めぐみんはベッドの中で眠らずに目だけを閉じていた。
そんなめぐみんに隣で寝ているゆんゆんが話しかける。
「ねぇ、めぐみん。スズハちゃん、大丈夫かな? 助けに行ったカズマさん達も……」
「ゆんゆん。その問いはもう15回目ですよ」
「だって……」
城に向かった皆が気になるのだろうゆんゆんは、上体を起こす。
ゆんゆんに背を向けたまま、めぐみんはうんざりした様子で返す。
ヒナの面倒を見る人間が必要とはいえ、ここに残らされている事には僅かながらの疎外感もある。
それがゆんゆんに対する素っ気なさにも繋がっていた。
何か別の話をしようとしてゆんゆんは眠っているヒナを見た。
「ヒナちゃん、ぐっすりだね」
「疲れているのでしょう。さっきまでゆんゆんが構ってた所為ですね」
「そ、そんな事ないよ!」
めぐみんの指摘にゆんゆんが自信無さげに否定する。
もっとも、夜泣きしないでくれるのはめぐみんとしてはありがたい。
(ヒナが夜泣きした朝は、スズハがすごい疲れた表情で台所に立ってましたね。それで最初の頃はカズマもそうですが、動く野菜にビックリしてて)
2人の故郷では野菜は動いたりしないとは聞いている。
だがめくみんからすればその事の方が信じられない。
2人の故郷に想いを馳せていると、ゆんゆんがめぐみんの肩を揺らそうとするが────。
「うわぁあああああああああああっ!?」
突然宿の外から悲鳴が聞こえてきた。
バッとベッドから起きると2人は窓から外を見る。
「何ですか! あれはっ!?」
めぐみんは声を上げた。
暗い路上で見えにくいが、騎士に似た姿の水の塊に夜中に飲み歩いていたのであろう冒険者数名に襲いかかっている。
「ラ、ライトニングッ!!」
とっさにゆんゆんが魔法で水の騎士を攻撃して散らせた。
「大丈夫ですか!? いったい何が!」
「すまねぇ! 助かった! コイツら、いきなり現れて……!!」
「コイツら?」
それは、単体ではないことを意味していた。
そこで宿の従業員が泊まっている客に呼びかける。
「皆さん起きてください! ここは危険です!」
「何かあったんですか!」
めぐみんが訊くと従業員も困惑した様子で叫ぶようにして答えた。
「わ、分かりません! いきなり町中の水が暴れ出して! とにかく、兵の方から近くのギルド施設か役場に集まるようにと! 冒険者の方は一般の宿泊客の護衛をお願いします!」
従業員の言葉に2人が行動を開始する。
「ヒナは私が移動させますから、ゆんゆんは護衛をお願いします!」
「わ、分かった!」
慌ただしく準備する2人。
「ねぇ、めぐみん。これってもしかして……」
「……」
城に行ったカズマ達に何かあったのかと疑問視して口に出すゆんゆんだが、めぐみんは何も答えない。
同じ事を考えていたからだ
「とにかく、今は安全な場所へ、です! 頼みましたよ、ゆんゆん!」
「え? う、うん!」
親友から頼りにされて嬉しそうにゆんゆんは部屋を出た。
噴水のある庭に戻ると数多くの騎士や獣の姿をした水の人形達とその場で争っていた者達が協力して対処していた。
上空には水で形作られた女性が此方を見下ろし、手足から水の人形を生み出している。
「クリス!」
「ダクネス!」
獸型の水人形を斬ったクリスがこっちまで走ってきた。
ダクネスが背負ったスズハを見てホッと胸を撫で下ろす。
疲弊しているスズハの頭を撫でるとジョージの首根っこを掴んだミツルギもやって来る。
「ご無事でしたか、アクア様!」
「これ、どういう状況だよ!?」
焦った様子で問うカズマにクリスが答える。
「なんか、彼と精霊の契約が切られちゃったみたいでね。怒った
話を聞いていたスズハが一瞬、後悔するように息を呑むと、ジョージに向かって言う。
「ジョージ、さん。
「話を聞いてなかったのですか? 彼女はもう私の手を離れてるんですよ。もう私を差し出そうとアレの怒りは静まる事はない。この城にいる……いえ、城下も含めて王都にいる人間を殺し尽くすか、力尽きるまで決して止まることはありません」
「……っ!」
やれやれと肩を竦めるジョージにスズハは悔しそうに歯噛みする。
聞いていたクレアが胸ぐらを掴んだ。
「それがお前の本音か。魔王軍へ寝返ろうとした事も本当なのか?」
クレアにとってジョージは城に勤めるようになってから世話になった人物だ。
