「まだ帰って来てない?」
「はい。一応ヒナと仲の良い、友達の家にも行ってみたのですが、一緒に帰って別れたと」
屋敷に戻ると未だにヒナが帰宅してないと言うめぐみん。
それに最初に反応したのはアイリスだった。
「ま、まさか! ヒナさんに何か危険が────って何をしてるんですかスズハさん!!」
両目を手で覆っているスズハにアイリスが袖を引っ張って怒る。
手を下ろすとスズハは苦い顔で小さく息を吐いた。
「……どうやらマコトさんと一緒にいるみたいです。今、あの子に付けている精霊と視覚を繋げて確認しました」
マコトがこの街に来ていると聞いてからヒナにはもしもの時の為にスズハの精霊を護衛として付けている。
まだ危害を加えていないので何もしていないが。
スズハの言葉を聞いてカズマとめぐみんは顔を青くし、アイリスだけは状況が分からず困惑した表情をしていた。
「おいおい! それってマズイんじゃ────」
「早く助けに行きましょう!!」
「これ、何処の宿でしょう? いえ、マコトさんの商会が泊まってる宿を調べた方が早いですかね。ダクネスさんと別れたのは失敗でした」
ダクネスならそこら辺を既に調べて教えてくれただろうに。
間の悪さに握り拳を作っていると、アイリスが問いかけてくる。
「あの、マコトさんとは?」
モリタケマコトのアイリスの質問にスズハが答える。
「血縁上はヒナの父親です。尤も、あの人が父親だなんてそんな事を認めるつもりはありませんが」
「え? え?」
忌々し気に話すスズハに困惑するアイリス。
しかし今はそれを丁重に説明している時間はない。
「ダクネスが商会の規模は大きくないけど貴族と取引してるって言ってたから、結構良い宿に泊まってるんじゃないか?」
「となると、街の西側でしょうか? あそこは貴族が使う宿が並んでますし」
カズマとめぐみんがそれぞれ推理しているとスズハが頭を下げる。
「ごめんなさい、ヒナが……」
「何を言っているのですか! 私達は家族同然です! あの男がヒナに危害を加えるのなら、今度こそ私が滅し去ってやります」
「それは止めとけ。それよりもこんなところで駄弁ってないで行くぞ!」
急ぐスズハ達にアイリスが困惑しながらも付いていく。
「どういう事なのか私にも教えてください!? ヒナさんが危ないんですよね! 私も付いていきますからっ!!」
頼んだケーキを食べ終わった後、ヒナはマコトと会話を楽しんでいた。
「お母様は精霊使いとしてアイリス姉様によく招かれるんですよ」
「へー。スズちゃんがねぇ。ところでアイリスってもしかしてこの国の王女の?」
「はい! アイリス姉様はお姫様でわたしにもとても良くしてくださいます!」
「へぇ」
一瞬マコトの視線が鋭くなったが、ヒナはそれに気付かずに視線を一度下げて相手を見る。
「あの、お父様。わたしそろそろ帰らないと。お母様達が心配すると思うので」
大分話し込んでいたのか、窓の外を見ると夕暮れから夜に時間が移ろいつつある。
流石にこれ以上はと思う。
それに母であるスズハと話をする為にも今は家に戻った方が良いと思う。
しかしマコトはそれに頷かなかった。
「僕はまだ、話し足りないんだけどね」
ヒナの髪を指で梳くように触れてくる。
慣れたその動きが気持ちいい。
「全然髪が絡まない。お母さんが毎日手入れしてくれるの?」
「少し前まではお母様が梳いてくれましたけど、最近は自分でしてます」
「そっか。偉いね。スズちゃんも丁寧にヒナちゃんの髪を手入れしてくれてたんでしょう?」
「はい。とても大切にお手入れしてくれました。わたしをいつも宝物だって言ってくれます」
母の慈しむ声を思いだし、くすぐったそうに照れ笑いを浮かべる。
「やっぱり、もっと話したいな。今までずっと会いたくて淋しかったんだ。悪いのは僕なんだけど、もう少しだけ一緒に過ごせないかな?」
「でも……」
帰らないと、と断る前にマコトが質問する。
「それともやっぱり、僕の事が信じられないかな?」
マコトの疑問にヒナはブンブンと首を横に振った。
ヒナの視点から見てマコトは優しい。彼が本当に自分の父親だと言うのなら、一緒に居る事が正しいと思える。
まだ人の悪意に鈍く、疑うことを知らない幼子。
だから、相手の言葉をそのままに受け取ってしまう。
(お父様は、淋しかったんですね……)
子供らしい同情でマコトを見上げる。
「お父様は今、どのようなお仕事をなさってるのですか?」
