アイリスは自分の聖剣を手にして地下へと急いでいた。
(スズハさん……スズハさん! どうか間に合って!! クレアも、どうか早まらないで!)
自分が呪いに侵されている間の事はカズマ達から聞いたのだ。
「わ、たしは……スズハさんに、刺されて……」
長いこと眠っていたことによる頭痛と呪いに奪われた体力消耗の倦怠感から疲れた様子で頭を押さえる。
その疑問にカズマがアイリスの肩を掴んだ。
「違うんだよアイリス! お前を刺したのはスズハじゃないんだ!! そいつは偽物で!」
「そう、ですか……」
カズマの訴えにアイリスが気怠げに頷くのを見て、疑問に思った。
アイリスもスズハが自分を刺したと思っているのかと考えていたからだ。
その疑問を口にする前にアイリスが答える。
「私、スズハさんを呼んだあの夜に、髪留めをプレゼントしたんです。お誕生日だって聞いて。でも私を刺したスズハさんは、それを付けてなかったから……」
他人から見ればそんな事で? というくらいの違い。その時は付けてなかっただけと言われればそれまでだ。
しかしアイリスは、あの夜に大事そうに付けた髪留めに触れ、笑ってくれた少女を嘘にはしたくなかった。
だからこそ倒れる瞬間にあの髪留めが無いのを見て、もしかしたらと疑問を抱いたのだ。
「そっか……」
細かな事は分からないが、アイリスがスズハを犯人ではないと信じてくれて安堵する。
そこでダクネスが膝をついてアイリスと話す。
「お目覚めのところ申し訳ありません、アイリス様。このまま地下へとついてきて下さい。外の騒ぎを収めるにはアイリス様のお力が必要ですが、その前にシラカワスズハを助ける為にご協力下さい」
そう言って頭を下げるダクネス。
そこから簡単に説明を受けた。
アイリスが刺された後にスズハが捕まり、地下で拘束されていること。
アイリスにかかった呪いを解除するには刺した者の命を奪う必要があり、カズマ達の侵入に気付いたクレアが焦ってスズハを殺そうとしていること。
それらを聞き終えたアイリスは、聖なる加護で呪いの苦しみを少しでも和らげないかと置いてあった自身の聖剣を手に、血の気の引いた顔で地下へと走った。
体の疲労を無視してアイリスは地下へと急ぐ。
友達と言うのを躊躇った自分を友達だと言ってくれた同い年の少女。
初めて抱き上げた赤ん坊。
自分にとって大切な2人の人生が滅茶苦茶になろうとしている。
もっと早くスズハ達をアクセルに帰していれば。
あの時、油断して刺されたりなどしなければ。
その後悔を繰り返しながら地下へと走る。
(このままでは、私達の所為でヒナさんがお母様を失ってしまう!)
その想像に胸が軋み、地下室の扉が見えた。
「アイリ────」
「退きなさいっ!!」
鍵を使う時間すら惜しいとアイリスは抜き身だった聖剣を握る手に力を入れて扉を斬り裂いた。
十字に斬った扉が崩れる。
「アイリス……様……?」
信じられないとばかりに呆けた表情をするクレア。
そして椅子に拘束されてまるで生気を感じないスズハ。
クレアが手にしている杯。
それが死罪を言い渡された貴族に使う毒の杯だと気付くと、悲鳴に近い響きでスズハを呼ぶ。
「スズハさんっ!?」
クレアを押し退けてスズハに駆け寄る。
見れば、毒杯はまだ多く残っているが、スズハの顔にはやはり生気が無い!
「クレア! スズハさんに毒を飲ませたの!?」
「は、はい! 1口飲んで……」
そこでカズマ達が追い付く。
目に涙を溜めて慌てふためきカズマに訊く。
「お兄様! スズハさんが毒を1口飲んでしまったらしくて!? どうすれば!」
「────っ!? 吐かせろ吐かせろ!! アクア! 拘束されてるベルト外せ!」
「わ、分かったわ」
言って押し入り、カズマはちゅんちゅん丸で腕のベルトを斬り、アクアが手先の器用さで瞬時に脚のベルトを外す。
椅子から降ろし、床に寝かせると聖剣を床に落としたアイリスがスズハのお腹に触れる。
────ヒナ、吐きなさい! 吐いてっ!!
