貴女が初めて私をママと呼んでくれた日の事を覚えている。
貴女が初めて自分の両足で歩いた日の事を覚えている。
貴女が自分でご飯を食べられる様になった日の事を覚えている。
貴女が初めて自分1人で着替えが出来る様になった日の事を覚えている。
どんなに価値ある宝石よりも。
どんなに煌びやかな細工を施された衣服よりも。
貴女は私の生きる希望であり、誰よりも大切な愛しい私の娘。
「今日からわたしがこの部屋を使っていいんですよね!」
「えぇ。昨日も言ったけど掃除は自分でするのよ?」
「はーい」
シラカワスズハの娘であるヒナも7つと年齢を重ねて、近頃は自分のプライベートを強く意識し始めた。
スズハの言葉を聞いているのかいないのか、自室が出来て浮かれている娘を見ているとめぐみんが話しかけてくる。
「淋しそうですね」
「そうみえますか?」
こうして娘が少しずつ手元を離れていく。
それを嬉しいと思う反面、淋しいと感じるのも否定は出来なかった。
ここのところヒナは着物だけでなく洋服にも興味を持ち始めたり、スズハ達と過ごすよりも年齢の近い子供達と一緒に遊ぶ方が楽しいと感じ始めている。
「ふふ。アイリスが知ったら、泣き出すかもしれませんね」
「アイリス様にもいい加減あの甘やかし癖をどうにかしてほしいんですけどね」
困った様子でスズハは肩を竦める。
アイリスのヒナに対する甘やかし方は妹に対するそれというよりも、初孫を喜ぶ祖母に近い。
この間も200万エリスもするドレスを贈られてきた。
そんな彼女が自分よりも友人を選んだら、ショックで泣き崩れるかもしれない。
「それはそれとして、流石に私の部屋を2人で使うのも手狭になってきましたからね。良い機会ですよ」
元々1人用の部屋を母と娘で使っていた。
しかしスズハもヒナも体が大きくなって狭く感じていたのだ。
それにヒナが母親と同じ部屋で着替えなどをする事に煩わしさを感じ始めてもいた。
スズハが仕込んだ事により、ヒナの家事能力は同世代の比べて高い事もあり、部屋を与えても問題ないと家族会議で決定した。
「それじゃあヒナ。私は作業場に居るから。運んだ荷物は出して整理しておくのよ」
「はーい」
上機嫌に返事をする娘を信用してスズハは作業場に向かう。
ヒナがある程度手がかからなくなり、スズハは屋敷で出来る裁縫の仕事を始めた。
それもただの服作りではなく、精霊の力を付与させた特別製の衣服だ。
これはかつて王族暗殺を企てたホーリー・ジョージの遺された研究資料を基にスズハが形にした。
伝説級の効果、とまではいかないまでも、それなりの人気商品としてウィズ魔道具店に卸している。
バニル曰く、負債しか仕入れない店主より余程店に貢献しているとの事。
難点はスズハしか製作出来ない為に大量生産が出来ない事だ。
ちなみに効果は。
雪精:気温が高くなると衣服が冷たくなる。
火精霊:気温が低くなると衣服が温かくなる。
風精霊:弓矢や投石を受け流す矢避けの加護。
土精霊:皮の鎧以上の硬度に変化。
水精霊:水の上での歩行が可能。
等々。値段は少し高めだが奮発すればアクセルの街の冒険者でも充分購入可能な値段で売られている。
最初は手探りだったが今は購入者の意見を取り入れてそれなりの利益になっていた。
手には職があり、血の繋がった娘と血は繋がらずとも家族と思える人達との平穏な日々。
「幸せ、だなぁ」
噛み締めるようにそんな言葉が漏れる。
後数年もすれば故郷よりもこの世界で暮らした年月の方が長くなる。
最初は不安が大きくて潰れてしまいそうだったが、今はこの街に馴染んで故郷とこの世界常識の違いなども受け入れられている。
このまま、穏やかに過ごせることを願ってスズハは針動かした。
「実は、少し話したい事がある」
ヒナが学校に行っている間。ダクネスが真剣な表情でこの場に集まっている3人に話し始める。
「何だよ、改まって。嫁に行き遅れかけてるララティーナお嬢さ、まっ!?」
茶化すカズマをダクネスが殴り飛ばした。
「真面目に聞け! それと私は結婚しようと思えばいつでも出来るんだ!」
「そう言っている間にどんどん貰い手がなくなり……」
「ほう? めぐみんも拳骨を喰らいたいのか?」
ボキボキと指を鳴らすダクネスにめぐみんは口を閉じた。
苛立った様子で眉間を揉んでから話を続ける。
「ここ数年で急成長している新しい商会があってな。主に取り扱うのは最近貴族に人気の化粧品や香水、石鹸などの美容品だ。それが昨日からこの街に訪れている」
話しを聞くと特にカズマ達とは関係なさそうな物だが。
「何か買って欲しいのか? それとも、その商会ってのが何かヤバい連中なのか?」
「……わからない」
「私達もダクネスが何を言いたいのか分からないのですが」
どこかこれから言うことを躊躇っているダクネス。
本当にヤバい連中なのかと思ったが、なら門番が追い返すか、それなりの制限を設けるだろう。
どちらにせよカズマ達には直接関係のない話で躊躇う理由が分からない。
「その商会の代表者の名前が、モリタケマコトと言うらしい」
聞きたくなかった名前をダクネスが口にしてこれまでお茶を淹れていたスズハの手が止まる。
