりヒナは何も答えない。
スズハが折れる形で曲げていた膝を元に戻した。
「今日のデザートは無しだからね」
負け惜しみみたいにそう言って歩こうとすると突然弾けるようにヒナが声を出す。
「……悪くないです」
「え?」
「わたし、悪いことなんてなにもしてません!!」
そう叫ぶとヒナは走る。
「ちょっとヒナ!」
制止を聞かずに行ってしまったヒナを眺めてスズハは肩を落とした。
その日の夕食は珍しく暗い雰囲気の物だった。
いつもはヒナが学校であった事を嬉々として話してくれるのだが、今日は膨れっ面で掻き込むように夕食を腹に入れる。
カズマとめぐみんが何か遇ったのかと視線をスズハに送るが、本人も分からないと首を横に振るだけだ。
スズハ自身も娘の態度に困惑しているのだ。
そんな夕飯も終わり、それぞれ部屋に戻る。
めぐみんは夕食後に実家に送る仕送りと手紙を用意していると扉をノックする音がした。
「開いてますよ」
ドアノブを回す音がして扉が開くと、そこに居たのはスズハだった。
「すみません、めぐみんさん。少し、付き合ってもらえませんか?」
手には珍しく酒瓶が握られていた。
同じ頃、ヒナはカズマの部屋を訪れていた。
「カズ兄様。お邪魔しても、よろしいですか?」
「珍しいな。ほら、来いよ」
「……はい」
座っていたベッドの横をポンポンと叩くとヒナがそこに腰を下ろす。
「どうした?」
「いえ、その……聞きたいことが……」
そう言うが、モジモジと体を動かすだけで本題を言おうとしない。
その姿にカズマはちょっと待ってろと部屋を出ていき、数分して盆にクッキーと
「今日は食後のデザートが無かったからな。食べようぜ。あ、お母さんには内緒な?」
口元に人差し指を当てるカズマにヒナは、緊張がほぐれて、はいと返事する。
クッキーを1つ食べてからヒナは訊きたかった事をカズマに質問する。
「あの、カズ兄様……」
「なんだ、ヒナ?」
「…………カズ兄様がわたしのお父様なのですか?」
「ぶっふーっ!?」
此方を見上げてとんでもない事を訊いてくるヒナにカズマは飲んでいた果実水を吹き出した。
「あ、あ~! バニルのとこに持ち込もうと思ってたアイテムの試作品が……」
吹いたジュースが試作品にかかり、慌てて近くに置いてある布で拭く。
拭きながら困惑してる様子で聞き返す。
「えっと……なんでそう思ったんだ?」
「今日、ナタリーちゃんに言われたんです。わたしのお父さんは? って」
今日学校でヒナがケンカをしたと聞いた時は耳を疑ったが、それが原因なのかと思った。
「それに、お母様が若すぎるって。本当のお母さんじゃないんじゃない? って言われて。それで……」
ついカッとなり叩いてしまった、ということのようだ。
ナタリーという子からすれば嫌味とかではなく、ただ疑問を口にしただけなのだろう。
ヒナ自身も周りと見比べてスズハの年齢や父親が居ない事に疑問を感じ始めていた。
もしかしたら、スズハは本当の母親ではないのかもしれないという小さな疑いが持ってしまうくらい。
それで、カズマが父親なら自分の母親がスズハだと断言してほしいと考えた。
(ってとこか?)
そう予想しながらカズマは咳をしてヒナの両肩に手を置く。
嘘を言う事も出来るが、後々擦れるよりも話せる範囲で真実を言ってしまった方が良いかなと判断した
「……俺の口から詳しい事は言えないけど。ヒナの本当のお父さんはさ。昔、お母さんにとても酷いことをしたんだ」
「酷いことを?」
「そうだ。だから一緒に暮らせないって距離を取ることにしたんだよ」
カズマの話をどこまで理解してるのか、困惑してる顔で話を聞くヒナ。
「それにな。スズハと血が繋がってないとか考えてるならそりゃ、疑いすぎだぞ? 2人はそっくりだし。それにな」
まだスズハと出会って1年も経たなかったあの頃を思い出す。
「今よりもちっちゃい体で、いつもお前を背負って家事をしてた。それに、アイツが1番怒る時はな、お前が何かされた時なんだ。昔、俺とアイリスが赤ちゃんだったヒナに食べさせちゃいけない物を食べさせようとしたことがあってな。知らなくてさ。その時も怒鳴られたんだぞ。すげー恐かった」
「お母様がカズ兄様とアイリスお姉様を?」
その光景が想像出来ないのか、驚いた様子で目を丸くさせる。
カズマが重ねて言う。
「それとも、スズハみたいな若い母さんは嫌か?」
その質問にヒナは首をブンブンと横に振る。
「そんな事は、絶対にありません……!」
「だろ? だから外野の言う事なんて気にするな」
ポンポンと頭を叩くカズマにヒナは頷いた。
もう大丈夫かな、と思っていると、ヒナが照れたように呟く。
「でも、少し残念です」
「あ?」
「だって。カズ兄様が本当の父様ならお母様に優しくしてくれるから。そうだったら良かったのに」
ヒナの言葉にカズマは一瞬唖然となる。
「いや……まぁ、なんだ。将来的にその可能性もなきにしもあらずというか……」
視線を右往左往させてゴニョゴニョと言うカズマにヒナは立ち上がった。
「わたし、お母様のところに行きますね!」
「そ、そうか。おやすみ」
「はい!」
トテトテと出ていくヒナを見送り、ドッと疲れてカズマは肩を落とした。
「やっぱり、私は母親として頼りないのでしょうか?」
「思い詰め過ぎですよ。ヒナも明日になったら元通りになってますよ」
アルコールの低い果実酒を1杯飲み終えただけで頭をグラグラさせるスズハの愚痴を聞きながらめぐみんは適当に励ます。
スズハも一時、苦手なお酒の克服しようとしていた時期もあったが、結局果実酒1杯が限界で、それ以上飲むと意識が無くなるのは変わらなかった。
だからスズハが酒を持ち込むのは本当に珍しいのだ。
「私……親への反抗期とか無かった気がします。だから、今日のヒナにどう接すれば良いのか分からなくて……」
「スズハは頑張ってますよ。昔から。自信を持ってください」
そんな風に話していると、扉が開く。
「お母様……」
「……ヒナ?」
部屋に戻る途中、めぐみんの部屋からスズハの声が聞こえて扉を開けたヒナ。
ヒナは駆け足で近づくと、飛び込むようにスズハへ抱きついた。
「とっ!?」
お腹に思いっきりヒナの頭が突撃してきてスズハはコップを落とさないように手に力を入れた。
「お母様がわたしのお母様です! それで、良いんですよね? お母様、大好きです」
膝に頬ずりして甘えてくる娘にスズハはその頭を撫でる。
「当たり前でしょう……もう。貴女は、私の愛しい娘……」
何か、ヒナは自分の納得出来る答えを出したらしい。
安心するスズハ。
それを見ためぐみんは2人に告げる。
「解決したんならもう出ていってください。狭いんですから」
翌日、ナタリーに謝ると向こうもごめんなさいと謝り、手を繋いで歩く姿に互いの母親は安堵した。
思った以上にアイリス編が長引いてるので息抜きに。
読者さんがこの作品で好きな話は?
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序盤
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デストロイヤーから裁判まで。
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アルカンレティア編
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紅魔の里編
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王都編
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ウォルバク編
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番外で書かれた未来の話
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その他