蜂蜜を食べさせたと勘違いしたスズハはそう言って何度もヒナのお腹を押していた。
それに倣ってアイリスもスズハのお腹を押す。
「スズハさん! 死んでは駄目です! ヒナさんを悲しませたら……!!」
涙を溢しながらスズハのお腹を圧迫した。
4回繰り返すとスズハに変化が訪れる。
「……ゲホ、ゲホ……オェ……あっ……!?」
苦しそうに顔を歪ませて横向けになり、胃の中の物を吐瀉するスズハ。
反応があった事に安堵するアイリス。
スズハも吐き終えると目蓋を開けて周りに視線を動かす。
「アイリス……さま……?」
「そうです! スズハさん、良かった!! 本当に、間に合って……良かっ、た……!」
ヒック、と手で顔を覆い嗚咽を漏らすアイリス。
ここでスズハを死なせてはヒナに顔向け出来ないし、同い年の友達を失うところだったのだ。
その可能性に身震いする。
アクアがスズハの状態を見て顔をひきつらせた。
「うわ、スズハ!? 貴女顔が腫れてるじゃない! 爪! 爪も剥がれてる!? 待ってなさい! すぐに治してあげるから!」
回復魔法をスズハの顔と爪を剥がされた指にかける。
意識が定まらず、茫然としていたスズハはカズマの姿を視界に収めると、呟くように質問する。
「ヒ……ナ……は……?」
「大丈夫だ。今はめぐみんとゆんゆんが面倒を見てくれてるよ」
その言葉を聞いて、堰を切ったようにスズハの目から涙が溢れると同時に唇が言葉に成らずも動くと、倒れるようにカズマの服を掴んで胸に顔を埋めた。
「……わたし、じゃない……わたしじゃ、ないのに……」
スズハとて、拘束されている間にもしかしたらと思った。
魔法で操られて、アイリスを刺してしまったのではないかと不安だった。
だけど、スズハと契約している4体の精霊が、ずっと無実を教えてくれていた。
だからそれを信じて罪を認める事をしなかった。
それでもどれだけ恐かったか。
また死ぬのかと。
もう大事な人達に会えないかもしれないと。
娘に触れる事が出来ないのかもしれないと。
その恐怖からようやく解放され、緊張の糸を緩めたのだ。
震えているスズハをカズマは恐い思いをした幼子にするように頭を撫でる。
「そうだ。スズハは何も悪くない。よく頑張って耐えたな。偉いぞ。やっぱりスゲェよ、スズハは」
安心させるように頭を撫でてやる。
そこでまだ状況に付いていけてないクレアがアイリスに近づく。
「アイリ────」
パンッ!!
自分を呼ぼうとしたクレアの頬をアイリスは張った。
驚いた顔で叩かれた頬に触れる。
「今回、貴女が私を助けようとしての行動だとは理解しているつもりです。それでも、無実である彼女に対してした仕打ちを、私は許すことができません。この件が解決した後に然るべき処分を覚悟していて」
言い終えるアイリス。
しかし、クレアは心の底から安堵した様子で体に力を抜く。
「アイリス様、ご無事────!」
アイリスが生きていた事に感極まった様子でクレアは体を震わせる。
きっと彼女も、アイリスを助けようと必死だったのだろう。
守れなかった不甲斐なさがそれに拍車をかけて今回の暴走に繋がった。
先ずはスズハに謝罪をさせようとする前にダクネスとレインが遅れてやってくる。
「すまない、遅れた」
「遅いじゃないダクネス! 体力自慢なのに遅れるとか意味分かんないんですけど!」
「うるさい! これを取ってきてたんだ!」
言って、スズハに小さな小瓶のポーションを渡す。
「毒消し用のポーションだ。必要かと思ってここに来る途中で貰ってきた」
「貰ってきた?」
ダクネスの言葉にレインが顔を引きつらせる。
通りかかった無人の救護室に入り、鍵のかかった硝子の戸を壊して毒消し用のポーションを取った事を貰ったと?
指摘しようと思ったが止める。
ポーションを受け取り、スズハはそれを飲んだ。
毒を飲んだのは1口だけで、既に吐いたと言っても薬を飲んでおくにこしたことはない。
ポーションを飲み干し、息を吐いたところでまだ事態を呑み込めてないクレアがカズマに問う。
「どういう事だ。どうしてアイリス様の呪いが────」
クレアの声を聞いてスズハの震えが先程よりも強くなり、恐怖のこもった声が漏れる。
だからカズマは大丈夫だと示すようにスズハの後頭部に手を置く。
「アイリスの呪いはうちのプリーストが解呪した。刺したのはジョージっつうおっさんの
「ジョージ、が? 馬鹿なっ!?」
長いこと城に勤めてきた彼がアイリスを殺害しようとした事が信じられないのだろう。
信じられない様子のクレアにカズマは苛立たしげに返す。
「あのおっさん、魔王軍に寝返る為にずっとアイリスを暗殺する機会を狙ってたんだとよ!」
ベラベラ喋ってくれたあの時の顔を思い出して腹立つ思いが甦る。
「おい。そこまでは私も聞いてないぞ!」
「今言ったろ? とにかく、あのおっさんを捕まえれば全部解決するんだよ!」
言い争うダクネスとカズマ。
震えがある程度治まったのを見てアイリスがスズハに質問する。
「あの、スズハさん。髪留めは?」