「……生きてたんですね、あの人」
かつてカズマの裁判後に程なくしてアクセルの街から去って行ったと人伝に聞き、忘れることもないが思い出すこともしなかった。
普段からは想像出来ないくらい冷たい声で呟くスズハ。
トラブルの予感にカズマは頭を掻く。
「何でそんな奴を街に入れるんだよ」
「正式な手続きを踏んでいる以上は門前払いなど出来ん。疑わしきは、で拘束する訳にもいかないからな。一応名目としては新規顧客層の開拓と新商品開発の為の原材料を購入だからな」
日本での事件をこの街で裁ける訳もないし、貴族の中にはその商会のファンも多い。
下手に手を出せば、糾弾されるのは此方になりかねない。
「大丈夫ですか? スズハ」
厳しい顔をしているスズハにめぐみんが気に掛ける。
「えぇ、はい。まぁ……取り敢えずはヒナに知らない人にはついて行かないように言い含めて置きます。今接触するなら私よりも娘の方にだと思いますので」
スズハに何かしらの嫌がらせを行うなら、直接ではなく娘を狙ってくる可能性が高い。
「念の為に護衛は付けます。向こうが近づいて来ないなら無視しましょう。でももし。もしもヒナに危害を加えるなら、その時は────」
最後に自分の紅茶を淹れてティーポットを置く。
「近々、アイリス様も遊びに来られますし、騒ぎを起こす必要はありませんから」
手紙には久々にこっちへ遊びに来れると逸る気持ちが文字に出ている文章が綴られていた。
「いいんだな?」
確認するように訊ねるダクネスにスズハは頷く。
「もう私達には関係のない人ですから」
「それじゃあ、今度、ヒナちゃんのお部屋に遊びに行くね」
「うん、来て来て! ナタリーちゃん!」
学校の下校は幾つかの集団に分かれており、ヒナは友人と手を繋いで歩いていた。
友達と別れると1番学校から家が遠いヒナは1人、家路を歩く。
「明日にはアイリス姉様も遊びに来てくれますし。お母様と一緒にお菓子を焼いたら喜んでくれるかなぁ」
前に焼き菓子を作った時は失敗してしまったがアイリスはおいしいおいしいと食べてくれた。
しかし今回はちゃんと作ってアイリスを喜ばせたい。
いつも色々な物を贈ってくれるアイリスに自分が出来るお礼がしたいのだ。
「がんばらないと」
グッと拳を握って気合いを入れる。
そうして帰り道を進んで行くと、停車していた小さな馬車から見知らぬ男性が降りてくる。
「もしかして君、シラカワヒナちゃん」
「え?」
知らない男性に声をかけられてヒナの肩が跳ねる。
「あぁ、やっぱり。着物を着てるし、お母さんにそっくりだから」
ニコニコと笑顔で話しかけてきた男性。
年齢はヒナには分からないが、カズマより上かもと感じる。
整った顔立ちに身嗜みもキチンとしており、貴族と言われても信じてしまいそうな身なりの男性。
このところ母に知らない人にはついて行かない事。もし危ないと感じたら声を出して誰かに助けを求めなさいと口酸っぱく言われた。
ここで声を出しても隣家からは距離が離れていて、ヒナの声は届きにくいだろう。
「あ、あの。ごめんなさい! 急いでますので!」
「ちょっと待って」
男性の横を通り過ぎようとすると、手で遮るように制される。
「あの、通してください」
「本当に怪しい者じゃないんだよ。僕は君のお母さんとは昔からの知り合いでね。ヒナちゃんと話がしたくてお母さんにも許可を貰ってるんだ」
知らない大人に声をかけられて小さい体を震わせるヒナに男性は安心させるような優しい声。
だけどおかしいとヒナは感じた。
そんな話は聞いてないし、もしそうだとしても母自身が一緒に居てくれる筈だ。
「あなたは、誰ですか……?」
ヒナの質問に男性は小さく声を漏らした。
「僕は、モリタケマコト。君のお母さんとは小さい頃からの付き合いで、君の本当のお父さんだよ」
後編もなるべく早く書き上げられるよう頑張ります。
読者さんがこの作品で好きな話は?
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序盤
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デストロイヤーから裁判まで。
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アルカンレティア編
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紅魔の里編
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王都編
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ウォルバク編
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番外で書かれた未来の話
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その他