「僕? 僕は化粧品何かの販売をね。あ、そうだ。試してみる? 子供用の化粧水を最近製造したんだ」
備え付けられている化粧台に置かれている小瓶を手に取る。
「でも……」
興味はあるが、いきなりそうした物を使うのに抵抗がある。
それでも父親に勧められて緊張しながら化粧台の前に座った。
「まだヒナちゃんは子供だから、量は少しだけね」
言って、少量の化粧水を垂らしてマッサージするように顔や腕に広げられていく。
(あ。気持ちいい……)
マコトのやり方が上手いのか、それとも冷たく液体と仄かに香る花の匂いに依るものか、目を閉じると眠ってしまいそうだ。
「商会を立ち上げるまでは本当に大変でね。あの時は裸一貫で食べる物も着る物もろくに無かった。ゴミを漁って飢えを凌いだ事もあったっけ」
懐かしそうに話すマコトの声にヒナは耳を傾ける。
「昔、友人だった子が趣味で自作の化粧水を作ってて、その製作をどうにか再現して売り始めたんだ。もっとも、その時は信用なんてなかったから、色んな人達に頭を下げて媚びを売って、何とか生活出来てた」
「大変、だったんですね……」
「……うん。あの時は形振り構って居られなかった。それでも貴族の方達が買ってくれるようになってからは商売も軌道に乗ってね。今じゃあ、この街の高級宿の最上階を貸し切れるようになるまで成長した!」
ここまで昇る過程を思い出してか、口調には若干熱が篭っている。
「スズちゃんはどうだった? ヒナちゃんはこれまで生活に不自由とかは、あった?」
「……ありませんでした」
父親がこれまで苦難な道程を歩いて来たのかと思うと、これまで自分が衣食住不自由しなかった事に少しだけ申し訳無さが沸き上がる。
「そっか……スズちゃんはきっと、目に入れても痛くないくらいヒナちゃんを大事に育てたんだね」
母を認めてくれるその言葉が嬉しくて、ヒナは笑顔ではいと肯定しようとする。
しかし口から漏れたのは苦痛を訴える声だった。
「イタッ!?」
座っているヒナにマコトが後ろから掴んでいる肩に力を入れる。
「お、父様……いたい、です……!」
「……この数年間、低能な貴族どもに地面が磨り減るほどに頭を下げて、どれだけ屈辱だったか。なのに、同じ理由でこの世界に来たあの子はなに不自由なくのうのうと生きて」
ゾワリとヒナは背筋が寒くなるのを感じた。
恐る恐るヒナは後ろに居る父の顔を見るために顔を動かす。
すると、そこには先程までの安心感をもたらす優しい笑みではなく、恐怖を与えてくる歪な笑みを浮かべていた。
「あぁ……ヒナちゃんは本当に可愛いね。スズちゃんが手塩をかけて育てた娘。もしもそれを滅茶苦茶にしたら、いったいどんな顔をするかなぁ?」
肩を掴んでいたマコトの手が着物の上から身体をなぞってくる。
その触れている手の動きが恐くて気持ち悪い。
「静香さん……ヒナちゃんのお母さんはいつも僕に甘えてきた。スズちゃんはいつも僕を邪険にしてたけど、あの時の泣き叫んだ顔は可愛かったなぁ。許して、ごめんなさいって何度も懇願してきてさ。それに、あの子とは身体の相性も抜群だったし」
マコトが何を言っているのかまったく理解出来なかったが、ここから離れなければと直感する。
ヒナの頬をマコトの爪が掻くと、線が出来て血が流れた。
「母親とその娘、それに孫娘まで……僕の物になるなんてね。父娘でするのってどんな感じかなぁ?」
ここから逃げたしたい衝動があるのに、目の前の父から目を逸らすのも恐くて動けずにいる。
冷たい汗が滲み出て、上手く呼吸が出来ない。
マコトの手がヒナの帯の結び目に触れた。
「ん? おわっ!?」
いつの間にそこにいたのか、ヒナの肩に乗った小人がマコトを拒絶するように両手を突き出すと、突風が起こって吹き飛ばした。
「
ずっとヒナの着物の中に隠れていた、母の精霊の1体である
スズハがヒナの護衛にと付けた精霊。
ヒナに危害を加えた場合動くように指示されていた。
金縛りが解けたように動いたヒナは、マコトが立ち上がるより早く部屋の外に出る。
しかし、階段にはマコトが雇っている冒険者の姿を見て、慌てて近くの部屋に飛び込む。
幸いにも部屋の中には誰も居らず、クローゼットの中に隠れて口を手で塞いでやり過ごす。
(どうしようどうしよう! どうすれば……)
恐怖から身震いするヒナ。
父親の豹変。あの締め付けるような視線を思い出して泣き出しそうになる。
ギィッと扉が開くと心臓が大きく跳ねた。
(お願い、気づかないで!)