だから、カズマから今回の犯人だと聞かされた時も信じられなかった。
しかしジョージは開き直ってあっさりと認める。
「えぇえぇ。ずっとアイリス様を暗殺する機会を窺ってましたとも。それにしても、貴女が私の言葉をあっさりと鵜呑みにして、真面目な顔でシラカワスズハに拷問を加える姿は滑稽で笑いを堪えるのに大変でしたよ」
「貴様っ!?」
怒りと羞恥。何よりもアイリスに殺そうとした事実にカッとなってジョージの首を折らんと手をかけようとするが、上を見ていたアクアが引き吊った声で呟く。
「ねぇ……アレ、ヤバくないかしら?」
指差すアクアに全員が上を見ると、
丁度この城をすっぽりと覆い、沈めるくらいの大きさ。
「あ、あんなのが落ちて来たら、みんなまとめて助からないと思うの」
あの水の箱が落ちれば間違いなくこの場にいる全員が溺死か、水圧で死亡するだろう。
水の女神であるアクア以外は。
ここで取れる手は────。
「アイリス!? 外へ出られるルートを教えてくれっ! とにかく今は城から脱出だ!」
「え!? えーと!」
突然質問されてアイリスは焦りと混乱から泣きそうな顔で思い出そうとする。
アイリスが答える前にレインが慌てて答える。
「こちらです! この庭には、城下町に続いている避難路があります! 付いてきてください!」
レインが先頭で移動すると同時にカズマが叫んだ。
「聞いたなお前ら!! 総員退避だーっ!!」
カズマの叫びにその場に居た全員が避難路に急ぐ。
ダクネスが動く前にスズハは上空で静止している
「ごめんなさい……」
その言葉を聞いたのは背負っていたダクネスだけだった。
めぐみんがヒナをマントを被せる形でおんぶ紐を使い固定して移動しつつ、ゆんゆんや他の衛兵と冒険者達が水の人形を蹴散らしつつも市民を保護しながら移動していた。
「ライトニング!」
かなりの数を倒したがやはり水であるため、1分も経たずに元通りか、もしくは別の型に変わって復活する。
皆が嫌気が差しつつも近くの冒険者ギルドまで移動していると、急にヒナが目を覚ます。
「かーかー」
「ちょっとヒナ!? 危ないから動かないで下さい! どうしたんですか!?」
めぐみんの背中でモゾモゾと動き、手を伸ばすヒナ。
手の先には普段は閉められている王城に続く扉。
それがギィッと音を立てて開かれる。
「うおぉおおおぉおおっ!?」
中から飛び出すように彼女達の仲間と多くの兵が出てきた。
後尾の兵が出ると急いで扉を閉めようとするが、出口のところでピタッと追ってきていた水の流れが止まる。
「はぁ、はぁ……土左衛門になるとこだったぜ」
へたれこむカズマを見てめぐみんが声をかけた。
「カズマ!」
「あ? めぐみん? なんでここに……」
「町中で水の化物が暴れてるんですよ! それで、一度、近くのギルドに集まろうって話になって」
めぐみんが説明しているとか細い声が届く。
「ヒ、ナ……?」
背負われていたスズハがそう呟くとダクネスから降りる。
しかし、まだ体力が立っているのが辛いらしく、転けるようにして地面に手を付いた。
「スズハ! 大丈夫ですか」
めぐみんが近寄るとその顔色を見る。
まだ丸2日も経ってない筈なのに憔悴した血の気の薄い顔。
立っているのも辛い様子を見せるスズハを見てめぐみんの紅い瞳が僅かに輝いていた。
するとそこで、背負われていたヒナが身を乗り出して手を伸ばす。
ヒナが頭に手を置いた瞬間にわなわなと嗚咽を漏らし、娘の手を握ってスズハは涙を流した。
「ヒナ。ヒナァ……!」
「かー! かー!」
母親と再会できた事が嬉しいのか、ヒナも声を上げて、かー、と繰り返す。
「うん。うん。お母さん、帰ってきたよ……ただいま、ヒナ」
再会を分かち合う母子にアイリスがスズハの肩に手を置く。
「すみませんスズハさん。ここはまだ安全に欠けますので」
「はい。ごめんなさい。娘に会ったら堪えられなくなってしまって」
涙を拭うスズハにアイリスは首を振った。
「良いんですよ。そもそもは此方が────」
言ってから黙り、周りに指示を出す。
「私達もめぐみんさん達に同行します。そこでこの事態を治める方法を考えましょう」
冒険者ギルドの施設に着くと、そこの責任者は事態の大きさから仕方ない様子で兵達を迎え入れてくれた。
