深夜、カズマが気持ちよく眠っていると、ドンドンと乱暴に扉をノックする音に起こされた。
「なんだよ……」
こんな真似をするのはアクアかめぐみんか。
どちらにせよ、人の快眠を邪魔した以上はそれなりに文句を言わなければならない。
深夜に起こした誰かに怒鳴りつけようとベッドから降りる。
すると、意外な声が扉越しから聞こえてきた。
「カズマさん……! 起きてますか! カズマさん!?」
切羽詰まった。泣きそうなスズハの声だった。
先程までの苛立ちが疑問に変わり、急いで扉を開ける。
扉を開けると目尻に涙を溜めたスズハがカズマの腕を掴む。
「どうしよう、カズマさん!? ヒナの熱が下がらないんです! エリス様から頂いた腕輪も効かなくて……!」
「おい、落ち着けよ! 取り敢えずお前の部屋に────」
身体を震わせて訴えてくるスズハ。
カズマは落ち着くように言うと他の住人も目を覚ます。
「なによスズハー? せっかく気持ちよく寝てたのに起きちゃったじゃない……」
目を擦りながらアクアを筆頭にめぐみんとダクネスもやってくる。
アクアを見てスズハがアクアに駆け寄る。
「アクアさん! ヒナを! 娘を助けてくださいっ!?」
「???」
詰め寄ってくるスズハにアクアは目を点にした。
「……」
ベビーベッドに顔を赤くしたヒナが苦しそうに呻いている。
「私が目を覚ましたらヒナが苦しそうで。どうしよう……どうすれば……」
これまでヒナが病気らしい病気もなく、その兆候があると、スズハが転生特典の腕輪で治していた。
だから、その腕輪が効かない事で完全にパニックになっている。
めぐみんが簡単に診察すると、険しい表情をする。
「これ、ただの風邪じゃないです。おそらくは
「なんだよその物騒な名前の病気は?」
「名前の通り、赤ん坊にだけ罹る病気です。昔は国中の赤ん坊が罹る危険な病でしたが、今では罹るのも稀ですし、罹っても薬を飲ませて看病を続ければ治ります」
説明するめぐみんにスズハが立ち上がる。
「なら、今から薬を買いに……」
それにカズマがストップをかける。
「バカか! お前が家を出たら誰がヒナの看病するんだよ! は~、仕方ねぇ。ちょっと行ってくるわ」
「こんな時間にお店開いてないんじゃないかしら?」
深夜の時間帯に開いてるのは酒場くらいな物だ。
「んなこと言ってる場合じゃねぇだろ。薬屋の戸を片っ端から叩いて薬を売って貰うんだよ! 朝まで待ってらんねーからな」
マントを羽織って出かける準備をする。
ダクネスとめぐみんも続く。
「なら私は急いで実家に戻ってみよう。薬が置いてあるかもしれん」
「私も街の薬屋を当たってみます!」
外出する準備をする3人に続いてアクアも着替えようとすると、カズマがそれを止める。
「お前は留守番だ!」
「なんでよー! まぁ、深夜に夜の街に出なくていいのは嬉しいけど」
「アクアはプリーストだろ! 魔法でヒナの病気を治せないのか?」
「なに言ってるのよ! ウイルスだって生きてるのよ! 下手に魔法をかけたらウイルスが元気になっちゃうじゃない! ウイルスを殺すのは病院の呪術師の仕事って昔っから決まってるんだから! あ、でもヒナはまだ赤ちゃんだから手術に耐えられるか難しいところだと思うの。薬を持ってきた方が賢明ね」
この世界の病気は基本、薬で治す。そうでなければ病院の呪術師がウイルスを呪い殺して病気を治すのだと言う。
その事にカズマがこれだから異世界は! と文句を言っている。
「私が出来るのは精々、病気の毒素を抜いて、症状を遅らせるくらいよ」
「じゃあそれで良いから、ヒナを頼むぞ。俺らは薬を買ってくるまでな」
カズマとめぐみんにダクネスが屋敷から出ていく。
すると、スズハがアクアに頭を下げた。
「娘を、よろしくお願いします」
めぐみん、ダクネスと分かれたカズマは最初の薬屋の扉を叩いた。
「おい! 開けてくれよ! おいっ!」
「うるせぇぞっ!! 今何時だと思ってる」
中からは店長である角刈りの中年が出てきた。
当然の深夜に叩き起こされて不機嫌そうな店主にカズマは説明する。
「赤ん坊が、赤子殺しっていうのに罹って! 急ぎで薬が必要なんだよ!」