心の中でそう念じる。
足音が聞こえるたびに泣き叫んでしまいそうな衝動を堪える。
クローゼットの中に気付かずに他の部屋に行って欲しいとだけ願う。
しかし、捜すのにそう広くない部屋。
況してや閉まっているクローゼットを調べない訳もなく。
「見ぃつけた」
「ヒッ!?」
クローゼットの中を開けたマコトに、ヒナが掠れた悲鳴が出る。
すると
「
先程とは異なる驚きの声で
「精霊封じのアイテム。高額な上に一度解放したら効果が無くなる消耗品だから、これだけしか持ってないけどね。スズちゃんの事はあらかじめ調べてたから用意してたんだ。この精霊はお母さんのでしょ?」
無造作に
「それにしても、いきなり飛び出すなんて思ったよりお転婆だね。子供はそれくらい元気な方がいいのかな? でも、僕を吹き飛ばしたのはやり過ぎだね。父親として少しお説教しないといけないかな?」
声は穏やかなのに、その笑みは驚く程に醜悪で。
どうしてこの人に付いて行ったのか。かわいそうなどと思ったのか。
子供のヒナでも相手の悪意を感じる事が出来る。
「こ、こないで……!」
「恐がらなくていいんだよ。昔、ヒナちゃんのお母さんにやったのと同じ教育をして上げるだけだから、ね」
そしてマコトの手がヒナの顔に近づくと────。
「おいコラ。この変態野郎。その子になにしようとしてんだ」
誰かがマコトの首根っこを後ろから掴み、無理矢理引き離させると反対方向に行くように顔面へと拳を打ち込んだ。
「っ!?」
「カズ、にいさま……」
いつものジャージ姿で現れたカズマ。その陰に隠れるように一緒にいた女性が、ヒナに駆け寄ってくる。
「ヒナッ!」
「お母、様……」
気の抜けた返事をするヒナをスズハが抱き締める。
「良かった! 無事なのね!」
母に抱きしめられ、力を抜くヒナ。
少し体を離してヒナを目を合わせると、暗がりで見逃していた頬の傷に気付いた。
「ヒナ……その傷。あの人にやられたの?」
スズハの問いにヒナは小さく首を縦に動かした。
「……」
その間にカズマとマコトが話している。
「お前ら、どうやって……! いや、それよりもこの階には誰も上げないようにと!」
「高級宿の最上階を貸し切りなんてしてるから、すぐにお前の商会が使ってる宿が割れたよ。それでも宿の従業員が入れてくれねぇから、めぐみんとアイリスが受付で騒いでる内に、潜伏とその他のスキルでここまで来たんだよ」
この宿の特定は、冒険者ギルドに訊けばあっさりと話が聞けた。
今フロントではめぐみんとアイリスがヒナを出せと騒いでおり、2人に注目している内にカズマのスキルでコソコソとやって来たのだ。
「ったく、何のつもりか知らねぇが、全然懲りてねぇんだな。また俺のスティールで素っ裸にされてぇのかぁ? スティール!」
意気揚々とスティールを発動させてマコトの持ち物を奪おうとする。
しかし。
「アレ? ミスった?」
カズマの手には何も盗っておらず、空の手だった。するとマコトが首飾りを見せてくる。
「ハッ! バカが! コイツはスティール防止用のアイテムだ! 金の力をナメんなよ、このクソガキ!」
殴られて怒り浸透のマコト。しかし、この場にはもっと怒りを溜め込んでる者がいる。
「……
ボソリと呟かれたスズハの声。
するとマコトの上から水の女性、
そして
「ウゴゴッ!?」
文字通り
腕などを叩いているが、水の塊であるので何の効果もない。
「綺麗な女性に抱かれて死ねるなら本望でしょう?」
ヒナの頬の傷を見た瞬間に頭が沸騰しそうだった。
もしももう少し遅れていたら。
かつてこの男に自分がされたことを思い出し、この状況から何をされようとしていたのか容易に想像がつく。
反吐が出る思いだった。
この男のせいで、どれだけシラカワスズハの人生が狂わされたか。
そして今度は娘まで、だ。
これ以上この男に振り回されるなど冗談ではない。
この世界に来てそれなりの年月が経過しての経験から生まれた、殺伐とした感情が表に現す。
「■んでください」
呟いた言葉はゾッとする程に冷たく、マコトの抵抗は弱々しくなっていく。