ホーリー・ジョージは止血だけして手足を縛り、空き部屋に放り込んである。
「スズハ。ゆっくり飲んでください」
「はい……」
めぐみんから渡されたのは王都に来る前にウィズの店でバニルの勧めから購入した体力回復用のポーションだ。
かなり高価な値のポーションだったが、スズハの状態を見て買って正解だったと思う。バニルの事だからこの事を見越していたのかもしれないが。
小瓶に入ったポーションを飲み干して一息吐くと、ギルド内ではクレアとレインを左右に、ギルドの責任者。それからこの建物に来た冒険者達やミツルギ。それとカズマ達も交えて話し合いが始まっていた。
城から逃げてきた兵達の大半は今も住民の保護に走り回っている。
「それでは先ず、城があのような状態になって、中に残された使用人達がどうなったか分かる? レイン」
「はい。魔法による通信で連絡を取りましたが、あの騒ぎで大半の使用人が一ヶ所に集めていたのが幸いしました。完全に密閉された部屋に集めていたのでまだ水の浸入を防いでいます。ただ、逃げ遅れた者や一部の者は……」
おそらく水に溺れて死亡したということなのだろう。
城から逃げてきた者達が暗い表情になる中、ギルドの責任者が話をまとめる。
「とにかく、早急に事態を収拾する必要があります。その為にはこの状況を作り出している
責任者がそう言うと、スズハが何か言おうとしたが、その前にアクアが意見した。
「それはやめた方が良いと思うわよ。あの悪い精霊使いが言ってたけど、あの
アクアの推測にレインが苦い顔をする。
そんな事になったら他の場所から水を買う必要があり、元々経済力が高くないこの国は打撃を受けることになるだろう。
今回の事件が内部に原因があった事もあり、支援を求めた他国になんと言われるか。
最悪、信用問題に関わる。
「なら、どうするんだよ?」
「うーん。いっそのことしばらく待ってみるとか? 1ヶ月くらいすればお城を沈めてる水も消えると思うわ」
「そんな悠長に待てるか!」
アクアにクレアがテーブルを叩いて反発する。
するとこの場に見回っていた兵が慌てた様子で入ってきた。
「報告します! 魔王軍が王都に向かい、これまでにない大規模な数で進行中!」
報告を聞いてギルド内がざわつく。
「こんな時にっ!」
「こんな時、だからでしょうね。城の異常を察して兵を投入してきたのでしょう」
あんな城の状態を見れば、喜んで進軍するだろう。
そんな中でめぐみんがカズマに話しかける。
「カズマカズマ」
「はいカズマですってなんだよ。言っておくが、城に向かって爆裂魔法を撃ちたいなんて案は却下だからな。城を更地に変えてまた借金するなんて冗談じゃない」
冗談半分で言うカズマ。しかしめぐみんの案はそれとは全く違っていた。
「ゆんゆんのテレポートでアクセルの町に帰りましょう。ここから先は、私達には関係のない事です」
「ちょっとめぐみん!」
めぐみんの言葉にゆんゆんが焦った様子で止める。
ダクネスも声を荒らげた。
「めぐみん。今がどんな状況か解って……」
「知りません。私はスズハを助けに来ただけです。城で裏切り者が出たとか、王都が大変だとか、関係ありません」
きっぱりと言うめぐみん。
ここに居る冒険者も含めて敵に回しそうな台詞だが、皆が緊張した様子で見る。
紅魔族であるめぐみんの紅い瞳が強く輝いており、先程のカズマの言葉で爆裂魔法が使える事が知られた。
めぐみんの事は知らずとももしも怒らせて紅魔族がここで暴れられたらと冷や汗を流しているのだ。
「いや、でもな……」
「いつも厄介事には関わりたくなって言ってるじゃないですか。それに、スズハをあんな状態にした連中をカズマは許せるのですか?」
スズハに杖を差し、視線はクレア達方へと鋭い視線を向けて言う。
ポーションのおかげで大分楽になったようで、眠っているヒナを抱えているが、顔色はまだ万全な様子はない。
クレア達もスズハに行った行為に対して負い目があり、めぐみんの言葉にバツが悪い顔になる。
カズマとて別に王都に愛着が有るわけではない。
もちろん同郷の者が引き起こした事態に責任を感じてる訳でもない。
それでも小狡い頭を回転させてるのは、単に義妹であるアイリスの為。
それを放置して帰るのは流石に気が引け────。
