「……どうかそろそろ娘を返していただけませんか? アイリス様」
「もう少し待ってください! まだ馬車の出発時間まで時間が有るでしょう?」
「いや。もう過ぎてんだけど。馬車待っててくれてるよな?」
「荷物は先に積んであるから大丈夫だと思うが……」
ヒナを抱きしめて離そうとしないアイリスにスズハは困って息を吐く。
既に乗る筈の馬車の出発時刻は過ぎている。
本当なら転移魔法で帰れば良いのだが、今回の事件で各地の貴族や豪商。他国の王族などに連絡を取り合うために今も人員が足りてないと言うことで、1番高い馬車で合意する事にした。
シンフォニア家のお金で。
「もう時間ですので」
「あ……っ!?」
いつまでも離しそうにないアイリスにスズハがやや強引にヒナを返さしてもらう。
名残惜しそうなアイリスの横からクレアが割って入った。
「今回は本当に世話になった。それに此方の勘違いで傷を負わせて毒を飲ませるところだった。本当に済まなかった」
頭を下げるクレアにスズハは居心地が悪そうに手を振る。
「いえ。謝罪は何度もしてもらいましたし、相応の物を頂いたので」
「そうか。もしも何かに巻き込まれた時、連絡をくれれば出来得る限り我がシンフォニア家が力になろう」
「そうならないのが1番なんですけどね」
スズハの言葉にクレアは違いないと頷く。
最後にスズハは娘に言う。
「ヒナ。アイリス様にバイバイして」
言いながらヒナの手を掴んでアイリス達に向けて手を振らせる。
ヒナも、アイリスに向けて満面の笑みで。
「ばーばー」
「っ!?」
バイバイと上手く発音できずにそう別れを告げた。
「そろそろ本当にマズイのではないですか?」
「そ、そうだよね。急がないと!」
紅魔族2人に急かされて慌てて馬車停に急ぐ。
慌ただしく去っていく集団の背中が見えなくなるまで立っているとアイリスの視界がじわっとブレた。
「アイリス様?」
「……ごめんなさい。色々と大変な事も有ったけど、お兄様達が来てからの時間がすごく刺激的で、楽しかったから」
少し困ったところはあるが、とても楽しい兄が出来た。
同い年の同性で、とてもしっかりした友人が出来た。
そして、心を揺さぶられる小さな命に出会った。
大変で危ない事も有ったけど、あの日々があまりにも輝いていて。
思い出を抱きしめるように手を組んで、アイリスはカズマ達が消えていった背中を見つめ続けた。
馬車停に着くとそこにはミツルギキョウヤと2人の少女が待っていた。
「アクア様。お見送りに来ました。いつまでも現れないから、時間を間違えたのかと思いましたよ」
「ちょっとアイリスが離してくれなかったのよ。魔剣の人はまだ王都に残るの? お金はたくさん貰えたんでしょ?」
「はい。まだ魔王軍の脅威が心配ですので」
ミツルギも今回の事件の報酬でかなりの額の報酬を貰っている。
数年は高級宿に住んで遊んで暮らせる程の額だ。
それでもこうして真面目に魔王軍が攻め込んでくるのを警戒する辺りが彼らしい。
「ミツルギさん。今回は手助けして頂いてありがとうございます。それと以前は失礼な態度を取ってしまってすみませんでした」
失礼な態度というのは、前にミツルギに話しかけられて途中で逃げてしまった事だ。
ミツルギもそれを思い出して苦笑いを浮かべた。
「気にしてないよ。でも、今回無事で良かった」
「はい……」
そんな風に世間話をしているとクリスが此方を呼ぶ。
「ねぇー! 馬車もう出ちゃうってよー! 急いでー!」
「あー! 待って待ってっ!? 女神を置いていったら天罰を下すわよ!」
「置いてかないでください!」
慌てて馬車に乗り込むアクア達にミツルギは手を振って別れた。
ヒナをめぐみんに預けてスズハはぐったりした様子で壁に頭を預けている。
まだ魔力問題は完全に解決した訳ではなく、気を抜くと気怠さで辛いのだ。
「それで? 良かったのですか? クレア達の処遇はあんなもので。何なら最後に私が爆裂魔法であの屋敷を吹き飛ばしても良かったのですよ?」
「……めぐみん。犯罪に犯罪で返しても犯罪者になるだけなんだよ?」
未だにクレア達の処遇に納得してないめぐみんが掘り返す。
「これから充分大変だと思いますよ」
「アルカンレティアへの左遷でしょう? 大した事ないではないですか」
クレアとレイン。そして他数名はアルカンレティアへの左遷が決まった。
王と王子の不在で王女であるアイリスが決断を下した。