それを見ていたカズマがスズハの肩を掴む。
「止せよ。ヒナの前だぞ」
言われてハッとなった。
見ると、抱き寄せられているヒナは、怯えた表情でスズハを見ている。
ヒナが抱き寄せられたままで後退る。
それを見たスズハは、一瞬苦い顔をするとこの場から
「ゲホッゲホッ……!?」
苦しむマコトを見てスズハは呆れて息を吐く。
「貴方、もう30でしょう? 私への嫌がらせに娘を使うなんて、恥知らずな真似を良くできますね」
「……っ! 29だよ、クソが! また僕の邪魔をして! 大体僕がこんな目に遇ったのはお前の所為だろうが!!」
濡れた頭を振りながらマコトは全てスズハの所為だと言う。
むしろそれはスズハの台詞なのだが。
マコトが癇癪を起こす子供のように喚く。
「お前が! 始めから妊娠なんてしなけりゃ、こんなクソみたいな世界に僕が来ることも無かったんだよ!! この数年間僕がどんな思いで生きてきたか分かるか! あぁん!! 貴族なんて名ばかりの低能なカスどもに、頭を下げなきゃならない屈辱が、どんなもんか!! それもこれも全部お前がそいつを
最後まで聞いて要られず、カズマがマコトの頭を掴んで床に叩きつけた。
「いい加減にしとけよ? それ以上喋るとぶっ殺すぞ」
勝手な事ばかり言うマコトにカズマもキレそうになる。
ヒナの手前だからと黙らせる為の脅しとして殺すと言っているが、そうしても良いのではないかと頭に過る。
出会ってからこれまで、スズハがヒナを育てるのにどれだけ頑張ってきたのかを見てきた。
それを簡単に堕胎せなどと聞いただけで虫酸が走る。
「うるせぇ! 他人が話に入ってくんな! それにな、スズちゃんは僕の物になる筈だったんだ! 夫の言うことに従うのは当然だろうが!」
「?」
突然訳の分からない事を言うマコトにスズハが首を傾げると、ヒナが話す。
「あの……お母様とお父様は婚約者だったと……」
「……あぁ」
ヒナの言葉にようやく合点がいった。
あの時、どうしてマコトがスズハを襲ったのか。
大企業の娘であるスズハと、大手とはいえ1弁護士の息子でしかないマコト。
家柄という点ではスズハの方が圧倒的に上なのに、どうして手を出したのか。
それが、あの時点で親同士でそういう話が出ていたのなら、ある程度納得出来る。
父なら自分とマコトの婚約を推奨してたかもしれない。
しかし。
「父がどう考えていたのかは知りませんが、貴方との婚約の話を知っていたなら絶対に拒否してました。私と貴方が籍を入れるなんてあり得ません」
当時は仲の良かった兄に嫌がらせをしていた男と添い遂げるなど、絶対に御免である。
スズハが本気で拒否すれば、父も考え直していただろう。
それは、スズハの心情を慮っての事ではなく、そこまでのメリットを感じないという理由でだが。
そうしていると、ドタドタと複数の足音が外から聞こえてくる。
もしかしたら、マコトが雇った冒険者辺りが異常に気付いたのかもしれない。
面倒になったな、とどうするか考える。
すると────。
「モリタケマコト! 貴方を違法アイテムや薬物売買の容疑で拘束します!」
現れたのは、カズマも何度か世話になったこの街の警察庁署長の女騎士だった。
その後ろには複数の騎士に混じってめぐみんとアイリス。そしてダクネスも居た。
「ヒナさん!」
アイリスがヒナに駆け寄る。
マコトを騎士に捕まえさせるとダクネスに話しかける。
「なんでダクネスが一緒に?」
「まったくお前達は。アイリス様とめぐみんから事情は聞いたが、どうして毎回トラブルの中心に居るんだ。実は前々からこの商会は黒い噂があってな。警察が調べた所、化粧品に紛れて違法なアイテムや危険な薬物を運搬して売っているという情報を得て踏み込んだんだ。この街に居る他の商会のメンバーや、契約している冒険者は既に捕らえてある。尤も、護衛として契約してただけの冒険者の方は、事情聴取だけして解放されるだろうが」
呆れと怒りが半々と言った様子で眉間に皺を寄せるダクネス。
先程別れたのはその為らしい。
話しているとアイリスの悲鳴が響く。