「赤子殺しの薬……あぁ、わりぃが、ウチには今置いてねぇよ」
「なんでだよ! 薬屋だろ! 夜起こしたの悪かったけどさ!」
店主の言葉にカズマは慌てて深夜に起こしたのを詫びる。
しかし店主は首を横に振った。
「元々近年じゃあ、殆んど罹るガキも居ねぇ。だけど一応在庫で少しばかりは置いてあったんだが、昨日来た客が買い占めちまったんだよ。補充は勿論するが、それも明後日以降だなぁ」
顎を撫でながら言う店主にカズマは食って掛かる。
「ハァッ!? 誰だよよりによってこのタイミングでっ! そんなに待ってたらヒナが死んじまうよ!!」
そんな事を言われてもなー、と店主も眠そうに欠伸をする。
「とにかく。ウチには置いてねぇから、他を当たんな」
そう言って店の扉を閉められる。
すぐに買えるだろうと高を括っていたカズマは地団駄を踏んだ。
「とにかく次だ次っ!」
次の薬屋へとカズマは走った。
「あー、悪いね。ちょうど売り切れてて────」
「ごめんなさい。今日売り切れちゃって……」
「その薬は今入荷待ちなの……」
5店舗目も売り切れと言われてカズマは頭をガシガシと掻く。
「チキショー誰だよ買い占めやがったのはーっ!!」
狙い澄ましたように売り切れている薬にカズマはどうするか考える。
(金が有っても肝心の商品が売ってないんじゃ、意味がねぇ! どうする?)
いっそのこと必要な材料を聞いて今から採ってきて誰かに調合して貰う?
圧倒的に時間が足りないだろう。
焦って考えが纏まらないでいると、別行動を取っていためぐみんが走って近付いてきた。
「カズマ! 薬は買えましたか? こっちは売り切れてて……!」
「そっちもかよ! こっちも買い占められててっ!?」
苛立たしい雰囲気のまま腕を組んで考える。
「どうしましょう、カズマァ!? このままではヒナがっ!?」
「分かってるよ! ちょっと待て! 今考えてるからっ!?」
実家に戻ったダクネスだが、長年子宝に恵まれなかったダスティネス家が赤ん坊に使う薬を所有してるとは思えない。
「ウィズのところにも行ってみたのですが、あの店では取り扱ってないと」
「そっか……」
ならどうするか。
アクセルの街にある薬屋に置いてある赤子殺しの薬全部を既に買い占められているのかもしれない。
なら、店以外からなら?
「商店街の連中ならどうだ? もしかしたら、誰か薬を持ってるんじゃないか? 赤ちゃんを育ててる人も居るだろうし」
「あ、なるほど。そこから分けて貰えば……商店街の人はスズハに良くしてくれてますし。事情を話せば譲ってくれるかも」
「だよな! 金は何倍も請求されていい! 買い取るぞ!」
「はい!」
希望が見えて来て、カズマとめぐみんは商店街まで走ろうとした。
そこで見知った人物が話しかけてきた。
「あれー? 助手くんにめぐみん? こんな時間にどうしたの?」
話しかけてきたのは短い銀髪の
まぁ、いいやとクリスは肩に下げている鞄から小瓶を取り出す。
「これ。赤子殺しっていう病気の治療薬なんだけどさー。孤児院の子達用に買ったついでにヒナ用に明日届ける予定だったんだよね」
ニコニコ薬を渡してくるクリスにカズマは無表情で質問する。
「もしかして、この薬を買い占めてたのはクリスか?」
「あ、うん。どれくらい必要か分かんなくってここら一帯の薬屋から全部買っちゃった」
照れた様子で頬を掻くクリス。
めぐみんがカズマの肩に手を置く。
「……カズマ。やっちゃってください」
2人の異様な雰囲気に気付いてクリスが思わず後退り、顔を引きつらせる。
「ねぇ、なにか怒ってる……?」
「……クリスのせいで危うくヒナの命がヤバかったんだよ。サンタ気取りも限度を考えよーなぁ、クリス~」
深呼吸してからカズマはクリスに向けて手をかざした。
「スティイイイイイイルッ!!」
「なんでぇええええええっ!?」
カズマの怒声とクリスの悲鳴が続けて夜の街に響いた。
「スズハッ! 戻ったぞ!!」
音を立てて屋敷のドアを開けてスズハの部屋まで走る。
部屋に入ると、ヒナに向けて魔法を使っているアクアと腕輪の力を行使しているスズハがいた。
「おっそいわよ、2人ともっ!! 薬買うのにいつまでかかってるわけ!」