めぐみんの不満にスズハはアイリスに王女から聞いた話を伝える。
「今、アルカンレティアでは温泉に代わって聖水の販売事業で成り立っているらしいんですけど、それが思ったより上手く行ってないらしいんです」
あのハンスとの戦いでアクアが温泉を最高品質の聖水に変えた。
当初は嘆いていた住民も聖水の販売が温泉以上の利益が見込める事で早速販売を開始した。
スズハには解らないが、最高品質の聖水は様々な活用方法があるらしい。
ただここで問題なのが聖水を売るのがあのアクシズ教徒達という事だ。
「なんでも、エリス教徒限定で適正価格の5倍以上の値段で売り付けていて、思ったより出回ってないそうなんです」
国教というだけあり、この国の大半はエリス教徒だ。
特に貴族や国の重鎮の殆どは。
それは王族も例外ではないし、クレアやレインもエリス教徒である。
「国から何度もエリス教徒への価格上げを止めるように要請していたらしいですけど、向こうが取り合わないらしいんです」
今回クレア達がアルカンレティアでその交渉を任される訳だが、エリス教徒である彼女達の話をまともに聞いてくれるか。おそらくは無いだろう。
どれだけ互いに利益のある提案を出しても彼らは感情でそれらをエリス教徒だというだけで拒否してクレア達を否定し、拒否するだろう。
観光客ならともかく交渉役として街に留まるなら、嫌がらせも住民から散々受ける事が予想される。
「もし途中で逃げ出せば、今度は彼女達が毒杯を呷る事になります。ちなみに前任の交渉役はストレスによる脱毛症や過食症になって異動したらしいですよ」
「……それ、成功するのか?」
聞いただけで成功しそうにないお仕事にカズマはうへぇと口を歪めた。
ついでに暴力に依る解決はNGらしい。
「はい。アクアさんに頼めば」
「ふぁい? なぁに?」
先程から会話に参加せず、買ってあったお菓子をパクパク食べていたアクアに視線が向いた。
「聖水の利益が発覚してからアルカンレティアのアクシズ教徒の方々はあの温泉を女神アクアが降臨して変えた聖水という触れ込みで売っているらしいです。ですから、アクアさんがクレアさん達の要求を呑みなさいと言えば全て解決です」
何せ本物の女神アクアの言葉だ。アクシズ教徒達も従わない訳にはいかないだろう。
調べたところによると、既に向こうは目の前のアクアをちゃんと女神アクアと認識しているらしい。
だからアイリスからはこっそりと気が済んだら許してあげてくださいね、と言われている。
「なんつーマッチポンプ」
「それに今回、王族やシンフォニア家との後ろ楯も出来ましたし、何だかんだで得してるんですよね」
この世界で王族貴族とパイプを結べた事は大きい。
もしもまた今回や以前アルダープの屋敷を吹き飛ばした時のように変な嫌疑をかけられてもダスティネス家を含めて力になってくれるだろう。
得をしている、という部分に反応してアクアが上機嫌になる。
「そうなのよ! 私今回の沢山の人を生き返らせたじゃない? その時に女神アクアに感謝して、アクシズ教に入信なさいってアドバイスしてあげたの! きっと彼らはエリス教徒から敬虔なアクシズ教徒に生まれ変わったに違いないわ!」
フフン! と得意気に話すアクア。
実は、アクアが生き返らせた者達はエリスによって現世に魂を送り出されており、エリス様にお会いし、生き返る事が出来たと深く女神エリスに感謝の祈りを捧げている。
これはアクアの行動云々ではなく、単純に死後で会ったのがエリスであった事と、単純にアクシズ教の評判が悪すぎるのだ。
「それにしても、流石に今回は疲れました。アクセルの街から出ると色々な事件が起きて酷い目に遭いますね。しばらくはアクセルの街を出たくないです」
アルカンレティアでの魔王軍幹部と遭遇に始まり、紅魔族の里では壊された建物に潰され、今回は無実の罪で牢屋行き。
「またアクセルを出たら、今度は遭難したり誘拐されたり記憶を失ったりストーカー被害に遭ったり」
「おいやめろよ。何をコンプする気だよ……」
本人は軽い調子で言ってるが、確かにしばらくはアクセルから離れない方が良いかもしれない。
というか、最近のスズハの起こる災難を見ると本当に起こりそうで怖い。
数日かけて昼頃にアクセルの街に戻ってくるとアクアが腕を上げて伸びをする。
「うーん! やっぱりアクセルの街に着くと帰って来たーって感じがして安心するわね!」
「散々帰りたくないと駄々こねておいて」
そこでクリスが団体から離れる。