「スズハさん! ヒナさんの顔に怪我が!? は、早く高位のプリーストをっ!?」
「あぁ、いえ。傷は私が治します。ヒナ、顔を見せて」
転生特典の腕輪の力で、ヒナの頬の引っ掻き傷を治す。
すると、拘束されながらも抵抗するマコトが騒いでいる。
「離せよ、この!? 僕は悪くないんだ! そうだ、全部悪いのはスズちゃんで────」
などと往生際の悪いマコトに、これまで沈黙していためぐみんがマコトの前に立った。
「ふんっ!」
そのまま全力で容赦なくマコトの股間を蹴り上げると、プチッという感触と共に泡を吹いて気絶する。
めぐみんの行動に、カズマだけはうわっと顔を青くして股間を無意識に防ぐ。
「これで少しはスッキリしました」
やってやったぜと鼻を鳴らすめぐみん。
そのままマコトが連行されて行くと、スズハはダクネスに質問する。
「あの人、これからどうなりますか?」
「ん? そうだな。商会は解散するだろうし、あの男は数年は檻の中だろう。お前から申し立てがあれば、接近を禁止させることも出来るが」
「そうですね。お願いします」
軽く頭を下げるとアイリスが何を言ってるんですか? と話しに入ってくる。
「そんな軽い罰で許されるわけないでしょう? ララティーナ。あの人はスズハさんやヒナさんに酷い事をしたのよ? えぇ。必ず相応の罰を受けて貰います」
「アイリス様。あまり公私混同をするのは……」
「こんな時に権力を使わずに、何が王族ですか!」
胸を張って言うアイリスに、めぐみんがカズマの影響ですよ、アレは、という視線を向ける。
後に、モリタケマコトとその商会メンバーは開拓地へと移送され、そこで働かされる事になる。
その地は過酷な環境にあり、土地の関係から事故が多い上に、モンスターにいつ襲われるかも分からない。
開拓が進んでも囚人である彼らには何も還る物がない。
扱いも厳しく、過酷な労働に過労死する者も多く、逃げ出そうモノなら問答無用で斬り伏せられる、いつ死んでも構わない替えが前提の労働力だ。
しかも、正規の開拓民との扱いの差は雲泥であるらしい。
こうしてようやく、スズハとヒナはモリタケマコトとの縁が切れたのだ。
宿の外に出て、落ち込んでいるヒナ。
血の繋がった父の本性を知ってショックを受けている。
そんな娘を叱るのは心が痛むが、締めるところは締めなければいけない。
「ヒナ……」
「はい、お母さ、まっ!?」
ヒナが返事をすると同時にパンッと頬を叩く音が鳴る。
「な、何をしてるんですかスズハさん!」
「アイリス、黙って」
詰め寄ろうとするアイリスをめぐみんが制止する。
張られた頬を押さえて視線を上げると、そこには怒った表情の母がいる。
「知らない人に付いて行っては駄目だと言ったでしょう? 私達がもう少し遅れていたら、取り返しのつかない事になっていたのよ?」
あの男の事だ、実の娘に手を出すくらい平然とやるだろう。
もしもそうなっていたらと思うと、身震いする。
膝を曲げて娘の視線に合わせて、もう一度抱き締める。
「ヒナが無事で良かった。私みたいにならなくて、本当に……」
抱きしめられて、ヒナは目頭が熱くなり、我慢することなく泣いてしまう。
「ごめん、なさい……おと……さ……こわく、て……恐かった、です……」
「うん。恐かったよね。ごめんなさい。もっと早く助けられなくて」
「うぅ……あぁう……」
そこからヒナは声を上げて泣く。
恥も外聞も気にならない。
ただ今は母親の胸の中で泣き続けた。
「あ、おかえり~。もうどこ行ってたのよ。食材を玄関に置きっぱなしにしてちゃ駄目じゃない。このアクア様がちゃ~んと片付けておいてあげたわよ? 気の利く私に感謝して!」
スズハとアイリスが左右に手を繋ぎ、他の皆と帰宅すると、そこにはコップに酒を注いで1杯やっているアクアが居た。
胸を張るアクアにカズマとめぐみんが溜め息を吐く。
「……別にな。アクアが居たからって事態が良くなるとかいう展開になったとは思わねぇんだ。いや、むしろ悪化してた可能性が高い気がする。でもなぁ」