カズマが悩んでいると、アイリスが近づく。
「めぐみんさんの言う通りですね。お兄様、どうかお帰りください。スズハさん休ませてあげて」
「アイリス……」
「今回、あなた方を巻き込んだのは私のわがままがそもそもの原因です。申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるアイリスに場が騒然となった。
一国の王女がただの冒険者に頭を下げて謝罪したのだから当然。
それを聞いてアクアがカズマの服を引っ張る。
「カズマ。こう言ってるのだから帰りましょうよ。私も疲れたし眠いんですけど」
「いや待て! 今は本当に国の危機なのだぞ! それを知ってノコノコ帰るのは人としてどうなのだ!」
反対にダクネスが残るように説得をしてくる。
どこか他人事のように聞きながら色々な事が頭を過る。
────それにしても、ここまで精霊に好かれる精霊使いも珍しい。余程食わせた魔力が舌に合ったか。
紅魔の里で言ったバニルの台詞が思い出される。
────本当に素晴らしい素質です。いっそ憎しみすら覚える程に。だからこそ、あんな小娘────存在自体がおぞましい……!
嫉妬に塗れたジョージの台詞を思い出す。
────簡単に言えば私達はどれだけ精霊に心を許されているかで使える力が変化します。同じ精霊でも仲の良さで全然協力してくれる度合いが変わりますし、それはスキルでは補えない部分ですから。
記憶にない誰かが過去にそんな事を教えてくれていた気がした。
「────スズハだ」
ボソッとカズマが呟く。
その言葉に周りが頭に? マークを浮かべた。
「もしかしたら、スズハなら
「……本気ですかカズマ。スズハにそんな危険なことをさせるつもりですか?」
「俺だって酷いこと言ってる自覚くらいあるよ。ただ、今回の件を何とか出来る可能性があるとするなら」
それはたぶんスズハだと視線がスズハに向く。
この場にいる者達の視線を受けてスズハが萎縮する。
「スズハ。気にする必要はありませんよ。帰りましょう、貴女は休むべきです」
「そうですよスズハさん。ヒナさんとも再会できたのに」
めぐみんとアイリスの言葉にスズハは視線を天井に見て考える。
初めてジョージと
「いえ、行きます。
その言葉に案を出したカズマも驚いていた。
「いや、言っといてなんだけど、良いのか?」
コクンと頷くとめぐみんが怒る。
「良い子なのもほどほどにしなさい! 自分の状態が解ってるんですか! ここの人達の為にこれ以上スズハが何かをする必要はないでしょう!」
めぐみんは怒っていた。
スズハを勝手に犯人と決めつけて酷く疲弊させた城の連中に。
聞けば、爪も剥がされたらしい。
そんな連中の為にこれ以上スズハが期待や苦労を背負うことはないのだ。
めぐみんの怒りにスズハは首を振る。
「ここの人達の為じゃないですよ。ありがとうございます、怒ってくれて。めぐみんさんのそういうところ、好きですよ」
「茶化さないでください!」
まだ納得してない様子のめぐみんを宥めつつ、スズハは意見を言う。
「でも精霊を説得するにしても、お城の中の方まで行かないとどうにも……」
中は避難通路も含めて水で満たされている。
それを何とかしないと説得は出来ないと言うスズハ。
そこで仕方なさそうにアクアが腰に手を当てる。
「しょうがないわね、スズハは。このアクア様が一肌脱いであげるわ!」
ウインクするアクアにカズマが胡散臭そうに言う。
「いや、お前。水の魔法使えないんだろ? どうするんだよ!」
「魔法は使えなくても、魔力で強制的に水を避けさせて中を移動するくらい出来るわよ! あの田舎精霊! どっちが水を司るのに相応しいか、思い知らせてあげるわ!」
シュッシュッとシャドーボクシングのように拳を突き出すアクア。
「でもそれなら、今度はやり方を変えて水の人形で道を阻んで来るかも、ですね。だから護衛してくれる人が欲しいです」
ここまでの事態になり、僅かながらでも光明が射した事に誰もが表情を少し明るくなる。
スズハとアクアに付いていかせるなら誰か。
爆裂魔法しか能のないめぐみんは問題外。
カズマは単純に能力不足。
ダクネスはそもそも敵を倒せない。
盗賊職であるクリスに守りながらの戦闘が向いてるとは思えない。
となると、ゆんゆんかミツルギだろうか?