「うっせー! こっちにだって色々あったんだよ!」
言いながら、薬をスズハに渡す。
「これは、どうやって飲ませれば?」
「小さいコップに少量だけ入れて水で薄めてください! そうしたらスプーンで少しずつヒナ飲ませて! 何度か吐き出すと思いますが、根気よく!」
「は、はい!」
急いでコップと水を用意するスズハ。
量をめぐみんに確認しつつ、水で薄める。
スプーンで水で掬い、ヒナの口に入れる。
「ケポッ……」
最初の1口を吐き出してしまう。
「頑張って、ヒナ……」
もう1口をスプーンで移すと、今度は小さく喉を鳴らして飲み込む。
「飲み込んだら、1分程間を空けて次を飲ませてくださいね!」
「はい!」
言われた通り、1分間を空けてから薬を飲ませるも、吐いてしまい、その度に口を拭う。
最初は3回に1回くらいしか飲み込めなかったが、段々と飲み込める回数が増えていき、熱も下がってきた。
その途中でダクネスも戻ってくる。
何度も吐いた物を拭き、汗を拭うの繰り返した。
1時間くらい薬を飲ませる作業を続けると、容態も大分安定してきた。
「ここまでくれば、もう安心です。頑張りましたね、スズハ」
「いえ。薬を買ってきてくれた皆さんのお陰です。本当にありがとうございました」
頭を下げるスズハにカズマは一区切りついた事を確信して大きく息を吐いて座り込む。
「はぁ~。いつもヤバイ奴と戦うのとは別の緊張感だったぜ」
「何にせよ、ヒナが快報に向かって良かった……」
「と言うか、ダクネス。貴女いつ戻ってきてたの? 全然気付かなかったわよ」
「おい! 私もヒナの体を拭いたり皆に水を差し出したりしてただろう! アクアも私から水を受け取っていただろう!」
結局、ダスティネス家に薬がなく、戻ってきた時には皆でヒナの介護をしていた。途中から参加してたのだが、アクアもヒナの容態に意識が向いていてダクネスの存在に気付かなかったらしい。
「あ……見てください。もう朝ですよ」
窓の外から陽が差して来たのに気付く。
「本当、で……あれ?」
スズハは膝に力が入らずに尻餅をついた。
「ごめんなさい。安心したら力が……ヒナはわたしが看ますので、皆さんは休んでください」
「バカ! そんな状態で看病なんて出来る訳ねぇだろ! ヒナはこっちで看とくからさ。お前はめぐみんの部屋で寝てろ。何かあったら呼ぶから」
「でも……」
「カズマの言う通りだこういう時くらい頼れ。お前は頑張り過ぎなのだ」
取り敢えず最初はダクネスとめぐみんがヒナを看る事になり、他は部屋の外に出される。
すると、カズマの腕にしがみつくスズハ。
その体を震えていた。
「こわ、かったです……今回は、本当に怖かったんです。ヒナが死んでしまったらどうしようって……」
娘が死んでしまう未来を考えると目の前が真っ暗になって泣きそうだった。
「ありがとう……ありがとうございます、カズマさん。ヒナを助けてくれて……」
涙声でお礼を言うスズハにカズマが照れて頬を掻く。
それを見たアクアがニヤニヤとする。
「なぁにぃ、カズマさん。スズハにお礼を言われて照れちゃって。やっぱりロリコンに目覚めたの?」
「違うわっ! あーもう! とにかくスズハはちゃんと寝ろよ! 起きたら今日は家事とかはいいから、ヒナに付いててやれ! いいな!」
「はい。ありがとうございます」
約2日後。
「なーんっ!?」
「あーうーっ!」
病気が完治し、ますます元気になったヒナがちょむすけに抱き付いて遊んでいる。
赤子殺しの病気に罹るのは1回だけで、2回目は罹らないとのこと。
ちょむすけを押し潰そうとするヒナをスズハが引き離す。
「ほーら。ちょむすけが苦しそうでしょう」
ヒナを抱き上げると、嬉しそうにはしゃぐ。
そんな娘をスズハは抱きしめた。
「ごめんね。お母さん、ヒナがもう苦しい思いをしなくて済むように頑張るから」
そう言うと、愛しい娘の頬にキスをした。
その数日後、ヒナの病気について何処で知ったのか、アイリスからヒナを心配する大量の手紙と滋養の高い食材が送られてくる事となるのだが、それは別の話である。
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