「えぇ、そうですね。いくらなんでもこのタイミングは……」
「え? なに。なんで私、2人に役立たずを見るような視線を向けられてるの? ここは気の利く私を褒め称えるところでしょ?」
「うるせー! こっちの気も知らねぇで! 来るのが遅ぇんだよ駄女神ぃ!!」
「ちょっ!? 痛い! 痛いわよカズマァ!!」
八つ当たりでヘッドロックをかけられたアクアの悲鳴が、屋敷に響き渡った。
しくしく泣くアクアも交えてすき焼きパーティーや入浴を終えると、ヒナの部屋でスズハ、アイリスの3人は川の字でベッドに居る。
「流石にこのベッドで3人は狭いですね」
「ふふ。ヒナさん温かいです」
「……」
スズハとアイリスに挟まれて安心したように微睡むヒナ。
今日、色々なことがありすぎて疲れているのだろう。
眠そうにしながらヒナが話し始める。
「アイリス、姉、さま……」
「はい。どうしましたか?」
「あした、おかあさまとお菓子を作るんです。また、食べてくれますか?」
「もちろんです。私も作るので、一緒に食べましょう」
「たのしみです。おかあさま……」
「ん?」
いつもの優しい眼で自分を見てくる母。
今、伝えたいのは。
「わたしを産んでくれて、ありがとう」
自然と口にした感謝にスズハは瞬きをしたが、すぐに笑みを浮かべた。
「私の方こそ、ありがとう。私の下に来てくれて。愛しい私の
頭を撫でられると強くなった睡魔に抗うことなく、眠りに落ちる。
その顔は本当に幸せそうで────。
「本当に大丈夫なんですか? マコトさん」
「今日の為に念入りに調べてある。怖いんなら勝手に残って死ぬまでここで働いてろ」
「それは……」
彼らはこの開拓地で働かされている囚人だった。
ここの生活は地獄だった。日の出から夜の暗闇で周囲が見えなくなるまで働かされ、質素な食事と不衛生な部屋で数人の袋詰め生活。
しかし、そんな生活にも転機が訪れる。
先日の落石で見張り役の兵士が数名死亡し、増員が来るまで監視に穴が出来ているのだ。
(他国に逃げれば後はどうとでもなる! こんなところで終わってたまるかよ!)
マコトは同じ部屋の囚人を連れて国外へ逃げて再起を図るのだ。自分はこんなところで終わる人間じゃない。他国へ行けば、自分を必要とする者は幾らでもいる。
(いつか、この国に攻め込ませて、僕が味わった屈辱を何倍にも返してやる!)
そんな妄想に浸りながら脱獄に専念し、ようやく見張りの範囲を抜けた。
本当の地獄はここからだった事も知らずに。
「あーら、良い男が4人も!」
「は?」
そこに居たのは豚の頭部を持つ二足歩行のモンスター。
一般的にメスオークと呼ばれるそのモンスターが集団で行動していた。
「大丈夫よ~、お兄さん達。アタシ達が天国に連れていってあ・げ・る!」
胸を強調するポーズを取るメスオークにマコト達は恐怖で震え上がった。
『う、うわぁああああっ!?』
後日、接近したメスオーク達を討伐すべく、王都から騎士隊が派遣される。
メスオーク達の根城には数名の人間の男性と思わしき遺体が発見されたが、ろくに調べられずに彼らはその場に埋葬された。
次は本編のウォルバク編を書きます。
読者さんがこの作品で好きな話は?
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デストロイヤーから裁判まで。
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アルカンレティア編
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紅魔の里編
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王都編
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番外で書かれた未来の話
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その他