「それじゃああたしはここで失礼するね! 孤児院にも顔を出したいし!」
「あぁ。今回は色々と世話に────いや待てクリス。このまま屋敷に寄ってくれ。なんなら泊まっても構わん。ゆんゆんもだ」
「え? なんで?」
ダクネスの提案に首を傾げる2人にめぐみんは思い出したように手を置く。
「そうですね。その方が。なら私は、予定にあった店で料理と飲み物を届けて貰えるように頼んできます。この時間なら、夜には間に合うでしょうから」
「めぐみん!」
そう告げて駆け足で去っていくめぐみん。
「どうしたんだ?」
「お料理って、パーティーでもするの?」
「アクアお前……まぁいいか」
疑問を口にするアクアにダクネスが呆れるが何も言わないことにした。
帰りがてらにウィズの魔道具店に寄ると、泣きながらウィズが抱き付いてきた。
「スズハさん!? ご無事で本当に良かった~! 心配したんですよ!」
「ご心配をおかけしました」
「どこもお怪我はありませんか?」
「えぇ、まぁ……アクアさんのおかげで」
視線を僅かにズラして苦笑いで答えるスズハ。
それで怪我をさせられた事はウィズも察したが、それ以上何も言わなかった。
「ふむ。五体満足で結構結構! 小娘の生存祝いについ先日偶々仕入れた魔力増強のポーションを20本3割引きで売ってやろう。どうだ?」
ポーションの入った小瓶を揺らして見せるバニル。
偶々ではなく、おそらくこうなる事を予見して仕入れておいたのだろう。
「買わせて貰います。あ、今は手持ちが無いので明日銀行でお金を下ろしたら取りに来ても良いですか?」
「毎度あり! 商品は今持って行って構わん。貴様の事だから約束を反古したりはすまい!」
そう言って魔力増強のポーションが入った箱をカズマに持たせた。
次に今回の報告を兼ねて冒険者ギルドに挨拶へ回った。
「スズハちゃん」
すると受付嬢のルナを始めとするギルド職員や冒険者達が寄ってくる。
「お久しぶりです。あ、これお土産です」
ギルド職員に予め用意していたお土産を渡す。
そこで飲んでいた冒険者が話しかけてくる。
「どうせカズマが何かやらかして、そのとばっちりを喰らったんだろ? 大変だったなぁ」
「おいコラ。デタラメ言ってるとお前の装備をスティールすんぞ」
いきなり罪状を被せられてカズマが凄むが、そんなのが通じる訳もなく。
そんな中で女性冒険者達のヒソヒソ話が聞こえた。
「もしかして城のお宝を盗んだりとか王女のパンツを盗んだりとかしたんじゃないの?」
「王女刺殺未遂でスズハちゃんの濡れ衣は新聞に書かれてたけど、帰ってくるのにこんなに時間がかかったなら別の……」
「まてぇ!? 俺今回は本当に無実だからー!」
その他の冒険者も何か言っていたが、本気で言ってる訳ではなく、彼らなりの歓迎である。
それから今回の事件を解決した報酬が出ていることを確認して帰路に着く。
それから商店街を通ると、住民から揉みくちゃにされた。
皆がスズハとヒナの無事を喜ぶ。
何故か誰もカズマの心配をしてなかった事に本人がちょっぴり傷付いていたが。
商店街の人達に色々な物を貰って通るとスズハ達が住む屋敷が見えてきた。
以前めぐみんが爆裂魔法で壊した屋敷の一部は既に修理されていた。
それを見て、スズハの足が止まる。
「どうしたの?」
「いえ。アイリス様が刺されて捕まった時に、ここに帰れないって思ってたので。だから、まるで夢みたいで……」
処刑されるのかもしれないと思った。
だからこうしてこの場所に帰ってこられたことが奇跡のようだ。
そんなスズハの背中をダクネスが押す。
「馬鹿な事を思ってないで、早く入るぞ。準備が無駄にならなくてよかったしな」
「準備?」
促されるままに屋敷に入る。
すると中はスズハの記憶と少しだけ違っていた。
玄関のロビーに長いテーブルが置かれており、市販や手作りの装飾が飾られていた。
それを見たアクアが声を上げる。
「あー!? そうよ! スズハの誕生日よ! どうせそれまでには帰ってくるんだと思って、3人で準備してたのよ!!」
「あ!?」
そういえばカズマもスズハの誕生日だからと帰ることを決めたのだった。
その後のゴタゴタですっかり忘れていた。
スズハ自身も。
誕生日と聞いたゆんゆんがオロオロする。
「わ、私スズハちゃんにプレゼント用意してない! どうしよう……」
「いえ、祝って貰えるだけで嬉しいです」
「そ、そういう訳にはいかないよ!? ちょっと買ってくる!」