カズマは城へ向かう2人と同性のゆんゆんに護衛を頼もうとすると、その前にアイリスが発言した。
「分かりました。なら、私がスズハさんを
『!?』
アイリスの言葉にその場に居た全員が唖然とした。
クレアが意見する。
「いけません、アイリス様!? その者の護衛なら私が────」
「クレア。貴女は自分がスズハさんに何をしたか忘れたの? それに城を占拠されているのなら、王族である私が奪い返すのが筋でしょう?」
クレアが一緒に行くと言った瞬間、スズハが身を強張らせたのを察してアイリスが却下する。
この状態では、動きが鈍くなって怪我をするかもしれない。
「それに私、こう見えて強いのは知ってるでしょう?」
クレアが押し黙る。
ジョージはこの国の王族を兵器と言った。
スズハの所へ駆けていく際に、物凄い速さで疾走したのをカズマも見ている。
「お兄様! スズハさんは必ず私がお守りしますから!」
「あ、あぁ。頼むな。でも、無理はするなよ」
そう言ってアイリスの頭を撫でると嬉しそうに目を細めた。
スズハがそこで何かに気付いた様子で声を出す。
「でも、ヒナを誰かに預かっていただかないと。赤ん坊の世話ができる信頼できる方に」
抱いているヒナを見て言うスズハ。
するとクリスが言う。
「なら、あたしが預かるよ。こう見えて子守りくらいできるし」
「クリスさん」
「あはは。ヒナを面倒見れる面子であたしが1番役に立たなさそうだしね。その代わり、スズハが帰ってくるまで、絶対に傷1つ付けさせないから!」
苦笑いを浮かべながら断言するクリスにスズハは一拍考えた後に。
「お願いします、クリスさん」
「うん、任せて。エリス様に誓って、ね!」
ヒナをクリスに渡す。
それから、接近中の魔王軍に対する方法や住民の避難に割く人員を話し合った。
「あ、そうだ忘れてた! スズハちゃん」
「はい? どうかしましたか?」
ゆんゆんが自分の鞄を開く。
「念の為なんだけど、スズハちゃんのお着替え持ってきてあるの。いる、かな?」
中にはスズハの着替えが入っていた。
「あ、ありがとうございます」
部屋を借りて着ていたローブを脱ぎ、自分の和服に着替え直す。
付いてきていためぐみんが頬を膨らませて話しかけてきた。
「本当に、行くつもりですか? そこまでする必要はないでしょう?」
「かもしれません。でも半分は自分の為です。後ろめたさを消したいだけの」
「後ろめたさ?」
慣れた動きで和服を着ていくスズハ。
これを着ていると、何か、自分を取り戻していくような錯覚を覚える。
「……最初に会った時に、あの精霊の手を取っていれば、ここまで大きな事態にはならなかったのかもしれません。だから────」
「スズハ。それは思い上がりですよ」
「かもしれません。でも、もうあの
納得していない様子のめぐみん。
帯を締めた布を固定したスズハが茶化したように言う。
「それに、将来ヒナに聞かせる武勇伝の1つも欲しいと思ってたんですよ?」
似合わないその台詞にめぐみんは瞬きをした。
「準備は整いましたか?」
「はい、アイリス様。それではエスコートの方をよろしくお願いしますね」
「はい。ベルゼルグ王族の名に賭けて、脅威は全て凪ぎ払いましょう。ですから、この地に住む方々の命をスズハさんに託します!」
この国命運は、王女と1人の精霊使いに託された。
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