今のスズハもアイリスから貰った髪留めをしていない。
「……アイリスさまの部屋を出た後に、傷付けないように外して箱の中にしまいました。それから、ここに連れてこられた時にクレアさんに押収されて」
「あぁ、だから……」
スズハに化けた偽物に髪留めが無かったのは、単純に見てなかったからなのだろう。
「クレア」
アイリスが返すようにジト目を向けると少々お待ち下さいと室内を去っていく。
落ち着いてきたスズハの体を離して立ち上がる。
「とりあえず、後はホントにおっさんをどうにかすれば終わりだな。クリス達が何とかしてくれてるかもだけど」
「クリスさんも……」
クリスもここに来ている事に目を丸くするスズハ。
「そうだよ。他にも、色んな奴が手を貸してくれたんだ。後で礼言っとけ。だから今度こそ、帰るぞ、アクセルに」
「────っ!?」
疲れたようにガシガシと頭を掻きながら告げるカズマにスズハはコクコクと何度も頷いた。
ようやく終わり、あの街に帰る事が出来るのだ。
そこで戻ってきたクレアが手にはアイリスから貰った髪留めの入った箱がある。
「……すまなかった」
クレア自身、まだ事態を受け入れきれてないのか、少しばかり言い淀んだ謝罪になってしまう。
スズハは、クレアに近づく事を恐れから視線を合わせずに箱を受け取り、大事そうに胸に当てる。
未だにジョージが裏切り者だと信じられないクレアにレインが肩に手を置いた。
「アイリス様。外の騒ぎを収めましょう。もう少しだけお力添えを」
「力を貸して貰うのは此方でしょう、ララティーナ。急ぎましょう」
そこでスズハが立ち上がろうとするも、疲労から上手く立てない様子だった。
「スズハは休んでいろ。ここからは私達の仕事だ」
「いえ、連れていってください。あの人が今回の犯人なら、気になる事もありますから」
「気になること? 何かあるの?」
アクアの質問に上手く言葉に出来ないのか、口ごもる。
だが、スズハがこうまで言うのなら一緒に連れていった方が良いのかもしれない。
それに、目を離した隙にまた何かあっては敵わない。
「分かった。私が背負うから、乗れ」
「はい」
ダクネスの背中に背負われるスズハ。
そこでカズマが思い出した様子でスズハに訊く。
「そういやスズハ。お前、あのおっさんの奥さんが精霊だって気付いてたんだよな?」
「えぇ。勘みたいな物ですけど……」
それを聞いてカズマは青筋を立てた。
「お前もちょっと報連相を徹底しろ!」
スズハの額に軽くデコピンをした。
「はあっ!!」
「あぁもう!? 数多いな!!」
ミツルギとクリスはそれぞれの得物で閉鎖しているドーム状の水壁の中、夥しい数の水の人形と戦っていた。
城の騎士や、初心者殺しに似た水人形。
それが容赦なく2人に襲いかかる。
1体1体は大したことはないのだが、数が多い上に水であるが故に倒してもすぐに復活する。
「そろそろ殺されてくれませんか? さっきも言ったように、あまり私を追い詰められるのは両者にとっても不都合だと思うんですけどね」
のんびりとした口調で意味不明なことを口走るジョージにミツルギが悔しそうに奥歯を噛む。
「貴方はっ! 僕達と同じなら、何故こんなことを!!」
「さて。この世界に来て20年。やりたいことを見つけた。それだけですが?」
「っ!!」
ジョージの返答にミツルギは足に力を入れて一気に間合いを詰めようと動く。
このまま持久戦に持ち込まれれば力尽きるのはこちらが先だった。
「おおおおおぉおおおおぉおおおっ!?」
咆哮と共に立ち塞がる水の人形達を斬り捨て、元に戻るより速く突っ切る。
ジョージのところまで辿り着く間に、
「バインドッ!」
即座にクリスがバインドで拘束する。
体が水である以上、バインドによる拘束はあまり意味がない。すぐに抜け出すだろう。
だが、一瞬で良い。
僅かな静止でミツルギは
「ハアッ!!」
振るった魔剣がジョージの肉体を斬り裂く。
「あ────」
肉体が斬られると同時に、ジョージは自分の中にある
同時に、場を覆っていた水が、形を失って崩れていく。
「うわっ!? びしょびしょじゃん!? 最悪!」
水を被ってクリスが顔を振って落とす。
外では城の騎士とミツルギの仲間が交戦しているが、突然水が解けたことで動きが止まっていた。
とにかく今の内にジョージを拘束しようと動くと、彼は座った体勢で笑い始める。
「あ~あ。失敗しましたね」
「何を……」
負け惜しみか時間稼ぎかとも思ったが、どうにも様子がおかしい。
「私がアクア様から頂いた特典は膨大な魔力です。私はその魔力であの
少し離れた位置で話を聞いていたクリスが
彼女は何かから脱するように小刻みに震えていた。
「君っ!? そこから離れてっ!!」
嫌な予感がしてクリスが警告を発した。
「そら。この王都全ての水が、お前達に牙を向くぞ……!!」
次回からボスである水精霊の本格出番です。
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