するとゆんゆんはダッシュで出ていってしまう。
「まぁ、料理が届くのは夜になるだろうし、構わないか」
「カズマ。あなたも行かなくて良いの? プレゼントなんて用意してないでしょ?」
「一応、前にスーツを仕立てた時に用意したわ! お前こそどうなんだよ?」
「私? バッカねー! 今日はスズハの為に取って置きの芸を披露するわ! それが1番のプレゼントよ!」
胸を張って自信満々にドヤ顔するアクア。
確かに、アクアなら変な物を渡されるよりは芸を披露させた方が良いかもしれない。
それからしばらくしてめぐみんとゆんゆんが戻ってきた。
どうやら途中で会って合流したらしい。
夜には料理が届いて、先程店に寄ったときにダクネスが招待していたウィズが来る。
バニルは不参加らしい。
少し溜まっている埃などを掃除して料理を置く。
すると今日のメインだからと座らされていたスズハは抱いているヒナが自分に向けて手を伸ばしている。
「ヒナ?」
「まー、まー」
「────っ!?」
今確かに、拙いがヒナがママ、と言った。
自分だけに聞こえたそれに、スズハは娘の手を取る。
「ありがとう、ヒナ。最高の誕生日プレゼントよ」
娘を褒めていると、準備を終えたアクアがテンションを上げる。
「さぁ、準備は整ったわ! これより早速スズハの誕生日を祝う、花鳥風月っ!!」
アクアが花鳥風月で出した水が動き、誕生日おめでとう、スズハ。というメッセージが書かれていった。
「ウォルバク様っ! 魔王様からの通達です!」
ウォルバクと呼ばれた赤い髪の女性はやっとかと言わんばかりに手紙を受け取る。
そもそも彼女は今回、王女暗殺の為に王と王子をこの地に留めるのが仕事だった。
もちろんそれで王と王子を討ち取れればそれでよし。
しかし毎日爆裂魔法を撃ち込んでいるにも関わらず未だにどちらも一進一退の状況だった。
「王女暗殺は失敗したのね。だから撤退しろとお達しよ。最低限の物資を持って退きましょう」
ウォルバクの言葉に部下の1人が不満そうに意見を言う。
「宜しいのですか?」
「この膠着も飽きたし。私が居なくなったら貴方達があいつらに蹂躙されるわよ? やっぱりこの国の王族は化け物だわ」
なんせ1ヶ月近くも毎日爆裂魔法を防ぎ続けてきたのだ。
「そろそろ、温泉にでも入りたいわー」
もう撤退する気満々のウォルバクに部下が質問する。
「しかし例の内通者。本当にこちらに就くつもりだったのでしょうか?」
「それを試す為の王族暗殺でしょう? 成功すればここ最近減った幹部の代わりに結界を維持する人員にするつもりだったみたいだけど。魔力だけはかなりの物だったみたいだし」
魔王も元から期待していた訳ではない。
王都への攻撃は前から定期的に行われていたし、そのついでに成功していたらいいな、とは考えていただろうが。
どちらにせよ失敗した以上は王国側に情報を吐いて処刑されるか。
それとも情報が漏れる前に魔王軍が暗殺するかの未来しか残ってないだろう。
すると、2枚目の命令書にはこう書かれていた。
「ベルディアの任務を引き継ぎ、アクセルの街の調査を求む……」
仕事の内容を確認してウォルバクはアクセルの街って温泉あったっけ? と空を仰いだ。
読者さんがこの作品で好きな話は?
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序盤
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デストロイヤーから裁判まで。
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アルカンレティア編
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紅魔の里編
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王都編
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ウォルバク編
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番外で書かれた未来の話
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その他